ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第28話「前夜への誘い」

―――1ヵ月後、パン共和国首都オールイースト邸。

 

 6040年7月12日。

 

 その演説が行われた時、我がデニッシュ新聞社の目にして耳たる記者の一人。

 バイトラム女史は確かに歴史の転換点を目にしていた。

 

 そう、一ヶ月前に起こったKAIEN地区での暴動から早くも立ち直った人々の前には我が国の指導者たる総統閣下がおられたのである。

 

 旧塩砂騎士団領内の塩貿易を本格的に地域から国家へと編入する為の式典は恙無く過ぎて行ったが、初めに手渡されていた閣下のスピーチ内容はそれだけに留まるものではなかった。

 

 発表されたのは旧塩砂騎士団領を初めとして二十年前の戦争によって併合された臣民達への寛大な処遇の発表だったのである。

 

 現在、同地域出身の人々に義務化されている全ての()()()()を転換。

 

 それに伴い不足する軍の人員を確保する為、全土に対しての徴兵政策の拡大が指示された。

 

 ごはん公国との間に抱える北部戦線に投入する新師団の発足は急務である事は分かっていたが、旧来の併合地域から齎される()()だけでは同地域の不満も高まる。

 

 これを見越して国を挙げての平等な徴兵を閣下は深慮しておられたとの旨が語られた。

 

 一ヶ月前の暴動は不満の現れであろうと、その顔が痛ましい惨禍に見舞われた地域への憐憫と慈愛に満ちていた事は語るまでも無いだろう。

 

 このように閣下の顔を曇らせたペロリスト集団は既に同地域の守備隊を率いたEE所属の下士官が撃滅しており、その勇猛果敢なる働きに付いては今後、軍広報において詳細が発表される予定である。

 

 兎にも角にも総統閣下の政策による併合地域の完全なる融和は果たされた。

 

 今後、卑劣なるごはん公国及び公国の首魁、野蛮人の王たるあの男が閣下の御許に平伏す事は確定的だろう。

 

 これは賢明なる読者諸氏には自明の事であるはずだ。

 

 現在、不気味な胎動を見せるオルガン・ビーンズ及びオイル協定諸国に対し、気を配る事を戒めて記事を〆たい。

 

 我らが栄光にして全ての人々が頂くべき方。

 

 総統閣下に栄光在れ!!!

 

「………」

 

 記事をツラツラと内心で読んでみたのだが、新聞というのはこれ程に読んでいてツッコミが入れられるものだっただろうかと首を傾げた。

 

「ふぅ」

 

 空を見上げる。

 本日は晴天。

 庭には野蛮人の王とやらに仕える美幼女が池の魚に手袋をしてパン屑を撒いている。

 あの事件から現地に滞在したのは一週間ばかり。

 

 オールイースト邸の主はさっそく軍務に復帰すると言い張り、家族に今回のお手柄を報告して、首都への帰還をごり押ししたらしい。

 

 帰ってから軍に呼び出されて、各種の検査で都合一週間。

 既存のあらゆる身体検査が行われたらしい。

 

 血液検査から始まってやたら走らされたり、試験紛いのテストをさせられたり、他にも諸々の情報を取られて、お疲れ様と再び巨女に言い渡されるまでかなりの疲労が溜まった。

 

 まぁ、毎日のように軍の施設へオールイースト邸から通っていたので完全なモルモットにする気はないというのが今のところは救いだろうか。

 

 検査が終わってからの一週間はとりあえずフラムがこちらの護衛以外の軍務をやっている間に都市を歩く事に専念した。

 

 勿論のように護衛付きであったが、別に見張られているという感覚は無く。

 

 周囲警戒する一般人のように見える素振りの知らないオッサンやオバサンが増えただけだった。

 

 地図からだけでは分からない事が確かにある。

 習俗や慣習というのは傍目にはまるで見えないのだ。

 よく近くで観察するのが理解への近道。

 いつも父が言っていた事は正しく。

 また、色々と疑問も増えた。

 疑問と言えば、美幼女に事件後の話を訊いたのは先日の事。

 

 フラムに付いて回る体で百合音がセットになっているのはもはや日常であり、毎日朝食の時間になるとやってきて、誘惑しながら擦り寄ってくるのは日課になりつつある。

 

 あの後の塩砂騎士団領がどうなったのか。

 それとなく聞いてみたところ。

 ペロリストの殆どは軍の管理下に置かれて忠誠を誓い。

 条件付で赦免されたらしい。

 現地の遺跡跡地を守る即応部隊に編入された云々。

 それ以外の事はどうやらガードが固くて分からないとか。

 どうやらあの巨女は約束という程ではないにしろ。

 こちらの提案を真剣に考えてくれたようだ。

 

 人がやたらめったら死ぬ事が無くて一安心したのは遺跡に関連してもう4人も死人を見てしまった身からしてありがたかった。

 

