ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第245話「患う者達」

 よく哀しい出来事が多発してしまうファンタジーは薄い本案件が魑魅魍魎並みに跋扈する非常にPTAとレーディングを認定する組織などに優しくない倫理の泥沼である。

 

 あらゆる行為が肯定される時代背景と社会背景。

 それに比例して低い心理的なハードル。

 

 倫理と道徳における水準の低さは正しく此処はコミケの同人世界かという話である。

 

「取り敢えず、各国からお集まり頂いた性産業の中でも特に人身売買とお水関係の皆々様」

 

 ズラリと現在この世界の人類が存在する国家の大半から呼び寄せたその国家内でそっち系の商売をする元締め各位が5万人程、目の前に並んでいた。

 

 まぁ、厳ついヤの付く職業っぽいマフィア的ないでたちの連中やら、その護衛やら、他にも年配女性が半数程……残る如何にもお水なお姉ちゃん達などはこっちにウィンクしまくりだ。

 

「どうして、こんな戦争中に呼んだかと言えば、まぁ……中には理解している方もおられるでしょう」

 

 現在地、月猫連合国首都の一角にある総合会議場。

 

 この中世並み世界観にしては珍しいスタジアム型の大規模収容施設。

 

 そこで座席に座らせる事に成功した大半の年上を前に演説中であった。

 

「ハッキリと申し上げましょう。これから魔王軍が動くに当たり、性産業の皆々様方には大々的に商売をして頂く事になる。ですが、我が軍の規模は空前、その上で申し上げれば、健全な運営を心掛けています。言っている意味が分かる方はこれからの話の想像も付くでしょうが、分からない方にはご説明しましょう」

 

 会場の全面に張られた大規模なスクリーンに映画よろしく複数の映像と画像を投影する。

 

 そこには今正にあらゆる人類種が存在する国家内における歓楽街の街並みが多数映り込んでおり、私娼……要はケバイお姉さんやら純情そうな娘やら明らかに現代倫理なら一発でお縄になってしまいそうな年齢の少女達が子守しながら客引きしていた。

 

「簡潔に申しますが、我が軍は時代遅れの娼婦などという商品は扱う気はありません」

 

 ザワリと巨大な魔術で張られた幕屋内の空気が震える。

 

「男も女も年齢も関係ありません。我が軍が供給して欲しいは夜の相手をする職業:娼婦ではなく。単純に軍の性欲求を満たすに足る安価で健全で性病などとは無縁な()()だからです」

 

 半ば、悲鳴。

 半ば、怒号。

 何を言われたのか。

 

 今、ポカンとする者も多いが、その中には視線を鋭くこちらの言いたい事を理解し始めている者もいるだろう。

 

 会議場内のスクリーンに再び映したのは天海の階箸内部のアーカイヴに存在していた祖国の性産業関連情報―――要は無数の同人誌とAVとHENTAIアニメとエロラノベ、BL。ガチホモ系雑誌の数々……ぶっちゃけ遺産というか……実際、あんまり使いたくなかった資料だった。

 

 どよめき。

 

 その最中にもスクリーン内から虚空へと無数の映像と画像がホログラムで出現、乱舞し始める。

 

 今度こそ数万の人々が絶叫にも近い畏れにも似た声で混乱のどん底に陥った。

 

「御静聴願います。これは我が軍が遥か過去の遺跡より発掘した性産業におけるあらゆる画像、映像です。皆様にも分かり易く伝えるなら、我が軍に供給して欲しいのはコレです」

 

 混沌とした最中、眩暈を起こしたご婦人多数。

 

 ついでにソレを支えついでにセクハラを働く鼻の下を伸ばした連中多数。

 

 だが、そんな連中とて……混沌の坩堝で自分達の生死を別つ情報を聞き逃したりはしない。

 

「もはや人身売買における商売は我が軍が新たに設定する倫理を前に斜陽産業となるでしょう。男と女の性を生身で遣り取りする時代は確実に過ぎ去り、それよりも何よりもコレらが安価にかつ大量生産され、全ての国民、全ての人類種、魔物と呼ばれる者達にすら行き渡る時代が来る。お分かりでしょうか? あなた達の主要産業は一年を待たずに時代遅れと謗られ、人の身体と心を傷付けると糾弾され、売り上げは右肩下がりとなり、やがては極々一部の生身の娼婦の中でも水準の高い者しか生き残れない。そんな、素人や今まで幾らでも売れると適当な商売をしていた連中は淘汰される日が訪れる!!! と言っています」

