ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第322話「真説~会議は踊り終えて~」

 

―――|UUSA《ユナイデッド・ユニバース・ステイツ・オブ・アメリカ》連邦議会大議場。

 

 議会制民主主義において国民という存在の多くが決して合理的な判断を下せる有権者足り得ない事は事実だろう。

 

 だが、彼らが選ぶ人々に求められるのは基本的には現状の維持と上昇と合理的な判断であり、その有権者と実務者の頭達の乖離を埋めるのが役人という存在である。

 

 彼ら役人の多くは杓子定規の判断を下す事が多いが、それそのものを求められている事は根本的に自明だろう。

 

 その国家基盤における公正の意味が国民の総体的な意見としてどういうものなのか。

 

 それを体現するのが役人だ。

 

 役人達もまた国民であり、国民の意識や相対的な意見、可能性以上の事をするなんて事は殆ど無い。

 

 幾ら優秀な人間を集めても、その優秀のラインが何処にあるのかは国家のレベル、国民を映す鏡に他ならないからだ。

 

 さて、地球における議会制民主主義の本場と言えば、欧州であったが、それは新大陸にも受け継がれた。

 

 そして、紆余曲折あったものの。

 

 アメリカは未だに議会制民主主義を標榜し、トップに大統領を据える国体である。

 

 それはUSA宇宙軍が主体的な軍営国家となってすらも継がれた決して違えられる事無き、自由の国の根幹であった。

 

「静粛に!! 静粛に!!」

 

 今、議場にはあらゆる人種とあらゆる人種の特徴を備えた人物達がスーツ姿で座わり、周囲には公聴席で複数人の軍人、政治家、経済界の重鎮、司法の役人、報道界のカメラ勢が入っている。

 

 その奥には議会の場では深く立ち入らないという自戒を込めたとされる陸軍大元帥の肖像画が掛けられているが、本人は議場にいないようだ。

 

 宇宙においては極めて貴重な木材。

 飴色の光沢が輝く議場の座席は満員御礼。

 議員が欠伸1つ漏らさずに議会の中央。

 針の筵と呼ばれて久しい証人席を凝視している。

 其処にいるのは少女だ。

 

 今年で19になるはずの地球ならば旧世界者と呼ばれる彼女。

 

 マリア・カーター中佐だ。

 

 彼女は地球圏への降下部隊に先んじて唯一USA宇宙軍が地球に持っていた窓口。

 

 鳴かぬ鳩会に派遣され、その先で今回の軍事行動。

 

 オペレーション・パイレーツによる古代遺跡の奪取を交渉で行おうとしていた軍部ハト派が派遣していた実務担当者の一人だった。

 

 しかし、遺憾ながらも彼女はその交渉先の相手。

 

 古代遺跡【天海の階箸】……超々外遠宇宙航行可能な宇宙艦の行使権限。

 

 ラスト・バイオレット権限を持つ相手との交渉に失敗。

 

 その後、拉致されて地球上を連れ回され、今現在ようやく静止衛星軌道上よりも上に来ていた第一宇宙艦隊の旗艦に保護された、という報告を議会の者達は受け取っていた。

 

 いや、鵜呑みにしていた、というのが正しいだろうか。

 

 だが、その事実が彼女の語る話によって見る見ると変質し、今や巨大な怪物に化けてしまった事を議場にいる全ての者達は感じ取っていただろう。

 

 自分達が求めていた地球圏から離脱出来る唯一の船の主と行動を共にしていた彼女は……彼らが信じられもしなければ、本当に事実なのかと極めて疑うだろう言葉を次々に繰り出し、最後には議長からこれ以上の話をさせるか議会で決めるから黙れとすら言われてしまったのだ。

 

 ちなみに彼女の話はもう殆ど終盤に差し掛かっている。

 

 だが、それは事実確認であり、それ以降の突っ込んだ議員などからの会話のキャッチボールが行われていたわけではない。

 

 もし、そんな事が行われてしまえば、自分達の国家がどうなるか。

 

 いや、それが本当ならば、自分達は本当に何を相手にして無法を働いたのか。

 

 彼らはその手で知る事になってしまうかもしれず。

 

 今更にマスコミを締め出したところで全てが遅い事を誰もが気付いていた。

 

 それはマリア・カーター……彼女の巧みな重要情報部分を暈しての誘導の結果に違いなかった。

 

 現在、その議場において通信先から会話し、出頭している彼女のあらゆるデータはリアルタイムで収集されている事は周知の事実であり、その言動に嘘偽りがない事は彼女にとって正しく剣に等しい。

 

「審議結果が出ました。本会議は続行。また、証人の証言も続行されます。証人は続きを」

 

