ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
『捕虜が逃げたぞぉおおおおお!!!』
『第三区画を閉鎖!!』
『憲兵隊はただちに周辺の捜索に当たれぇえ!!』
『小型NVと幹部の方々に出撃を要請しろ!!』
『捕虜が逃走!! 捕虜が逃走!! アメリカの交渉担当官が行方不明!! 捜索されたし!! 捜索されたし!!』
通路はてんやわんやだ。
あちこちの区画で鋼の壁が降り、あちこちにMPが出動し、あちこちに鳩のマークの仮面部隊がセンサー類を向けている。
どうやら、通路の埋め込み型のカメラから映像を洗っているようだ。
だが、全て無駄である。
こちらがいるのは壁の外。
本来、人間など入れない配線や配管、ブロック構造の装甲板の間だ。
いつもの魔術コードがマシマシな手品である。
単純に何もない壁の中に通路を作っている。
たったそれだけの事だが、頭の固い連中には見えない人間が出歩いているのと変わらないだろう。
『まったく、人間が進歩してない事に感謝しなきゃならないとは複雑だな……』
通路が出来ていく前方に進みながら愚痴る。
後ろでは物凄く何か言いたそうな中佐殿が何か胡乱な瞳でこちらを見ている気がした。
『何が進歩していないのか聞いても?』
『オレなら相手を無力化するのに首輪なんて使わないし、機能は直接、脳幹にブチ込むって事ですよ。中佐殿』
『聞かなきゃ良かった……』
しょうがない。
ハッキリ言って、嫌な事をさせた。
首を高周波ブレードでスパッと落して貰い。
すぐにくっ付けてくれたのは彼女だ。
魔術コードや他の機能の一部が回復したのを理解すれば、あの時の機能の途絶方法が相手にしても長い時間使える代物では無い事が分かろうというものである。
『首を落しても死なない化け物を倒すには何が必要かしら……』
『あんまり思い出させてくれるな。さすがに手足や胴体ならまだしも首を落さなきゃ逃げられないとはこっちも想定外だった』
今、衣服の首辺りは赤黒く染まっている。
『……機能の大半を奪ったって話だったはずだけど、奪っておいてあの再生力……道理で殺せないわけね……』
『奪ったというより機能停止に追い込まれたってのが正解だ。色々と躰は弄繰り回したからな。量子転写技術関連でかなり人間は止めてる方だが、技術的なのが停止しても弄った肉体自体は物理的に機能する。つまり、あの首輪を付けられた状態は万能系な力が封殺されてちょっと不死性が落ちた程度だ』
『ちょっと、ね……』
『そのちょっとが致命的なんだけどな。相手側の技術を相殺する方法がそれしかないんだから、普通にマズイだろ』
『……この壁が粘土みたいに曲がって一人手に道を創っていく様子を見れば、受け入れざるを得ないと』
実際、行く手の壁は粘土のようにグンニャリと曲がって洞窟のようにその先へと道を産み続けている。
『でも、これでかなり状況は好転したと考えて良い』
『誰にとっての?』
『この人類にとっての』
『………』
『取り敢えずは逃げようか。まだ、幾つか能力にロックが掛けられてて、解除するまでに時間も掛かれば、ポ連側の動向も気になる。アメリカさんにも話を付けに行かないとならないからな』
『私はもう銃殺刑になるかもだけどね』
蓮っ葉な口調で溜息を吐いた中佐がげんなりした様子となる。
『全部終わったらどうせ無かったことにされるから気にするな』
『無かった事……そこまで軍が意見をコロコロ変えるとは思えないけれど』
『変えざるを得なくしてやる。主に一刻も早く月の対処をしなきゃいけなかったオレの時間を無駄にさせた分くらいは誇りとか権威とかズタボロになってもらうからな。なぁに、実害はそいつらの精神的なリソースだけだ。グッと呑み込んでくれるさ。だって、人類を永続させなきゃならない政治家と軍人とやらなんだろ?』
