ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第225話「待つ者、待たざる者」

 

 月面到着時からヒルコに情報を漁らせ、ドローンを駆使して月面と地下世界の中間にある設備の4割以上をマップ化する事には成功していた。

 

 生産設備の大半が大蒼海内の淡水と海水の流動浄化、更には生態系維持の為の内包する各種元素の調整や張力や斥力での膨張などの操作を主眼としているという事が分かった。

 

 だが、それ以上の事はまだ何とも言えず。

 だとしても、内部構造の把握は地の利をこちらに齎してくれている。

 

 超大国の残影。

 艦隊の一部から離れた小型艇は凡そ50弱。

 その大きさから言って、ドローンを一艇で数百以上は積んでいると目される。

 

 彼らの動きはヒルコが甘く再設定した防御用の弾幕を掻い潜りながら、月面の安全地帯に着陸する時点で誘導に成功したと言えた。

 

 静かの海に程近い場所には全ての内部ゲートが適当に開けられた薄皮一枚な開口部が複数個所有り、周辺には揚陸艇から次々ミサイルのように吐き出された球体型のドローンが展開して観測波をガンガン飛ばしている。

 

 防御用の弾幕を生成する周辺のCIWS《シウス》みたいな小型砲台群は近接されたドローンからの銃撃や近接されての溶接工具による一撃で破壊。

 

 突破される事前提の地面に偽装された隔壁は一部を除いて殆ど内壁の警備システムを解除しており、侵入に時間を掛けようと相手が思っていないならば、誘導されるのは必至だろう。

 

 ドローンが先行するも次々に迎撃用の蜂型ドローン……あの最初のファーストコンタクトしてた奴が今度はこちらの命令で相打ちへ持っていくので数は漸減。

 

 最終的に揚陸艇からはNVと思われる完全武装の装甲マシマシ機体。

 

 10m級のグレーな機動兵器っぽいものが背部にコンテナを背負って出て来た。

 

 やはり、米国のドクトリンは昔から然して変わっていないらしい。

 

 無人機投入による戦場の把握と制空権の確保。

 

 大規模な空爆。

 

 それに続いて陽動、攪乱、敵を分析しつつ、機甲戦力で強引に残敵掃討。

 

 アフガンだろうが、イラクだろうが、最終的に制圧を任される陸軍は機甲戦力無しには成立しなかった。

 

 だからこそ、人的資源の損耗を極力低減する為の機械化が行き付く先は宇宙に主戦場が変わろうとも大型化、装甲の増大、火力重視という発想となる。

 

 宇宙においては空軍がドローンに取って代わり、海兵隊や空挺兵が宇宙空間を高速で突撃し、神速で敵陣地を制圧する空間機動兵器に辿り着くのは自然だろう。

 

 この通信が制限される宙域においてならば、高額な兵士《スペシャリスト》を投入する事は理詰めの戦術的に正しい。

 

 自立兵器が役に立つのは無線通信が良好な時くらいなものだ。

 

 高度な自立型AIに兵器を持たせて突撃させても、敵がそれらの行動基準を解析するのが早いか、こちらが制圧するのが早いかというイタチごっこが始まる。

 

 それでなくても、深雲を使っていた委員会残党に対してリアルタイムの解析勝負を挑むような分の悪い賭けをする軍隊ではあるまい。

 

 月面地下が月の天才の支配下だと知ればこそ、曖昧《ファジー》さを持つ人の頭脳を絡めるのは妥当。

 

 それに戦術や戦略を極めて理解する機械があったとしても、大戦期の情報からして、国家共同体は人間の兵隊を戦場の主として位置付け運用していた。

 

 全ての部隊がヒルコのような高度AIのみで構成されているとは思えない。

 

 恐らくは全てのドローンと機動兵器類のAIへの上位の優先権、指揮権を持つ存在が混じって運用されている。

 

 だと仮定した場合、この辛うじて月に空いた穴。

 

 こちらが開けた一路を罠と知りつつも、火力と装甲と機動性で突破しようと試みるのは無理筋とは判断されまい。

 

 敵も味方もこの戦闘の情報から相手の様子を伺っているのだ。

 

 そして、その暗に込めた事情を汲み取るならば、指揮権を持つ人材が月面下へ速やかに突入してくるのは殆ど確定的だ。

 

 核やそれ以上の未来兵器を防ぎ切っておきながら、月面内部へ自分達を招き入れる相手の事情を知りたがる。

 

 それは少なくともAIに任せられない仕事だと従来的な国家共同体の構成員ならば考えるはず。

 

(こうなれば、相手も好む好まざるに関わらず、出て来なきゃならなくなるわけだ)

 

 敵のNV型は総勢35機編成7体1組からなる5隊が“くの字型”で地下隔壁内部の通路へと突入してきた。

 

「ヒルコ……敵の通信量の一番多い機体は?」

 

