ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第25話「塩の化身」

「おい!! 本当にこちらに来たのか!! まるで見えないぞ!?」

「そんなはずは……」

 

 馬車の御者台でフラムと共に探してみるも確かに人影は地平の果てまで見つからない。

 

「ちょっと、止めてくれ」

 

 馬車が停止するのを見計らって飛び降り、街からサナリが逃げた方角をよく見つめる。

 すると、何とか白い世界に足跡が確認出来た。

 だが、それは途中にある砂丘の半ば辺りで途切れている。

 

「フラム。降りてきてくれ」

 

 颯爽と白い外套を翻した美少女が横にやってくるのを見計らって、砂丘を指差す。

 

「ここら一帯の地下がどうなってるか知ってるか?」

「……ふむ。塩掘坑の入り口がある、かもしれないな」

「さっきから聞いてたんだが、塩を掘るのにトンネルでも開けてるのか?」

 

 こちらの問いに何も知らないのかと呆れた様子の溜息が吐かれた。

 

「塩砂海は20m程まではかなりの面積で砂だが、その下が分厚い塩の岩盤になっているらしい。塩を取るだけならば地上でも出来るが、風で入り込む混じり物が多過ぎて一度溶かして再結晶化させる手間がいる。だが、高深度の岩盤は純度が極めて高く大きな混じり物を取り除けば、そのまま輸出出来る極上品だ。だから、この千年程は塩の岩盤を掘り進めて塩を得るのが主流になった」

 

 二人で足音の途絶えた場所まで行く。

 

 そして、少し手で塩を掻き分けると何やら固い人が入れるくらいの祠のようなものが現れる。

 

「このまま追うのは危険だぞ? 深くなれば、塩の堅さはかなりのものだが、地表は脆く崩れ易い。その追っている人間がもしも途中で道を崩していれば、連鎖的に……」

 

 説明している間にもズズンという何かが崩落したような音が周囲に響く。

 

 砂丘の上に上がると、見える範囲で通路があったと思われる場所が幾つも凹んで、道を浮かび上がらせていた。

 

「ああなる」

「どうすれば追い掛けられる?」

「その追っている奴の行き先は分かるか?」

「たぶん、第十七塩掘坑ってところだ」

「……馬車に戻るぞ。中に地図は用意させてあったはずだ」

 

 二人で馬車まで戻って塩の海の全景が乗った地図を広げる。

 其処には幾つも塩掘坑という文字と印が記されている。

 だが、其処に第十七という数字は見当たらなかった。

 

「これは最新の地図だ。と言う事はたぶん廃棄されたものだろう」

「位置は特定出来るか?」

 

 訊ねるとフラムがニヤリとした。

 

「私を誰だと思っている。EEの試験には国土内でのあらゆる戦闘状況が想定される。勿論、この塩の海での戦い方もな。この大砂海において塩掘坑が掘られるのは……」

 

 指が予め取り出されていた筆記用具の中から鉛筆を掴んだ。

 

 地図の一部をまるで其処に新しい地図でもあるかのように複数の曲りくねった線が引かれ、丁寧に格子模様が付けられていく。

 

「この海の中に引かれた複数の小島のようなものが確認されている強度の高い塩の岩盤のある地域だ。岩盤を砕き過ぎないよう丁寧に掘らねば、崩落の危険があるからな。掘る場所は順に格子模様を付けた端からとなる。そして、現在の地図上において存在する532番塩堀坑は此処だ。地図の端にあるだろう? ちなみにこの順番は大昔から試掘坑も含めてのものだ。間隔は常に5km前後。そして、端から順に格子を数えて行けば……」

 

 フラムの指がとある一点でピタリと止まった。

 

「ふむ。此処、だな。近くに放棄された大昔の露天掘り時代の史跡もある。数百年前のものだ。後は現着してから確かめよう。此処から17km。目と鼻の先だな。例え、地下にトロッコの類が敷かれていても馬車の方が早い」

 

「……本当に優秀だったんだな」

「今、サラッと馬鹿にしたか?!」

「いいや、本気でスゴイと感心したんだ」

「そ、そうか。ふ……これで貴様も少しは私に対する敬意というものが……」

「とりあえず馬車で行けるところまで行こう。武器はあるか?」

 

