ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
世界が火薬庫となって24時間43分23秒が経過。
現在、中東に掛けて、開放されたオブジェクトの掃討が進んでいる。
大規模な代物は殆ど終えているが、小さな物品タイプは人員が持ち運び使っているせいで処理に時間が掛かった形だ。
ファースト・クリエイターズにとって最大の敵と言っていいのが移動時間であろうとは誰も思わなかった事だろう。
ちなみにフニャムさんのみ超遠距離の空間転移をしまくりで世界のあちこちに仲間の支援や緊急度の高い案件に引っ張りだこ。
ゼエゼエしてはいないのでまだまだ使い倒せるに違いない。
そんな最中、中東の砂漠。
壊した石造の上で一息吐く。
現実改変系のオブジェクトと言えど、砕けば単なる石材だ。
完全に砂とした後。
一分程の休憩を終わらせて立ち上がる。
砂漠にはゆっくりと地平に明星が昇りつつある。
澄んだ空気は都会では味わえないだろう荒涼さに満ちて。
しかし、何処かその“何もない”が心地良い。
このまま次の対象に向けて移動しようとした時。
不意に目の前の砂地に襤褸切れのようなフードを被った存在が現れる。
魔術の隠蔽でもされていたのだろう。
身構えもしないが、油断もせぬよう後方に待機させてあるフォートを意識する。
「あなたはファースト・クリエイターズ。黒蒼将カシゲェニシか?」
誰何はまったく大当たり。
だが、それよりも声の幼さに少し驚く。
「あなたと話がしたい。我々の民族と国の未来について」
そうフードを取った中から出て来たのはまだ少年と言って良さそうな褐色の肌をしたアラブ系に見える13になるかも怪しい少年だった。
*
何やら妙な雲行きになってきたのだが、一応余裕はあったのでフォート内に案内してお茶でも出す事にする。
居住スペースは中に住む人の狭い方が落ち着くという事実を考慮した結果として日本式3LDKだ。
テレビにテーブルにキッチンにトイレにユニットバス。
寝室代わりのソファーにはブランケットが数枚クシャクシャに丸められているし、テーブルの上には日本のコンビニで買い込んで来たカップの山が置かれている。
「………」
そんな生活感溢れる簡易アジトにご招待されたアラブ系少年は緊張しながらも少し呆気に取られた様子になり、それどころではないと何か思い直した様子でソファーに腰掛けたこちらの対面に座った。
「さて、話がしたいと言われたのは初めてだったからつい連れて来たが、何に付いて話をしたいんだっけか? ああ、片付いてなくて悪い。しばらくは忙しくなる予定だったからな」
カップラーメンの山を分けて相手の顔が見えるように退ける。
「……あなたは神の如き力を使うと。今までの行いから多くの術師達が推測している。そして、それは本当だろうとこの目でも見た。あの石造は願いを叶える類のもの。それも自らは破壊に対しても世界に干渉する代物だった……しかし、あなたはそれを破壊した。いや、破壊出来てしまった……それは神の領域だ……」
「で? つーか、日本語上手いな」
「日本語が出来るから、僕が送られて来た」
「ほうほう?」
「僕はこの地域で最も過酷な地域で暮らしている術師の一族だ。先進国の報道機関なら毎年報道してくれるような場所と言えば、想像は付くだろうか?」
「まぁ、そうだな。ふっ飛ばしたり、ふっ飛ばされたりする地域なのは知ってる」
「ああ、思い浮かべてもらった場所で間違いない」
「ふむ。じゃあ、本題を聞こう」
「我々の民族は安住の地を取り戻す事を夢見て来た。しかし、今後国家の崩壊や領土の再分配が行われる事は恐らくない。何もかもが固定化され、我々はあなたが望むだろう緩やかな統合に巻き込まれ、自然と周辺諸国に吸収されて消えていく」
「まぁ、分かってる奴は分かってる事だな」
「そして、我々の民族は安住の地を永遠に失うだろう。責任を取って欲しい」
