ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第237話「嫁達との遭遇」

 

 今後の予定に微調整を加えて詰める事、30分。

 会議は事前の準備のおかげでスムーズに終わった。

 特に戦力化中の師団に付いては文句の付けようもなかった。

 要塞内では兵隊を訓練する事コレ修羅場の如く。

 

 という惨状で教導隊に引き抜いた各方面の最優秀者連中が頑張ってくれており、教練は魔術+科学の合わせ技で1時間×40日前後の超暗記詰め込み式で行われつつある。

 

 人格改造とはいかないが、個人の引き金を引けないとか敵を前に躊躇する等の人間らしい弱点を覆い隠すまで数日もあればイケるだろう。

 

 遠距離武器+魔術込々の世界で銃有りならば、敵が科学オンリーで戦術的に負ける要素は低いのだが、如何せんの年期と戦力化してからのノウハウと心構えが違う。

 

 敵は今までのような小細工でどうにかなる相手ではない。

 だが、いつでも戦闘の要点というのは同じだ。

 

 どう敵からの攻撃を受けずに一方的な火力集中が出来るか、である。

 

 銃は直線、砲は弧を描いて、地雷は真下から、陣を横に広げれば、左右から、空ならば上から、包囲されたら全周囲からという具合に……これらの位置取りで共通して理解されるのは移動速度と攻撃武器の射程と火力の集中の仕方が相手より優れているかどうかだ。

 

 現在状況において敵より優位な“間合い”に立てるかどうかはぶっちゃけ機甲戦力の装甲の厚さよりも重要だ。

 

 状況判断能力の高い者がこれらの優位を生かして的確に敵への攻撃方法を“指示”すれば、それが単なる凡人だろうと天才だろうと勝てない方がおかしい。

 

 現在、最優先で育てているのは全て士官だ。

 

 手足たる徴募兵は募集後、要塞に連れて来るまでの準備段階で最低限度の能力の底上げをしてあるので筋力などは鍛える必要がなく。

 

 戦闘時の最前線での状況判断能力と反射と連携を刷り込む事を軸に魔術で速成している。

 

 部隊の攻勢の主力は砲兵であるが、此処は過去から連綿と続く恒久界の大魔術だの戦略級魔術の撃ち合いを指示する立場であった各諸国の軍の中堅所を借りた。

 

 古いドクトリンを全て刷新させて、与える兵器の射程と威力に応じ、AI相手の教練をガンガンやらせている。

 

 続いて敵へと突撃し、指揮系統の乱れた後方や前線を直撃、分断包囲殲滅する機甲戦力。

 

 兵は神速を貴ぶ。

 

 と古来から言うが、至言の一つだろう。

 

 戦場における速度を重視するならば、勿論のように乗り物に載せようというのは普通の考えであろう。

 

 取り敢えず、一番恒久界で乗られている生き物である馬を模して銀輪部隊ならぬ空飛ぶ二輪の装甲師団を用意した。

 

 騎兵だった貴族連中が多いのだが、馬車の御者から一般的な運送業者まで何かに乗る事が仕事だった人々をコレに押し込んでいる。

 

 近未来的な装甲を付与したバイク+魔術による浮遊+ラムジェットエンジンという代物は雑な適当感溢れる未来バイクの類にしか見えない(しかもヒルコにやっつけで設計させたらやたらスタイリッシュ)。

 

 前面側面を完全に覆われた1人乗り用の空飛ぶ乗り物が時速800km近い速度で疾走するのである。

 

 こっちは強制的に乗りこなさせるサポート用AIとの親和性を高める目的でゲーセンにありそうなバイクゲーム筐体へずっと張り付かせている。

 

 索敵、ファーストコンタクト時の遭遇戦は全てドローン任せでOK。

 

 少数ずつしか入り込めない相手である。

 

 陣地構築なんてやっている暇を与えなければ、互いに機動戦が主軸となっていくだろうし、NVの突入口を造られても、入ってこれる数は高が知れているのだから、最低限はこれで十分だろう。

 

 敵火力の消耗した時点を狙っての砲撃戦は既存の砲兵を再訓練すればいいが、敵勢力の包囲には今までの騎兵から転科させた新兵科が必要だ。

 

 脚が遅く重装甲の部隊より、相手の攻撃を最低限弾いて火力を一斉に叩き込める機動力のある機甲部隊が最適。

 

 砲兵による敵戦力の漸減、装甲を積んだ機動戦力による分断、包囲殲滅。

 

 クソ真面目に戦術を組んだとて、所詮は大量破壊兵器、戦略兵器が積まれているかもしれない敵兵器の前には無力である以上、犠牲を最小限にする為には相手を消耗させたところでの少数が一気呵成の電撃戦よろしく相手をぶっ叩くのがいいだろう。

 

 そもそもまだ防衛線や遅滞戦闘や塹壕戦なんて高度な事をやらせられる現代戦準拠の経験を持った歩兵はいないのだ。

 

