ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
その日、世界各地の魔術と呼ばれるものを使っていた大半の人々は空にとんでもなく大きな声を聴く事になる。
まるで大気そのものを震わせるかのように響いたのは声を遠方まで届ける。
そう、それだけの魔術と呼べるのかも怪しい規模のものだった。
発信地は極東。
北米、南米、アフリカ、ユーラシア、アジア、欧州、オーストラリア、南極、北極、世界のありとあらゆる海洋の上で声は突如として響いた。
―――本日、この時を以て世界終了の時報をお伝え致します。
東京スカイツリー。
現在の日本のシンボルタワー
東京タワーから役目を引き継いだこの現在イルミネーションで蒼く彩られた夜中の午後10時32分。
その頂点から発される機械音声はその周囲の大気に釣られた無数の神経節の束。
巨大な筋肉繊維にも見える12本の悪趣味な綱の先。
無限に自己増殖、自己再生を繰り返す肉の塊に生えた口から発される。
神経細胞から奪われていく魔術に用いられるリソースは再生に次ぐ再生、増殖に次ぐ増殖によって止め処なく溢れ出し、枯渇する事が無い。
―――この世界に存在する皆々様に置かれましては誠におめでとうございます。
その肉の下、小さな既存の小型無線機を口元に当てる少年は一人、シレッとした顔でこの星に存在するほぼ全ての受信者に対し、単なる事実を口にし始める。
―――今現在、この地球上に存在する人類の99.9939%の死滅が決定致しました。
天海の階箸においてアーカイヴに残っていた情報の重要なものは1割以上、少年が持っていた神剣に保存されている。
これは少なからず、あの世界においての事実に他ならない。
―――遺憾ながら、期限まで残り7か月を切りました事を偲び、本日より全世界規模においての最初の絶滅種、魔術師及びその近似種族の完全抹消が開始されます。
一度、イチゴ牛乳のパックを吸って一息入れた少年が再び無線機へと喋り出す。
―――これは人類の歴史上避けられぬ史実であり、このプロセスは地球上の全国家、全人類の消滅確認に至る最初の一歩となるでしょう。
世界が震えている。
遠く遠く空の黒き果てまでも遠く。
世界最大の都市の上で宣戦布告はまるで安っぽいラノベのように垂れ流される。
―――人類に安らかな終末が来たらん事を……これよりファースト・クリエイター……始原創造者による初期化を開始致します。
それとほぼ同時。
東京から全世界へと空輸されるありとあらゆる航空機に大気の塊が引かれていく。
やがて、それは何処の国にも行き渡るだろう。
そして、
魔術とやらが世界に隠匿されているものならば、そんな事を言っていられる状況で無くなれば問題は解決。
大戦前の下準備はこうして始まった。
―――1つだけ皆様にご忠告申し上げましょう……大人しく歴史の闇に滅び去るのであれば、きっと安らかですよ?
嘲りは十分に。
―――ですが。
そして、今現在、拠点を失った東京の魔術とやらを使う人々の大半が天空に大きな影を見るだろう。
―――もし終わりなき日々を望むなら。
何て事は無い。
―――誇りを捨て、命を捨て、心の限りに掛かって来て頂ければ、幸いです。
月の綺麗な晩に空を見上げたら、少し世界を滅ぼす怪物が、一瞬だけ映る。
―――軋む身体も、消えゆく灯も、愛も幸福も微笑みも希望も、何もかも……拾い集めて掛かって来い……でなければ、滅せよ。
そんな演出だ。
―――それが神の思し召しなのですから。
それはきっと、どこかのRPGに出て来るくらいチープな魔王の姿。
―――人類に逃げ場無し……踊れよ人形……廻れよ廻れ……その身、滅び去るまで……ははは、はははは、ははははははははははははははははははははは―――。
黒い外套纏い、黒き肌艶めき、黒き剣翳し、紅き瞳にて哄笑せしモノ。
「行け……戦争の始まりだ。終了条件はオレの存在の消失……人類の悪意に幸在れ、だ」
十二本の筋肉が全天候量子ステルスで自らを覆い、フワフワと大気に吊られて、結節部を千切れさせ、離れていく。
世界中の目標ポイント到達まで凡そ159時間。
そして、あらゆる国家と魔術を使う全てのモノが戦わざるを得ない状況へと陥っていく。
このご時世、幾ら隠蔽しようが、国家規模の事態はどうしたって隠し通す事は不可能。
委員会が動き出す。
その前にまずは世界に目覚めてもらおうという少年の願いはこうして放たれた。
人が見るのは文明を滅ぼす怪物。
そして、人の悪意を喚起する力の具現。
これが人類の希望だなんて口が裂けても言えないだろう魔王の新たな戦いはこうして元いた時代で再開される。
だが、不意にそんな魔王様ルックの少年が己の耳に響いてくる大音響に思わず、耳を疑い、本当に思わず、目を下方の道路辺りに向けて二度程擦った。
『私はごパン大連邦主席連邦議員アイトロープ・ナットヘス。この名に聞き覚えがある者よ。私は此処だ!!』
夜中の戒厳令真直だとも思われる東京は天変地異に突然の森林破壊、建物の砂上崩壊という状況にピリピリしていた警察がすぐにそのボックスカーを止めて何やら質問し始めた。
それに運転手らしい女性がペコペコ頭を下げ、隣にいる『ごはんはまだかのう。お嬢さん……え? ワシがおっきい声? うぅむ。え? おっきい声? おお、この道具? カクセイキ? なんじゃこれは?』等とボケたフリした白髪のジジイに頭を下げさせていた。
「………見なかった事に、出来ないんだろうなぁ……」
溜息一つ。
少年は夜半の魔王業の終わりにそんな二人目の知り合いを己の秘密基地に迎え入れる事になるのだった。