ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第228話「真説~Bring It On~」

 

【第32分隊壊滅と推定】

 

 数多くの機体に搭載されてきた彼ら宇宙軍の要するノウハウの塊。

 

 戦術解析用のAI(インテリジェンス)が機体内部で無慈悲な回答をディスプレイに出力する。

 

 それと同時に起こっているのは目まぐるしく味方の反応が消えていくという精神的によろしくない共有された戦術MAP上での大参事。

 

 それに彼らは混乱している。

 否、どのような状況が起こっているのか。

 まったく、埒外であった、と言うべきだろうか。

 

『一体、何が起こっている!!? CP(コマンドポスト)ッ、CP(コマンドポスト)!!? ダメか!? どうなってんだよ!!!?』

 

 真空の海の最中。

 

 USAを名乗る艦隊の突入部隊を要した輸送船の幾艦かで突如として通信が途絶し始めていた。

 

 月面ギリギリまで高度を落として、後はルートの確保と同時に突っ込むだけ。

 

 そのような状況であるからして、誰もが強襲される事を警戒し、艦外にいつでも飛び出せるよう機体を備えさせていたわけだが、事態は彼らが思っていたものとはだいぶ違っていた。

 

 機内で待機状態のNVに乗っていた兵達にしてみれば……本来、それは在り得ない事であった。

 

 通信網の構築と絶対的な確保は宇宙における宙間戦闘において絶対に手を抜けない軍略上の最重要事項だ。

 

 ステイツを名乗る軍がそれを疎かにする事など有り得ない。

 

 そもそも光量子通信が標準規格として人類の通信網を構築した時代から、軍事規格の通信を完全遮断するのは殆ど不可能になっている。

 

 完全に電波的な暗室に入るか。

 電波を遮断する領域を生み出すか。

 それが出来て初めて、通信は途絶するというのがお決まりだった。

 

 委員会が人類を掌握して以降、国家共同体もまた技術を進歩させてきた。

 

 深雲《ディープ・クラウド》ですら、大戦の末期には彼らの通信を傍受は出来ても解析は出来ず。

 

 また、遮断も広域通信に限っては不可能であった事から結局、巨大な通信インフラを電波的に欺瞞出来るものでもないと半ば割り切って通信量の過多で空爆地域を指定していたくらいなのだ。

 

 なのに……今、彼らの数千年前から変わらぬ絶対と言われてきた通信規格はパラダイムに直面している。

 

【ネットワーク・ハブを再起動………通信を傍受出来ず。全対象をロストと判定。光量子通信の完全途絶……通信状況:不能、これより本機はスタンドアロンでの戦術プランへと移行します】

 

 生存戦略の一環として、機体に搭載されたAIは極限環境での生存行動に関しては人類よりも行動的な優先権を与えられる。

 

 つまりは人間の信用出来ない部分を極力合理主義の極致である機械に任せて、非合理的な部分を排除。

 

 生還させる為のあらゆるバックアップ……この場合は仲間の安否確認と共に現状で必要とされるだろう生存に必要なあらゆる物資の制限を軸に大半の機体機能に摩耗と消耗を抑える為のロックが掛かる。

 

『安否確認だ!!』

 

【全機、全艦の反応ロスト。有線でも信号を拾えず……』

 

『何だよ!? じゃあ、オレの目の前で動いてる機体には誰が乗ってるってんだ!!? アレはどう見ても友軍だろうが!!』

 

 格納され、後は射出されるだけの直立不動の体勢でロックされていた機体が次々に起き上がり、ハンガーのアームを強引に外したかと思うと何故かコクピット部分を開けようとしては動きを途中で制止していた。

 

『アレは……まさか、出られないのか!? オイ!? 此処から出せ!!』

 

【基本原則43条3項に抵触】

 

『絶対条項か?! 機体外部を極限環境認定だと?!! 宙間騎兵師団が機体に閉じ込められて何も出来ないってのか!!? アレは友軍だろう!! 未知の環境下だとしても、機体接触で内部の人員の安全が確認出来るはずだ!! 基本原則43条の撤回を要望する!!』

 

【判定……接触可能。直ちに行動を開始】

 

 狭いハンガーがズラリと並ぶ輸送船の最中。

 

