ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

298 / 631
第283話「坩堝への道程」

 

『ぐッ!!?』

『ぬぅッ!!?』

『くッ?!!』

 

 森林地帯での戦闘。

 

 老人は額より血を流し、巨漢は両腕の武装を半壊させられ、妖女は自らの船を落されて傾いだ塔のようなそこの中央部から相手を睨み付ける。

 

 敵は正しく魔術師の呼び出した高位存在。

 魔眼の神。

 

 周囲は草一本どころか樹木すら完全な平らになる程に拉げる超高重力。

 

 弾体は全てが地に落ち。

 巨拳の一撃は効かず。

 

 更にはフォートの上空からの爆撃も掃射もまるで無力。

 

 もはや万事休す。

 そう、思われるのも無理からぬ話だろう。

 

 森林地帯を取り囲むように展開される傷だらけの戦車や装甲車。

 

 その奥より湧き出すような無数の兵士。

 

 彼らの前を行くのは部隊に混じる魔術師達が用いた無限に再生する足止めと壁用のスライムやゴーレムの兵力。

 

 次々に神に近い森林地帯を薙ぎ払うよう弾薬が雨霰と撃ち込まれ。

 

 巨大な爆風を生み出す気化爆薬搭載済みのミサイルからフレシェット弾の類まで他にも何が撃ち込まれたものか。

 

 ロケットランチャーに高射砲に自走砲にと各国の軍が持つ最後の弾薬が惜しげも無く注ぎ込まれていた。

 

 今まで快進撃を続けて来たファースト・クリエイターズ最後の日。

 

 そうもなるかと兵士達の指揮は高く。

 有機的に連携した芸術的な飽和火力が三人を打ちのめしていく。

 煤け、血が滲んでいく者達を観測する兵の一人が呟く。

 

 勝てるッ。

 勝てるぞ!!

 

 そうして全てが終わろうとした……かに思えた時。

 森林地帯を複雑に何かが歪曲た軌道を描きながら駆け抜けた。

 この高重力下を一体何が?

 分からずとも無限再生する魔術製の敵先行部隊。

 

 土塊の人型やスライム状の何かが切裂かれた瞬間には既にまるで糸が切れたかのような様子で水や土に戻っていく。

 

 そして、それに驚く部隊の後方に一迅の風が紅の閃光と共に駆け抜けた。

 

 魔術師達が次々にその脇腹や腕を斬り落とされ、悲鳴を上げて倒れていく。

 

 だが、敵からの攻撃に相手を迎撃しようとした者達が次々に目標をアサルトライフルでエイムしようとするも見つからず。

 

 それどころか。

 閃光が奔る事に腕や脚を斬り捨てられて、倒れ込んでいく。

 

 そして、また死神の如き魔眼の神の前にもまた蒼い稲妻が落ちた。

 

 巨大な高重力場の中心に振り落ちたのは一機の機械。

 いや、そうとも見える鎧か。

 まるでロボットか。

 それとも日曜朝に出て来るヒーロー物の敵役か。

 黒に蒼き幾何学模様を奔らせたフルフェイスの全身鎧。

 それが外套を靡かせ。

 重力下でも悠遊とその巨鎌持つ相手に剣一つで歩いていく。

 

 その驚異に違いない新たなる敵を認識した神が重力を更に倍々で引き上げていく。

 

 地面が沈み込むのも構わず。

 何ら意に介さず。

 神の前に立った剣が一線。

 受け止めようとした大鎌毎、相手を斬り裂いた。

 

―――黒蒼将(こくそうしょう)カシゲェニシ。

 

 蒼き雷鳴にも似た字体で文字が奔り。

 

『にゃにゃ~。ご主人様、終わったのにゃー』

 

 その横に紅の閃光が立ち止まる。

 

 黒に紅の揺らめく炎の如き意匠を宿したお茶らけた笑顔の超美少女が一人。

 

―――黒紅将(こくこうしょう)フニャム。

 

 正しく紅き閃光のような瞬間的に焼き付く字体が画面に焼き付き、すぐに消え去った。

 

