ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第243話「極減」

 

『敵主力第二次攻勢が開始されたようじゃな。距離239……接近中じゃ。ついでに周囲の月面迎撃設備に対して破壊工作と思われる敵勢力の浸透を確認。後、婿殿が敷いておるナノセンサー群から人型の物体が多数、施設内部へ潜入中との報告有り……通常のセンサーは役に立たんな。システム側のハックも開始されておる。どっちから潰すべきか悩むのう』

 

 再出撃から十数時間後。

 

 大蒼海を抜けて再び月面下施設群内へ大規模な気密ハッチを抜けて入り込んでいた。

 

 現在地は月面から3km直下。

 

 艦が丸々入るドックがあったのはいいのだが、準備を終えて旗艦内のハンガーで回収したイグゼリオンとイグゼリオン改の横で要塞群への司令を飛ばし続けていた身からするとようやくかという印象が強い。

 

 改の方へと跳躍すれば、胸部に切れ目が奔り、そのまま機体側から吐き出される見えざるCNT《カーボンナノチューブ》製の糸で引っ張られて取り込まれる。

 

 中枢に入り込むまでに黒い粒子のおかげで気が遠くなったのも束の間。

 すぐに隙間が閉じたかと思えば、分子レベルでの結合で継ぎ目そのものが消えた。

 

(能力に反比例してヤバい作用が搭乗者に圧し掛かるのは玉に傷だろうが、オレ以外に使う奴もいないだろうし構わないか……)

 

 自分以外の存在が容易に乗り込めないという最大のセキュリティーでもあるので許容範囲だろう。

 

「エニシ殿。艦は発進させるでござるか?」

 

 視界に艦の艦橋らしい場所でコンソールの前にいる百合音の姿が映る。

 

「いいや、此処は待機だ。オレの回収の時以外は襲われた場合のみ此処から遠ざかってくれ」

 

「分かったでござる。こちらは危なくなったら迎えにゆくという事前の計画通りで良いのだな?」

 

「ああ、コイツの仕様も確認したし、後は厄介な侵略者にお帰り願うだけだ。もし圧倒出来そうなら、艦隊の方まで足を延ばすつもりだからな。帰るのは少し遅くなるかもしれない。その時はメシでも喰いながら記録した情報の取り扱いをヒルコと一緒にやっててくれ。いつもの情報操作ってやつだ」

 

「うむ。承知……武運長久を……我が愛しの英雄殿」

 

 ウィンク一つ通信が切れる。

 

「……何か、羅丈的手練手管が向上してる気がする」

 

 あざとさ3割り増しだが、妙に可愛いのはやっぱり今までずっと心配だったからか。

 

 だが、そう呆然ともしていられない。

 ヒルコの方へと繋ぐ。

 

「敵にあの大統領は?」

 

「まだ確認出来ておらぬ。最尖峰の部隊は30機編成20隊。散開しながら近付いてくるようじゃ。ワシの勘が言っておるんじゃが、これはどっちも本命じゃな」

 

「つまり、ハックしてきてる連中や潜入中の工作員もヤバいと」

「うむ。あちらは生身だが、用意していた罠を使うかや?」

 

「まぁ、好きなだけやらせておけ。ただ、施設とドローンの制御は渡すな。あくまでこっちがコントロールした状況下での戦闘が必要だ」

 

 ハンガーが開く。

 

 それとほぼ同時に射出された機体が操り人形のように直立したまま開いたゲートから通路に出て、秒速10m程で進み出した。

 

「分かった。では、爆破工作などはほったらかしにして、電子戦と従来の温い対応で応対しておこう。ちなみに向かってきておる部隊以外にも恐らく幾つかの隊が“消えて”やってきとるな。“天海の階箸”からのバックアップ様々なのじゃが、月面の複数地点で微細デブリの軌道が不自然に変化しておるようじゃ。別動隊が恐らく8隊程いる」

 

「そっちは後でお片付けだ。まずは目に見える挑戦者との対決を優先する。オブジェクトが撃破されて艦隊が危うくなれば、引き返してくる隊もあるだろうさ。勿論、プロフェッショナルですからと潜り続けるなら、それはそれで情報が美味しい。敵の制圧速度がこっちの許容範囲な限り対処は幾らでも可能だしな」

 

 イグゼリオン改がブースターや姿勢制御用のバーニアも無いのに艦船用通路を進む様子は異様な程に静かだ。

 

 元々、駆動用の内燃機関は改ではない方にも魔術式の代物で積んでいた為、それなりに常識的な熱量だの物体の運動だのが感知される可能性が極々僅かながらもあったのだが、改はそれすらもまったく外側から観測出来ないだろう。

 

 例え、それが機体の半壊や内燃機関の破損が引き起こされている状況さえ、恐らく相手は何一つとして既存のセンサー類で検知出来まい。

 

 今乗っている機体の腹部から腰部内にあるリアクター周囲から各所に供給される熱量や運動エネルギー、電気エネルギー、等々の各種物理量の大半が“いきなり機体内部の使用箇所の座標に現れて伝導されている”事もからもそれは確かだ。

 

 半ばオカルト。

 いや、完全にオカルトだろう。

 

 何故なら“物理的な原因が存在しない力の発生”なのだから。

 

 空間が歪んで何処か別の場所から取り出されているとか。

 

 周囲から物質的なものが集積されて、エネルギーが発生しているとか。

 

 そういうのではないのだ。

 原因が無いのに結果があるのはオカシイ。

 

 エントロピーさんは仕事してるんでしょうかねぇと首を傾げたくなる。

 

 因果律的に見たならば、旗艦に積まれているリアクター……別の自分が作ったか、作ってもらったのだろうソレと同等の技術で動いている事になっているが、量子やミクロ以下の世界から見てすら突如として“存在が確定している”エネルギーとか……科学に喧嘩を売っているとしか思えない。

 

 そのエネルギーの発生が観測出来ないという事実を前にして解析している天海の階箸のメインフレームは未知の技術が使われていると機体のリアクターを超高危険度な代物と指定するくらいだ。

 

(まぁ、万能と呼ばれた量子転写技術すら凌ぐ次元の力、ホンモノってやつなんだろうけど……こうして使ってるとやっぱり不安はあるな)

 

 蛸の邪神様が顕れた消えた時と同じ。

 恐らくは未だ科学が到達していない領域からの干渉。

 

 ギュレンが極めた量子力学を基礎とした科学の頂点、量子転写技術すらも未だ完全ではないという事だ。

 

 世界は未知という意味でなら、あの怪神が喜びそうな話であった。

 

「接敵まで残り2300mじゃ。敵さんは第3221ハッチ周囲の区画で一端停止中。真下にある第四艦船通路が目的じゃな。さすがに主要な艦船用通路はハッチの間隔が長いから、マズイのう……最短ルートで制圧すれば、大蒼海まで90時間弱との試算じゃ」

 

 

 パッと視界に出て来たCG映像が敵とその下の通路がどのように何処へ繋がっているのかを示す。

 

「分かった。じゃあ、まずは物騒な重砲撃タイプと防御用の無人機を叩き潰そう。ハッキング用の主要機体だけ塗り分けておいてくれ。そっちは後で逆ハックする」

 

「うむ。敵機影は現在、周辺ブロックで無人機とドローンを軸に防衛網を展開中。有人機は中央に固まっておる。無人護衛機が180機弱……有人機は高速接近戦用と思われる機影が6、中近距離戦用と思われる機影12、防御用と思しき重装甲系が7、それから指揮官機か通信用と思われる反応が4……これは誘っておるな」

 

「だろうな。何も腹案を持たずに来たとしたら、間抜け呼ばわりは免れない。しっかりホストとして持て成そう」

 

「持て成しの方法が自分達すら知らない技術の塊やオブジェクトましましな理不尽そのものでは相手も嬉し涙しきりであろうよ」

 

 ヒルコが肩を竦める。

 その合間にも増速した機体が相手の制圧する区画手前へと迫り。

 

「これから完全に通信を途絶する。後はよろしく」

 

「うむ。出来る限り、カメラで追うぞよ。では、良い戦場を。婿殿」

 

 プツンと。

 

 今まで機体の首筋から後方に機影から伸び続けていたそれなりに太さの在るケーブルが弾けて切断、その部分を他のパーツが覆うように降ろされて内部から結合された。

 

 イグゼリオン改唯一の欠点は単純に防御能力の高さからこの形態だと有線で無ければ、黒い粒子の影響で通信出来ないというところにある。

 

 CNTを多用していたイグゼリオンは表面装甲のみ粒子を使用していたのである程度、電波が受信出来る場所を残していたのだが、ソレも出来ない。

 

 完全なスタンドアロンでの戦闘となれば、外部からの大半の物理干渉を防ぎ切る装甲は固体を使って衝撃を与えるレールガンのような系統の射撃武器以外、致命打にはならないだろう。

 

 だが、その致命打に必要される能力が恐らく光速の90%程の加速で打ち出されるイグゼリオン改とほぼ同等の質量でなければならない、という時点で相手に勝機は無い。

 

 機動兵器、高速戦闘、オブジェクトから流用されたリアクターによる実質∞となった稼働時間。

 

 それからほぼ無敵の装甲。

 こんなチートの塊である。

 

 まともな戦争をしている連中が気の毒になるのも傲慢ではあろうが無理もない。

 

 しっかりと手加減が出来るのは嬉しいところだろうか。

 

 区画へ続く扉が開いたと同時にルート上に存在する全ての区画で同じように締め切られ、破壊途中であった閉鎖ハッチが一斉オープン。

 

 それに合わせ―――秒速400mまで機体を加速し、即座に減速。

 

