ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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ついに第九章完結。残り3章でこの物語も終わることになるでしょう。第十章は今までの謎を追い求めて、主人公は再び原点に立ち返る過去帰省編となります。ハーレムの行方は、世界の真実とは、終わりに向けて主人公達の旅の終着点が見え始めます。ごパン戦争を今後ともどうぞよろしくお願いしますm(__)m

というわけで―――第十章~【過ぎ去りし晩餐】~を開始致します。


大食卓規制戦~過ぎ去りし晩餐~
間章「真説~ここ半年の変遷Ⅰ~」


 ごパン戦争~過ぎ去りし晩餐~

 

『今日のゲストは北陸桑南果大学に所属する認知心理学の権威。間戸辺孝蔵教授に御越し頂きました』

 

『間戸辺と申します。どうぞよろしく』

 

 真夏もそろそろ過ぎ去ろうかという頃合い。

 家電量販店の店先でワイドショーが映し出されている。

 

『では、さっそくですが、間戸辺教授。本当のところをお聞かせ願いたいのですが、六か月前の一件……どう、思われますか?』

 

 五十代の司会が実直な瞳で訊ねる。

 

 横のお笑い芸人やよくコメンテーターとして昼間の番組を賑わす助教授や准教授が初めてやってきた専門家に視線を向けた。

 

『そうですねぇ。ハッキリ言いましょう。我々が見ているモノは脳の生み出す信号に過ぎませんが、我々の脳が生み出す信号そのものは型通りだとしても揺らぎが存在する。つまり、まったく同じとは言えない』

 

『では、教授も否定派でらっしゃる?』

 

『ああ、いえ。勘違いしないで欲しいのは同じではないのに同じものを見る、感じるという疑似的な共感能力が人間の根本的な社会を作り出す上で最も重要な()()()である、という事なのです』

 

 難しい事を言われて、首を傾げる女子アナがズームされた。

 

『勘違い? それは一体、どういう?』

 

『六か月前の一件について心理学の見地から申し上げれば、最後に全てを解決した声は集団幻覚、という線は捨て切れません。ですが、逆に考えて見て下さい』

 

『逆、とは?』

 

『我々はいつでも同じ社会を、つまりは同じ勘違いを共有するからこそ社会生活を営んでいられる。ならば、その勘違いそのものが変質してしまっていたら? 我々自体が同じ社会的な心理状態を共有していたとするなら、アレは我々にとっては、それが物理事象として観測出来ているかどうかはともかく、現実という事になりませんか?』

 

『ん~~つまり幻覚だとしても、我々の観測しているのはそもそも勘違いなんだから、アレも一つの現実であるという主張でしょうか?』

 

『ええ、そうです。皆さんは子供と大人の見ている世界は違う、というのは御存じでしょうか? 複数の認知能力に差がある以上、子供と大人は同じモノは見ていたとしても同じデータを観測している、とは言えないのです。スマホのカメラと一眼レフのカメラで撮った写真が同じ場所を写しても差を生むようにね。ですが、実際には同じ社会で生きていても、別の生き物のように振る舞ったりはしない』

 

『ええ、はぁ、つまり?』

 

『認知の共有。これは人間個々人で絶対に同じものは一つとしてありません。同じ現実を共有はしていても、同じ五感を共有はしていない。この差を埋めるのが脳の面白いところで、共有の機能とは言わば、他者の事をまるで本当に()()()()()()()()()をする機能、と言い代えられる』

 

『人間は真に分かり合えないと仰る?』

 

『いえ、分かり合えないという事実も含めて共有された勘違いであると言っているのです。あの六か月前から起きた様々な事件は我々にとっては共有された情報ではあっても、本当の意味で同じデータを認識してはいない』

 

『さっきのスマホのカメラと一眼レフですか?』

 

『はい。この個人の取得出来る情報の差を我々はマスメディアやSNSなどで共有しながら埋めていき、全体像を把握している。この点において六か月前の事件が真実か否かを考える事に意味は無いのです。だって、それは我々の中に共有された誤差を文明社会がこうであればいいと埋めた結果。それを個々人で再共有、勘違いしているに過ぎないのですから』

 

『大変、高度なお話、ありがとうございました。では―――』

 

『ああ、最後に一つよろしいですか?』

 

 教授に僅か空気読めと言いたげな顔になったものの。

 司会が再び視線を向ける。

 

『皆さん。あの事件は現実には起こっていますが、()()()()として考えてはいけません。何故ならば、共有された情報は我々の勘違いを集積した総体であって、あなたの知っている世界とは()()()()()()()、かもしれない。そして―――』

 

 さすがにそろそろ遮ろうとした司会であったが、教授の真顔。

 

 鬼気迫る何かを前にして僅かにその制止が遅れた。

 

『往々にして勘違いとは()()と呼ばれるものから目を背ける為に人間が習得した、最大の心の防衛機能……あなたがあなたという人格と精神を、それが支える人生を守る為の……最後の壁なのです』

 

『―――』

 

 教授が熱弁を終えてからニコリと微笑んで頭を下げた。

 

 僅かな間の後。

 

 司会がハッとした様子で何故か出ている汗を拭いつつ、次の話題へと移ろうと教授に声を掛ける。

 

