ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
フラム・オールイーストは軍人だ。
彼女は今までそう在ろうとし、そう在って来た。
それが変わったのはどうしてだったか。
それは公国の内側への浸透作戦の時の事だ。
彼女は決死の作戦を行っていた。
城砦から掘り出された過去の遺失した技術成果の獲得。
それが部隊に課された使命であった。
ソレは相手のゴロツキのような者達に運ばれていた。
荷の情報は空飛ぶ麺類教団からの通報で何時何処を通るか分かっていた。
そうして襲撃した時。
襤褸を着せられた男が一人。
当然のように聞いた言葉を―――普通ならば命乞いでパン派だと言うのが常道だろう言葉を―――彼女の見付けた男は平然のようにごはん派だと宣った。
野蛮人めと殴り付けたソイツと彼女の付き合いはまるで馬鹿馬鹿しい戯曲のようだったと覚えている。
パンを喰らってケロリとしたソイツ。
何故か自宅にやってきたソイツ。
浚われ、化け物に追い詰められた時。
覚悟した自分を前にして。
それでも自分は男だからと言って覆い被さった。
敵も味方も無く。
いつの間にか事件がある度に増えた仲間達。
そう、彼女にとっての仲間達。
同じソイツに救われて、やってきた者達。
手出しするわけでもなく。
死んだと思ったら帰って来て。
今度は偽物だ本物だとてんやわんや。
そして、今度は月に連れて行かれたかと思えば、見知らぬ女を傍に侍らせ……迎えに来たかと思えば、また別の誰かの為に戦って。
ああ―――泣きそうな顔で安堵していたその表情が彼女には忘れられない。
伝えたかった事は多くあった。
陳腐な言葉で響き合う男女の会話くらいしてくれてもいいだろうに。
そう彼女が思う程、傍にいるのに遠く。
彼女、フラム・オールイーストはいつの間にか女になっていた。
結婚したのだから、逢瀬くらい交わしたっていいはずなのに妙に身持ちが固いソイツ。
でも、全部、全部、分かっていた。
大切にしてくれているのだと。
自分の周りの人々が幸せでいて欲しいのだと。
たった、それだけの不可能にも思える事をただ真っ直ぐにしてくれているのだと。
愚かなくらいに真っ直ぐで、傲慢な癖に優しくて。
道理も常識も蹴っ飛ばす癖に節度と傍にいる人を壊さぬように恐々と抱き締めて。
ああ、こんな幸せもあるのかと。
彼女は思った。
死んだと思った日。
生きたと知った日。
また、出会った日。
彼女は知った。
目の前のソイツが自分に相応しいかどうか。
問題はそうじゃなかったと。
自分がソイツに相応しいかどうか。
それこそが問題だったのだと。
彼女の傍にいる誰もが分かっている。
いや、知っている。
それを感じたから。
それを理解したから。
自分は果たしてその男の旅路に付き合えるのか。
それこそが彼女達に突き付けられたものだった。
そいつの怒りも悲しみも痛みも共に分かち合う勇気。
きっと、それは並みの人間に出来る事ではないと知ればこそ、彼女は、彼女達は思ったのだ。
もう迷わないと。
彼女達の知る世界を、彼女達がいる故郷を、その全てを護ろうとしてくれた相手に報いようと思うならば、全てを受け入れるしかない。
ソイツが例え頭部1つで帰ってこようと、ソイツの旅路の終わりまで付いていく。
傍にいる。
明日へ一緒に向かう。
それは普通の女の幸せではないかもしれないけれども、きっと……それはそれで幸せな事だと彼女には思えた。
「おひいさま」
「分かってる」
「フラム殿」
「分かってる」
彼女の傍らには少女達がいる。
「あいつと共に戦うと決めた。ならば、負けたくない……あいつの妻なのだから、我々は……」
「まぁ、そうですね。そろそろ料理の味見もして貰わないと腕が上がったか分かりませんし、行きましょう」
「A24と一緒に戦うのよ♪」
