ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
間章「真説~帰って来た男~」
ごパン戦争~紅蓮の滴~
―――ごパン大連邦西部防衛線。
世界が再び混沌の底に叩き込まれた時。
それがまるで合図だったかのように祖国から東部へ続く道を完全に敷き終えたポ連兵の群れは広大な戦域を押し包むかのような雲霞となり、大規模な地震の最中にも関わらず行軍していた。
広大な荒野を貫徹する一本の道には今や膨大な数の軍を養うべく。
後方に補給基地が複数乱立し、戦域概況は正しく彼らの優位で先端を切った。
沿岸部の甚大な被害を収拾するべく動いていたごパン大連邦側の軍備はその多くが避難民を生かす事に全力を注いでおり、東部の防衛戦に再編されたのは総軍の8%にも満たない。
だが、それでも彼らが塹壕を荒野に接する1000km以上の地域に張り巡らせてみせた事でポ連側もまた大きな負担を感じただろう。
相手が自分達のように道を敷いたのと同じく。
巨大な作業機械で塹壕地帯を整地していく様子を見たのだから。
天海の階箸。
そう総称される今やごパンの一加盟国となった国が連邦に齎したのは何も兵器類だけではない。
その内部に仕舞い込まれていた工作機械はそのほぼ全てが南部の大地から北部までに進行しながら昼夜問わずに道を舗装し、瓦礫を撤去し、傷病者で溢れ返る国々を繋ぐ道を高速で整備し続けた。
東部各地は今まで道が無かったような場所にすらも軍や民間人の避難用経路として多くの小道が出来上がり、最初期の大混乱著しい時期にも南部から物流の回復と促進が起こり、救援物資と難民は多くがカレー帝国やごパン連邦内の内陸へと移動。
正しく人を引き連れて彼らが東部列強国へ向かう姿は機械が敷いた道を歩く新時代の幕開けを人々に意識させた。
彼らの多くが食料の殆どを現地に置き去りにしていたが、その絶対的な枷は連邦がこの時期だからこそばら撒いた食料耐性を無意味たらしめる奇蹟の新薬によって改善され、パンの国がこの十年以上貯め込んで来た非常識とも言える程の小麦の放出で何とか耐え凌ぐ事が出来たのである。
粗悪品も混じってはいたが、軍の糧食として蓄えられていた備蓄は東部全土に行き渡り、沿岸部から退避して中央に集まりつつあった難民達が飢えずに済んだ事は正しく彼らを導いた軍と行政従事者達の努力の賜物に違いなかった。
それからの数週間。
たった数週間が如何に長かったか。
大量の死傷者を出しながらも沿岸の祖国から命辛々逃げて来た彼らが知ったのは西部から大量の軍団が攻めて来るという事実に他ならず。
連邦の上層部が備えていた事はまったく無駄とはならなかった。
軍の後方である西部とて同じ以上に打撃を被っているはず、というのは事実であったが、諜報活動をする者達によれば、西部の沿岸国は東部よりも更に壊滅的な被害を受け、今現在行政中枢が停止中。
それでも陸軍が荒野を進んでいる様子は正しく軍が独自に動き出した事を示唆していた。
軍内部からの諜報員の情報によれば、お題目はこうだ。
東部国家に存在する食料耐性を上げる薬と食料を確保し、後方にある壊滅的な被害を受けた祖国に輸送する。
また、被害の少ない東部方面の内陸へと移住し、祖国の回復を待つまでの居留地を作る。
馬鹿なと言うなかれ。
ポ連陸軍にはもはや退路は無く。
物資の関係から猶予も区切られている。
そして、多くの兵は自分達の祖国の惨状を知るが、東部方面から西部に戻る為にすら食料が必要になる以上、彼らに出来る事は飢える事無く何でも食べられる魔法の薬を用いて、その現地の食料を持って西部へと物流の血路を開く事だけであった。
薬の輸送、物資の輸送、陸軍が開いた道が逆に東部から西部へと物資を運ぶ道として機能する以上、戦闘は必然。
正しくポ連兵は死兵となって東部に襲い掛かって来るしかなかったのである。
こんな大災害の時期に元々侵略しようとしてきた彼らに付き合う東部の国家などいない事は分かり切った事であったし、彼らもまた奪う事でしか己の国家と家族を守れないと理解したのだ。
こうして彼らの物資消費量から逆算されたポ連の戦闘可能日数は連邦側を戦慄させた。
19日。
三週間。
半月と4日。
それがポ連と連邦の決戦が続く最低限の日数となったのである。
それが死を厭わぬ兵が相打ち覚悟で挑んで来る時間であるとして、長いか短いかはその人物の判断に拠るだろう。
現地の連邦軍が長過ぎるという言葉を呑み込んだのは言うまでもない。
連邦側の戦力が防衛線に再編されるまでの時間は最低で2か月以降。
それですら幾つかの地域を住民の避難に絞って最低限の仕事をして即座に戻って来てのものだ。
そうして。
120万VS15万。
この絶望的な防衛線に今、幕が上がる―――かに見えた。
「どうしてこうピンポイントなんだオレ……」
荒野と山林が塹壕線地帯で区切られた世界の中心にソレは現れ―――その1万隻程の巨大な質量が何か手違いでも起きたのか次々に荒野へ落着し、小さな連山のように連なっては瀑布のような埃で両軍を覆い尽していく。
それは黒い船だった。
そして、また大陸の一部をまるで隔てるように落ちた城壁にも見えた。
しかしながら、最も驚いていたのはそれを操る人物であろう。
取り敢えず、帰って来た男は自分が持ち込んだ技術の数々、精粋の数々が機能不全に陥った事を自覚し、己の肉体もまたその多くの機能を止めた事も理解し、それでも……それよりも確かにまた己が厄介事に巻き込まれた事を意識した。
月の無い満月の夜。
余震が続く大地で空を見上げ。
溜息と共に彼は致し方なく。
己を囲んだNV達に両腕を上げ。
首に輪っかを付けられ。
ドナドナとポ連兵にも見えない怪しい鳩のマークが付いた仮面姿のスーツ達に連れ去られる事になったのである。