ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第27話「夢のように鋼のように」

【ほう? これが君達自慢の息子さんかね】

 

 薄っすらと眠気の中で耳障りな声が響く。

 

【何をしに来た!!】

【このセクションは私達の管轄……どうぞお帰りを】

 

 両親の声が堅いのは何となく分かる。

 最初に聞こえた声は人を嘲笑する響きがあったからだ。

 

【そう身構えないでくれたまえよ。別に取って食おうというわけではない】

【何を、しに来た】

【進捗を聞きに来ただけだよ。君達から直々にね】

【……データと書面回答では不満だと?】

 

【不満など無いさ。本計画の遂行に君達の協力は不可避だ。上からはご機嫌を取るようにも言われている】

 

【ならば、とっとと出て行って頂戴!!】

【嫌われたものだな。これでも女性には優しいと評判なんだが】

【その言葉、本気か?】

 

【ははは、私はいつでも本気だ。別にテロリストのような悪意も米国政府のような善意も無い。アレは単に必要だからやったまでだよ】

 

【………あなたのどうでもいい話なんて聞いている暇もないわ】

【やれやれツレナイな。では、退散するとしよう。ああ、そうそう、このデータを】

【これは……ッ?!】

【例の海洋からの補助アプローチ案だ】

【―――これじゃあ、我々だって破滅するぞ!?】

 

【だから、この島国が選ばれたんだ。本計画は四段階に分かれる。第二段階ではこの惑星の改造に着手すると聞いているだろう?】

 

【だが、貴様の理論はまだ完全ではないはずだ!!】

 

【見縊ってもらっては困るな。確かに不完全だが、それでも計画遂行に抜かりはない。この列島は地下の膨大なマグマ溜りを制御する事さえ出来れば、現代の天地創造を随分と楽に遂行出来る特異地点。まず神は天地を創造したとこの国の神話にもあるだろう? ならば、私もまずは列島の海を大地で隔てる事から始めよう!! なぁに心配する事はない。高々人口の30%が消えるだけだ】

 

【狂ってる……】

 

【君達夫婦が言えた事ではないな。第二次統合M計画の主要構成員たる自身が何をしてきたのか。今更、懺悔でもしてみるかね?】

 

【………ッ】

【では、御機嫌よう。話の続きは次の幹部会で】

 

 何か思考しようとするものの。

 急激な眠気が襲ってくる。

 揺れる波に沈んでいく世界がまた遠ざかっていく。

 母が少しだけ嗚咽しているような気がした。

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 死んでいる場合ではない。

 そう思ったのも束の間。

 瞳が開いた。

 痛みは、無い。

 世界は白く。

 未だ銃撃の音が響いている。

 砕けたはずの五体が動く。

 いや、動ける状態であるというのが正しいのか。

 見上げれば真昼の月。

 だが、視界がおかしい。

 月の中央に煌くベルトでも巻かれたような違和感のある耀きがあった。

 ゾッとする程に背筋が冷たい。

 しかし、それでも声だけは出る。

 

「逃げろ」

 

『!!!?』

 

 多くの人間が息を呑む音が鮮明に聞こえる。

 身体を僅かに起こしてみれば、砂丘の後ろ。

 

「あなたは一体ッ」

 

 まるでスプラッター映画でゾンビに驚いているような顔でサナリが固まっていた。

 

「死んでたか?」

 

 周囲には狙撃手達があまりの事に一瞬呆然としていたが、撃ち返されてくる弾丸の雨の着弾に我へ返った様子で打ち返していく。

 

「何なのですか!? 死んでいたはずなのに……まさか、本当にあの空飛ぶ麺類教団が言うように蘇りだとでも言うのですか!?」

 

 その顔は歪んでいた。

 沢山の事があったのだ。

 兄にして団長という男を見捨てて逃げ出してきた。

 その上、襲撃に遭っている。

 どうやら劣勢。

 ジリジリと砂丘を盾に後退しているのか。

 狙撃手達は既に下がりつつあった。

 

「今はどうでもいい。とっとと逃げるぞ。どれだけ離れればいいのか分からない以上。最低5km以上は必要だ」

 