少年の瞳は真っ直ぐだ。
「ふむ……要求を聞こうか」
「我が民族は今の土地以上のものは求めない。取り返す事は敵わない。なら、今あるものをより良くする事で小さくとも国家の樹立を行いたいと考えている」
「それをお前に吹き込んだ奴はかなり良い線行ってるな。予想は的確だし、オレの方でもそうなるだろうって思ってはいたが……民族の悲願は捨てて、自分達の今いる地獄を天国にしようって発想は悪くない。オレに責任を取れって言う割りにオレが許容出来る範囲の事を言う辺り、同意出来るギリギリのラインを分かってるわけだ」
「……我々の今いる場所は地獄だ。正確には地獄だった。その点には多くの一族があなた達ファースト・クリエイターズに感謝している」
「でも、オレの力で国家としての小さな楽園が欲しいと」
「僕を派遣した者達が見た限り、もうこの地域で僕ら民族が空爆や狙撃で死ぬ事は無いだろう。だが、多くを失い過ぎた。それを贖う方法が無い事は知っている。だが、時間の許す限りの改善が行われていくのだとしても、最低限永住可能な国家の樹立は不可欠だと思ってもいる。幾ら改善されて壁すら無くなったとしても……此処には死んでいった者達との想い出がある」
「お前を派遣してきた連中はよく分かってる。泣き落としでもなく正論とほんのちょっとの感情が大事だってのは同意しよう」
「ならば、責任を取ってはくれると?」
「それは無しだ。オレはお前らに対して責任は取れても、お前らがこれから行おうとする事に対する責任は取れないからな」
「………何のことだろうか?」
「お前のところを空爆してる国のお偉いさんはこれからあらゆる苦難の末にお前らを助けなきゃならなくなるわけだが、それに対してNOを突き付ける予定だよな? おまえのとこ」
「僕は……何も聞かされていない」
「そうなんだよ。未来を覗く連中は大体知ってるが、今後の世界において今まで横暴やりまくりだった連中の贖罪なんてのは誰も受け取らないし、それを使って延々と相手に譲歩を迫る方が良いってな外交スタンスがあちこちで蔓延る。まぁ、精々が数十年程度で終わるが、それが根本的には世界の領土が再配分されない理由だ。戦争が無くなるってのは係争地においては固定化を意味するが、それ以上に被害者と加害者の役割が入れ替わらないせいで固定化が促進される。和解が無い事こそが最終的には未来でも世界が統一されない理由だからな」
「……和解が無い?」
「そうだ。オレは誰かに謝れとは強制しない。誘導はするがな。だが、謝られて受け入れる事に関してはまったく関知してない。つまり、お前らは許さないし、許す気も無いから、数百年先だろうと何一つ問題は解決しない。そして、最終的に問題そのものが時間経過で風化して消え去った時にようやくこの地域は大きな国家として再出発する運びになるだろう。その頃にはお前の言う我が民族は存在しないし、お前らを空爆してるとこの民族も混じり過ぎて済し崩しにお前らと同化する」
「……そんな未来の事……」
「お前を差し向けた連中の思惑を簡単に代弁してやろう。最後まで許さない為の砦をくれ。とオレに言ってるんだよ。だから、お前の言う我が民族とやらへの支援はしない」
「あなたは……責任を取らないつもりか?」
「オレは被害者に対して責任を取ってるわけじゃない。オレはオレのやってる事に対してオレなりのケジメを付けてるだけなんだ。今回の一件は我儘以上の事じゃない。民族対立の正論な理屈に同情してはやれても、相手が頑固を続ける為の手伝いは出来ないな」
「どちらが多く死んでいるのか知っていても?」
「どちらが多く恨んでるか知ってるからな」
「どちらが多く哀しい目に合っているか知っていても?」
「他人から上から目線でお悔やみ申し上げますなんて言われたくないだろ? オレはお前らからすれば何でも出来る程度の力を持ってる。だが、だから、カワイソウなお前らを助けるのが義務だと言われたら首を傾げる人間だ。実際、そんな事されて嬉しいか? 自分で勝ち取れないものを他人から恵まれた人間がどうなるかは歴史を見てみるといい。大抵ロクな事にならないぞ?」