 NV達が次々互いへ触れようと手を伸ばし、腕や足をぶつけながら回線を開くべくリスタートさせたシステムによる接触を試みる。

 

【……接触回線を確認出来ず。エラー、エラー、エラー……23432回試行するも、機体への回線が開きません。これを持って43条3項を堅持】

 

『ッ、じゃあ、推論であの中にいるのは友軍ではないと反論してみろ!! オレ達はこのハンガーにずっといたんだぞ?! 3分前まで会話をしていた人物達が今、生存していないとしている根拠は何だ!?』

 

【通信環境の完全なクローズドはこの輸送船内ではありえません。また、通信システムそのものが生体認証、生体情報のログを随時記録、トレースしている関係上、保全された認証コードの反応が消えた機体が動いているのは不合理です。接触回線は認証コードが無ければ開きません。つまり、あの中にいるのは認証コードを持たない存在でなければなりません】

 

【矛盾しているだろう!! 認証コードが無いのにどうして動く!!?】

 

【機体内部は認証コードが無い場合でも、友軍の人員による間接制御を可能とする為、予備コードへのアクセス権限が比較的下位の機密性の低いプラットフォームに置かれています】

 

『知ってるよ?! だが、今の環境は未知なんだろう!! パラダイムが起こったと推定すれば、アレの中にいるのは友軍だという可能性もあるはずだ!!』

 

【………搭乗者の行動要請を受諾。ただちに同型機へのコックピットの引き剥がしを行います】

 

 混乱し、にっちもさっちも行かない状況で輸送船内で困惑する機体達の一機が……その行動を、相手のコックピットの引き剥がしへと出た瞬間―――破滅の足音は確かに彼らの背後を捉えた。

 

 月上空、20km地点。

 

 艦隊の要する輸送船の内の42%において次々艦内での発砲が発生。

 

 それに対し、内部からの破壊によるダメージコントロールをシステムが開始。

 

 AIによる速やかな鎮圧を誘発……艦内の治安維持用のMP《ミリタリー・ポリス》ドローンが発砲機体に対して電子的な停止措置を上位コードで実行するも、機体はスタンドアロン状態の上に通信不能の為、それを受け付けず、反撃され破壊。

 

 そして、地獄の窯が開いた。

 

『こちら第23突撃分隊小隊長!! 我々は未知の攻撃を受けている!! 彼らは何だ!! あの友軍の機体に乗っているのは誰だ!!? 撃つな!? 撃つな!!?』

 

『こちら第14快速航行中隊!!! 止めろ?!! コックピットを開けようとするな!? AIの極限環境用の戦術プランは敵対的な行動に対して自衛を始め―――』

 

『ドローンが撃って来た!? 何もしてないんだぞ!? どうなってる!!?』

 

『隊長!! 隊長!!? 何故、コックピットを開けようと?!! や、止めて下さい!? こんな良く分からない状況で外に出されたら!? ああ!? う、撃て!? 撃てぇえ!!? アレは敵だぁあああああああああ!!!?』

 

『止めて!? 撃たないで!!? あの中には彼がいるのよ!!? アレは私を助け出そうとして―――』

 

【敵対行動と認定。極限環境用の戦術プランは興奮状態の搭乗者からの機体指揮の優先度を低下させます。緊急事態、識別コードをエネミーへ】

 

 現在、高度を下げていた艦隊がその輸送船の異変に気付いて小型艇で予備戦力の一部を向かわせるも次々に通信の途絶と共にスタンドアロン状態へと移行。

 

 AIによる極限環境認定が殆どの機体の能力を制限、混乱した兵達の精神的な安定が図られるまではという条件で自衛以外の身動きが出来なくなっていく。

 

 さすがに突入寸前だった部隊が半壊どころか同士討ちを始めるという状況に上空で待機していた艦隊が予備の通信網の要であるサーバーを積んだ艦を爆発が起きている部隊の中心へと向かわせるも、その艦自体からの通信も途絶えた。

 

 出鼻を挫かれた艦隊の突入部隊が混乱のどん底で何とか同士討ちから立ち直ろうと月面から距離を取り始めたのは数分後。

 

 しかし、その行動が通信不能の輸送艦の全てに波及するまで30時間以上を要する事実は未だ彼らにも予測出来てはいなかった。

 

