ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第242話「黒船と黒影」

 

『魔王様、恐ろしい海洋生物系邪神と会合す!!』の報道が号外されている最中。

 

 取り敢えず、感動の再開とやらを果たした魔王の嫁ご一行様は現在……大使館の一角で草臥れた雑巾みたいな有様になったこちらを半眼で睨みつつも、非常に大きな溜息を吐いて最後にはピトッと寝台の上で身体を寄せてくれていた。

 

「エニシ殿。それで今回は何人とやっちゃったんでござるか?」

 

「オレが肉欲の限りを尽くしてるような誤解を受ける言い方はやめろ下さい。そもそもやっちゃってない。というか、話を聞け……お前ら……オレが魔王様モードな肉体じゃなかったら、今頃ズタボロで心の底までブレイクしてるぞ」

 

 寝台の枕に顎を載せてゲッソリしていると、ススッとござる幼女が背中に跨って来る。

 

「でも、あっちは物凄く恋する乙女モードでござったよ? というか、あの雰囲気と余裕は女として負けた感をヒシヒシと感じるのでござるが」

 

「記憶を操作されてるんだ。この世界の創造主ってやつにな。大抵の事象を起こせる以上、殆ど不可能も無い。結果として何故か親友認定を喰らったオレに薄い本展開後の世界を押し付けてくるという悪逆非道ぶりだ……」

 

「何を言ってるか今一分かりませんが、とりあえずさっきのは許してあげます」

 

 サナリが足元に腰掛けて、サワサワと脹脛当たりを触りながらというか揉みながら肩を竦めた。

 

 どうやら熱した頭は冷めたらしい。

 微妙に触り方が優しい。

 

「だ、旦那様の心が広い事は、わ、私としては複雑だが……これも旦那様の魅力故だと思う」

 

 クランが脇腹当たりをナデナデしながら、先程の自分の所業を少し反省しつつ、恥ずかしそうにいつもの調子が戻って来たようで冷静に囁く。

 

「エミはいつでもその調子ですよね。ええ、間違いありません。もうそろそろ倫理とかかなぐり捨てて私達に子種を仕込んでしまえばいいのに……」

 

 ちょっと焼きもち全開な様子で二の腕を抓るアンジュが朱い頬でこちらを見下ろした……もう少しオブラートに包んでほしいが、この世界の男の娘的な常識のせいなので反論しようもなかった。

 

 藪蛇になりかねない。

 

「そうそう。アンタ、本当に性質悪いわよね。女ってのはね。アンタのいつもみたいな態度で示されてたら、コロッと逝っちゃうもんなのよ!!」

 

 反対側の二の腕を抓るクシャナがジト目で追撃を掛けて来る。

 

 いや、お前ら二人は男の娘だろという野暮なツッコミは無しにしておく。

 

 まだ、こちらだって精神的なライフをゼロにされたくはないのだ。

 

「もういっそ開き直って手を出したいところだが、まだ世界の危機とやらが過ぎてないから却下で」

 

「ふぅ、逃げ口上だけはエニシ殿の上から逃げ出さないとは我ら嫁子衆の共通認識でござるな。というか、またでござるか?」

 

「ああ、まただ。ついでにオレの母親関連だ。お前らにも話したが、オレの母親が今のこの世界が出来た原因なんだ。オレも無関係じゃない以上、投げ出せたりもしない状況でな」

 

 頭上に百合音が顎を載せて来る。

 

「エニシ殿。それでこれから世界の外から来る敵と戦うんでござるか?」

 

「まぁ、色々とあったが、まだ軍隊が整備出来てないから仕方ない。此処で各自仕事を探してくれ。やらなきゃならない事は幾らでもある。人手も足りなかったし、頼むぞ?」

 

「それはさっき言った通り、良いんでござるが、外回りに某を帯同させた方が徳でござるよ」

 

「あの船か?」

 

「うむ。アレはこの世界のエニシ殿が乘っていた代物でな。苦労したが、出会った“あっちのエニシ殿”の傍にいる双子軍人達のおかげで自由に操作可能になったのでござる。まだ、使い切れていないし、能力も半分以上把握していないが、かなりのものであるのは保証しよう」

 

「……分かった。魔王軍の旗頭、旗艦として使おう。それと付いてくる時には色々と装備させるからな?」

 

「過保護ござるなぁ」

 

 スリスリと頭に頬が寄せられる。

 

