ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
大佐の下で再び働き始めて3年。
あの間にもギアーの攻勢は強まり、封鎖領域は後退。
また、洋上都市こそ襲われていなかったが北米大陸の居留地や暗黒大陸の居留地にも敵は現れるようになっていた。
その数は未だ少なく。
何とか撃退出来ていたが、それは敵が少数だからであって、大挙して押し寄せてくれば、一溜りも無いのは人類軍に所属する一定以上の階級の人員なら誰でも理解していた。
こうした合間にも私は最新の量子転写技術の研究開発を理解出来るくらいまでには技術も知識も高める事が出来た。
対ギアー用の装備を幾つか発案し、採用されたものもあった。
宇宙艦種を月面で急ピッチで造っている事も知っていたし、火星圏の岩塊を用いてコロニーの建造も3割程まで進んでいたと記憶している。
中にはもう完成間直のものもあったのでさっそく宇宙への脱出が開始されるかどうかという話もちらほらと軍内部では出ていたはずだ。
私は両親を筆頭に隣のおばさんや会社の人達のコロニー行きを確保出来るくらいの地位にあればと業績を積み。
同時に合法的に最速で宇宙移民する方法を模索していた。
軍の上位権限を持つネットワークへのアクセスコードさえあれば、それは可能な事だったし、他の軍高官達が自分の親類縁者に対してそうしているのに部下にそれは倫理違反だ、等とは口が裂けても言えなかった為、私もこっそりとそういうグレーゾーンな事をしていた。
そうして、両親と隣のおばさんと会社の人達の分だけは移民先のリストに載せる事が出来るようになった。
これを伝えられた両親は私にしみじみ感謝してくれたが、隣のおばさんはもう余生も長く無いし、住み慣れた家で死ぬ時は死にたいと丁寧にお断りしてくれた。
会社の人達は家族がいる人はお断りした人達の分の席が確保されれば、行けるようになったし、単身者の人も宇宙でまた仕事をしたいとこちらの話に乗ってくれた。
私は少なくとも、そういった事を自分の周囲の人々にしてあげられた事だけでも軍人になった甲斐があったと思ったし、それを確認した後ならいつ死んでも悔いは無いだろうと確信してもいた。
だが、そんな状況とは裏腹に最新の宇宙艦種を設計していた大佐がギアーの特別研究中の事故でお亡くなりになった。
この事は……私にとってとても大きな出来事だったと思う。
だが、大佐が最後に手掛けていた設計をログインしっ放しの端末で見た時。
私は本当にそれが事故なのかどうか疑わしく思った。
大佐は正しく星間移民用の宇宙艦種を設計していた。
恐らく人類史上最大。
コロニー10機分という巨大質量。
また、それほどの質量を何処から抽出し、どうやって建造するのか。
事細かに詳細が詰められていた大佐の計画書は正しく人類が最後に自らの惑星をどう扱うかの説明書きだった。
そうだ。
私が今乘る人類のノアの箱舟。
―――【ロシュ・オーバー型万能量子転写島宇宙艦/一番艦/至高天】
これは大佐がその叡智を結集し、数多くの技術者、科学者達と共に生み出した最新最高の“世界”だ。
量子転写技術による惑星規模質量体の大再構成。
地球を用いて人類が次なる天地へと赴く為にこの艦種が合計で30隻建造される。
地球圏の人々は望むならテラフォーミングした火星圏に移住。
今現在建造されたコロニーは火星圏に数年の時を掛けて移動し、その衛星軌道上で衛星化されるのだという。
また、人類の頒種を目的として量子転写技術による人類の完全移民を短時間で行う方法に付いても書かれていた。
それは正しく神の所業だろう。
私はその情報を見た後。
軍の憲兵に拘束され、参謀本部において事実を知らされた。
こうして、私は新鋭の野戦技術将校としては破格の待遇を得る事になる。
今までの対ギアー装備開発の功績で無理やり中佐に昇進させられ、自分よりも年上の部下達と共に大佐の跡を継いだのだ。
上は恐らくこう考えていたのではあるまいか。
私のような使える子供を据えてお飾りにしておけば、さすがの地球残存派も手を出せまい、と。
だが、その思惑はまったくの杞憂となった。
私の実家は両親がコロニーに移住した翌日に燃やされ。
私の隣の家のおばさんは何者かに撃ち殺された。
会社の人々の大半はすぐコロニーに上がっていた為、難を逃れたが……会社は表向きはガス爆発という体で処理されたものの……高性能爆薬で爆破された。
私は地球を守りたいという極々普通の一般的な思想を持つ善意のテロリスト達によって狙われるようになったのである。
参謀本部へ私は周辺の人達の監視と護衛を依頼した。
それは秘密を知る者に与えられたそれなりの権利だった。
以後、私には5人の女性憲兵の護衛が付き。
彼女達とはお茶会をする仲になった。
また、外出はほぼ不可能となった事は少し気が滅入る事に違いなかった。
想い出のある家で難を逃れたものと言えば、アミューズメント・データがあった事を記しておこう。