「答えて!!」

 

 サナリの瞳はもう揺らぎに耐えられない程の涙の粒に覆われていて。

 

「それはオレ自身が一番知りたい。だが、まずは話し合う時間と場所を確保するのが先だ。全員に合図を出して戦線を離脱させてくれ。街まで後退出来なきゃ死あるのみだろ」

 

「―――1つだけ教えて下さい」

「何だ?」

「どうして、私を守ってくれたのですか?」

「はぁ?」

 

 思わずそんな声が零れた。

 

「常識で考えればいい。一宿一飯の恩義があった。それにペロリストへ唯一命令出来る人間がいなかったら、どうなるか分かるだろ?」

 

「それだけ?」

 

「誰だって目の前では死んで欲しくない。そういうのは心の衛生上よろしくない。それに子供達を守ろうとしてる相手を死なせたら目覚めが悪い」

 

「あなたを人でなしと謗った女ですよ?」

「それだけの事はした自覚がある。だが、こっちだって謝らないし、謝れない」

「……いいでしょう。今はそれで納得します」

「とにかく行くぞ。死にたくなかったら全力で走れ!!」

「はい!!」

 

 二人でまだ傍にいた男に付き添われつつ次の砂丘へと向かう。

 背後からは次々に弾丸の音。

 だが、狙撃手達が撃ち返している間は動けなくなるような恐怖は感じなかった。

 

 血だらけの服を身に纏いながら、何とか塩の影に隠れると其処には馬車と馬に引かれた船が一艘。

 

「ぴ!?」

「縁殿!?」

 

 次々に集まってくる男達を馬車と船に満載する作業を行っていたフラムが驚いて撃ってくる前にその口元を片手で塞いだ。

 

「一度ある事は二度ある!! 今は叫んでる場合じゃない!!」

 

 美少女の気が動転した様子は一瞬で消え、コクリと頷きが返った。

 

 今の説明に同意した百合音もまた頷いていたが、そんな時間も惜しい状況なのは分かっているようで、手は止めていない。

 

 全部で十五人の男達が船と馬車にぎゅう詰め。

 

 それとほぼ同時にもう来る味方はいないと確認した百合音とフラムが馬車の御者台に乗って船へ合図を出す。

 

 塩の海を掻き分けて進む乗り物の荷台から男達が弾丸の尽きるまで狙撃で砂丘を越えようとする相手に向けて銃弾を乱射していた。

 

 そうして数十秒後。

 ようやく追手を振り切ったところで弛緩した空気が流れた時だった。

 

「来たのか!?」

 

 遥か天空から何かが降ってきた。

 視界が歪む。

 空気が歪む。

 膨大な不可視のエネルギーの結果か。

 灼熱した大地が砂丘を飲み込んで広がりつつあった。

 それに比例して派手な銃弾の猛烈な破裂音と人間のものとは思えない絶叫が続く。

 

「何が来たんだ!? エニシ!!? 何だ!? あっち側から湯気?」

「縁殿!? アレは!?」

「もっと速く走らせろ!! 丸焼きにされるぞ!!?」

 

 馬に狂ったような鞭が入れられた。

 塩の大地が溶鉱炉の如く赤熱していく。

 その熱気が近付いてくる。

 

(クソ!? 重過ぎるかッ!!)

 

 道理だろう。

 定員オーバーの上に武器も持っているのだから。

 

「銃は捨てろ!! 衣服もだ!! とにかく軽くしてくれ!!」

 

 男達が声に即座反応して銃器を捨て、衣服を脱いで放り出していく。

 馬車の方も入っていた諸々の器具やら道具やらが外へと投げ捨てられた。

 それらがすぐ大地の上で燃え上がっていく光景に誰もが息を呑んでいる。

 

「ドンドンやれ!! 裸だろうが恥ずかしかろうが死ぬよりマシだろ!!」

「な!? わ、私は絶対嫌だぞ!?」

 

 フラムが鞭を馬にくれながら御者台で顔を赤くした。

 その横に乗せられている百合音がイソイソと衣服を脱いで上半身どころか。

 手拭一枚残して全裸となる。

 長い髪が隠してくれているおかげで丸見えではない。

 

