ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第285話「夕餉の集い」

 

―――日本列島大隆起!!

―――ファースト・クリエイターズのカウント切れ数日。

―――世界アトゥーネ教宗派南米に勢揃い。

―――南米から脱出した政治家と資産家達は大顰蹙。

―――アトゥーネ教を主力とした南米の新党優勢。

―――次期与党はアトゥーネ教の国教化へ舵切り。

―――国連安全保障理事会再会、断続的戦闘は沈静化と声明。

―――各世界宗教のトップ、国連でアトゥーネ教の是認を発表。

―――南米沖での航行制限解除されず。

―――米海軍による捜索は尚も継続中。

 

 ネットニュースの見出しはどれもこれもあれもこれも重要ニュースが多過ぎて目が回る忙しさらしい。

 

 GPSは消えたが、未だに国外を結ぶ海底ケーブルは繋がっているし、この数日でネットインフラの復旧は目覚ましく。

 

 もう4割以上が回復されている。

 

 各国の見出しでやはり大きいのはファースト・クリエイターズを神と崇める者達の勃興とそれに政府が対応して事実上の合法化が推し進められている事だろう。

 

 それも宗教界では大確変が起きている様子で今まで改宗不能だった宗教は別の宗教に鞍替えOK。

 

 更に宗教の完全世俗化に向けて大きく躍進したらしく。

 

 多くの世界宗教や少数派の宗教で戒律の一律の緩和が行われた。

 

 また、聖典の再編纂や不寛容な内容の一部削除も同時に行われ、今にも死にそうな顔の青白い原理主義者達が何とか止めろという声明を出してはいたが、恐らく早晩に趣旨替えするだろう。

 

 まぁ、だからと言って何が変わるわけでもない。

 世界は今まで通りに貧困で溢れているし、格差もそのままだ。

 

 ただ、それでも普通に生きていけるようになってしまう人々が大勢出始め、ついでに病院には閑古鳥が鳴き始めているという。

 

 また、世界各地でマフィアやらテロリストやら犯罪を犯したと自首するものが激増。

 

 各国では刑務所の建設ラッシュ。

 

 各国に流した噂やらで先兵達が占拠した土地の開放が話題にもなっているようだ。

 

 その価値に気付いた諜報機関やら国家機関が次々に調べ始めている。

 

 更に委員会の末端がほぼ今の現状のうねりによって各国の機関に検挙。

 

 中堅以上と目される研究所や研究員達にも捜査の手が及び始めており、残すは頭となるべき中核集団のみ。

 

 その移動先は既にバレており、南米沖の海中だ。

 

 現在、米軍が封鎖する海域では次々に空になった船舶が見付かっており、逃亡者達が死に物狂いで最後のオブジェクトの起動に勤しんでいるのだろう事は容易に想像が付いた。

 

「ふぅ」

 

 随分とオブジェクトを壊して回った反動か。

 近頃はかなり眠い。

 

 精神的なものなのは間違いないのだが、科学の極致で解決しないのだから、恐らくはオカルト的な理由が関わっているのだろう。

 

 本日の昼寝場所はスカイツリーの屋上にある光学迷彩済みなメタリック物体の上である。

 

 風が心地よい程度に吹いているが、世界は未だ争乱の渦。

 

 未だ嵐の吹く世界は懺悔祭りと国家を束ねる政治家達の汚職体質に幻滅している最中であり、途上国も先進国もスキャンダル塗れ。

 

 資本家も投資家も富裕層もせっせと税金を納め、世界各地の富が国家による再分配の天秤に掛けられている最中。

 

 国連も腐った連中が軒並み辞職し、てんやわんや。

 

 軍も警察も猫も杓子も独裁者も売国奴も愛国者も犯罪は全て裁かれ、犯罪ではないにしても倫理に悖る者は自らの手で仕事を止め、あらゆる政治経済軍事の中から排除されていくだろう。

 

 その間は各国とて何も出来はしない。

 

 辛うじて真面目な警察やら軍やら政治家やら資産家やらがいるようだが、そいつらが国家共同体の統治者層に食い込むまでには色々と時間も掛かる。

 

