ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
教王会と呼ばれるらしい組織を潰して9日後。
少年を筆頭とする全員が日本国内の両端から出没し始めて北上、南下を続けて魔術師の中でも犯罪に手を染めていた者達の狩り出しと警察への出頭や突き出し、懺悔人生を歩ませ始めてから、それなりの時間が経った。
関東域にまで縮んだ全員の活動地域はようやく重なり合い。
同時にまたファースト・クリエイターズの名が少しずつネット界隈から聞こえ始めている。
恐らく魔術師、もしくはその素養持つ者曰く。
巨大な黒い影がブルドーザーのように森林を薙ぎ倒していた。
恐ろしい速度で飛翔し、人を追い詰める巨大な何かを目撃した。
にこやかな老人がガトリングでグリグリと人間の頭をド突いていた。
蒼い瞳の怪物が無限に沸いているとも思える何かを破壊していた。
全て、事実であった。
魔術師、物理法則に従わない者達。
その中に非合法な犯罪で人間を己の為に使い潰す者がいるのは彼らの常識の範疇であっただろう。
しかし、それに天からではないにしても罰が下された。
人類の殆どよりも早い思考速度で戦う超人的な人物。
人間を血の染みに出来るラリアットが掠って死亡寸前で降伏。
空を飛ぶ蝙蝠の群体として己を分割出来る怪物。
9000発に及ぶ空飛ぶ要塞より放たれた機銃掃射で小さな蝙蝠一匹に。
魔力の玉で無限に攻撃してきた普通の魔術師。
老人の持つガトリングの放つ無限の弾丸を前に弾幕合戦で敗北。
無限に兵隊を生み出す影を操る魔術師の成れの果て。
自身の存在を保存する魔力の媒質を全部エネルギーに変換されて消滅。
此処数日で彼らを微妙に困らせた犯罪者とか人間以外は大抵これで全部だ。
後は彼らの装甲に歯が立たず。
彼らの速さに何ら打つ手が無く。
彼らの攻撃を防げる方法を持たず。
彼らの手加減に『屈辱!!』という顔で倒れる者ばかり。
十把一絡げ。
一山幾らの魔術師達は人間を餌食にしていたという証拠付きで警察署の留置所に泣く泣く魔術も使えずに勾留され、残った人間以外で極めて人間を害する存在と判定された者は殺処分となった。
人間喰わなきゃ生きられない化け物とか。
人間の魔力吸わないと生きられない獣とか。
人間の生気を吸い続けて増殖、人間を乗っ取る蟲とか。
人間の記憶とか精神を食う人型の悪意の塊とか。
ありきたりな人間万歳主義に則って、不幸しか生まない人へ敵意持つ存在と判断されたモノは大抵、原子構造からの破壊で対処された。
生憎と彼らを保護する黒い環境保護団体とか黒い動物保護団体とか黒い政治団体は国内で先兵によって潰された後である。
使い道があるから生かしておいた的な事をその生物達を使っていた者達が言っていたりもしたが、そんなの魔術の魔の字しか知らないごパンな世界観の二人や、魔術というより一般人的に放っておけない女性に通用する口車であるはずもなく。
理不尽は更なる理不尽によって塵屑のようにその常識を破壊された。
方法は以下の通りである。
―――この儀式をこの生物を使ってしないと都市が破壊されちゃうんだよ!!?
『な、何だってー!!?』→『儀式の元凶を破壊してきたよ。お疲れ!!』とか。
―――この生物がいないと村人が全滅しちゃうんだよ!!?