「さ、次はフラム殿でござるよ♪」

「ひ!? な、何を!? 馬、馬が転ぶぞ!?」

「この馬モドキは拙者が。縁殿」

 

 後ろから何とか御者台に這い出してフラムの外套を剥ぎ取っていく。

 

「ば、止めろ!? 私に肌を晒せと言うのか!?」

「死ぬよりいい!? 重ッ!? 一体、この外套何入ってるんだ!?」

「あ、ああ!? 私のカスタマイズした外套が!?」

 

 抵抗しようとするフラムを何とか脱がして、外套を捨て去る。

 

「悪いが死にたくない。大人しく上を脱げ。下半身は勘弁してやるから!!」

「止めろ!? や、止めろ!? 今の私の肌着は?!!」

 

 どうやら死んだ人間に抵抗するのは精神的にきついらしく。

 あまり身体に力が入っていない。

 イヤイヤする子供を脱がすようにズッシリとした上半身の制服を捨て去る。

 

「~~~~ッ?!?」

 

 顔を赤くしたフラムが思わず自分の身体を抱き締めた。

 

「(リュティさん……)」

 

 下着は下着じゃなかった。

 

 肌着とか下着と呼ばれるものは基本的に隠す為の代物であるが、その胸を覆っていたものは少なくとも大事なところを飾り立てはしても、隠す意図なんてこれっぽっちも見受けられなかった。

 

「後で絶対、記憶が無くなるまで殴るからな!!?」

「死なない程度にしてくれ。はぁ……」

 

 背後を見れば、拡大が続いていた灼熱する領域の速度が遅くなっている。

 

「何とか逃げ切れた、か」

 

 安堵して。

 ドッと疲れが全身を支配したような気がした。

 

「百合音」

「何でござるか? 縁殿」

「足は大丈夫なのか?」

 

 髪に隠れて見えない方の片足に視線を向ける。

 

「それを縁殿が言うとは……奇跡を起こしたのは縁殿でござろうに。ふふ」

「?」

 

「貴様、何も覚えていないのだな……貴様が無残に撃ち殺されてから数秒して、貴様の血を少しでも受けた者の傷が治った」

 

「はぁ?!」

 

「それでなくてどうして全員が逃げ切れるものか。骨折が数秒で治り、その野蛮人の女の足もすぐに回復した時は目を疑ったぞ。やはり、麺類教団の言う御救いの技に似ている……貴様にはまた軍での検査を受けてもらうからな!!」

 

「自分の身体の事が知りたいとか……生まれて始めての経験だな」

 

『止まったぞ!!』

 

 横から背後を覗くと確かに灼熱する大地の拡大が止まっていた。

 

「助かった……」

「む!? ならば、とっとと私に着るものを渡せ!!」

「そんなのは此処に無い。このままお前の別荘に行けばいいんじゃないか?」

「く、それまでこのまま!? いいか?! これ以上見るなよ!! 絶対見るなよ!?」

 

(その前フリはさすがにどうかと思うぞ)

 

 内心でツッコミを入れたのも束の間。

 街が見えてきていた。

 だが、すぐに異様な景色が展開されている事に気付く。

 街の前には軍勢。

 そうとしか言いようの無い陣容が広がっていたからだ。

 まだ洗練されていない砲がズラリと街の前には並び。

 

 完全武装の兵隊らしき全ての装備を白で固めたメット姿の男達が銃をこちらに構えていた。

 

「おお!? アレは防衛……いや、違う?! 何故だ!? 近衛師団だと!!?」

 

 フラムが大声で自分の認証番号らしき数字を叫ぶ。

 

 すると、今までこちらに武器を構えていた男達が次々に銃を下ろして、出迎えるように馬車の進路を開けた。

 

 陣営の端に辿り着いて馬車を停止させると。

 兵士達が何やら左右に割れて道を作っていく。

 そこから出てきたのは見知った巨女。

 ベアトリックス・コンスターチだった。

 

