ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第209話「竜召す都」

 

 ユニが倒れて数時間。

 

 本人は至って呑気に数分して目覚めたのだが、どうやら未来予知とやらの中でも何かが降りてきて託宣のように預言する事がマオの一族にはあるそうで……その初めてのトランス状態を経験した幼女を慮ったケーマルはこちらに付いて竜の国入りするという予定を変更する事となった。

 

 相手国へ赴くに当たってはガルン以外全てシュレディングに置いていく事にしていた為、同後者はこれで一人になったわけだが、此処で時間を潰すわけにもいかず。

 

 そのまま人理の塔へ昇る事となっていた。

 月亀とは違って絶妙に成金というか。

 猫耳柄な彫金を施された内装などが多く。

 

 それ以外だと芸術性の高そうな調度品が通路毎に置かれている内部はまた他の二つの国とも趣が異なっていた。

 

 昇るのは2階までは階段でそこから1km程の上昇毎に設置された特別階層内で移動しつつ、異なるエレベーターを使い分けて昇るという方法が使用されているらしい。

 

 魔王応援隊には月猫側での特別公演を指示し、フラウ達にもしばらくは停戦中の国家同士の間を取り持つよう現地の大使館の全権を与えたので仕事には困るまい。

 

 ぶっちゃけ、半分くらいは大人数で動くと小回りが利かないという理由から付いて来たそうにしていた少女達を留め置く方便なのだが、ユニの事も追加したので真面目な話……月猫との付き合い方はフラウを全面に立てたものになるだろう。

 

 魔王第一の使徒という触れ込みなので早々襲おうとする者もないはずだ。

 

 首都側にはマスティマとアラキバとアザゼルが護りとして残され。

 

 タミエルのみがこちらの背後には付いてきている。

 

「セニカ様。良かったの?」

「様付け不要だ。それで何が良かったの、なんだ?」

「……結婚式」

 

「オレよりよっぽどに詳しい連中がちゃんと準備してくれるだろう。オレはお飾りの人形よろしく魔王らしく席に座る役だ。勿論、ユニには後で諸々謝ったり、離婚する時の取り決めとか話しておく必要はあるだろうがな」

 

「後宮に入れなくていいの?」

 

「多過ぎるだろう。その内に本人の意思次第で後宮から離れて民間で普通に結婚出来るよう離婚用の制度は作ろうと思ってたんだ。結婚に関しては月兎からはようやく内政の混乱に目途を付けてきたクノセ、お付きにイナバ大公の名代としてクト・イズミを招集した。月亀からはこちらと邪神の話が分かってるコラート・ドレスド・月亀が来る。あいつらには事前にこっちの要望は伝えてある。ちゃんとした式を挙げてくれるさ。今回の一件はあくまで緊急措置に近い。ユニだって見知らぬ魔王様と結婚なんて困ってただろうしな」

 

 現在地は人理の塔地表から3km上空。

 

 昇っていくエレベーター内には外を映し出すディスプレイによって都市が離れていく様子が見えていた。

 

「……一つ聞いていい?」

「何だ?」

 

「ずっと思ってた……どうして、部下を使わないんだろうって」

 

「部下を使うって何だ? 未だって普通にこき使ってると思うが……」

 

「公にはそう。でも、一番重要な事は絶対に自分でやる。誰にも任せたりしない。戦争だって、本当に必要な時以外は兵だって動かさなかった。皇女殿下の軍と戦った時だって、あれは反乱軍に経験を積ませなきゃならなかったから、そうした……そうじゃなきゃ、自分一人でやってた……違う?」

 

「オレはあいつらを一度でも部下だと思った事は無い。オレの言う事を聞いてる連中は魔王って偶像を見てるだけだ。それ以外の連中だって、サカマツやウィンズがいたから付いて来てる。そんな奴らを安易に戦わせて死なせたりしたくないだろ? オレは月兎に来てから此処まで一度だって本当の自分って奴を信じさせたり、信じて貰ったりした事は無いと思ってる。此処にいるのは無理をして虚勢を張ってる小さな男なんだよ。実際」

 

「……謙遜には聞こえない。でも、魔王だってセニカの一面だと思う。それと部下だと思ってなくても、仲間や守るべき誰か……誰かの大切な人や家族だと思ってるでしょ? そういうわざと誤解させるような事を言ったって、見え見え」

