ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第313話「その人の戦場」

 

 天海の階箸に向かう事、十時間以上。

 

 空の旅は飛行ルート上では沿岸地域も通る機会があり、多くが水没している様子を見て取れた。

 

「電信設備が更新されてて助かるな。色々と連絡が入って来るし」

 

 乗務員が持ってきてくれたのは光量子通信を用いる端末だった。

 

 天海の階箸のアルカディアンズが今回の一件で開放したものだ。

 

 一応、地球を離れる時には色々と決めて来た為、そのプログラムの1つなのだが、遠方との通信が即座に出来るという利便性は必ずしも良い事ばかりではない。

 

 情報の伝達速度が速くなれば、その分だけ悪い報もすぐに届く。

 

 より情報の精査などを行わなければならなくなる。

 まぁ、そこら辺を色々とやっている暇も無い以上。

 何も言わずにいるのだが。

 

 端末内には地図に次々事件や事故や軍の作戦のタグが張り出され、問題から現在の解決方法まであらゆる情報が流れていた。

 

「大丈夫か?」

「………」

 

 返事が無い。

 ただの屍のようだ。

 

 というのは言い過ぎだろうが、顔の青い少女は船酔いならぬ航空機酔いでダウン寸前で無反応だった。

 

 輸送機とは言っても軍用だ。

 

 ついでに天海の階箸の生産能力でとにかく簡単に造れる仕様にした為、ぶっちゃけた話エンジンと動力以外は全て第二次大戦期のものと然して変わらない。

 

 元々、地球帰還時に何処にでも降りられるように滑走路を造る機材と材料を持っていけるよう作成していたものだ。

 

 それもガワはポ連の鹵獲品から諸々少し手を加えたのみである。

 

 生産性のみを重視している為、揺れる。

 

 エンジンの静粛性と動力となる電池はパンと豆の国が発掘していた飛行船に積まれていたモノのパクリだ。

 

 衛星からのマイクロ波供給があれば、無限航行出来るが根本的にエンジンの点検をしなければ飛べないのは変わらない為、燃料タンクが無い分軽いくらいの代物でしかない。

 

 それも今現在は停止しており、電力は各地の空軍基地内に置かれた発電用施設で用意されるコンデンサの乗せ換えによって賄われていた。

 

『カシゲェニシ・ド・オリーブ様。目的地まで4時間を切りました』

 

「了解した」

 

 乗務員が中佐に温めたお茶の入ったボトルを渡して再び定位置まで戻っていく。

 

「………」

 

「それにしても宇宙から来た割にこういうのはダメなのか。1G下環境での順応訓練はやっても現地の鹵獲兵器に乗り込む事までは想定しなかったって感じだな」

 

「っぅぷ。こちらは交渉担当官であってっぷ……」

「ああ、喋らなくてもいいぞ。此処でブチまけられても困る」

「うぅ……(涙)」

 

(そう言えば、オレも随分と乗り物酔いとは縁遠くなったよなホント)

 

 振り返れば、遠くまで来たという感慨がある。

 その大半が日常よりは事件の連続であったとしても。

 

 だが、昔の自分より前には進んでも、根本が変わったかと言えば、そうとも確信を以て言える程の変わりようではないだろう。

 

 精々が嫁の為に頑張れる自分でありたい、くらいのものだ。

 それ以外は本当にあの頃と何も変わっていないと言える。

 

「はは、まったく……何も変わっちゃいない。本当に……」

「……何を笑っているのか聞いても?」

 

「苦しい時、哀しい時、辛い時、それがどんなに人間らしい事であるかを再確認出来ると言っても……やっぱり、出来れば、嫌なのは御遠慮願いたいって事だ」

 

「?」

 

 不可解そうな顔をされた。

 

「中佐殿。後になってから思えば、苦しい事や哀しい事も自分の為になってるって思った事はあるか?」

 

「……ぇえ、まぁ……人並みには……」

 

「オレもそういうのはある。あの時、哀しかったから、苦しかったから、今があるって思う事は多い。だが、オレはだから今は苦しめって言われたら、断固として拒否して、自分でソレを選ぶ人間だ。そうだな? 今日の食料を我慢して、明日食料が2つになるのを待っているべきだって合理的な事実を突き付けられたら、オレは然して我慢が効かない奴って事になるか」

 

「何が、言いたいのかしら?」

 

「オレが我儘だって話だ。相手に押し付けるのは良くても、自分に押し付けられるのが嫌い。そして、堪え性が無い」

 

「そう、なの?」

「……オレのせいで死んでる連中がいる」

「―――」

 

「50万単位だそうだ。まぁ、二次被害で死んでる奴は極少数だが、積み上がれば、最終的には200万人くらいは出るかもな。大陸西部を含めれば、もっと行くだろう」

 

「……USA宇宙軍の兵器による死傷者だわ」

 

 その言葉には何処か気まずそうなニュアンスが見て取れた。

 否定は出来ない。

 だが、肯定するには聊か外聞が悪い。

 そんなところだろうか。

 

