ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第281話「その食卓、危険につき」

 

「ウクライナ系アメリカ人ニック」

「よ、よろしくお願い、します……」

 

 白人の青年。

 ニックがペコリと頭を下げる。

 

「ブラジル系アメリカ人ジョニー」

「よ、よろ、しく……」

 

 黒人の青年がぎこちなく頭を下げる。

 

「マハリルカ系アメリカ人? ジェニス」

「こ、コンニチワ」

 

 少し肌の色の濃い女子高生くらいの少女が頭を下げる。

 

「ヒスパニック系アメリカ人ルーニー」

「は、はい。が、ガンバリマス」

 

 褐色肌の青年がおずおずと頭を下げた。

 

「日系アメリカ人ヨーコ」

「……こんばんわ」

 

 日本人的にお辞儀した15歳くらいの少女。

 

 何か見覚えがあるような、塩の国でお姫様とかしてそうなくらい良く似た別人が紹介も終わった先からチラリとこちらを見て来る。

 

 どうやら、何も言わない四騎将(よんきしょう)(今命名)にビクビクしているらしいが、まぁそうもなろう。

 

 現在地は東京都心の地下秘密基地。

 

 連れ帰った未来から来た超能力者の面々を前にこちらを呆れた半眼で見ている全員が何やら物凄く何かを言いたそうな顔をしていた。

 

「はい。そこの元独裁者。何か言いたい事でもあるのか?」

 

「ふぅむ……話は分かった。だが、我々の創った未来がそのような事になろうとは……責任を取らねばなるまい」

 

「パラドックス前提で来てるから、こいつらの来た未来は変わらないけどな」

 

「だとしてもだ。その為に連れて来たのだろう?」

 

 言われて頭を掻く以外ない。

 

「……そっちのマッチョも何か言いたげだな」

 

「フン。人手が足りても使えなければ何の意味も無い。オブジェクトの統合要素を人間に詰め込んだという話だが、我々の行動計画においてどれだけの貢献が出来るのか。それが問題だろう」

 

「全うな意見ありがとう。こいつらは……まぁ、適当な襲撃時なら役に立つだろ」

 

「貴様がそう判断するなら、こちらから言う事は何もない」

 

 最後に女性陣を見やる。

 

「まさか、エニシさんのような人物に合流するモノ好きがまだいたなんて……驚きですね」

 

 顔を変えないアトゥーネ・モードな千音が繁々と五人を見やり、ふむふむと確認し、まぁ大丈夫だろうとこちらに品定めした評価を視線だけで送って来る。

 

 千里眼やら透視やらの能力を生かすべく。

 

 視界と視線を活用しての情報処理や情報交換などが出来るよう専用のバイザーとプログラムを用意したのだが、さっそく活用されているようだ。

 

「(ゎーぉ……本当にアトゥーネだぜ。アレ)」

 

 ヒソヒソと男性陣三人が千音に視線を向ける。

 

「あ、あの、何か?」

 

 ちょっと引き気味になった千音が三人にそう訊ねた。

 

 現在、テーブルで鍋を4つ囲んでいるのだが、あちらは物珍しそうに鍋を見て、目移りした後は全員が千音に釘付けだった。

 

「エエト、その……アトゥーネ=サンでいらっしゃいますか?」

 

 ニックが訪ねる。

 

「は、はい。そうですけど」

 

 その声にプルプルしていた三人が僅かに感動した面持ちで話し掛けちゃったよ的なテンション高めな笑顔になるとハッとして。

 

 横の仲間の女性陣ジェニスとヨーコのジト目に気付いて決まり悪げな顔となった。

 

「あの、私の事知っているのですか」

「は、ハイ!! シッております!!」

 

 それに思わずと言った形でルーニーが上擦った声を出した。

 

「良かったな。アトゥーネは伝説になったのだ」

「ふぐ!?」

 

 ダメージを受けた千音が脂汗を浮かべる横でジェニスが静かに三人を白い目で見ながら解説を始めてくれる。

 

「その、ワレワレの時代だとその……アトゥーネ=サンはその……アイコンと言いますか。その……エエト……悪いイミで取らないでホシイですけど、ベリーベリー……ハードコアな歴史上のアクジョ……お~んぅ~~イージーに言うと……セック○・シンボルです」

 

 ボシュッと一瞬で振り切れた千音の口から魂が抜け、意識は遠いところに旅立ったようだ。

 

「ホ、ホンモノに会えるナンテ!? イッツ、ミラクル!!」

 

「ア、アトゥーネ=サンと戦うノ時はちょっと、ほんとうにちょっとテカゲン、しようかと思ってたデス」

 

 ジョニーとルーニーが目をキラキラさせつつ、プルプルしている千音に追い打ちを掛ける。

 