『………助けなきゃ良かったかしら』
『皆、涙を流して感謝するようになる。ああ、ありがとう中佐!! 君のおかげで我々は救われた!! ってな』
『―――冗談にしか聞こえない冗談にしか聞こえない冗談にしか聞こえない』
ブツブツと精神不安定な中佐殿はどうやらこちらの本気を感じ取ってくれたらしく、自分に言い聞かせているようだ。
『さ、そろそろ端が見えて来たぞ。此処から先は連中の御出迎えだ。中佐……一応聞いておくが、体重は?』
『女性に訊ねていいとお思いで?』
『そういうのは分かるのか。だが、生憎とこの状態で抱えて逃げる以上は知っておかないと色々不都合だ。正確に頼む』
『……41kgから200~400gの増減の間』
『悪かったな。乙女の秘密を聞いて。これからオレが良いと言うまで目を閉じて、耳を塞いで落下中は絶対に口を閉じててくれ』
『敢て聞くわ。どうするつもり? 此処は―――』
『分かってる。だから、答えは一つしかない』
『(………やっぱり助けなきゃ良かった)』
『時間は戻らない。横に来てくれ。5秒で跳ぶ』
傍に来た中佐の腰を片手で抱いて縮こまるように言う。
それを横に持ち上げるようにして担いだ。
『3、2、1、行くぞ!!』
目の前の扉が開く。
瞬間、今までの後ろにあった空間の空気が外に吸い出された。
煽られるままに上空5000mから垂直落下。
しかし、その数秒後。
火線が上空から雨霰と降り注ぐ。
上をチラリと見れば、中型のNVらしきものが多数。
こちらを追って自由落下している最中だった。
その姿勢制御はどうやら人間並み。
瞬間的にこちらを追う弾丸の軌道が捕捉される。
背中側の物理強度を上げてから、中佐の身体をこちらから離れるよう突き飛ばした刹那。
肺と肝臓辺りが貫通した。
『ッ』
痛みはある。
だが、問題はそれよりも傷口だ。
認識出来る限り、防御用の金属皮膜がまったく何一つとして機能せず貫通。
傷口を見れば、綺麗に抉れている。
しかし、それ以外の周辺部位には衝撃こそあれど、殆ど影響が無い。
(―――鳴かぬ鳩会の総帥さんはオレがやらなかった事も平然とやるわけだ。クソ……物理防御無視はさすがに……素粒子分解……量子転写技術で対象物質を運動エネルギーが向かう方向に崩してるな……頭さえ残ってれば問題ないとか切に止めて欲しい話だ)
未だ首輪の後遺症で諸々の技術による高度な量子転写領域による物質の再編成は不可能だ。
神剣無しに自分が出来る事は限られている。
深雲からのバックアップが停止している以上、それですらやれる事は戻ってくる前の1%にも満たない。
(月も地球も保険は賭けてあるからいいが……こっちはしょうがないとはいえ、無保険だからな)
神剣については機能が停止する刹那に自己機能で凍結させ、再起動用の条件を付与して適当に見えない剣に戻して放っておいた為、もしもとなれば、使えなくもないのだが……相手の技術の解析も出来ていない内に使ったところで途中で止められるのが目に見えている。
この世界の深雲と遮断されている以上、あまり無茶も出来ない。
(オレ単体だと……どんなに頑張っても逃れられる可能性は1%未満。つーか、安易に超技術を原始兵器に応用するなよ)
銃弾に量子転写技術を乗っけて絶対に純粋な物理強度で防げない弾なんてものを使われるのは極めて遺憾としか言いようが無かった。
“分かってやってる”からこそ更に性質が悪い。
銃弾の軌道が再度こちらを捕捉し始める。
再び捉えるまで2秒。
地表へ戻るまでに肉体の質量6割を失わなければ辿り着けないなんて本当に逃げ出したい気分である。