「オレを殺そうと撃たれなければ、きっとその数百万人は死んでないんだよ。それが事実だ」

 

「……カシゲ・エニシ。貴方は我々を責めないの?」

 

「オレが単純に怒ってるのはオレにとって重要な時間を間接的に消費させられた事だ。お前らが撃ったせいでこの星の住人が死んだ事に付いては然るべき人間が怒るべきであって、オレにそういう資格は無いだろう」

 

「だから、あの玉も出したって事かしら?」

 

「アレ、一応切り札の1つなんだよ。だが、難民キャンプを見てたら、切り札扱いするのが馬鹿らしくなった……」

 

「……不器用って言われない?」

「嫁との付き合い方が不器用で困ってる最中だが?」

 

「……戦争だと何でも斬り捨てるのは簡単よ。でも、そうやって悩める事は貴方にとって良い事ではないかしら?」

 

「………」

 

「我々は宇宙に出てから元帥閣下の指導の下、過酷な環境適応の中で生きて来た。人を数で語るようになれなければ、宇宙では生き残って来れなかった。それは国民も軍人も分かっている事……だから、この星の住人とは人間として乖離しているところがある。そう……感じていたわ。でも、此処の人達も私達と何も変わらないところがある……それが……見ていて分かったわ……」

 

「そうか……ちなみにそっちには仲間の死を弔う風習はまだ残ってるか?」

 

「……葬儀はあるわ。軍人だけだけれど。それ以外の民間では華を副《そ》えるくらいかしら……」

 

「十分だ。まだ、そのくらいの気持ちが残ってるなら、お前らを人間扱いしてくれるだろうさ。この星の住人も……」

 

「そう……そうね……貴方達は人間、なんだものね……」

「この地球の住民が顔の同じ化け物に見える連中は多いのか?」

 

「………一部は完全に人間以外のものだと思ってる。軍上層部や政治の人間にもそういうのはいるわ。大概、彼らはタカ派や無派閥だけど」

 

「良い事を聞いた」

 

「良い事? 貴方達にしてみれば、腹立たしい以上に憎悪の対象にしかならない出来事ではないの?」

 

「人間に見えないから、殺してもいいってのは人間の方法論だ。そして、そういう連中に限って言えば、オレには有り難い。物事の本質が見えてない連中にこそ、その本質ってのは牙を剥くものだからな」

 

「何をする気?」

「この一件が終わったら、地球人の姿を再生する」

「!?」

 

「その時にこそ、お前らの中のそういう連中も知るだろうさ。同じ人間ならば、そこにいた者達の犠牲もまた自分達以上に重要な出来事だったんだと。人間じゃない何かが人間になった時、それを受け入れられない連中は排除され、受け入られる人間は贖罪に動くか、断罪に怯えるようになる。それがそいつらへの罰って事になるだろうな」

 

「―――呆れた。生きて全てを収拾する気なのね」

「勿論だとも。月でお嫁様が待ってるからな」

「そう言えば、妻帯者だったわね」

「あいつらと幸せ家族計画しないとならない身なんだ」

 

「そう……?……ええっと、言語の習得が間違ってたのかしら? 複数形に聞こえたんだけど」

 

「世の中には嫁を沢山貰っていい宗教ってのがあるんだ」

 

「ッ?!! そ、そんな、は、破廉恥よ!? 不潔よ!? 一夫一婦制は人類のスタンダードなのよ!? ハッ?! まさか、邪悪な宗教がこの地には蔓延って!?」

 

「ああ、邪悪っぽいのはいるが、別に邪悪かどうかは行動を見て決めるといい。そもそも外の人間の倫理観じゃ測れないだろ。つーか、生贄捧げてるわけじゃないんだから、そう構う必要も無いさ。それともアメリカは少数民族の習俗や習慣や宗教を弾圧するような国是なのか?」

 

「っく!? 何か言い包められてる気がする!!」

 

「もうそこら辺は通過した儀礼だ。オレの嫁は今のところ10人以上いる」

 

 呆然としたような顔になった後。

 ドン引きですよ奥さん!!

 と言いたげな顔をされた。

 それと少しだけ後ろに引かれる。

 

「罪深いわッ?!!」

 

「生憎と罪なら宇宙規模で背負ってる最中だ。宇宙救済プラン作って、適当に人類へ宣戦布告したし」

 

「は?!」

 

「ああ、そういや、まだ言ってなかったが、宇宙救済系のプログラム組む際に人類がいる星を見付けたら、そいつらの現状にちょっとテコ入れする事にしたんだ。主にそいつらが幸せに暮らしていく為に必要なありとあらゆるものを与えるついでに最終戦争を行ってもらうって感じでな。プログラム名はコード・ハルマゲドン……ま、人命が失われない化け物と侵略者相手の温い人類最後の戦争ってな感じだ」

 

「――――――」

「おお、神よって祈っていいぞ?」

 

「我が国はもう神を信仰してはいない。宗教もまた習俗、習慣以外は残ってない……元帥閣下もそれを強制したりはしなかったわ……」

 