 その刹那の中に戦闘、と呼べるだけの動きが確かに挿入された。

 

 まず、機体の姿勢制御ロックが外され、リアクターから背部のパーツに送られた運動エネルギーが装甲の合間が開かれた事で空気中へと放散、圧倒的なGが機体内部に掛かる。

 

 まぁ、それはいい。

 それが少しずつ軽減されるのは減速が始まっているからだ。

 機体が直進する合間にもルート上に機影が49。

 無人機が32にドローンが17機。

 

 進路上の丸いソレを弾き飛ばすというよりは拉げさせながら何一つ衝撃も受けずに進み、次々に無人機がこちらの機体の形に装甲を凹ませながら跳ね飛ばされて通路内部でバウンドしつつ、衝撃でバラバラに崩壊していく。

 

 続いて駆け抜けた直線状にソニックブームが発生。

 

 機体が破壊された直後に機影周辺に展開される波の吸収領域があらゆる機器の機能を停止させ、本来機体の崩壊や機体の損壊を最小限に留めようとするあらゆるプログラムを誤作動もしくは停止させるついでに消去。

 

 システムの大半が使い物にならなくなったせいで姿勢の制動すら出来なかった低G下環境の機体全てが内部の伝送系不全で内燃機関の制御を失い、あるものは爆発、あるものは機能不全、あるものは延焼、あるものは爆発に巻き込まれて誘爆。

 

 区画の直線状にいた全てが薙ぎ払われて炎に没した。

 制動直後、機体が密集していた巨大な区画の中枢。

 

 艦船通路へと続く大規模ハッチ周辺にいた全ての機影は、その中にいるだろう相手は一瞬呆気に取られた事だろう。

 

 味方のいた区画から此処までの直線がいきなり爆発したと思ったら、黒い正体不明の機影が突如として出現し、背後から噴き出す炎の中ですら黒く黒く滲む真球状の領域を生み出して無傷のまま、自分達へ首を向けたのだ。

 

 システム的な反応と迎撃。

 

 無人機も有人機もその殆どの腕や背部、胸部、腰部の武装が襲撃者へ向けて火力を投射する。

 

 しかし、随伴して一緒にドローンを跳ね飛ばしていた漆黒の正方形の一つが目の前で回転したかと思えば、火器類から放たれた弾体とレーザー、粒子線の大半を弾き散らした。

 

 実体弾が装甲表面すら傷付けられないという時点で相手側の顔が引き攣ったのは確定的。

 

「一機目の仕様……多重防御用のマルチドローン……多種類の火力を使う時間差、多重飽和攻撃に対する超反応処理……実体弾に関してはNRA(ナノリアクティブ・アーマー)の微細反動による弾道歪曲……粒子線に対しては磁場による誘導、中性子や粒子線はオレと同じようにガスによる変換で磁場で歪曲……ついでにレーザーはその数百種類のガスによる回折現象で散らし、弾性限界を用いたメタルジェットでの焼き切りは表層にいつもの粒子を定量吹いて熱量と運動エネルギーを完全吸収、と」

 

 対ビーム、対レーザー、対実体弾、対粒子線と豊富な防御方法はかなり多岐に渡る。

 

 それを超高速で判別、即座に対応方法を算出して処理するとなれば、並みの攻撃で装甲が抜ける事は無いだろう。

 

 ここまではいいが、更に近接戦闘による刃物や打撃による攻撃すら、装甲表層の微粒子を極小規模で連鎖爆発させ、その運動エネルギーで相殺、要は動きを止めると言うのだから……恐れ入る。

 

 殆どのNVの標準的近接武装をボロボロとするには十分な能力だ。

 

 どんな金属とて……研磨材の微粒子で常に洗われているような状態では実体が持たないのである。

 

 ナノレベルでの爆発を繰り返す事で粒子間が超振動し、敵の実体を物理的に削り切る。

 

 このようなものを前にしたら、装甲表面の粒子では破壊出来ない物質が必要なのだが、生憎と無駄に暇を持て余した神様が用いたのはどうやら今この世界に“そいつしか生成方法を知らない合金”らしい。

 

 そんなので無限研磨されたら、解析前に砂粒以下。

 壊れない方がどうかしている。

 

 相手に使っておいて悪いが、こんなの自分だったら絶対相手したくないというのが本音である。

 

 ちなみに弱点は攻撃へのマシンとしての処理能力に限界がある点だろうか。

 

 大規模な“破壊しても意味の無い粒子状の大質量”とかに埋もれても何も出来ない……つまり、適当に砂丘とかに埋められたら無力だ。

 

 無論、そんな大砂丘みたいなものが月面下に存在するわけもなく。

 

 密集した区画に集う限られた戦力が使う火器の種類は数種類程度であり、処理能力が多方向からではない攻撃で飽和する事も無い。

 

 生産性なんて度外視し、神様が無駄に数千年以上も凝って考えた“僕の考えた最強の武装”の一角なのだ。

 

 枯れた技術で性能面を妥協して信頼性を上げた“全うな兵器”が敵うとしたら、それは“全うな国家間の戦い”のみだろう。

 

『馬鹿な?!!?』

 

『た、隊長!!? こ、こちらのブラスターが効いておりません!!?』

 

『実体弾が弾かれる、だと?!』

『中性子線すら―――ッ?!!』

 

『全機!! 警戒!! 後退しつつ、前衛は突撃!! 中距離での包囲を試みる!!』

 

 無人機の影へと後退していく半数以上の有人機。

 

 その中から前に出て来たのは近接戦闘と中距離戦闘に特化した機影か。

 

 NVのフォルムは先遣隊よりも細いかもしれないが、武装はかなり大振りな刃や爆薬を積んだ円筒形のミサイルらしきものを腰部などに確認出来た。

 

 無人機からの火線はまだ途切れておらず。

 相手に油断は無い。

 だが、油断が無い事と兵器の性能は無関係だ。

 

『全機ッ、と―――?!!』

 

 無人機の前に突出しようとした、NVの半数以上がその脚部を撫で斬りにされてバランスを崩し、周辺の無人機から慌てたようにフォローを受ける。

 

『ダ、ダメージコントロール?!! 足だと?! 解析!! 何にやられた!!』

 

『―――脚部モーター機能停止!! 腰部サスペンション42%まで出力低下!! だ、ダメです!? バーニアによる姿勢制御をッ!?』

 

『映像解析!! 敵機に随伴していたドローンの機影が1機足りません!!』

 

 と、彼らが混乱している合間にも後退していた有人機の後衛が次々に腰部から下を乱雑に切断されて、無人機のお世話になっていく。

 

『後方にも!? さ、探せ!! 敵機のドローンは!?』

 

『ダメですッ!!? 見付かりません!! 全天候量子ステルスだとしても、この状況なら火線を広げれば、まぐれ当たりする可能性も!! いますぐに全方位への―――』

 

 言っている合間にも、その提案をしようとした粒子線を射出する用だろう重砲を担いだ方が、切断された。

 

 それと同時に味方に当たらぬようショットガンなどが複数の味方機から全方位に連射される。

 

 だが、いない。

 見えない。

 

 そもそも存在しているのかすら怪しいだろう第二のドローンが攻撃を再開する。

 

 それと同時に有人機も無人機も等しく足や腕を切り落とされては味方機の手で後退していく。

 

 未知の破壊活動は止む事も無いだろう。

 

 その攻撃の正体は確かに全天候量子ステルスを使ったドローンのものだ。

 

 しかし、今や古典的過ぎる能力を何故相手が使い古したような手で使っていると思うのか。

 

 その常識は何万年前の話なのか?

 

 推理ものを書く時、読者の知らない、一般的ではない常識や知識や技術を使ってはいけないと説く論もあるように人間は己の常識に縛られて、大抵それにしがみ付くものであり、未知を前にすると否定的な感情に陥る。

 

 だが、此処は戦場であり未知《それ》を受け入られなければ、未来に付いていけない。

 

 生憎と此処はその常識を一番捨てて掛からなければならない、文明と文明の衝突が起こった世紀末も随分と過ぎ、人類の黄昏も終わろうという戦場である。

 

 過去の出自が同じ文明だからと同じような技術を同じように使うとは限らないし、そもそもこっちの開発者は数十年しか生きないテクノクラートではなく、数千年以上鬱積した感情を技術開発に怨念めいてぶつけていた筋金入りのマッドサイエンティストの一人だ。

 

 今更、万年前の利用方法に執着する必要を感じるとも思えない。

 ただ、ソレが行っている攻撃は単純だ。

 発想の問題。

 

 コロンブスの卵的、思考の柔軟性があれば、どうにか見付ける事くらいは可能なのだが、未知の月面地下施設強襲中の兵隊にそんなの求める方がどうかしている。

 

 なので、やっぱり彼らに対処する事は無理だろう。

 

『映像解析結果出ます!? な、何だコレ?! 機体の切断面から浸食が?!! こ、この反応は?!!?』

 

「何も分からずに機体放棄してくれると助かる。早くしないと推進剤も内燃機関も逝くぞ」

 

『?!』

 

 こちらの声が回線に割り込んでいる事に気付いた機体達が驚きつつも、破壊された部分を……自分達の近接用武器で更に切り取るようにして破壊した。

 

 だが、その部位からその刃物がボコボコと化学反応による腐食。

 否、膨れ上がって崩れ溶けていく。

 

 その合間にも切り離された機体の一部があちこちをミミズようにうねらせ、盛り上がりながら体積を増やす。

 

 傷口へ浸食後のボロボロ崩れそうな化合物の触手を生やしては崩れ去っていく。

 

『我が方の機体の構造材が腐食しています!!?』

 