 

 会議場内が凍り付くのも無理は無い。

 

 今から、お前らのメシの種をぶっ潰すと宣言されては絶句するのも仕方ないだろう。

 

 カッとスポットライトがこちらに降り注ぐ。

 

「皆さん。皆さんの中には今、娼婦達を食わせていこうという高潔な方もいるでしょう。娼婦をしているのは食べていく為だという意見の方もきっと多数だ。しかし、我が軍はあなた達が供給する性に関するあらゆる商品において、直接的な行為によっての商活動を全面的に排撃致します。理由は以下の4つ。一つ、性に関する病などの蔓延を防ぐ為。二つ、性を謳歌するのに生身の相手が必ずしも必要ではないし、生身の相手を得る為の金を使うくらいなら、こっちの方が安全で安上がりである為。三つ、性産業に従事する人々が今直面する環境面や賃金面での労働問題は我が軍を運営する先進主要国内において今後、即座に改善する対象である為。4つ、何よりも好きで娼婦をしている者以外に無理やり身体を売らせる社会的な基盤が整った現状は……人的資源の莫大な無駄遣いだ」

 

 相手はこちらが何を言っているのか。

 本当には分かりもしない。

 

 だが、恒久界全域で奴隷や奴隷身分に近しい連中を9割以上買い漁り、性産業従事者の不足に喘ぎ始めた誰にもこちらの意図だけは伝わるだろう。

 

 単純な話だ。

 

 お前らが変われ。

 

 言われているのはたった一言にすれば、ソレだけなのだ。

 

『―――』

 

 暴動寸前のような静けさの中。

 再び、映像と画像の3次元投影で新たな情報を提示する。

 

 今度、彼らが目にするのはお水のお姉ちゃんとお話しをするクラブだのバーだの嬢やホスト連中が相手を接待するシーン。

 

 また、机に向かって絵を描く同人作家やらエロ漫画化らしき者達の姿。

 

 ついでにメイド喫茶にアイドル業、大人の玩具製造現場等々……性の高度な商品化による発達した性文化の一部業務形態。

 

「我が軍は構成国家の全てに対して私娼の全面禁止。公娼制度の開始。そして、登録制における人数制限と我が方が設ける厳しい資格制度の運用。最後に現在、娼婦をしている全ての人々の苛烈な労働環境と賃金の不当な搾取に対して、訴訟を起こす事を働き掛けるでしょう」

 

 青褪めた瞳。

 こちらを見つめる誰の手も汗ばんでいる。

 

 だからこそ、言葉はにこやかに出来る限り晴れやかに告げなければならない。

 

「ちなみにこの動きは現在、人類種が存在する国家の大半に対して行われており、国家主権を持つ者……その国家の意思決定機関及び決定者の53%が既に同意しております。残りの32%が対応する為の検討と4か月以内の法制定と法規の整備を確約。更に最後の15%は無謀にも我が軍の意向に同意して頂けなかったので、月兎、月亀、月猫の三カ国からの無期限での物流封鎖が開始される旨を使者が伝えに向かい、顔が真っ青だったようですが……まぁ、あなた達が真面目に取り組んでくれれば……祖国に物が入って来ずに物不足で物価が超高騰、ついでに暴動が多発して国家が崩壊する、なんて事にはならないはずです」

 

 全ての映像がまた切り替わる。

 

 今度、映るのは……ありとあらゆる地域、国家からやってきた者達が軍において訓練される場面。

 

 初めて外部に公開したソレを見て、誰もが何をしているのかは分からなくても、世代間格差に愕然とし始めた。

 

 理解出来ずとも、明らかに自分達の国家の軍がソレに敵うような未来など一欠けらも見えないに違いない。

 

 無限のように収容された兵達。

 

 バイザーで直接視界に映像を投影されながら、あらゆる戦術と戦略を学ばされ、同時にまた連帯を刷り込まれ、軍事教練とは名ばかりの組織としての倫理と規律を叩き込まれる日々。

 

 行われている教育の内容がチラチラと少し垣間見えただけで護衛の元軍人崩れや少しでも軍事に長けた相手はノイローゼ寸前で引き攣った顔をするしかない。

 