 無視して訊ねる。

 

「勿論、拳銃では心許ないのでな。さっき、正体不明の連中と戦った時に使ったライフルを持ってきた」

 

 ガチャリと席の後方から大きな1m半くらいの長さがあるだろう白い皮袋が出され、ゆっくりと窓際に立て掛けられた。

 

「最大装弾数6発。長距離狙撃用50口径正式採用型、20《フタマル》式だ。政庁のカウンタースナイプ部隊から拝借してきた。オプション込みで最大重量は9.2kg。最大射程900m。こいつならどんな分厚い鉄板もぶち抜く。無論、この私の腕があれば、900m先の的に当てるのも容易だ。弾も持ってきたしな」

 

 フフン、崇めろと言わんばかりの誇りようだった。

 マズル・ブレーキにスコープ、弾倉も大きい。

 部品の半分以上が木製にも見える。

 威力や射程は現実の対物ライフルに劣りそうなものの。

 それでも明らかにオーバーキル確実そうな銃身の威容に顔が引き攣った。

 

「もっと取り回し良さそうなのがいいんじゃないか? たぶん遺跡の中で使える武器が必要になるぞ。いつもの拳銃にしてくれ」

 

「な?! この素晴らしき鋼の美学を前にして何たる物言い!! 例え、遺跡だろうが坑道だろうが、私はコレを持っていくからな!!」

 

「分かった……好きにしろ。とりあえず、向かおう。話はそれからだ」

「まったく!! どうして貴様はこう水を差すのが好きなんだ!!?」

 

 怒りながらも御者台に地図と皮袋を移して馬車が走り出す。

 

 その横で今までの経緯を聞かせ、高速で石畳を駆ける馬車の圧倒的な速度に恐怖を覚えつつ、何とか今追っている相手の素性を語って聞かせる。

 

「塩砂騎士団。やはりか」

「色々と知ってる口ぶりだな」

 

「此処はペロリスト発祥の地。その遣り方が大陸全土に広がってもう十数年以上。EEでは此処のペロリスト達は必要悪として語られていた」

 

「そうなのか……」

 

「お前の会ったというアルムという奴。たぶんは騎士団領、最後の騎士団長として戦死したオーバル・ナッツの息子か孫辺りだろう。【正道純塩会《せいどう・じゅんえんかい》】と【夜明けのマヨネーズ戦線】の関係は共和国も把握していたが……どうやら内部はかなり瓦解が進んでいたようだな。諜報部門の工作も偶には役立っていたわけか」

 

 フラムが瞳を細めた。

 

「騎士団の副官がお嬢様と呼ぶ相手。それも塩の化身の子孫となれば、騎士団領の成立時に解体された王家か貴族の血筋だろう。歴史的に当時の地域を支配していたのは王国だった。塩の化身とやらを崇める司祭は高位の貴族や王家筋。授業でやっていた」

 

 ガラガラと高速で車輪が回る。

 いつ振り落とされるかという振動を前にしてもまったくフラムは速度を緩める様子も無かった。

 

「塩の化身の力が何かは分からない。だが、兵器として転用されれば、確実にロクでもない事になるぞ。あの化け物みたいな事になる可能性もある」

 

「……だが、お前はそれをあの野蛮人の女にも話したのだろう?」

 

 とりあえず百合音に話した部分は暈していたのだが、すぐに見抜かれて内心驚く。

 

「どうかな?」

「まぁ、いい。それが共和国にとって不利益となるなら、破壊するだけだ」

「見えてきたな。分かるか? 砂丘に囲まれた場所だ」

 

 遠目に白い屋根のようなものが見えていた。

 

「一旦止めるぞ。此処から先は偵察しながら進む」

 

 馬車の速度が緩められ、数km先に見える建物らしきものから影となる砂丘の裏で止められる。

 

 白い外套のまま妙にゴツイ双眼鏡を取り出したフラムが周囲を警戒しながら偵察しに行き、数分で戻ってきた。

 

「どうやら地表部分にはまともに戦える戦力がないようだ」

「どういう事だ?」

 