 物質である以上、どんな構造物もその物質の性質からは逃れられない。

 

 そして、金属を多用する機体もまた金属の性質に従って生み出されている以上、正しい手順をぶっ込んでやれば、一瞬にして反応を永続的に続ける実験用金属の塊と大差無い。

 

 アルミに特殊な処理を施して水銀を1摘垂らすという動画を見た事があるのだが、正しく今自分達の手で自機を破壊している連中はその映像の中のアルミと同じに違いなかった。

 

(解析するより全滅する方が早いな。これは……)

 

 昔、よく親の仕事の関係で飛行機に乗る事が多く。

 

 移動でお世話になるのが毎年の恒例行事だった頃、何故か持ち込みを禁止されている物体に奇妙なものがあるのに気付いた事がある。

 

 それは水銀を使った体温計。

 

 何故、そんなものが禁止されてるんだろうと首を傾げれば、一応科学的な根拠があるんだと父は教えてくれた。

 

 曰く。

 

 一滴の水銀で飛行機が飛行中に崩壊する可能性は見過ごせないから、との事。

 

(あのスパナ親父……元委員会だけあってえげつないの創るよな)

 

 “人類史に公的に刻まれた元素”を化合物にする。

 

 やられているのはそれだけの物理現象だ。

 要は水銀を用いた合金《アマルガム》を造る工程と大差ない。

 

 原子の解析、構造の把握、それに合わせて化学反応を起こす原子を傷口へ塩みたいに刷り込み、反応させ、性質を変貌させつつ、無用の長物へと変化させているのである。

 

 それがどのような物質を用いた超絶装甲だろうが、構造解析され、片っ端から酸化させられたり、器質的な劣化を伴う科学反応を引き起こされてはボロボロにならざるを得ない。

 

『で、伝送系が?!! 一体、どうやって我々を襲っているんだ?!?』

 

 阿鼻叫喚中の部隊の最中。

 

 彼らは自分達の機体のあちこちに付着した菌など見付けられていないだろう。

 

 真っ先に外部情報取得用の機器の中でも空気中の成分分析を行う観測用センサをこちらの電子戦で欺瞞されている事にも気付いていない。

 

 エグゼリオン改の背後で今も透明化しているドローンはその体積を少しずつ減んじさせながら、外装をこの一帯の区画へパンストの糸のような極細の金属片として張り巡らしていく。

 

『た、助けて?! こ、こんな!? 死にたくない!? こんな場所で内部がろ、露出したら?? あ、あぁぁああああ!?!』

 

『お、落ち着け?!? それ以上機体を自分で破壊するな!!? 伝送系が焼き切れるぞ!!?』

 

 ソレは強度など露程も無く。

 質量も極々僅かな代物だ。

 相手の銃弾やビームの類で破壊されてしまう代物である。

 

 だが、それに付随する菌を空間内で丸ごと滅菌し切る事は専用の焼却装備でも無ければ、不可能だろう。

 

 金属内部に封入されたソレは極めて極限環境に適応した代物だ。

 

 それが相手の攻撃やちょっとした動作で宿主たる金属片が破壊されると拡散。

 

 敵機に付着した状態から浸食を開始し、光量子通信の一方的な受信機である金属片からの情報を受け取りつつ、敵機の装甲を取り込み、魔術コードを起動……最終的に材質を分析しつつ、それを化学反応させる……要は腐食させる物質へと変換するのだ……それも“相手の元素を自分で処理し、魔術コードで生成する物質にしっかり反応するように処理して”……。

 

『全機後退!! ドローンでの牽制を続けろ!! 攻撃方法を解析するまで一時Aブロックまで退避する!!』

 

『どうなってんだよぉおお!!? チクショ?! チクショォオオオオオオオ!!? あ、ァアァアアアアあぁあああ!!!? コックピットがッッ!!? コックピ―――うわあああああああああああああああ!!!!?』

 

 変換された物質が最初期の極々僅かな分子の欠けた部分から一斉に浸食を開始すれば、まるで金属を切断したかのような痕となる。

 

 浸食速度と浸食部位は金属片の発する1メガバイトにも満たないデータを用いた光量子通信で制御され、化学反応が始まれば、後はその一繋がりの物質が反応し切るまで永続的に機体はダメージを受けるのだ。

 

『クソッ!!? 解析はまだか!!?』

『―――解析中、解析中、解析中』

 

 一度仕事をした菌はまた次に仕事が来るまで不活性状態となり、反応も無くなる。

 

 これでは見付ける事も出来ないはずだ。

 

 装甲、装甲内部の機械式の動作機構、更に使われている有機化合物やセラミック、不活性の代名詞であった第18族元素に至るまで全ての元素が化合物へ変化させられる対象となる。

 

 これは言わば、加工技術の発展形だろう。

 

 この菌類の元となったのは水銀耐性菌と呼ばれる有機水銀や無機水銀を通常環境で処理するものだったとか。

 

『何が攻撃してきてる!!? この切断面?!? 一体、敵はどうやってオレ達に攻撃してきてるんだ!!?』

 

菌切断技法(ファジャイ・カッティング・テクノロジー)

 

 とでも言うべきか。

 

 こんな殆どの元素を処理加工可能な“魔術コード実行菌類”とか……実際、人類を破滅させそうな色物をケロッとした顔で戦術兵器に載せてくれる神様は実にヤバいと思う。

 

 コードの仕事の一部を“代替出来る”というだけで並みではないのだ。

 

 数百種類もの菌類がやってのける奇跡めいた加工、化学反応による化合物生成処理はその技術のみでも十分に人類の発展に寄与するだろう。

 

 こんな技術力を持った連中でも自分の業で滅ぶというのだから、世の中は何が起こるか分からない。

 

 恐らくは魔術コードの負担を減らしつつ、戦える方法を考えた末に開発された代物であり、反逆の牙を少しずつでも研いでいた故の一品。

 

 今更に知ってみれば、タミエルを筆頭に思想閥と呼ばれていたらしい四人の人間臭さが理解出来るような気がした。

 

(三つ目を出す必要すらなく瓦解してくれれば、非常に嬉しいところだが……ッ!?)

 

 機体の光学センサーが捉える映像が一瞬にして炎によって嘗め尽くされた。

 

 不意打ち気味ではあったが、しょうがない。

 

 こちらは黒粒子の防御力と引き換えに機体に積まれたセンサー類で使えるのは光学観測機器のみ。

 

 それも一応は全方位隙間無く映像を拾える事は拾えるがサーモのような温度感知などは殆ど感度不良で使い物にならず、電磁波などまるで使えないのだ。

 

 通路側から噴き出させた炎で一区画丸ごとを劫火に沈めるとなれば、相手の類は限られる。

 

 それ専用の焼却装備ならば新兵科でも投入されたかという話だが、生憎とその炎の色や形には覚えがあるような気がした。

 

「来たか……」

 

 炎が途切れた焦げ付いた通路の一つから人影が飛び出してくる。

 

 同時に敵機体周囲に浮遊していた金属片の83%以上が広範囲の熱量で焼滅。

 

 残ったのは区画の端当たりで漂っている代物だけなので再び敵部隊を攻撃させるのに呼び戻すには時間が掛かるだろう。

 

 まぁ、制圧部隊が一番驚いていたのだが、新規に機体が破損からダメージを浸食で受ける事がなくなった機影達の合間で歓声が上がる。

 

 周辺の壁に細いコードを機体から生成して、壁内部の回線から直接周囲の通信に割り込んでいる。

 

 だが、相手の音声は拾えなかった。

 恐らくはこちらが盗み聞きしている事を察しての奇襲。

 ソレは軍隊というお手軽お料理クッキングの材料ではなく。

 殺しに来る狩人となった。

 

「元帥閣下。随分と来るのが遅かったようで」

 

 区画内に残っている通信装置から全周波帯で話しかけてみれば、その人型をした戦艦クラスの大反応だろう相手が応答した。

 

「どうやら、私のシステムには介入出来なかったようだ」

 

 陸軍元帥たる男がこちらの機影を前にして背後へ部隊を庇うよう立ちふさがる。

 

 無事な無人機が有人機の周囲を固めるようにして集まり、壁となった時点で相手もまた再び冷静さを取り戻したか。

 

 無事な武装や武器をまだ破壊されていない機体に優先的に受け渡し、こちらへと銃口を向ける作業へと入っていた。

 

「消毒させてもらったよ。カシゲ・エニシ君」

 

 神剣の能力で直接ではなくても、通信機越しで幾らでも相手の機体に介入出来ていたし、電子的な制圧範囲内に新たなシステムが入ってくれば、アラートが教えてくれるはずなのだが、そのような情報は一切無かった。

 

 つまり、目の前のカツラを被ったアメリカ人はシステム的にこちらに一部優越する部分を持っていると考えるのが妥当。

 

 それは電子戦を行うような代物ではなく。

 

 逆に解析不能で電子的には検知不能のクローズドな代物という可能性が高い。

 

 恐らくソフト面もハード面も極めて特殊な構造なのだ。

 

 最初の激突時は能力制限をしていたが、今は少なからず1%近くの処理能力が解放されている。

 

 モノポール入りの神剣《デバイス》以上となれば、ソレは正にオブジェクト以外考えられない。

 

「月面制圧を諦めれば、今ならまだ死人は出ませんよ。閣下」

 

「交渉をしに来たわけではない。圧倒的不利とは言わないが、この場で戦術上の優勢を勝ち取っているのはこちらだ。君は生憎と一人。だが、我々は軍……その意味が分からない程、君が蒙昧ではない事は分かっている」

 

「……此処で貴方を倒せば?」

 