 総じて何とか持ち堪えているのは先進国の各国家の軍警察と一部政治家達くらい。

 

 それとて他の国に比べればという話であり、3割以上の人員が入れ替わる総取っ換えが起こっている最中であり、辛うじて麻痺で済んでいるというだけだ。

 

 今ならば、世界征服なんてチョロイだろうし、地球を真正面から殴って侵略者の王様になるのも楽勝であろう。

 

「思ってたより、人間の業ってのは深いもんなんだな」

 

 呟いて。

 スマホを横に置く。

 すると、傍に降り立つ影が二つ。

 

「全ての準備が出来た。我らが将よ」

 

 冗談めかした元独裁者が杖片手にこちらを見下ろす。

 

「さよか。じゃあ、明日開始だ」

 

「世界各地の混乱は沈静化しつつある。こちらで先兵のスキャニング・モードを随時使っているが、行方不明のオブジェクトが残存数400を割らない。月と火星とやらにあるサイトの中。もしくは……」

 

「南米沖に持って行ったな」

「恐らく」

 

 桜色なメタリック巨漢が頷く。

 

「お前らは月と火星に向かえ。南米はオレ一人でやる」

 

 その言葉に苦笑と肩が竦められる気配がした。

 

「我々も随分と信用されているようだ。若人の信頼を勝ち得るとは、この老いぼれもまだまだやれそうだな」

 

「フン。空間転移か……あの小娘に頼り切りとなるな。そして、お前はケリを付けて来ると」

 

「いいや、単純にオブジェクトを全部、ぶっ壊してくるだけだ。計画は相手側に進めさせる」

 

「何?」

 

「オレはあくまで脇役だ。人類皆主役となって未来を勝ち取って貰わないと世の中なんも変わらないからな」

 

「まだそんな事を言っているのか。その傲慢さが何処まで通用するものか」

 

 呆れた様子の巨漢が溜息を吐く。

 

「通用するまでやるだけだ。生憎とそれが出来る環境にあるんだから、やらなきゃ嘘だろう」

 

「分かった。月と火星の件はこちらでお前のシナリオ通り進めておく。精々そこで寝ていろ」

 

 巨漢が跳躍して都市の虚空に消えていく。

 それを見送った老人がこちらを不思議そうに見やった。

 

「どうやら本当に眠そうな様子だが、疲れたかね?」

 

「いいや、何かのオブジェクトの影響か。もしくは単純にオレに使ってるオカルトのせいだな」

 

「……世界など欲しくは無いし、もう勝手にやってろとか思っている顔だ。それは……」

 

「アンタもそんな気分になった事あるのか?」

「あるとも。何度もあったさ。これでも独裁者だったからな」

 

「オレは別に世界なんて欲しくは無いし、もう勝手にやってろとは思うが、だからと言って投げ出せもしない性分みたいだ」

 

「ははは、よろしい。それこそ人の上に立つだけの理由になる。無欲とは正義なのだよ。特に誰かを導こうという人間にとっては……」

 

「オレは欲塗れだがな」

 

「それを人は欲とは言わない。いや、欲などと表現出来ないというのが正しいか」

 

「分かったような事だけ言うのはホント得意だよな。アンタ」

「それはそうだとも。何せ演説一つで国を捕った男だからな」

「自慢も欠かさないとはさすが独裁者の鑑」

 

「……君は考え込まずとも十二分に人間らしい。その無欲さ故に君は自分に出来ない事を出来るとは見誤らない。そして、自分に出来ない事こそを知っているから、誰にも負けない。出来ない事があると知っているというのはそれだけで何かをしているに等しいのだよ」

 

「何も言ってないだろ」

「顔に書いてあるとも、勿論」

「それ流行ってるのか?」

 

「……それを自覚出来ない統治者がどれだけの数、破滅してきた事か。君は知っているか? 我が国が出来てから、少なくとも4回ソレを見たよ」

 

「具体例は?」

 

「できもしない事をやろうとして今を蔑ろにした国家はよく破綻していたな」

 

「……食材耐性の人工的な獲得か?」

 