「……それが自分では絶対に手に入れられないものだとしても?」
「オレは民族間の対立で出た犠牲を評論出来る程に偉くもなけりゃ、それを批評出来る程の地位にも無い。ただ、お前らがもしも望むなら努力と根性を授けてやってもいい」
「努力と根性? どういう?」
「お前らが敵対する連中はどうやって現代にまで生き残って来た? どうやって戦ってきた? どうやって今の地位に付いた? 無論、戦争を利用した事は間違いない。だが、これから戦争は出来ない時代になる。なら、合法的に戦うしかないよなぁ? 相手をボコボコにするのに神様なんぞ頼ってんじゃねぇって事だ。武器も弾薬も捨てろ。それはもうオレが敷いたルールじゃ
「………」
「相手よりも強く成れ……これからの世界に必要なのは粘り強く相手を超えようと努力して戦い続ける事だ。それが報われる世界が来た時、そこに全てを注ぎ込んだ連中が次の時代を創るだろう……そうだな。取り敢えずは宗教なんぞやってる暇があったら、子供にちゃんと勉強させて教育しろ。努力して誰よりも上を目指せ。相手を思いやるんだ。喜ばせる方法を考えろ。金も地位も名誉も全ては他人から尊重される限り、自然と集まってくるさ。重要なのは相手を倒す事じゃない。相手を超えて尊重せざるを得ない程に味方を増やす事だ……多数派から支持されない限り、お前らに未来はない。今のお前らと敵対する連中には他者を動かすだけの力がある。それは相手に対して何かをしてやれるという事の裏返しなんだ」
「あなたは……まるで教師のような事を言うのですね。神よ」
「さぁ、そろそろ帰れ。もしお前らがそう出来たなら、この新しいルールを敷いた中二病患者が確約しよう。未来で相手を見下ろしてるのはお前らだと」
少年が僅かに目を閉じてから開いた。
「分かりました。神の言葉として伝えましょう」
「いいや、神じゃなくて単なる一般論で、これから来る世界のスタンダードだ。逸早くソレに順応した奴らが勢力を拡大するなんて当たり前の条理じゃないか?」
指を弾くと同時に相手の床下に穴を開けて射出、適当に落下速度を大気で吊って落して着地させる。
相手は着地するとそのままこちらを見上げていた。
(次の目的地は―――)
『緊急だ』
「何?」
思わず目を見張る。
声の主はベリヤーエフだった。
その合間にもすぐ視界に異常な数値が流れ込んで来る。
『現在、極東方面で異常な地殻変動を検出。貴様ではないだろう?』
「まさか―――此処で使ってくるのか!?」
予想中、コンマ1%以下の可能性。
委員会からの反撃らしい反撃にして、実際には使ったが最後。
ほぼ全ての相手側の大仕掛けが破綻する流れとなる敵の大攻勢。
しかも、それがオブジェクト対処中とは正しく相手の人類愛の為せる技か。
「フィリピン海プレートの圧力が急上昇してる? オレが神の水で調べた時には無かったはずのものが今稼働してるのか!? クソ!? あっちはオブジェクトで偽装済みか!! 再予測―――アトラス・パイルは何処だ!!?」
稼働中の神剣のシステムを全て予測演算に切り替え。
すると、予測の歪みとでも言うべきものが確認された。
正確には予測が確定しない揺らぎのようなものが日本国内の一地域に集中している。
人が死ぬ、生きる、死ぬ、生きる、その間を行ったり来たり。
「あっちも予測合戦中かッ、邪魔だ!!! 四隅まで読んでやるから黙って可能性0を味わってろ!!」
予測というものには二通り存在する。
将棋やチェスで言うところの完全に相手の手を読む場合。
もう一つは読むのを途中で止めて、最も確率の高い手を先に読む場合。
つまり、途中で必要ない読む手を斬り捨てる。
現実的にはそれが無ければ、有限の時間で無限にも等しい手順を読み切る事は不可能だ。
