ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
―――南米沖決戦より32時間後。
最後のオブジェクトが巨大な人型が構えた大口径のライフル型の重粒子砲の光の中に消え去った時、月面に置かれていた最後のサイトは人員を脱出させた後の核自爆によって閃光となって散った。
巨大な宇宙戦艦となった後方のアトゥーネ・フォートは拠点として周囲の残敵と思われるドローンの掃討が終了した時点で前進。
火星から返って来つつある元独裁者が載った簡易版フォートからの連絡を待っており、冗談みたいに大きなパラボラアンテナを虚空に向けている。
「こちらナットヘース。そちらは片付いたかね?」
「はい。月面の制圧は完了しました。今、ベリヤーさんが周辺の警戒に付いてます。そちらは?」
フォート内部の制御室内のモニターに老人の姿が映された。
椅子に座っていた美女が元気そうだと安堵の息を吐く。
「ああ、吾輩はピンピンしているが、やはり起きないようだ。恐らく、地球上の彼の消失と関係あるな」
「まぁ、エニシさんの意識が途絶えたらしき時点で同時にという事でしたから、恐らくはそうなんでしょうけど、エニシさん自体は目覚めた後、こちらに何も言わず何処かへ行ってしまって。探しているのですが、こっちの目にも掛からないので恐らくピントが合わないくらい遠くにいるか。あるいはこの地球上とは違う空間に転移したのではないかと」
「ふむ……最大の懸案が消えたから、残りの新しい案件を処理にし行ったとも考えられるな。少年特有の無軌道な逃避行というわけでもないだろうし、まぁ……その内に帰って来るだろう」
「あはは……信頼されているんですね。お爺ちゃんも」
「そういう君こそ。それであの若者達の方は?」
「あ、はい。それなんですが、この一件に力を貸したら力をやって未来に帰すって約束してたのは知ってたのですが、何でも電車が勝手に起動したとかザワ付いていて……どうやらエニシさんがタイマーを仕掛けていたらしくて。あちらに持っていくモノを今地下基地で揃えてる最中だそうです」
「ふむ。急な話だが……恐らくリスクを分散させたな」
「リスクを分散?」
「我々がもしも失敗した時の備えだよ。こちらがダメになったら、せめてあちらに必要なものを送って、人類を救っておこうという事だろう。こちらが滅びるかどうかは分からなくても、仕事分の給料は即払いというのは彼らしいと思うが」
「ああ、そういう……もし、こちらが滅びたならば、あちらだけでもって……確かにエニシさんなら考えてそうな話ですね」
「それで出発はいつになるのかね? 彼女が目覚めない限り、空間転移とやらは通信だけで手一杯なのだが……」
「はい。どうやら明日には……」
「結局、帰る事を?」
「滅びかけていようと彼らの故郷を放ってはおけないと」
「そうか……それが彼らの選択なら、何も言うまい。出来れば、もう一度直接励ましてやりたかったが、お嬢さんが起きるまでは通常航行で1か月という事だから、無理だろうな。それで地上の様子は?」
「……エニシさんと打ち合わせていた通り、内なる良心の言語化と複数のメッセージの送信が終了しました。予定通り、
「上手く行ったようだ……番組の方はどうかね?」
「最終回も無事流れたようで神様と戦っていた云々とプロパガンダはバッチリです。倒された扱いで私達も数か月後までお役御免ですね」
「……長いようで短かったな。委員会の再起動後への備えにこれから忙しくなるぞ」
「はい。今、ベリヤーさんの調査が終了し次第、サイト跡地へフォートに積んだ水の散布を始めます。それにしても月面要塞化計画とか。どうやったら考え付くんでしょうね」
「未来では月面の下には新しい世界があるとの話だ。まぁ、彼にしたら流用させてもらうというだけの事だろう」
話合う老人と美女の話題は尽きない。
その合間にも地球上では多くの人々がその自らの明日へと想いを馳せていた。
彼らは後に語るだろう。
多くの人々へ言うだろう。
声を聴いたと。
自分に語り掛ける偉大な声、優しい声、勇ましい声、穏やかな声、他者を尊重せよという声を聴いたと。
だが、それを人の内なる声だと言う者はまるでいないに違いない。
それは人間の良心と言うべきモノだ。
人間の悪意が底なしなら、人間の善意だって底なしかもしれないと考えた少年の掌の上だ。
自らの理性が、良心が、自分でも思ってもみない程に温かい事を人々はこの時、ようやく初めて心の底で感じられるようになったのだ。
そうとは知らずとも、それは人の心に少年が呼び覚ました最後のペテン。
最良の隣人とは内なる声だと理解した者が仕組んだ本当の攻撃だ。
