ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第23話「真心を込めて」

 

 とりあえず軟禁されるのかと思っていたのだが、その様子は無く。

 何故かサナリに付いて来いと言われて街への買出しに同行する事になっていた。

 と言っても事前に釘は刺されてある。

 ペロリストが未だに勢力を保っている区域の市場。

 

 もしも逃げ出せば、すぐに勢力圏外に出る前に街中に配置している監視役兼狙撃手の餌食になるという話は冗談には聞こえなかった。

 

 それでも周囲のマッピングをしないよりはマシだろうとRPGの基礎よろしく周辺の通路や建物の記憶を行っているわけだが……少し観察した結果、市場の特殊な様子に目がいく。

 

(女子供ばかり。男は老人と壮年が少しだけか)

 

 男達の半分は兵隊。

 三分の一が戦場へ駆り出されているとの話に偽りは無いらしい。

 後の労働者はたぶん遠方の発掘場所で塩掘りでもしているに違いない。

 この状況でペロリストなんてやってる人間がどれだけ目立つ事か。

 少なからず地域の協力が無くなるという事は彼らの死活問題なのだろう。

 補給は言うに及ばず。

 今まで知らない顔をしてくれていた地域が敵となってしまえば、戦いようがない。

 

 市街地戦ともなれば、逸早い情報の取得に支障が出て、地理的なアドバンテージも失われる。

 

 そうなれば、少数な相手を駆り出す事なんて無駄にスペックの高いフラムの言う我が軍とやらの実力なら楽な仕事のはずだ。

 

 そもそも現在、味方であったはずのペロリストに攻撃された地域の噂は広まっている事だろう。

 

 助けたのはその場にいたフラムならば、共和国軍人が犠牲者の救助に当たり、事なきを得た人間が大勢いると宣伝しているかもしれない。

 

(そうなるのも見越していても騎士団長はテロを実行した。それだけ塩の化身とやらの力はヤバイとなれば、近場に()()()を控えさせてる可能性もある。とっととフラムに言って逃げ出すか。あるいは逆にこの街に留まるか。いや、結局は潰しに行くのが最善に見える時点で……はぁ、面倒過ぎる)

 

 フラムと百合音が合同で作業に当たれば、然して苦も無くペロリストは駆逐出来るかもしれない。

 

 だが、早めにその化身とやらの力をどうにかしなければ、周囲は阿鼻叫喚の地獄絵図にもなりかねない。

 

 その力が大きければ、自軍の戦力に加えるという選択肢も共和国にはあるのだ。

 そうなれば、戦渦の拡大は避けられないだろう。

 

(どうにかフラムと合流して、即効でペロリストから力を奪うか破壊するのが一番分かり易くていいんだが、この状況じゃ……)

 

 思い出したかのように肩が重くなる。

 背負わされた大きな木製の荷台には様々な袋が山積みにされている。

 

「あ、サナリ~」

 

 子供達が買って買ってと甘いものをねだっている。

 どうやら塩の国の人間の耐性はそれなりに高いらしく。

 MUGIかKOMEの完全耐性が半々。

 他には豆類も多いらしい。

 確かに昨日の食事は豆のスープだった。

 

 後、マヨネーズに使う油と酢はKOMEから作られていた事を考えると食べられるものはそれなりに豊富なのだろう。

 

 麦芽から作ったのだろう飴をサナリにねだる子供を羨ましそうに見ている子がちらほら。

 サナリが溜息がちにそっと小さな紙幣を握らせると三人程が露天の市場を駆けていく。

 周囲は後進国ならよく見掛けるだろう光景。

 様々な食物が山と積まれていた。

 ただし、全て袋だ。

 

 どんな食物も耐性が無いと食べられない上に害悪に成り得るとなれば、その扱いは厳重であるのも頷ける。

 

 だが、男達のいない分は静かだろうが、それでも活気はそこそこ。

 頻繁に売り買いが見られる。

 

 ただ洋服姿の殆どの人間に言えるのだが、塩避けらしい外套と頭に巻くターバンにも見える布が緩く巻かれており、現実には無い光景と言えた。

 

「どうかしましたか?」

 

 後ろを振り向くといつの間にかサナリが立っていた。

 その両手には袋が一つ持たれている。

 