「「傾きはしない。何故なら我々はアメリカなのだから……」」

 

「?!」

 

 その二重にブレた声に思わず視界の複数の通路を凝視する。

 

 その場所から……一人、また一人……同じ顔の、同じ身体の、同じような機械の人型が……ゾロゾロと出て来ていた。

 

「―――はは、アンタはどうやら自分てものを出し惜しみしないらしい」

 

「「「無論だとも……祖国よ永遠なれ……なればこそ、我が身は不変なり……神の御許に向かうまで偉大なる国家は我が背後に在る!!」」」

 

 USAの三文字が如何なる通信傍受からも響いて来た。

 

 それと同時にこちらに一番近い通路から蜂型のドローンが飛んできたかと思うと大きな針型の先端を持つ太いワイヤーを射出して、足元に突き刺してくる。

 

 同時に通信が繋がったらしく。

 ヒルコの焦った声が聞こえ始めた。

 

『婿殿マズイぞよ。月面のあちこちで戦艦クラスの反応が瞬間的に表れてはこちらのドローンを焼き払い始めた。恐らく、突入部隊の残骸とか破壊したドローンに何か仕込んでおったと思われる。九割はそちらにいるが、残りはあちこちに散らばって活動中……厄介この上ないのう。それにしてもオブジェクトの複製とは恐れ入る……』

 

「そうらしいな。敵を抑えられる時間は?」

 

『ドローンが物凄い勢いで消費されておる。そちらの周辺ブロック付近は通信出来ぬよう無線封鎖区画にしておったが、もうそうも言ってられん。状況を完全掌握しながらの戦闘でなければ、恐らくオブジェクトの量で施設が押し潰される』

 

「……分かった。じゃあ、ちょっと相手に死人を出す前提でやるか」

 

『その言い分を聞いたら、あっちはカンカンじゃろうなぁ』

 

「死人を出来るだけ出さないってのはオレの都合だ。その結果としての不幸を下の連中に被ってもらう理由にはならないし、オレも見ず知らずの他人よりは知ってる誰かを優先するくらいには普通のエゴイストだからな」

 

『……各地でドローンが食い止められているのは30分が限界じゃ。想定NV以上の敵に対しては婿殿が出張らなければ何ともならん』

 

「タイマーをセット。そっちはオレが此処を制圧するまで状況の遅滞を優先でやってくれ」

 

『うむ!!』

 

 蜂型ドローンが自壊する。

 それと同時に機体の背部外套を一時展開。

 

 まるで鱗が逆立つように微小なパーツ群が僅かに鋭角の突起となって膨らみ、膨大な運動エネルギーを出力した。

 

 区画が幾ら広いとはいえ。

 それでも機動兵器には狭過ぎる。

 

 制圧部隊は全てドローンに任せて、こちらは無数に通路から入り込んで来るアメリカの象徴に向けて機体の徒手空拳のみで突撃。

 

 まず手始めに部隊の前で話していたソレを殴り飛ばす。

 

 が、あらゆる波を奪い去る領域内に入って半身を砕かれながらも、アンドロイド元帥閣下はまるで動じた様子もなくニヤリとした―――ような気がした。

 

 起爆。

 

 それも猛烈な爆風が機体至近で弾ける。

 

 戦術核並みの衝撃と熱量が放出されたが、相手はどうやらこちらの手の内を呼んでいたか。

 

 仲間が衝撃で破壊されない事を前提とした自爆だったらしく。

 

 あちらは装甲が少し焦げた程度。

 

 しかし、イグゼリオン改の方は吸収した熱量と衝撃に僅かチリチリと全身を仄か温められていた。

 

 マズイと思ったのも束の間。

 

 僅かでもこちらの装甲が変化した事を察したらしい肖像画の人物達が一斉に襲い掛かって来る。

 

 このまま装甲を崩壊させられるのを待っているわけにもいかないと未だ冷めやらぬ機体の第一武装を開放する。

 

「オレ的に糸使いはバトルもので最強の一角だと思うんだよな。跳べ―――【近中距離接近戦用型炭素切断糸射出脚(アラクネ)】!!」

 

 両手から両腕に掛けて、装甲の黒粒子を仕込んである数百にも及ぶ部位が剥離。

 

 瞬間的に内部から突き上げた物理的なパーツの一撃で虚空へと迫り出した。

 

 同時に両腕を振り回すようにして左右に広げる。

 原理は大した事無い。

 ヨーヨーみたいなものだ。

 

 そのパーツに括り付けられたCNT製の糸には変態妖精さんの使っているブレードを解析して、ざっくりと切れ味良過ぎなブレードが寄り合わせてある。

 

 捻じれながら回転する糸が糸鋸状の凶器となって危ないパーツを鈍器のように振り回して敵に襲い掛かるのだ。

 

 内部の芯を伝導する運動エネルギーはパーツ自体までは届かないが、糸そのものには作用する。

 

 CNTの分子構造を直接的に神剣で制御して折り曲げる事で慣性を振り切る程度の攻撃、柔軟かつ無茶苦茶な機動を可能とするのである。

 

 直角、鋭角、斜め四十五度、背後、前方と一瞬向かっていた方向とはあらぬ別方向へと曲がり続けるソレを前にしてワシントンの群れが散開しながらのビーム砲撃に切り替えようとするも、その半数以上が糸の先端に付いた菱形パーツを胴体にめり込ませながら波を吸われてジワジワと機能停止へと陥っていく。

 

 反撃してきた個体の一撃もまたパーツの展開する無数の真球状の領域によって吸収された。

 

 中には糸を断ち切ろうとするモノもいた。

 ビームや炎が乱舞するも如何せん端末の数が違う。

 

 攻撃を許された者は一本、二本の切断直後に頭から下半身まで真っ二つ。

 

 両腕両足をもぎ取られて自爆しようとするものから先にパーツによる突撃の餌食となっていく。

 

(ロボものにありがちな武装だが、防御手段兼攻撃手段が点と線で同時に使えて互いをフォローしながら来たら悪夢だよな。手数を増やせば、こっちは最大4000倍まで近中距離戦闘の敵を破壊出来るわけだし……相手の物量がまだ足りないってのには感謝しなきゃならないか)

 

 ワシントン達の数が二十秒の激突で半数以下まで減った。

 

 相手の攻撃圏内にいるのは不利と悟った男達がしかし、後方の制圧部隊にも被害を及ぼす遠間からの自爆ではダメかと攻めあぐねているようで虚空に滞空する。

 

(こっちは粒子装甲を剥がれたら、NVと撃ち合ってもダメージのある程度の防御力……だが、装甲があると大抵の武装が使えないからな……展開しないと大多数を相手に立ち回るのは難しい……悩ましい話だ)

 

 あらゆる波を奪い去る粒子は装甲としては極めて恐ろしい防御力を誇る。

 

 核の直撃だろうと一定以上の厚さがあれば、防ぎ切るのに問題ないのだ。

 

 だが、それはつまり同時に外部へ向けての攻撃において火器類が無力化されるという事でもある。

 

 粒子線や荷電粒子砲、ビーム、レーザーの類は元より銃弾でも運動エネルギーが半減以下まで失われてしまう。

 

 防御力の代償と言えば、聞こえは良いが、軍隊相手に火器類が使えないのは致命的だ。

 

 故に外部にスタンドアロンのマルチドローンが各種揃っているわけである。

 

『ぁ、アアあ゛あxアア゛ア゛アああああ゛あ!!!?!』

『た、隊長おおおおおおおおおおおおおお!!?』

 

 カメラ内の遠方。

 後方へと退避していった部隊の一角で激しい火花が散った。

 

 その隊長機らしい機体の胸部コックピットの左上から右下まで僅かにズレたかと思えば、それと同時にボタボタと初めて負傷したのだろう敵兵の血が吹き上がる。

 

 どうやら助かったようだが、右脚がざっくりと消えた人間が味方機に囲まれるようにしてコックピット内から引き抜かれ、緊急時だと別機体内部に放り込まれた。

 

 一瞬の出血はあったようだが、敵のパイロットスーツが優秀なのだろう。

 

 止血というか。

 

 傷口が固く自動で窄まったのが見えたので激痛や失血でショック死していなければ、生きている。

 

『何だ!? まだ、あの状況は治まっていないのか!!?』

 

 狼狽える敵機の通信には恐怖がある。

 

 だが、心配せずとも現在、後ろで透明化しているドローンは魔術コードを控えめに使いながら反応を隠しつつ質量を空気から補填中だ

 

 今のが最後の一撃だろう。

 そうして、3つ目のドローンの一つの攻撃がようやく始まる。

 

 ドガンと後退中の部隊の中心部で刹那、機体を衝撃でバラバラにするような爆発が起こった。

 

 ソレの餌食となったのは隊長機付近の機体だ。

 首から両肩までが吹き飛び。

 

 しかし、辛うじて胸部は煤けたのみで無事だが、吹き上がる火花と同時にロックが外れたらしい腰部のミサイルらしいものが床に激突して爆発。

 

 二次被害で多数の味方機が巻き込まれつつ、ソレを落とした機体は下半身が完全にもげて散っていた。

 

 それに慄く暇も無く。

 次々に頭部と両腕が爆発していく。

 

(ナノ技術の既存兵器への応用やらBC兵器の絡め手な技術やら、何か妙にオレのいた時代にあるような技術の組み合わせが受けてるんだよな。こっちにとったら“思ってもみなかった新しい発想”になるらしいが……一周回ってブームがまたやってきた的な状況なのか?)