「そうなのか? ええと、ヨーコでいいか?」

「別に構わない。それは本当」

「そうか。で、他の連中の評価は?」

 

「万軍を穿つ者、ナットヘース。英雄を挫く者、ベリヤー。そう呼ばれてる」

 

「ほうほう。アトゥーネは?」

 

「黒紫将アトゥーネはアウトローの間だとVRで……初めてを経験する時の相手とか。その……選ばれる事が多くて……先進国だとそうでもない。でも、中小国だと……()()()()()()に数えられてるところもあって……」

 

 僅かに言い難そうに視線を逸らしたヨーコの頬は微妙に朱かった。

 

「聖人? 未来でオレらは何て評価になってるんだ?」

 

「一般的な評価はマチマチ。だけど、第三次大戦前の【大破壊(オーバー・デストラクション)】と関連して今の世界を形作る時に必要な破壊を齎した人物と教育された」

 

「大破壊……ちなみにオレは?」

 

「最凶最悪の真理の破壊者。黒蒼将カシゲェニシ……多重Kクラスシナリオ・ユーザー。プロトコル作成不能のアンクラスド……クラス・パーフェクトゥム……そう呼ばれていた……」

 

 どうやら、余程これからの計画がアレだったらしい。

 

 まぁ、世界滅ぼせるのは事実だし、その方法なら今現在43通りくらい思い付くし、実行すら出来るのだから、それくらいは言われるだろう。

 

「ちなみに聖人扱いされる要素は何だ?」

 

「ファースト・クリエイターズの行った遺伝子改良の結果はあの時代に3割まで解析が完了している。だから、それがどういう意図で行われたのかを理解する研究者もいる」

 

「でも、その結果ヤバいモノに対処出来ずに滅びるからお前らが送られて来たと」

 

 ヨーコ以外の四人がさすがに黙った。

 

「今ある分だけなら、オレが全部のオブジェクトを破壊してもいいが……それだけじゃあ、ダメなんだろうな」

 

「ふむ。どうしてかな?」

 

 元独裁者が僅かに首を傾げる。

 

「アンタ、半分は分かってるだろ」

 

「まぁ、人間には進歩が必要だと言うのは分かる。だが、この子達の未来とは関係ないとすれば、別にソレを全て消してしまっても十分に人間は生きていけるとも思える。さて、それだけが問題ではないと君は言っているように思うが?」

 

「……コイツらの本質的な送られて来た理由は人類が絶滅するからだ。それがオブジェクトであるのはそれが最も可能性が高い理由だからに過ぎない。だが、なら、どうしてオレ達がいる時代より前の世界を選択しなかった?」

 

「ああ、なる程」

 

 ヨーコがこちらを見る。

 

「オレの予想が正しけりゃ。コイツらの絶滅への抑止ってのはオブジェクトのみならず、その先も見越してのもんなんだろう。そして、その種を撒いたオレが邪魔だから消しに来たんだ。数百年の先って話だが、恐らくその頃にはオレがいつも使ってるチートの取っ掛かりくらいは解析出来てる。そして、オブジェクトマシマシな連中がソレが行き付く先を予想しないはずがない。数百年単位どころか。数万年先の破滅を見越しての事だとすれば、この時代に送り込んで来た理由になるんだよ」

 

 四人が四人ともまるで見透かされたかのように驚き。

 

 目を丸くしていた。

 

 ヨーコはこちらを静かに見つめて、僅かに視線を伏せる。

 

「量子力学の極致に到達せし者。超遠未来Kシナリオ……そう説明されている」

 

「つまり、財団は一応オレ達の正体に見当が付いてたわけだ。で、オレ達のやってる事を途中から乗っ取る目的でお前らを送って来たと」

 

「……そう」

 

 他の四人が周囲に空気に戦闘状況くらいにはなるだろうかと緊張しているのが分かった。

 

「残念だが、お前らの実力不足だ。人類全滅前に送って来たって事は限界まで粘って研究してたんだろうが、時間が足らなかったな。確かにお前らはかなり完成された超能力者っぽいが、オレが使う技術の原理を根本的に無力化出来てない。オレ達に敗北した後のシナリオは渡されてるな? 幾つある?」

 

 ヨーコが、あの塩の国で見たような視線が、こちらを捕らえる。

 

「……五つ」

 