その後の私の生活における研究以外の時間は正しくデータの鑑賞になったのだから……護衛の女性憲兵達もまた私とお茶をしつつ、影響されたのは確実だ。
その後、2年の月日が流れ、私は計画の為に必要と思われるあらゆる軍用製品の設計に携わった。
量子転写技術は知れば、知る程に万能の技術だ。
宇宙艦種に始まって、NVのような精密工業製品のみならず。
生体活動の調整や遺伝子改良にも使えるようになった。
研究開発で進んだ項目は凡そ500種にも及び。
その全てに飛躍的発展を齎した量子転写技術は正しく全能と同義。
特に生体工学や生命工学系の進展は目覚ましく。
人類の遺伝改造及び生体維持に関してはある程度の目途が付いた時点で人類の寿命の消去が可能になった事も大きい。
精神関連は臨床心理学分野の知識や技能を応用する事で克服され、凡そ人類が達成するべき生態的な弱点の克服に関する項目は全て達成された。
それもこれも全ては大佐が遺してくれた土台があればこそだっただろう。
こうなれば、人類にとって残る課題は光を超えた速度での移動手段くらいなものだったが、これだけはどうやっても達成できず。
精々が量子転写技術のビーコンを光速の9割以上の速度で加速させて、移動先の宇宙空間内の物質をデータを用いて人間として再構成するくらいの事しか出来なかった。
だが、この技術が出来上がった時点で地球脱出及び万能量子転写宇宙艦の作成は不可避となった。
最大の理由は人類の永続的な繁栄を齎す為に必要な土台をどのような天体にも時間さえあれば、飛ばす事が出来るようになった事にある。
光速の9割以上の速度で物体を移動させるような危険な行為は量子転写技術を用いれば、ある程度は軽減出来るものの。
それでも1000km単位の物体の亜光速移動というものはリスク管理の点からも推奨されなかった。
これは超光速移動方法が確立出来なかった人類の限界である。
空間制御の技術は幾つか存在していたが、それを大規模化しても超光速での移動は不可能であり、その質量を空間制御で推進させてすら、人類が他の天体に到達するには数百年どころではない時間が必要だったのである。
だから、巨大な光量子通信網を構築するガイドビーコンを限りなく光速に近い速度であらゆる方面に発射し、恒星と適正な距離にあり、人類が存続出来る星系環境にある大質量惑星を
ガイドビーコン自体がビーコンを宙間物質で生成し、無限に増殖して増えていく為、ネットワークは指数関数的に肥大化し、ビーコンが過ぎ去った後の宙域でも静止型ビーコンが受信されるデータに従って地球を再創造するのだ。
恒星との距離が遠すぎたり近すぎたり、近距離に中性子星やブラックホールがあるような環境では発動しないが、それ以外の環境ならほぼどのような惑星も改良出来る事が実験でも実証された。
延伸されたネットワークが先から送って来る情報を灯台として、艦の進路を向け、最適な加速と減速で進路上の障害が無い事を確認しながらの船旅は恐らく数百億年単位になると予想された。
その間にも人類が発生した星内部にはビーコンが受信した様々な技術情報で自己組織化した万能量子転写宇宙艦を生成。
その星の人類が星を離れる時期と同時に技術は譲渡され、新たな星間移民が開始される。
この繰り返しによって銀河系を超えて人類の永続を図る。
それが人類軍と統一政体の出した絶対唯一の人類繁栄方法だった。
30隻の島の中でも取り分け一番艦には更に重大な任務が課せられる事が決定してもいた。
それは宇宙中心への進出。
ビッグバンの発生地点への進行である。
数百億年単位での航海日程における最終的な目標は人類の永続であるが、その為に必要な全ての事をするべきだろうと上は決定した。
その最大の目的はビッグ・クランチ、ビッグ・リップ、ビッグ・フリーズのような宇宙の収縮や拡大の行き過ぎによって宇宙内の生存環境が脅かされる事だ。
この宇宙の法とでも言うべき事実上の運命に対して人類は抗う事を決めたのである。
それは宇宙制御と言えるだろう。
万能の技術たる量子転写技術とその数千億光年にも及ぶ長大な光量子通信網による合わせ技だ。
通信網の端の観測結果によって即時、宇宙全体に存在する質量の拡散と凝集の密度を計算し、広がり過ぎた場合は宇宙中心部への物理的な質量の移動を天体の遊星化という形で行い、逆に小さくなっているとすれば、逆に宇宙の外縁へ同じように移動させるのだ。
このようなバランス調整をネットワーク自体が行い。
その中心、心臓部として一番艦が機能するというのである。
不完全なシステムの不備はこのシステムの課題として残され、現地の人類がこのシステムに介入出来るようになった時点で開示され、改良を期待する旨のメッセージが添えられる事になっている。
このような状況が全て分かるのは一番艦だが、それが分かるのも最も遅い。
人類が自分達の後方で死滅しているのか。
それとも繁栄しているのか。
その情報が伝わるまでの長さを考えれば、もはや墓標を建てに行くのと変わらない作業なのかもしれず。
だが、凝集していようと拡散していようと人類が最後まで永続出来る可能性が最も高い場所も宇宙中心点に行く一番艦に違いなかった。