「まずはあなた達の下で働く子供に教育を受けさせましょう。また、子女達がこの業界で働くには厳しい年齢制限と下限を設定。大人になったとしても、我が軍が認定する専門機関で専門教育を受け、厳しい合格水準に到達し、最後に同意を得た者だけに公娼資格を与えます。これで食べているんだ、という人々が多いかと思いますが、何心配は要りません。我が軍は人々の教育に熱心です。あらゆる経験を踏まえ、あらゆる精神的な資質を精査し、あらゆる職業適性を洗い出し、あらゆる職業へ推薦し、職場すらも与えましょう。それに従事したならば、食べていくのに困らないだけの保証も行いましょう。無論、全てタダ」

 

 嘘だ、と糾弾される温い実力は示していないし、魔王様は何でもあり超人的な偶像でプロパガンダを打っているので相手がどう考えるのかなんてのは言うまでもない話だ。

 

 胡散臭かろうが、それを実行してしまう実力が兼ね備えられている以上、相手は大半を鵜呑みにするしかない。

 

「働かない連中に対しては罰が下るでしょうが、それと働けない人間は別だ。そういった人々に我々は寛容です。出口で我が軍が一律で作成した手引きと一連の計画概要、我が軍への協力の申し込みや商売の基本的な考え方、方法……何一つ取り零さずに資料として揃えました。どうぞ、帰りには是非立ち寄って頂きたい。出来るなら、早めに持ち帰って話し合う事をお勧めしますよ?」

 

 そのまま、ニコリとして舞台袖に引っ込めば、数秒後……早々とした足音。

 

 否、象の群れが逃げ出していくかのような激震が会場全体を震わせた。

 

 あちこちで私が先だオレが先だこちらが先だと殺到する人々の怨嗟にも似た声が飛び交い。

 

 会場入り口ではもはや修羅の巷と化したアイドルコンサートの物販現場みたいに狂暴化する人々が押し合い圧し合い。

 

 我先にと分厚い資料の束を引っ掴んでは薄暗い会場の外に待機している馬車に乗り込んでいく。

 

「第一陣を退けて帰って来たかと思えば、こんなお婆ちゃんにお願い事。聞いてみれば、今する事なのかしら? 先程のは」

 

 オリヴィエラ・チェシャ。

 

 月猫の女首魁は渡していた資料を老眼鏡で見ながら、舞台裏の一角で護衛達に囲まれていた。

 

 静かに紅茶らしきものを嗜みつつ、内部の情報を目でスラスラ追っている様子はさすが商売人の権化といった理解と計算の速さを教えてくれる。

 

「今だから必要、という事で納得して貰えれば」

「……自分の軍には瑕疵一つとて見過ごせない、みたいな話ねぇ」

「単なる慈善活動ですけど」

 

「慈善の意味を随分と履き違えているようにも思えるけれど、そうね。あなたならばアリかしら? 商売になるかもしれないとは思うわ。でも、よくよく見ると得るモノよりは出て行くモノの方が大きくなくて?」

 

「だから、慈善活動だと言いました」

 

「ぁあ、織り込み済みなのね? これが脅迫という名の魔王の徹底的で大規模な決して逃れられない()()()()だなんて言ったら、誰が信じるものか。いやはや、金余り中の各国から富の再分配を大規模に行う方法の一つが軍への性産業への投資だとは誰も思っていないでしょうね」

 

 さすがは商売人の国の重鎮。

 見破られたらしい。

 確かにその通り。

 

 現在、純金が建設資材になりそうなくらい余っている各国から劇毒《きん》を引き受ける為のサーヴィスが一見しただけではカラクリの分からない軍の性問題解決という名の商売だとはお釈迦さまだって知る由は無いだろう。

 

 仕掛けはこうだ。

 

 エロ漫画とかエロ同人とかエロ本とかエロ雑誌とかメイド喫茶とか執事喫茶とかコスプレ産業とかAV産業とか、とにかく軍のむさ苦しい男達を喜ばせるエロ雑貨や性的欲求を適度に満たしてやるサーヴィス業などを民間から調達する。

 

 その具体的な運営ノウハウや製造方法の伝授に必要な資材や人材を金オンリーで貸し続け、売り続ける。

 

 この膨大な資本の循環にはこちらで魔術による錬金術で倍々にして用意した物資や資産を売却した紙幣や債券類を使う。

 

 金を大規模に各国のアングラな辺りから収集しつつ、経済の活況を引き起こす起爆剤にするのである。

 

 また、各国で自由に販売させるエロ物資も金での取引を基本として、吸い上げさせる予定である為、軍の倉庫には無限のように金が積み上がる事だろう。

 