「1つ、オレ達から逃げながら、オレ達のやった事をオレ達が消えた後に修正する。2つ、オレ達に追い詰められたら、情報を世界中に流して、技術開発と能力開発の促進を行い、第二のお前らを製造させて、この時代に放り込む。これはエンドレスで強くするには丁度良い案だろうな。3つ、オレ達に協力して、その方向性を変えさせる。おめでとう。これは達成されてる。この時間軸のお前らが来た時間まで到達しても絶滅は回避された。4つ、お前らが何らかの強制的な暴走をオブジェクトに引き起こして、世界リセット系のやつをこの時代の財団に発動させる。生憎とコレは無しだな。理由はオレがそれを望まないからだ。5つ、現在財団が抱える全てのオブジェクトをお前らがどうにかする。一番困難なシナリオだが、それをする必要がもう無くなったから安心しろ」

 

「「「「「―――」」」」」

 

 ハトが豆鉄砲を喰らったような顔という表現は正しく今の五人の為にある。

 

 そうに違いない。

 

 それ程に呆けたような、何もかもを知られている事に対する恐怖よりも諦観よりも強い未知への震えを背筋に奔らせた誰もが言葉を失っていた。

 

「此処でオレから6つ目の選択肢だ。取り敢えず、鍋でも食って適当にのんびりしろ。終わったら初仕事に向けてブリーフィングだ」

 

「……どうして……全部知っていながら、予測出来ていながら、私達を?」

 

 ヨーコの瞳は言っている。

 不可解だと。

 

「言ったはずだ。間違えなかった奴に感謝するんだな」

「……()()……何を間違えなかった?」

 

「そいつが誰かは知らないが、もしもう一度そいつに出会う事が在ったら言っておけ。それでいいんだと。それが正解なんだとな。少なくともオレはそう思ってる」

 

「……我々に話す必要は無いと言っているのか?」

「単なる人間性の話……それだけだ」

「人間性……」

 

 考え込みそうになる五人を前にしてシュウシュウとカセットコンロの上の鍋の蓋から湯気が上がる。

 

「さて、煮えたみたいだし、後は適当に喰うぞ。箸が使える奴は箸で。スプーンとフォークが良い奴はソレで。アトゥーネ鍋奉行バージョンが取り合分けてくれるから、皿出せ」

 

「「「ア、アトゥーネ鍋奉行バージョン」」」

 

 男三人が喰い付き、ジェニスが白い目で男性陣を見ていた。

 

「だ、誰が鍋奉行バージョンですか!?」

 

 そうしてようやく復活した千音がしかし鍋の蓋を鷲掴みにして開け、火の温度を極弱火に調整して、一皿ずつ取り分けていく。

 

 やはり、こういうところで人柄と家柄が出るのか。

 そのよそう姿は妙に様となっている。

 横顔を艶やかに思う心は未来でも共通なのか。

 

 三人のアメリカ系男性陣は感動した様子でその横顔が自分の方を向いて、ニコリとしながら山盛りの小皿を渡してくるのを……勲章か何かを貰うかのように大真面目なホコホコ顔で受け取っていた。

 

 ヨーコだけがこちらを向いており、何か言いたそうにしている。

 

「これは懐柔?」

 

「いいや、善意と良心からの施しにもならない単なる共同の食卓だ」

 

「……鍋、知ってる。日本の冬の名物……」

 

「ああ、そうだ。外は熱いが、別にいいだろうさ。ちなみにアトゥーネ作だ」

 

 四つの鍋は主に大食漢のHENTAI用が1つに良く喰う老人とこちらで1つ。そして、千音と5人で2つ。

 

 どれもぶっちゃけて恐ろしく金が掛かっている。

 

 一つ目の鍋は海鮮だ。

 鱈と鰤と根菜と葉野菜のハーモニーである。

 

 出汁はデパートから買って来た一本そのままの鰹節や北海道産昆布、更に焼き干しや帆立の乾物を用いた特製だ。

 

 酒や醤油、味醂と葱や生姜などを一緒に合わせて取ったスープはそのままでも美味いだろう。

 

 野菜の切り方一つ取ってみても、婚期逃す要素0の千音の調理は完璧だ。

 

 出汁とモッチリとした鱈《たら》の切り身や火を入れる事でトロッとした鰤《ぶり》の身の儚さ。

 

 根菜の甘味と僅かな渋み。

 

 葉野菜のシャキシャキな触感や煮えてトロリとした部分も捨て難い。

 

 薄味ではあるが、薬味に糸唐辛子や柚子胡椒が良いアクセントになっている。

 

 二つ目の鍋は水炊きだ。

 

 この間買って来た鳥のガラからジックリとスープを香味野菜と共に取り。

 

 灰汁を取りつつ数時間。

 

 コンソメというよりはドロリとした豚骨にも似たスープは一度濾して、中身の濃厚さを煮詰める事で更にアップさせている。

 

 これに合わせるのはシャキシャキとした水菜と葱である。

 

 また、煮込む時には鶏肉のモモ肉と手羽先から大きな部位は食べ易いよう骨を抜いてあるところが憎いだろう。

 

