ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第33話「抗えぬ男達、又はおっぱいの国」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?

 

「おっぱーい」

 

『?!!!?』

 

 思わず酷い頭痛も吹き飛ぶような衝撃で噴出しそうになった。

 寝起きで自分の頭がおかしくなったのかと己の良識を疑う。

 

「乳神様じゃ~~」

「おっぱーい!!」

「おぱーい」

「おっぱーい!?」

 

 あまりの声の多さに顔が引き攣る。

 目を開けて起き上がると。

 そこには異様な光景が繰り広げられていた。

 トップレスで牛柄のローブを着た女達が祭壇の上で崇められていた。

 現在時刻は日の高さから考えて朝を少し過ぎた前後。

 どうやら数時間以上、気を失っていたらしい。

 祭壇の周囲は若草色の草原。

 

 そして、何も無い高原らしい少し標高の高い山間部から一望出来る限りの世界には樹林が広がっていた。

 

 その中にデンと飛行船が鎮座している。

 どうやら不時着に成功したらしい。

 500m以上は確実にあるだろう大きなロールパンみたいな上部は無傷。

 船体の下部にある牢屋や居住区があったのだろう場所は少し拉げていた。

 着地の仕方が良かったのだろう。

 致命的な破損は見受けられない。

 

 ただ、十人程の月桂樹の刺繍が施されたローブを着込んだ男女が黙々と金槌を振っていた。

 

 どうやら修理しているらしい。

 その周囲には溶接器具のようなものも見える。

 

「あ、A24起きたのよ。おっぱーい♪」

「ぶッ?!」

 

 思わず噴出したのも無理は無い。

 先日の夜に見た裸体が一部ローブの露出によって顕にされていた。

 

「聖女様!? その聖なるお乳はお収め下さい!! 下々には刺激が強過ぎます!?」

 

 六十代くらいだろうか。

 白いカイゼル髭が何やら香油の匂いをさせてそそり立っている。

 

 白髪をオールバックにした筋骨隆々の男はゴツイ容姿であったが、同時に理知的な光を瞳に宿しており、パシフィカを慌てて諌めていた。

 

「いつまで見ているのですか? エニシ」

「!?」

 

 後ろを振り向くと冷たい半眼がこちらを呆れた様子。

 いや、汚らわしいとでも言いたげに睨んでいる。

 いつも表情が薄い割りにはこの異様な光景に驚いた様子も無い少女。

 サナリ・ナッツだった。

 

「あ、いや、これは不可抗力というか」

「確実に10秒はマジマジと見ていたのは気のせいなのですか?」

「すみません……」

 

 言い訳は心象を悪くするだけだと素直に認める事とする。

 

 一応、これでも健全な男子なのであるからして、女性の魅力に抗うのは容易ではないのだ。

 

「A24!! ようやく起きてくれて良かったのよ。大丈夫?」

「あ、ああ、それで……悪いんだが、説明してくれないか?」

「それはこちらで致しましょう。ささ、聖女様はお下がり下さい」

 

 カイゼル髭の男がパシフィカとこちらを割って入るようにしてズイッと身を乗り出した。

 

「我が名はヴァルドロック・パプリカ!! オリーブ教所属の法僧だ!!」

「ほう、そう?」

 

「如何にも!! オリーブ教には直接的に教義の布教を支える者がいる。つまり、無礼者やならず者から説法者を守る為の役割を担う存在だ。法僧は現地の法を学び、説法者に助言し、時に官憲から、時に現地の人々から彼らを守る定めを持つ者である。そして、オリーブ教最大の説法者である聖女様を守るのが我が宿命!! つまり!!」

 

 クワッと男がこちらを射殺さんばかりにドギツイ笑みを浮かべてくる。

 

「君のような、今にも()()()()()()()()()()()()()()ような者であろうとも!!! 聖女様の許し無しには何もしないから安心して欲しい!!!」

 

(ああ、そう言えば、その聖女様と油塗れでくんずほぐれつしてた不審者がいましたね)

 

 洒落にならない。

 あの状況を見られていた。

 

 その上、オリーブ教の制服なのだろうローブを着せられている事から察して、着替えさせられている。

 

 着地のドサクサで色々と保留にされていたのだろうが、即射殺されていないだけマシと考えるべき事態だろう。

 

「ええと、その……」

 

「いや!!? 何も言うな!! 言わなくていい!!? ただ、聞いていてくれないかな? エーニシ君とやら」

 