『え、え~間戸辺教授、本日は誠にありがとうございました』

 

 CMが入る寸前。

 テロップにはこのような文字が躍った。

 

『世界中の人々が今も信じるあの日、あの一連の事件の出来事とは!? 残存する生物災害の規模拡大で国連安保理会議開催!! ザ・ワイドショーが真相に迫る!!!』

 

 人々が動き出す交差点の最中。

 

 全てが雑踏の音に掻き消されて尚、CMを前にして僅かに立ち止まる人々がいた。

 

 それは多くないが少なくも無い。

 

 そして、家電量販店の店舗の先では小さく無数に集合した映像を、ずっと流し続けていた。

 

『アレは神だった!! 神だったんだ!! なのに!! なのに我々は!? 君達は恥ずかしくないのか!? 神に見守られながら、人として恥ずかしくないのか!!? 人々よ!! 目覚めるんだ!! 人類はまだ見捨てられちゃいなかったんだ!!』

 

『魔法使いさんが助けてくれたんだよ!! そう、あれは魔法使いさんだ!! 皆だって見ただろ? 政府も魔法使いさんいるって言ってたし!! あの声もきっと魔法使いさんだったんだよ!! 悪い奴らの空の城や破滅の使徒もやっつけてくれた!! あの人達こそ真に正義の人だよ!!』

 

『あ、あああ、あれは間違いなく宇宙人さんです!! 彼らはきっと未来から!! この世界の破滅をッ!? 私は信じます!! 人類が人類を導いていける事を!! だから、今一度!! 今一度、人々は団結し!! この世界から争いを失くそうと努力し続けるべきなんです!! あの悪い宇宙人をやっつけてくれた彼らのように我々は誇り高く世の悪徳と戦うべきです!! 宇宙人さん!! ありがとう!!!』

 

『彼らは地底人だ!! そう!! 異世界の狭間からやってきた!! 僕ら地球人があまりにも不甲斐ないせいで滅ぶ寸前だったから、あの事件を起こした連中を止めてくれたんだ!! そして、預言をしてくれたんだろう!! 信じようよ!! ボクはボクを信じる!! ボクらはきっと未来だって変えられるはずだ!! 化け物達、覚悟しろ!!』

 

『あの化け物達を退治してくれた人達!! あ、ありがとう!! あなた達こそきっと()()()()の遣わした最後の希望です!! 政府は公的にアレは生物災害だって言ってるけど!! 絶対違う!! あれは破滅の使者だった!!』

 

『私は……テロリストでした……神の為に前は……今は聖職者を……ですが、神の為ではなく人の為にと……()は言っておられた……罪深き者こそ悔い改めるべき時代が来ていると。途上国も先進国も無く、貧者も弱者も強者も皆……ただ未来の為に奉仕するべきなのです……どうか寄付ではなく、食べられる技を教えて頂けないかと多くの人へお知らせを……』

 

『あんな、あんな日々に辿り着いちゃいけない!! 子供達があんな姿で死んじゃいけない!! 僕らはまだ間に合うよ!! あの日みたいな破滅だって彼らのおかげで切り抜けられたんだ!! 絶体、絶対間に合う!! だから、手と手を取り合うべきなんだ!! そうすれば、まだ生き残るあの化け物達にだってきっと立ち向かえる!!』

 

『聞いたんです!! 生きろと!! 死ぬまで誰かの隣で生きていけと!! 厳しいようでいて優しい声が!!? この世界のどんな宗教家にだってッ、どんな神の下でだって聞けない!! アレは……アレは……私達を救おうとする()()()()()()でした!!!』

 

 20××年8月15日東京。

 

 この日、街灯でテレビ映像を見た人々は目撃するだろう。

 

 ニューヨークにおいて911以来、二度目となる航空機の()()()()()()()

 

 ペンタゴンの地上施設が猛烈な嵐の中へ呑み込まれたのを。

 

 紅の燐光が世界各地の原発の敷地を染め上げ、内部と外部が遮断された光景を。

 

 アメリカ最大規模の自然公園で突如として広がった不自然な山火事を。

 

『―――』

 

 そして、世界中の食物メジャーと製薬会社の持つ穀物の大半が倉庫内で静かに温かくなった時、誰かが言った。

 

―――深き雲へ問い合わせろ、と。

 

 そんな、そんな日の、そんなアメリカの、ニューヨークの地下鉄に……1両の見慣れぬ車両が止まった時、物語は始まる。

 

 降りて来た日本人らしき少年を前にして。

 

 確保に動いた財団の黒ずくめの特殊部隊は、その何処かシニカルな笑みを浮かべる相手にこう言われた。

 

「ご苦労さん。悪いが、ちょっと地球を救いに来た。出来れば、お前らの上司に言っておいてくれ」

 

―――明日、世界が滅びるのを待つより。

 

―――今日、世界を壊す方がきっといいぞ、ってな?

 

 半年前に始まった異変の終わりに現れた何者か。

 

 その声を前にして財団所属の博士と呼ばれる人々の大半が招集される事となる。

 

 彼らに渡された資料の最初の一文にはこう書かれていた。

 

【神を殺す方法に思い至った者から実行せよ】、と。


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