ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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間章「真説~神の味噌汁~」

 

―――首相官邸地下シェルター第三会議室。

 

「では、ブリーフィングを始めさせて頂きます」

 

 進行役となったのは防衛省の事務方トップを筆頭とする内閣官房の重要人物達と各省庁の専門部署から派遣された合同チーム。

 

 そのリーダーであるとある省庁の男だった。

 

「え~皆様の中にはご存じの方もいると思いますが、我が国にはまぁ……こう言ってしまうと如何にも馬鹿げた戯言のように聞こえるのですが、霊能力者、陰陽師、祓い屋等と呼ばれるような方々が居ります。誠に遺憾ながら、これは歴とした事実である事をまずはお手元の資料からご確認下さい。我が国の彼らに纏わる多くの説話や神話、物語は半分以上が作り物ではあるのですが、未だその存在は確認され続けております」

 

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待った!? 君はぁ、ネットとかで言われてる魔法使いとか、そんな馬鹿げた話を―――」

 

 地下会議室の中は然して広くないが、それでもズラリと現内閣の中核人材が座っている。

 

 現職大臣5人が列席し、その内の一人、与党で4期目を数えるやり手の中堅、50代の男が声の主を遮ろうとした。

 

「今は静かに聞いて頂きたいな。宮田君」

「ぁ、いえ、あまりにもその……唐突だったもので……」

 

 男が更に歳のいった男の声にスゴスゴと引き下がる。

 

「よろしいでしょうか?」

 

 訊ねられ、遮った男が仕方なそうに頷いた。

 

 それから手元の資料、極秘などと仰々しく赤文字の入れられた資料を捲り始める。

 

「前提としてまず知って頂きたい事は宮内庁と林野庁が今も合同でそういった各地の国内人材の管理を行っている、という事です」

 

「林野庁が?」

 

 女性閣僚の一人が思わずといった様子で訊ねる。

 

「ええ、これは環境問題の類と戦前戦後一貫して認識されてきた事なのです」

 

「環境問題……そういった方が存在しているのは知っておりましたが、何処の所管だったのかは存じませんでした。ずっと、厚労省か文科省、あるいは防衛省辺りの管轄かと」

 

「仰りたい事は分かります。ただ、林野庁には特別対策室が常に設置されておりまして、そういった特殊人材の方々が住まう場所を遠巻きながら観測する、といった活動を行って参りました。本来、この情報自体、余程の事が無ければ、総理以下の大臣の方々にもお知らせする事はないものなのですが……ここはそれ程に特殊な事案であるとお考え下さい。この際、申し上げねばならない事をハッキリ言いますと、この案件で政治家の方々が出る幕は多くありません」

 

「国会や司法、政府すらも手が出せない案件、という事でしょうか?」

 

 女性大臣に声の主が頷く。

 

「この問題は古くから神格を祀る神社庁やその環境を守る林野庁、そして国家内の霊的な政を司って来た宮内庁で内々に処理されてきました。理由は単純明快……この事実を軍事・経済・政治が扱って世が乱れなかった事が無いから、と歴史的には言われております。ですが、このような状況になってしまった現在、そうも言っていられなくなりました」

 

「一体、何故かね?」

 

 官房長からの問いが響く。

 

「恐らく、何が起こっているのか我々も正確には恐らく把握し切れておりません。ただ、彼ら特殊人材、霊能力者と呼ばれている方々の世界、世間において大規模な異変が起こっています。旧来、彼らは西欧からの呼び名が入って来た頃から魔術師と自らを表する者が多いのですが、そんな魔術師達の拠点が全て砂の城と化しました」

 

「それは今取り沙汰されている建造物の崩壊事件の事でしょうか?」

 

 女性議員に頷きが返される。

 

「はい。議事堂爆破に続いて駅でのテロ活動や不可解な地震、都心での森林消失、全国規模での崩落事件……そして、今皆様の地元でも起こっている生物災害と魔法使いに関する情報、あれは実際に起きている事なのです。魔法使いが化け物と戦っている、というのは事実です。そして、アレら生物災害は全て単一の組織または個人によって引き起こされている事が確実視されております」

 

「でも、最終的に自衛隊が処理したのですよね? 防衛省の方からはそう説明されましたが……」

 

 その場でブリーフィングを受ける防衛大臣がその女性大臣の声に何処かきまり悪げな顔となった。

 

「まさか……」

 