 

 3つ目のマルチドローンもまた姿形は見えない。

 

 だが、光学迷彩系の技術を使っているわけではなくて、単純に見えない場所に姿を隠しているだけなのだが、相手は疑心暗鬼であちこちの床や壁を打ちまくるなど、無駄弾を消費していた。

 

(超振動による分子結合崩壊。SFにありがちな固有振動数の割り出し、砂のように崩して“膨大な質量に潜行しながら”敵への一方的な攻撃を可能とする……攻撃型原潜みたいな運用思想だよな。コレも……)

 

 大質量潜行型マルチドローン。

 その最大の攻撃方法は1つだ。

 この世界において最も恐ろしいのは環境である。

 酸素が人間にとって無くてはならない猛毒であるように。

 水素は人間にとって無くてはならない爆薬に違いないのだ。

 

『が、ぅぐ、?!ッ、ッがげ?!! お、おおオ゛オオお゛お!!!?』

 

 連鎖する爆発の海へと機体の群れが沈んでいく。

 

 どれだけ頑強な機体だろうが、内部への振動を完全にシャットアウトなんて出来やしない。

 

 今頃、内部でピンボール状態の連中は殴打され、打撲、重度の衝撃による全身強打、諸々によって血の海だろう。

 

 空気中の水素という水素が三重水素になっている事にも気付かず。

 否、気付いていたとしても何一つ出来はしない。

 

 ソレが偏在するホットスポット内に獲物が掛かった瞬間、潜行していたドローンは大質量内部に張り巡らされたワイヤー状の端末の先端から特殊な波を複数個所から放出する。

 

 偏在する三重水素がどうなるか?

 ドローンが生成したソレを波が包んだ時。

 此処に起こる反応は極めて明快に戦闘を解決する。

 

 この密閉環境とは程遠い開放型の領域内で圧力すら掛けずにソレは()()するのだ。

 

 純粋水爆。

 

 水爆の中でも原爆による起動を必要としないクリーンな核と呼ばれる代物の発展形。

 

 小規模な核融合反応、と言うには大き過ぎる激発が多重連鎖して指定空間内の全てを熱量と粒子線で破壊するのである。

 

 まぁ、威力の加減が可能なので一発一発を戦術レベル以下、直撃で機体が衝撃に破壊されるくらいという極めて良心的な値まで出力を落とし、粒子線の放出も相手の装甲で凌げるよう設定した為、相手側に直接的な中性子などでの被爆で死ぬ者は無いだろう。

 

 より簡易に使用条件をクリアーする為に質量を三重水素へ変換するのに魔術コードを用いているらしいが、それも水さえある世界ならば、何ら必要ないとの事。

 

 そして、空気中で事もなげに核融合をやってのけるのは間違いなく量子転写技術とは関係のない核技術の終点にあるだろう叡智の賜物だ。

 

 ソレは枯れた技術と言われて久しい核融合技術を更に簡便に、更に単純に引き起こして、水素が、空気が存在する場所ならば、何処でもエネルギーを得られるという夢の技術の一つでもあるらしい。

 

 もしコレが大規模に可能で更に連続して反応を引き起こし、発せられるエネルギーをロス無く取り込め、粒子線を封じ込められるのならば、極小規模の人口太陽すら、核融合反応を使った原理的には同じ代物を……地上に現出させる事が可能だろうとの話。

 

『やらッ、せんッ!!!』

 

 味方部隊の危機に複数のワシントンが同時に多方向から突撃してくる。

 

 それも現在パーツが別の個体を封じている方角からばかりだ。

 

 他のパーツで余っている場所は幾らでもあるとはいえ、パーツより内側の糸鋸が支配する領域内部で自爆されれば、それなりのダメージをこちらも受ける事は必死。

 

 防御用のドローンは無人機達の火器類を引き付けるのに使われているので正しくイグゼリオン改単機でコレを凌ぎ切らねばならない、という事は無い。

 

 無論、最初から付いて来ていたドローン。

 最後の一つが足元に控えているからである。

 

『?!!』

 

 ワシントン達の顔色が変わる。

 それもそうだろう。

 自分の姿がゆっくりと消えていくのだから。

 全天候量子ステルス。

 

 戦場において猛威を振るった旧き良き光学迷彩の事実上の登場が戦争に変革を齎したのは旧世界者《プリカッサー》ならば、知るところであろうが……この月面下に封印されたスパナ担いだ神様は何を思ったか。

 

 ソレを攻撃に使用する事を思いついた、らしい。

 転用方法にはこうだ。

 

 光学迷彩は文字通り、光を屈折させたり、外周と色を合わせる事で到達される技術であるが、光を操るのならば、コレを敵の光学機器に対して使用する事で完全な電子的盲目を生み出せないか?

 

 さて、人間が確認する情報の8割以上は視覚情報である。

 それに聴覚、触覚、味覚、嗅覚などが続く。

 これを機体に当て嵌めるとどうなるか?

 純粋な兵器類において視覚情報は必須。

 聴覚情報、敵の音源探知や音響解析もまぁ必要だ。

 

 触覚的な装甲表面や装甲内部の情報は無いとダメージコントロールに差し障る。

 

 嗅覚は検出装置が積んでなかったらBC兵器でお陀仏。

 味覚は外気の検出装置と統合してしまっても良いだろう。

 毒を喰らうのはさすがにヤバいのだから。

 では、続けて機械にとっての視覚情報とは何か?

 

 ソレの大半は現在位置の正確な把握や時機の動作確認、画像認証や映像認証による様々な解析にも使われる。

 

 まぁ、ぶっちゃけて言うと現在地や現在の状況を確認するのに視覚情報が無いとお話にならないのは確実だ。

 

 勿論、この人類の終末も過ぎた時代。

 

 視覚情報が無くても位置を特定出来る【量子コンパス】と呼ばれる代物が存在するらしい。

 

 何でも現在地の絶対座標が把握出来るらしいのだが、ソレは起動時の位置から正確に全て把握されたログが残っている必要があるようだ。

 

 ついでに誤差を修正しないと使い物にならなくなるとか。

 

 宇宙において自分の座標がどのような意味を持つかなんて今更に訊ねる必要も無いだろう。

 

「ご退場願おうか。閣下」

 

『!?』

 

 相手の驚愕も無理は無い。

 あらゆるセンサー類が一瞬だけ妨害。

 続いて光学観測機器の永続的な使用不可状況。

 もはや光学情報の全てがまるで万華鏡の如く。

 偏向された光の乱舞にしか見えないだろう。

 それもそのはず。

 足元のマルチドローンの力はソレだ。

 

 敵光学観測用のあらゆる集光装置に作用し、装置内部に除去不能の変化を加え続けて完全に使用不能とするのだ。

 

 その能力に使われる量子ステルスはナノレベルの粒子群体を装置内部に密閉性を無視して封入するところから始まる。

 

 繊細な光を集める装置内部へ原子レベルで細工されたランダムなパターンで光を偏向する粒子が入り込んだ後、光学迷彩機能を極小規模で超長時間維持し、ついでに余力があれば、“敵そのものも”観測不能にする。

 

 ちなみにこのドローンのヤバいところは……その封入する機器が有機物だろうが無機物だろうが、機械だろうが生物だろうが、まったく問わないところにある。

 

 とにかく光を集められない器官が出来上がった敵は戦力的には殆ど無力化したに等しい状況に陥り、ついでに味方からの救援確率も極めて下がる状態で放置されるわけだ。

 

 これがもしも地上の事であるならば、彼らは誰かに偶然助けてもらえるかもしれないが……生憎と此処は壁を何枚か隔てた場所から宇宙空間なので……どうなるかはお察しである。

 

「ヒルコ!!」

 

 こちらの合図とほぼ同時。

 区画内部から月面までの通路の大半が解放された。

 流出する空気。

 

 だが、それに抗おうとしたワシントンを一機たりとも逃しはしない。

 

 こちらに突撃しようとした多数の敵とて、一瞬の隙は出来ていたのだ。

 

 まだ存在する脚部からのパーツの射出が相手を打ち貫き半壊させては停止へと誘い。

 

 区画内のワシントンを全て餌食にした後、射出した菱形装甲の糸先端に組まれたギミックを発動させてパージする。

 

 すると、身体を黒い破片にめり込ませたまま。

 全ての人型が凄い勢いで流されていった。

 

『か、閣下!!?』

 

 気付いた部隊が救おうとするも連続爆撃の海に沈んでいる途中にそんな事が出来るはずなく。

 

 糸を全て引き戻せば、後には綺麗さっぱりワシントンは掃けていた。

 

「暗礁地帯のポイントに向けて放出してくれ」

 

『うむ。これであちらは自機の位置を見失い。内向きの量子ステルスで救出を電波に乗せる事も出来ず。延々と暗礁宙域で機能停止状態……もし辛うじて稼働出来ていても、自己の位置が分からぬ以上、推進器が生きていてすら帰るのは不可能、と』

 

「ついで核で今までの暗礁宙域の地図は書き換わってるわけで内部にある地図と照合するのも無駄だな。これで多数の無力化は完了した。猛威を振るってるワシントンを叩きに行く。まだまだ持つな?」

 

『後24分は確実に持つぞよ』

 

「なら、問題ない。此処の機体は放っておけ。無人機も全部破壊した。有人機も使い物にならないようにしたから、後は連中生身のみ……先遣隊のいる区画にご案内だ」

 

『いやぁ、婿殿は本当に良心的じゃなぁ(棒)』

 

「そうだろ? まぁ、頭蓋が粉砕骨折で脳挫傷でもしてない限りはあいつらも死なないだろうさ。あくまで制圧部隊にはオレと競り合ってもらう必要があるからな。此処からは生身でひっそり活動してもらおう。そういや先遣隊の連中からは他に何か情報は出たか?」