「はい。私は彼に訊ねました。そんな事が本当に可能なのかと。その時、彼は言いました。それが出来ない相手を前にして戦っているつもりだったのか、という類の発言を。彼に言わせれば、我々は突如として襲ってきた人間達であり、それに報復されないと思っている時点で甘いとの話でした。そして、彼はこの偉大なUUSA本国を今も瞬き一つ分の内に落としたっていいと軽口を叩いた。これからお前らの国の政治家と軍人には精神的に回復不能にも思えるダメージを与えてやるとのユーモアを添えて……それが出来るのが自分だと本気で言っていたと思います」

 

「続けて」

 

 議長の言葉に彼女は頷く。

 

「こうして、私は彼と共に天海の階箸に向かいました。現在、そこを()()()()()()()()()()と説明されていたイグゼリア・アルカディアンズのところまで原始的な車両で進んだのです。私が目覚めた時、彼は……その不法占拠者の赤子から老人にまで満遍なく毒を打ち、傍に爆薬を仕掛け、重軽傷者に銃口を無数突き付けていた()()()()()()である鳴かぬ鳩会の副総帥の降伏勧告を受け入れ……両手両足を特殊な用途に使うと思われる大型切断機器で切り分けられました。その後、更に特殊な毒薬を撃たれ、身動きが取れないようにされてから数十本の金属杭で体中を穿たれ、バンドで無数に巻かれて確保された次第です」

 

「そして、君も確保されたと報告書にはある。相違ないかな?」

「はい。軍と国家への忠誠に誓って」

 

 彼女が話している間も議員達の多くは周囲にいる軍人達相手に現地のとんでもない連中とつるんでたなという視線を向けていた。

 

「静粛に!! さて、御集りの皆さん。何分聞きたい事は山ほどあるでしょうが、まずは各党の代表者からの質問を受け付けます。これは事前に用意されていた内容であり、証人はこれに正直に答えるものとします。軍規に触れないものならば、全て話すように」

 

「了解しました」

 

 少女が答えるとまずは野党からの質問が飛んだ。

 

 発言したのは軍の維持リソースを市民生活の向上に幾らか回すべきという基本的には市民受け狙いが多い党の役員であった。

 

「中佐。君の話は刺激的に過ぎるようだ。だが、私が聴きたい事は変わらない。私の質問はこうだ。君が出会った地球人達はどんな人達だったのかね?」

 

「……彼らは我々のように洗練された市民意識のようなものは持ち合わせず、満足な医療や食事にもあり付けない原始的な生活を送る人々と最初は見受けられました。私が彼と共に向かった先々で人々は正しく太古の人々がするような非常に牧歌的な暮らしをしていたと思います。また、その経済、軍事、政治が多くの国家で未熟だった事も確かです」

 

「彼らは我々とは違う人間であると?」

 

「いいえ、同じ人間でありながら見習うべきところがあったと思います」

 

「見習うべき事? あの灰色の地べたを這う同じ顔の人々がかい?」

 

 ドッと笑う者達が議会の中には二割程いた。

 

 それに眉を顰める者は少数で無関心を決め込む者達が大半だろうか。

 

「彼らは我々よりも非常に人間的な生活を営んでいたと私には思えました。これは主観ですが、彼らは多くの点で我々の市民生活に劣る部分を持ちながら、逆に精神的な豊かさや家族的な感情を伴う団結、喜びや悲しみを分かち合う精神性を兼ね備え、とても表情が豊かだった。我々が失ってきている精神的な文化が彼らの間には科学や技術の振興と同じように行き渡っていた。それは決して劣るものには思えませんでした」

 

「ほう? だが、君が先程から教えてくれている地表の人々の殆どは無知蒙昧にも思える行動をしているじゃないか。それこそ軍人たる君には分かっている事じゃないのかね?」

 

「はい。彼らは確かに無知蒙昧な部分もあるでしょう。それには同意します。ですが、全てが全てそうだと言えない事も確かな事であり、報告させて頂きたい。彼らは決して人を食う獣ではないのです」

 

「ははは、面白いジョークだ。君が言った通りなら、君を拉致した男も、君の前でそいつを切り刻んだ連中も野蛮人どころか獣そのものじゃないか」

 

「ええ。はい。いいえ」

「?」

 

「私は確かにそう思いました。そして、それに同意もします。ですが、同時に否定もさせて下さい」

 

「それは一体どういう事かな?」

 

「私は彼らが私達と変わらない人間である事をその時強く意識しました。私達の持っている残虐さや傲慢さ、理知とは程遠い無教養無理解。その全てを彼らもまた持っていた。そして、その発露を決して自分に偽らざるままに行う姿は善きにしろ悪しきにしろ……とても素直だと思えたのです」