「まぁまぁ、フラムったらその格好はどうしたんですか?」

 

「ベ、ベベベ、ベアトリックス様!? こ、これには深いわけが!! あの!! 出来れば、衣服となるものをお願いしたいのですが!!?」

 

 すぐに飛び降りたフラムが片手で胸を隠しながら敬礼する。

 

「そうですか。では、私の外套を」

「そんな恐れ多い!?」

「要らないかしら?」

「い、要ります……申し訳ありません」

 

 イソイソとフラムが恐縮しながら、その巨大な白い外套を受け取って装備した。

 

「今、状況が錯綜していてよく分からないんだけど、説明出来る?」

「はい!!」

 

 フラムが今まであった事を掻い摘んで話していく。

 

「ふむふむ。つまり、この人達はペロリストなのね?」

 

「そうです!! ですが、撤退に際しては現地判断として協力関係を構築しておりました。また、オルガン・ビーンズ及びオイル協定諸国の特殊工作部隊と推定される戦力は塩の化身の力があった遺跡ごと壊滅したと思われます!!」

 

「分かりました。手荒な事はしないでおきましょう。彼らも我が国の民には違いありません。さて、それではカシゲェニシさん」

 

「あ、はい」

 

 その瞳の横を縫い合わせた傷痕の主がニコリと微笑む。

 

「今回もまたフラムがお世話になったようですね。それに民間人とはいえ、ペロリストの首魁に立ち向かい。我が国の首都を救って下さったとの話。表立った労いは出来ませんが、深くお礼申し上げます」

 

「自分の流儀に従ったまでですから。でも、もしも、何か便宜を図ってくれるなら、一つ要望をいいですか?」

 

「何かしら?」

 

「此処にいる彼らは敵だったとはいえ、歴戦の勇士。リーダーがいなくなった今なら素直になってくれるはずです。敵は倒すものかもしれない。でも、敵の敵ならまだ使いようはある。違いますか?」

 

「何が言いたいのか訊ねても?」

 

「現地防衛部隊を再編する事があれば、彼らを加えて今回のような()への備えとして徴用してもらいたい」

 

 背後で聞いていただろう男達とサナリの息を呑む音がした。

 

「あはは、面白い事を言いますね。如かしてその心は?」

 

 たぶん、今日一番心臓に悪い笑顔だった。

 少し何かを違えれば、また死ぬ事は確実に思える程に相手からの圧迫感が強まる。

 

「近衛師団は総統閣下直属という話はフラムから聞いています。それが昨日の今日でこの都市に展開されている理由は想像が付く。だから、もしもオレの予想が正しいなら……この()にはまた新たな象徴が必要になる。それは少なくとも人々が心の底から求め、認めるものでなければならない。それが公に言えない類の()()だとしても」

 

「うふふ。ふふふふ、カシゲェニシさん。貴方は私が思っていたよりもずっと賢いようです。分かりました。お約束は出来ませんが、可能な限り、私の軍権によって処置してみましょう。どうなるかは最高会議に掛けてみないと分かりませんが、まぁ……通るでしょう」

 

 フラムに後で政庁に出頭するようにと言い置いて、確実に心臓の拍動が酷く消費する相手は軍人の波の奥へと消えていった。

 

 四方から全員を下ろした兵達がその上に上着を掛け、縄も付けずに連行していく。

 その最中、サナリが肌着姿でこちらに近付いてきた。

 

「……あなたに何と言うべきか、迷っています」

「別に迷う必要もなく。家族の仇で構わない。もう会う事も無いだろうし」

「あなたを人でなしと言った事。謝らせて下さい」

「謝る必要は無いぞ。ああは言ったが、結局死刑になってる可能性だって十分ある」

 

「それでもあなたは……自分に出来るだけの事を私達にしてくれました。次に会う機会が訪れたならば、個人的にも騎士団としてもお礼をさせて下さい」

 

 視線を落とした少女が頭を下げた。

 自分達がどんな事をしてきたのか。

 自覚はあるだろうし、それを背負う気だってあるだろう。

 だが、本音は複雑で未だ心情だって混沌としているに違いない。

 それでも救われたと感謝してくれる様子は健気に過ぎた。

 思わず口を衝いて出そうになった謝罪の言葉は飲み込む。

 

