ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
―――ごパン大連邦統一軍中央特化大連隊大本営。
無限にも思えるベルの音が連鎖する巨大な一室。
300人の連絡将校と3000人のオペレーターから成る軍大本営の発令所は今やてんやわんやの様相を呈し、あちこちの司令部から飛び込んで来る情報に埋もれていた。
通信機材は引っ切り無しで一切休む暇も無くオペレーターが通信先の割り振りに全力を投じている。
今、その場で各国に送られている命令は緊急災害派遣部隊の即時展開。
主要沿岸国の統一軍地方部隊を総動員しての救助活動要請。
要は各連邦構成国家の軍へ避難者援護命令が出ていた。
軍用の長距離通信が可能な共和国は統一宣言以降、通信ユニットの延伸部隊をこの数週間で大陸東部全域に派遣しており、殆どの地域と時間差無しに情報を遣り取りする事が出来る。
この未曽有の大災害、天変地異は唐突だった。
全世界の空が同時多発的に恐ろしい数のオーロラによって埋め尽くされ、更に空が落ちて来ると形容された巨大な赤く燃える落下物の唐突な出現。
それを更に巨大な光の球が破壊するという光景が各国の空で多数目撃された。
それと時を同じくして各地では金属に関する以上が多数報告され、大地震と同時に異常気象が発生。
唯一救いだったのは大陸東の大半が大連邦に吸収されたおかげで軍が高速で連携を取れるようになったことと通信装置の大半が空飛ぶ麺類教団製のおかげか壊れなかった事に尽きるだろう。
死傷者は現在分かる限りでも各国で1万単位。
しかし、沿岸部の国家では大津波が予測されており、海軍と陸軍は内陸部での救助作業もそこそこに次々に押し寄せて来るだろう難民の受け入れ準備で怒号と修羅場の最中にブチ込まれた。
が、それでも各国の上層部は今マシな状況にあると感じている。
それは他国からの援助。
主にごパン大連邦からの救出と支援準備が整ったという迅速な情報が届いているからだ。
地方軍にも死傷者は数多く。
救出は遅々としていたが、統一軍の命令系統が混乱する事は無かった。
スムーズに沿岸国家は救出作戦を展開し、あらゆる物資とそれを流す兵站が南部ではカレー帝国を、海路では魚醤連合を軸に構築されている。
沿岸部への津波到達予想時刻は何故かごパン大連邦の中枢ですぐに発表され、それを3日後と聞かされた将兵達は埋もれた瓦礫や土砂の中から一人でも多く救わんと躍起になって救出活動に勤しんでいた。
各地の被害報告と状況報告は逐一複数枚の地図に取り纏められ、それを見た軍上層部は即座に合理的な命令を下し、あらゆる案件を千切っては投げ、千切っては投げを繰り返している。
「………」
そんな人々を見守る椅子。
巨大な体躯を納める為に特注された黒革のソレに腰掛けているのはパンの国の独裁者、その隠し子であった。
公然の秘密そのものである巨女ベアトリックスは実際足りていない人手を賄う為の方策として各地の空飛ぶ麺類教団に飛行船を軸とした大規模輸送船団の編成と一時的な貸与を提案。
続いて、大陸中央の砂漠にある不穏な様子。
大陸西からの大規模侵攻の報に渋い顔をしつつ、内陸の荒野地帯にいる方面軍の大半を移動ルート上に集結させ始めていた。
「……こんな時程、彼に頼りたくなってしまうのはそれなりに付き合いのあるこちらの悪い癖なのかもしれませんね」
ベアトリックスは1か月以上前に世界の外へ旅立った少年の事を思って苦笑する。
もしかしたら、その当人がこの異常事態に深く関わっているのではないか、という疑念。
いや、殆ど勘でありながらも確信と言い切って良い予想をしながら。
新婦達の頭部が持ち去られた。
その異常な事態を聞いた時は我が耳を疑った彼女だったが、更に彼女達が生きていて、月に連れ去られたという話を聞けば、もう笑うしかなかった。
だが、それを嘘や妄想の類だと言えなかったのは一時だけ通信機越しに会談した少年の声に心底の畏怖を感じたからだ。
人間はこれ程に冷たい声を出せただろうかと。
人に自分が死を告げるよりも恐ろしいものを知って、彼女は自分が前にしていた少年がどのような存在と化しているのかを理解した。
以後、“猫ちゃん”からの便りで世界の外ながらも元気に危ない橋を渡っている、との報告を受け取っている。
そんな情報が相手から届かなくなり、またごはんの国から普通の救援要請や支援の申し出しか出て来ないという時点でその先にいる少年が何かしているというのは彼女の中で天変地異と結び付けるに足りた。