『な、何だってー!?!』→『遺伝子3%くらい弄っておいたからもう大丈夫っすよ?』とか。
―――この行為は魔術師の血統を維持する為に仕方なく。
『な、何だってー?!!』→『あ、魔術師じゃなくなったから非道な事はしなくていいよね?』とか。
世界観の違う故の大突破逆転劇。
というよりは『超技術使えば、大抵解決ジャン!!』というネットの『こういう風にしたら、そんな事しなくてもよくね?』というスレ的な意見を地で行く彼らに魔術業界は七転八倒、『もう止めて我々のライフはゼロなんだぞ!?』と悲鳴を上げた。
結果、国内の魔術師総人口が12万人弱だったらしいのが4万弱に激減。
殆どは手足である端末、先兵《レギオン》に現地の情報を収集させ、行われた事であったが、強力な兵隊を倒す程の敵もまた物量とファースト・クリエイターズの超技術故の万能攻勢の前に呆気なく屈した。
アヘ顔ダブルピース面の真っ黒な連中が量産されたわけである。
残るは関東方面のみ。
北は北海道。
南は沖縄。
出雲の国は強敵でしたね。
いやいや、京都の陰陽師とか、武将の怨霊とかの方が。
いえいえ、九州や大阪や名古屋の旧い魔術師一家とかの方が。
的な……一方的な虐殺染みた無力化武勇伝を語る彼らはそうしてようやく集まる事が出来たのである。
そう―――関東圏一円に店舗を展開する
「生中をお願い出来るかな?」
「取り敢えず生中」
「わ、私はチュ、チューハイを……」
「オレンジ・ジュースで。未成年だからな」
「は~い。刺身盛り合わせ三つ、から揚げセット三つ、炊き込みご飯セット四人前、特製串揚げセット三つ、生中二つ、チューハイ一つ、オレンジ・ジュースお一つですね~」
「それでお願いします」
「それではしばしお待ち下さい~。それにしても凄い気合入ったコスプレですね~。外人さんのお友達と撮影会のお帰りですか? お姉さんカワ……とってもお素敵ですよ~」
「あ、あはは、ははは……はは……」
引き攣り笑顔で二十代の女性店員からの声に応えつつ、個室の座席でカクンと亜東千音は項垂れた。
「うぅ……この姿を他人に見られるなんて……っ」
お通しの冷ややっこをスプーンで食べている男二人はこの数日働き詰めだった状態から解放された事をこれ幸いにとジャパニーズ・イザカヤを堪能し、コレは何だコレは何だと渡した端末で勝手に周辺のサーバーから電波タダ乗りでネットを使い周辺の小物や調味料や常識を調べまくっていた。
「いや、関東圏だとコレでまだちょっと目立つ程度だから、凄く恵まれてると思うが?」
「ウチ、北陸なので……こんな格好、地元でしてたら、うぅ……」
「……ネットの評判でも見るか」
「い、いいです!? 絶対、後半年はネットとかしません!!?」
「残念だが、今世紀一杯しないつもりじゃないなら、今から見た方が……」
「ひゅい?!」
適当に魔術コードでコピーされた最新式の大型ディスプレイ付きな端末がネット恐怖症な千音に向けられる。
中にはスレが立っており、デカデカと名前が出ていた。
―――アトゥーネ様を(^ω^)ペロペロするスレ54。
「こ、これは……わ、悪い夢です。悪い夢……」
はわわ軍師並みにはわわしつつ、震える指先がスレをスライドさせていく。
「久しぶりにこんな勢いのあるスレ見たな。つーか、数日で50スレって……今日世界が終わるとかじゃなきゃ、此処まで熱く語る必要ないだろうに……」
「語る必要ないです?!!」
「『アトゥーネ様は貴い』『アトゥーネ様に踏まれたい』『アトゥーネたんの映画希望』」
「ふぐぅ?!」
「『あの口調で罵られたい』『アトゥーネさん捜索隊希望者は別スレに誘導』『感謝』『アトゥーネ様の同人誌が凄い勢いで出来上がっていく……』」
「う、うぅぅぅ!?!?」
「『アトゥーネとベリヤーが出来てるって本当か?』『アトゥーネのSS『私、危ない女ですのよ?』がやろうの総合4位にランクイン』『いや、イケオジなナットヘースの方が個人的に……』『様を付けろよデコ助野郎』『アトゥーネ帝国スレヤバ過ぎ』」
「帝国って何を言ってるのですか!? この方々は……!!?」
「『有志がSNS探してるけどやってないみたい』『噂のアトゥーネスレはここでつか?』『アトゥーネ様の太ももに挟まれたい』『アトゥーネ様の御美脚を眺めないと一日が始まりません』」
「始まらなくていいです?!!」
「『アトゥーネ親衛隊見参!!』『親衛隊が出たぞー触ったら荒らしだかんなー』『アトゥーネ様が荒らしてくれてたらいいのに』」
「荒したりしません!!?」
「……良かったじゃないか。アトゥーネ様はこの様子じゃ後十年は余裕で崇められる勢いだぞ?」
「うぅ……」
『飲み物お持ちしました~』
置かれたチューハイがゴッキュゴッキュと飲み干される。
「………ッ、そもそもどうして動画とか上げたりする必要があるのですか!!?」
一気のみは止めた方が、と少年が制止しようとしたのも間に合わず。
速攻酔った様子で目が座った千音が詰め寄る。