 

『うむ。あちらの情報らしきものは幾らか出そろってきたぞよ。本国の場所を不用意に話す程ではないが、それにしても社会構造や生活面はかなり把握出来て来た』

 

「そうか。後で提出よろしく。此処から順繰りに回っていく」

 

 機体装甲は殆ど捨てたが、これでようやく身軽に武装が使える。

 良く見ると。

 周囲にもう四機のマルチドローンが帰って来ていた。

 

 此処にいては敵側も救出活動が出来ないだろうとそのまま四機を引き連れて指示された場所へと向かう。

 

「ワシントンの掃除が終わったら、まずは姿を顕してる艦隊に仕掛ける。恐らく、そこから更に救援部隊や増派の連中とかち合うだろうが、とりあえずは何とかなるはずだ。オレがチート無しで予測する限り、ざっと19時間前後……それまでにフラム達にも事情説明やら色々やっておいてくれ」

 

『うむ。ちなみに現在、嫁ーズの半分は首都付近にまで来ておるぞよ』

 

「何だ。嫁ーズって……」

 

『資料とか色々作っておると魔王の嫁×一杯とか使うわけにもいかんじゃろ? 一応、魔王軍という体裁は取っておるが、内実は先進国の軍隊を徴用しておるのが大半なわけじゃし』

 

『いや、まぁ、そうだけど。その呼び方はどうかと思うぞ』

 

「……では、魔王と愉快なお嫁さん達というのは?」

 

『芸人じゃないんだから、普通に後宮関係者とかで』

 

「それでは他の嫁候補も入るんじゃが?」

 

『オレはもう嫁を取る気は無いんですがソレは……』

 

 思わず額に汗が浮かぶ。

 

『ぬぅ……よし分かったのじゃ!! では、魔王の美姫達とか、魔王と赤い糸で結ばれた女達とか、それっぽい名前を付けておくぞよ!!』

 

「ほ、程々にな? 後でオレの心労が増えるようなのは無しの方向で……」

 

『注文が多い婿殿じゃな。今更、嫁の十人や二十人。王政や帝政のところでは後宮に100人囲うところもあったと聞く。今のカレー帝国然り、西の大国然り。この恒久界ではそれこそ人口が桁違いのおかげで色事に敏い君子は500から1000人規模がザラだそうじゃが』

 

「オレにはどれだけ甲斐性があればいいんだソレ……」

 

『冗談きついのじゃ♪ ワシが知る限り、現在後宮入りを望む魔王応援隊は全員。ついでに自分を魔王の寵愛を受けた愛妾と思っておる人物が合計で十人以上、合わせて68人。うむ!! 何の問題も無いな!!』

 

「問題しかない……」

 

 言っている合間にも次の区画が見えて来る。

 防御力は現在喪失中だが、装甲を魔術で再集積するのは後回し。

 

 今は身軽に大火力をばら撒けるように身構えられている方が都合もいい。

 

 ワシントンの位置をヒルコから聞きながら、次々に施設の壁や扉、迂回路などを使って奇襲し、相手に何もさせずに爆発と切断によって破壊していけば、やがて目に付くNVレベルの反応は消え去っていた。

 

 ようやく完全に掃滅したのが39分後。

 相手側のドローンや無人機の破壊も済み。

 

 残るは量子ステルスによる潜入を行っている部隊のみとなった時点で宙へ上がる事とする。

 

 人の携行出来る火器とドローンや装着タイプのアーマーやスーツくらい何とでもなる。

 

 それはそれで脅威だが、そういうのをまず標準的な相手として軍に実戦相手とさせるのは悪くない。

 

 あくまで自分がするのは侵攻の遅滞、停滞だ。

 

 敵の規模がどれくらいかまだ見当が付いていない以上、問題は物量を極めて制限しながらのファニーウォー……つまりは“適当な戦争”に誘導するのが目的である。

 

 この段に至ってこそ、恒久界側は戦力化に成功し、相対するだけの統一軍を持てるのだ。

 

 影域と昇華の地の争いに関しても人類種と呼ばれる人々が統一規格で軍を組織すれば、チートやオブジェクト以外は何とかなる。

 

 そういうものを排除するのはまだ先の事。

 

 今はとにかく敵先遣艦隊を生かさず殺さず疲弊させる事に全力を傾けるしかないわけだ。

 

『婿殿、敵の月面陣地にはちょっかいを掛けるかや?』

 

「いいや、オレを挟み撃ちにしてもらいたいので無しの方向で」

 

『うむ。まったく、意図が読めんな。どうして自分から退路の無い方向へと進むのかコレがワカラナイのじゃ』

 

 アバターで黒猫スタイルなヒルコが視界内部で肩を竦めた。

 

「ちゃんと理由はある。月面下への補給路は出来るだけ残しておいて欲しいんだよ。とにかく相手に物資を消費させなきゃならんが、その物資は何処から前線の兵に届くと思う?」

 

『ああ、そういう……戦略的な疲弊を狙う為に敢て敵の退路も敵の補給路も残しておくと。それを維持する為の陣地を破壊したくないわけじゃな?』

 

「そうだ。出来るなら、一大拠点くらいにはして欲しい。ついでに恒久界側の防衛ラインを大蒼海から上に作るまで適当な大きさを維持してもらいたい。そこに物資とそれを消費する人間がいる限り、最終兵器なんてバカスカ撃たないだろ?」

 

『敵の友軍こそが最大の盾である、と』

 

「そういう事だ」

 

 喋っている合間にも最後のハッチを抜けて機体が月面へと出た。

 

 そのまま運動エネルギーを伝達する媒質が存在しない真空での機動用に背部へ核融合式のバーニアを9機纏めて生やし、着火。

 

 猛烈なGが掛かるのは承知。

 高速で未だ感知出来ている敵艦隊へと殴り込みを掛ける。

 敵位置は現在月面から399km先。

 

 粒子をばら撒いた地点から遠ざかってはいたが、前衛への補給や月面陣地との連絡路が伸び切るのを嫌ってか。

 

 然程動いてはいなかった。

 

 視界内部にはズームされたカメラからの映像が解析されて即時リアルタイムで映し出され、敵艦が前よりは少なくなっている事が見て取れる。

 

 だが、それは中央の人が乗船していると思われる艦艇が減った事を意味せず。

 

 周囲の使い終わった核ミサイル搭載艦が後方に下がった故だ。

 

 直線距離上にはお誂え向きに暗礁宙域から引っ張って来たらしい岩塊が多数浮かび。

 

 また、周辺宙域には複数の機雷源を確認。

 

 こちらの行動に慌てた陣地からは敵機が複数上がって来たが、不意を突かれた形で出遅れている。

 

 即座こちらに攻撃用兵器類の弾幕を張る直衛は見る限り、32機。

 

 続いて緊急発進している最中だろう敵機が次々に推進剤の燃焼する尾を引いて向かってくる。

 

 弾幕の厚さはかなりのものだが、こちらの速度に追随し切れていない。

 

 乱数回避など弾幕の前には愚の骨頂。

 

 一撃も貰わぬ防御力がドローンで確保されている限り、岩塊すら避ける必要は無い。

 

『婿殿!! その弾幕はおかしい!! 何か進路上にあるぞよ』

 

 ヒルコの声に遅れて瞬間的に加速した途端、機体が進む先に巨大な岩塊が出現する。

 

 どうやら量子ステルスによって隠していた虎の子の一つ、月面を砕く為の一撃らしい。

 

 が、逆にこちらにとっては弾幕が僅か途切れた面が出て来たという程度に過ぎない。

 

 本来ならば、マルチドローンの一機に潜行させて、その後ろを通り抜けるという芸当が出来なくも無いのだが、数を相手にしなければならない状況では利用した方が効率は良いだろう。

 

「【超光圧イオン減速レーザー式冷却掌(アブソリューター)】起動―――ドップラー冷却開始」

 

 こちらの音声に従って、機体のCGによる簡易表示上にΣ()ί()σ()υ()φ()ο()ς()の文字が浮かび上がる。

 

マクロ磁気光学トラップ放射版(エヴァポレーション・リフレクター)】展開―――蒸発冷却開始」

 

 機体を構成するパーツの全てが蒼く染め上げられていく。

 

「【シシフォス機関】始動―――ボーズ=アインシュタイン凝縮確認」

 

 イグゼリオン改の両腕がまるで気か魔力かという凍て付いた波動にも似た青白い輝きを放ち始め、外套が展開したと同時に鋭利に折れそうにも見える黒翼となって、また同じ耀きを帯びていく。

 

 後方へとドローンを置き去りにしながら、更に加速。

 

 青白い彗星にも見えて、全長1000m級の岩塊に激突―――刹那以下に抉り込まれた両腕と開き切った100m級の翼の温度が極低温へと至り。

 

 同時に岩塊内部に出来た亀裂を拡張するかのように内部のあらゆる原子から運動エネルギーを奪い去っていく。

 

 その一瞬の出来事。

 

 腕を大の字にして機体をドリルのように回転させれば、まさしくソレそのもののように岩塊が機体の螺旋軌道で抉れ、空気があったならば響いただろう膨大な轟音を思わせる砕け様にて、貫通される。

 

 其処には中央を完全に抉り抜かれた大穴。

 

 そして、真っ二つに割れながら内部から奔る歪な形に冷却された部位。

 

 後には他の部位が圧力の偏差で砕けてゆく亀裂だけが残った。

 

「爆、発……なんてな」

 

 無限にも思えるデブリ群。

 

 否、デブリ流が四方八方へと有らん限りに打ち放たれた。

 

