ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第210話「砂場をご用意下さい」

 敵が如何に巨大だろうと物質である限りは物理法則とその原子からなる分子の性質に支配される。

 

 また、その分子が形作る細胞を持つ生命であるならば、その細胞を理解する事は相手の能力を丸裸にする事と等しい。

 

 相手がそもそも魔術コード無しには存在し得ない、従来の物理法則上在り得ない構造を無理やり安定化させている代物ならば、正しく幻獣とかファンタジー存在の一部はその理不尽な強さに比例して脆いという結論に達する。

 

 例え、100m級の竜が数万度の熱線を放てるとしても、100mの身体を6分の1G環境下で魔術無しに維持出来ないという事実は変わらず。

 

 なればこそ、攻略はかなり容易だ。

 

 “神の水”

 

 水素原子による演算装置は魔術コードのキャパシティーに直結する簡易の自己増殖、自己分裂可能な集積回路のようなものだ。

 

 これがあって初めて、高キュービット量子コンピューター連結体【深雲《ディープクラウド》】の月への演算割り当て内で、処理容量をパンクしない範囲による分散したコンピューティング……要は魔術コードの発動維持が可能となっている。

 

 巨体を賄う生体活動。

 

 それを支える基礎コードは質的には他の小さな幻獣と変わりない。

 

 問題はその処理する量だ。

 紅の輝き。

 

 ディープクラウドの莫大なデータを記憶し、出力するマスターマシンの形作る領域内から膨大な情報が出入りする際のサインはそのバロメーター。

 

 敵の巨竜兵数体は正しく漫画やアニメにありがちな気《オーラ》っぽいものを其々の色合いで纏っており、それが燐光のスペクトルが変異しているものと仮定すれば、相手の強さくらいは想像出来る。

 

 なのでそういう無駄にその恩恵を受ける生物との戦い方は二択になるだろう。

 

「さっそく、試してみようか」

 

 ディスプレイも操縦桿も無い暗闇の最中。

 

 それでも網膜に投影される空飛ぶ巨大蜥蜴達の情報は目まぐるしく送られてくる。

 

 TN/MEMES(ティー・エヌ・ミームス)は戦闘用の攻撃、兵器にも成り得る極小工具製造装置群だ。

 

 従来の魔術コードを用いずに神剣によるマスターマシンへの直接データ処理を要求して同等の事象を引き起こす。

 

 敵装甲表面を原子変換、ばら撒いた子端末との間にリンクを確立する光量子通信網を構築、肉体に量子センサーと量子メモリを簡易発生させ、膨大なデータを高速で収集して送ってくるのだ。

 

 これが神剣……モノポール入りのスピントロニクス・デバイスを通して一次処理、その後に機体全体を構成するCNTの集積回路内で二次処理を施され、パイロットに提示される。

 

 これらを確認した操縦者は内部における脳波計測と眼球運動による選択を行い。

 

 現在の状況を管理する戦闘指揮システムに命令を下して相手との交戦へと入る。

 

 予想された登録済みの敵種類と照合して自動識別。

 

 攻撃方法は類別事に対処用のマニュアルから複合的に選択され、統合もしくは同時使用をセミオートで行う。

 

 戦闘が長引く。

 

 もしくは搭乗者の設定した相手の無力化プランが使えそうなら、設定でそちらを優先も出来る。

 

 このような大抵の選択が自動化された兵器における主の行動というのは正しく微細な設定の変更や現状への認識から来る攻撃方法の微調整程度のものだ。

 

(完全動作を確認。タミエル達から提供されたこの世界の種族に関するデータ、天海の階箸からのバックアップ、神剣《コイツ》の性能と機体制御能力、オレの肉体の延長上として生体CNTとの連結で殆ど自分の意志通りに動く。反重力機関みたいなのは無くても空気が有ればリソースの消費無しで飛べる。機動能力と速度、制動やバランスに付いても従来のスラスターとバーニアで調整、魔術無しでも極限環境で行動可能……中々、良さそうだな。後はこいつにアンジュが気付いてくれれば言う事無しだ)

 

 兵器を人型にする意味は低レベルな科学技術と工業技術を基礎とした世界ならば、ナンセンスの部類でしかない。

 

 兵器の世界では被弾面積の増加は機動力と防御力がセットでなければ、許容出来ない。

 

 しかし、科学も工業も高度に発達した世界においては人型であるかどうかは些細な話に違いないだろう。

 

 蜘蛛型の多脚だろうが、人型だろうが、一定水準以上の機体にとって、兵器としての性能は似たり寄ったりになる。

 

 注ぎ込まれるリソースが大きいなら、最終的に目指されるのはマルチロール機のような何でも出来る機体になるはずだからだ。

 

 技術の進歩が何処も頭打ちになるくらいに進み、製造元に与える資源や資金の量のみで兵器の水準を決めるようになれば、兵器の形など趣味、好みの問題。

 

 その化学と工業の精粋が特化しなければならない極限環境は限られ、それ以外ではコスト面で人型が他の形に劣るかどうかという程度の話。

 

 漫画やアニメなら幾らでも論じられるだろう人型機動兵器の是非はそんな世界にならば無いと断言していい。

 

 高度な技術が用いられる世界であればこそ、人型に些細なコスト以上の負の側面は無く。

 

 その人型にそれ以上の価値を付加するのに思想というべきものを反映させる事は十分に考えられて然るべきだ。

 

 そうしてようやく人型はアイデンティティーを確立するだろう。

 

 何故ならば、人型とは人間という生物の基礎的な表現形式だからだ。

 

 人体模倣可能ならば、連動させるには易く。

 