『ようやく、五神将が揃ったか』

 

 老人が二人の元までやってくる。

 

『ふ、遅いぞ。二人とも』

 

 その上にはようやく自由に動けるようになったらしいフォートが飛来し、もう敵に弾を撃ち込む必要も無いだろうと周囲の砲身や銃身、肉体のあちこちを斬られて呻く兵達を睥睨していた。

 

『何処かで油でも売っていたのでしょう……イヤラシイ』

 

 アトゥーネがフォートの上からスタイリッシュに四人の横へ降り立つ。

 

『征くぞ。これで術者は全滅したも同然。だが、まだ余力を残している特異な者達がいる……連中を狩り出し、我らの目的を遂げねばならない』

 

 全身鎧の中から響く渋い声に全員が頷いた。

 

『ご主人様。次は何処を攻めるんだにゃ~?』

『奴らの拠点は全て把握している。虱潰しとしてゆこうか』

『了解だにゃ~~』

 

 周囲の兵達が次々に撤退していくのを横目に無人となった車両や自走砲などをフォートが次々にその全方位に開いた銃口から放つ銃弾の掃射で薙ぎ払い破壊し、爆発炎上させていく。

 

 その上に跳び上がった五人が風を靡かせて夜空へと上がっていくカットを皮切りにカッと地表のあちこちで爆発が連鎖し、周辺に巣食っていた魔術師の残党が用いる先兵達が蒸発し、その後方にいた誰もがただ茫然と何もかが消し飛んでいく戦場の光に絶望の表情を浮かべていた。

 

【ファースト・クリエイターズ/プラン19】

 

 最新の動画がUPされると同時にキタァアアアアアアアという訓練された弾幕が流れ出し、次々に新しい将の登場にネットは大盛り上がりだ。

 

 さっそく起ったスレには『新将登場!!』『新将が一気に二人!!』『フニャム……良い響きですね♪』『猫美少女キタァアアア!?』『おお、ついに将の纏め役の登場か』等々の声が溢れている。

 

 だが、それと同時に多方面で二次アップロードされた動画には今の世界の混乱を引き起こした元凶をありがたがるなんて、とか。

 

 それ系統の批判コメントが大量投下されて、動画が埋め尽くされたり、あまりにも再生され過ぎて、動画サイト自体が遅くなったりというところもあるようだ。

 

 しかし、誰もが一挙手一投足を見逃すまいと動画を考察している事がよく分かった。

 

 中には既に近頃世界中で起こっている自身の罪の暴露や自首する犯罪者達、奇蹟によって手足が生えただの、鬱病が直っただの、難病が根治しただの、自身を銃で撃って病院送りになった人間の話だの、テロや宗教原理主義者が次々に世俗化を打ち出したり、悪夢に魘されたりしている事実に言及し、これも奴らの力かと神か悪魔か分からない人類の敵の狙いを分析する者もあった。

 

 しかし、これらの情報と共に世界各地で都市を襲撃している先兵の話題も出ており、世界情勢を弄んで無駄に救ったり、人を洗脳染みた方法で改心させたりする理由が分からないと困惑するコメントも複数。

 

 中にはあれぞ自身の信じる宗教で言うところの最後の敵やら審判を下すものやら、世界の破滅を預言するあらゆる預言書の内容と照らし合わせて、明日にも世界が破滅するに違いないと煽る者達も多い。

 

「さて、報告内容の確認だな」

 

 缶コーヒー片手にチラリと脳裏に降りて来るタイムラインを確認して、振るい分けられた900件近くのオブジェクト関連情報を覗く。

 

 各大陸に配置したコアとなる先兵の中枢ユニットは破壊2、再起動3、交戦中3、オブジェクトの大規模質量攻勢によってやや不利ではあるが、アメリカのように破壊されたのはほぼいない。

 

 発見されたものは半分くらいだが、戦闘で消滅した個体は0。

 

 アメリカのも先程再起動して大陸からコソコソ逃げ出している最中であり、追撃者達と高速巡行モードで亜音速追いかけっこの最中だ。

 