 そんな中、まだ通信を保っている艦隊の者達は月面下への突入を果たした先行偵察部隊から送られてくる情報にもまた目を奪われている。

 

 それは当然か。

 彼らが守って来た過去から連綿と続く文化ともまた微妙に違う。

 

 いや、源流に位置するのだろう時代の景色が、情報の濁流が、彼らの精神を揺さぶっていた。

 

 情報の発信源に最も近い現場指揮官。

 

 先行偵察部隊グレンデル隊長マイク・アットマン大尉。

 

 軍の持つ矛の切っ先たる彼もまた中尉が魅せられた世界の中に取り込まれている。

 

『オレは自分が孤独だと思った事は無い。少なからず母親も父親もいた。良い母ではあったし、良い父でもあった。仕事が忙しいなりに連絡してくるし、何よりも愛されている事は分かってたからだ』

 

 大尉の目の前で原始的な通信装置。

 

 音声のみの送受信機から耳を離した少年が一人で食事をしていた。

 

『祖国の出来合いの総菜だって味は悪くない。少なくとも日本人に生まれた事はオレの食事環境にとって感謝出来る要素だろう。繊細な味も分かれば、刺激的な味も分かる。大雑把な外国の料理も美味しく頂けるが、その良し悪しくらい判断が付く。祖国で食う料理の良さは種類の豊富さも相まって毎日食ってても飽きはしなかった』

 

 少年が今度は同年代の男女がいる部屋で原始的な……今や軍の機密くらいにしか使われない紙媒体と炭素原子の塊をスティック状にした代物で文字を書く姿に……彼は驚きを持って固まる。

 

『勉強は適当に……いや、別に得意ではなかったが、要領が良かったおかげで学生にありがちな特段の努力や試行錯誤をする必要も無かった。自慢じゃないが、誇れる話でもない。母も父も学者だったせいか。テストを受けたら将来の適性は学者寄りだったらしい。が、二人のような専門的な研究がしたい人間でも無かったオレは恐らく学問で食っていくとすれば、凡人以上には成れなかっただろう。意欲や興味の問題ってやつだ』

 

 世界が暮れていく。

 穏やかな夕闇の中。

 歩く少年は一人。

 

 何をしているのかも分からないような込み合う人々の中に埋もれ。

 

 何処かの広い酒保で様々な絵が描き込まれた薄いパッケージがズラリと並ぶ場所へと入っていく。

 

『オレの専らの関心毎と言えば、TVを賑わすアイドルでも無けりゃ、現実の人間関係でもない。新しく出る娯楽……ゲームの発売日とプレイ時間の捻出くらいなものだった。いや、昔から祖父の方がきっとそういうのは上手かったけど』

 

 移り変わる景色。

 

 老人と少年が共にディスプレイを前にして映像が移り変わるのを見ながら、コントローラーだろうもので操作している。

 

 軍人でも無い者が握るものではないだろうと大尉が思ったのも束の間。

 

 ベテランらしい老人に少年は負けていた。

 だが、その顔には悔しそうな様子は無く。

 

 もう一回もう一回と老人にせがむ少年の様子を老婦と母親である女性が優しげな顔で見つめている。

 

『ああ、でも、そうだよな。いつか終わりは来るんだ。一つだけ良かったと思えたのはどっちも好き合ってたじいちゃんとばあちゃんが一緒に逝けた事だろう。きっと、悲しまずに済んだ……最後に二人手を握ってたって言うんだから、大往生とは言えなくても、きっとそれなりに幸せな人生だったはずだ』

 

 老人も老婦もいなくなったらしい部屋で少年が片付けをしていた。

 

 その背中に彼が、大尉が感じたものは恐らくきっと上官が死んだ時に感じたものと同じものなのか。

 

 思わずコレは敵の見せている情報だと己を戒めた彼だったが、その世界に引き込まれ、手を出せずにいる。

 

『オレにとって初めての肉親の死だった。でも、オレは哀しさよりも虚しさの方が大きかった。どっかでまたゲームの相手でもしてくれよと……そう思ったんだ』

 