 そうして、軍に頼らなくても民間で食えるようになったエロ産業から少しずつ軍への納入を減らさせつつ、今までの吸い上げた金を地球月面間での貿易用資本……つまりは宇宙船製造用の軍資金に転用。

 

 主要な貿易用商船を民間から受注しつつ、その大半を軍民両方で活用出来る汎用船として揃える事で軍事+商業の基本インフラとなる輸送手段を整備するのだ。

 

 どうせそんな船を造れるのは魔王軍だけ。

 

 神様気取りの連中やオブジェクト大好き蜥蜴さんが作ってくれるでもなし。

 

 造船業を握った魔王軍は一大産業を手中とする。

 

 こちらで人類が必要とする宇宙貨物船を全て受注する形で金を更に市場から吸収しつつ、各国に魔王印の貿易協定への加入を促せば完璧だ。

 

 これらで出た儲けを全て福祉政策にぶっ込めば、各国でも魔王軍からの要請を唯々諾々と受けたいという層が必ず現れる。

 

 民を飢えさせる王様は下の下だが、民を富ませる者を排撃するのも下の下だ。

 

 それが脅し半分、各国における福祉政策に膨大な資本を投下してくれる有り難い神様モドキの提案ならば、受け入れないという選択肢は無いも同然。

 

 ぶっちゃけ、地球で空飛ぶ麺類教団がやっているメソッドを盗用してみたのだが、少なからず反発は15%も無かった。

 

 今からあなたの国の貧しい人々へ誠に勝手ながら豊かになって国が面倒見るよりもまともにメシが食える状況をプレゼントします、社会倫理的な修正が気に食わないからと拒否しますか?……と訊ねてくる相手に即答で『拒否する!!』と答えられる為政者は早々いまい。

 

 上手く行かない部分があれば、適宜修正案件なのだが、ぶっちゃけ無限に物資を生み出す魔術コードで数十年後までやりくりする資産はもう作って隠してある為、途中で資金がショートして詰むとか、そういうやっつけの計画にありがちな不備も考え難く……巻き込まれた諸国は流れを変えられないし、そうしようと動いたとしても既に詰んでいる。

 

「怖い怖い。船を造る関連企業を立ち上げたら、是非ウチで作ってもらいたいものね。魔王閣下」

 

 資料を読み終えた女傑が肩を竦めつつ、一礼すると会場から逃げ出すように祖国へ向かいつつある商売相手達へ売り込みを掛けるべく去っていった。

 

 魔王と繋がりのある人間が商売を持ち込んだら、そりゃぁ食いつくだろう。

 

 それが精神的に混乱しつつ、今正に無防備な連中ならばカモ以外の何者でもない。

 

「どっちが怖いんだか……」

 

 舞台裏にはヒルコが派遣した円筒形のドローン達がホログラムの機器類や会場の警備などに使用されており、生身であるのは会場の所有者達くらいだ。

 

 幕の合間を抜けて背後の白塗りの通路へ出れば、揉み手の大人が数人。

 

 ご利用ありがとうございましたと頭を下げていた。

 

 それに手をヒラヒラさせつつ、片手間の仕事が終わったと関係者用出入り口へと向かえば、不意に人影が複数いる事に気付く。

 

「………」

 

 驚かなかったと言えば、嘘になる。

 

 しかし、驚くよりも先に背筋へ嫌な汗が浮かぶのは反射だろうか?

 

 こうしてみれば、確かに全員が自分の嫁として夫の教育には熱心だったのだなぁという感想を抱けるのだから、自分もまた中々にパブロフの犬並みな尻に敷かれる男の一人である。

 

 ズンズンと進んできた少女。

 

 本当にどうしてコレでナッチー属性なのかと惜しく思った事も多い……初恋の人がジロリと睨んでくる。

 

「私は突然、お前の貌をした奴に首毎何処かに連れ去られ、目が覚めたら見知らぬ土地で他の嫁の面倒を見なきゃいけなくなり、ついでに肉体が別物にされた挙句に夫がその地でおかしな名前で呼ばれてる事を知り、迎えが来たと思ったら、戦争の真っ最中だと知らされ、ようやく会えると思ったら、その当人が女の裸だらけの情報を使って怪しげな演説をしている様子を見てしまった哀れな新妻なんだ。何か言い訳はあるか?」

 

「あ~~~え~~~ありません」

 