 

「………」

 

 思わず閉口する以外無かった。

 何と言うか。

 秘書というのは恐ろしく主を観察しているものなのだろう。

 ポリポリと頬を掻くしかない。

 

「今までだってそうだった。セニカにとって本当の意味で敵も味方もいなかった。命を極力天秤に掛けないようにしてた……誰にも恨まれないようにって言うかもしれないけど、その為に自分に出来る事の全てを、寝る間を惜しんでやろうって人は普通いない……セニカみたいに自分の傍にいる人達だけじゃなく……今、敵対的だったり、命を狙ってくる相手にすら気配りするなんて、ハッキリ言えば、異常だと思う」

 

「……まるでオレの心を読んでるみたいだな」

 

「そんな事しなくたって……誰だって分かる。傍にいて、ずっとずっと見てれば……だから、みんな付いて来た。ウィンズ卿もサカマツさんもアウル様も……難民の人達が自分達から志願兵になろうとしたのだって、ただ救われたからじゃない。自分達に一番必要なものを理解してくれる相手が戦ってるって思ったから、みんな付いて行きたいと願った……今、セニカを憎んでる貴族の大半だって、家族や親族や恋人や友人が理不尽に民衆から迫害されて殺される事が無かった事実をいつか感謝する日が来る……絶対……」

 

「どうだかな。貴族に後ろから刺される筆頭はオレだと思ったが?」

 

「罪以上の罰を誰にも科さないって、それがどんなに大変な事なのか。仕事してて分かった……月兎の国民の憎しみと悲しみは凄く強い。きっと、ガルンがそうだったように……」

 

 桃色髪の少女の瞳は未だに何処か哀しみを湛えている。

 

 時間が経てばと誰かは言うかもしれないが、それもまた人其々である以上、完璧な解決方法とは言えないだろう。

 

「それを大きくしないように、魔王のする事だからって、自分に全部の責任を集めて……人々が法律を守るように、護らなければならないよう導くなんて、普通に戦争をしたり、誰かを扇動したりするよりずっと難しい……」

 

「持ち上げられ過ぎだな。明日は槍が振るかもしれない」

 

 肩を竦めると目の前に移動した少女と目が合った。

 

「魔王応援隊の子達もフラウ様達もそう……ただ、助けられたから付いて来たわけじゃない。セニカが魔王って名乗ったからでも、大きな力を持ってるからでもない」

 

 真っ直ぐな視線はこちらの奥底を見透かすように澄んでいて。

 

「何をしてたのか。きっと、難しい事は分からなくても、肌で感じてた。セニカは知らないフリをするかもしれないけど……難民の子達に魔王の話が凄く人気なのだって、みんなが知ってるからなんだと思う」

 

「何を?」

 

「セニカはその人達が一番して欲しい事が何かを分かってた。それをちゃんと理解して、支援した。例え、飢えてなくたって誇りが無ければ、人は明るく生きられない。例え、住む場所が有ったって、自分の為すべき事が無きゃ、本当に生活をしてるとは言えない」

 

「まぁ、な」

 

「セニカは子供にだって自分の出来る事を、自分のやる事が人の役に立つんだって事を教えた。働けば働いただけ報われる、誰かに助けられてばかりの人だって、誰かを助けられるって、現場の人達と沢山話し合ってそういう仕組みを一杯作った……子供達がね。勉強だけじゃなく、自分でも誰かの役に立てるんだって、家族の為に誇れる仕事を貰ったって、笑ってた。ただ与えられるんじゃない。自分で勝ち取ったものなんだって、誇らしそうだった」

 

「………」

 

「大人だって変わらない。今までずっと働けなかった人に働き方を教えて、自分がしたい事が出来なかった人にしたい事が出来るだけの環境を与えて、悲惨な境遇だった人達に報われるだけの今を与えた……」

 

「………」

 

「クスリの中毒でボロボロだった人が、今は副作用も無く誰かの為に懸命に働いて、褒められて、涙まで流してた。娼館で無理やり働かせられてた子達がお菓子を子供達に売るのが夢だったんだって、嬉しそうに忙しくお店をやってた。争い事しか出来ないって自嘲してた、そんな人達すら今そこにいて笑い合う誰かを守れる自分が嬉しいって自警団に入って、志願兵になって……今、首都で訓練と仕事に明け暮れてる」