 その一連の猛烈な破壊が敵陣営の9割を岩塊の散弾によってズタズタに引き裂き、大半の機体が五体を喪失して拉げ崩壊していく。

 

 残った機体が大きくなったこちらの翼や停止したこちらの機体目掛けて死に物狂いの弾幕で反撃してくるが、機体全体から放たれる青白い輝き。

 

 いや、波動を前にあらゆる実体を持つ攻撃から熱量と運動エネルギーが奪われ、一定空間内に侵入して後、フッと動きを止める。

 

 機影は恐らく醒めた星のように輝く幾何学模様に彩られているだろう。

 

 人類の先進科学は常にモノを冷やし、温めるという相反する二つの事象を推し進めた。

 

 核融合やそれに連なる原子を操り、エネルギーを取り出す技術が表なら、この機体に搭載された機能は裏の技術の結晶だ。

 

 嘗て自分のオリジナルが生きていた時代ならば、ミクロ、ナノレベルの事象しか引き起こせなかったのだろう科学賞物の原理が……今やマクロの世界を席巻する。

 

 よくある話だ。

 

 邪気眼や中二病的にはアブソリュート○○的な技名の付いていそうな冷却攻撃。

 

 いや、実際には光と電磁波による原子《イオン》の大規模な操作だ。

 

 相手の物質に磁性を強制付与する魔術コードこそ使われているらしいが、それ以外は大抵普通の物理事象。

 

 量子性を観測する為に使われた技術はもはや幾星霜の年月を経て、軍用兵器に転用されたのである。

 

 相手がもはや死に物狂いで突撃してくるも、即死はしないようゆっくりと移動しながら、やんわりと敵機の機能を奪っていく。

 

 蒼き光は死の煌き。

 正しく、絶対零度領域。

 神の名を関する総合冷却システム。

 

【シシフォス機関】

 

 これが完全に開放され、如何なる敵を前にしてもその構成物質をナノケルビンの世界へと誘う。

 

 コックピットブロックのみを残して残りは冷却済みにして封印。

 

 ガンゴンと広がった翼に当たっては四肢が砕け、武器が砕け、弾薬も砕け、システムが砕け、何もかもが低減する世界へと墜ちていく。

 

 艦隊はどうやら諦めて艦砲を……味方を誤射すると知って撃ち放ったが、何一つとして半径300m圏内まで到達して実害を与えはしない。

 

 艦隊が逃げる、という選択肢は最初から無い。

 何故ならば、艦隊が逃げた場合、制圧部隊は見殺しだ。

 先行偵察とは違い。

 回収しなければならないだけの人命。

 また、敵がよく分からない武装を使っている以上。

 その詳細なデータを後方に送信するのも役目だろう。

 

 こっちがゆっくり近付いてくるという事実を前にして“自分達は逃れられないのだ”という心理的な誤認(かんちがい)も働いている事だろう。

 

 実際にはこの状態だと高速移動用のバーニア類が使えないというだけなのだが……敵の解析が終わらぬ今……こちらの余裕に見えた行動はあちらにとって現実的な都合の悪さと解釈されるわけである。

 

 だが、いつまでもそんな状態を維持したところで解析されて、ハッと我に返られる。

 

 ゆっくりと翼を収納し、機関を停止。

 進路上にある岩塊を両腕で掴んで、魔術コードを起動。

 

 砕いて燐光を電波発信用の中華鍋型なアンテナにして敵艦や周辺宙域へ全周波帯で呼び掛ける。

 

「こちらカシゲ・エニシ。今、月面付近のUSA宇宙軍艦隊に攻撃を仕掛けた者だ。艦隊の指揮官は応答されたし。現在、此処には見る限りで93人の命がある。艦隊を合わせれば、更に数千に上るだろう。この貴重な人命を前にしても口を噤むと言うのなら、私は敢て君達に太古行われていたであろう凄惨で野蛮で原始的な事実を突き付けねばならない。君達の大好きな陸軍元帥閣下に聞いてみたまえよ。彼が滅ぼした人々が滅ぼされるならばと彼の同胞をどのように扱ったのかを……」

 

 アメリカ大陸において原住民と移民達の間にあった血で血を洗う戦争。

 

 それを前にしてどのような事があったのか。

 

 記憶までも同じならば、その忌避感は今も残っていると見るべき、という計算だったのだが……すぐに応答があった。

 

 それも映像でだ。

 チャンネルを開けば、たった一人。

 そう、たった一人の男が、其処にはいた。

 制服と防止姿の正にアメリカ軍人。

 上位士官である事は確実であろうが、多少若い。

 

 人種不明の男が額に汗こそ浮かべていなかったが、こちらの武装よりは冷徹そうな瞳でこっちを見つめていた。

 

『こちらUSA宇宙軍第六艦隊旗艦レキシントン艦長。ポール・スミス・Jrだ』

 

「ごパン大連邦軍所属特務機関【蒼《アズール》】総帥カシゲ・エニシだ。お初にお目に掛かる」

 

『ご、パン?』

 

「私はあの地球出身の地球育ちという事だ。ポール艦長」

 

『―――1つ、訊ねたい』

 

「何かな?」

 

『君は一体何処の所属だ?』

 

「今、言ったはずだが」

 

『酷く、混乱している。どのような状況で今、君は其処にいるのだろうか』

 

()()()今、委員会分派の一部を討伐する為、この月面地下世界にいる」

 

『分派の一部?』

 

「分かり易く言おう。委員会が崩壊した時、月面下で独自に動いていた一派がいた。彼らは委員会が崩壊した事も知らずに月面地下に閉じ籠もり、独自の社会と世界を築き上げた。今、数億以上の普通の人間と何ら変わらない人格を持つ人々が、この恒久界と呼ばれる月面地下世界には存在する」

 

『―――馬鹿な……』

 

 男の顔が初めて僅かに苦渋を滲ませるように歪んだ。

 

「彼らは委員会によって生み出された。そして、人は少し違う姿を持っている。だが、誰もが各々の生活を全うし、社会の中で嘗ての人類のように悩み、笑い、喜び、悲しみ、怒り……そして、愛し合いながら暮らしてる」

 

『信じられない……此処には委員会の残党がいるだけだと……私はそう聞いていた』

 

「知らなかったのか。知らされなかったのか。どちらか知らないが、オレは事実のみを言っている。そして、お前らが地球を壊しても分派を殲滅し、オレというラストバイオレット権限保有者を抹消する為に来た事も承知だ」

 

『君の望みは何だ。ミスター・エニシ』

 

「話が早いな。オレはこの月面下の世界を委員会分派……ギュレン・ユークリッド率いる神を名乗る連中から独立させたい」

 

『ッ―――!?』

 

「今、この地には多数の人類に有害なオブジェクトが存在する。また、惑星規模の破壊や消滅を逆に利用するモノが複数確認された」

 

『どういうッ、どういう―――クソッ、上層部は我々を―――』

 

 苦悩の滲む顔。

 

 だが、それが本物だろうと偽物だろうとこちらが伝えるべき事は変わらない。

 

「また、お前らが犠牲にしようとした地表にもオブジェクトは複数確認されている。それこそお前らを一瞬でこの世から消去る代物がラストバイオレット権限保有下のオブジェクトには多数存在する」

 

『……脅しているつもりか。ミスター・エニシ』

 

「いいや、事実だと言っている。それをどう扱うかはお前らUSA次第だ。無視して今まで通りに世界を破壊する兵器に身を委ねるも良し。この世界の真実に少し希望を持つも良し。あるいはお前らの望む世界の歯車に地球と月双方を巻き込むも良し」

 

『我々はラストバイオレット権限の保有さえ可能ならば、この太陽系を出て行く事すら考えていた。少なくともそう軍に広報されている』

 

「だからと言って、お前らがやった事が正当化されるわけでもなし」

 

『だが、君は交渉の為にそこへ来た……』

 

「そもそも地球を崩壊させても構わないつもりの“社会の総意”なんぞを代弁する相手に攻撃された当人がどんな交渉をすると言うんだ?」

 

『それは……』

 

「オレは今、地球に存在する委員会の後釜に座った宗教組織との繋がりがあるから、言えるが……次にもしあの兵器が地球もしくは月に射出されれば、滅ぶのはお前らだと断言しよう。理由は単純だ。連中は恐らくお前らの事なんぞ最初から知ってる。そして、それでも月にちょっかいを掛ける程度だから放っておいたんだよ」

 

『……詳しい話を聞いてもいいだろうか?』

 

「奴らは委員会のあらゆる遺産を受け継いだ。やつらがそれを使わない理由は一つ。自分達に直接的な危害が加わらないから、だ。そして、お前らが月の目障りな委員会の残り粕を滅ぼしてくれれば、後はお前らを消すだけでいい。それが出来ない程、委員会ってのは矮小な組織だったと思うか? 惑星規模インフラに星間スマートグリッド、留めにラストバイオレット権限保持者へ与えられる外宇宙航行艦と来た。そもそもお前らが作れる程度の兵器が残っていないわけないだろう。アレの設計図だけならラストテイルに眠ってる。今、此処で引っ張り出して作る程度ならオレにだって出来るんだぞ?」

 

『そ、そんな事が可能なはずは―――』

 

 置き去りにしたドローンに牽引させた幾つかの岩塊がようやく右手側に集まって来るのを確認して、魔術コードを発動する。

 

 紅の燐光が吹き上がり、巨大な片手持ちの砲らしきものが生成されていく。

 

 ソレは天海の階箸が観測していた敵の艦主砲の形状を真似た代物だ。

 

 それだけでも相手の喉が干上がっていく様が手に取るように分かった。

 