 

「……素直、ね」

 

 暗に私達がそんな事を言える程に高尚かと言われて、反抗したい野党の質問者ではあったが、自分の質問の時間が来たのを見て、最後に捨て台詞を吐く事にした。

 

「君は随分と地表の連中に毒されているようだ。まさか、その自分を拉致した男に情でも湧いたかね?」

 

 その発言に周囲の公聴席からフェミ系のリベラル女性軍人達のヤジが飛んで、失礼失礼と軽く挨拶を交わしながら男が座った。

 

「次の質問者」

 

 今度は与党と連立を組む党の代表者だった。

 

「中佐。君の事は事前に色々と情報を軍から開示させて貰った。ただ、それでも今の君が本当に落ち着いた状態で話しているのかどうかは数字が出ていても疑問だ。私からの質問はこうだ。中佐……君は自分を拉致した男の言動に対してソレを事実であると理解した事そのものが常軌を逸した環境から来る間違いだったとは思わないかね?」

 

 その男の連立する党の党是は何事も疑って掛かれ、である。

 

 この宇宙において生き抜く為に必要なのは限りなくヒューマンエラーを減らす事から始めねばならないというスタンスから市民にも一定の手堅い支持層を持っている。

 

「はい。いいえ」

「?」

 

「その問いに対してはYESとNOで語る事は出来ないと思っています。私は彼と短い間、共に地表を旅しましたが、その意味を貴方は御存じでしょうか?」

 

「はぁ? 意味?」

 

「敵兵を拉致する時、軍の教範には何と書いてあるかご存知ですか?」

 

「何と書いてあると言うんだ」

 

「市民の皆様にも分かり易く言うならば、うっかりなら殺しても構わないと書かれています」

 

「ッ」

 

「そんなのは軍の特殊部隊ならば常識ですが、彼は少なくとも大国の軍人。それも政治家にして最も強き一個人としても敬われていました。また、彼がそれを分かっている人間である事は会話の内容からしても明らかでした。ですが……彼は私に一度とて殺気を向けては来なかった」

 

「そんなの分かったものかね!!」

 

「終始、理知ある瞳で見ていてくれました。私が彼に対して忌憚のない意見を言えた事はその証左と言えます。彼は我が国でも通用する軍人でありながら、決してただ私を人質とは考えていなかった」

 

「それならば、どうして君を連れ回していた!! もしもの時には―――」

 

「議員」

 

 中佐。

 

 単なる少女にしか見えない彼女がその相手に向けて自らが消えた気迫のままに殺してやるという類の感情を向ける。

 

「?!!」

 

 それに思わず仰け反った男が僅かに半歩下がる。

 

「いいですか? 軍人は殺せと言われれば、殺さねばなりません。撃てと言われれば、撃たねばなりません。ですが、彼は誰にも指示する立場にありながら、撃つ事も殺す事もまるで考えていなかった」

 

「そんなの分かったものか!!」

 

「その軍人の主観を証言する場が当てにならないのならば、貴方はこの議場から去るべきでしょう!!」

 

「ぬッ?!」

 

「……失礼。彼が殺したポ連軍の兵士達もあくまで“助けている暇がない”故に放置されたと私は考えます。これは軍人ならば、落第。そして、人質にとっては破格な人物像なのがお分かりでしょうか?」

 

「軍人失格の男だっただけではないのかね!!」

 

「議員。普通の兵隊の戦争でのキルレシオは所有する兵器と戦術の世代格差が大きく無い限り、1対15程度が限界と我が軍では教えています。私が確認した限り、彼は未知の装備を持つNVを相手に1機を重症を負いながらも生身で撃墜し、2機を中破、残る3機を静観に追い込み、肉体を再生すらしてみせた。数百名の兵隊に追われても傷一つ無く。決して人質を見捨てなかった軍人の鑑であり、正真正銘の超人でした。お分かりですか?」

 

「―――」

 

「彼は私などいつでも殺す事が出来た。もっと的確に脅す事も出来た。本国の事など持ち出さずに私そのものを直接的に殺してやると脅せば良かったのですよ。でも、彼は私を丁寧に扱った。それこそ友好を温める戦友のように……」

 

「い、今のは問題発言だぞ!! 議長!!」

「異議を却下します。証言を続行して下さい」

 

「議員。私は何も彼を擁護しているのではありません。彼という存在を正しく理解しなければ危険だと言っているのです。私は異常な状況に追い込まれましたが、それは決して命の危機からではなかった」

 

「では、何で異常な状況に追い込まれたというのかね!!」

 