「屈んで下さい」

「いい加減、紐が肩に食い込んで痛い……」

「文句を言う立場にあるとお思いで?」

「分かった……」

「素直でよろしい」

 

 屈むと目の前で背伸びしたサナリが後ろの積み上がった袋の上に自分の持っているものを更に置く。

 

 グッと爪先立ちになった為。

 衣服の下の胸が目の前で強調された。

 

「………」

「あ~サナリのお胸見てるよ~」

「?!」

 

 横を見ると子供達がニヤニヤして見ている。

 

「やっぱり共和国人はイヤラシイんだ~(棒)」

「シキジョウマだ~(棒)」

 

 もはやからかうというよりは嫌がらせだ。

 周囲からの視線が痛い。

 そして、ようやく積み終わったらしいサナリが少し離れて一言。

 

「結婚してないから、そのような邪な感情に左右されるのだと思いますよ」

 

(まだ根に持ってたのか……)

 

 溜息一つ。

 とりあえず今日買うものは全て買ったと子供達とサナリが元来た道を戻り始める。

 

「ちょっと、速いんだが……はぁはぁ……」

「ゆっくりでもいいのでちゃんと持ってきて下さい。くれぐれも落とさないように」

「そうだ~」

「そうだそうだ~」

 

 いい加減、睨み付けてやろうかと思ったものの。

 そんな気力も無かった。

 朝にザックリと殺されそうになったせいもあって、未だ身体には嫌な感触が残っている。

 そうして、ゆっくりと歩き出すと。

 耳の横から小さな声が聞こえた。

 

『お静かに。羅丈様の手の者です』

 

「ッ」

 

 視線だけで見ると少し離れた場所に口を開いておかしそうに女性が自分とは反対方向を向いて笑っている。

 

 だが、声はその唇の動きとは関係なく静かに響いていた。

 腹話術のようなものだろうか。

 

 口の動きと声が一致しない以上、狙撃手が視覚だけに頼っていれば、話しているとは思うまい。

 

『次の角を曲がって教会までの一分は狙撃手から口元が死角となります。とりあえず、姿だけしか見えないので喋って構いません。頷く必要は無いですから、静かに今の状況の説明を。現在、羅丈様はペロリストの動向を他の者と探っています。もしもとなれば、救出の手筈は整っているので安心して下さい』

 

 言われた角を曲がって、とりあえず今出来る限りの情報を伝える。

 塩の化身の力とやらを騎士団長が使おうとしている事。

 ペロリストの背後には他国の軍の姿があるかもしれない事。

 彼らが求めている力が発揮されれば、確実に大規模な騒乱に成りかねない事。

 一分で話すにも限界はあったが、それでも何とか主要な事は伝える事が出来た。

 

『そうですか。羅丈様が言うには一部の塩山地下でペロリストが何かをしているとの事。もしかしたら、その力とやらが遺跡のように眠っているのかもしれません。この情報は昼間でに確実にお届けします。もし助けが必要でしたら、こちらをお使い下さい』

 

 今まで反対側を見ていた黒髪の女性が扱けそうになって、こちらに寄り掛かり、すぐに慌てて謝ったような仕草で口を動かす。

 

 だが、そこから零れたのは口元と合致しない声だった。

 

『今、懐に忍ばせたのは地面に叩き付ければ、赤い煙が出る丸薬です。緊急時にはこれを。命の危険がある場合は実際に危害が加わる十秒前までにお使い下さい。それと同時に確実な救出をお約束します』

 

 頭を下げて再び歩き出す相手の背後に静かに告げた。

 

「どんな状況下でもオレの周囲で死人は出して欲しくない。オレからの要求はそれだけだ」

 

『……では、これで』

 

 着せられていたローブのような服の内部には何やら針で止められたらしい小さな袋が感じられた。

 

 すぐに消えていく背中を見送って。

 再び歩き出し、教会の前まで行くと何やら不満顔の子供達が待っていた。

 どうやら出迎えを任されたらしい。

 

「シキジョウマだ~」

「サナリに変な事したらぶったたくからな!!」

「きゃ~こわ~い」

 