「そうだ。今より悪くなると知っていて、無謀な計画を立てたのだ。それはそうもなろう。だが、それを計画しなかったとしても破滅は同じような時期に起こっていただろう」

 

「詰んでるわけか。だが、やらないよりはマシとはならないところが世知辛いな」

 

「しょうがない。世の中は理不尽だ。君程に恵まれたカードを持っている者ばかりではない。統治者に誰も成りたがらなくなった挙句に他国からも見捨てられて、無法地帯となった地域とてあった」

 

「そして、暴力で台頭した連中は昔の連中と同じ二の轍を踏むと」

 

「そういう国は地道にコツコツと耐えるしかないのだよ。希望など無いし、絶望は隣人だ。それに慣れろとは言わないが、それと付き合いながら出来る事をやるしかない。その結果として恨まれて、国民から排除されるともなれば、奇特な人間もいなくなるというものだ」

 

「結果、奇特じゃない連中が上に立って更に状況が悪化すると」

 

「分かっているようで何よりだ。それを4度手本にした事はきっと人間として許される事ではないだろうな。だが、吾輩の国家はその分だけ前に進めた」

 

「出来る事をやるのは当たり前。だが、出来ない事をやらない事も重要な事だと」

 

「この老いぼれに言える事は二つだ。君は出来る事を出来る限りやろうとしている。それは正しいが、正しい故に人の道ではない。縋るとか、求めるとか、そういう人間の感情とも違うな。そうそれは……恐らく君だけの非人間的な特権だろう」

 

「まったく今更な助言ありがとさん」

 

「そして、人の道ではないからこそ、それを極めようという世界一の狂人には同行者が必要だ。その覚悟をさせてしまった君は罪深い罪人で、その罪深い罪人に付いていく事を決めたあの子達は被害者だ。相応に答えてやりたまえ。無論、この国のあの子にもな」

 

「……老いぼれて寝台の上で恍けた事言ってくれてた方がよっぽどに愛嬌あるぞ。アンタ」

 

「残念ながら、吾輩が天寿を全うする時は既に過ぎた。後は修羅の道一筋だろう。期待しているよ。その点、君はそういう道を用意する才覚に関してだけは抜きん出ているからな」

 

「まったく褒められてない事は分かった」

「褒めているとも。吾輩や彼のような人物にこそ君が必要だろう」

「嫌な話だ。オレは独裁者もHENTAIも遠慮願いたいんだがな」

「それこそ今更な話ではないかね? はははははは」

 

 老人もまたやってきた時に使ったのだろう頭上の光学迷彩済みなフォートに吊り上げられて、そのまま去って行った。

 

 まだ、夜には早い時間帯。

 黄昏はもう少し先。

 

 そんな最中、東京湾の方角ではほぼ中央から露出したマグマ溜まりを支える支柱の一つが露出していた。

 

 結局、各プレートの一部を破断して日本海側から日本列島を東側に切り離して移動させ、隆起させると同時に出来た大海溝を枝と土砂で埋めた。

 

 列島大改造の影響でしばらくは海が激変するだろうが神の水多めで海底から生物保護+大移動中なのでその内に落ち付くだろう。

 

 潮の流れだのが激変する際の気候変動もある程度はこちらで地底の形を変化させて対応したので十年程度で前とほぼ変わらなくなるはずだ。

 

(日本海が100kmくらい広くなったが……まぁ、許容範囲だろ)

 

 現在、日本周囲では多くの漁船が操業停止状態であるが、政府は全て補填するだろう。

 

 太平洋側は海を陸地の大隆起で未来でアトラス・パイルを使った時のように隆起現象やらが断続的に発生しているが、海辺の生物を土砂毎スライドさせて遠浅の広がった遠方の海岸線沿いまで移動させた。

 

 海と浜が一気に遠ざかっていく光景はもはや多くの人間が笑うしかなかっただろう。

 

 船も浜辺から全部係留を切って沖合へと退避させたので今は船主達が自分の船を海上保安庁に頼んで探してもらっている最中だ。

 

 結果的に北海道、本州、九州、四国、沖縄、更に各有人島が陸地で繋がり、高地に早変わり。

 

