ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
世界が紅の輝きに覆われて、邪竜が滅び、声が聞こえた。
一体、おめぇは何を言ってるんだ?
と、言う者は極めて少数であった事は大陸において最大の宗教。
空飛ぶ麺類教団が伝える神話に酷似していた話があるからだ。
各地の避難民集団や蘇りを果たした多くの人々。
更に各地で大自然が復活し、その中に生物までもいる事を理解した彼らにとって、其処は正しく天の国と左程変わらなかった。
道端に転がっている大量の玉に触れると食糧がポムポム煙を上げて落ちて来るとなれば、もはや彼らにソレを天啓と捉えるしかなかったのだ。
創り主来る、の報は全ての国家で他宗教の者も無宗教の者も等しく響き。
顔が元に戻った。
否、遺伝情報より読み取られた本来の顔を取り戻した彼らにはもうこの混沌とした状況で何をどうすればいいやら、という空気しか流れていなかった。
だが、最も影響を受けたのはポ連だ。
鳴かぬ鳩会の壊滅が空から告示され、民衆が蘇り、それを制圧する部隊はその地域には存在せず。
最後の一兵に至るまで東方への派兵に使った世界に残ったのは司令部のみ。
無論のように武装こそしていたが、彼らの中にも空飛ぶ麺類教団の信者はいたし、地獄の如き世界にようやく光が射した事実を前にして上層部内でも独裁を続けたい層と民主化を望む層に真っ二つ。
だが、血みどろの内戦にならないのは国民と国民側の党所属者が圧倒的だった事で決定事項。
ついでに勝ち馬に乗りたい卑近な将校、絶対に死にたくない、今までの悪行を何とか此処で挽回したいという裏切り者が大多数。
ついでに軍上層部を動かしていた党の最高指導部が日常的な粛清の対象の一つであった身近な組織である近衛のサブマシンガンから放たれた鉛玉によって単なる挽肉となった事で全ては丸く収まった。
大陸西部は所有者不在の領土を女性などが筆頭として立った者達が掌握して現地の最低限の守備隊などと共に独立を宣言。
これはほぼ連絡が取れない状況だと言うのにポ連各地で一斉の出来事であり、党の支持者達もまた民衆と天の声によって心折られたせいで抵抗はせず。
その指示に従った。
その際に略奪や私刑が横行しなかったのは声の主の意図が正しく伝わっていたからだろう。
理性的な層が空飛ぶ麺類教団の教えを声高に叫び、多くの国民も全てが終わってから法によって公正な裁きを受けさせるべきだと内心はどうあれ納得はしたのである。
「……何か突撃寸前に世界救われちゃいましたね……」
「ん? あ、ああ、何かな」
アルスカヤとアスターシアは出撃直前の出来事。
そして、更なる暗雲が大陸中央に立ち込め、巨大な地震が過ぎ去っていった事を司令部替わりの大量の信号弾を積んだトラックの荷台に座り込んで呆然と見ている事しか出来なかった。
顔を見合せた彼らの心情は一致する。
創造主(笑)ヤリスギ。
「でも、あの地震に中央方面の噴煙……」
「これは勘なんだが、まだ終わってない」
「ええ、私もそう言おうと思ってました。あの耳障りな声みたいなものも不気味ですが、良くないものと感じます」
お互いの顔。
先程までは同じ顔だったはずの男女は又も意見を一致させる。
今、正に一大決戦という時に今度は大陸中央でまた何か起きた。
大陸北部との連絡は未だ回復しておらず。
彼らは通信が妨害されているという一点において、未だ鳴かぬ鳩会と呼ばれる組織の残党が大陸中央の砲陣地の先にいると考えていたのだ。
「お二人にお話しがあります」
二人が横を見れば、奇妙なロボット的なスーツ。
イグゼリオン型の兵士用ボディーアーマーな三人の少女達が傍にやって来ていた。
「お三方。どうします? このまま突撃を敢行しますか?」
彼らの周囲にはこの短期間でよくもこれだけ集めたものだという程に大量の戦車が横列で広範囲に散開して待機していた。
「いえ、挟み撃ちに致しましょう」
「挟み撃ち?」
アルスカヤが首を傾げる。
「今、恐らく大陸北部にはポ連兵との戦線を捨てたごパン大連邦の軍が大陸中央への派遣軍としての進発を控えているはずです」
「何故、そう思うのですか?」
「カシゲェニシ様は時間が前後しても、恐らく死んでいなければ、絶対に権力と力を諦めない奴が大陸中央か北部の何処かにいて、戦争中もしくは戦争の終結後に動き出すはずだ、という類の事を書いていました。最悪、その男が先程のような惑星消滅級の力を手に入れる可能性もあると」
「彼は預言者か何かでしょうか?」
「いえ、単なる予想だそうです。何の力を使わずとも、相手を正しく理解すれば、正しく何をするか分かる。それだけの事なのでしょう」