 肉を先に弱火で煮込み。

 野菜は後に。

 

 更によそう時には鳥皮を鍋でそのまま炒め揚げる事で出る鳥油、針生姜、岩塩で味を調整する事により、野菜の歯応えと肉本来の甘味と旨味を堪能出来る。

 

 揚げた鳥皮はスナックのように盛られ、カレー味やノリ塩味、他には付けダレによって山葵醤油味や辛子マヨネーズ味なども完備されている。

 

 鶏肉にかぶり付いた時のジューシーさと薫り高いスープの地味豊かは海鮮にも勝るとも劣らず、のど越しも良い。

 

 3つ目はしゃぶしゃぶだ。

 豚が一般的ではあろうが、此処は敢て香りの強い牛を。

 それも最高級黒毛和牛の赤みの多い部分を使う。

 拘られたのは付けダレと合わせる葉野菜だ。

 出汁はあくまで薄く。

 

 しかし、確かに牛の香りに負けない確かな旨味を纏わせるものを海鮮鍋の出汁と一緒に薄味のものを取った。

 

 しかし、此処で一工夫。

 出汁をお湯で割る。

 ただし、水は厳選した軟水。

 

 また、お湯にする事で僅かながら水臭さが飛び柔らかくなる。

 

 単なるお湯ではあるが、何かを茹でるのだから、これくらいは工夫するのも良いだろう。

 

 牛肉は出来る限り薄く。

 

 また、牛肉の旨味を引き立たせるよう付けダレは醤油ベースの甘目のものと塩ベースの柑橘果汁系を用いる。

 

 醤油ベースのタレは甘味の大本に熟成年数の高い黒い本味醂。

 

 黒糖を少々隠し味にして、僅かに林檎酢の爽やかさをプラスする。

 

 食べる時は此処に生ニンニクの摩りおろしを少々溶いて、肉を付けて食す。

 

 塩ベースのタレは酢橘の果汁と柚子皮を合わせたものにすりおろしの生姜と自然な甘さで果実や生姜を取り持てる塩麹とネギを蒸して磨り潰したもので補う。

 

 食べる時は爽やかさや刺激が強く成り過ぎないよう予め牛骨で取っておいたスープで少し割っておく。

 

 野菜と一緒に食せば、肉の油が融け出して、柑橘類の強さも甘さと混じり合い、一口目より二口目が美味しくなるだろう。

 

 四つ目は繊細さなどもはや不要の豚骨スープの肉鍋だ。

 

 僅かに厚く切った豚肉と白菜を交互に縦向きな渦巻き状に敷き詰め。

 

 臭み抜きにニンニクとショウガと具となる葱の太切りを大雑把に投入。

 

 塩を適量入れて、弱火で煮込む。

 肉に火が通って全体的に桜色となったら完成だ。

 

 問答無用。

 

 白米とお椀があれば、後は各種用意したお好みの薬味を使いつつ、ハフハフ掻き込むだけである。

 

「「「う、ウツクシ過ぎる……ッッ?!! これがアトゥーネ鍋奉行モード!!?」」」

 

 殺人現場を見た時より絶対驚愕しているに違いない超能力者な男性陣がその黒紫将の実力たる料理を前にプルプル震えていた。

 

「も、もう!!? それはいいですから!!?」

「じゃあ、いただきますって事で」

 

「「「「「イ、イタダキマス……ッ、ッッ、ッッッ?!?!?!」」」」」

 

 恐る恐る口に運んだ彼らの反応は激烈だった。

 ブァッと涙目になった男性陣が途端にオイオイ泣き始める。

 

「ど、どうしたのですか!!?」

 

 と、千音が訊けば、鼻水をティッシュでかみつつ。

 彼らが言葉少なに語り出した。

 

 曰く、こんなにおいしいものは食べた事が無い。

 

 曰く、最後に未来で食った一番高い高カロリースティックより美味い。

 

 曰く、表現出来る言葉が見付からない。

 

 女性陣は女性陣で物凄く喰い付きたい様子なのだが、男性陣やこちらの手前恥ずかしいのか。

 

 リスみたいにチマチマと口に高速で運んでは白米との奇蹟のコラボ?に感動した様子で無言食事モードに入っていた。

 

 ちなみに目は今までになく耀いている。

 

「じゃ、オレ達も喰うか。頂きます」

 

 適当に食事を始める事とする。

 秘密基地はそう広くない。

 テーブルの横には未だ電車が鎮座しているのだから。

 しかし、その小ささが案外悪くないのか。

 僅かに苦笑が零れる。

 

 周囲は騒がしくも笑い声やら呆れる声やら食器の音に満ちていた。


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