 老人や老婦や父や母がいた場所で……そう数分も前なら、見た事も無い食事が並んでいただろう食卓で……少年は一人、糧食のようなものを齧り、水を流し込んでは誰もいない住居でポツンと何もせずに天井を見上げている。

 

『その日、食事もせずにいたオレが目を瞑った……そうして、オレの物語は幕を開けた……』

 

 世界が一気に移り変わる。

 其処にあるのは泥が跳ねる轍を行く原始的な運搬用の機材。

 目を覚ました少年はそこで……一人の少女と出会う。

 

『……まぁ、一目惚れというやつだ』

 

 その少女は……“彼らも理解出来る技術”である鉄の数十倍の強度を持つ硝子のボディーアーマーを着込んでいる。

 

『色々あった。殴られて、撃たれて、連れ回されて……でも、惚れた弱みってやつだ。男は時に特定の人物の前では常に愚かだったりもする』

 

 最初こそ少年を邪険にしてた少女が時間が経つに連れて、笑顔を見せるようになっていく様子は何処か微笑ましく。

 

『他にも出会った連中がいる。好いてくれた人がいる。沢山の人間が今を……オレの前で生きていた……夢よりもきっと気高く、理想よりもずっと泥に塗れて……だから、オレは……』

 

 少年の傍に人が増えていく。

 敵対者も味方も満遍なく。

 

『オレも生きる事にしたんだ……例え、全てが誰かの掌の上だとしても、踊り続ける限り、その先に向かえる限り、それはオレにとっての勝利だ。オレが死のうとオレの遺したモノがオレの大切に思える人々を、光景を護り続ける限り、それはオレにとっての不敗だろう』

 

 少年の回りに満ちた人々。

 幾多の映像が流れていく。

 

 その最中、少年は決断し、願いを聴き、叶え……命を賭し、また……失っていく。

 

『だが、どうやらオレは本質的に死ねないらしい。どうやらオレは誰もを置き去りにしていかなきゃならないらしい。でも、それに失望も絶望もしちゃいない。此処にはオレの願ったものが確かにある。ああ、じいちゃんとゲームをしてた頃よりもきっと輝いてる……オレは全てを手に入れた』

 

 少年の姿が暗く、黒く、染まっていく。

 

『だから、今度は失わないよう戦おう。人間にとって、一番大切な事なんて人其々だろう。だが、他人から奪うならば、他人に奪われる覚悟をする事だ。そして、そんな残酷な現実を乗り超えられるよう、確信を得られるよう努力する事だ。オレの本質はソレだ。オレはオレの為に準備しよう。オレが考えも付かない事態に対処出来るように。オレが死んでもオレの大切なものが護れるように。オレが生きる限り、失わなくて済むように。文字通りの“全て”を賭けて……』

 

 少年がゆっくりと同じように漆黒に染まっていく世界の只中から、虚空の淵より一本の剣を抜き出していく。

 

『オレの名はカシゲ・エニシ……運命の車輪を回す者……カシゲ・エミの息子にして……蒼き瞳の魔王……ラスト・バイオレットを継ぐ者。USAを名乗る艦隊諸君……これでオレの自己紹介はお終いだ。さぁ、此処からは存分に抗ってくれ……』

 

 剣が大尉へ。

 

 否、その映像を見ているだろう全ての者へ向けられる。

 

『殺される準備は出来ているか?』

 

 ゾクリとその声を聴く全ての者達の肌が泡立った。

 

『潤沢な物資は存るか? 補給する兵站は完璧か? 通信の強度は問題ないか? 兵器の質は大丈夫か? 兵の練度は高いか? 戦略と戦術の陳腐化は気にしているか? もし全て良ければ始めよう。お前らが仕掛けて来た戦争だ。撃ち返される覚悟とオレを前にしても引かない勇気を示せなければ……此処で藻屑となって散れ』

 

 ザリッとノイズ交じりに少年が……冷酷に告げる。

 

 否、冷酷とすら形容し難い優し気とも見える笑みで酷薄な瞳を“敵”へ向けた。

 

『掛かって来いッ。相手になってやる!!!』

 

 それは狂人よりも狂人的な宣戦布告……たった一人の男が、嘗て世界を支配した暴力の化身に、世界の破壊者に対して向けた兆発に違いなかった。


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