此処まで来る為にした事など、ほんの座興に過ぎない。
人間を変えるのは人間。
人間を変えるのは他者。
人間を変えるのは自分。
他人に変わって欲しいならば、と考えた詐欺師は最もポピュラーな出来事を選んだのだ。
死を身近に感じ、世界が崩れる音を聴き、困窮を経験し、誰かの善意を理解させ、そうして最後に己の良心を知ったならば、人間は変わるだろう。
その究極の悪意である戦争を前にして人々は無力に打ちひしがれ、同時にまた“それでも”と言い続ける事の大切さを理解したのだ。
今、誰かの為に仕事をする人々が、家族を守ろうとする誰かが、自分を護り、生きていこうとする命が、世界に満ちている。
他者と助け合わねば生きていけない世界。
それがより身近になり、可視化され、己の中に賛同する声があると知れば、その時点で彼の勝利は決する。
今、世界に蔓延る超技術による頚城もまた段階的に取り払われていく事になるだろう……それが当たり前の社会を人々が形作り、人の法となった時、お役御免である事は言うまでも無いのだから。
こうして彼らの戦争は終わりへと近付いていく。
宙で未だファースト・クリエイターズが最後の後始末をしている時。
都心地下の秘密基地では五人の若者達が自らの時代に持って帰るべきものを纏めて、ゆっくりと唸り始めた電車の内部に詰め込んでいた。
雑多に食料品やお土産がワンボックスで詰まれている横では五人の誰もが自分達に贈られた力……腕時計型の量子コンピューターを見つめている。
神剣の中核構造を精度を下げて模倣した彼らの時代ですらオーバーテクノロジーに違いない一品だ。
その内部に組み込まれたOSやコードはこの世界で少年が使っていたものの簡易版が入っている。
五人が力を合わせれば、それだけで少年のように地球規模でのコードの行使が出来るだろう。
「……いいのかな?」
「何がだよ……」
「僕達、まだこの世界を救ってない……」
「で、でも、これが動き出したって事は決めろって事でしょ!! きっと、あの人はこうでもしなきゃ踏ん切りが付かないって分かってた……分かってたんだよ……」
「そうかもしれねぇ。此処がオレ達、好きになってた……」
「破滅する寸前の未来に行っても破滅は避けられないかもしれない。いや、その可能性の方が大きいのは分かってる。だけど」
「ああ……だからって、見捨てておけやしない」
「彼が送り出してくれた時、言ってた……私達は希望じゃない。でも―――」
「希望を動かす動機になる……」
「……ようやく分かったわ。彼がこの時代に送り出してくれた理由……」
「でも、この車両で本当に元の時代に戻れるのかな?」
「分からない。だけど、行かなきゃ……」
彼らは英語で流暢に会話する。
一車両だけの箱舟は次の時代に跳ぶ為か。
その震えを大きくしていたが、いきなりモーターの駆動音が高まった。
「「「「「!?」」」」」
一応、いつ発射するのかは分からなかった為、乗り込んでいた全員が驚き、車両の外にある大型の情報端末のディスプレイを見やる。
「どうなってるんだ!?」
「分からない。でも、これは!?」
「クソ、もうなのか!?」
「え、え!? 本当にもう!?」
「……彼が私達の決意が出来た時に出発する仕様にしてたのかもしれない」
そこにはこう書かれていた。
お前らの明日を創れ、と。
車両の扉が閉まると同時に外の景色を覗かせていた窓の全てが漆黒に染まる。
急激に始まった帰還。
そのタイムマシンなんて馬鹿げたモノの中で彼らの意識レベルが急速に低下していく。
言葉を発する事も出来ず。
そう言えばと彼らは初めて気付いた。
これが安全かどうかも聞いていなかったな、と。
そうして本当に僅かな間、過去に滞在した彼らは跳ぶ。
自らを構成する物質を頼りに、その己が帰るべき世界の座標へ。
―――不意に目覚めた時、彼らがいたのはニューヨーク市街の廃墟となった地下鉄だった。
駅構内はオブジェクトの暴走による攻撃で埋もれており、それに対抗する為に創設された財団と米軍を主軸とする部隊が封鎖した地区にもう人影はない。
辛うじて潰されずに駅内部の瓦礫に埋もれるようにして存在する車両という事を確認した彼らは慌てて本当に此処が自分達のいた世界なのかを確かめる為、その車両周囲をコードによる構造材の強化で保護、誰にも見付からないよう光学迷彩を掛けた後、駅から這い出すようにして路地へと出た。
すると、彼らの五感にはすぐ発砲音と巨大な地鳴りが聞こえて来る。
この近くには国連本部を主体とした対オブジェクトの特殊機関の本部があるのだ。
本来、この距離で封鎖されたニューヨーク内から戦闘音が聞こえて来るはずがない。