 他の嫁達のムムッという気配がガンガン飛んできているのだが、戦闘に関する直接的な干渉が出来るのは嫁連中内でもフラムと百合音のみなのでしょうがない。

 

『まおうかっかにおりょうり~はいたつする~♪』

 

 ガチャリと修羅場用の寝室にカートを押してメイド服姿のユニが入って来る。

 

 その後ろではケーマルが自分がやろうというのをグッと堪えているようで、こちらを微妙に冷たい視線で見ていた。

 

 メシを食う前に詰られてしまったので、色々と押しているのだ。

 

 本来ならば、そろそろメシも喰い終わり、普通に新しい協議をしていないとならないのだが、この嫁と夫の全部終わりました感漂う気が抜けた空間を見れば、オメェは何をしているんだ?と顔が引き攣りそうにもなるだろう。

 

 ユニが持って来たのは此処の料理人達の料理だった。

 

 カートの上で銀製の覆いが取られれば、中からはふわりと香る白身の最中のフライを雑穀パンで挟んだサンドイッチが複数個入っている。

 

「取り敢えず、喰え。オレが指導した連中が作ったやつだ。リュティさんみたいにはいかないが、十分なはずだ」

 

 今まで傍にいた嫁達の体重やら手の感触が一気に消える。

 

 ついでに起き出してケーマルにもう少し掛かりそうだとアイコンタクトを送ると仕方なさそうに扉が閉められ、ついでに立ち上がるより前にユニが膝の上へ載った。

 

「いっしょにまたたべよー♪」

「分かった。食ったら、退いてくれ」

「うん!!」

 

「……エニシ殿はしっかり幼女好きだったんでござるなぁ。某、幼女に生まれて本当に良かったでござるよ」

 

 ウンウンと頷く黒髪幼女に溜息を吐き出す。

 幼女には生まれてないだろというツッコミさんは不在だ。

 

「一応、ユニの事を説明しておくと。こいつはオレのこの世界での嫁候補って事になってるが、さっき言った記憶の改ざんを受けてない仲間の一人だ。ついでに未来予知する力を持ってる」

 

「未来予知……ハッ?!!」

 

 何か物凄い事に気付いた様子で衝撃を受けたらしいアンジュがサッとサンドイッチ片手に横へ座る。

 

 それに釣られてか。

 ススッとサナリが抜け目なく反対側に付けた。

 

「ユ、ユニと言いましたか。貴女がエミのお嫁さんになるというのなら、一つ教えて欲しい事があるのですが……いいですか?」

 

「いいよー。なにー?」

「わ、私とエ、エミの赤ちゃんはな、何人出来ますか」

 

 思わず口に含んだ白身魚と香草マヨネーズ・ソースのハーモニーをベッドの染みにするところだった。

 

 思わず口元を抑えて、呑み込む間にもユニがケロリとして答え始める。

 

「ん~~? ぜろかいっぱい」

「ゼロか一杯?」

「ここがなくなっちゃうとぜろだから」

 

 その言葉に他の嫁達が言葉を失った。

 

「……そうですか。それを聞けただけで十分に頑張れそうです。なら、エミと一杯赤ちゃんを儲ける為にも頑張らないといけませんね」

 

 しかし、アンジュはニコリとして強く。

 そう、本当に強く笑って、アンジュがこちらにウィンクする。

 

「わ、私だって!? エ、エニシと赤ちゃんくらい作りますから!!」

 

 サナリが口元にマヨネーズを付けながら、力説した。

 

「旦那様のお子を儲けるのは……一杯でなくても、その……出来れば、女の子を3人以上、男の子を2人以上で……」

 

 クランの具体的で生々しい数に思わずカートの上にあったドリンクを一気飲みする……此処はまだ戦場の手前なのであって、決して自分の部屋ではないのだ。

 

 爽やかな甘みのある灰汁抜きした果実と砂糖のジュースは氷も涼し気で香料と合わせても随分と美味いのだが、こちらはそれどころではない。

 

「ア、アンタの赤ちゃんくらい、100人だって、1000人だって生んでやるわよ!!」

 

 クシャナが無い胸を張る。

 

「エニシ殿は幸せでござるな~。こんなにカワユイ某達を手籠めにして好きなだけ弄び、目の光が消えちゃうくらい襲っても感謝されてしまうとは……うむ。正しく男冥利に尽きる人生であろう!!」

 