いや、逃げてるからこそなのだが。
左腕が弾丸で弾けた。
激痛を遮断しようにも遮断した瞬間に微細な回避運動が出来なくなる。
続いて左腕、右足、左下半身の一部。
今にも布団の腕ゴロンゴロンと転げ回りたいところだが、そうもイカナイ。
「クッソ……これは使いたくなかった」
そう呟いた途端。
周辺の風景が止まる。
脳髄は熱ダレこそ起こしていないが、物凄くクロック数が上がっているらしい。
分解能を劇的に引き上げたのだ。
通常の人間が0.25秒ならば、先程までのこちらは0.00005秒。
だが、それよりも更に桁が幾つか違う領域の思考速度。
脳内物質や電気信号の遣り取りでは追い付かないマスターマシンの超小型版とも言える委員会のトップ達が備えていた脳髄の仕組み。
量子転写領域の展開、場から情報をやり取りする方法を用いて引き出される通信網は単体個人でも空間と遮断されていなければ、どのようなところとも繋がれる。
それは極めて非人間的な話だが……話すには丁度良い時間を提供してくれる事だろう。
『我らが世界。手ぇ貸してやろうか?』
湯呑片手に煎餅を齧っている赤黒い何かがテレビで今の状況を見ていた。
それも30Kくらいありそうな高精彩な500インチの大画面で。
卓袱台前にいるのはどう見てもいつぞやの鬼である。
まるで世界は舞台の書き割りだ。
「オレの中で中二病鬼が茶しばきながら煎餅齧ってると思うと物凄く胃とか摘出したくならないか?」
『生憎とおめぇさんの知ってるもんしか食えねぇよ。でも、良いもん食ってんなぁ。良いもち米に良い醤油。ついでに玉露たぁ、豪勢だ』
「母さんが父さんによく差し入れとして買ってたんだよ。少しでも祖国の味で休憩してもらおうってな。自分で喰えもしないのに高級なら大丈夫だろって」
『我らが世界よぅ。お前さんはもう少し主人公らしく戦ってもいいんじゃねぇのか? 使えるもんを使わないのは単に出し惜しみって言うんだぜ?』
「解析されて即座に反撃されるよりはマシだろ」
『然り。だが、恰好付けたっていいんじゃねぇのか? それで死人をそんな出さないよう頑張って、おめぇさんが追い詰められてちゃ世話ねぇぜ?』
「ギリギリまで待つって柄か? オレが」
『ギリギリまでじゃなくてもギリ、くらいまで待つ奴の台詞じぇあんめぇよ』
「これはオレなりの誠意なんだがな」
『誠意ねぇ。殺すか殺されるかで誠意見せられるってか?』
「最もだが、オレの精神衛生上の問題だ」
『傲慢な癖にその傲慢さが傍目には珍妙な意地にしか見えないのがおめぇさんの良いところだよ。我らが世界』
皮肉下な笑みせ煎餅がボリボリ齧られる。
「……前々から思ってたんだが、地獄とやらが存在したとしても、それは完全に物質的なものから生まれるものなのか?」
『そりゃぁそうよ。人類が3分前に人類社会と同時に出来てたとしても、過去の因果は引き継がれる。オレじぇねぇオレがこの世界は幾多いるだろうよ。だが、本質は1つだ。地獄だろうが天国だろうが、物質に干渉するってこたぁ、物質から影響を受けるってこった。100万年前からの因縁がもう終わってたって、一億年後の今日にいる連中にゃ関係無ぇ。何故なら、全て含めてあのシステムは複製する』
「物理法則オンリー物体のはずなんだがな。深雲は……」
『かかかかか!!! あのシステムがんな単純なもんかよwww」
ゲラゲラ笑われた。
「アレが使ってる場ってのは要は宇宙だ。宇宙ってのは極論的には有と无だ。无ってのは何処にでもあるもんだ。偏在するモノが百億年後かウン兆年後の今日無いなんてどうして言える?』
「宇宙が終わってもあるってのか?」
『さぁてね』
肩が竦められた。