「政府機関にもオレ達を調べる取っ掛かりくらいは必要だろ? 今現在も世界中でレギオンが魔術師連中の住処を砂にして回ってるし、同時に情報収集もしてる。魔術犯罪者連中を無力化中って言っても、国家規模でそろそろ魔術師の保護と収容が始まる頃合いだ。ここ等で色々と教育しておく必要もある」
「―――収容……教育……もう、なのですか?」
「ああ、最初に説明してた予想通りならな。戦力にならなくなった犯罪者なんぞ各国にしてみれば、モルモットまっしぐらだな。それはそれでオレも憂慮するところではある。だから、程々にオレ達の内実と魔術師関連の情報を一般にも流す必要がある。現在、1から8まで揚げた動画の総合再生回数は4億回。日本も含めて各国政府はこの動画に釘付けだ。魔術の魔の字も知らない連中に魔術の危険性と報復される畏れがある事もしっかり教えておくわけだ。単なる個人製作の動画として」
「……顔が変わっているとはいえ、どうしてそこまでして娯楽映画みたいな動画でする必要が?」
「娯楽にしなきゃいけないからだ」
「え……」
「考えてもみろ。魔女狩りなんてされても困るし、逆に英雄と持ち上げられても困る。魔術師はあくまで特殊なヤバい技術を持った
「……ハリウッド映画」
「はは、アンタにも分かって来たみたいだな」
「此処数日で随分と慣らされた気がします」
千音の肩が竦められる。
「ご明察の通り。娯楽にするって事は神秘性が薄れるって事だ。異端ではなく、異質でもない。娯楽の対象はあくまで現実から陸続きのフィクションだ。そして、フィクションの先にいるスターだの出演者はあくまで人間だ。魔術が神秘の塊ではなく、単なる技術に堕した時、ようやく魔術世界とやらはオレの手の内に転がり込んで来る。本質が違っていようが、誤認していようが関係無い。社会に組み込まれた異質な技術と知識が普遍性と再現性を得た単なる既知となった時、戦争は終結したも同然となる」
「魔術師が……兵士やテロリストと同列に扱われるようになるから、ですか?」
「分かってるじゃないか。人間はな。よく分からない理由で襲ってくる、よく分からない恐ろしいモノには畏れを抱くが、政府が広報する危険な人物には恐怖しか抱かない。ここ等で一杯お茶が怖いと言われるくらいに魔術師に既知となってもらうのがオレの戦争終結へ向けた魔術師側への最大の攻撃なわけだ」
「まるでホラー映画の話でもしてるみたいですね」
「相手が言葉の通じないエイリアンなら、オレはずっと戦争をしてなきゃならない。だが、相手が社会の中に組み込まれた単なる一般人の範疇なら、オレはオレの都合でそいつらを好き勝手出来るんだよ。生憎と社会を動かす事自体はオレにとって可能な出来事だからだ」
「社会の中に入り切らない魔術師を排除。社会の中に入った魔術師は敵ではない。社会が魔術師を求め、魔術師が社会を求める結果として、あなたは……常識を……
いつの間にか真面目な瞳になっていた女性に対し、少年はいつの間にか来ていた串揚げを渡す。
「……構造問題ってやつだ。人類社会がオレに勝てる要素が無い限り、魔術師もまた勝てないって公式が勝手に出来上がるだけだからな。オレは魔術師の世界に喧嘩を売ったが、魔術師の世界が今までの神秘と狂気の世界から普通の恐怖とアホな事してた連中として認知されるようになったら、その時点で試合終了だ」
「………闇に息を潜める者もきっといますよ?」
「オレにとってそれは幸運の範疇だろう。生憎とこの馬鹿騒ぎはそう長く続かない。息を潜めてそのまま息を引き取るまで大人しくしててくれば、オレには好都合以外の何物でもないな」
串揚げが一口。
カリリと上がった豚肉を齧る年下を前に何か言い様の無い理不尽さを感じた千音はしかしソレを言葉にする事も出来ず。
「本当の悪巧みは会議室の中でも暗闘の最中でも悪党の頭の中でもない……どうやら、この日本の片隅にある居酒屋で行われてるみたいです。母様、父様……」
そんな風に愚痴るしかなかった。
そうして。
髪を掻き上げながら、大人しく食事を始める大人の女性に悪質な詐欺師紛いの魔王様はこう微笑む。
「馬鹿騒ぎが終わった後、もし一つだけ神秘がこの世界に残るとするなら、それはこの騒ぎの中心人物達だけだ……魔術師にとって神秘って重要なんだろ? オレは未だに理解し切れてないから何とも言えないが、そっちの世界でもし何かする時はそこをテコにするといい。福祉職には一生関係ないかもしれないが、いつでも転職出来るよう計らうウチからのちょっとしたプレゼントだと思ってくれ」
その言葉に千音は目を見張り、笑みとも自嘲とも付かぬ表情で静かにチューハイへ口を付けた。
「……カシゲ・エニシ……あなたは魔術を本当の意味で知らないのに一番大切な事は理解しているのですね」
「そうか?」
それ以上の問答はせず。
眼鏡を外した魔術師未満の一般人女性は運ばれてきた大量の料理を前にして今日は食べようと箸を伸ばし始める。
そして、まるで十年来の飲み仲間のようにビールを片手にする老人とマッチョが乾杯し、その夜は更けていく。
関東圏に残るファーストクリエイターズの目標となる魔術人材は残り300人強。
風穴の空いた世界に嵐が吹き入れられようとしていた。