「は、はい……」

 

 汗なのか油なのか。

 ギトギトと照り返す顔は今にも憤死しそうな引き攣り方をしている。

 

「昨日の夜の事だ!! あの空飛ぶ船は何とか着陸した。そして、君は、君は……ッッ……聖女様と共に助けられ、拭かれた後にローブを着せられて外に出されたわけだ」

 

(やっぱりか。まさか、このおっさんに着せ替えさせられたのか? よく死ななかったなオレ)

 

「そして、夜に無礼にも無断で土地に侵入した我々だが、彼らはそれを快諾し、現在は朝の儀式の途中だそうだ」

 

「儀式……」

「ああ、何でも家畜の豊穣を願う祝祭の一環だとか」

「家畜って事は……何処だ?」

「ビーフ・ブラッドランドらしいです」

 

 サナリがとりあえず機嫌も戻らぬまま横に来るとこちらに溜息がちに呟く。

 

「ビーフ……牛?」

 

「ええ、此処は大陸に食肉を供給する【ジビエ三国】の一つだそうで。ここからオルガン・ビーンズまでは他の二カ国を越えた先です」

 

 サナリに視線を向けるとこちらとは目を合わせないようにそっぽを向いている。

 

「ジビエ……詳しいんだな」

「料理では食材の産出される地域の特性も習うので……リュティさんに教えて頂きました」

 

「そこの女子の言う通り!! 此処は牛の国だ!! そして、此処の特産は乳牛の乳から作られる乳製品と牛肉。アレは彼らの土着信仰儀式だそうだ」

 

「そう、ですか……」

 

「ああ、そうだとも!! それを卑しい心地で見る男などいない!! いや、いたとしたら、我が身の限りにそんな腐れた根性の男は叩いて砕く!!」

 

「あ、はは……そうですね」

「無論だよ!! エーニシ君!!」

 

 ゴツイ指が両肩に掛かり、ミシッと音を立てた。

 ゲーマーの肩は圧壊寸前の痛みをシグナルしたが、それを解くのは不可能だ。

 横のサナリもそっぽを向いたままで止めてくれる気配は無い。

 

「A24!! A24は“おっぱーい”しないの?」

 

 そろそろ口を挟みたくなってきたのだろうアホ毛がピョインと分厚い筋肉の下から覗き込んでくる。

 

「しないしない」

「昨日はA24が一杯触ったからくすぐったかったわ。今度する時はおへそにしてね」

「ブッ?!」

「………」

 

 隣から氷雪のような視線が突き刺さり、上からは灼熱の呼気がフシュゥッと吐かれている気がする。

 

 とりあえず話題を変えるしかないと命が危ない。

 ネタを探して脳裏を粗方探し終えた十秒後。

 

「あの、それで結局、オレ達はどういう立場なんですか。パプリカさん」

 

 肩が壊れるよりも先に指が取り除かれた。

 

「それについてはシーレス殿から伺うが良かろう。我が命は聖女様の護衛。それ以外は聖女様と聖女様の参謀役であるシーレス殿が決める事だ」

 

「それで、そのシーレス殿って言うのはどちらに?」

「ああ、こちらでしたか。皆さん」

 

 一人スーツ姿で飛行船の方からやって来たのはあの青年。

 筋弛緩剤を掌から塗った挙句。

 人質を取って、拉致してくれた四枚目の男だった。

 

「シーレス殿。目覚めましたぞ。聖女様はささ!! あちらに」

「あ、A24!! 目元を隠さないで話すのよ!! 怪しいとシー君は意地悪にな―――」

「ささ、こちらにこちらに」

 

 パシフィカがおっさんに連れられて引き離されていく。

 

「おやおや。まさか、殿下が懐柔されてしまうとは予想外でした。アレで実は結構な警戒心をお持ちのはずなんですが……何かしました?」

 

「してません」

 

 瞳がこちらをそっと観察しているのが分かる。

 

「とりあえず、話がしたくて浴場に行ったら、ノックしても誰も応答しない。それで中に入ったら……」

 

「ああ、まさか、潜ってました?」

「ええ」

 

「それは災難でしたね。事情は分かりました。こちらとしても、無闇に殿下の前で殺さなくて済むのはありがたい」

 

 ゾッとする程に軽い言葉だった。

 それは百合音やフラムとも同じくらいに命のやり取りが軽い相手からしか出ない。

 