(それにしても委員会の一部を引き当てたが、連中の半数程度が離脱か……残っている中核人材はまだ特定出来てないが、オブジェクトに関連してる連中は地球上で全部リストアップ済み。此処に入らないのは月や火星にあるって言うサイトの連中のみって話だが……さて、まずは面倒そうなオブジェクトさんにはご退場願おうか)

 

 地球上に配置した先兵とのローカルネットワークは現在、表向き各地に置いた光量子通信網で賄っている。

 

 神剣はマルチタスク状態で常時、こちらの重要な案件を処理させ続けている為、能力上限で使用可能なのは1%未満。

 

 だが、今まで戦闘で2%も使う事は無かった為、まったく足りないという事は無いだろう。

 

 日本を皮切りにあちこちの生き残っている電子インフラの大半は掌握済みであり、リンクするシステムもネットワーク自体が重くなる事を許容すれば、殆どこの世界に来て自前で整えた処理能力のみで事足りる。

 

「さて、処理開始だ」

 

 まず、最優先は人類にとって有害なものの完全抹消。

 

 パターンA、とりあえず原子分解。

 

 これは大半の物質として処理出来るものならば、ほぼ完全に消去る事が出来る。

 

 パターンB、とりあえず埋葬処理。

 

 こちらは原子分解は出来ないが、物理的に星の岩盤以下の地層に鎧の棺桶野郎と同じように二度と出て来ないよう埋めて封印する方式だ。

 

 これで890近くの人類ヤバいです級な代物はザックリ処理が終了した。

 

 だが、最後に残るのが厄介だろう。

 

 これがパターンC、とりあえずオレが行く、である。

 

 原子分解出来ず、現状だと埋葬処理出来ないものはプロトコル作成不能もしくは今の状態では封印出来ない系の代物ばかりだ。

 

 世界規模で現在、ファースト・クリエイターズの面々が危険度の低い相手を先兵と一緒に処理して回っているが、数千件規模のオブジェクトの封印は骨となっている様子だ。

 

 軍は動いていないが、それよりも面倒な組織がオブジェクトで抹殺しようと動いている。

 

 特に相手を理不尽に殺す系のオブジェクトに対しては先兵のファーストアタックで没収して解析後に完全破壊。

 

 それが出来ない空間系オブジェクトや捕捉出来ないオブジェクトはアトゥーネの千里眼で捕捉して太陽にフニャムの転移で追放したり、魔術で適当に永久封印の刑。

 

 それも叶わない厄介系なものが先程やった900件なのだが、さすがに原子分解を空間座標に直接叩き込まれて大丈夫なのはほぼ無かった。

 

 ミーム汚染系はプロトコルが存在している限りはそちらを財団のシステムから引っこ抜いた情報で対処して隔離したり、永久に人類が知覚出来ないようソレそのものの物理事象に光学迷彩と心理誘導系プロセスを用いる認識阻害を重ねて使った。

 

 残ったのはつまりは物理消滅させられず、空間転移出来ず、封印しようにも今の状況では量子転写技術でも手に余る何かという事だ。

 

「さて、一件目から行こうか」

 

 パカリと足元が開いて落下する。

 現在、23時21分。

 

 真夜中の荒野には巨大な神殿のようなものがなだらかな丘陵地帯の中心にデンと顕れている。

 

 殆ど()()()()()の塊だ。

 

 それが繋がれた周囲の岩盤毎浮上させた遺跡内部からは何やら唸り声。

 

 いや、唸り声というよりは自然現象が同時に音を奏でているような、と言うべきか。

 

 周囲の岩盤は縦9km幅20km圏内に神の水を集中済み。

 

 中にいるのは何とも言えない巨人だ。

 

 大きいし、何か鎧や革製の装備っぽいものを装着し、鎖で手足を繋がれているようなのだが、それそのものと巨人が未知の物質で構成されており、その鎖の劣化は修復出来ないらしい。

 

 最終的にはいつか解き放たれて世界が蹂躙されますとか情報には書かれていたが、まぁ……今の自分の試運転には丁度良いだろう。

 

