ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
「誰にも渡さない。オレのものに……オレの傍に……いてくれ……フラム、とか言い出すんでござるよ? いやぁ、某も耳が甘過ぎて何も聞かぬフリをするのが苦痛でござった」
『きゃぁ~~~~!!!?』
「それからイチャイチャイチャイチャイチャしつつ、猫みたいな声を出しまくりのついでに今度は獣のような声まで抑えまくり……いや、恐れ入った。あれが軍人乙女の最終ギャップ兵器なんでござるな。ふぅ~~~某も混ざりたかった!!!」
『きゃ~~~~♪』
「というわけで、後数日は最初のお嫁となった者達が占有するので、月組はもう少し後でお願い申し上げる。でも、某も男の娘に見られるのはアウトなのかセーフなのか測り兼ねるので日数は二人分で増えるかもしれぬ。いや? 一人増えたから、本来の日数的には減るのでござるかな。むぅ、意見募集しておこうか」
「………」
朝食時までの起床から1時間半が10日分の疲労を感じるような現場になっていた。
月猫にある月兎の大使館とはいえ。
それでも今は月の魔王応援隊、ハーレムと呼ばれている面々も魔王帰還の報で全員が地方公演から帰って来て詰めている。
朝っぱらから起きたら正式に結婚している誘拐組みの少女達がこちらを見下ろしていた。
ジト目やら頬を染めて視線を逸らすやらちょっと頬を膨らませるやらである。
まぁ、それはしょうがないだろう。
きっと、首筋には少女《フラム》の唇の跡が付いているのだろうし、色々と交じり合った匂いもしていただろう。
そんな事をしてくれた張本人を瞳でキョロキョロ探したら、部屋の隅で今までに見た事も無い程に狼狽えた様子で赤面……というか、羽織らされたらしいブランケット一枚で顔を枕に埋めてプルプルと悶えていた。
どうやら死ぬほど恥ずかしいらしい。
その後、何を聞くのも無粋だと理解しているのだろう嫁ーズが一人ずつ耳元に色々と……まぁ、色々と呟いてくれて。
こちらが青くなるやら赤くなるやら百面相をし終えたくらいで全員が朝の準備に洗面所へと掃けていき……最終的には顔を上げさせた……いつになくしおらしい様子のフラムを連れて、風呂場へと直行した。
気を利かせてくれたのか。
他には誰も入っておらず。
熱過ぎず少し温めのお湯に視線を逸らしつつも並んで入る事になった。
誰が何処で聞き耳を立てているものか分からない。
だが、それ以上にチラリと見てしまった少女の姿が日差しが差し込む湯煙の中で艶やか過ぎた。
傍でお湯で汗を流して先に入ってしまおうとしたら、腕にそっと触れられて……ただ瞳だけで少しだけ訴えかけられ……仕方なく一緒に大浴場に浸かった。
少し浅く。
胸元よりも少し上までしか浸かれない湯舟。
何も言わずとも肩を並べて入ってしまえば、後は成り行きというか。
そっと髪を纏めた少女が肩を触れ合わせて来て。
少女もまた髪を湯舟には付けないような乙女らしさがあったらしいと再確認し、結局……ちょっとだけ手と手を重ねた。
まるで無声映画。
手拭くらいは嗜みとして頭の上だったので出る時には色々隠そうと思ったのだが、そんな事を許してくれる事はなく。