「私という人質を前にしながら、それでも紳士に交渉しようと自分からテーブルに付いていた彼に戸惑ったのです。普通、交渉役にとって最も難関である事は相手に交渉のテーブルへ付かせる事なのですよ。それが圧倒的な戦力差の相手の方から交渉を持ち掛けて来た。彼にとって私は対等なテーブルの上にいる相手だった。その本来ならば有り得ない事態が私を戸惑わせたのです」

 

「口から出まかせではないのか!!」

 

「そんな事をする相手が大国において重要人物と崇められ、英雄と讃えられますか? そんなにも卑怯で矮小な男が大部隊とNVで包囲されて人質まで取られて拉致されるなんて事があるとお思いですか?」

 

「クッ……」

 

「議員。私は彼をテーブルに付く事の出来る相手と見なし、彼もまたそのテーブルに進んで付いてくれる人物である事を報告します。それも破格な条件を提示してくれる事もある人物であると……これは事実です」

 

「チッ。質問を終わります」

 

 小さく舌打ちした男が席に座った。

 次に立ったのは与党の重鎮だった。

 

「中佐。君の意見は尊重するが、主観的に過ぎる。それは自覚があると思う。そう前置きしておくが、そのままの君でこの質問に答えて欲しい。君は彼が我が国と交渉を行う意志があると言った。だが、逆に我が国を滅ぼす事も厭わないとは思わなかったかね?」

 

「はい。議員……その言葉に私は全面的に同意します」

「何?」

「報告書には記載しませんでしたが―――」

「ちょっと待て!?」

 

 先程までの男が驚き半分、後ろ暗い相手を追い詰める喜び半分、発言しようとしたが、無視して少女が言葉を続ける。

 

「先程の答弁を正確に伝えるなら、彼は我が国を今すぐに消滅させる方法があると言いました。ユーモアではなく。彼はソレを可能だと言い切った。そして、私はそれが事実と確認出来てしまった故にこの証人席に立つ事を決めました」

 

「一体、どういう事かね? 証言如何によっては軍事法廷で裁かれる事も覚悟の上での発言だろうか?」

 

「はい。いいえ」

「……それはどちらの意味かな?」

「議員。まずはコレをご覧下さい」

 

 少女が自分の手前に玉を取り出す。

 

「それは……食料や薬を出してくれるという報告にあった玉かね?」

 

「はい。この証言に当たり、持たせて貰える事になりました。先程の発言の意図を説明する為にこの玉の能力の発現を許可して頂きたい」

 

「……議長」

 

 今の質問者の意志を汲み取り、議長が頷く。

 すると、水晶の下にある机にゴトゴトと食物が落ちた。

 

「な?! ホログラフではないのか!?」

 

 聴衆がどよめく。

 

「議員。観測用の全ての数値が現実である事を示しています。これは言わば、元素変換と分子結合を同時に行う装置なのです。お分かりですか? 今から我々は物質さえあれば困窮せずに暮らす事が出来るようになる技術と申し上げれば、ご理解頂けますでしょうか?」

 

「な―――」

 

 どよめきが奔る。

 報告と今現在の観測機器が教えてくれる数値。

 

 単なる情報にはない厳然たる理屈抜きの理解が彼らにようやく自分達が手にしつつあるモノの価値を教えていた。

 

「静粛に!! 静粛に!!」

 

 議長が周囲を静める間にも彼女は語る。

 

「議員。この玉を作ったのは工作機械1つ持たない生身の人間でした。いいですか? これを生身で造れる人間がわざわざ自分を殺そうとやってきた軍人に対して交渉のテーブルに付いてくれると言うのです。議員の皆様とあの攻撃の決断をした軍人達の精神的な柱を粉々にする()()で、コレを創る相手の溜飲が、我々の交渉相手の溜飲が下がるのです。何と寛大な、と言うべきではないですか? 議員……」

 

 少女の言葉にゴクリと多くの議員とそれを見ていた軍人達が唾を呑み込んだ。

 

 内心を表に出さない者も額に汗を浮かべない者は少数だ。

 

「彼が私に渡した玉にはシステムのセキュリティーロックが掛かっていました。私以外には使えないよう……私だけに様々な情報を伝えられるよう……そして、私は知ってしまった……この世界の不都合な真実とやらを……」

 

「不都合な真実、だと?」

 

「……議長及び与党重役及び軍の将官クラスの人々は……あなた達は最初から知っていましたね?」

 

「何の話だね?」

 

「誤魔化しても無駄なのですよ。コレにはしっかりと書かれてありましたよ。我々UUSAが秘匿して来た事実が……ほぼ正確な予測で描き出されていた。議長……この宇宙の中心部から逃げ出す算段を建てても、それは不可能なのですね?」

 

「何を言っている君は……」

 