 だから、一先ずはこれでいい。

 

 相手も陣地を構える程の戦力を丸ごと持って来るまでかなりの時間を要する。

 

 敵の大火力による砲撃、橋頭保を造って破壊して奪ってという陣地戦や持久戦、削り合いは先の話。

 

 永く3次元の戦争をしてきた相手をあらゆる手でもって2次元の戦術や戦略が必要な戦闘まで引きずり降ろしてからが本番。

 

 そうなってすら、相手は高火力、高機動力、重装甲のNVである。

 

 第二次大戦期の航空戦力無しの戦場を彷彿とさせる光景が展開されたとしても、こっちは1機倒すのに100人単位が必要だろう。

 

 恒久界の人間が今も争い合う関係な以上、そう大した兵器を渡せるわけでもない。

 

 となれば、敵小戦力の撃滅は地に落ちた羽虫を襲う蟻の如く。

 

 相手の迎撃する火力、対処能力を一瞬で飽和させ切る迅速性に極振りでいい。

 

 時は金也、ついでに命也というわけだ。

 

『そこおおおおおおお!!! コンマ1秒遅いぞおおおお!! 敵に撃墜されたいのかぁああああああ!!! 共有レイヤーから敵位置を拾えって言ってんだろ!!』

 

『敵砲撃の予想着弾ルートがAIから出てるんだぞ!! 回避しながら進軍せよ!! 死にたいのかぁああああああああ!!!』

 

『火力の集中が遅い!! もう一度!! お前らは槍でも持ってるつもりかぁああ!!』

 

 オペレート用システムに備えさせた無数のディスプレイの中には分割された訓練中の兵隊とそれを扱くAI、人間混合の教育係達が教導隊からの指導を下敷きに次々と罵声を飛ばしていた。

 

 無数の映像が流れる部屋はケーブルが散乱している。

 肝心のキーボードは神剣からの出力で事足りる為、存在しない。

 順調に戦力化が進んでいるのを確認してから、部屋を出た。

 

 地獄への道行きに奨んで参加する大半は今から自分達が魔王すら退けるような相手と戦わねばならないと戦々恐々。

 

 国家からのお達しもあり、死に物狂いで戦う準備に明け暮れている。

 

 道は険しいだろうが、此処で各国の一連の共同体が危機意識を共有出来る現有戦力を保持出来なければ、以降の戦争は一方的なものになるだろう。

 

 何とか最低限備えさせているが、オブジェクトの一件もある。

 

 ぶっちゃけ、敵後方に存在するだろうヤバい物品を処理するまでは然して彼らの大半に仕事らしい仕事は無い。

 

「………ヒルコ」

 

『今捜索中じゃ。大蒼海の方は任せて良い。地表は秘書子殿が120人態勢で探しておる。そう時間は掛かるまい』

 

「ああ、頼んだ。それと見つかったらこんな忙しい時で悪いが……あいつらを迎えに行ってやってくれ……」

 

『自分で行けばいいじゃろう、とは言えんか。よいぞよ……一番先に駆け付けたい人間が安否が心配だからこそ行けないのならば、身命を賭してワシが行こう』

 

「あいつらには迎えに行けなくて悪いと」

 

『婿殿自身が敵の狙いに入っていた以上、単身で合流した時に“運悪く”という事は考えられて然るべきじゃ。敵が世界を滅ぼせる兵器などを婿殿単体へ撃って来た以上、不用意な事が出来んというのは理解してくれるじゃろう。そもそも月まで追い掛けて来て、この世界を滅ぼしても全員を救おうと考えておった夫の愛重過ぎ問題もある。知られたら、離婚の危機かもしれんぞよ?』

 

 おどけたヒルコの声に僅か心が軽くなった。

 

「ああ、そうかもな。そうなったら、再婚出来るように頑張らなきゃな……」

 

『うむ。では、こっちは通常業務に戻るのじゃ』

 

 通信が終わり、しばらく休もうと大使館の一室。

 

 魔王の部屋と適当にプレートを掛けておいた仮眠用の場所へと向かう。

 

 すると、忙しそうに立ち働く誰も彼もがすれ違い様に軽く頭を下げてから、恐縮したように道を開けてくれた。

 

 食事も終わったし、それで体重や精神を回復させるまで時間は然程要らない。

 

 だが、緊張しっ放しだと何処かで一気に集中力が破綻する可能性もあり、やっぱり重大な行動前には眠るのが一番の療法だ。

 

 扉を開けて、いつでも出られるよう外套だけ脱いで寝台に向かう。

 

 数百kgの体重に耐えられる特注のチタン合金製の土台に金属の発条をふんだんに仕込んだシルク製のマットレス……普通の人間なら鉄のような固い反発力に金属板の上に寝かせられているようだと思うのだろうが、戦時用の肉体には十分贅沢な仕様のふんわり感だ。

 