 いい加減にゲンナリしたのだが、それで子供に言われっぱなしというのも癪ではある。

 久方ぶりに少し髪を掻き揚げて、目の前を睨み付けてみる。

 

「ひ?!」

「ひぎゅ!?」

「ぴ!?」

 

 どうやら効果的面らしく。

 子供達が慌てて逃げ出した。

 

「サナリ!! サナリ!! あいつ怖い!! あの目付きやばい!?」

「サナリ!!? アレ、絶対に何人か殺してるよ!?」

「怖いぃいいい!!?」

 

 その声に玄関まで出てきたサナリが子供達に溜息を吐いた。

 

「あなた達、例え共和国人でも他人を苛めたりする人間にお昼は無いの。いい?」

 

 子供達は必至におふざけじゃないとのアピールをしていたが、散々からかっていた様子を見ていた少女は取り合わずに中へと入っていく。

 

「あんまり年上をからかうもんじゃない」

 

『~~~!!?』

 

 玄関先で固まった子供達が慌てて二階へと昇る為に教会奥へと逃げ込んでいった。

 そう言えば、二階まで運ぶのかと少し憂鬱になったものの。

 食べる分くらいは働こうと気を取り直して、足に力を込める。

 

―――それから1時間程は食事の準備に追われた。

 

 二階の日が入る一室での昼食は軽く。

 パンと果実を塩と香辛料で漬けた漬物のような一品。

 よく嗅いでみれば子供達一人一人の皿の匂いが違う。

 たぶん、食べられる香辛料だけを使っているのだろう。

 見た事の無い果実はこの周辺では完全耐性が比較的人々に多いものらしく。

 子供達は美味しそうに口へ運んでいた。

 

「あなたの分は昨日のスープが食べられる事を前提に作りました。問題ありますか?」

「いいや、何だろうと。ちゃんと料理されたものなら頂くのが流儀だ」

「では、どうぞ」

 

 果実はまだ熟れていないものが使われていたらしく。

 一口齧ると僅かな渋みがあった。

 しかし、香辛料の風味と塩気が調度良いパンに合う一品となっている。

 

 首都では毎日のように手間の掛かった煮込み料理だの複数の食材を使った揚げ物だの、ドレッシングが日替わりのサラダだのを食べていたので、逆に新鮮かもしれない。

 

「美味い……料理、上手なんだな」

 

「料理? ああ、そんなに大したものではありません。伝統的なこの一帯で食べられる漬物です。我が国は確かに料理と呼べるものを食べられる人間が貿易での混血で増えた特殊な土地柄ですが、料理を作れる人間なんて一握り。共和国の首都には本当の料理人という人々がいるとも聞きます……だから、食べられるものを有り合わせて作ったものにそんな高尚な単語は要りません」

 

 それは本当に謙遜でも何でもなく事実を淡々と述べているように見えた。

 

「……料理は手間や材料で決まるものじゃない」

「?」

「料理は心だって、何処かの本に書いてあった」

「……何も知らないド田舎者なのに奇妙な知識はあるようですね」

「高尚かどうかは知らないが、人の為に工夫を凝らす食べ物は全部料理だ」

 

 思い出されるのは毎日のように家へ帰ってこない両親の事。

 父はそれなりに料理が上手かったが、母はとにかく料理が苦手だった。

 

 だが、それでも手作りのヘタクソなタコさんウィンナーやこんがり過ぎるからあげの入った弁当を日本にいた頃、運動会で食べるのが嬉しかった事は今も良い思い出だ。

 

 父と苦笑しながら、もっと弁当を美味しくする方法を母に伝授した時には臍を曲げられたのだが。

 

「褒めても解放はしません」

「分かってる」

 

 それから静かに昼食が過ぎていった。

 

 全て腹の中に入る頃には子供達は眠たげとなり、食べ終わった皿を二階の台所に持っていくとその足で寝床の扉を開けて消えていく。

 

「「………」」

 

 何か話そうと思ったが、日常的な共通の話題など無い事に気付く。

 もし何か共通して話せる事があるとすれば、それはペロリスト関係くらいだった。

 

「聞きたい事があるような顔ですが」

「聞けば答えてくれるのか?」

 

 言われて、そんな顔をしていただろうかと思いつつもそう返してみる。

 