「ああ、彼を責めないでやってくれないか。自衛隊がそんなに便利な組織なら、我々はもっと早くにこの事態に対し、介入して解決しているはずなのだから」

 

「官房長がそう仰るなら……ですが、今の話を聞いても分かる通り、何もかも説明不足です。書類は貰いましたが、中身は専門用語だらけのようですし」

 

 チラリと自分に渡された極秘なる資料を捲りながら、瞳が細められた。

 

「こちらでご説明させて頂きます。続けますが、よろしいでしょうか?」

 

「ええ、納得のいく説明であってくれればと願います」

 

「……では、我が国の特殊人材の活動に付いてご報告しましょう。資料の43ページ目をご覧下さい」

 

 それから声の主が語る魔術と呼ばれる特殊技能を扱う人々の日常が資料を交えて幾らか語られ、30分程が経過する。

 

「つまり、魔術師に対して我々は無力。その上で法規を守れとは言えても、抑止する力も無く、その抑止力自体を政府と繋がっている実力のある個人の魔術師などに委託して解決していた、と」

 

「そういう事です。更に言えば、この業界で最大の規模を誇っていた組織は……かなり非合法な活動を行っていました。殺人、拉致、誘拐を含めて色々と……ですが、彼らが最大勢力である以上、我が国が頼る複数の個人も抑止力以上には成り得ませんでした」

 

「何たる……これが我らが祖国の姿とは……」

 

 女性議員が溜息を吐くのを堪えた様子で鼻息を荒くする。

 

「ですが、これは近年からの話ではありません。それこそ神武天皇の頃から存在する組織に精々が数十年前に新設された役所如きが、どうこう言うのかと。歴史的にはそういう事になります」

 

「な!? そこまで我々には力が無いと!? そもそも人間なのでしょう!? いえ、人間ではないとしても軍事力を相手に個人が好き勝手など―――」

 

 その荒げられた声に……声の主がキッパリと被せて語る。

 

「その個人に勝てないのですよ。軍事力が、自衛隊が、警察権力が」

 

「―――そんな馬鹿な?!」

 

 最初に声を上げていた男が目を見開く。

 

「宮内庁が知る限りの情報で良ければ、開示致しますが……今現在、国内で最大の勢力を誇る特殊人材の組織の長は……世界そのものなのです」

 

「世界、そのもの? 言っている意味がよく……」

 

「皆様は地獄には閻魔や鬼がいるというような話は聞いた事があるでしょう。そして、神話には黄泉の国が登場する。その長は推定年齢で1万歳以上……生物ではあるでしょうが、人間ではありません。そして、多くの陰陽師、その前は呪い師や仏門の徒、彼らが国内にあって悪鬼羅刹を封じる時、名を詠んだ者こそ、ソレなのです……地獄とはその単体生物によって取り込まれた日本創始より前から連なる魂の集合体……いえ、祖霊の中でも怨念に満ちた者達の総体の事を示す。それは集合的無意識というものに近く、国内で重罪を犯した者の魂は大半がソレによって導かれ喰らわれる……」

 

『―――ッッ?!!』

 

「地獄、鬼、閻魔そのもの、と?』

 

 誰もが押し黙る中、その場での最終判断を下すべき男が訊ねる。

 

「遺憾ながら。泰山府君……旧き神に盾突く事など、人類には不可能です。どれだけ才能のある魔術師を雇ったとしても、惑星単位の資源的優位を持つ相手を前にして個人や申し訳程度の集団が勝てる可能性など語るまでもないでしょう」

 

 その声の主の声に周囲には深い絶望の色が降りた。

 誰もが顔を青褪めさせ。

 だが、だからと言って全てを納得出来るわけもなく。

 

「そして、話は此処からが本題と成ります。この前提を踏まえて、話を聞いて頂きたい。議事堂爆破から少しして、地震や建造物の砂化現象が起きましたが、その日の夜……魔術師達にのみ伝わる方法で……世界規模での犯行声明が出されました。ええ、今現在、各国がテロと断定している爆破の犯人から」

 

「そんな!? 報道規制もしていないのに何故そんな大きな話が流れて来ないのですか!? それに何故魔術師に対して犯行声明が!?」

 

 女性議員がヒステリックに噛み付く。

 それもそうだろう。

 神に抗えない、なんて話を現実で役所の役人からされたのだ。

 

「それは国家などに対して行われるはずのものでは!!?」

 