「彼はこの宇宙の構造を我々よりも正確に把握していました。その観測結果を見る限り、我々はあの船を使っても、移民出来る星系や惑星には辿り着けない可能性が高い」

 

「な!?」

 

 議員が思わず議長の方を見た。

 

「そう思う理由は?」

 

「先程も言いましたが、此処は宇宙中心部。我々は太陽系に似せた星系の内部で生活しているに過ぎない。オールトの雲など無く。その先には虚無の世界が広がっている。凡そ三億光年以上先にしか本当の銀河も見えない。だが、光速で動いたとしても、この世界が超光速で宇宙中心部に引き込まれていく可能性が高い以上、光速に等しい速度で逃げ出したその瞬間には時間切れとなる場合が想定されて然るべきでしょう。ですが、そんな説明は我々軍部の多くには知らされていなかった」

 

 議長。

 

 その他の軍人達の中には驚かない者が複数含まれていた。

 だが、それ以外の議員も軍人達も極めて唖然としている。

 

「―――君は今、何を暴露したか分かっているのかね?」

「ええ、議長。話は此処からです」

 

「オイ!! 我々にも分かるように説明しろ!! 此処が宇宙中心部!! どういう事だ!!」

 

「赤方偏移世界ですよ。我々人類はそもそもこの宇宙の知的生命の覇者としてもうとっくの昔に宇宙へ散らばっているのです。そして、その先々で万能の力に等しい量子転写技術……地表の鳴かぬ鳩会の総帥及び月で神を名乗る男が使う技術によって……我々の祖先はこの地球毎生み出された。この合理的な結論をもう上層部は既に予測し終えていたでしょう?」

 

「………」

 

 議長が押し黙る。

 

「使用された技術への憶測推測も含めて、要らぬ真実でしょうね……だから、彼女に取り入った。あの女、鳴かぬ鳩会総帥に……でも、彼女は我々にそんな技術を開示する必要もなく。月に対して我々は彼女の助言通りに世界を破滅させる砲を撃ち込んだ。そして、最後にこの技術を持つ者が我々を前にして交渉のテーブルに付きたいと言っていたのに……我々は彼をみすみすあの女に渡す様を眺めているだけだった」

 

「中佐。後でどうなるか分かっているのか?」

 

 議長が僅かに深い色をした瞳で彼女を見やる。

 

「私はUUSAの代表として彼と唯一のチャンネルを持つ人間です。そして、彼が私に託した技術は私無しには解析も出来なければ、複製も不可能でしょう。そして、私はまずこの非合理の極みたる上層部に正しい選択をして頂く為にこの場に立ったのです」

 

「正しい選択とは?」

 

「今からでも遅くありません。彼に降伏して下さい」

「何?」

 

「彼は私宛にUUSA本国を塵に出来る方法をこの内部に書いていました。そして、そのシステムは未だに現存し、実際に一瞬で塵にしてしまうでしょう。私は交渉窓口として選ばれ、この国の未来の天秤を傾ける者として彼に託されたのですよ。条件付き降伏の内容を伝える使者として……」

 

「君は……」

「システムの概要をご報告します」

 

 その時、少女のいる部屋に押し入ってきた軍人達が彼女を取り押さえようとしたが、議長が制止した。

 

「待ちなさい!! 今、彼女は答弁中だ!! 証人として最後までこの議会で証言する必要がある。全ての責任は私が取る!! 議会が終わるまで、諸君はその扉から出ていきたまえ!!」

 

 軍人達が戸惑った様子になりながらも、渋々といった様子で銃口を下げ、部屋の外へと出ていく。

 

「このシステムは極めて広範囲の宙域に極小の粒子を散布する事で成り立つそうです。その効果範囲はこの星系全域。特にラグランジュ地点と他の星と衛星付近には全て行ったそうです。撒かれた粒子は巨大な分子塊に接触すると自己増殖し、内部に浸透しながら、その物質に擬態しつつ、様々な分子組成を真似て自己組織化を開始する。その後、質量に対して4割の浸食を終了した後、特定の情報を受け取るまで休眠状態に付く」

 

「特定の情報?」

 

「ええ……彼があの一万隻にも及ぶ船で顕れるまで一体何をしていたのか。我々は知りませんが……恐らく、ソレを行っていたのでしょう」

 

「何を行っていたと?」

 

「……あの船はこの星系外縁部にある星系内部への欺瞞能力を持つ各種の偽装光学情報を発信する衛星群を乗っ取る為のものだったらしいのです」

 

「いや、距離と時間的にそんなはずは……まさか―――」

 

「ええ、そうです議長。彼らは貴方達が喉から手が出る程に欲していた技術を後二つ所持していました。私は彼に私達が素粒子融合時の重力制御による超光速通信を一部実用化している旨は一切明かしませんでした。ですが、そもそも彼はそんな技術を鼻で笑える力を持っていた……」