それは地域を護るように封鎖している軍の何処かが突破された事を意味するのだから……。
「行くわよ!!」
「「「「オウッ!!!」」」」
顔を見合わせた彼らが即座に上空へと急激に上昇して周囲の状況把握に努める。
嘗て、米国の顔であった巨大都市は今やオブジェクトの攻撃で廃墟となり、多数の封鎖区画とシェルターが入り混じる混沌とした場所のはずだ。
そう、そのはずだったが……彼らは息を呑む事しか出来なかった。
「クソッ!? 間に合わなかったってのかよ!?」
大規模シェルターの大半が瓦礫のように崩れていた。
世界最後のフロンティアとすら他国に言われた北米最大の人口を誇る地下シェルターは外殻だけでも40層という分厚い隔壁に覆われた代物だ。
だが、その半分以上が内部まで外壁を崩され、露出している。
発砲音が響くのに合わせて、彼らは即時上空から防衛部隊を掩護する為に急行する。
しかし、彼らが近付いていく度にズームされる視界の中。
今現在、暴走するオブジェクトの中で最も恐ろしいモノ。
無限に増殖し、瞬きの内に人を殴り殺すズングリムックリとした人型のソレが無数に弾け散った。
「な!?」
虚空で急ブレーキを掛けた彼らが目を見張る間にも人間では有り得ない。
10m級の影が土埃を上げて地表から浮いた状態で疾駆する。
「あ、あれは!?」
「か、彼が使ってたイグゼリオンじゃないか!!!?」
それは確かにそう見えた。
彼らが地下格納庫で見たモノに極めて似ている。
ソレが単体どころか。
数十機編成で分散しながら市街地へと出撃し、構えたショットガンと小銃を乱射しながら、市街地毎、敵を砕き殲滅していく。
「どういう事なの……」
不意にその内の一機が彼らに気付いて反射的に銃口を向けようとしたが、即座に僚機から待ったが掛かった。
『財団の認識コードと確認。何処の所属だ!!』
「わ、我々は財団直轄の近未来予測システム開発部門の防衛部隊に所属しています。コードはラスト・タレント!!」
『……確認した。英雄のご帰還だ。めでたい時で悪いが、今現在こちらは作戦行動中だ。後方の司令部に行って事情説明を。それと総司令よりの言葉を伝える』
「総司令?」
『遅かったな、だそうだ』
「遅かった? え……それは一体どういう」
『話は後だ!! 今現在、世界各地の大都市圏でオブジェクトからの市街地奪還作戦が開始されている!! 月面艦隊と合同での地球全土の大規模攻勢だ!! 君達の勇気と行動力に感謝する!!』
「ちょっと待ってくれ!! 今は、今は一体、何年の何月何日なんだ!?」
『現在、西暦2453年8月14日午前11時33分23秒。君達が過去に向かって3か月後だ』
「「「「「?!!」」」」」
彼らの秘密をサラリと流した隊長機らしき機影がそのまま遅れを取り戻さんと急激に速度を上げて、市街地の奥へと突入していく。
彼らが呆然としている合間にもニューヨークのダウンタウン付近から東西に分かれた部隊が散らばりながら市街地に潜伏するオブジェクトを討ち倒していく。
破壊されたドームと今、土埃を上げて倒壊していくビル群。
無数の超音速移動する敵に向けて乱射される散弾の雨が、全てを削りながら塵と埃へと何もかもを還していく。
だが、だが、そうだ。
彼らは知るだろう。
そんな事、人類には出来るはずが無かった。
だって、多くの人々がオブジェクトの餌食となり、どんな兵器を持つ者も最後にはその群れの中に沈んだ。
世界はもはや人類のものではなく。
生存権は全盛期の4割にも満たない。
滅亡はもうすぐ。
そう……自分達の出発から
「あ、アレ!?」
誰が指差したか。
遥か上空を漆黒の機影が複数通り過ぎていく。
まるで隼のように可変しながら、従来機で有り得ぬ速度であっという間に見えなくなったかと思えば、遠方で巨大な地鳴りの如き爆音が連鎖し始めた。
彼らがもう何も分からないと。
後方と言われた司令部の方へ赴こうと帯空から飛行へと切り替えようとした時。
腕時計に連絡が入った。
そのコール相手の名前はこうだ。
―――お前らの元上司。
「「「「「!!!」」」」」
彼らがその通信回線を開いた時。
世界各地において人類の反撃が始まる。
南米沖において200km級の移動物体が遥か天空から降り注ぐ槍に砕かれながら断末魔を上げ、大都市圏を要する各大国が奪われた生存領域を取り戻すべく。
今までとは比べるべくもないパワードスーツの先。
人型機動兵器を投入。
兵士達はその黒き影に包まれ、市街地へと出撃していく。
それはとある未来において人類統一が現実となった日の事。
滅びは滅ぼされ、死は死して、蒼い空に浮かぶ月面からは幾多の船が物資を満載し、オブジェクトの駆逐された区域へと降下、揚陸していった。