『おめぇさんに言える事があるとすれば、おめぇさん程に宿命とか運命とか血筋とか家系とか社会とか怨恨とかテキトーな理由でグダグダやってる連中を殴り飛ばせる奴ぁいない。いいか? おめぇさんは運命になんか選ばれてないし、宿命なんぞ背負ってないし、血筋なんぞは凡夫の域だ。純粋におめぇさんの母親がヤバイものを創って、ヤバイものがおめぇさんを更にヤバイ状況に追い込んでるだけだしな。おめぇさんの母親も父親も凄い奴だが、天才でもあるが、本質的に“血筋だからじゃない”ってのは自明だろう?』
「まぁ、じいちゃんやばあちゃんは普通だしな。それにしても人の分かってる事を一々ヅケヅケ言う鬼だ」
『ククク……オカルトだって、いつかは物理事象として定義される日が来る。運命じゃなく、これはお前さんの母親が選んだ愛ってやつから始まった願いの結果だ。御大層な名前なんか付けられる類のもんじゃねぇよ。おめぇさんだって分かってるだろ? 母親の尻拭いするのは息子、なんて……別にそんなもんを強制する奴がいるわけじゃあない』
「………はぁ」
『おめぇさんは外側から見れば、縛られてるように見えるが、実際には何にも縛られてない。その証左としておめぇさんの最終プランはこの世界から嫁と適当に自分が好きな連中を見繕って逃げ出すってもんじゃねぇか』
「ああ、そうだ……どうにもならなくなったら、そうするさ」
『でも、まだ、そうじゃねぇ。だから、当然の人間的な感情に従って、母親が遺したもんをどうにかしたいって思い続けてる。未練なんかじゃねぇ。家族として当然の感情を果たそうとしてる。それが例え自分とは別人の人生の話だとしても、おめぇにとって、その記憶も心も大切なもんだからだ』
「………」
『別に保留したり、逃げ出したりしてもいいし、それに巻き込まれるのが知らねぇ連中なら、それはそれで別に構わないとすら思ってるだろう? 気にし過ぎなんだよ。もっと気楽にヲタニートしてた頃を思い出せ。今日、おめぇさんのいる場所から数千km離れたところで紛争が起きてたってそれを解決する必要はねぇんだ。死人が出るならほっとけ。普通の人間はそうしてるし、おめぇさんだって昔はそれが出来てたろ?』
「ああ、そうだな。そうだった……オレは力があるからどうにかしようとしてるわけで、力が無いならどうにもならないと理解する人間だったよ。前から……」
『そうそう。それでいい』
「決めた……今日からオレは全世界を救いまくりな人物として適当に人類その他をオレが好きな連中に限って最優先しつつ、救う事にしよう」
『………そういうの天邪鬼って言うんだぜ? 後、おめぇに救われたい人間なんてそんなにいるもんでもねぇだろ』
呆れた曼荼羅っぽい背中が妙に溜息を吐く図に書き換わっている気がした。
「知ってる。だが、今更だろ。救うだの助けるだの、そんなのは最初から烏滸がましい事なんだよ。それでもオレはオレの傲慢でやって来た。その力がある分だけやろうとしてきた。いつの間にか泥縄式に持ってる力や切り札が大きくなったから、対応してきたに過ぎないとしてもな。それに相手をオレが許容出来る限りは尊重してきたつもりだ。ただ、それでも……納得出来ない事はある。そして、ソレを変えられる力が現に此処に落ちてた。オレはゲームでアイテムを使わずに縛りプレイして愉しい廃人じゃないんだ。それが現実なら尚更使うさ。使いどころは際どいってだけだ」
『変わったな……』
「生まれたばかりの鬼にオレの何が分かるのかと」
『かかか、違ぇねぇ……人間は変わっていく……それが成長なのか衰えなのか。進化なのか退化なのか。賢くなったのか愚かになったのか。そりゃぁ、それこそ我らが世界様の決める事だろうよ』