 海が物理的に生物毎土石流みたいに遠方の浜まで掃けた後。

 残ったのは体積していた海底と鉱物資源くらいだ。

 

 海底ケーブルの保全やら潜水艦の強制的な遠方への牽引やらやる事は山ほどあったが、それも三日前まで他諸々と共に終了。

 

 全体的には日本の隙間が埋まって東にズレ、標高が500m弱一斉に変化した。

 

 動いた分だけ陸地は広がったが精々沖合に30km程度なので今後は海で暮らしたい人間は移住するかどうかという話になるだろう。

 

 高齢者の事も考えて、主要な港や漁村などからは船も通れる大きな海まで続く川を完備した。

 

 ちょっと通勤が遠くなるかもしれないが、そこは健康寿命を勝手に伸ばしたので死ぬまでピンピンしたまま働いてもらおう。

 

 国家の形すら変えるファースト・クリエイターズの所業に対してもはや各国は驚くとかいう事を止めているらしく。

 

 何処の紙面も乾いた笑いしか出ないというニュアンスの記事ばかりだ。

 

 衛星も無い今、日本の新しい地図が出来るのは国土地理院や民間の頑張りに掛かっている。

 

 今現在、そんな状況なものだから、もはやファースト・クリエイターズ何かに関わっている暇はないと言いたげな日本のお役所の全ては絶賛残業中だ。

 

 超絶ブラックな話だとしても、国土の激変やら国内外の対応で何処も目の回る忙しさ。

 

 国会では諸外国に比べれば単純に済む議員辞職が相次いでおり、国難の時だというのにと国民から顰蹙を買う議員が後を絶たず。

 

 しかし、それでも国会で決めなければならない法案が無数に山積みなので残った議員達が連日連夜、特措法だの暫定的な対処用の法律を可決しまくっていた。

 

 それも国会が使えないものだから、借り切ったビルやらを現場にしてだ。

 

 永田町は見る影も無い激戦区だった為、未だ野晒し。

 

 きっと、日本で一番長い一日を毎日経験している現職議員達はファースト・クリエイターズに個人的な恨み骨髄であろう。

 

「よし、行くか」

 

 眠気は何とか退けたのでタワーの下に垂直落下し、そのまま着地する。

 

 見せ掛けだけ衣服を普通のパーカーにジーンズに替え、歩き出そうとしたら、何か見覚えがある面々が何やらスーツ姿の人物達と共に待っていた。

 

「……お久しぶりです。という程に時間は経っていませんが、またお会いしましたね」

 

 和装姿の少女。

 あの土蔵で見た時の姿のまま。

 

 未来予知の力を失った彼女があの永田町の戦闘で見掛けた人間らしい人物達を数人後ろに従えて、その更に後ろへテレビでよく見た事のある大臣連中を引き連れ、待っていた。

 

「オレの目がおかしくなったんじゃなければ、連中の後ろにいるの現在、特措法の連続可決で血反吐でも吐いてそうなお偉い大臣先生方じゃないか。つーか、内閣の半分と総理がいるって仕事どうしたんだよ……つーか、もう予測出来ないはずのアンタはどうやって此処を見付けた?」

 

「家には妹が居まして。その子に占って貰いました。私より優秀なんですよ?」

 

 ニコリと微笑まれる。

 

「……オレとの未来予知合戦を想定して、今まで予知させずに温存してたな?」

 

「ご明察です」

「顔に似合わず狸だな」

 

 実際、そういう切り札を温存されていた時点で自分の居場所がすぐに割れてしまう事を想えば、やっぱり自分の想定外や予想外は大量にあると認めざるを得ないだろう。

 

「フニャムさんは元気にしていますか?」

 

 どうやら親友の事は気に掛けているらしい。

 

「まぁ、戦闘もほぼ終わったし、次の仕事を色々とやってもらってる。毎日、愚痴られながらオレはお仕事三昧だ」

 

「そうですか。では、語り合いたいのは山々ですが、総理以下議員の先生方との御会食など如何でしょうか?」

 