(気持ち悪くなるのはもう治まったが……忘れるのにもう少し掛かりそうな気がする……)

 

 そうして過ぎていく日々の中。

 

 変わってしまった事と言えば、フラムの制服や外套に所々ガッチリとベルトやら止め具が増設され、制服がゴテゴテし始めた事だろうか。

 

 どうやら買った肌着。

 いや、夜の小道具を常時着るよう母親から言い渡されたらしく。

 死んだ魚の目となった翌日には絶対脱がない。

 いや、もう寧ろ着たまま過ごすという勢いで衣服のガードが五割り増しくらいになった。

 リュティさん曰く。

 おひいさまは恥ずかしがっているだけですよ、との事。

 

 日々、睨みつけて来る眼光は『見たら、分かっているな?』的威圧感が半端ないのだが、スルースキルは絶賛上昇中だ。

 

「縁殿~」

 

 魚に餌をやり終えた百合音が庭先から部屋の方へと戻ってくる。

 

 庭用の履物を脱いで、縁台に上がった美幼女は寝台横にあるテーブルで新聞をチラリと見た後。

 

 何を考えているのかお見通しといった様子であの邪悪な顔で『んふふ♪』と笑った。

 

「縁殿は本当に面倒見が良いでござるな~」

「そんなんじゃない」

 

 現在、フラムは自宅での書類仕事中。

 何やら広報の指示でペロリスト撃滅時の偽情報を発表する事となったらしい。

 

 あーでもない。

 こーでもない。

 

 と、部屋で唸りながらペンを取る後ろ姿にいつもの如くリュティさんが『おひいさまもご立派になられて!!?』なんて言いながら涙で前が見えない様子だった。

 

「それで、この国の酷さが少しは分かってきたでござるか?」

「比較対象が一応、国内だったろ」

「では、国外に行ってみるというのはどうでござろうか」

「機会が有ればな」

「縁殿はきっとそんな機会に恵まれると思うでござるよ。某」

「………なぁ、実際のところを聞いていいか?」

「ん?」

「この国が無くなったところで平和になるか?」

「いいや、まったく。これっぽっちも平和なんて程遠いでござろうな」

「理由は?」

 

「この国は40年前に総統が複数の統治層派閥を潰して纏め上げたのでござるが、その後、外交で他国を押さえながら数年に一度ずつ戦争をして複数の国家を併合した。手腕は悪魔的だが、一貫して理解されるのはそれが非常に理に叶ったものであったという事でござろう」

 

「それで?」

 

「元々、この近辺は中小国は戦争状態か準戦争状態というところが多かった。だが、この総統のパン共和国が動き出してからと言うもの。かなりの数の国が他国への戦争を控えるようになったのは皮肉でござろうなぁ……」

 

「やんちゃしてると目を付けられると思ったのか。どっかの中学生かよ」

 

「ちゅうがくせい? まぁ、弱い者が強い者を警戒するのはよくある事。強いものが弱い者を搾取するのも世の常。だが、この国は違った」

 

「見える部分が違っただけかもしれないぞ?」

 

「そうでござるな。でも、その見える分が違った事は劇的でござろうよ。従来の勝てば何をしてもいいというような傍若無人さの欠片も無い理性的な併合、統治によって内部の葛藤を減らし、国力を爆発的に増大させながら国家を改造。今では我が国を凌ぐ程の力を手に入れてしまった。もっと搾取しまくれば、こちらも楽に国内を崩せただろうに。やれやれ」

 

 百合音が珍しく溜息を吐く。

 

「ペロリスト的に見ても、やっぱり磐石なのか?」

 

「磐石の上に磐石を重ねてある。今回の平等を建前にした大規模徴兵で元共和国の民に不満は出るだろうが、大問題とはなるまい。悔しいがあの夢想家は本人のアレな部分を除けば、羨ましいレベルで有能でござる。40年間でより強固となったパン共和国の社会は確実に大陸最先端。人倫も軍が関連しない部分では他国と比べても高い水準で善良と言える」

 

「そんなの相手によく戦ってるな」

「これでも苦労人なんでござるよ? 某」

「苦労人は他人の胸をお触りしながら、ボタンを外そうとしないんじゃないか?」

「んふふ♪ 縁殿は乙女心が分かっていないでござるなぁ」

 

 手を引いた百合音がチラリと庭を見る。

 すると、いつの間にか。

 硝子戸の傍にフードを目深に被った男が片膝を立て、頭を下げて控えていた。

 

「おお、そう言えば、某の部下が近頃増えたのでござるよ。よろしくやって欲しい」

「それ紹介する必要あるのか?」

「紹介されて良かったと思う事は保証しよう」

 

 男が僅かに顔を上げた。

 

「??!」

 

 そのフードの下から現れた顔が僅かに皮肉げなのは死人と思われていたからだろう。

 