「分かってるじゃないか。そこのグダグダしてるやつ一号。お前を使ってやる。三食昼寝付きの豪勢な牢獄にいるんだから、ちょっとは働け。オレも無理してるんだから、家賃くらい納めろ。いいな?」
『へぇへぇ。いいでしょうよ。我らが世界……精々、お嫁様方の為に働くとしやしょうか。まだ、奥の手を幾つか残してる癖にオレを使いたくないなんて本当にお優しい事で……』
「まずは死人0から目指してもらうぞ」
『クソなノルマを課されたブラック企業の社員てこんな感じなのかもなぁ。ああ、本当にこの世は地獄だぜ……』
重そうな腰を鬼が挙げる。
前よりもフレンドリーな話し方もそうだが、幾分か馴染んで来たのだろう。
そう、自分に馴染んでいるという時点で相手もまた変質している。
「魔王軍じゃブラックな業務体制は基本だとガルンが言ってた。ちゃんと福利厚生は考えてやるから、黙って仕事してくれ」
『地獄の沙汰も金次第って言うが、こっちじゃ地獄は天下の周りものって言葉になりそうだな』
「現実の沙汰とやらを下す奴が軒並み狂人と不合理主義者しかいなかった事を恨みながら、任務に励むといい。オレは悪くない」
『ふ……ちょっと人類が悪いだけだってか?」
「勿論」
『かかかか!! 確かにそんな事を言い出すヤバイのを、わざわざしょうがなく嫌々人類を糾してやろうなんて男を、この時代に送り出したやつらが悪いなッ!!! おめぇさんの両親も中々皮肉な事をしたもんだ』
「あの二人なら、悪党って罵っても肩を竦めて悪いって謝ってくれるさ。でも、その悪行が無かったら、オレは此処にいない。オレはあいつらと出会ってない。だから、それが例え人類悪ですらあったとしても……オレだけは許すしかない、だろ?」
『……親孝行な事だ』
鬼がこっちの笑みを見て視界から消えていく。
急速に世界が動き出す。
虚空にはしかしテーブルの上の残渣か。
煎餅が一枚落ちて、一瞬で何処かに吹っ飛んでいった。
「ぃいいいいいいいいいいやああああああああああああああああああああ!!!!」
一瞬の事である。
中佐はこちらが施した簡易の魔術で造った本人に付随する球形結界に包まれて、そのまま数百m先に遠ざかった。
どうやらパラシュート無し自由落下には耐えられなかったようだ。
2分1秒。
地表までの落下到達予測時刻より先に再びの着弾―――は無かった。
普通の銃弾ならば、何かに当てれば、弾ける。
だが、恐らく横合いからの攻撃などですら運動エネルギー以外は一定領域へ入った瞬間にその媒体である物質を崩す事でほぼ無力化。
そういう完全に極めて防ぐのが難しい弾丸に対して出来る対処は2つ。
空間を曲げるか。
もしくは弾体の運動エネルギーを失わせるかだ。
量子転写技術は万能だが、全能の力ではない。
素粒子分解や再構築と言ってもコスト面で考えた場合の運用には色々と制限がある。
例えば、空気抵抗を空気を分解する事で減らせるはずだが、弾体にそのような機能は使われないはずだ。
理由は単純に空気を分解するのがコストパフォーマンス的に最悪だからである。
量子転写領域を展開にするには弾頭そのものに処理能力と電源を載せる必要があるのは今まで使っていた側からすれば自明だ。
高々弾頭1つにあらゆる機能を載せるのは非効率の極みであって、黄金より高い代物を使い捨てているのと同義となる。
となれば、基本的には外部からの処理も加わっていると考えるべきだろう。
ほぼ領域内の高精度のスキャニングと弾頭の状態情報を送信するビーコンとして弾頭内部の処理能力は使われている、はずだ。
無論、超高額品の弾丸を作って無限に複製という事も可能だろうが、敵側に渡る可能性がある技術をわざわざ山盛りで量産する危険性は無い。
つまるところ、使い捨てにする武器に浪漫を求めていいのはソレが専用の兵器だけだった時のみだ。