三人が今後の予定を詰めようとした時。
彼らは気付く。
西寄りの中央方面の空から大量の何かがやってくるのを。
それが航空機の群れらしいと気付いた彼らが即座に迎撃態勢を取ろうとした瞬間にオカシな事に気付く。
その翼を持つ可変翼機の化け物。
胴体が40m級の戦闘機みたいな黒い航空機の群れ。
それが超低空飛行、超低速でヘリのように近付いてくる。
そして、白旗が……その機体の上には突き立っていた。
全機同じだ。
30機程の編隊からは一斉に声が響いてくる。
「こちらUUSA地上派遣軍指揮官マリア・カーター中佐です。どうか撃たないで下さい。我々は皆さんに降伏する為、此処に参りました。あの声の主、カシゲェニシ・ド・オリーブ様への降伏文書も持参しています。どうか―――」
三人の少女が肩を竦めて、呆然とするアルスカヤとアスターシアに微笑む。
「さて、戦力も集まって来ましたし」
「本当の敵との闘いに備えて今一度プランを練り直しましょう」
「恐らく、破滅はすぐ其処に……」
世界の破滅を前に彼らは集う。
それが誰の意志かなど、言うまでも無く誰もが理解していた。
*
アメリカ単邦国。
日本帝国連合。
塩辛海賊団。
三つの国のトップが今、大陸東部ごパン大連邦の首都。
その議事堂の最中に結集していた。
昨今の複雑怪奇に捻じれた情勢の最中。
あの世界に響いた声によって大きく事態は動いた。
それを迎え撃つのは我らがベアトリック・コンスターチ。
あの声の直後の大陸東部を襲った大地震で再び場は混沌としていたが、それでも北部で戦線を構築していた軍を即時遊撃態勢へと移行し、大陸中央への進軍を数時間前後で可能にしてみせた女傑は目の周りにクマを浮かべている。
その威容は正しく肝っ玉の小さな人間ならば、一瞬で失禁確実。
だが、生憎とアメリカと日本からやってきたスーツ姿の60代の男女と海賊団をこっそりやっていた男を前にしては、その威圧効果も0だった。
議事堂の一室。
彼女は自らの前に現れた三人と握手を交わす。
「単刀直入に言います。今忙しいのですが……」
ベアトリックスの顔を見れば、それは真実であろう。
「分かっていますよ。ですが、申し上げた通り、我々の最大の懸念であった彼女はどうやら滅びました」
女がそう呟き、小さな端末に大陸全土の現在の状況を記した地図を見せる。
「そして、我々の敵であった者達は誠に遺憾ながらカシゲェニシ……貴国の代表議員の議席保有者に対して降伏してしまった」
その言葉を聞いて、ベアトリックスが溜息を吐く事こそ自重したが、大きく目を揉み解した。
「それで我が国に何をしろと?」
「そこはこちらから説明しよう」
ようやく口を開いた海賊団の棟梁。
いや、船長がバッとテーブルの上に地図を広げた。
「彼らの国はこの大陸の外側の海洋に点在する形で残っている。そして、地殻内部を常に探っている。が、大異変が起きているそうで……このままだと90時間以内に大陸が物理的に海へ沈むという事らしいです。ベアトリックス閣下」
「………何で嬉しそうなのですか?」
「いやぁ、世界の命運を掛けて立ち向かう一員に招待されては海の男として笑うしかない。というか、彼のおかげで色々と決まった事が何でもかんでも引っ繰り返って困っているところだ。笑うしかないでしょう」
エービットは背後にいる少女の事は何も言わず。
ただただ、困った困ったと笑う。
「まぁ、同意はします」
「それで合同で動ける三者で最も協力出来るだろう組織である貴方の軍と共に動ければ、この異常の中心たる大陸中央を攻められるかと思いまして」
「90時間では話になりません。そもそも軍を送る事すら不可能です。ポ連戦用の兵隊をそのまま攻勢部隊として後、5時間で進発を開始可能にはしていますが、大陸中央に到達するまで50時間以上を要するでしょう」
「間に合わないと?」
「此処で軍を編成して送っても途中で大陸は崩壊するでしょうね」
「ええ、普通ならね」
「貴女は……」
ようやくエービットの後ろに付いていた少女が前に出て来る。
「シンウンよ。報告書では知ってそうだけど」
「ええ」
「……テレポーターを用意したわ。発掘したてのホヤホヤよ。一応、動作試験したけど、問題ないわ。この連中を連れて来たのもコレだし。数300000までの対象を付属物と一緒に1万km程度移動させる事が出来る」
コトリと小さな円筒形の象形文字が入った化石のようなものがテーブルの上に置かれる。
「もう驚くのに離れましたが、兵士をこれで送れと?」