 

「そんな事が可能だというのか。たった一個人に……」

 

「そもそも、その状況をもう貴方達上層部は味わっていたではないですか。彼女との接触という時点で……なのに彼にはそれが不可能だとする理由が分かりません。彼は確かに超光速航行技術と太古の昔に我々を生み出したシステムへの干渉技術を持っていましたよ」

 

「馬鹿な……ラスト・バイオレットとはこの世界の委員会の被造物を司る者。その男はもうその先を……」

 

「ええ、残念ながら。この星系から見えるあらゆる光学的な外宇宙の情報が欺瞞だとするなら、我々はこのシステムからは星系内にいる限り、誰も逃れられない」

 

「……星空が変化した時、それが我々の最後だと?」

 

「その為の仕掛けには彼の命が使われているそうです。彼の脳から出されている光量子暗号通信による定期的な発信が止まった瞬間、全ての偽装衛星がダウンし、我々の故郷は……壊滅するでしょう」

 

 今度こそ度肝を抜かれた議会内が最大級のどよめきに覆われた。

 

「彼からの条件付き降伏の内容は?」

 

 議長の声に彼女は真っ直ぐに答える。

 

 1つ―――この戦争において地球圏で出た関連する全死者の遺族に賠償を行う事。

 

 2つ―――地球圏全土の宙域の治安防衛を行う義務を負う事。

 

 3つ―――私一人を窓口としてカシゲ・エニシとの交渉担当官に任ずる事。

 

 4つ―――この事実を知っていた全政治家と軍人が()()()()()()()に土下座して謝罪する事。

 

 5つ―――この条件が飲める限りにおいて、太古の人類の遺産である【至高天】の能力を限定的に貸与する事とする。

 

「今まで軍部の調査隊が世界の地球のあちこちを回っていた本当の理由。人類起源である遺跡【至高天】ですが、彼はもうソレを手にしています。その上で彼は己の五体が切裂かれても尚使おうとはしなかった……何故か分かりますか? 議長……」

 

「見当も付かないよ。中佐」

 

 笑うべきか。

 溜息を吐くべきか。

 

 条件を突き付けられた真相を知っていたはずの者達の大半がとても疲れた様子で渋い顔になっていた。

 

「過ぎた力は全てを滅ぼす。そして、彼は自分の五体が砕かれても切り落とされても、それを使わねばならない事態ではないと冷静に倫理的に判断したのですよ。馬鹿馬鹿しい話です。彼は……自分の命すら本当の意味で天秤に掛けられる人物である事をその身を以て示した。ですが、我々UUSAはどうです?」

 

 燃え上がる少女の瞳。

 

 愛国者を前にして言葉(ヤジ)を発せる者はその議場に一人とて無かった。

 

「地表の人々を人間ではなく獣だと罵り、幾ら殺しても構わないと吐き捨て、そうしてすら知らぬ存ぜぬ悪くないと悪態を吐いている……彼の言い様を借りれば【絶望させてくれるなよ】と言ったところでしょう」

 

「我々がそのような人類だったならば、彼はどうすると?」

 

「彼は一辺の容赦も躊躇も無く我々を滅ぼすでしょう。我々はそれだけの事をしたのです。我々はそれだけの罪を背負っているのです。国家理性の天秤が虐殺を許可しても、それを国家が賠償する事など敗戦する時以外に無いのは御存じでしょう」

 

「今の君が理性を持ち出せる立場かね?」

 

 あまりの事態に議長がぼやく。

 

「彼はいつでも感情のままに理性的でしたよ……だからこそ、彼はこのあまりにも()()()()を我々に突き付けた……地表で調べた結果だけを述べるならば、彼のおかげで地表の死傷者は極めて少ないと申し上げましょう」

 

「地表での死者は数百万と出ていたが……」

 

「本来ならその数倍の規模で死ぬ人間がいたはずです。それに比べれば、その程度で収まっている事そのものが奇蹟だとご理解を」

 

「………」

 

「また、月面下の世界とやらでも彼が玉に込めていた情報を見る限りは我が軍の直接関与による死者は殆ど存在しない。彼が我々の最終兵器を防ぎ切ってくれたおかげで……感謝するべき事実でしょう。我々は地表の数百万人の人間の死に対する賠償のみの国家的なリソースだけで、我々の尊厳を踏み躙られる程度で、国家的な罪から免れるのですよ? UUSAは迷惑を掛けた人々にすら謝らなくていいのですよ? ただ、単純にリソースの消費のみが問題なのですから。ただ、彼にしてもUUSAの全国民を危険に晒した()()()()()()()()()()()()()()()()()()()には決して寛容を示さないでしょう」