「―――」
弾丸が再び心臓を穿つより先に半径200m圏内に入った弾体に宿っていた運動エネルギーが一瞬0となった。
その瞬間に弾道が一瞬で風の乱れでバラけて周囲に無造作に散っていく。
「魔術での慣性制御……上手くいってるようだな」
背後で何かが背から浮き上がっている事が分かる。
それは地表にも煌々と輝きを零していた。
偶然にも湖の上空だ。
映し出されたのは曼荼羅。
そうだ。
あの鬼が背中に付けているアレだ。
魔術の素養0の自分が用意していた魔術を脳裏で奔らせてすぐに使えるなんて事は在り得ない。
全てはあの鬼の力である。
未知の現象を前にして、それでも戦意を失わず。
NVがダガーその他の刃諸々を装備して突撃してくる音がした。
その加速するブースターの音を聴けば、あちらが単純なNVとは比べものにならない存在である事が分かる。
空飛ぶNV程度、こちらだって造れはするが、量子転写技術で一日の長がある鳴かぬ鳩会の総帥が造ったならば、恐らくは互角以上の相手になるだろう。
況してや。
今、適当に肉体を修復している自分程度では深雲のバックアップがあってすら厳しいに違いない。
月を隠したのは恐らくギュレンなのだろうが、そうしなければならなかった理由があるとすれば……それは恐らく自分と同格の相手が何かヤバいを事をし始めようとしたのを察知しての事だろう。
それ以外の理由がそもそも思い付かない。
となれば、相手の力は予測以上に盛って考えている方がいいはずだ。
次々にこちらに近付いてくる敵は無防備だろう背後のみならず。
真横にも付けて来た。
弾丸を撃つバックスは未だ少し遅れているが、何かあった時には対応出来る絶好のポジショニングを崩していない。
(プロだな。それもこっちの情報を手に入れようともしてる。後方に3機、前衛に3機。魔法の弾丸が効かなくなったってのに躊躇もないとすれば、手強いな)
近接戦闘にまずは当てに来る一機が一直線に真後ろにダガーを突きたてようと迫る……恐らくは正体不明の曼荼羅が何かを確認する気なのだ。
だが、それは致命的だった。
例え、情報を掴む為の捨て駒役だったとしても。
グルリと身体を回転させて仰向けになる。
その際に真横まで接近していた二機が半径50m級の曼荼羅に触れた途端にパーツがバラバラになったり、繋がりを保てなくなった部位が脱落して体勢を崩した。
当たり前だ。
物質に働く慣性が変質するのだ
法則改変型の魔術に関するコードは未だ詳しい効果の詳細を解析、詰め切れていないが、1つ慣性制御関係の魔術に関して分かった事がある。
物質には引力が存在するが、この慣性制御を行った物質は引力を失う。
どれだけ大きな物質だろうとも例え、巨大なブラックホール化する惑星であろうとも自重で潰れる事が無い。
ついでに効果が強まると原子レベルで組成が崩壊する。
観測結果に従えば、物理学的には弱い力や強い力や分子間力などすら消失する。
要は原子崩壊に近いものが起きる。
素粒子や分子がくっ付いている理由が消え失せるのだと理解してよい。
その能力を極めて使いこなせば、事実上あらゆる物体を量子転写技術無しでも崩壊させる事が出来る。
ナノレベルで量子転写技術が物体の位置を固定化して再構成出来るのは不確定性原理が一部どんな状況でも働くわけではない、という中性子のスピン観測によるナノレベル以下の物質観測技術の向上が発端だ。
純粋なナノマシンの開発が停滞した理由もまた基本的に不確定性原理の完全な無力化が出来なかったからだと資料にはあった。