「マグネターの原理的な応用兵器。こいつはラスト・テイルの主砲にする予定だったそうだ。だが、ソレも委員会の崩壊で頓挫した。だが、作れなかったんじゃない。作るやつがいなかっただけの話だ」

 

 ガションとその50m程もありそうな砲身を真っ直ぐに敵後方。

 

 もはや神剣のハックで丸見えになっていた艦隊の方角、その中央の旗艦へと向ける。

 

 レーザーと電磁波による二重のロック。

 相手もまた理解しているだろう。

 撃てば、沈む程度の話だと。

 

『―――撃つというのか。ミスター・エニシ』

 

 さすがに油汗を浮かべる男は視線だけでその先にいるのだろう誰か達を制した。

 

「オレはお前らを許さない。だが、オレの後ろにいる連中がどうかはまだ聞いてないし、聞いてみないと何とも言えない」

 

『後ろの……』

 

「お前らにだっているだろう。守りたいのは故郷か? それとも其処に住まう人か? 家族か、親族か、恋人か、友人か、恩師か……あるいは社会か。軍そのものか。どれだとしても、お前らには戦う理由があるんだろう? それはお前らの前にあるようなもんなのか。なぁ……」

 

『………』

 

 引き金を引く。

 

 それと同時に旗艦の艦橋スレスレを超高出力の荷電粒子が数百kmの空間を駆け抜けた。

 

『撃つなッ!!』

 

 それはこちらへの言葉、ではない。

 それくらいは分かる。

 男の瞳は真剣そのものだった。

 

 そして、また確かに軍人としての冷徹さと命を預かる者の顔をしていた。

 

 あの中世並みの戦術と戦略しかなかった世界の中。

 

 こちらに向かってこようとした敵もまた同じような顔をする者がいた。

 

 間違いなく目の前の男もまた人間に違いなかった。

 

「勧告する。直ちにこの宙域から離脱し、月周辺に屯してる艦隊を()()()引き上げろ」

 

『残して……か』

 

「ああ、オレは()()()()()()……困るのはお前らだ……帰って査問を受けるなり、オレの事を報告するなりして、次の任務に就くといい」

 

『そうさせてもらえるのなら、幸いと言うべきなのだろうか……まったく、艦長失格だな。私は……』

 

 大きな溜息を一つ。

 深々と帽子が下げられた。

 

「次に会う時はせめて戦争の協定《ルール》くらい決めよう。お前らと地球と月の連中が滅ぼし合うのは勝手だが、オレを巻き込むなら、誰だろうと容赦はしない。お前の国の為政者様に言っておけ。最悪の出会いをした双方が滅ぼし合う以外で問題を解決しなければならない時、力の論理を持ち出せば、禍根しか残らないとな」

 

『覚えておこう』

 

「これからこの月と地球で大事が起きるだろう。だが、お前らがもし介入するのなら、覚悟だけはしておく事だ。此処から先は神と魔王と理不尽の塊が互いに殴り合う死地……ただの人間がどれだけ束になろうと入り込む隙間なんぞない大戦争……」

 

 いつもの隠蔽を解いて、魔王様ルックでドヤ顔を決めてみる。

 

「第何次かも分かりゃしない【終末の先にある大戦】だ」

 

『終末の先にある……大戦……』

 

「月面下の兵隊は預かっておく……無事の帰郷を……艦長。()()()()()

 

 機体を翻す。

 四機のドローンを引き連れて、踵を返す。

 

 艦隊から遠ざかれば、直衛の機体がすぐさまに崩壊した味方機の残骸を救助し始める。

 

 それを確認しながら月面下施設へと逆戻りするまで数分。

 

『お帰りなのじゃ』

 

「ああ、で?」

 

『こっちは重軽症者が多数出ているようじゃが、辛うじて死人は出ておらんらしい。ただ、簡易の治療では間に合わぬ者が数名。手足を失った者が複数。内蔵破裂寸前でチアノーゼ気味な患者も一杯らしい』

 

「ああ、そうかい。オレは何て優しい敵だろうと今日この頃思うんだが、オレの睡眠時間は残ると思うか?」

 

『……まぁ、婿殿じゃし。想定していた戦闘時間で残り17時間、敵兵の救護で過ごすのも悪くないじゃろう?』

 

「ああ、かもな。あいつらのいる区画の空調にいつもの秘薬を流し込め。それで大抵は数日寝て治る程度まで回復するだろ。後、敵機の残骸をドローンに拾わせて再利用不可能に。破壊したワシントンも残骸は首から上を全部処理しておけ。全部オレが見て回る。身体の方の残骸は無事なものを解析に回したい。いいか?」

 

『了解じゃ』

 

 どうやら戦争はまだ続く。

 だが、釘を刺す事は出来ただろう。

 

 問題は此処からどれくらい相手がこちらに興味を示すかだ。

 

 数億の人類をやはり滅ぼす方向に傾くのか。

 あるいは掃討して土地や資源の搾取へ傾くか。

 

 一つ確かな事は敵が人間であるならば、感情を持っているという事。

 

 そして、その感情には欲があるに違いないという事実。

 

 幻想に近いだろうが、相互に相手を滅ぼせるという確証、相互確証破壊こそが今、あの艦長へ受け渡した最大の贈り物なのだ。

 

 核が担っていた役目は今、惑星を滅ぼせる最終兵器と人類を消滅させられるラスト・バイオレット権限という二つのものに継承された。

 

(また、死ねない理由が増えたな……いや、そもそも死ねないけど……)

 

 これで相手も無茶な事はやり難くなった。

 

 殆ど捕虜に等しい兵隊達の送還目的に接触してくる事もあるだろう。

 

 正しくスポーツマンシップに溢れたファニーウォーのゴングが今ようやく鳴らされたのだ。

 

 こんな事に1500万の人命を費やそうというのだから、死んだら地獄行きは確定だろう。

 

 だが、これでいい。

 人の命も人の生も無為に失われていいわけがない。

 

 互いが相成れないならば、相成れないなりにグダグダと始めればいい。

 

 それがやがては腐れ縁となり、認め合い、貶し合うだけの付き合いとなる。

 

 嘗てのイギリスとフランスのように。

 あるいは日本と米国のように。

 

 互いに滅ぼせはしない敵国の関係……其処に本当の勝者は無く。

 

 時間がやがては全てを押し流していく。

 

 交渉相手を最初から撃ち殺す蛮族を間引くのが魔王の仕事になるだろう。

 

 人は憎み合って、滅ぼし合う事すらも、認める相手がいなければ出来ない、そんな星の下に生まれた生き物なのだ。

 

 そう、よく言うではないか。

 争いは同レベルの者同士でしか成立しない。

 蟻と月が喧嘩出来ないように………。

 

―――1時間後、レキシントン艦橋。

 

『良かったのですか?』

 

『……簡易ではあるが、ミーム汚染の検査は問題無し。何か問題があるかな?』

 

『問題しかありませんが……それで我が艦隊は救われたとは追加報告しましょう』

 

『結局、我々は何を相手にしていたのでしょうか……』

『……月面下の制圧部隊とはやはり未だ連絡が取れません』

 

『月面の陣地においては負傷者は軽症者のみ。保持するだけであれば、3倍の戦力までは持ち堪えられると報告が』

 

『本国には簡易報告を済ませましたが、やはり召喚は避けられないようで』

 

『あの場は別艦隊に任せましたが、どうやら侵攻作戦は一時中断。今回の一件の直接報告後に参謀本部が結論を出してから再始動になりそうだとの事です』

 

『耳が早いな』

 

『……カシゲ・エニシ……地球に現存する人類国家所属と言っていましたが、それだけではないはずだ……彼から最初に送られてきた映像を解析した結果、彼の母親が我が国の機密ファイルに抵触する事が分かりました』

 

『機密ファイルに?』

『ええ、恐らくは古代史関連……上層部の秘匿する情報でしょう』

『彼は不思議な男だった……戦った者としての意見です』

『不思議な、か』

 

『重軽傷者はいましたが、死者は幸いにして無し……手加減されていた、という事だ』

 

『未知の技術、未知の機体、未知の情報、未知の男……カシゲ・エニシ……差し詰めミスターXといったところでしょうか』

 

『どうして、あの時、防御用のフィールドが発生していると強がりの一つも言わなかったので?』

 

『そんなものが効く相手かね?』

『まぁ、確かに……』

『それに……』

『それに?』

 

『閣下が言っていたんだ。時には負けを認める事もまた戦術だと』

 

『我々が負ける……正しく言い訳しようも無く敗北したわけですが……』

 

『だが、生きている。次がある。それを決めるのは上層部だとしても、次があるなら勝てる可能性は常にある。それに勘だが、我々はまた彼と相対するだろう。それが敵としてか。それとも交渉相手としてかは分からないが、ね』

 

『非ぃ科学的な意見だ。ははは』

 

『最もだよ君……でも、それは現実になるだろうと胸の何処かが言っている』

 

『艦長。全機収容完了しました。』

 

『分かった。ただちに本艦は現宙域から離脱し、本国へ帰投する!!』

 

『了解!!』

『了解しました!!』

 

『各自、持ち場へ付け!! 総員、第三巡航シフト!!』

 

『アイサー』

 

『―――カシゲ・エニシ……か』

 

 宙を奔る船が一隻。

 

 その傷付いた船体を推して、真空の海の彼方へと進み始める。

 

 これが終わりではなく。

 始まりなのだと。

 その船に乗った誰もが理解していた。

 

―――また、会おう……ステイツは死なず……滅びず……私は未だ斃れず……カシゲ・エニシ……月面の魔王よ……リメンバー・ムーンだ。


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