 

「そもそも我らが敗戦している事をどうやって証明するのかね? 我々は負けていないわけだが?」

 

 議長が事実であり、最大の彼女にとっての難関を告げる。

 

「それがもう甘い認識だとご理解を。彼は我々がそうやってごねる事も予測済みでした。その為、私にこの玉を託した。今、お見せしましょう……彼を本気で怒らせた場合、我々が辿る道がどうなるのかを……」

 

「何をする気なのだ? 中佐」

 

「十秒後に木星圏と火星圏の衛星がどうなるか。その目で見て考えればよろしいかと。彼との契約に従いデモンストレーションを実行します」

 

「何?」

 

 そうして、十数秒後。議場にアラートが響く。

 

『どうした!? 何だこのアラートは!?』

 

 議員達の間には混乱が広がった。

 

 だが、それにすぐその場にいた軍閥系の政治家や軍人達の顔が真っ青になっていく。

 

「これは―――レッド・アラートだと!? システムは何を感知した!!」

 

 議長がそう怒鳴った瞬間。

 各軍人達の端末に情報が送られてくる。

 

 そして、議長の傍の議員がそのデータの送られて来た端末を持って来た。

 

「―――何だコレは……まさか!?」

 

 顔を完全に引き攣らせた議長が中佐を見やる。

 

「議長。これが現実です。そして、我々はこの恐るべき人物を相手にまだ議会で無駄な議論をしている。アメリカは偉大です。ですが、その偉大さを維持したいのならば、相応の振る舞いというものがあるでしょう?」

 

 冷や汗を拭いもせず。

 

 議長を筆頭に軍人達がそのあまりにも危険な目の前の……()()()()()()()()()の言葉にゴクリと唾を呑み込んだ。

 

「戦後処理はお任せ下さい。()()彼からこの国を護り抜いてみせましょう。その為に議長……UUSAの全議員と軍人の各々方には懸命な判断をするよう全ての情報を開示し、働き掛けて頂きたい」

 

「君は―――これが革命の類だとは思わないのかね?」

 

「私はまだ死にたくありません。国民を死なせたくもありません。単なるメッセンジャーでしかないのです。幸運と思って頂きたい。少なからず、全ての政治家と軍人はこの現実に、事態に……己が行動1つだけで対処出来るのですから。この状況を引き起こしたのは間違いなく我々の軽率な行い故なのですよ。議長……」

 

 コトリと水晶玉にしか見えないものが証言台の上に置かれる。

 

 ソレだけでビクリとした議員、政治家が多数だった。

 

「ッ………解った。議長権限によって一時閉会!! 軍には彼女へ手出ししない事を確約するよう要求する!! 我々UUSAがこんなところで滅びる必要は無い!! 1時間後に再度議会を再開する!! それまでに各派閥の諸氏は今回の一件に関する見解を出しておくように!! あの降伏勧告に対しての対応策とそれが可能かどうかは彼女の議会での証言と討論によって導き出そう!! とにかく今は各所の混乱を治めるぞ!!」

 

 激を飛ばした議長の言葉に政治家達が冷や汗を流しながらも、証人席の少女を恐々と見やりながら、周囲の会議室へと掃けていく。

 

 公聴席の者達は一部の軍人達がまだ情報を伝えに行かせない為に一時的に別室で拘束するようだった。

 

 そうして、六十代の白人とヒスパニッシュの混血のようにも見える骨格の男、議長が少女の傍を通り掛かる時、その瞳を真っ直ぐに見た。

 

「中佐……君は何になるつもりなのだ。君にもう軍は手出し出来ない。だが、君を傍におく派閥も部隊も無いぞ?」

 

「無限の宇宙に放り出され、孤独に軍務で死んだ時から私は一人でした。ですが、この祖国を思う気持ちに聊かの揺らぎもありません。私は祖国が何も知らず、何も分からず、ただあの時の私のように死んでいく姿だけは見たくない。ただ、それだけなのです……」

 

「地表では旧世界者(プリカッサー)、だったか」

「はい。議長」

 

「君達には人間としての何かがいつも欠けていると私は思っていた。所詮は機械の中の数字の羅列だと……だが、君を見れば分かるよ……君達は確かに人間として大切なものを何か失っている。しかし、同時にまた本当に人間として必要なものを手放さぬよう抗ってもいるのだな」

 

「どうでしょうか。私にそれくらいの志があったならば、また私は途中で死んでいたかもしれない。ですが、今はこんな私で良かったと思えます。私は少なくとも祖国を護れる立場にいるのですから……彼は私をUUSAの顔として見ていると言ってくれました。それが私には恐ろしい事であると同時に……何処か嬉しいものだったのかもしれませんね」