だが、その完全な観測が不可能という事実に対して量子転写技術はスピン観測を捕捉する手段としてあらゆる物質の振る舞いを完全に予測して近似値から最も正しい予測を以てあらゆる原子を超高精度の位置指定……要は素粒子や原子を場から情報を引き出す際の僅かな物理現象を用いて固定化する。
これが基礎的には量子転写技術の基本的な仕組みであり、その位置指定する原子や分子の状態を素粒子状態から組み上げる事で諸々の物体の複製などは行われる。
それには膨大な演算能力とエネルギーが必要なわけだが、そのエネルギー自体は物質を崩壊させてエネルギーを抽出出来る技術なのだから今更な話。
処理能力は万能無限なんて嘯いて良い深雲から供給される為、どちらもが満たされたのである。
この科学の極致たる技術が停止したならば、それに類する魔術を開発すればいいじゃないというのは単純極まる解決法だ。
慣性制御とその副次的な効果である物質の解体。
また、鉱石に依存する空間制御を合わせれば、まだ量子転写技術程のような組み上げ精度は出なくても、出来る事は戦闘でも十分に増える。
後方の三機からレーザーと実弾、荷電粒子砲による狙撃。
しかしながら、脳裏で起動した魔術はこちらの中二病鬼さんのおかげで順調に可動中であり、物質的な攻撃はその出力がこちらの生命力と脳裏の魔術の奔らせる際の負荷の限界を超えるまで無意味だ。
荷電粒子は粒子であるからこそ、慣性制御の影響を受けて霧散させられる。
レーザーは慣性制御で通常の空気層の間に何枚か空間制御による歪曲を挟んで屈折させてやれば、無力化出来る。
実弾は言うまでもない。
こちらの半径50m圏内に接近した途端。
ダガー装備のNVもまた砕けていく。
さすがにこれではどうにもならないと判断したか。
近付いて来た機体はエンストした車みたいなバーニアの吹かし様でこちらから離れていった。
それを横目まだ距離のある後方の3機はこちらを解析するべく。
データの収集を光学機器やレーダーで行っているようだった。
地表激突まで残り24秒。
遠ざかっていた中佐の方に自分の脳髄で出来る簡易の量子転写領域を発現させて、空気の圧縮と放出を繰り返しながら加速。
そのまま半透明の球体内部で未だ喚いている襟首を引っ掴み、東部への移動を開始する。
後ろを振り返れば、NV達は追ってくる様子も無かった。
恐らくは高高度を飛行するドローン辺りで見張っているのだろう。
その更に後方には豆粒ようになった空母。
本当に空飛ぶ空母としか言いようのない巨大物体が映っていた。
鋼の色合いに広大な甲板。
双胴艦どころではない。
四胴な上にそれらを上から束ねる巨大な上空の船体。
空中戦艦。
そうとしか呼びようも無いものが主砲も副砲も動かさず。
距離すら縮めようとしていない悠々とした姿で滞空していた。
その姿はこちらに対して余裕を顕しているように思える。
「なぁ、あの浮かばせてる技術ってお前らが提供したのか?」
『ぞ、ぞんな゛わけッ!! そもそも重力下であんな大質量浮かべ続けるなんて無駄な浪費よ!! 出来たってやったりするか!!』
鼻水と涙でボロボロな中佐がこちらを睨んで怒鳴る。
思っていたよりも肝は小さかったらしい。
結界を解除して、速度を上げる。
片手で支えたらまた文句を言われそうなのでお姫様抱っこする事にした。
目指すは一路、ごパン大連邦首都。
「って言うか!!? は、破廉恥な!!? 下を履いてぇええ!!!」
今一度帰って来ると決めた懐かしの“我が家”に違いなかった。
(オレの演算能力じゃ大雑把な物理現象は起せても物体の構成は頭の中にぶち込んであるもの以外、不可能なんだよな……生憎と容量も
哀しいかな。
生体としての再生は出来ても技術で行える能力。
要は極小スイッチング工具辺りが使えないと形が変わったりしないので……空飛ぶ変態の称号を手に入れるしかないようだった。