しかしながら、此処には未来の情報と個人用の量子コンピューターとしては恐らく人類史上で完全版に等しいだろう代物、神剣が存在する。
相手が如何にこの世界最凶の量子コンピューター【深雲】を持っていようが、アドバンテージは揺るぎなくこちらにある。
未来予測モデルの最新バージョンに効率的な演算方法。
更には未来から持って来た情報そのものを用いる事で予測精度は極めて完全に近付くようになる。
どれだけオカルトで偽装してようが、一つの状況のみを読む為に神剣の全能力を極振りすれば、完璧に程遠い敵のマシンを一時的に上回るのは処理能力が劣っていても可能。
「オカルト偽装で隠されてる以上、まだオレに現物の場所を悟られたくないだろう? さぁ、未来を明け渡せ!! 処理能力をそんな事に使ってると最後の切り札が呆気無く消滅するぞ!?」
現在、地球上に満遍なく増殖させている神の水は委員会側の切り札を見つけ次第、原子分解するようプログラミングしている。
それが未だに発動してない事から、オブジェクトで偽装しているとは思っていた。
だが、それにも限界があるだろう。
例えば、マシンに超高速でデータ処理させた時に出る熱などはかなりのものだ。
それが省エネで熱の放出もそんなに無い量子コンピューターだとしても未来から持って来た神剣との予測合戦をやっていたら、如何に本体が冷却システム的に優れていても、冷却システムと周辺の予備システム自体が極めて大量の電力を喰う。
それはこの時代のシステムの限界だ。
更に通常とは桁の違うデータ処理を行う仕様上。
それを出力している何処かの端末にも膨大な情報が流れ込んでいる事だろう。
地球そのものをスキャニングしているに等しいこちらを前にして全て隠蔽しながら情報合戦をしようなんて片腹痛い。
すぐに相手のボロが出て来た。
「東京か。日本にいるわけだ」
こちらがそう呟いた途端。
予測合戦が打ち切られた。
ギリギリで相手の明確な場所や深雲の現在地は見付からなかったが、予測の揺れが収まったと同時にアトラス・パイルの位置が判明する。
「クソ野郎……よりにもよって東京湾とか。どうやって埋めたんだよ」
アトラス・パイルと言っても未来で見たような洗練された代物ではない。
原始的な代物だ。
神の水による周辺への探索とそれっぽい構造物をスキャニングしてみたが、システム的には存在しないの一点張り。
しかし、予測では東京湾地下13500m以下の地点に存在する為、科学技術的には観測出来ない偽装を用いている事は確定。
不用意に岩盤を攻撃すると崩壊させてしまう可能性もある為、現地で処理するしかないが、オカルトを看破するのはフニャムと自分しか出来ない。
時間が足りない。
移動速度を幾ら増速しようが中東から東京まで1分では辿り着けない。
「フニャム!!」
叫ぶと同時に横へフラムが現れた。
「今から言う座標にオレを抱えて跳べ!!」
「命令しないで!!」
こちらの腰を引っ掴んだ少女が自身の持つナイフを引き抜いて手前に掲げた。
そうして、気付いた瞬間には東京湾の上空に転移している。
現在、こちらは夜らしい。
予測地点直上からでも分かる。
大気の振動。
そして、極大の東南海地震の前兆たる微振動。
それが大地を揺らす寸前。
スカイツリー上に待機させていた先兵のコアからの無限の再生力を借りた生命力の抽出と同時に遠隔で目標地点に魔術を叩き込む。
見えざる法則の変化は確かに地中のパイル予測地点を直撃した。
途端、深度4の揺れが都心を襲った。
それに連動して名古屋から大阪、四国に至る地域にやはり深度4レベルの揺れが連鎖するも、長期振動にすらならず、すぐに横揺れは治まっていく。
「やったの?」