 

「………」

 

「今も暗闇の底にいる人達は一杯いるかもしれない。でも、懸命に生きたいって、その機会を与えられたんだって、そういう人達がいて……セニカがしてくれたように今、自分みたいに蹲ってた人達に手を差し伸べ始めてる。だから」

 

 その両手がこちらを頬に左右から触れた。

 

「自分は魔王だって、そんなに無理しなくたって、いい……セニカが優しい事、優しくしてくれた事、分かってる人達はきっといるから」

 

「どうやら、オレはまだまだ魔王様って柄じゃなかったみたいだな」

 

 思わず大きく溜息と苦笑が零れる。

 所詮はニート魔王様。

 幾ら取り繕っても強面の悪の総帥みたいにはなれない。

 自分は自分以外に向かないと改めて教えられた気がした。

 

 誰かの為に誰かの仮面を、それは社会でならば、誰もが手にしている能力だろう。

 

 けれど、どう取り繕ってもそう出来ない自分は人の上に立つには向かない性質らしい。

 

 分かり切っていた事を今更に提示されて、気恥ずかしくなった。

 

「でも、無理はしなきゃならない。それがオレが選んだ道だ」

 

「なら、付いて行く。何処までだって……だって、ガルン・アニスはあなたに救われた、あなたに付いて行くと決めた……最初で最後の秘書になるつもりだから」

 

「―――後で後悔しても遅いぞ?」

 

「後悔ならセニカに会う前、一杯した。だから、これからは傍にいる人達が後悔しなくてもいいように手伝いたい……近衛の人達の事はまだ許せないけど……でも、セニカの支えになる人達なら……ガルンだってッ」

 

 譲れないものを抱えながら、それでも前へ進む為に己から変わろうとする。

 

 それがどれだけ難しい事か。

 

 頭でも撫でてやろうと手を伸ばした時、その背後―――ディスプレイの一部に見えたものが脳を認識するより先に反射的な肉体の活動が能力を起動する。

 

 ガルンを引き倒すようにして自分の背後へ。

 

 同時に黒羽根の付いた触手がカーテンのように、腕に生えた翼のように、展開され……一時的な防護姿勢を取った瞬間。

 

 あらゆる光景が明度の落とされた白き輝きに呑み込まれ、塗り潰されていく。

 

 熱量と衝撃が到達するより先に触手による数十枚のカーテンが肩から逐次展開。

 

 重ねた翅のように迫り出しながら、周囲の超高エネルギーの本流、熱量と荷電粒子の収束から来る物質の蒸発、建材の溶け崩れながらの爆発すらも堰き止め。

 

「タミエル!!」

 

 予測能力が無く出遅れた後ろの元神格による磁界の発生により周囲数十mが陳腐な言い方になるが、()()()の影響を弾き散らすような見えざる結界を数重層にも渡って形成した

 

 半壊した自走式エレベーターからガルンの首根っこを引っ掴んで即座離脱。

 

 タミエルがコードで開けた後方の穴へと飛び込めば、そこもまた防ぎ切れなかった攻撃の余波で熱されて灼熱地獄。

 

 だが、それでも崩れていないので羽根を適当に散らして温度を吸収させる。

 

「下はどうなってる!!」

 

 黒羽根を自切し、触手で直接タミエルの肉体に接触して震わせる。

 

『三人が崩落部位を直接干渉で空気に置換し、被害は確認されていません。凡そ23km先からの超長距離収束荷電粒子砲―――推定出力TW《テラワット》クラス。人理の塔への攻撃は神格ですら一部制限が掛かる重罪。この攻撃は―――』

 

 言っている間にも次撃が来た。

 全てが人理の塔を狙い撃つ高精度な超長距離狙撃。

 

 しかし、今度はその全てが都市上空に上がって来たマスティマ達の展開する結界により弾かれ、上空へと散らされた。

 

 空へと飛び出る。

 するとイオンの臭いが立ち込める中。

 

 アラキバが紅の燐光を虚空で縒り集め、盾のような形の数十m四方の壁を複数生成しては都市部の外域へと飛ばしては壁の如く突き刺していく。

 