「……期待せずに待ってる」

「はい。さようなら。カシゲ・エニシ……化身の力に抗った唯一の人」

 

 サナリが頭を下げて兵達に連れられていく。

 その背中に掛けられる声は一つとて無い。

 そんなのは分かっていた。

 兄を直接的ではないにしろ殺したようなものなのだから。

 

 ペロリスト達の幾人かがあの子に衣服をと頭を下げ、その背中に兵達の一人がそっと外套を着せて、連れられていく。

 

 そうして残った馬車には三人のみとなった。

 

「……終わったな」

「何を言っている!? 私の衣服が戻るまで何も終わってないぞ!?」

「そうか。じゃあ、さっさと別荘に行こう。というか、別荘一度も見てない……」

 

「フン!! 貴様はせいぜい帰ったら、その鋼鉄の胃袋でリュティの昨日から作り続けている料理でも食べるのだな!! ああ、今日は身体を洗ったら絶対寝るぞ!! 絶対だ!!」

 

 力説する美少女は埃に塗れた身体で拳を握る。

 

「では、某もそろそろお暇しよう」

 

 百合音が御者台から降りる。

 

「まだ、この街にいるのか?」

 

「まぁ、フラム殿からは離れられない定め故。今日はさすがに某も疲れた。フラム殿と同じでゆっくり休むことにするでござるよ」

 

「そうか。身体に何か異変とかあったら教えてくれ」

 

「分かっておるとも♪ んふふ……縁殿には今度お礼をしなくてはなぁ。下と上。どっちの口が良いでござるか?」

 

 思わず噴出しそうになったが、フラムは『こいつ何を言ってるんだ?』という純真無垢な顔をした。

 

「……そういうのは()()()がいないところで言ってくれないか」

 

 冷や汗の流れる背中がジットリと濡れた。

 

「ふふ、では。また明日にでも」

 

 百合音が近くの道の奥へと消えていく。

 走り出した馬車がフラムの別荘に着いたのはそれから五分後。

 結構近い場所にあった其処は首都の豪邸よりはこじんまりとしているものの。

 それでも十分に広い庭と敷地面積を持つ白亜の二階建てだった。

 何かの施設かと見紛う広い庭先からダダダダッと駆けてくるのはリュティさんだ。

 

「おひいさまぁあああああああああああああああああああああああああ」

「今帰ったぞ。リュティ」

 

「は!? カシゲェニシ様をようやく取り戻したのですね!? 約束を果たしてくれたのですね!? このリュティッヒ!!! 涙で前がみ"え"ませ"んんんんん!!!?」

 

 ボロ泣きだった。

 

 馬車を降りると同時にふくよかな胸にこれでもかこれでもかと言わんばかりに頭を抱き締められる。

 

「あの、苦しいですッ、苦しいですから!!」

 

「はッ!? つい我を失って!? グス……失礼しました。もうお風呂の準備も出来ておりますので、すぐにでもお入り頂けますよ。外套もこちらで。あら、こんなに大きかったかし―――」

 

 まだ涙で前が曇っていたのか。

 

 フラムが何かを言う前に外套を踏んで滑ったリュティさんがフラムに掴まろうとして……残った制服ごと全てを下ろしつつ、その豊満な胸で地面にダイブした。

 

 目の前で下着。

 否、明らかに夜の小道具に違いないだろう衣装の全容が顕となる。

 黒を基調にして刺繍は金糸で縫い込まれているソレは大切な場所を一切隠さず。

 ただ愛らしく強調して何もかもを曝け出す……女体の神秘も三割り増しな代物だった。

 

「………」

 

 思わず目を背けたくなったが、それよりも早く涙目となったフラムが今日一番の黄色い悲鳴を上げる。

 

―――ぴぁあぁああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!

 

 そんな事をした当の本人だけがノホホンと『失敗したけど結果オーライですよね?』とでも言いたげに生暖かいウインクを送ってくるのだった。


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