「いいや、パイルの存在する予測地点周囲を全部疑似時間停止で固定化しただけだ。パイル本体の本起動前の予備動作まで止められなかった。フィリピン海プレートの急激な歪みがプレート間のバランスを崩してる。それも事前準備してあったに違いない日本全域の地下マグマ溜まりが活性化状態。パイルが起爆してなくても、東南海地震の10日以内の発生確率が30%以上……神の水の弱点らしい弱点のせいでマグマ溜まりの高深度を探索出来なかったのが痛いな。ちょっと列島の岩盤を丸ごと工作しなきゃならない」
「もう、何も突っ込まないわよ?」
フニャムさんはジト目だ。
「歴代の首相に教えてやりたいよ。列島改造の方法とかな。ああ、まったく全部建設大手に丸投げしたい気分で一杯だ」
「そうしたら間に合わないんでしょうね」
「イグザクトリー」
「敵は捕捉したの?」
「東京都心を今から消滅させていいなら、人類は救われるだろうよ」
「……どうする気?」
「ラスボスにはラスボスらしく主人公の前から華麗に退場して貰おう。魔術だろうが、オブジェクトだろうが、あくまで隠蔽してるだけに過ぎないなら、敵の切り札を脅しに使える」
「つまり?」
「こういう事だ」
東京都心一面の空に事前に散布されている神の水を用いてスクリーン化する。
東京はどよめきに包まれ、世界各地の放送局が此処の映像を垂れ流している事だろう。
映し出されているのはファースト・クリエイターズ/プラン22用に造っていた敵の最終兵器に対抗するべく建造していた切り札の一つを黒蒼将カシゲェニシが起動するシーンである。
長い鈍色の薄暗い通路の先。
巨大な扉を潜った先に存在するのは蒼い床。
一面の地球表面を下に映し出す指令室。
衛星軌道上の宇宙基地内部。
壁に南米にマークを複数個ロックオンされ、起動キーらしきものを壁と一体化しているモノリス状物体に差し込み、捻る。
その後にカウントダウンがスタートするのだ。
それは24時間後を示しており、killマークの付いた南米横の海域から1000km単位の半径の赤いエフェクトが広がっていく。
それが容易に世界最大のオブジェクトらしい物体を消滅させる最終兵器だと思い付くだろう敵は1日でそこまで行かねばならない。
「勝てる可能性を自分から手放すか。それともさっさとあそこまで行って備えるかの二択を選ばせると」
「可能性0の鬼ごっこを続けるか。可能性0.000001%の可能性に賭けるか。主人公らしい選択肢を与えられて、さぞ敵さんの首魁も喜んでる事だろう」
「呆れた……でも、どっちも0と言わない辺り、敵も理不尽なのね……」
「分かってるじゃないか。そして、恐らく相手はその可能性を引き当てて来る。そこに繋がった未来から本当の勝負だ。だが、その前にちょっと日本の形を変えて来ないとな」
映像が消えた後。
どよめきがネット上では溢れている。
南米辺りではあまりの事に脱出しようという富裕層が空港や国境に詰め掛けている。
東京はこれから人類史から南米が消えるのかと戦々恐々とした空気が流れ始め、今起こっているオブジェクトとの大合戦中の映像と合わせて、あちらが本気になったとの流言が飛び交い始めたようだ。
「これからプレートとマグマ溜まりの改造を始める。地球がブラックホールになるまで祖国の形が残るのはちょっと嬉しいとだけ言っておこう。オレを地下のこの座標に飛ばしてくれ」
「………お好きなだけどうぞとしか言えないわね」
「ああ、そうするさ。少し岩盤とマントルでどっかのゲームみたいにクラフトしてくるだけだ。遊び心マシマシで地底人の墳墓や古代遺跡くらいなら迷宮込々で造って来てもいいんだが、どう思う?」
はぁと溜息が吐かれた。
騒がしい都市の夜。
煌々と地上の星に照らされながら、少女は首を横に振った。
「付き合ってられないわ」
やれやれと肩を竦められつつも、空間転移が即時開始。
誤差数m以内の転移直後に襲ってくるのはマントルからの猛烈な灼熱と圧力だ。
それを神の水そのものによるシールドで遮蔽しながら、増殖済みの極東地域の水の3割りを地表から染み込ませ、岩盤内部へと急速に浸透。
日本国内の岩盤大深度内での作業を同時並列で開始する。