この万能量子転写島宇宙艦の殆どはその大きさに反比例するかのように100万人規模の人類しか内部に住まわせる事が出来ない。
理由はその機能の大半が人類の永続の為のあらゆる状況への対応のみに絞られて造られており、生存環境を確保する為のリソースが低いからだ。
と、行っても百万の人口を永続的に養い続ける事が出来る上、人口が増加した場合は移動先の天体などを用いて新たな地球を造り、移民させる事を予定していた為、人口制御さえされていれば、それも問題ないという話になっていた。
艦の最高意思決定機関は1000人からなるブリッジ・クルーが100人毎の派閥を造り、艦長を除いての合議制。
重要な投票は5対5で意見が割れた時のみ艦長が更に一票を入れて、その提案の成否などを決める。
30隻で3000万人の選ばれた人達。
いや、当てもない世界に飛び出していく人達の未来を人類軍と統一政体が半数ずつ出し合った3万人が決めるのだ。
それも母星を失う事に同意して……反発が出ないわけもなかった。
私がお飾りで大佐の後を継いで二年後には月面基地が完成。
今まで地表でギアー対策をしていた功績だと本部機能が移転していた月の参謀本部へ入る事になった。
月は量子転写技術の実験場であり、秘密裏に人間の完全複製も行っていた。
それは神をも畏れぬ所業であったが、これが人類を永続的に繁栄させる為の手段だとの合意の下。
動植物の複製などで生態環境も再現されていた。
低重力下でも生きていけるようゲノム編集で様々な特徴が付与された生物達が正に嘗て存在したというアマゾンと呼ばれる密林のような鬱蒼とした木々の中で暮らしていた姿は忘れられない。
彼らは滅びるまでを観測される為にずっと月面内で生き続けるだろう。
環境が彼らによってどう悪化するのか、あるいは良くなるのか。
それは最後に観測していた者が目撃するだろう。
月面に渡った私は相変わらず護衛の女性達に守られながらの生活だった。
両親とは時折、盗聴されてはいたが、普通に通信出来たし、参謀本部付きの新しい技研には最新機材が所狭しと並び、地球圏の何処とも通信が可能な設備が整えられていたので仕事で困るという事も無かったのである。
月は軍事基地化されてから、その内部の広大な空間内に一部は民間資本での街が形成され、軍人のみならず軍属も住まうところとなっていた。
何処でもそうであるように飲み屋があり、料理店があり、軍用品の市《バザー》が起ち、道端にはMPと酔っぱらった軍人がいる。
女性士官用のブティックというものも存在していて、多くは其処で酒保よりも可愛い品揃えの衣料品を買う事になっていた。
月面下の低重力に対しては量子転写技術の進展によってゲノム編集の確度が飛躍的に高くなり、その上で極めてコストを安価に大量の人員へ施せるようになったおかげで大半健康問題は解決していた。
私は重要人物として義務付けられた寿命消去施術も受けた為、殆ど当時最高の健康体と言ってよかっただろう。
軍において量子転写技術が最も研究開発された理由。
それは実際のところ人間の複製に焦点が置かれていた。
人口100億の時代も今は昔。
人類軍とて維持する為の人員が何処でも不足していた。
此処でまったく同じ人間を造り出せるとなれば、それを使わない手は無い。
事実、月面では量子転写による完全複製された人間が多数存在し、超長期任務という体で地球圏最辺境地域などへ大量に送り出されていた。
コロニー建造の護衛などを理由に一生そこに住まわせる事で同一人物達が出会わないように調整し、あちこちに能力の高い軍人を部隊単位で配備したのだ。
量子転写技術の複製能力は質量でさえあれば如何なる物質でも構わない。
小惑星や衛星などは正しく資源そのものが岩であり、水も土も空気も食べ物も全て生成可能だった。
軍がこの技術を一元管理し、物資の分配を制御する事で軍は今も全てを同化するギアー相手の物量攻勢相手に戦えていた。
遺伝的な多様性の観点からコロニー別に送り出される複製者も様々な人員が送られており、将来的に子孫が遺伝失陥で困る事も無いと言われていた。
軍高官の中には自分の複製者を複数あちこちのコロニーに派遣していた者もいたようだ。
宇宙進出の際には一定層、そういった欠かせない優秀な人材が複製され、乗せられる事が決定していた。
もう二度と出会う事の無い船同士。
何の遠慮もなく乗せる事が出来るというわけだ。
月面では同じ顔に少なくとも5度会った。
人類軍と統一政体の秘密を知る私のような女性士官の護衛達。
その中に私を護衛する子達と同じ顔があった事を私は彼女達を置いて入った会議室などで見たのだ。
会議室から出て、心配してくれる彼女達の中に同じ顔を見た時、私は申し訳なさで泣きそうな顔になり、彼女達に慰められて、また泣きそうになった。
きっと、彼女達は知らない。
軍で優秀であるという事が、自分達にとってどれだけの不幸であったのかを。
そう知ればこそ、私は思ったのだ。
自分に自分の周囲を変えられるような力があれば、と。