 現在、鎧は着ていない。

 

 というより、肉体の表層を真皮層までこの間着込んだ4号機と同じ素材にしている。

 

 疑似時間停止出来るのならば、それを分子単位で肉体表層に再現する事は可能だろう。

 

 その瞬間には動きが止まってしまうかもしれないが、常に全方位から攻撃を受けるわけではない。

 

 必要な方向に必要なだけ疑似時間停止した装甲化出来る表皮を置けば、大抵は事足りるはずだ。

 

 相手との質量差は周辺大気に混ぜた神の水を爆発的にエネルギーに変換して、時間停止させた装甲化表皮の周りから運動エネルギーとして放出する事で色々と応用が利く。

 

 密着しながらなら自分で後ろに吹き飛べもするし、逆に加速にも使えるし、相手からの一瞬での物理量《エネルギー》集中を相殺して圧倒出来れば、どんな物体も殴り飛ばせる事だろう。

 

 それこそビルだろうが山だろうが海だろうが吹き飛ばせてしまうので逆に出力調整に困るのが難か。

 

 反動というのは考える必要が無い。

 

 これは物質のエネルギー変換を自身の周囲で引き起こす事であって、それの影響を0に出来る装甲化表皮は完全に物理的な干渉を拒絶する以上、例え1億度の炎だろうとこちらを害する事は無い。

 

 問題となるのは慣性、重力の変化、空間そのものの変化などである。

 

 物理量《エネルギー》の局処的な処理能力の限界値以上。

 

 つまりは太陽の核並みの超高出力でこちらの神剣が一瞬で集束出来るエネルギーを上回られたりしたら、出力比べで負けてしまうかもしれないが、その時はそもそも地球が終わっている可能性の方が高いので即時相手を全力で滅ぼすしかなくなる為、考えなくていい。

 

 慣性に関しては基本的に自信の物理強度の限界を引き上げるだけである程度はどうにかなる。

 

 空間に関連する干渉技術はもう持っている為、残る問題は重力とミーム汚染だが、そもそもがソレの干渉原理が分からない為、魔術的に強化というか。

 

 次元が違っているらしい胃を持っている自分の出番である。

 

 つまり、いつも通りだ。

 

(何とかなるの精神で投下されてしまう魔王様なのであった)

 

 自分で内心の準備をツラツラ思い出しながら、崩れた神殿の入り口に片手を撃ち込んで降り立てば、未知ではない物質が圧力で砕けたらしい砂と瓦礫の奥で鈍く眼光が見えた。

 

 適当にスタスタ歩いていく。

 すると、あっちはどうやらやる気らしい。

 

 物凄く軋んだ鎖、両手両足の枷は今にも砕け散りそうになっている。

 

 破壊不能、作成不能らしいが、実際に量子転写技術で複製してみたら、奇妙に実物と同じにならない()()()()()()()()()()()()()()()にしかならなかったので、恐らくは別の法則が支配する空間の環境下などでなければ、完璧に同じにはなり得ないのだろうと当たりを付ける。

 

「悪いんだけどさ。後が詰まってるんだ。お前が悪いわけじゃないし、実際にお前が世界を滅ぼすかどうかも関係ない。ただ、お前は未来でも暴れ回ってるそうだし、事実死人も出てるらしい。可能性で知らない相手を殴り倒したりするのは実際、心苦しい。だが、今のところお前がこの地球上に存在していて良いだけの人類側の理由は無いし、オレもお前が危険なのは本能的に何となく分かる。だから、済まないんだが……」

 

 ほぼ、目の前。

 

 こちらに向けて軋んだ指先がギジギジと枷から鉄屑を零しながら鼻先で止まる。

 

「オレ相手に暴れるので我慢してくれ。代金は命だ。オレが負けたら好きにしろ」

 

 指先に拳を付けた瞬間。

 

 巨大な未知の物質で出来た岩盤に括り付けられていた鎖が同時に弾けた。

 

 横殴りの一撃がこちらを押し潰そうと叩き付けられてくる。

 肘打ちで外側に運動エネルギーを生成。

 

 ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン。

 

 そんな巨大な鐘を超高速で打ち合わせたような音速を超える衝撃波が周囲の砂と瓦礫を吹き飛ばす。

 

 だが、相手もこちらも無傷だ。

 あちらの拳はこちらの相殺に対して一切上回れていない。

 

 ―――――――!!!!