「教えられる事なら教えても別に構いません」

「じゃあ、どうして塩砂騎士団と名乗らずにマヨネーズ何たらと名乗ってるんだ?」

 

 そこで微妙に固まった様子のサナリがフッと仕方なさそうに息を吐く。

 

「堂々と塩砂騎士団を名乗って活動したらどうなるか分かるでしょう」

「ああ、純粋にそういう面での偽名なのか」

 

「偽名ではありません。団長達が塩砂騎士団だという事は共和国側も知っているはずです。でも、表立って言われて受けて立っては面倒事になる。だから、政庁の人間もその上の人間も黙認していた」

 

「……今回の一件が成功したら、堂々と名乗れるわけか」

 

「いいえ、それは無いでしょう。団長の話では()()()は我が国を保護領として高度な自治を与える名目で組み込むつもりのようですから」

 

「お友達、ね」

「彼らは我々に油と酢を供給し、塩の純白を変質させてしまった……」

「KOMEで作られてたんじゃないのか?」

 

「建前と偽装です。公国の密輸ルートから得られる物資なんて微々たるもの。それに完全耐性のある人間は数が少ない。彼らが食していたマヨネーズに使われた油は―――」

 

 サナリが呟こうとした時だった。

 突如として爆音が響き渡り、窓がガタガタと震えた。

 

「な!?」

 

 確認するべく。

 ソファーのある部屋に向かって窓を開ける。

 すると、一本道の通りの先。

 建物の壁を幾つか跨いで大きな黒煙が上がっていた。

 

「爆薬?! そんな!? 団長はそんなもの絶対に街中で使うような人じゃ!?」

 

 驚くサナリの声が終わらぬウチに道の先から何やらアルムと同じ外套を着込んだ人間が何人も走ってくるのが見えた。

 

 その形相は必死だ。

 現地の治安維持部隊にでも追われているのかと思えば、そうでもないらしく。

 背後からの追手は教会に付いても現れなかった。

 子供達がいつの間にかサナリの後ろで不安そうに黒煙を見つめている。

 

「お嬢様!! ご無事ですか!?」

 

 駆け込んできた男の内。

 

 最も堅物そうな額に長い刃物傷を持った四十代の視線鋭い男がサナリの姿を確認して安堵したように抱き締める。

 

「何かありましたか?」

「今は何も聞かず!! とりあえず逃げて下さい!! 連中に嵌められました!?」

「連中とはあなた達が―――」

「まずは急いで!! 道中お話します。子供達もこちらで」

「分かりました」

 

 少女が頷いたと同時にスラリと腰の帯剣が引き抜かれた。

 咄嗟の事で間に合ったのは奇跡だろう。

 辛うじて男の突きを背後へ倒れ込むようにして回避する。

 

「何を!? 止めてください!?」

「この人質を生かして連れて行くのは面倒です。悪いですが―――」

 

「そうやってまた無駄な血を流すのですか!? それが騎士団長を支える副官の役目だとでも!? 小さい頃……あなたはそんな人じゃなかった!!?」

 

 男が僅かに剣先を振るわせる。

 

「綺麗事では何も解決出来ないのです。お嬢様」

「綺麗事が言えない騎士を私は騎士と認めません!!!」

 

 その厳しくも鮮烈な視線はハッキリとした意思表示を持って男を貫いていた。

 数秒の沈黙の後。

 剣を仕舞い込んで背後の部下なのだろう男達に目配せし。

 彼らが子供達を次々に両手で担ぎ揚げて、一階へと降りていく。

 抵抗しようとする素振りはなかった。

 それはきっと誰もが顔見知りだからなのだろう。

 

「では、一緒に行きましょう。お客人、さっきの今で済まないが、大人しく付いて来て貰いたい」

 

「最初から抵抗なんてしてなかったはずだが、殺されるよりよっぽどマシな選択肢だ」

 

 少しだけ緊張が解けて、内心安堵の息を零して立ち上がる。

 

「……行きましょう」

 

 男に促されるまま。

 

 共に教会を後にして小走りに子供達を担いだ男達に付いていく。

 

 事態は急転直下。

 

 あのナッチー美少女は今頃少しくらいは心配してくれているのだろうかと少しあの罵倒が恋しかった。


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