「中央3隊目の中核機じゃな。編成的にも恐らくあの1機が全てのドローンと機体の上位指揮権を持っておるはず。他の機体にも人は乗っておるかもしれんが、指揮官はまず間違いなくアレじゃ」

 

 施設内部のカメラがズームした機影が時速40km近い速度で月面地下へと先行し続け、他の各隊はその周辺をクリアリングするかのようにセンサー類でガシガシ電波を飛ばしまくりだった。

 

 ドローンも含めた部隊の動きは有機的で一個の群体のように蠢く様子がマップ上の光点では確認出来る。

 

「敵映像からの解析結果は?」

 

「“天海の階箸”に問い合わせたが完全一致する機体は登録されておらん。一番近いのはやはり国家共同体アメリカ単邦国の空挺降下作戦用の機体じゃろうか。今、機体のデータを回すぞよ」

 

 正面のディスプレイに確かに似通った装甲マシマシなズングリ体系なNVの3Dのモデリング画像が出た。

 

「ふむ……磁界制御装置に大型のバーニア……生存性重視の対粒子線増加装甲……内蔵型やアタッチメントを止めて、無線、有線式の武装ドローンを使用。ギミックや複雑な構造をオミットした剛性と柔軟性のあるフレームに人体接続制御用の駆動推論OS?……何だコレ……どっかのゲームかアニメのパクリじゃないのか? 何か見た事ある仕様なんだが……」

 

「そうなのかや?」

 

「また、どっかのヲタクが設定だけ生き残らせてましたとかじゃないだろうな……こいつは人間の動きをトレースするどころか。推論しながら先に動いて人間の反射速度を超える対応力を獲得って代物だろ? その上で個人のデータで最適化とカスタマイズを繰り返してリアクションの速度を限界以上に上げてる。この間、天海の階箸で斬った人類みんなぶっ殺しますって悪名が付いてたアルコーンより性質悪いんじゃないか?」

 

「ぬぅ。こういう時は腐ってもKOMEと祖国では言うわけじゃが」

 

「腐ってもって、あっちは恐らく腐るどころか先鋭化したバリバリの戦闘国家なはずなんだよ……もう一人のオレや戦った連中の口ぶりからしてな。ぶっちゃけ、大量破壊兵器積んでる可能性も高い。超高速で人間臭い動きをする人間より早い対応力マシマシな超絶自爆マシーンとか勘弁して欲しい。生身で行ったら、オレが血の染みになるぞ……たぶん」

 

「婿殿も乗るかや? 一応、婿殿謹製のアレは用意しておいたが」

 

「いや、此処は生身で行く。まだ話し合いの余地はあると思いたい……敵側だって月面地下の実際のところを知ってるわけじゃないはずだ。相手側の此処を殲滅しようって思惑が何処から来てるのか。それが容易に変えられないものなのか。それさえ分かったら、対応だって可能だろうしな」

 

「……優しいのう。だが、甘いとは言うまい。其処が婿殿の良いところじゃからな」

 

「評価頂き光栄だが、もしもの時は頼むぞ?」

 

「了解じゃ。解析結果は既に出ておる。あちらも認めざるを得ないだろう事実も絶賛積み上がっとる最中……安んじて待つが良いぞよ」

 

「はいはい。この区画に連中が入るまでの予測時間は?」

 

「残り3時間じゃ。他の区画にはドローンマシマシで消耗戦になるようにしておいた故な」

 

「艦隊の動きは?」

 

「未だ動いておらん。映像解析からも画像分析からも赤外線や光量子通信の解析からもまだ確かじゃ」

 

「……一応、ロックオンしてくれるか?」

 

「ふむ。艦隊は恐らくまだ核を温存しとるぞ? 飽和核で月面から周囲2000km近くが掃除されて綺麗になった故、こっちのレーダーも精度が上がったのじゃが……艦隊の構成艦の大半が恐らくミサイルキャリアー相当の専用艦ばかりじゃ。艦砲を持っとるのは艦の半数以下。他は逃げる時の盾になるんじゃなかろうか? 何か質量解析したら内部がスッカスカなんじゃが」

 

「目暗まし用か、核での防御用ってのは恐らくその通りだろう。だが、ロックオンするのは艦隊じゃない。艦隊の後方だ」

 

「後方?」

 

「ああ、オレの考えが正しければ、そっちの方が相手には効く」

 

「それは予測かや?」

「いいや、オレのリアル知識だ」

「りある?」

 

「そもそもチート予想能力はまだ戻ってないしな。ただ、アメリカって国は第二次大戦以降……オレが知ってる戦争以降、世界中で只一国、そういう国だった」

 

「そういう?」

「そう遠くない内に分かるさ。HQの方はどうだ?」

 

「何処も何とか体裁は整っとるが、浮足立っておるのう。あんまり待たせると緊張感が途切れかねん」

 

「じゃあ、敵が海の傍まで来てるってところまでは教えといてやれ。悪いがこれから数日間は現状待機だ。寝不足に為らないよう交代しながら仮眠はちゃんと取れって言っておいてくれ」