 

 吠え声のような人類には出せないだろう巨大な咆哮が更に周囲に膨大な音圧として叩き付けられ、あちこちで崩落していた神殿の欠けた粒子一つまで吹き飛ばしていく。

 

 脚による蹴りが来た。

 それに対してこちらも膝蹴りを撃ち込む。

 再びの相殺。

 それに揺らめいたのはあちらだ。

 想像していた通りの結果である。

 

 未知の物質で出来た相手の肉体はその物質でしか拘束出来ないらしいが、そもそもだ。

 

 相手がその物質を破壊するのに使ったのは筋力である。

 つまり、運動エネルギーだ。

 

 それを人類が出せないのは同じ物質で出来たものが同じ法則下でしか作用しないからだと考えるのが自然だろう。

 

 だが、こちらには物質の再現能力がある。

 

 完全ではないようだが、それにしても物量なら幾らでも用意出来る。

 

 複製した金属原子の塊を周囲に粒子レベルで組成完了。

 

 ついでにそれを運動エネルギー込々で叩き付ければどうなるか?

 

 相手の胸元に高速で跳躍し、回し蹴り気味に僅か気持ちばかりのなんちゃって厚底蹴りを撃ち込む。

 

 同時に発生させたビル1つ倒壊分くらいの運動エネルギーの炸裂がベギンという音でこちらの予測を実証してくれた。

 

 相手のまだ崩れていない枷が一部衝撃で歪んだ。

 あちらは痛がる素振りか。

 顔を歪めたが、それで今後の予定を立てるには十分。

 ラッシュ。

 拳で畳掛ける一気呵成。

 

 打撃の接触地点に直接粒子を塗布して、防御しようと両腕がこちらを捕まえる前に相手を後ろの壁に叩き付ける。

 

 咆哮、咆哮―――しかし、途中からソレは絶叫へと移り変わっていく。

 

 そりゃそうだろう。

 

 こっちは劣化模造品の物質でしかないが、後ろの壁は本家物質だ。

 

 そして、こっちの物質を用いた運動エネルギーによる攻撃は実際に相手に圧力を与えている。

 

 この状況を限界まで突き詰めるとどうなるか?

 それは拳を撃ち込み続けて10秒後には開始された。

 舞う砂塵が神殿周囲から吹き飛び。

 

 陰っていた雲の隙間から覗く月光が崩れ始めた神殿の屋根の一部から差して明るくこちらを照らし出す。

 

「オレの勝ちだ。今日のところは……」

 

 相手の胸元が潰れていく。

 後ろに、後ろに押し潰されていく。

 奥に奥に食い込んでいく。

 

 絶叫はしかし死に物狂いの両腕の反撃となって抱き締めるかのように左右から迫る。

 

 先程の倍以上の腕の筋肉。

 それが胸元の害虫を叩き潰すように。

 ドラミングするコングのように。

 胸元に叩き付けられ、こちらの背後を捉えた。

 が、衝撃は……殺さずにそのまま加速。

 めり込む背後からの一撃のままに片手を胸先に付き込む。

 歪み折れる肋骨の奥。

 

 その一点に対し、集束した粒子の刃を突き込んで縦に指を開いて斬り裂く。

 

 肉を絶つ音と共に絶叫というよりは爆音と評するべきだろう完全な暴力の波が空間が歪む程に発せられた。

 

 一瞬、こちらの表皮を突き抜けようとした波が、局所的な空間スポイルによって弾かれる。

 

 そうして、腕の圧力で拉げたこちらの背中を何とか内部から復元するように盛り上げて、ホッと安堵の息が出た。

 