「さて、地球の活動をそのままにオレの望む未来を引き寄せるにはどうしたらいい?」
神剣は答える。
ああ、正しく。
それは委員会末期の
地球そのものを覆う程の巨大インフラを生み出した技術は正しく別の星に移住前提で生まれたのだろう。
人類の宇宙開発が停滞さえしていなければ、彼らは正にあの月から外に向かって飛び出していたかもしれない。
その惑星改造論と技術は此処にある。
天海の階もまたそのツールの一つだったのだ。
地球の物理的な消滅シナリオの際には移住用の宇宙船として、別の惑星に降り立った時には無限の物資を生み出す工場であり、居住区であり、テラフォーミングの中核として……それが過去において現代地球に持ち込まれるのは彼らにしてみれば、驚く話かもしれないが、現実的に祖国と極東そのものの危機だ。
今回起こる東南海地震はアトラス・パイルで3倍の規模にされる可能性があった。
もし、そうなれば、日本は国土と国民の民の半数を失い、東南アジアは津波で壊滅的な被害を受け、ユーラシア大陸沿岸部、ハワイもただでは済まない。
最大6億4000万人以上の死傷者が出るのは確実。
その際に起こる食料供給や物流の寸断によって二次被害は更に十数億人単位。
まったく、共産主義の独裁者も真っ青な話である。
「まずは建造物の基礎構造みたいに整地からか。ちょっと、未知の合金さんにも人類に資する働きをしてもらおうか」
手を掲げる。
神の水の真球状の障壁に振れ、データから直接読み出した物質を量子転写領域からマントルを用いて形成し、成長させていく。
赤熱する世界の中に生まれた球体から伸び成長していく鋼の枝は正しく医療番組で出て来る抗体か何かに見えるだろう。
ただし、それは高速で枝分かれし、体積を増やし、岩盤内部からマグマ溜まりへと突き進みながら、岩盤の最も内側を崩して自身に取り込み、巨大な大樹。
もしくはアメーバのように広がっていく。
「オカルトで幾ら迷彩してても、周辺環境の変化に対する限界はあるだろう? さて、停止完了後の串刺しタイムだ」
マントルからマグマ溜まり全域にまで音速で張り巡らせていく枝が振動し、周囲のマグマや岩盤の一部を微振動で揺らし、共鳴させていく。
そして、ようやく検出結果の違和感が出た。
マグマ溜まりからマントル付近のあちこちの地点に小規模な振動の伝わり難い場所が複数個所存在する。
それも詳しく計算していくとどうやら振動を吸収しているような様子である。
つまり、探知には引っ掛かっていないが、オカルトで誤魔化せない部分が出て来たのである。
そこを枝で念入りに串刺しにしていくと途中でいきなり反応が出現した。
直径50m程の円柱状物体。
どうやらアトラス・パイルの子機のようだ。
天海の階箸内の情報の一部に記載されていたパイル間の出力調整機関だろう。
マントル内で核を起爆した際の影響を最大化して地殻を動かす際の微細な補助を行う代物だが、最初期には最大化のシステムのみが詰め込まれていたらしく。
圧力で次々に罅割れた場所から圧壊していくソレは緊急起動コール。
パイルの最大出力要請らしきコードを発しながら沈んでいった。
「地殻内部を枝で浸食してパイルも同化するか。数時間後には消えてなくなるからいいとして、問題は……」
マントル内の圧力は現在も最初のパイルの予備動作の影響を受けている。
枝をプレートの岩盤下部から浸食させて縫合、圧力を分散伝導させている最中だが、岩盤内部の崩落がもう始まっている。
神の水を用いて急いで崩壊した部分を金属枝にし始めているとはいえ、何分広過ぎるし、神の水の量が圧倒的に足りない。
現在の神剣で賄える量には限界が存在するし、あちこちでのフォロー用に演算能力が喰われているせいだ。
(どちらにしろ。処理能力が足りないか。なら、後はオカルトにも頼ってみようか)
今の今まで機械での魔術再現は幾らもやってきた。