(沿岸部の救出部隊が足りませんね。ですが、避難経路を考えた場合、陸路を軍で占有出来る場所も限りがある。後、三日で全ての被災者を救助して内陸まで移動させる……首都機能を後退させるより難事そうです……まだ、我が国の航空輸送能力は殆ど無いに等しい……正確な津波の到達地域こそ教団のおかげで出ていますが……この地域から全ての国民を避難させるのは現地軍だけでは不可能……でも、沿岸部に軍を派遣してしまえば、避難経路の圧迫で難民を退避させられる数が大幅に減ってしまう……となれば……)
彼女の選択は二つしかない。
軍を僅かに送って避難を現地軍に任せるか。
軍を大規模に送って少しでも被災者を助けさせ、限界まで国民を地域から逃げ出させた挙句、軍を残して耐えさせる……要は死ねと命令するか。
前者は他の連邦地域から非難される事間違いなし。
後者は確実に次の戦争で敗北待ったなし。
あちらもこちらも同時に立たない現状は正しく地獄と言うに相応しい。
「閣下!! アルカディアンズの方が直接お見えになりました」
「あちらが? 通して下さい」
南部の大遺跡を二つ保有する五氏族という名の元敵。
それが今現在此処へやってくる。
その意味が彼女にも少しは分かる。
しかし、それは誰が下した命令なのか。
少なからず国家代表として登録された少女。
否、乙男《おとめ》は首無しでごはんの国の研究施設に“有る”。
「イグゼリア・アルカディアンズからお越しの4名入ります」
椅子の後ろにあるドアの先の歩哨が告げる。
そして、入って来たのは見知らぬ3人の少女と一人の成人男性。
しかし、男は三人の少女の後ろでどうやら警護に付くらしく。
後ろを振り向いて周囲に視線をやっていた。
立ち上がったベアトリックスがやってきた少女達の前に歩いていくと。
それに驚いた少女達であったが、すぐに上へ立つ者の顔で彼女に軽く頭を下げる。
「お初にお目に掛かります。我々はアルカディアンズ代表代理の命により参りました。特使とお考え下さい。コンスターチ閣下。元々はアンジュ様に仕えていた者とお伝えすれば、分かり易いでしょうか」
「彼女の?」
「はい。現在の状況は分かっております。さっそくで悪いのですが、代表代理となった現在の五氏族の長。マックス様からの伝言を口頭でお伝え致します」
三人の少女達が静かな瞳で自分達より遥かに巨大な異性を見上げる。
「我が方に1万3000の航空輸送機在り……各国の避難者を最後尾から全て津波到達予想時刻より前に空へ舞い上げる事は可能」
「!?」
さすがのベアトリックスも驚きに固まる。
「イグゼリア・アルカディアンズは“彼《か》の男《おのこ》”との約定により、不用意な遺跡の使用を自ら禁ず。されど、その約定によってまた同胞を災害より守りたる事に一辺の迷い無し。そちらには現地滑走路の確保準備における支援を要請するものなり」
巨女はそれに大きく頷く。
「分かりました。彼が今どうなっているのかは知りませんが、我々と同様に戦っているのでしょうね……その要請、確かに承りました。各国の沿岸国の軍に救助作業と並行して滑走路の構築を行わせましょう。かなり無茶で要求水準のものが出来るか怪しいところではありますが」
その言葉に三人が良かったと胸を撫で下ろした様子ながらも微笑みを浮かべる。
「それならば、問題ありません。エミさ……カシゲェニシ様から航空機の類が着陸させられそうな場所は事前に大陸規模で沢山調べさせられましたから」
「?」
少女達が同時に人差し指で天井を指差した。
「「「宙《そら》からお帰りになる際の候補地と緊急着陸用の滑走路整備用の資材はもう積んであるんです。現地に強制着陸したならば、1日で完成させられます」」」
思わず、巨女が黙り込み、半笑いになった。
「……カシゲェニシさんも中々……父もこんな気持ちだったのかもしれませんね」
苦笑よりは引き攣った笑みで。
巨女は天を仰ぐ。
(どうやら、貴方のおかげで沢山の命が救えそうです……カシゲェニシさん……)
その日、南部の空から東部沿岸地域全域へ空に棚引く無数の白い雲があらゆる異常気象をものともせずに引かれていった。
それを人々はどうしてそう呼んだか。
まるで何もない場所から虹彩を形作るように広がった雲が見えたからか。
正確なところは分からないが、全ての沿岸地域において、そのオペレーションは……その俗称はこう呼ばれた。
蒼き瞳作戦。
その莫大な航空機が人の目に希望と移った事は後に大連邦の空軍に取って、真の財産となる事をまだこの時誰も知らない。
一つ確かなのは人は空すらも飛べるという事実と決して滅びを待つだけの存在ではないという希望が……人々の根底に刻まれた事だけだった。