「よろしい。判決、新妻を放置した挙句に勝手に死んだり生き返ったり無茶苦茶な事をしては世を騒がせ、私達に心配を掛けさせ続ける大馬鹿野郎は―――」

 

 いきなりだった。

 

「~~~ッ」

 

 何を言う事も出来ないよう唇を塞がれる。

 それと同時に駆け寄って来た妻達に通路へ押し倒される。

 

「はぅ!? 感動の再会ですね!! おひいさま!! ああ、このリュティッヒ!! 人生で1、2を争うくらいに涙で前が見えません!!?」

 

 ポロポロ涙を零した胸の非常にふくよかなメイド長がいつものようなメイド服に近しい衣装でハンカチ片手にウンウンと頷いていた。

 

「もう!! 探したのよ!! A24?!」

「パシフィカ。泣いたりしてなかったか?」

 

「そ、そんなの!!? い、今そんな事言われたら、うぅ、ぐす、ふぇぇ……っ……」

 

 聖女様の頭を撫でる。

 

「縁殿はいつだとて女泣かせでござるよ」

 

 パシフィカとは反対側から抱き付いた百合音がニコリと微笑む。

 

「お前は一緒にいただろ。さっきまで」

 

「うむ。今も某は働いているのであるからして、縁殿は某を慰めるべきでござる♪」

 

「給料代わりに人の唇を奪おうとするな。そんなに安い男のつもりはない。一応」

 

 そう言った途端、ギュッと服の上から脇腹が抓られた。

 

 実際には抓る程に皮は無かったのだが、フラムが僅か目の端に涙を貯めた様子に口を噤む事とする。

 

「もう会えないと思った時……覚悟はしたつもりだった。だが、あの瞬間……最後に私の脳裏を過ったのは……総統閣下ではなくお前だった……どうしてくれる……私はもぅ、お前のものになってしまった……」

 

 その自嘲にも見える唇の歪みが、いつも気丈な戦場の女神の独白が、兵士として一流であろう女の乙女らしい告白が、思い出したかのように震えている身体が、何よりも貴く思えた。

 

 全員丸ごと抱き締める。

 

「悪い。ごめんな……守ってやれなくて……お前らの相手として失格だ……オレは……」

 

「死など畏れない!! 私が怖かったのはきっと……お前に何も出来ず、先に消えてしまう事だった……っ……せっかく、夫婦になったのに……私はお前に何もしてやれなくなるところだった……私こそ妻失格だ……」

 

「だ、大丈夫なのよ!! A24を支えてあげてたのはいつだって、フラムだから!!」

 

「そうでございますよ。おひいさま……おひいさまがカシゲェニシ様。いえ、旦那様を支えていたからこそ、あのような無理にも程がある予定を消化出来ていたのですから……誇る事はあれ、恥じる事など何一つありはしません」

 

「うむ。縁殿はいつだてやっぱり女誑しの才能に溢れているのであるからして、ちょっと甘い顔をし過ぎるのも良くない。此処は縁殿が新しい妻を10人以上娶る事になった経緯に付いて問い詰めるべきでは?」

 

「?」

「―――」

 

 今までの雰囲気の中。

 いきなり、爆弾が投下される。

 

 今まで寄り掛かっていた体重がスッと離れ、懐に手を伸ばそうとしたフラム・オールイーストさんが横合いの百合音から何故か出された拳銃を握って何度か何かに撃つ動作を試してから、また横合いから渡された銃弾を装填する。

 

「………エニシ……私は馬鹿にされているのだろうか? 今、感動の再会をしているはずなのだが、どうやら夫は見知らぬ間に十人以上と不倫をしているらしい。初夜もまだな私は馬鹿にされているのだろうか? なぁ?」

 

 あ、コレはヤバいと心底の笑みを浮かべた完全なる兵士を前にして魔王だからって何か気の利いた言い訳が言えるわけも無かった。

 

「待て。色々と誤解がある」

「ほう、どんな?」

 

 パシフィカがこれから起こる惨状を感じ取ったらしく身を引いて傍までやってきたリュティさんの後ろにササッと隠れる。

 

「話せば、長くなるんだが、取り敢えず、オレの泊まってる宿泊場所まで案な―――」

 

「まおー……きたよー」

 

 テテテッと通路の先からユニが、猫耳幼女がやってくる。

 

 その後ろには何故かゾロゾロと近衛三人娘にエコーズの面々、それからフラウのお付き二人の姿まで見えた。

 