「あの野蛮人の女だろう。白い外套でカモフラージュしていたスナイパー全員がグウグウ寝てるぞ。間抜け面でな」

 

「百合音……」

 

 殺すなと言った事を律儀に守ってくれているのか。

 少しだけ、胸を軽くなったような気がした。

 

「馬で出る。起こして一人尋問した後、遺跡とやらに案内させよう」

「尋問……」

 

「連中はマヨネーズが好きなのだろう? なら、本物を食べさせてやろうではないか。リュティがお前がいたら食事する時に渡して下さいとチューブで寄越したものがある。くくくく」

 

 悪い顔をしたフラムがニタリと嗤った。

 

―――数分後。

 

 あっさりと捕まえてロープで簀巻きにしたスナイパーらしき隊員は……ブクブクと泡を吹いて、哀れ気絶していた。

 

 その口の周りにはベッタリと乳白色の油が滲むクリームが付いている。

 それはまるで髭のようにも見えた。

 

「だらしない奴め。口の中に入れてからが本番だろうに」

 

 相手の不甲斐なさと微妙に途中で尋問が終わった事への不満を口にしてフンとフラムが鼻を鳴らす。

 

 可愛そうな犠牲者Aは起こされてから、フラムに聞かれた事を答えない度にリュティさん特製『脂っこくないサッパリとしたレモン風味の香料入りマヨネーズ』を口元や鼻、皮膚の上に付けられながら拷問されていたのだ。

 

 その様子は明らかに遊んでいるようにしか見えないのだが、どうやら絶対食えない材料が一つか二つ入っていたらしく。

 

 マヨネーズに触れた場所がブクブクとすぐ蕁麻疹《じんましん》のように膨れたのを見れば、同情は不可避だった。

 

 フラムは基本的に容赦が無い。

 

 マヨネーズが有効だと分かってから、耳元で『目がいいか? 口がいいか? 鼻がいいか? それとも一生、糞便を撒き散らしながら生きていくのがいいか?』と悪魔のように囁いていた。

 

 全部喋った後はマヨネーズを顔に上から掛けるフリをして鳩尾に一発食らわせ気絶させるという手際。

 

 案内させようと思ったが、地下の内部構造自体は単純らしく。

 連れて行くまでも無いと判断されたらしい。

 

「往くぞ。この塩の家の地下だ」

「ああ」

 

 聞き出したところによれば、今目の前にしている塩の岩盤を削り出して作った建造物の地下に目的の遺跡はあるらしい。

 

 左右に複数の柱を置いて屋根を付けただけの神殿のようにも見えるソレは塩の砂丘に半分埋もれ掛けているが、よくよく目を凝らすと日陰となる場所に薄っすら鉄製の蓋のようなものが見えた。

 

 フラムはさっき宣言した通り、肩にライフルを担いでいる。

 

 木と鉄と火薬。

 

 兵隊の申し子のような火力主義者は決して最後まで武器を手放さないとの事。

 

 いざという時に身動きが取れないのが心配だったのだが、敵から得た情報によれば、地下の坑道はかなり大規模なものらしい。

 

 そう身動きに支障は出ないだろう。

 

「開けるぞ」

「ああ」

 

 二人で鉄製の蓋を横に退かせると地下には灯りが点っているらしく。

 数十m下の地表が見えた。

 横に備え付けられていた縄梯子を二人で下りていく。

 

 塩の壁が迫ってくるような圧迫感を受けながらも落ちないよう気を付けて3分ほど懸命に降りると地下に着いた。

 

 ランプが幅8m程のチューブ状の通路の先へ一定間隔で置かれており、灯りの先は緩く下に向けて螺旋構造となっている。

 

 フラムを先頭に歩き出しても誰一人として出会う事は無かった。

 やがて、行き止まりらしい場所が見えてくる。

 そっと、その広間のような場所を覗くと鈍い音と呻き声が聞こえた。

 ドサリと何かが倒れ伏す音。

 そこでようやく立っている人影を視認した。

 

「百合音」

「おお? もう来たのでござるか。縁殿。フラム殿もこっちでござるよ」

 

