ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第3話「白い粉でキメさせて」

 

「ちなみにパン共和国って何だか知ってるか?」

 

 重要キャラがいなくなってしまえば、後は衛兵からの情報収集くらいしか出来る事は無いだろうと無駄骨覚悟で訊ねてみる。

 

「く、我らを愚弄するか!! ごはん公国の蛮族め!! あの大穀倉地帯さえ手に入れれば、我らがMUGIの生産量は大陸一となる!! 貴様らにもはや生存権など無いのだ!! 我らが総統閣下に貴様らの王家が平伏す日も近い!!」

 

「………はぁ」

 

 とりあえず近頃流行りだった第三帝国×異世界転生のラノベを見過ぎだった事はハッキリした。

 

 夢から醒めて覚えていたら、新刊を買うのはしばらく控えようと固く心に誓う。

 

 歴史的な皮肉と破滅の美学なら人が畑から取れる方の陣営とかゲーム的にはやっていて面白いという事実もある。

 

 何事もバランス良くというのが食事にも歴史にも大切な事だ。

 

「何だその溜息はッ!! やはり、蛮族など即座に処分するべきだったのだ!! く、フラム様のあのフルコースを喰らって生きている化け物め!! ならば、直接―――」

 

 パンと乾いた音がして木製のテーブルの角が弾けた。

 

 思わず身を竦めていると開けっ放しだった扉から暗い顔をした美少女もといフラム・オールイーストさんと何やらゴツイというか……純粋にガタイが良さ過ぎる肉体が内部に入り込んでくる。

 

 身長で言えば、190cm台。

 

 その上、胸部がスイカなんて目じゃない程度の巨乳(たぶん、タグ的な意味合いで言うと超が付く乳)が目に入る。

 

 美少女と同じ白い外套姿の彼女、なのだろう巨体の主が少し屈み込むようにして、ワンポイントな白く銀の鷹を刺繍した鍔無し帽を取ってお辞儀してくる。

 

「初めまして。カシゲェニシさん。フラムの上司、ベアトリックス・コンスターチです」

 

 ニコリと微笑まれて、思わず瞠目した。

 巨人の如き彼女はたぶん二十代程だろう。

 その顔はそれなりに美しく。

 にこやかで何処かの教会にでもいそうな穏やかな笑みを浮かべている。

 だが、目を引くのはそれではない。

 両目の端が引き攣れてこめかみ辺りまで火傷の痕が続いていた。

 

 その線はまるで微笑めば、瞳が耳横まで続いているような錯覚を引き起こす程に大きく深い。

 

 薄皮一つ先には骨があるに違いなかった。

 

「ああ、この傷はちょっと昔に戦場で付いてしまって」

 

 穏やかな口調。

 穏やかな笑顔。

 

 しかも、まるで雰囲気は子羊。

 

 だが、全てを台無しにする傷が妙に浮いていて、全体的な印象を曖昧模糊としたものにしてしまっている。

 

 安心感を得るより先に不安感が付きまとう。

 そんな心地なのだ。

 

「部下がとんだ御迷惑をお掛けしたようで」

「あ、はい」

「ッ?!!?!?」

 

 何やら泡を食った様子でガクガクブルブルと震え出した衛兵が引き攣った笑みでベアトリックスと名乗った女に視線を釘付けにされていた。

 

「彼方、名前は?」

「じ、自分は第三十六師団!! 十五分隊所属!!! 伍長!! カ、カーシバル・エルゲであります!!」

 

「ご苦労様。明日から此処はいいから、自分の隊にお帰りなさい。後、此処であった事は誰にも言ってはいけませんよ? お名前、覚えておきますからね?」

 

「は、はははは、はいいぃいいいいい!!?」

 

「さ、今日はもう帰って奥さんと二人の娘さんを大事にしてあげて? ちゃんと、ご近所の犬にも餌をやってあげてくださいね?」

 

「ひ、ひぃいいぎぃいいいいい!!!? しぃいいつれぇええええしましたぁああああああああああッッッ?!!?!」

 

 もはや完全に正気を失った様子で逃げ出した衛兵が廊下へと消えていく。

 

「………あの」

「?」

 

 最初から身分知ってたんですね。

 というか、サラッと脅しましたよね。

 とは言えず。

 

「とりあえず、座って話しませんか?」

「あ、これは失礼しました。フラムは外に立っていて頂戴。すぐに終わりますから」

「分かりました。ベアトリックス様」

 

 何やらさっきとは打って変わって大人しくなった様子で、具体的には借りてきた子猫みたいな身の縮めようで、いそいそとフラムが扉を閉めた。

 

 小さな椅子に少し窮屈そうに座った彼女がこちらを見つめてくる。

 

「……ふむ。聞いていたのとは違い。かなりまともそうですね。カシゲェニシさん」

「え、まぁ、普通の一般人なもので」

「ちなみにご出身は?」

「日本です」

 

「NIHON? 聞きなれない国名ですね。大陸の端の方かしら……あ、済みません。もしかして、集落や村落のお名前ですか?」

 

「あはは……たぶん、そんなとこです」

 

 頬に手を当てて考え込むベアトリックスにとりあず訊ねるべきか迷って、結局訊ねる。

 

「ちなみに此処は何処ですか?」

「此処? ふむふむ。土地勘も無いと……」

「あの……」

 

「ああ、すみません。そのつかぬ事を伺いますが、お心にご病気とか患っていたりしません?」

 

「え、そういうのは全然」

 

 サラッと精神病扱いされたものの。

 

 現代病を患った記憶は生まれてこのかた三十代で魔法使いに成れてしまう病以外に無い。

 

「お名前を文字で書いてもらっても?」

 

 そっと茶色い紙が懐から黒い鉛筆と共に差し出された。

 