 旧態然とした政治の世界においてすら、絶対に看過出来ないはずの話だ。

 

 国内で好き勝手テロをしておきながら、国家ではなく。

 

 非合法な怪しい技術を使う層にのみ犯行声明が出されるなんて、馬鹿にされている以上に国家に奉仕する者にしてみれば、交渉相手にされていないという屈辱的な意思表示に他ならない。

 

 それに非合法の人材への意思表示とはいえ、一切民間からそういった話が上がって来ないのはおかしいではないか、との意見は最もだろう。

 

「今からその理由をお話致します。この情報は本来魔術師にしか聞こえないはずの音声を記憶から再構成したものだそうです」

 

 コトリとテーブルの上に小さなスピーカーが置かれる。

 それは何処にも線が繋がっていないどころか。

 伸びているコードが途中から斬られていた。

 

「ちなみにこの情報は世界中の魔術師達が共通で同時刻に同時多発的に聞いた代物であり、確かにあった出来事であると裏自体は取れています」

 

 全員が注目する最中、ハッキリと声が聞こえ始めた。

 そうして、数分後。

 

―――人類に逃げ場無し……踊れよ人形……廻れよ廻れ……その身、滅び去るまで……ははは、はははは、ははははははははははははははははははははは―――。

 

 人の破滅の在り様を嘲る哄笑が遠く遠く消えていった。

 

「まるで、アニメか漫画の世界で演説している幼稚な犯罪者。そんな印象を受けますが……コレが世界中の魔術師達に?」

 

 官房長が僅かに眼鏡を上げて瞳を細める。

 

「残念ながら……これが嘘だったらどんなにいいと思った事か。ちなみに我が国の協力者は極めて優秀な術者ですが、その複数人からのヒアリングで得られた結果は一つの事実を示していました」

 

「一つの事実?」

 

 官房長が訊ねる。

 

「相手は神に等しき無限のような力を用いて魔術を使い。実際にその破滅を齎すに足る十分な力量を持った存在である、という事です」

 

「そんな……こんなふざけた事を言う奴が神だと言うんですか!?」

 

 女性議員がバンとテーブルを叩く。

 

「ですが、そもそも魔術の世界自体ふざけた代物なのですよ。そして、そのふざけた現実は今まで多くの人々が護ろうとしてきた結果として一般の人々には伝わらずに済んでいた。しかし、その抑止の力関係が崩れた。相手は本当に神を名乗る幼稚なテロリストかもしれないが、その実力は確かに神に等しい。それが現実です」

 

「―――ッッ、こんなのが現実だって言うの!! 間違ってる!!?」

 

「私もそう思いますが、覆らない事実なのです。そして、その先兵と思われるモノが世界中に姿を顕しつつある」

 

「それがあの生物災害、ですか?」

 

 首相の声に官房長が大きく息を吐き。

 防衛大臣もまた瞳を僅かに俯けた。

 

「現在、あの化け物を退治出来るのは魔術師のみと判明しております。害獣駆除の名目で皆様方が自衛隊を動かしはしましたが、事実自衛隊は一匹たりとも駆除には成功しておりません。そして、それを為し得たのは特殊人材のみとなります」

 

「………つまり……つまり、我々は無力だと……ッ」

 

 燃え尽きたように女性議員が座り込み、拳を握り締めた。

 

「戦車砲の直撃に十回以上耐え、都市の電力を奪い活動し、大規模なクラッキングによって情報インフラを破壊、または支配する怪物。倒した術者の話では中枢となるコアを叩く以外無いとの事ですが、そのコアの破壊は魔術師以外で成功した者はおりません……」

 

 官房長が腕を組んだ。

 

「彼らを大規模に動員することは可能なのか?」

 

「今現在、調整を行っております。また、魔術師の絶滅という声明文もあった通り、彼らの世界における公的な施設、つまりは大手の施設の全てが国内で砂となって崩された。これは明確な敵対行動と言える。それに伴い生活に困窮する者もいるようで、協力者の話では相応の代価を払えば、今までよりも大規模に彼らを雇い動員する事が出来るだろうとの話です」

 

「……予算は機密費だけで足りるかね?」

 

 官房長の言葉に首が横へ振られた。

 

「いえ、何分数が多く。また、彼ら自体も元々公的な援助が受け難い立場であった事も考えると……非公式な資金で一時的に雇うというのでは支援的に限界があるでしょう。更に今回の出来事を嗅ぎ付けた一部の民間企業が独自に雇い始めているとの報告もあり……この合同チームの結論として―――」