その度に科学技術での再現と解析と戦術への組み込みは行ってきた。
しかし、自分で魔術を使うというのは殆ど初めての経験だ。
「ふぅ」
心を落ち着けて、世界各地の先兵のコアと同期。
自分の遺伝子の一部を用いた神経節の束は接続中は自分の手足と同義だ。
これが魔術的には一個人として見なされるという発見は中々に面白いものだった。
つまり、自分とさえ認識出来ている無限の生命力があれば、それは幾ら使っても減らない魔術の原動力。
つまりは気とか魔力とか精神力とか。
そういう適当に呼ぶ力となるのである。
万能の科学に近しい量子転写技術で状態を維持し続けられる限り、このリソースは出力量こそ有限ではあるが時間の制約を受けないならば、本当に無限と言えるだけの出力を可能にするだろう。
(フラムから借りた本の魔術の大半は有機的なDNAの資質も関係するって描いてたが、それならそのDNAそのものを培養して神経節にすれば、血統的な資質そのものはコピー可能……問題は術者が使う際の計量的じゃない現象の出力の不安定さだ。だが、そこは神の枝に連なる技術があれば、どういう精神状態なら最大効率に出来るかパターン内から術者を解析したデータで組み上げられる。フラムの脳内活動の観測と精神状況のデータも揃ってる。これをオレの精神で再現すりゃいいんだろ? ああ、まったく、本当才能無いのなオレ)
残念ながら、フラムが魔術を使う際の精神状態の観測結果を解析してみたが、それに自分が一部でも近しい反応を出せた事は自分の解析を行い始めてからのデータを見ても一度とて無かった。
要は魔術的に重要な精神修養なんぞお前には無理という事を事実として突き付けられたのだ。
なので機械的に自分へ再現させる事しか出来ない。
「上手くいけよ……メンタル・トレース……データの同期と誘導を開始だ」
一瞬のふらつき。
その後、猛烈な吐き気が襲ってくる。
まるで消えたり点いたりするような生命の明滅、危険を覚える程の背筋が凍るような意識の断裂が襲ってきたが、20秒程で気分の悪さは解消される。
「……これがフラムの魔術を使ってる時の精神状態、か……なんつーか。本当にあいつは変わらないんだな……」
嬉しさ半分。
そして、自分には到底辿り着けない境地だと苦笑半分。
心の底から湧き上がるのは……少なくとも絶望や失望や大きな力に対する畏れではなかった。
きっと、未来の嫁も同じ事だろう。
激情家でいつも目を怒らせたり、乾かせたり。
忙しい程に感情豊かで自分の大切なものをちゃんと自覚している。
(ダウナー系なオレには分かりそうもない話だ。陰キャ属性の人間にコレをずっと使ったら、もう少し誰もが物ごとを前向きに捉えられるのかもしれないな)
チープな表現になってしまうが、それを一言で言い表すならば、希望だ。
そのように表現出来る熱量だ。
きっと、それは現代でならアイドルや輝いているスポーツ選手みたいな人間を見ている時の感覚に近いのだろう。
そういうのが本質的に分からない自分には無縁なものだろうが、その突き動かされるような心地は悪く無かった……例え、機械的な再現に過ぎないのだとしても。
「対処開始だ」
【―――魔術コード真を起動。
AIの音声ガイドが始まる。
「地殻内の崩壊を食い止める。適正のある魔術を更に抽出。コード・アトゥーネを参照しろ」
色々と採集してきた魔術の知識や術そのものを既に千音に頼んで複合する時の基礎的な論理を持たせてもらっている。
とても簡易なものばかりで複雑な事は出来ないらしいが、複雑な事など何一つ出来なくていい。
それは科学の仕事だ。
科学に出来ない大雑把な事をやるのがこちらの魔術の使い方である。
【複合用術式記述用印を展開、複合記述開始―――終了。基礎設定による象形織り込み密度1nm単位。織り込み済み象形数約13434234342112個】
「よろしい。じゃあ、さっさくオレの認識で発動してみようか。崩壊領域をVR化しろ」