「いえ、こっちは大陸中央の状況を知る為に色々と爆弾だのセンサーだの送り付けたり、死にそうなのを回収するのに使うわ。本命はこっちね」
ゴトッと重火器の部品らしきものが置かれる。
少なからずバレルのように見受けられるだろう。
「コレは?」
「とあるオブジェクトの重要部品をコピーして、戦中末期の破局寸前に投入されてた兵器」
「兵器?」
「元々のオブジェクトは時間を超えて弾丸を当てる事が出来る銃、だったらしいわ。でも、この部品だけを組み込んだ銃で弾丸を撃つとね」
シンウンが己のコメカミに懐から取り出した銃を向けて瞬時に引き金を引いた。
発砲音はしない。
だが、同時に強烈な違和感が周囲の全員を襲う。
「弾丸じゃなくて撃たれた当人を疑似的に300秒後の時間に送るのよ」
「……どういう事ですか?」
時計を見たベアトリックスが今は先程と同じ同時刻である事を確認し、違和感に思わず口元を抑える。
「つまり、今の私は300秒前の私って事」
「……ですが、今は同時刻ですが?」
「世界が矛盾を補正するのよ。300秒間いなかったはずの幽霊が連続して此処にいるという矛盾をね。記憶を確かめて見なさい。それで全部ハッキリする」
「……確かに貴女は5分間その場所にはいなかった。今現れた……ですが、いなかった間の記憶はある。現実の時間は過ぎていない……時間が修正された、と考えるべきなのですか?」
「その通り。300秒後の世界に到達するまでの時間はソレが存在しない事になる。でも、時間の連続は担保されなければならない。とすれば、世界はどういう風に時間を調整すると思う?」
「見当も付きませんね」
「300秒間の出来事は幻じゃない。なら、その間に起った事は現実……ちなみにコレは撃たれた存在を認識している間にしか起こらない現象だそうよ。でも、コレを用いるのならば、存在しない300秒が現実に全て反映される」
「……そういう事ですか」
「敵に使えば、敵は300秒後の世界に飛ばされ、味方はその間に存在しない300秒の猶予を得る」
「時間兵器……」
ゴクリと日本とアメリカのトップもまた海賊団の本気を前にして唾を飲み込む。
「コレはね。圧倒的な数の優位に立つ委員会に対して外の連中が最後に使った最終兵器……無限の時間を戦場に生成するの……だから、例え1秒で戦争が終わっても過去と現在は繋がるのよ」
「記憶と現状が変化する、と」
「優先されるのは過去から現在への連続した認識だけどね。300秒を思い出す必要があったでしょう? これは認識と時空間の関わりに干渉するオブジェクトって事よ」
「人数分、用意したのでしょうね?」
「勿論。何処とも繋がる非物理現象を応用する通信機だって用意したわよ?」
「……分かりました。さっそく始めましょうか。我々の
「あ、一つだけ注意。この間に時間を確認すると凄い違和感に襲われて気分が悪くなるわ。これが蓄積されるとかなり精神的に変調を来す。一日の時間に付随させられる時間は1か月が限度よ。後、時間を確認する行為は極力避けるようにって部下には言っといて頂戴」
「分かりました。ついでに睡眠時間もあると嬉しいですね」
「それは難しいわね。思い出した就寝時間なんて精神的な疲れも取れないわよ?」
「……最もですね」
シンウンとのやり取りを見ていたアメリカと日本の首相と大統領が同時に目を合わせて頷く。
「では、ベアトリックス閣下。こちらのカードも切りましょう」
「共に手を携えなければならない状況だ。極秘とも言っていられない。互いに出し合えるカードで最も合理的な案を」
海賊団の船長がニヤリと笑って今、絶賛人々を救っている最中の玉を懐から取り出して悪い笑みを浮かべた。
「そう言えば、彼からの贈り物は特定の人物に対しては面白い能力を開放するようでメッセージも受け取っている。どうだろう? 一緒に悪だくみしないかね? お三方」
その言葉に天の声を聴いた者達は仕方ないとばかりに顔を突き合わせる。
「では、我々の戦争の始まりです。まずは誰から?」
「ああ、話す当人は止めておきなさい。思い出す時間も惜しいわ。その為に来たんだから。ソレの完全版発掘するのも苦労したし、
「そう、そうですね。確かにこの状況に持ってくるまで四か月掛かっていたようです……意外と私も凡人だったようで……ありがとうございます」
一応、感謝したベアトリックスは少女がバックから取り出した4丁の銃と弾丸の箱を見て頷きつつ、今自分を襲う猛烈な違和感と具合の悪さに自分でなければ、ぶっ倒れているだろうと溜息を吐く。
10秒後。
全員が受け取った拳銃で椅子に座るシンウンを容赦なく鴨打よろしく的にし始めたのだった。