 呼ばれて広間まで出て行くと周囲には死屍累々。

 剣を抜いて倒れている制服姿の男達が数人いた。

 誰も彼も間接の一部が逆に曲がっており、ピクリともしない。

 ただ、息だけはあるらしく。

 浅い吐息か呻きだけは零せていた。

 

「あ、この塩の坑道内部では重火器厳禁でござるよ。壁を触ってみたが、わざと脆い層を補強して使っている節がある。一箇所でも欠けるとあっという間に塩漬けでござるからして」

 

「くッ!? 済まない20《フタマル》式!!? お前の出番は無さそうだ……」

 

 300m先から鉄板を打ち抜ける大口径ライフルなんて撃とうものなら、一瞬で全員仲良く生き埋めだと悟ったらしい。

 

「さて、それで此処から先は? 何処にも入り口らしきものは見えないが……」

 

 一瞬で切り替えたフラムが百合音に訊ねる。

 ランプに照らされた周囲には確かにまったく入り口らしいものは見当たらない。

 

「このペロリスト達がわざわざ固まって背後に何かあると教えてくれた故、もう見つけてある。ほれ」

 

 百合音が片腕で広間の壁の一部をコンコンと叩くと壁の一部から塩が少し剥がれて、突起のようなものが見えた。

 

「たぶん、これを……」

 

 幼い指が突起の輪に掛けられ、引かれると同時。

 

 カタカタと広間全体が振動し、壁の一部が後ろに沈んで開き、入り口らしい通路が現れた。

 

 その先には塩、ではなく。

 明らかに鉄製。

 いや、錆付いた通路が広がっていた。

 今にも剥がれてしまいそうなくらいに劣化した通路には灯りらしきものは無く。

 暗黒がポッカリと口を開けている。

 

「で、どうするでござるか?」

 

「お前が先に行け。私は後衛。分かっているだろうが、これが我が国に破滅を齎すものならば、破壊する。持って行けるようなものならば、手出し無用。いいか?」

 

「ま、仕方ないでござる。これでも一応、外交官扱いでござる故」

 

 時間を掛け過ぎた自分が悪いと肩を竦めた百合音が言われた通りに先行した。

 フラムがその後に続く。

 三人で靴底がザリザリと立てる音を響かせて通路の先へと歩き続けると。

 やがて、体育館程もありそうな一角に出た。

 やはり全体が錆付いた建物の内部。

 最奥に光り輝く四角い……モニターのようなものが一つ。

 コンソールらしいものの前に知っている頭が一つ。

 

「アルム・ナッツ」

 

 呟きが聞こえたのか。

 所々にランプが置かれた大きな施設内部で青年が振り向く。

 

「まさか、此処まで来るとは……ザッと四十人は配置してたはずだが、彼らはもう?」

 

 振り向いた顔は少しだけ悲しそうな笑みを浮かべている。

 フラムと百合音が動き出すより先に前へ出た。

 

「もう終わりだ。もうじき、共和国の部隊が此処を封鎖する」

「ははは、まったく……やっぱり、あそこで殺しておけば良かったかな」

 

 瞳が僅かに細められた。

 

「塩の化身の力。それがそうなのか?」

 

「ああ、そうだとも。起動寸前だよ。イオルデ・ココナツ。四十代くらいの切れ者っぽい外見の男が君を殺しに行ったはずなんだが、どうなった?」

 

「死んでないが眠ってもらってる。サナリの血は採ったが、こっちが握ってる」

 

「………いいだろう。今は君の方が立場として強い。何もせずに殺されるつもりはない。訊ねたい事があるなら聞こう」

 

「一体、コレは具体的にどういう事が出来る装置なんだ?」

 

「装置? ああ、そうか……君は、そういう事か。コレをそう評したのは君が初めてだ。()()()()()()()

 

「―――」

 

 僅かにしまったと思ったものの顔には出さない。

 

 考えてもみれば、1920年代くらいの技術力なのにモニターやコンソールから装置という言葉を弾き出せるのは明らかに行き過ぎた飛躍だろう。

 

「答えろ」

 