「はい。こんな感じです」

 

 サラッと書いた名前を見て、何やら解決した様子になったベアトリックスの懐から今度は何やら皮袋が取り出される。

 

「これ、中に手を入れてみてくれませんか?」

「中身は?」

「ウチの国の主要生産品です」

「分かりました」

 

 何か変なものでも掴まされるのだろうかと思ったものの。

 手を入れるとサラサラとした感触だった。

 手を上げてみると白い粉が付いている。

 一瞬、脳裏にダメ絶対の文字が躍った。

 

 が、触ってみてくれと言われたのだから、触る事に意味がある物質なのだろうと訊ねてみる事にする。

 

「あの……この粉はどういう?」

「………ふむ。面白い」

「え?」

「彼方、面白い方ですね。カシゲェニシさん♪」

「はい?」

 

 ニコニコされて、自分が面白人間の類だろうかと考えてみたが、答えは明らかに否定出来た。

 

「我が国の格言にこのような言葉があるんです。自分の口から出た言葉には責任を持て」

 

「そう、なんですか……」

 

「それでですね。フラムが自分で申告して来たんですよ。それで実際、ウチの法典にもその旨は書かれてあって、その上彼女は何とまだ伴侶がいないんです!! かわいそうでしょう?」

 

「え、いや、その……ええ、まぁ、はい……この国では、そうなのかもしれませんね」

 

「まぁ、分かって下さる? 優しくしてやってください。あの子あれで実はとても繊細なので……」

 

「は、はぁ……」

 

「私の名義で長期滞在旅行者用の認証(パス)は出しておきますので、しばらくはフラムの家に滞在して下さい。後、出来れば……時折、我が軍にご協力願えれば幸いです」

 

「軍?」

 

「ええ、我がパン共和国が誇る最大火力、あらゆる国家が畏れる鉄血の鋼を身に纏いし、精鋭なる将兵達……レギオン・ガーブス。その研究に少しばかり彼方のお力をお貸し願えればと」

 

「か、考えておきます」

 

「ふふ、はい。いつでも積極的なご協力の打診お待ちしております。あ、それとフラムに言って頂ければ、こちらでジャムもピーナッツバターもマーマレードもご用意させますので。他にも食べたいものがあったら、是非言って下さい」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 何やら気に入られている?らしい事に不信感を覚えつつも、何かがおかしいと心の何処かに漣が立つ。

 

 まぁ、一応偉い人が夢の中で安全を確保してくれると言うのだから、問題は無いだろう。

 しばらくは身の安全を確保した……と信じたい。

 

「その、一ついいですか?」

「はい? 何ですか」

「出来れば……その片手にしてる……拳銃とか……仕舞ってくれると……」

 

「ああ!? 失礼しました!! つい戦場の癖で……あはは、お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね♪」

 

 イソイソと今の今まで目の端でチラついていたゴツイ、黒い、ソレが外套の内部。

 黒いズボンの太ももに据え付けられたホルスターへ戻された。

 

「では、フラム」

 

 一秒でドアが開いてザッと入ってきた美少女が敬礼する。

 

「は、はい!! ベアトリックス様!!」

 

「貴女にはカシゲェニシさんの護衛を任せます。それと彼を伴って三日以内に一度前線に戻って下さい。復帰しろとは言いません。あくまで様子を見せるだけです。何か彼が思い出せたら、報告を」

 

「りょ、了解しました!!」

 

 僅かにその額には汗が浮かんでいる。

 高圧的な虎みたいだった相手が狐よろしく小心者に見える。

 

 そんな振る舞いをするという事はそれだけベアトリックスが軍の重鎮という事なのかどうか。

 

「それと話を聞くにとても優れた体質をお持ちのようだから、火遊びしてもいいのよ?」

「~~~~ッッッ?!!?」

 

 目を白黒させて、物凄い複雑な百面相をした挙句。

 フラム・オールイーストはポソリと呟いた。

 

―――考えさせて下さい、と。

 

「後、この国の事。いえ、この国周辺の事をカシゲェニシさんに分かり易く教えてあげて。もしお医者様が必要になったら、軍病院にお行きなさい。軍医には予め言っておくから」

 

「分かり……ました。ベアトリックス様」

 

「外にいつもの馬車を待たせておきます。では、私はこれで。また、お会いしましょう。カシゲェニシさん」

 

 ペコリと頭を下げられて、下げ返すと「ふふふ」と微笑まれた。

 

 巨体がゆったり部屋から出て行くと急激に威圧感が低減されて、ドッと力が抜けるような感覚が全身を襲う。

 

(近頃の夢は狂人キャラが出るとかゼンエイテキだなー)

 

 棒読みに近い感想を覚えつつ、額を揉み解して。

 何とか精神的に立て直すと目の前にはブスッとした顔の美少女がいた。

 

「ベアトリックス様に取り入るとは……この賢しげな野蛮人め!!」

「結局、野蛮人なのかよ……」

「何だ!? 文句があるのか!!?」

 

「無いです。というか、上司に言われてるんだから、案内して休ませたりする配慮が必要じゃないのかと思うんだが」

 

「く、こんな間諜っぽい奴を我が家に招くなんて……家人達に何と言い訳すればッ!!?」

 

 何やら一人で盛大な独り言を呟く美少女にもう何でもいいから、休みたいという顔をしてみる。

 

「ああ、分かった!! 連れて行けばいいんだろう!!? 連れて行けばッ!!? ああ、総統閣下。どうか、この野蛮人から私の貞操と家財と家人と軍務の成功をお守り下さい」

 

「………閣下万能過ぎだろ」

 

 ボソッと突っ込みを入れても、まるでフラムが聞いている様子は無かった。


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