 最後の背後からの一撃は空間を歪める程のものだったらしいが、こちらの内蔵に届く前の表皮の部分で何とかストップさせられた。

 

 気分は空間の歪曲による酔いと言っていいだろう空間把握能力の変化で気持ち悪いが、あちらの腕がダランと力が抜けて垂れ下がったのを皮切りに数秒で完治する。

 

「悪いな。墓くらいは造ってやる。マントル辺りで眠ってくれ」

 

 一応、空中に吊られて浮きながら上昇しつつ、両手を合わせた。

 人間の為に、自分の我儘の為に、相手の命を狩るのだ。

 傲慢だとしても軽く黙祷を捧げるくらいは良いだろう。

 供養されて相手がどう思おうが、やらないよりはマシだ。

 

 あの棺桶野郎と同じように相手を重い物質で完全な黒い球体内部に封じ込めるべく、未知の物質込々で合金化し、集積させていく。

 

 相手の顔が見えなくなり、手足もすっぽり入る怪球を神殿毎地面内部に押し込めて、下の岩盤と一緒に粒子化させた地面の奥に落す。

 

 水のようにクォークとなった海に沈み込んだ球体は数日掛けてマントルまで到達し、そこからは流れに乗ってグルグルと惑星内部を巡るだろう。

 

「次に行かなきゃな。あ、ご苦労さん」

 

 周囲に一台外部との通信を保つ監視カメラを残しておいたので、ヒラヒラ手を振っておく。

 

 財団のお偉方と博士が何やってんだアイツと今頃は対策と評価をしてくれている頃だろう。

 

 クシャリと大気圧で監視カメラを圧壊させた後。

 適当に近場の優先度の高い“残りもの”に向かう事とする。

 本日、最大のメインイベントは終了。

 後は残務処理に近い。

 

 ただ、荒野の最中でも世界中から届くオブジェクトに四苦八苦する様子は映像画像データで流れて来ている。

 

 超兵器染みた代物とか。

 入り込んだら出られなくなる建造物とか。

 内部の人間をミーム汚染する構造物とか。

 

 冗談みたいな能力を連発する組織はどうやら次々に自分達の虎の子を破壊処理されていく事に耐えられず。

 

 白旗を上げるところも出始めたようだ。

 

 逆に開放したは良いが手に負えない感じのオブジェクトもワラワラし始めている。

 

 その大半は未来超能力組の無駄に高性能なパイロキネシス型の空間火力投射とか、安定して空間転移を使いこなすフニャムさんの最凶追放ツール。

 

 魔法の空間圧削式超々距離転移機構付きな危ないナイフなんかで太陽にポイされているので大丈夫そうだが、何処かが破綻しないとも限らない。

 

 速めに駆け付けるのが良いだろう。

 一人頭1日のノルマは30件程。

 

 二週間もあれば、大半のヤバいのは処理可能かもしれないが、心配に越した事は無いのは石橋を叩いて渡る意味でも正しいはずだ。

 

 本人が出来ない高笑い映像をプロパガンダで垂れ流す能力と規模拡張した200m級フォートで出撃したアトゥーネさんだの、衛星とデブリが消えた軌道上に安置している陽電子レーザー衛星砲群を操る元独裁者だの、魔改造して腕部武装が()()()()()()()()N()V()となったHENTAIだのが暴れ回っているので問題はないとは思うのだが……。

 

 世界中のテレビ局は正しく今日が第三次世界大戦の日だと言わんばかりに機密も何も有ったもんじゃないというオブジェクトとファースト・クリエイターズの戦いをノーカットでお送りしていた。

 

 各国の掲示板はもう祭りどころか乱舞する情報の海に埋もれている。

 

『え、衛星攻撃だぁああああああああああ!!?!』

『え!? え!? アトゥーネ=サンの船、大きくね!? 大きくなってね!!?』

 

『こ、このご時世に実物でひ、人型機動兵器、だと? 分かってらっしゃるな。ファースト・クリエイターズ……』

 