少女は一緒に出て、隠そうとする手を取って、自分の胸に抱き締めてしまった。
一杯一杯なのはその頬を見れば一目瞭然。
自分も隠せなければ、どうなっているのかも一目瞭然。
でも、チラチラ見ていた少女は少しだけ恥ずかしくも嬉しそうな顔だったのかもしれず。
まともに顔も見れない自分は先に椅子に腰掛けて、お湯を蛇口から手桶に出しつつ、自由になった両手で頭……いや、まずは顔を洗おうとし……フニュリとした感触を背中に味わった。
何も言わず。
しかし、僅かに甘い吐息を零して。
石鹸の香りがすると両手をゆっくりと使いながら背中をヌルリとさせて、それだけで終わると思ったら大間違いで。
―――世の男が歯軋りしそうな双丘を背後に二つ感じて。
両腕がこちらの胴体を抱き締めるように。
それどころかピッタリと背中に頬の感触まであって。
最終的にはちょっと肌が石鹸塗れになるくらい長い時間しなやかで優しい指と手が全身をくまなく……洗ってくれた。
恥ずかしいを通り越して。
全て妻の役目だと言わんばかりの献身ぶりが嬉しくはあって。
結局、全部受け入れて二回も洗われてしまった……どこがとは言わないが。
そうしてようやく少し落ち着いて上がった後。
さすがに分かれて身体を拭いて服を着て先に外へ。
だが、其処で待っていたのが先程のござる幼女のご高説だったのである。
それを聞いているのは魔王応援隊とか月組の少女達だ。
興味津々な様子の皇女やら猫姫やらまで聞いている。
だが、きゃーきゃー言ってくれる子はともかく。
頬を染めてジト目の少女も多い。
探訪者のリーダー少女とか。
月兎の三人娘とか。
魔王軍の実質的な支配者してる秘書少女とか。
漁醤連合の軍人一家の極めて発育のよろしい乙女とか。
「って、どうしてお前が此処にいるんだ?!」
思わず突っ込んだ先からやってくるのは今、地球にいるはずの相手。
「カシゲェニシがあんまりにも戻ってこないからですわよ?」
『文句あるの?』とジト目でちょっと頬が赤い美女。
そう、最年長の美女は前よりも何処か顔付が変わっていた。
ベラリオーネ・シーレーン。
最初は撃たれたり、拷問されたりした彼女。
今は地球で妹や弟、父と共に諸々やっていたはずの彼女は何故か此処にいる。
「何だか、来ちゃダメみたいな言い方ですわね」
「そりゃそうだろ。これから此処は命掛けの修羅場なんだが……」
「水臭いですわよ。ちょっとは貴方を助けさせて下さいまし。これでも、海の女……遥かな空の航路だとしてもちゃんとお役に立ってみせますわ」
胸を張る彼女のそこが料理人なメイドさん並みに弾む。
周囲の女性陣はまだ隠し玉を持ってたのかと言いたげにこちらを見ている。
今まで小さいのばっかりだと思っていたら、メイドは究極完全体になるし、今度は海の女まで出て来たのだ。
まぁ、別に大きさに拘ったりしているわけではないのだが女性には気になるポイントなのだろう。
迫力のある良い女を前に圧倒的な戦力差を知った彼女達は少し悔し気であった。
いや、戦慄していたのかもしれない。
言葉にすれば、こうだ。
灰の月の女の胸は化け物か!!?