此処からでは見えない岩盤内部の崩壊箇所のあちこちを視覚内で予測した3D映像で補完してズームし、視覚内に送り込まれてくる魔法陣らしきソレを認識しながら、その実際には見えていない場所に向けて魔術を放つ。
認識と意識するのみでスイッチされる魔術の出力。
それが瞬間的に観測中のデータで再現された映像へ劇的な変化を齎す。
崩壊する岩盤が次々にドロリとした泥のようなものによって浸食され、その合間を満たされていく。
そして、それが端から次々に硬化していった。
【生命力流入量問題無し。コアの再生速度問題無し。複合印完全動作確認。毎秒各領域で1000t単位での物質生成を確認。ケイ素、水素、炭素、鉄、マンガン、主要鉱物の結合を確認】
「対象地点を全て目標とする。全術式認識開始。終了までの時間は?」
【残り20分32秒】
「枝と連携して継続して岩盤の圧力を分散させる。マグマ溜まり内の圧力に耐える最適耐圧構造解を構築しろ」
【構造解析終了。データ提示】
「ふむ。蜂の巣状か。取り込んだ熱を海中に逃がしても……熱膨張で列島自体が隆起する仕様になるのは変わらないか。まぁ、いい。環境が激変さえしなけりゃ、日本人は大抵慣れるからな」
ふぅと一息付いて、今までチマチマやっていた枝の増殖速度を限界まで引き上げる。
同時に溢れ出す莫大な質量の変換に地殻内部のマントルの1%程が急激な圧力低下で異変を起そうとするが、それもまた魔術コード真……本当の魔術、法則改変と物質生成の対象として土砂を補充して圧力を充填する。
列島地下は今や大工事中。大樹と土塊と紅蓮の波濤が混じり合う炎獄と化した。
それでも地獄にはまだまだ程遠いか。
日本列島の海面下への隆起が開始される。
全国を震度1の断続的な縦揺れが襲う。
それ事態は微弱なものだ。
しかし、プレートが真下からゆっくりとジャッキで持ち上げられるようにして上昇している為、海辺は一斉に潮が引いていく状態だろう。
日本国内に津波被害は出ない。
何故なら、地盤そのものが沈み込む余地が存在しないからだ。
列島地下のマグマ溜まり内部が枝から派生した金属壁による蜂の巣状の構造を獲得しながら地下世界の如く大地を数重層にも及んで形成していく。
それを更に充填する土砂と神の水による内部圧力の微調整が正しく映画にでも出て来そうな地下世界を構築して広げていった。
「最終321階層……ついでに最終戦争でも起きた時の為にドーム化しとくか。サービスサービス……ま、迷惑掛けまくりだしな。先住権くらいは主張出来るようにしておこう。見付けて見ろ……お前らがそれくらいに努力してたなら、国一個分くらいの用地はくれてやる……」
あの真面目そうな少年用にデカデカと碑を建てておく。
約束を守れたならば、いつか到達するだろう世界で彼の子孫はそれを見る事になるだろう……祖先がこの中二病患者の助言にどう答えを出したのかを。
【工程完了まで残り32時間13分】
ゲーム的に言えば、処理能力が追い付かずに重くなりそうな程の多重構造体の構築だが、何のことはない。
物質制御による構築のみで後は造りっぱなしで良いならば、すぐに処理能力が空くので簡単なものだ。
戦闘などの時は片時も気が抜けない。
常に処理能力を喰われる状態なのだ。
それに比べれば、投げっ放し系の工作はリソースさえあれば、手間は易い部類に入る。
殆どが同じ工程の繰り返しという事もあるだろう。
これでもしもの時は適当に人類も生き残れるだろう程度の生活空間が出来た。
遠い将来、この場所が見付かれば、地底人として生活する連中も出て来る。
その時には誰もがそれを楽園と呼ぶかもしれない。
地球上の全ての人口を先進国として賄い切るだけの“全て”が其処にある。
楽園を宇宙に求めて失敗した時の為の備えは使われるか否か。
それは予測しないでおこう。
「がんばれよ……」
何もかも、その全てに責任を負える程、自分もまたお人よしではないのだから。