『何か、超能力者っぽい連中が空飛んでった!!?』

『まさか、幹部級の下の怪人クラスが動き出したというのか……』

『超能力者怪人現る?! マジかよ……』

 

『飛行原理はどうなってんだ!? 推力を下に向けて無いのに浮遊しているって事は反重力機関なのか? だが、それらしい重力波は各国の天文台や重力波観測施設では感知されてないんだよな』

 

『散々議論されきたと思うが、相手の技術はオレ達の数千年……いや、数万年で到達するかも怪しいレベルだぞ。あの船の巡航形態時の出力は核融合並みって話だが……』

 

『そもそもだ!! 各国の火砲で傷付かなかった装甲が戦ってる何かの攻撃で傷付いてる!!? あの戦ってるの何だよ!!? 人型、他にも獣型や軍隊っぽいのも出てるし、人間じゃなさそうなシルエットもちらほらだぞ!!?』

 

『オイ!? あの人型兵器やべぇって!? 今、砂漠地帯が光ったと思ったら、メッチャ赤熱してる!!? 超高出力のビーム兵器かレーザー兵器積んでるぞ!?』

 

『それより船の火力オカシイだろ!? 今、森林地帯が一瞬で炎の海になったんだが!?』

 

『何か、フニャムさんらしき人影がこっちのテレビに映ったんだが、謎の粘液状の物体が一瞬で消えたぞ!! 破壊されたとか、そんなんじゃねぇ!!? 消去った?! 空間に干渉してねぇかアレ!?』

 

『クソ!? 今、オミアシGIF作ってたらいきなり回線がパンクしてPCフリーズした!? 今、ノートで友達の回線使ってる!! 誰か、この500メガのオミアシGIFの制作を引き継いでくれ!! このスペックじゃとても満足イク出来にならねぇ!!』

 

『同志か!? 分かった!! オレが今、持ってる映像ファイル、画像ファイル全部ストレージサーバーに上げとくから、一緒に作ろうぜ!! この世界で一番重いGIFにして布教しようぜ!!』

 

『目指せ3ギガバイト、だな!! 今、掲示板で作業班集めて来る→つーか、今292人同時に書き込まれてビビッたww』

 

『同志は多いようだな。皆……アトゥーネ様の神官の一人として感謝するぜ!!』

 

『気を付けろよ。政府機関がアトゥーネ信者の狩り出しを行ってるって話もある。中国や東南アジア辺りじゃ、特定されると公安系のご職業な人が家に拉致りに来るそうだ』

 

『マジかよ……そいつら馬鹿だろ。今、アトゥーネ教の信者名簿世界規模で4000万突破したばっかだぜ? その公安が同志なのを祈るしかないのか……』

 

『い、今、ありのままに起こった事を話すぜ。何を言ってるか分からねぇと思うが、警察の60代っぽいオッサンが玄関来てから『同志、アトゥーネ様の事は今は耐えてくれ。警察署内で狩り出し名簿が出回っているが、恐らく与党関係者にアトゥーネ教の信者が組織票を渡しても良いと340万人分の電子署名と共に交渉へ向かってる』って言って帰ってった!!!』

 

『釣り針デカイ……のか?』

 

『悪りぃ。SNSの一部で同じ事言ってる連中結構いる。マジでアトゥーネ教成立すんじゃね? え? ちょっと待って!? オイ!? 今、別のサイトで逮捕者が牢屋内からのSNS書き込みしてるみたいだぞ。録音も出てる!! アトゥーネ信者の狩り出し本当みたいだ。それと警察の内部にマジでアトゥーネの奇蹟のおかげで今日初めて街に死人が出なかったって、必死に所長説得してる連中いるみたいだぜ!!?』

 

『いやぁ、ウチさぁ。政治家の家系なんだけど、アトゥーネ教の信者だって言ってる大企業のオッサンやオジサンが何か名簿持ってきて親父と真面目顔で話してる……神に誓って本当です』

 

『つーか、ウチの前で病気治って手足生えて来た連中が神の代行者の信者を逮捕するのかって警察署前で騒いでる。何か暴動になりそうなんだけど』

 