「敵は確認出来るか!!」

 

 マスティマが頷く。

 

「地平の先におるようだ。ふむ、砲撃後の加速を確認。この波形には個人アーカイブに覚えがある。やはりか……旧アマルティア級、あの邪神竜とこの世界で呼ばれていたものと同種族。数文明前に絶滅させた種族そのものであると確定」

 

「って事は月竜か!? この時期に月猫の首都に向けて攻撃だと?! クソッ、知らないところでまたロクでもない事態になってるんじゃないだろうな!?」

 

『婿殿、聞こえるかや?!』

 

「ヒルコか!! 今、月竜に襲われてるんだが、何だ?」

 

『やはりか。今、月兎、月亀の首都が月竜の部隊と思われる相手に襲撃されておる』

 

「ッ、被害は!!」

 

『前々から進めておいた通り、婿殿が秘密裏に建造していた()()が役に立った。初撃は免れて、今は上層部連中に市民の地下シェルターへの退避を勧告させておる。神格連中との決戦に備えて下水道と地下そのものをレッドアイで得たノウハウでこっそり改造してたのは良い判断だったのう。まぁ、知らぬ間に地下都市クラスの設備を勝手に建造されておった事を知った月兎と月亀の連中は口をあんぐりさせておったが……』

 

「だが、地方まではまだ手が全部回ってない。悪いが兵士連中も無駄死にしないよう一緒に避難させてやってくれ。ドローン師団の方は?」

 

『うむ。婿殿が複製した製造設備と倍々で増やしたものを含めて600万機稼働状態でいつでも出撃出来るぞよ』

 

「幾ら注ぎ込んでもいい。とにかく相手の攻撃を都市部や人口密集地から誘導して逸らせ。避難完了までの時間は?」

 

『凡そ73時間弱じゃな』

 

「分かった。部隊が襲撃した周辺30km圏内にある集落も全て避難させろ。時間が掛かってもいい。被害の補填は全て魔王が受け持つとアナウンスを入れろ。後、邪神連中にこの間結んだ規約で防衛線を張らせろ。月猫はオレが何とかする」

 

『了解じゃ』

 

 通信が切れたのと同時にこちらにも地平線の先から迫ってくる複数の高速飛翔物体が目に飛び込んで来る。

 

「中二心を擽る鎧付きの人型巨大竜の部隊とか。勘弁してくれよ……オレはどっかのゲームのハンターじゃないんだぞ」

 

 ゲームやアニメならお約束。

 月兎で見た竜とは根本的に体躯の大きさが違う。

 

 120m強の色取り取りの巨竜達が高速飛翔しながら、その手に槍や剣、盾、巨大な爪や頭部に禍々しい角を生やして突撃してくる。

 

 人理の塔を破壊しようと一直線。

 

 その下には猛烈なソニックブームが吹き荒れ、恐らくは人死にが多数出ている事だろう。

 

「人を守れ。都市は二の次だ。オレがやる」

「御子さ―――」

 

 タミエルの唇の前に人差し指を付ける。

 

「こんなところで時間を食ってる暇はないんだ。墜落する巨体は任せるぞ」

 

「わ、分かりました!!」

 

 今まで黙って壁を作っていたアラキバに向き合う。

 

「こんなところで切り札の一つを使わされるとは……アラキバ、仕事は終わってるな?」

 

「無論」

 

 ラテン系オヤジが巨大工具を背中担ぎ上げて頷く。

 

「慣熟もせずに実践だが、仕様通りなら問題ない。ラスト・バイオレットの名において起動を承認する」

 

 工具が瞬間的に小さな液体金属の枝を伸ばしながらパーツを分割して背後へと広がっていく。

 

 塔の崩れた一部に接触すると紅の粒子が吹き上がり、まるで切り出したかのように四方30m弱の正方形の物体が外部に押し出され、原子変換と共に色を黒く変えていく。

 

 表面に奔る紅の幾何学模様。

 

 殆どの部位をCNT《カーボンナノチューブ》製に置き換え、魔術コードによる制御で既存のNV技術を置換。

 

 更にコード制御の中枢として神剣を用いる事であらゆる魔術コードの無力化と同時にあらゆる波の制御範囲と出力を拡大する汎用デバイス。

 