 過去、人類史における原始の戦争を体現出来る搭乗者達は戦う自覚を芽生えさせるに足る。

 

 ボタン一つで相手を滅ぼせる時代が互いの相互破壊保証という概念に辿り着けば、残るのは互いを滅ぼせない泥臭い撃って撃たれて妥協を見出すゼロサムゲーム。

 

 其処ではまたボタンを押す以外の方法で決着が付けられねばならない。

 

 となれば、兵器の形とは正しく彼らそのものを表していなければならない。

 

 戦争の本質が虚無的であるからこそ、争いに見出されるものが損得勘定だけでは人間が真にその犠牲に納得……同意する事は無いのだ。

 

 彼ら自身を模す機体が勝利するというのはシンボリックな出来事であり、それが属する社会集団にとっての大きな精神的優越として認識される。

 

 これがあって初めて、人型兵器は大きく価値を高めるだろう。

 

 それに使われる手段はボタンではない。

 

 銃で、火器で、刃物で、爆薬で、毒で、細菌で、ウィルスで、今まで人類が発明してきたあらゆる攻撃手段が用いられる。

 

 ドローンなどが対策されれば、残る戦場の戦力は人以外無いのだ。

 

 人を保護し、火力を増強する搭乗兵器として、我が身を体現する人型は正しくボタンでは付かない決着をしっかりと付けてくれる代物。

 

 これは搭乗者の所属する社会の優位性、それらに属する搭乗者個人の優秀さを誇示する人社会同士の戦争でしか必要ないアイコンであり、アイテムとなる。

 

(CNTワイヤーを展開。すり抜け様に膾切りにしてみようか)

 

 思考速度の向上が齎す沈思黙考。

 

 内側から外の世界に意識を向ければ、未だ切り掛かって来る巨大竜の群れが止まったに等しくスローで向かってくる。

 

(………どうして、人間てのは戦いから逃れられないんだろうな)

 

 この世で原始時代から、その重要性を知られていた元素。

 

 炭《カーボン》と水《ハイドロゲン》。

 

 これが人類の滅んだ果てにおいても重宝され、戦う道具として使われているのだから、まったく人類に進歩なんて本当は無いのかもしれない。

 

 そんな皮肉交じりの世界に線を引く自分は墨彩を好む画家なのかもしれず。

 

 一直線に敵の間を駆け抜ければ、悲鳴すら上がらず、四肢と胴体をバラバラにされた何も分からぬ様子の巨竜が血潮と悲鳴を噴き上げながらも何とか魔術で()()を引き寄せ、断面を接合し、攻撃へ転じようとしていた。

 

 ズングリムックリで真っ黒なミノムシのような外套を纏う我らがイグゼリオンの周囲には未だ目に見えるような武器は存在しない。

 

 しかし、見えざる兵器は着実に展開され、丁度良い再生可能な的に向けて照準数を増やしている。

 

『お前らが頑丈で再生可能なのは嬉しい誤算だ。ある程度の数で実験する手間が省けた。もし地獄の苦しみから逃れたいと思ったら白旗……いや、目元に涙でも零してくれ。さすがに生物相手でこいつの性能を試すんだ。オレだってカワイソウくらいには思う。死ぬ前までによろしくな? 関係ない人間を殺した罰だと思ってくれ。後、死ななかったら感想を聞きたい。お前らが悲惨に思うくらいの成果が出れば、これからもコイツを()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()

 

―――ッッッ。

 

 何故か、竜達の動きが一瞬止まった。

 どうやら震えているらしい。

 

 その顔にはアリアリと恐怖?のようなものが張り付いていたが、攻撃は続行。

 

 根っからの戦士とも称されるらしい竜達にとっては死よりも恐ろしいものがある、なんてのは口に出せないし、戦いを止める理由にも成り得ないのだろう。

 

 だが、だからこそ、試してみる価値はある。

 

 人間だって薬物を使われたら、どんなに口が固かろうと情報を漏らす。

 

 不屈の戦士に涙目で『御免なさい。もうしません』と言わせる事が出来たなら、ソレが今後の竜の国で振るうだろう暴力の()()になるのだ。

 

『いつでも降参してくれていいぞ?』

 

 相手の状態は原子一つ分の情報から丸裸。

 

 最初に思っていた以上に()()……普通の精神構造だったので、巨体相手に少し張っていた気がフニャフニャの風船並みに抜けた。

 

 戦いは恐らく2分も掛からないだろう。

 イグゼリオンの手持ち武器を再現した兵器を使うまでもなく。

 

 製造コストの低い順に射的のマトとしてしっかり役目を果たしてもらおう。

 

 人を殺したのだ。

 人から人格を無視された行いをされる覚悟くらいはあって欲しい。

 少なくとも自分にはそれがあるのだから。

 

―――五分後。

 

 二つの選択肢の一つ。

 

 相手が生物ならば、精神を限界以上に摩耗させて墜とすという作戦は上手くいった。

 

 思っていたよりも粘った竜達は都市上空から墜落。

 

 白目を剥いて、涙を零し、泡を吹きながら痙攣し、グズグズになった肉体を再生させつつ、住民達の避難した大通りへ列車のように一列で並べられた。

 

 最後まで降伏の意志を見せなかったのは戦士としては合格なのかもしれないが、生物としては悲惨だろう。

 

 でも、一番困ったのは住民達というか。

 

 それを見ていたらしい月猫の兵達の大半から尊厳を奪ってしまった事に違いない。

 

 猫砂の無い都市にはアンモニア臭をさせた猫耳属性達の青ざめた顔だけが地表で無数……張り付いていたのだった。


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