 身を投げ出そうとして……妙にこんもりとしているのに気付いた。

 

「……」

 

 ペラリ、と。

 フカフカな羽毛の掛布団を剥いでみる。

 

「いやーん。エニシ殿のスケベイ~でござる♪」

「………………」

「ん? 某の思っていた反応と違―――」

 

 現在、戦闘用に強化している身体の特性上、あまり強く抱きしめると骨までボッキリという筋力なのでそっと頬へ指で触れるだけに留めておく。

 

 目の前の相変わらず全裸に白いシーツ一枚の黒髪幼女が目をパチクリさせていた。

 

「心配した」

「某達とて心配したのでお相子でござる♪」

「他の連中はどうした?」

 

「ふふ、心配せずともよいよい。某が先発して施設から出て来た故、先に辿り着いただけの事。地表へ最初に降りた方の某達はフラム殿を筆頭にして、途中で前に出会ったエニシ殿と一緒にこちらへ向かっておる」

 

「前に出会ったって、まさか天海の階箸の時の一件で会った奴か?」

 

「うむ。どうやら話を聞くところによるとポ連の首魁とドンパチしていたら、宇宙に放り出されて月に漂着したとか」

 

「月に漂着って……明らかに不自然なんだが……」

 

「本人にも分からぬようであったが、嘘はあるまい。エニシ殿の報告書にあった双子らしい軍人達とも合流して、仲間を集めておるようじゃが、今回の一件の事を世間の噂に聞いて、エニシ殿と合流したいとの申し出があった」

 

「そうか。じゃあ、そっちはオレが応対しよう。で、施設に他の奴らは残して大丈夫だったのか? それとお前らを攫ったオレが死んだって情報が入ってたんだが……」

「ああ、そちらは落ち着いたら話そう。某もどう言っていいのか分からぬ故。ちなみに、施設はしっかりと大蒼海から持って来たでござるよ♪ 五分前に」

 

「は?」

 

 チラリと幼女が窓際を見れば、一気に外の光景が変貌した。

 

 黒く黒く赤い燐光を零しながら浮遊するまるで装飾を施した剣のような流線形。

 

 直径で数百mはあるだろう船の先端がこちらを前にして虚空に静止している。

 

『御子様ぁあああああああああ?!!!』

 

 タミエルの声が超特急で通路の先からやってくるのをドア越しに聞きながら、神様というのも案外当てにならないと、溜息がちに苦笑するしかなかった。

 

「船名は【深き極光(ディープ・ライナー)】と言うそうでござる」

「……はは、名前はオレの好きだった漫画からだな」

「まんが?」

 

「読み物の類だ。感動の再会で抱き締めてやりたいところだが、生憎と今は人間を抱き締められるような身体じゃなくなっててな。こっちにいる全員に会いたい。乗せてくれるか?」

 

「勿論でござる!!」

 

 ギュっと抱き付かれた。

 

 ついでに慌てた様子で魔王応援隊やら内部に残っていた保安要員である三人娘やら、館内で雑用を引き受けつつ警備していたエオナ達がどうしたどうしたとやってきて……扉のところでギュウギュウに詰まりながら、こちらを見つける。

 

「あ、皆さん御機嫌ようでござる。某はエニシ殿の嫁の一人。名を百合音。羅丈百合音と申す者。これから夫の傍に仕えると思うが、どうかお見知りおきを」

 

 ペコリと頭を下げた幼女が邪悪な笑みを浮かべて、頬にちゅっと軽く吸い付いた。

 

 あんぐりと口を開けた者からまたかという目をする者。

 これだから男はとか言い出しそうな者。

 大きな溜息を吐く者。

 諸々いたのだが、彼らの感想はどうやら一つしかないようだった。

 

「こ、こここ、こんな小さな子に手を出すなんて?!!? く、やはり魔王は淫魔王だったんですね?!! エニシさん!?」

 

 エオナがドン引きした様子で口元に手を当てていた。

 しょうがないと言えば、しょうがない。

 此処は6分の1Gの世界。

 

 大人から子供まで背の高さが1Gの世界とは比べものにならないのが普通。

 

 2mを超える相手すら実は少し大きいくらいで済ませられる常識的な範囲なのだ。

 

 なのに此処にいるのはユニよりもちょっと背が小さい百合音である。

 

「ふふ、手を出すなどと。それこそエニシ殿にはナニを出されてナニをされたか。ふふふふふ♪」

 

「ナ、ナニ?!」

 

 百合音の言葉にエオナを筆頭として顔を朱くした女性陣の大半が想像したらしくこちらを睨む。

 

「なにってなーにー?」

 

 ユニがそう傍らの保護者たるケーマルと護衛の二人に訊ねるも、教育に悪いですからと手で両目を隠され、連れていかれた。

 

「まぁ、待て!! ちょっと聞け!! いや、聞いて下さい!!」

 

 どうやら貴重な休憩時間は言い訳タイムと消えるらしかった。


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