 幼女に断言されて、『まぁ、確かにそうだけど、世界を救う理由にしては卑近だ』と苦笑が零れてしまった。

 

「全部、終わったら本気でちょっとは考えるから、そこらへんは待っててくれ……取り敢えず、今は此処の事で精一杯だ」

 

「まおーすごいもんねー(-ω-)」

 

 ユニが何故か偉そうに胸を張る。

 ツッコミは不在《スルー》にしておこう。

 嫁達のジト目が復活しても困る。

 

「もし困ったらユニに色々と聞け。その代わり、危ない事はするなよ? 具体的な仕事に付いてはさっきユニの後ろにいた金銀分けのケーマルと話し合うといい。此処でのオレの話を聞きたいのは山々だろうが、数時間せずにオレは出撃だ。今、USAって名乗る連中と戦争が始まってる。戦闘が膠着するまでは此処の奴らと一緒にいて守ってもらえ」

 

 全員が頷き、食事が終わる。

 

 そうして、こちらでカートを押して外に出れば、ケーマルが護衛達と共に待っていた。

 

「お話は纏まったようで」

 

「ああ、此処の内勤で嫁達を頼む。誰も彼もオレよりは優秀だ。横のサナリは事務仕事と料理に付いては一通り以上出来る。この世界でも字は一緒だからな。何かを計算させたり、料理の仕事に付かせてやってくれ。こっちのアンジュとクシャナは何でも一通りはこなす。計算も出来るし、料理も素人よりはマシだ。人を纏めるのも上手いし、上に立つ連中の補佐も問題なく出来るはずだ。基本的には連絡や雑用でも十分働いてくれるだろう。そっちのクランは元々灰の月の皇族出だ。何でもそつなくこなせるが、本職はスパイスの扱いに付いてなんだ。料理人達に紹介して、一緒に料理の香料に付いて話し合わせてやって欲しい。戦争中だろうが、要人は色々と来るからな。そいつら用の料理に付いてはサナリとかと一緒にして働かせてくれれば、十分役に立ってくれる。後、こいつ百合音はオレと一緒に色々と戦闘に関わるが、基本はオレの援護要員になると思う。ヒルコと一緒の扱いで登録しておいてくれ」

 

「「「「「………」」」」」

 

 何やら一瞬にして場が沈黙に陥り、思わず周囲を見渡す。

 すると、ケーマルが大きな溜息を吐きつつ、肩を竦めた。

 

「ユニ様。魔王閣下の妃殿下方は強敵のようですよ」

「ゆにがんばる~(/・ω・)/」

 

 両手を挙げて表現する猫幼女はそう表明した。

 

「では、エニシ殿の天然惚気話もしてもらった事であるし、各々取り掛かるとしようか♪」

 

 こちらにはもう目もくれず、ケーマルの前に行って頭を下げる嫁達はもう後ろの男の事なんて眼中に無いかのように性転換済み次期指導者に連れられて、通路を歩いていった。

 

 ユニもまた予測のお仕事が残っているらしく。

 元気に手を振って、尻尾を揺ら揺ら。

 護衛達と共に反対側の通路の先へ消えていく。

 

「オレ、惚気てたか?」

「ふむ。自覚の無いところがエニシ殿でござるな♪」

「……恥ずかしい」

 

「まぁまぁ、信用してくれている事が、自分を信頼して任せてくれる事が、某達にとってどれだけ嬉しい事か……それだけの事でござるよ。時間が無いのであろう? ならば、船に飛び乗り行こうか。エニシ殿の戦場とやらに……どんな姿になってもバッチリ回収するので遠慮なく死体寸前になって良いでござるよ。あ、出来れば、あまり某の心臓に悪くない姿であると嬉しい。ふふ」

 

 何やら後ろから首筋に抱き付かれた。

 

「逞しくなったようで何よりだ……頼りにするぞ。相棒」

「ッ、うむ!!」

 

 ござる系幼女を引き連れて、中庭の方へと向かう。

 

 血の染みが微妙に残るだろう芝生より上には浮遊したままの姿で漆黒の流線形な機影が鎮座している。

 

 その真下には巨大なスパナを肩に掛けたアラキバがいた。

 

「どうした? 神殿の方は片付いたのか?」

 

「ああ、そちらはもう終わった。御子の旗艦となるとの事で見に来たが、各地での進行に抜かりはない。コレに付いて意見を述べてもいいか?」

 