「みんなできめたのー……ちょっとへいわになったら、みんなであかちゃんつくるってー……つくるー?」

 

 もはや何も言うまい。

 

 というか、やってきた連中が誰一人として真面目な顔をしておらず。

 

 頬を染めて、ソワソワするやら、咳払いするやら、微妙な感じだったり、恥ずかしそうに視線を逸らしたりと確実なクリーンヒットを狙ってくる。

 

「まぁ!? おひいさま!! こうしてはいられません!! 幾ら殿方として旦那様がやり手とはいえ、初めてを奪われたとあっては家の名折れ。かくなる上はおひいさまの魅力で旦那様を骨抜きにする以外、勝機はッ!?」

 

 フラムはいつでも本気だ。

 冗談が通じないとかではなく。

 冗談よりも現実を重視する故に堅物だ。

 

 そうなってしまうという心配が少しでもあれば、それなりの対応をするだろう。

 

 ジト目で拳銃を握った拳がプルプルと震え始める。

 

「なぁ、ごはん女」

「ん? それは某の事でござるか?」

 

 百合音がニヤニヤしつつ、小首を傾げる。

 

「今の目の前にいる()()旦那様は物凄く頑丈になっている、という話だったな?」

 

「そうでござるよ。あ、ちなみにちゃんと小口径で貫通力皆無な火薬も少量の弱装弾であるからして、普通の人間に使ったら、ちょっと肋骨が逝くくら―――」

 

 ガンガンガンガンガンガンッッッ!!!

 

 周囲が驚きに硬直するより先にリボルバーが六発、胴体の急所から微妙に外されて直撃させられた……思わずゴホッとこの身体でも咳き込む。

 

 内蔵と大きな血管の上は外されているとはいえ、めっちゃ痛かった。

 

「フン……これで今までのは無しにしておいてやる」

 

「ぅ~ん。普通の人間に使ったら内蔵破裂くらいするんでござるがなぁ」

 

 シレッと最後にそんな事を言う幼女がごめんねとウィンクしてくる。

 

「ぅ……本当に撃つなよ。こんなになったってオレも痛いんだぞ?」

 

「死ぬとしたら横に撃ってやるくらいの分別はあるつもりだ。本当なら精神を全うに叩き潰すところを今の地位や状況を勘案した結果なのだから、我慢くらいしろ」

 

「オレの知ってるお前で安心した……」

 

 軽口の後、拳銃から薬莢が落とされ、横に放られて百合音がキャッチする。

 

「馬鹿……」

 

 今度こそ滴が一滴。

 唇を引き結んで。

 胸元に顔が押し付けられる。

 

 それからの数分を見て見ぬフリで過ごしてくれた関係者には頭が下がる思いだろう。

 

 パシフィカも貰い泣きで横から突撃してくるし、ちゃっかり反対側に付いたリュティさんがフフッと笑みを浮かべながらも指先で瞳の端を拭っていた。

 

「善き哉、善き哉、でござる♪」

 

 幼女の声も届かぬ様子で抱き締める腕のか弱さが、それに今まで応えてやれなかった自分の不甲斐なさが、何処までも胸元に温かさと共に押し寄せてきて。

 

 ただ、頭を撫でる事くらいしか出来る事は無かった。

 そうして、宇宙からの侵攻者達との戦闘は一旦の区切りとなる。

 

 しかし、まだ何一つとして解決などしていない事を胸に留めて……今もまだ待つ乙女の顔を思い浮かべた。

 

 誰もが笑い暮らせる日々などきっとこの世界には来ないだろう。

 

 しかし、自分が関わった人々の多くがそうであればと。

 自分を好いてくれた女《ひと》がそうでいてくれればと。

 そう、願わずにはいられなかった。

 

 きっと、ただチートを手に入れただけで少しの進歩すら遅々としているはずの自分にやれる事などそう多くは無いのだ。

 

 例え、百万の人間を救おうと殺そうと……たった一人の女すら幸せに出来なければ、それは自分の敗北に他ならない。

 

「もうちょっと待っててくれ……全部、片付けてくる」

「―――待つのに飽きたら、助けに行くからな……私の旦那様……」

「知ってる。何たってオレのお嫁様の事だからな……」

 

 目指した明日に向けて、立ち上がれば、目標は遠く。

 

 しかし、身体の奥底から漲る力はきっと全てを超えていくだろう。

 

 それはたった一言―――勇気と言うに違いなかった。


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