 相手が凄絶に疲れた顔になった。

 

「そこら辺は真面目なのか。あの陸軍大元帥……ま、次に会ったら殺し合いになるかもしれないが、その時は片隅で縮こまっててくれ。まだ、そんなに能力が戻ってなくて、オブジェクト相手だと誰か護りながらじゃ、かなり不利だからな」

 

「コレ……絶対、報告書だけで一生終わるやつ……」

 

「帰れる事前提な前向き思考。オレは嬉しいぞ? そういうのが大事なんだよ。そういうのが……人間て逞しいよな」

 

「うぅぅ……銀河を又に駆ける魔王とか聞いてないッ」

 

「残念だが、宇宙に訂正しといてくれ。この一件が終わったら、そもそもこの宇宙だけじゃなくて、他時間、他座標宇宙間のあらゆる地球に同じ事をする予定だ。99%自動化するけどほぼ規模は宇宙団レベルになるんじゃないか?」

 

「ぎ、銀河団じゃなくて、う、宇宙団?! どんなスケールよ!?」

「お前らアメリカだって好きだろ? 宇宙とか」

「そういう事じゃないわ!?」

 

「でも、残念ながら国家に任せられない仕事だから、そこら辺はオレが仕切らせてもらう」

 

「もうアメリカを下した気でいるし!?」

「アメリカの意見を入れたいなら、交渉はいつでもウェルカムだ」

「絶対、生き残る気でいるし!?」

 

「喚かなくても百年後には銅像が立ってるし、お前を大統領くらいにはしてやる。今のところ面倒臭くないアメリカへの干渉方法がソレだからな」

 

「ぅう、未来まで決められてる……」

「昔から妄想力と想像力と空想力には自信があるんだ」

「その三つの違いが物凄く知りたい……」

 

 そう言ってから、不意に気付いた様子で中佐が自分の頬に手を当てた。

 

「気は紛れたか?」

「え? ええと……はぃ……今のって」

「安心しろ。冗談じゃない」

「冗談じゃないのね……」

 

 もうどうでもいいやとそれ系統の話は投げっ放しにする気となったのか。

 

 大きな溜息が吐かれた。

 

「せっかくプリカッサーになったんだ。死にたくなるまでこの世で戦っていけ。人生はいつでもそこが戦場だ」

 

「………こう見えてもまだ18だけど」

「は?」

 

「最初から少し勘違いしているようだけど、優秀な人材が不慮の事故なんかで死んだ場合の措置として、この大陸で言うプリカッサーにされるの……仕事上で知識量を上乗せされたりはするけれど、まだ主観的には十代よ」

 

「この時代に帰って来て一番の驚きだ。どうせ、100歳くらい超えたババアだと思ってたんだが……」

 

「殺せなくても痛いのよね?」

 

 ゴスッと人間よりは十分に強い肘が鳩尾にクリーンヒットした。

 

「さすが軍人……」

「撃たれないだけマシと思いなさい」

「オレの嫁よりは優しくて安心した。オレの嫁は撃つ方だからな」

「………二時間後まで寝るわ……」

 

「そうさせてやりたいのは山々だが、また面倒事だ。コックピットまで行く。傍から離れるな」

 

「え?」

「音速でこの周囲に何か向かって来てる」

「!?」

 

 端末には各地からの情報が入って来ている。

 

 不可思議なポ連でもごパンでも無い航空機が管制も無視して飛行中。

 その航路はこちらを狙い撃ちしたかのようだ。

 

 横に中佐を連れて乗務員とコックピットの二名のところまで行く。

 

 玉を渡した後、自動制御に切り替えさせてから全員にバックパックを装着させて、後部ハッチまで移動。

 

 状況を軽く説明後、手動のレバーで開放した。

 

 ガゴゴゴゴと開いていくハッチの先から吹き込んで来る猛烈な風。

 

 それを合図に全員を飛ばせる。

 

 一人、もう落ちるのはイヤとフルフル首を横に振る中佐もいたが、構わずに蹴り出した。

 

『ぃぃぃぃいいやぁぁあぁあああぁぁああ!!!?』

 

 バックパックは適正な高度でパラシュートを開く仕組みだ。

 中佐を途中で拾い。

 荒野が広がる中。

 幾つかの城砦都市が目に入った。

 

「豆の国上空でござい、と」

 

 完全に崩れ去った都市中央部の瓦礫が今も残る都市に目を引かれる。

 

「帰って来たって感じだな。あの屋根も……」

 

 あの悪魔の枝が地下に置かれていた場所はもう無い。

 だが、何かの因果を感じずにはいられなかった。

 

 遠方に遠ざかって行った航空機が突如として爆発するのが目に見える。

 

 空が爆音を響かせて。

 高速で何か白いものが音速を超えて過ぎ去っていく。

 

 戦闘機にしては何処かのアニメみたいに先鋭的な鳥のような形をして。

 

 ステルスにしては面積が大きいソレの表面にはあのマーク。

 鳴かぬ鳩はどうやら空にも一杯いるらしかった。


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