 ソレが重力に逆らい、周囲の空気分子に接合した表層を上空から吊られる形で浮遊しながら、こちらの背後へとピタリ付けた。

 

「セ、セニカ!? これ!!?」

 

「ガルン。お前は地上の混乱を収拾してきてくれ。敵は月竜。オレはこれから防衛に入る。フラウ達と一緒にケーマルに状況の説明を。それと地表の戦力は役に立たないどころか地表への攻撃を誘発する可能性がある。オレが戦っている間は手出し無用と納得させろ。行け!!」

 

「う、うん!!」

 

 アザゼルが抱える形で降りていくのを見送り。

 

 ようやく都市から4km程の場所まで到達した敵に再び目を向ける。

 

 何らかの魔術か。

 

 轟炎や轟雷を纏った剣と槍がこちらに向けて投擲、振り下ろされようとしていた。

 

『せめて、宣戦布告くらいしろよ。今のお前らは単なるテロリストだ。月竜のご一行様』

 

【?!】

 

 声が届いたか。

 鋭い空飛ぶ蜥蜴の瞳が細められた。

 しかし、攻撃は続行。

 

 投げ放たれた音速超えのジャベリンが正しく雷撃と化して空を翔け、膨大な太陽の如き轟炎が一直線にこちらへと吹き伸びる。

 

『残念だが、不運だったな。オレがお前らに言ってやれるのは三つだけだ。一つ、降伏出来なきゃ死ぬぞ。二つ、いつでも白旗を上げてくれ。オレはその瞬間に攻撃を止める用意がある。三つ、死んでも恨むなよ?』

 

 槍が運動エネルギーもそのままに雷撃を霧散させられ、こちらの背後にあるキューブに当たって―――静止、そのまま地表へと落ちていく。

 

 炎はまるで大蛇のようにこちらを捉えたが、周囲のスピン制御による物質の直接支配の前に熱エネルギーを強制的に運動エネルギーへと置換させられ、都市の上空で上昇気流となって拡散、辺りに雲が立ち込め始める。

 

 正しく夏の空に見る大きな入道雲の下。

 薄暗くなった都市に煌々と紅の輝きが零れた。

 

―――フィッティング開始―――。

 

 月猫の住民が悪夢に魘される事になるのかどうか。

 此処から先は少なからずワンサイドゲーム。

 

主神連中やあのギュレギュレ唯一神、大邪神、ロート・フランコと財団の遺産とやらが出て来ない限りは負け無しな戦闘となるだろう。

 

 箱は変形していく。

 

 1cm四方の菱形の細々としたパーツに分かれ、アームで傾斜させられ、建造するかのように無数の黒い支柱が、それそのものが伝送系であり、柔軟な駆動系であり、莫大な電力を保持する電池であり、集積回路そのものであり、魔術による核融合を用いた動力炉の壁材であるCNTが、全てを可能とする。

 

 肉体を覆われていく最中。

 竜達の表情だけは読み取る事が出来た。

 何もそんなに驚く必要も無いだろう。

 いつだって、人生は唐突に終わり得る。

 

 自分がそうだったように、敵はいつだって自分の遥か上かもしれず。

 

 何をしても敵わないなんて、普通に有る可能性の一つ。

 

 それが自分の前に顕現したならば、後はやる事など決まっている。

 

―――ルゥウウウウウウウウウウウウウオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!?

 

 己を鼓舞して戦う者に勝利が微笑まずとも、現実は続いていく。

 

「試運転くらいには付き合ってもらうぞ。TN/MEMES(ティーエヌ・ミームス)起動」

 

 目標原子と接触時、ガリウム・ヒ素へ変換、超極小センサーそのものと化し、原子の核磁気共鳴の周波数を操り、相手を探り記録し、全分子の振る舞いすらも解析する微細な1mmにも満たない量子センサー、量子メモリ製造工具。

 

 TN/MEMES(タクティカル・ナノ・ミームス)

 

 それが上昇気流によって周囲にばら撒かれ、世界を紅の燐光で満たしていく。

 

 戦いは始まった時には終わっている。

 それを知ってか知らずか。

 

「行くぞ。()()()()()()……初陣だ」

 

 竜達の瞳は少しだけ潤んでいたような気がした。


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