 

「分かりました。この際、背に腹は代えられない。魔術の存在と魔術師を公的に認め、限定的に公務員として雇用する事としましょう」

 

「総理……よろしいのですか? かなりの混乱が予想されますが」

 

「国民の命と財産を保証し、裏付ける力の欠如。このような政治的な空白を座視しているならば、我々は有権者から次の選挙で見放されるでしょう。それでなくとも国難に際し、出来る事があるというのは幸せな事、政治家冥利に尽きる話ではありませんか。何も出来ずに絶望しているよりはずっとマシだ。合同チームは世間への発表の草案と発表による影響の予測と対策案をお願いします。責任は内閣総理大臣として私が取りましょう」

 

 官房長が立ち上がる。

 それに習い他の大臣達も立ち上がった。

 

「これより対策チームにはこの件に関する全権を預けます。各省庁から人材を横断的に集めて下さい。予算は機密費を全て計上した上で、不足分は早急に対策関連予算として成立を目指す方針で」

 

「予算規模にもよりますが、何処から捻出を?」

「この際、国債で賄う事としましょう」

 

 次々に指示が飛んでいく。

 

 しかし、そんな最中、一報が扉の先から秘書官によって入って来る。

 

「どうかしたのかね?」

 

「は、はい!? 現在、特殊人材の所属する国内最大の組織本部が、何者かによって襲撃されている模様です!!」

 

「何ぃ!?」

「一体、どういう事だ!? 生物災害か!?」

「皆、落ち着きたまえ。話を続けてくれるか?」

 

「は、はい!! 現在、協力者からの報告が逐一上がって来ているのですが、○○県と○○県の境にある山岳部で大規模な山火事が発生していると!! しかし、静止衛星軌道上の我が国の監視衛星はこれを確認出来ず!! 現地の県警及び消防の人員が目視にして確認を行い、これを事実として報告してきましたが、急行途中にGPS機能などの機器が故障し、道に迷ったと!!」

 

「一体、どういう事なんだ……」

 

 周囲には困惑が広がっていく。

 

「これは……やられましたね。暫定的にテロリスト集団をファースト・クリエイターと呼称しますが、あちら側が国内最大の組織を襲撃しているのでしょう。監視衛星は使い物になりません。あの周囲一帯はそもそも結界が張られており、内部を容易には覗き見る事も出来ない。此処は我が国と協定を結ぶ個人に協力を……出来れば、大規模に要請するべき事態です」

 

「地獄そのものが相手なのだろう? その神を自称する者は勝てるのかね?」

 

 総理の言葉に声の主が何とも悩んだ顔と成る。

 

「もし、どちらかが倒れてくれれば、我々にとっては漁夫の利となりますが、もし地獄そのものと言われるあちらの長が倒れた場合、怨霊が溢れ出す可能性が」

 

「怨霊……正しく、地獄の窯の蓋が開く、という事かな?」

 

「ええ、我が国で生物災害に続いて怪異が多発する事態となるのは目に見えております。神話の時代より前からいる()()が滅ぶというなら、その世界に住まう全てが現実に溢れ出す事となる……もし、ファーストクリエイター側が破れてくれるなら、事態は一時的に収束するかもしれませんが、世界規模の組織がわざわざ一国に最大の戦力を送って来るとは思えない」

 

「つまり、国内での活動が多少縮小されるだけで事態の根本は変わらない、と?」

 

「はい。国内での騒動を終わらせる為にはあちら側の活動拠点を叩く以外に無いでしょう」

 

「分かりました。今現在我が国が動員出来る協力者を全て、その場所へ」

 

「ただちに」

 

 動き出した政府がしかし数十分後に視る事となるのは監視衛星が最後に映し出した地獄のような光景。

 

 燃え盛る稜線。

 真球状に刳り貫かれた山脈。

 巨大な爆発が幾度も起こったのか。

 円形に禿げた場所を無数に晒す森林。

 

 そして、監視衛星を直接見つめる、黒き外套、黒き剣、顔だけが見えない……蒼き瞳の何者か。

 

 協力者達の到達後、国内最大の組織跡地からの第一報はこう為された。

 

――我、大獄の消失を確認す――。

――黄泉の国は何処かに消えん――。

――行方は……神のみぞ知る――


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