『オイ、この映像見てくれ。リンクは誓って映像ファイルだ!!』

 

『神の使徒、アトゥーネ様の信者の人権を蹂躙するなぁああああああ!!!』

 

『政府はアトゥーネ教を認めろぉおおおおおおおおおおおお!!!』

 

『地方行政府が我々に何をしてくれたって言うんだぁああああ!!!』

 

『アトゥーネ様達を逮捕しないでぇええええええええ!!』

 

『息子も祖父も治してくれたんですよぉおおおお!!! 医者や政治家よりよっぽど国民に尽くしているでしょおおおおおおおおお!!! 聞こえてんのおおおおおおおおお!!!』

 

『政府はアトゥーネ教を認めろおおおおおおおおおおおお!!!』

 

『ファースト・クリエイターズ!!! ファースト・クリエイターズ!!!』

 

『え?! ちょっとニュース見ろ!! 今、アトゥーネ教徒の世界同時多発デモの報道してる!! でも、警察や軍連中が自分の脚に発砲してて、収拾出来てないみたいだ!! これ、このままじゃ政府瓦解するんじゃ!? 本気でアトゥーネ信者勝ち馬じゃね!? 勝ち馬じゃね!!?』

 

『ウチ一神教の結構偉い司祭の息子なんだけど、お父さんが『ウチの宗教の分派としてアトゥーネ教ってのが出来るかも』って愚痴ってた……』

 

『マジかよ……』

 

『ぁ、今速報!! 東欧の国でアトゥーネ教を国の公式宗教として認めるって!? 政府発表だってよ!!?』

 

『お、おめでとう!! ウ、ウチにもその波来るかな?』

『南米でアトゥーネ教の公式集会開催決定だってよ!?』

 

『公式って何だよ!? ファ?! え、え!? ウ、ウチの国の政府がアトゥーネ教を認めない代わりに弾圧もしないし、一切干渉しないって声明出してる……みたいなんだが……』

 

『あ、そりゃ日和ったな。干渉しないって事は政府の管理下にないって話だろ? つまり、実質的にはアトゥーネ教解禁だぜ。やったな同志』

 

 情報をオート収拾に切り替えてネットの内実から目を逸らす。

 

 どうやら此処からアトゥーネが聖人扱いされる事になるらしい。

 

 本人が見たら、卒倒間違いなしである。

 

 どうやらファースト・クリエイターズな奇蹟一杯夢一杯な世界的な背景に押されて、政治が根負けし始めたようだ。

 

 負けるな政府と言いたいところだが、何処の政府の軍警察も暴動を軍事力や暴力で鎮圧する事が出来ない。

 

 彼らが発砲出来るのは自分が死ぬかもしれないという危機的な状況のみだ。

 

 そして、脚に自分で発砲してドナドナ信者達に病院へ運ばれていくのが関の山。

 

 政府はこれを治める為にはアトゥーネ教を解禁するしかないという一択。

 

 ハハ、ワロス。

 

 どうやら世界はアトゥーネ様が救ってくれるらしい。

 

 世界人口の10分の1以下程度の話ではあるが、それでも数千万人規模の動員された数の暴力の前に次々アトゥーネ教解禁令が出されていく。

 

 今、当の本人はオブジェクトさんと悲鳴混じりに戯れている最中であり、ドッカンドッカン未知の兵器で攻撃されまくり。

 

 ようやく帰って来たと思ったらアトゥーネ教完全版成立という事実に心労で一日くらい寝込むかもしれない。

 

「見なかった事にしよう」

 

 未来には未来の風が吹く。

 

 そういう事にしておいて、フォートに飛び乗り移動を開始する。

 

 冷える航空へと上がっていくのに体感温度は上昇中。

 それは世界の熱量か。

 最終目標である南米に渡るまでもう少し。

 

 未来の能力者達の話にある限り、世界を滅ぼす最後のオブジェクトの破壊遂行まで気は抜けない。

 

『ファースト・クリエイターズ/プラン24』

 最終話を構想しながら、次の相手のデータを参照する事にした。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。