「どうして生きてる……あの遺跡はもう焼き潰れたってフラムが言ってたぞ。よしんば地下を逃げたとしても、周辺の坑道は全部破壊されたって写真でも見せられた。あの状況で誰かの助け無しに逃げられるわけが……」

 

「ふふ♪ 縁殿、結局あの丸薬は使わなかったであろう?」

「丸薬………まさか?!」

 

「いやぁ、某が死んでも優秀な部下は命令を遂行するのが勤めなのだが、それには解除する一定の条件があってな。ま、端的に言うと最後まで丸薬を使わなかった縁殿のおかげでこの男は今も存在しておる」

 

 つまり、極秘裏にこちらを護衛していた羅丈の手の者が回収したのだ。

 よく間に合ったな、とは思うものの。

 護衛者が逃げ出す算段も無く護衛対象を守っているわけもない。

 

 それに逃げ出した後、背後なんて気にしている余裕が無かった自分達が見逃してしまったとしても無理からぬ事ではあるとも感じた。

 

「……アルム・ナッツ」

 

 死んだはずの人間がそっと目を伏せる。

 

「ペロリストの親玉は死んだ。あの子もそれで納得してる。この事は墓まで持っていってくれると嬉しい……」

 

 青年が再びフードを深く被る。

 

「どうする気だ。百合音」

 

「別に? 我が羅丈に若くて優秀な人材が一人増えただけの事。当人を元の名で世に戻せない以上、死んだ人間には裏方で働いてもらおうという話でござるよ」

 

「裏方、ね」

 

「何……襤褸屑のように使い捨てようというのではないのでござるからして、そう不審そうな顔をしなくても。今日はどうしてもそなたに言っておきたい事があると言うので特別でござるよ。もう二度と縁殿の目にこの男が触れる事は無い」

 

 アルムが静かに声を掛けて来た。

 

「あの子は結局、自分に出来る事を選択した。それでお前の傍にこれから来る事になってる」

 

「サナリが?」

「もう二度と会う事は無い。そして、あの子を幸せに出来る人間はこの死んだ男でもない」

「………」

 

「妻にも頼んできたが、あの子は……これからも一生ペロリストである事を背負うだろう。だから、これは死人からの勝手な申し出だ。訊く必要は無いし、無視してくれても構わない。だが、もし、少しでも不憫に思うなら、あの子とどうか……」

 

 再び上げられた顔には確かな光が宿っていた。

 

「仲良くしてやってくれ」

 

 まったくどうしてそんな事を言われて、拒否出来るだろうか。

 そんなのは言われるまでも無い事だった。

 

「………仲良く出来るかどうかは本人次第だ。それと誰かを不憫に思える程、傲慢なつもりはない。少なくとも嫌いじゃない奴と話したりするのに死人からの頼みは無用だ」

 

「ありがとう……」

 

 それだけを言って、青年は背中を見せ、庭先から歩き出した。

 

 その僅かに引きずられた足を見れば、未だフラムに撃たれた傷が回復していないのが分かった。

 

 その後姿もすぐ門と壁の先へと消えていく。

 

「百合音」

「何でござろうか」

「近くにサナリが来るのか?」

「ああ、来る予定というか。来ているというか。当局と色々な制約を交したらしいでござるよ」

「制約?」

 

「言ってしまえば、元ペロリスト達のブレーキ役として身柄は首都の軍人に保護される事となった。当人は表面上一般人。留学生という形を取るらしいが、体の良い人質。いや、ペロリスト達とて解っておろう。それは人質というよりも見せしめの()()()なのだと」

 

「見せしめ……表立ってはペロリスト達の元締めに近い位置にいた相手だから、もし裏切ればこうなるぞって何時でも脅せる理由《ネタ》にされたのか……合理的だが胸糞悪いな」

 

「だが、これでペロリスト達も自らがどういう立場にあるのか。忘れられなくなった……一々、大多数を監視する労力を思えば、安上がりで堅実と言えよう」

 

「さっきから、何かパン共和国を褒めてる気がするのは気のせいか?」

 

「褒めてはござらんよ。羨ましい管理能力だと思ったまでの事。普通の国家は此処まで理性的に合理による差別や偏見の無い判断を下さない。それは我らが公国も然り。情に満ちた薄汚い回答と理性による冷徹な回答。武人ならば、求めるのは後者だが、そう上手くゆかないのが現実でござるからして」

 

 肩を竦める苦労人な美幼女は仕事は終わったとばかりに人の寝台に横となった。

 

「ああ、今日はフラム殿も家から離れられぬと言うし、こうして寝台でゴロゴロするのも悪くない。あ、縁殿……某にお茶を持ってきてくれぬか?」

 

「寛ぎ過ぎだろ。ペロリスト」

「ふふ、偶にはこういう日があってもよいでござろう」

「はぁ……持ってきたら、人の寝台から出て行くと誓うなら、だ」

 

 片手が上げられて、ヒラヒラと振られ、しょうがなく食堂へと向かう事となった。


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