 

 自嘲の笑み。

 

 だが、すぐに敬礼した彼女を横に議長は後ろの者達を連れ立って遠ざかっていく。

 

「……貴官の奮闘を期待する」

「はっ!!」

 

 もう人の上に立つ男の顔で議長が過ぎ去っていく。

 そして、証人席の接続が維持されるまま。

 彼女はゆっくりと座席に腰を下ろした。

 今までの祖国を相手にした説得工作の序盤は終わった。

 

 その緊張から解放されはしたが、彼女は自分がした事の大きさに溜息を吐く。

 

(何が起るのかは知らされていなかった……ただ、指示された方法なら絶対に本国も交渉のテーブルには付くと書かれてあっただけ……まさか、こんな事になるなんて……)

 

 彼女が複雑そうに玉を見やる。

 

 その中に浮かぶ光景には……木星圏と火星圏の全ての衛星で起きた異変。

 

 完全な崩壊が映し出されていた。

 

 星の地殻を持ち上げて、刺々しく串刺しにして罅割れさせて掲げさせていくナニカの様子は……彼女が小さい時に見た生物図鑑に出てきた海のトゲトゲした生物のようであり、下から地面が槍衾に突き刺されているようにも見えた。

 

「ご苦労だった。マリア・カーター中佐」

「スミス艦長!!」

 

 ザッと少女が自分の傍に来た軍人に敬礼する。

 

「久しぶりだな」

「はい。艦長もお変わりなく」

 

「はは、今じゃ軍の冷や飯喰らいだよ。それにしても大きなお土産を持って来たな」

 

「ぁ、は、はい……ですが、祖国を護る為にはこれしかないと確信しての行動であります」

 

「……次は戦争の協定くらいは決めようと思った矢先に失脚。彼を怒らせて我が国は虎の尾を踏んだ。だが、君という存在が彼に譲歩を引き出してくれた……君は立派に役目を果たした。それは誇っていい」

 

「……やはり、私はその為に?」

 

「ああ、済まないとは思っている。だが、祖国の暴走に対して彼が消滅を選ぶ可能性もあった。君のようにアメリカを愛し、そして……軍人として一番大事な事を忘れない人物を見れば、少しは彼にも我が国の現状を理解させられるかと。そう思ったのだ……」

 

 USA宇宙軍第六艦隊旗艦レキシントン艦長。

 

 ポール・スミス・Jr。

 

 嘗て、画面越しに魔王と戦った男は今、その席を艦長の座に留めながらも、艦隊は本国の後方防衛という閑職に回されていた。

 

 優秀ではあるが、外回りこそが宇宙の男にとっての誉れである。

 

 その後の緘口令も併せて、様々な情報が規制される中、地球降下作戦を知った彼は一計を案じたのだ。

 

 その一手こそがマリア・カーター中佐の派遣だった事は博打の類には違いなかったが、彼女が少年と出会い、多くの真実と現実を本国に持ち帰って来た事は正しく奇跡に等しい成果だっただろう。

 

「彼は()()()()()()()()()()が取れた……一枚上手だったわけだ……」

 

「艦長。私は……私がした事はどう評価されると思われますか?」

 

「はは、気にするな。君はもう独立愚連隊みたいなものだ。好きにしたまえ。君に危害を加えようとする者が国家から殺される縮図を生み出し、君というテコで国家を傾けられると考えた彼の勝ちだ。何と言われようと君は祖国を救った……それは間違いのない事だと軍人として思うよ。それを君は証明したまえ。己の全力で以て」

 

「は、はい!! スミス艦長!!」

 

「私はこれで失礼する。本国の外層点検を言い渡されるだろうから。上層部は顔面蒼白だろうな今頃……」

 

「地球に降下した部隊はどうなるでしょうか?」

 

「恐らく引き上げるだろうな。現地協力組織の現状を映像付きの資料で提出しただろう? アレにはさすがの連中も顔を顰めていたよ。情報が一部のマスコミにリークされたのも君の仕業だろう?」

 

「………」

 

 少女は沈黙を保った。

 

「よろしい。では、任務を遂行しろ。己の良心と軍と祖国への忠誠に従って、な?」

 

「了解しました。艦長殿!!」

 

 ポールが掃けていくと残ったのは彼女と議会を警備する警備員達のみとなる。

 

 少女は思う。

 

 もう一度彼に会う時が来た時、自分は両者の窓口としてちゃんと役目を果たせるだろうかと。

 

 そして、あんな別れ方をしておきながら、それでも生存だけは疑わない自分に苦笑し、今後の議会の行方に対する思索を巡らせ始めた。


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