 だが、圧倒的に青年が二人とも違うのは本当に人の命なんて何とも思っていないところだろう。

 

 それが理解出来るのは青年の乾いた瞳がそれなりに人を殺しているだろう二人よりも圧倒的に深い色を宿していると感じ取れるからだ。

 

 あの馬車でも記者を殺さなかった事を後悔する旨の話がされていたのだから、言葉には気を付けなければと内心で戒める。

 

「ちなみに自分達の状況は分かってますか?」

「拉致されて、あの乗り物で運ばれている最中に、アレが空から落ちた、で合ってますか?」

 

「正解です。現在位置はパン共和国から国を二つ迂回経由して本国に向かう途中。アレが直るまでは此処から動けないし、動く気もありません。という事でお二人には悪いですが、本国に着くまでは大人しくていて下さい」

 

「………大人しくしている限り、本国までは安全だと?」

「それは保証しましょう」

 

「本国に着いた途端に機密保持で即射殺される可能性を考えたら、此処で逃げ出す方が良い気もしますが」

 

 カマを掛けてみたが、青年はニコリと返した。

 

「あはは、そうですね。それも考えてたんですが……いいでしょう。頭脳は明晰、状況判断にも狂いは無い。ついでに聖女様と同等以上の耐性……どうやら、大当たりを引いたようだ」

 

 やっぱりバレていた耐性の事をどう話の展開に織り交ぜるか悩む。

 このままだと()()が来ると脅してもいいが、それは確実に最終手段だ。

 危険が大き過ぎるし、その程度の事を分かっていない男とも思えない。

 安易に相手を刺激したくはなかった。

 

「一つだけ言っておきたい事があります。ええと」

 

 一応、フルネームを確認しようと言い淀むフリをする。

 

「シーレスと呼んで下さい。姓は勘弁を。これでもそれなりの地位にあるので」

「分かりました。シーレスさん」

「それで言いたい事と言うのは?」

「彼女は……オレの妻です」

「!?」

 

 横のサナリの表情は揺れなかった。

 だが、微かに指先が震えているのを覆うように手を繋ぐ。

 

「何かしたら、許さない」

 

 初めて、青年の顔から笑顔が消えた。

 

「この状況でどう許さないと?」

「死んでもお前を殺すって事ですよ。一般常識的に言うなら」

 

 前髪を掻き上げて睨み付ける。

 背筋の冷や汗が幾つか滴り落ちた。

 

「………く、くく、ふ、ふふふ」

 

 クツクツと青年が苦笑し始めた。

 

「いやぁ、度胸まであるんですか。良い拾いものをしました。いいでしょう……約束を約束とも思わないのが、僕の流儀ですが……あなた達が我々に対して何も不利益になるような事をしないのならば、こちらからも干渉しないと確約しましょう。殿下と仲良く遊んであげて下さい。それでは」

 

 アッサリとシーレスが引き下がって手をヒラヒラさせつつ、飛行船の方へと戻っていく。

 

「………はぁ、何とかなったか」

「何とかなったか、ではありません……」

 

 横を見るとサナリが僅かに顔を赤くして、俯いていた。

 

「悪い。でも、ああいう手合いは合理的過ぎて信用出来ない。相手側から考えて一番、この場で排除されて問題ないはずの人間を守ろうって考えたら、これしか思い付かなかった」

 

「あの男が危険なのは元ペロリストの私にだって分かりました。ですが、自分の身を危険に晒してまで私なんかを……」

 

 少しだけ苦しげな顔をしたサナリは言い難そうに呟く。

 

「なんかとか言うなよ。危険度の問題だ。一応こっちは死んでも蘇るみた―――」

 

 サナリがギュっと手を痛い程に握り締めてくる。

 

「死なせません。もう二度と私を庇って死なせたり、しませんから……」

 

 その声は悲しげというよりも寂しげな響きを伴っていた。

 自らの兄を殺したも同然の男。

 死んだ兄を思い出した複雑な心境。

 そんなのは考えただけで自分が何を言っていいものでもないと分かる。

 だから。

 

「ありがとう。サナリ」

 

「ッ……そう思うのならば、二人で生き残る道を探しましょう。あなたがいなくなったら、誰が私の料理を味見するのです」

 

「分かってる」

 

 手の伝えてくる温もりが優しくなる。

 

 拉致二日目。

 

 どうやら生きて帰る理由がまた一つ増えたらしかった。


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