「……これは塩の化身の残した外伝。騎士団の団長に代々伝わる本によれば、世界に唯一安全な塩を齎した力らしい」

 

「安全な塩?」

 

「当時の事は殆ど分からないが、その頃……どうやら世界的に見て海が汚染されていたようだ。だから、塩を取ろうとしても、取った塩が汚染されていて、摂り過ぎれば死が待っていた」

 

「それで?」

 

「塩の化身はこの君が装置と呼んだものを使って、唯一穢れていない隔絶された海から塩の世界を生み出した。本当に大陸の人々を救ったようだよ。彼はその後、どうやら海を独占していた当時の支配層か何かに殺されたがな。問題だったのは特権階級が秘匿していた場所から容易に塩を運び出せるかどうか。海水では持っていこうとしても量なんてたかが知れてるが、塩ならばって事だったんだろう」

 

「隔絶された海……じゃあ、此処は元々海だった?」

「衝撃の真実だが、そうらしい」

「ソレは具体的にどうやって海を塩にした?」

「外伝でコレの事は【神の網】と呼んでいた」

「網?」

 

 モニターをよく見ると其処には………広大な地域、いや……たぶんは大陸の一部を映し出したと思われる高高度からの映像が複数流れていた。

 

(静止衛星からの映像? これだけの精度のものは軍事用でもなければ……)

 

「正確にはええと【多重マイクロ波経由衛星及び月面発電基地と本星におけるメンテナンスフリー星間スマートグリッド構想】とか何とか」

 

「はぁあああぁぁあ!?」

 

 思わず叫んでいた。

 ビクッと左右でフラムと百合音が驚いているようだが、そんな事には構っていられない。

 

(待て!!? 待て待て!? 何だ!? マイクロ波経由衛星? 月面発電?! しかも、メンテナンスフリーの星間スマートグリッド構想?! アレか……じ、実はオレはSF世界な夢の中にいたんだよ~!!? な、何だって~~?! とか驚かなきゃいけないのか?! 確かに現実でも月面の太陽光発電計画を立てた建設会社はあったかと思うが、それを衛星経由で地球に送る? しかも街単位で行われるようなスマートグリッド構想を星単位?! どうやって経年劣化防ぐんだよ!! それこそ近未来SFにありがちな完全オートの自己再生産が可能な工場でも稼動してない限り、不可能だろ!!!)

 

 色々と頭痛がしてくる。

 これならいっそ、超技術で何でも可能なんだよ~の方が納得出来る。

 だが、出来そうで微妙に出来ない。

 いや、未来なら出来るかもしれんけど的な現実へ妙にタッチする部分が逆に気持ち悪い。

 

「ど、どうしたんだ急に? あまりにも高度っぽい単語を聞き過ぎて狂ったのか? エニシ」

「ふぅむ。縁殿はまだまだ謎に満ちておるなぁ」

 

 二人が何やら響き合った様子で奇異な者を見るような視線を送ってきていた。

 この驚きは共有出来まいと溜息一つ。

 投降を呼び掛けようとした時だ。

 ガンッと硝子が叩き割られるような音と共に真上から何かが降ってきた。

 

「縁殿!!」

 

 咄嗟に百合音が飛び付いてきた。

 それに押し出されるようにして上から降ってくるものから難を逃れる。

 しかし、ミギッと肉と骨が潰される音がした。

 

「く―――」

 

 押し倒されたまま状況を把握しようとしてすぐに気付く。

 自分を庇ったせいだ。

 左足が脛部分を縦に半分以上、押し潰され……引き千切れていた。

 肌が破れ、骨と筋肉が見える。

 

 それでも痛みに耐えた様子で脂汗を浮かべた小さな手が懐から紐らしきものを取り出し、膝部分を手際よく止血する。

 

「百合音!!?」

 

『あなたに私達の故郷を取り戻す戦いを邪魔させない』

 

 罅割れた音声が上空から響いてくる。

 

 巨大な硝子。

 

 いや、たぶんは強化プラスチックの壁が降りてきたらしい。

 

 埃で曇ったその先には薄暗がりの奥。

 

 まだあったらしい入り口から歩いてくる左拳の端を血で赤くしたサナリがいた。


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