「ああ、詳しくは持って来た本人にも分からないらしいからな。何か理解出来たところがあるなら、端的に頼む」

 

「コイツの動力炉は少なくとも物理法則で動いていない」

「?!!」

 

 思わず、横顔を凝視してしまった。

 

「幾つかこの恒久界にいるイレギュラー。奴らの使う技術体系の一つのようだとは推定出来たが、解析結果だけを言えば、理不尽そのものだ。何の力を持つはずも無い、どんな科学的、技術的、物理的根拠も存在しない方法で表現された物品の周囲に物理量が生み出されている、と言う他にない」

 

「魔術、か。あのビッグ・シーみたいなのがいる以上、これからはソレも込みで戦術や戦略も考えないとならないな……」

 

 こっちの愚痴にも似た溜息をチラリと見てからアラキバが近付いてくる。

 

「上での戦闘はモニターしていたが、能力制限は1%まで上げていいだろう。あちらのオブジェクト、アレがいつまた襲って来ないとも限らない。これからはエグゼリオン、だったか? 機体を使え」

 

「……あんまり、アレも手の内は晒したく無いんだがな……」

「心配ない。改良して二機目を造っておいた」

 

「は?」

 

「乗れば分かる。久方ぶりの本職だ……この数千年以上、趣味で貯めておいたアイディアは全て使わせてもらった。基本構造はそのままに中身を入れ替えたが、いつでも元に戻せる仕様だ。NV戦ならまず間違いなく相手側の勢力を圧倒出来るだろう。オブジェクトが来ても、本来の装甲と仕様に戻せば、対抗は可能なはずだ。それとコイツの非物理法則型の原理を応用したリアクターも積んだ……出力量だけならその神剣単体より高いだろう。魔術コードを奔らせたくない戦闘にも対応可能となった以上、“あの男”にも一定以上は対抗出来る」

 

 常に何を考えているのか妙に読み難いラテン親父の顔をマジマジと見る。

 

「……実はロボが好きなのか?」

 

「ロボ? マシンの造形と能力は合理的であるべきだが、それ以上に必要なものがある。エンジニアリングはソレ無くして熱意を持てるようなものではない。オレの場合はな」

 

「その心は?」

 

 初めて、男が心底にニヤリと悪い笑みを零す。

 

「久方ぶりに良い仕事をさせてもらった。精々、()()()()決めてくれ」

 

 ガンッと地面にスパナが振り下ろされると同時。

 月面階層内に秘匿、今も鎮座しているはずの機影と同じ形。

 

 否、それよりも随分とズングリムックリした黒い影が地面から迫り出す。

 

 ソレは正しく今までこちらが多用してきた漆黒の粒子で覆われ、周囲から波を吸い尽す魔の領域を発生させていた。

 

 追加された増加装甲。

 一部肥大化し、鋭角的になった関節や腕や脚。

 更に外套型なのだろう。

 

 開けば身の丈数倍以上の巨大な翼にも見えるかもしれない複雑な多重層になったフィルム状の背部パーツに、巨大なボックス状の浮遊する随伴機が四つ。

 

 おまけとばかりに胸部には魔王軍のエンブレムが刻まれている。

 

「ギミック満載か……楽しそうだな。精々、応えてみせるとしよう」

 

「あの時代……量産など考えなければ、兵器は幾らでも強く出来た……長年の夢が叶ったよ……」

 

 アラキバがそう言うとその場から跳躍し、空へと消えていった。

 

「……エニシ殿と妙なところで似ているような気がするでござるな。あの工具のお人は」

 

「似てるか?」

 

「趣味的なものが通じると思える。その春守モドキと上の船、よく似ておる……まるで誂えたかのようでござる」

 

「まぁ、その意見は心に留めておこう。さっそく向かおうか。移動中に色々と教えておかないとならないだろうしな」

 

「了解!! でござるよ♪」

 

 片手で敬礼した幼女が肩から降り、微妙に余る体格差の大きい外套を翻した。

 

「むぅ。祖国の外套が恋しいでござるな。決まらぬ」

「お前も十分オレに似てると思うぞ」

「ぬぬ? それはショックに思うべきか微妙な“らいん”でござるよ?」

 

 仲良く戦争へ向かうというのに心は前より遥かに軽くなっていて。

 

 負ける気がしない、というのは何よりこちらにとって大きな財産だろう。

 

 確かに感じられる温もりは胸に残っていた。


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