「旦那様と同じ戦場に起つ……妻として本望だ」
「アンタらも大変ねぇ。政略結婚のこっちは気楽なもんだけど。恋愛結婚て結構疲れるのね」
「そう言いながら、一人の時はカワイイ様子で名前を呼んでなぐ―――」
「ななな、何言ってるのよ!? ア、アタシはそんなはしたない事なんてしてな―――」
「締まらぬのう。取り敢えず、そちらはお主に頼むぞよ。アトウ・ショウヤ」
『分かっている。この段になるまで単独行動をしてきた成果だ。全てを引っ繰り返す為にあの男が準備してきた全て……無駄にはしない』
「うむ。では、そろそろ―――」
彼女達がいる場所がスゥッと明るくなっていく。
暗闇に浮かび上がる場所には十人以上が座れる個別の座席。
半分床に埋まっているソレの先頭にいるのはフラム・オールイーストだ。
内壁の輪郭は青銅と青み掛かったクリスタルを思わせる色合いを幾何学模様で入り混じり合わせていた。
「後は婿殿の予測精度次第。発―――」
壁内に下半身を埋め込むようにしていた大型の人型物体がそう言おうとした瞬間。
彼女達は目の前に紅の粒子が吹き上がるのを見た。
しかし、それだけではない。
空間が急激に歪んでいく。
一瞬にして全員が其々の得物を構えた。
包丁とかフォークとかナイフとかがいるのは仕方ないが、拳銃持ちのフラムが撃つ前に室内の中央にその少女は顕れる。
「此処は……ッ」
意識がハッキリした瞬間にその突如として空間の歪みの中から現れた相手が周囲を見渡して、自分と瓜二つの少女が自分に銃を向けたまま、引き金に指を掛けている姿を目撃した。
「あぁ……そっか。あいつ……ホントに馬鹿なんだから……」
「―――」
フラム・オールイーストの前で一筋、涙が零される。
しかし、その涙は確かに幸せなものに違いなく。
「お前は誰だ? どうして……私と同じ顔をしている」
「フラム・オールイーストよね? あいつを助けに行きたいんでしょ? あいつに頼まれたのよ。自分が月に行けない間、あんた達を護って欲しいって」
「何?!」
「ふむ。此処に来てまた婿殿には奥の手が残っていたようじゃな」
「私の名前はフラム。フラム・ボルマン。あなたのご先祖様よ。信じられないかもしれないけどね」
その場でシーンとした数秒が過ぎた後。
「A24。またお嫁さん増えたのよ♪ これで赤ちゃん一杯計画が捗るのよ♪」
「やっぱり、殴りに行きましょう。そうしましょう。それと激辛なオカシでも捻じ込みに行く事を提案します」
「まぁ、おひいさまそっくりですね!! これは双子どんぶりプレ―――」
フラムの持っていた玩具の拳銃のゴム弾がビスッとメイドさんの頭部に直撃する。
「何でそういうのが即座に分かるのよ……」
呆れたフラム(先祖)が勘の良過ぎる妻達に汗を浮かべた。
「やはりフラム殿が正妻として一強か。努力せねば……」
「フラム殿は最強格でござるからなぁ」
「何と言うか。アイツも罪作りよね。いや、嫁を一杯は男の娘でも浪漫だけど、浪漫の為に命を賭けて嫁からの熱い嫉妬を受けようって姿勢は同じ男として尊敬するわ」
「まぁ、良いじゃありませんか。フラムさんにそっくりな以外は別な方向性で純情そうですし、歓迎しますよ。皆さんで一杯赤ちゃん儲けましょうね。うふふふ♪」
な、何だコイツら!!?
と男の娘達に気付いたフラム(先祖)はフラム(子孫)にどういう事なのかと顔を向ける。
「あいつはカワイイなら男もイケルだけの事だ。取り敢えず、まずは馴れ初めから聞こうか。ご先祖様とやら……後、言っておく。あいつは私の夫だ……わ、私が最初に唾を付けたんだ!! く、口付けだって!! ちゃんとしたし、指輪もあるんだからな!!!」
後半の言葉を聞くに辺り。
フラム(先祖)は決意する。
絶対、後で問い詰めよう、と。
その数分後。
地球から完全に遮断された月面内の地表から一機の黒い翼が飛び出し。
その暗黒の先へと飛び立っていった。