 

「うむ。了解した。各地に集めた兵団の充足率は聞くかや?」

 

「止めとこう。そもそもそいつらが戦う事になったら、オレの敗北も同然だ。送った物資にしても回収の事を考えると万全と言えるモノはやれなかったしな。それにプランを作った時の予測結果が大まかに外れるとも思えない。その範囲の誤差や誤差の逸脱した程度の数で戦争の趨勢が決まる事も無い。此処から先に必要なのは兵力でも兵器の威力でも無いんだ」

 

「……何と言うか。婿殿と話していると勝てそうな気がしてくるのだから、まったく面白いもんじゃのう。カッカッカッ♪」

 

 ヒルコがカラカラと笑う。

 

「何処に面白要素がって……この話、何回目だろうなホント……オレは面白く無い。ちょっと真面目に考えれば、誰だって辿り着く可能性のある事実を積み上げて教えてるだけだ」

 

「その考える事を止めておる人間が五万といるのが問題なんじゃろうよ。ワシは少なくとも婿殿以上に他者の事を考えられる者を知らん。婿殿はまるで幾多の者の母か父か祖母か祖父か。あるいは師か伴侶か……そう思える時がある」

 

 ヒルコの大げさな言葉に思わず溜息が出た。

 

「……ウチの母親の言葉なんだがな……本当の合理性ってのは優しく見えるんだそうだ」

 

「優しい?」

 

「ぁあ、重ね合わせたコインの隙間にある表裏を教えてやるようなものなんだと」

 

「??」

 

「その重ねたコインの中身の面を当てたい人間にそれは裏です表ですと事実を教えてやるのは単なる指摘だ。だが、その中身を知りたい奴に取ってみれば、断言してくれる相手は優しく映るんだそうだ」

 

「中身を教えてくれるから、かや?」

 

「いいや、断言してくれるから、だと」

「???」

 

「責任を取る人間と責任を取って欲しい人間の比重が歪んでいるに違いないと愚痴る母親だったんでな。自分にとって明確な事実を断言して指摘すると何故か感謝されたり、優しいと誤解を受けるんだと」

 

「……天才の血筋であったか」

 

「いや、ウチの母親は天才の部類だったみたいだが、オレはそういうのじゃない。自分に見えているところまで相手が知りたいところまで、それを教えるのは別に優しさじゃないだろ? 間違ってたって大抵責任なんか取れないしな。正しかったから持て囃されてるだけに過ぎない」

 

「では、間違っていたのかや?」

 

「母さんはそういう時、何故か励まされたそうだ。その一番励ましてくれた人間がウチの父親だったって惚気話でもある」

 

「うむむ……難解なのじゃな。婿殿のご家庭は」

 

「いいや、単純だ。馬鹿らしいくらいに正直で素直だったんだろうさ……ちょっと、他人よりも頭がアレだっただけで」

 

 ヒルコが苦笑よりもどう反応して良いのか分からないといった様子で言葉を濁す。

 

「ん、んぅ~~一応、婿殿の母親であろう?」

 

「自慢の母親ではあったと思う。ちょっと抜けてたりするな。でも、此処まで迷惑掛けられるとは思ってなかった。同じ分だけ……いや、それ以上にオレを思ってくれてたんだろうが、それにも限度があるだろ。息子が何かの理由で死んだからって当人の人格をこんな状況に放り込む母親なんて人類史で他にいないと思う……」

 

「婿殿……」

 

 こちらの声に含まれるものに何か思うところでもあったのかヒルコが無言となる。

 

「感謝してないわけじゃない。でも、もう少しやり方があったようにも思う。なのにソレをオレはもう伝えられない……それが悔しいのかもな……」

 

 愚痴っている合間にもアメリカ側の光点が少しずつ、こちらの現在位置に近付いてくるのがディスプレイでは確認出来た。

 

「さぁ、話はお終いだ。会敵するのに丁度いい地形を検索してくれ。待ち時間でオレも本当に最後の小細工をしよう」

 

「……うむ。了解じゃ」

 

 野戦テントを出て歩き出す。

 片手にはレーション。

 片手には神剣。

 

 実質、3日目で4割以上戻した肉体はしかしまだ万全には程遠い。

 

 接敵までには体調も戻して待っていたい関係上、これが最後の食事だろう。

 

 現在体重230kg。

 

 生身で機動兵器に立ち向かうには少し心許なかったが、それでもやるしかないと剣を握り締めた。

 

「ああ、そういや今までの功績に報いて、一億やる。存分に喜べ」

 

―――ひにゅぅうううううああああああああああん!!?!

 

 ヒルコの声が何処かの回線を混戦させたのか。

 

―――ありがとおおおおおおおおおおおなのりゃああぁぁぁあぁ♡♡♡

 

 その叫びに思わずビクッと反応した多数の相手の声が耳元の無線に入って来て、思わず悪い笑みが零れた、ような気がした。

 

 無論、すぐに怒られたのは言うまでもない。


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