「ウチで生憎と料理人が毎日人数分の食事を作ってくれてるんだが……まぁ、いい。今日は二食食べる事にしよう」

 

「ふふ、それは良かった。では、ご案内致します。車は待たせてありますから。どうぞ」

 

 見れば、総理以下大臣達は既に黒塗りのリムジンに搭乗していた。

 

 その周囲には普通の車に見せ掛けて防弾車両と多数の一般車両に見せ掛けた陸自の隊員達の個人車両が周囲の道路を走りながら警戒し続けている。

 

 唯一、彼らの中に足りないのは米軍や米国関係者だけだろう。

 

 自分が乘る車両はどうやらミニバンらしい。

 

 少女が先に乗って手招きするのでそのまま乗り込むとすぐに発進した。

 

 運転手は魔術師のようだが、何一つ魔術は使っていないようだ。

 

「気を使わせて悪く思う」

「そうですか?」

 

「ああ、お前に対してじゃなく、お前を心配する連中に対してだがな」

 

 その言葉に面食らった様子になった後、控えめに袖が口元を隠して、クスクスと微笑みが零される。

 

「そう言えば、お名前を聞いても?」

「カシゲェニシでいい」

「では、エニシさんと御呼びしても?」

「好きにしてくれ」

 

「では、エニシさん。こちらの招きに応じて下さり、まずは礼を言わせて頂きます」

 

「美少女の食事の誘いとか。怪し過ぎて断っても良かったんだが、後でまたウチのフニャムさんに愚痴られるのも御免被りたいからな。で、どうして政治家を連れて来た?」

 

「何も解決しないのは分かっています。ですが、何かを解決しなければ、彼らは政治家として納得出来ないくらいには“それなり”ですよ」

 

「ご苦労なこった。別に恩とか売りたいわけでもないだろうに」

 

「ええ、ウチの両親にも別にそこまで義理立てする程の事はないと、全部終わるまで静観していたらどうだと言われました。ですが、明日から世界を掛けた大一番でしょう? 何も知らない人々が何も知らぬまま踊り続けるには少々酷な事になる。彼らにも事実や真実を一掴み握る程度の覚悟は有ります。それを死ぬまで肌身離さずという決意もまた……」

 

「絶対、納得出来ないぞ?」

 

「誰も納得なんて求めてはいませんよ。一目、自分を地獄に落した人間の顔が見たいが故に法や国家の対面を投げ捨てるくらいには彼らも人間だという事です」

 

「ぶっちゃけ、現状の説明に1分も要らないんだが」

 

「その一分の為に命を賭けても良いとの言質は取ってあります。総理以外の方は今日、死に装束で来られる方だけ来ているくらいですよ? 総理の身の安全は私の命で保証致しました」

 

「重た過ぎる……別に何もしないし、する気も無い……どんだけ、オレを悪人にすりゃいいんだ」

 

「世界を犯す大罪を悪びれもせずやってのける方には今更かと?」

 

 ニコリとまた小首を傾げながら微笑まれて、大きな溜息が出た。

 

「食いながらでいいか?」

「はい。ご自由に」

 

「分かった。後、一番大事な事を聞いてない事に気付いた」

 

「?」

「名前。教えてくれ」

「ああ、そうですね。申し遅れました」

 

 その相貌はあくまで優美に優しく。

 

「理衛。蘆家理衛(あしや・りえ)と御呼び下さい。全き白賽の君よ」

 

「賽、ね……オレは精々、誰かが用意したものを転がしてるだけの人間だと思うぞ?」

 

「それにしては自らの絵心が有り過ぎるのでは?」

 

「どうだろうな。これも結局は誰かの借り物に過ぎないかもしれない」

 

「……ああ、見えてきました。行きつけのお店で今日は貸し切りにしてあるんですよ。席はそんなに多くありませんが」

 

 ミニバンの前方にはそろそろ夕暮れ時に入ろうかという頃合いか。

 

 紅くなり始めた空の下。

 

 ビルの隙間にある空き地に屋台が一件、店先に簡易のテーブルと椅子を用意して、本日貸し切りの看板が垂れ下がっていた。


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