「はぁ……分かった。ちゃんと、部屋とか用意する。で、誰に運ばれてきた?」
「ごはんの国の偉い人がお父様と話しているのを聞いていたら、『お主も来ればよいんじゃ』とか言って下さって。男の娘の方々のお力で来たんですわ」
「……鋼鉄の乙女さぁん」
「はいなのじゃ~~」
いつの間にか。
ヒルコがそのガイノイド形態をローブで蔽った姿で横にやって来ていた。
「何考えてるんだ?」
「ふむ。最終決戦とか言うから、使える人材を集めただけんじゃがなぁ。そんな顔しなくても……」
「随分とオレにやる気を出させたいみたいだな」
「然り。どうせ、お主が負けたら我らは全滅じゃからな♪」
ケロリとした声で言われて、内心ウィンクでもしていそうだと溜息一つ。
「まぁ、いい。今日から準備は万端にしとかなきゃならない。アメリカの方は?」
「本国を地球の軌道上に移動中じゃ」
「テコ入れ状況は?」
「現在、6割まで来ておる。まぁ、何か入浴文化がどうたらこうたらと興奮した様子の士官が大量で何か色んな意味で悲鳴が上がっておったぞ」
「ああ、そうかい。勝手にエロ入浴文化復興でもやらせときゃいい。今日は麒麟国の本国に行ってくる。こいつらの事、しっかり頼むぞ」
「了解じゃ」
そろそろ朝食にしようとそこらに屯している少女達に食堂行けと促すと全員がゾロゾロと動き出し、まだ聞き足りないとばかりにござる幼女に話をねだっていた。
その姦しさ無限大な様子はさすが年頃と思わざるを得ない。
そうして、少し待っていると……フラムがゆっくりと浴場の方からやってきた。
いつもならば時間なんて掛かるような入り方はしていないはずなのだが、今日は違うらしく。
「………」
湯上りに髪を完全に乾かし、軍服ではなく。
肩を剥き出しのワンピースを着込んで、薄く唇にリップを縫った程度の姿で出てきた。
サンダル姿だが、思わず見入ってしまうような夏の装い。
髪は束ね上げられて三つ編み。
丁寧に織り込まれている。
パンの国の徽章が髪飾りのように三つ編みの根本に飾られている。
だが、今の少女を見て、それ以外に軍人という単語は思い当たらないに違いない。
「先に行かなかったのか?」
「ぁ、ああ、いつもよりも遅かったな」
「そうか。待たせた……一緒に行っていいか?」
「聞く必要無いだろ」
手を差し出せば、おずおずと手を取った少女は……普通の少女の如く。
少し恥じらったものの。
それでも薄く笑んで共に歩き出す。
調子が狂うという事ではないと思う。
最初から軍人として生きて来た少女が軍人を止めれば、お嬢様然とした相手に違いないとは思っていた。
そう、今のフラムは軍人ではなく。
妻として振舞っている。
それだけだ。
装いだって結婚してからは同じような姿を見掛けてはいた。
だが、それでもやはり少女の中心は軍人としての自分だったのだ。
それが今はただのフラム・オールイーストとして振舞っている。
軍人である前に妻だと。
1人の女として前に立っている。
それは落ち着かない程に初めての事であった。
「フラム」
「何だ?」
「これからオレは色々なところを飛び回らなきゃならない。それで暮らす時の場所に幾つか新居を立てなきゃと思ってるんだが、付いてくるか?」
「言うまでもない。だろう?」
「そうか。じゃあ、付いてくる連中全員が入れるくらい大きいのにしなきゃな」
「そうだな」
「……フラム。オレはこれから死ねないまま。ずっとお仕事とやらをしていくつもりだ。お前にも他の全員にも聞く事になるが、お前は……自分の子供と共に永遠を生きたりしたいか?」
「永遠、か」
「ああ、永遠だ」
「なら、永遠に私や子孫を楽しませてくれるのか?」
「無論だ」
「私だけじゃない。お前を愛した全ての子をだ」
「勿論だ」
「お前が出来るというのならば、そうだろう。私はお前が私を後悔させたりしないと信じられる。だから、お前の好きにしろ。私はお前に付いていくと決めた……子供達は……まぁ、子供達が自分の意志で決めるだろう」
「気が早い気もするが、その通りか」
「……エニシ。怖いか?」
「まぁ、色々とな。一応、人間を止めてるつもりはないんだ」
「お前らしい言い訳だ。でも、それでこそだと私は思う。お前は何者でもあれ……だが、誰かである事を止めようとはしない。それは普通の事ではないかもしれないが、そうしてくれたから、私も……お前の事を思うようになった子達も救われた……」
「………」
「お前がどんな結末を見ていようと。どんな事実を知っていようと。どんな世界を望もうと。変わらないものだってあるだろう。今、此処にある全てを抱き締めようとしてくれた。それだけで私は……私達は救われた……その代償が永遠だと思っているのならば、それはとんだ勘違いだ」
「勘違い?」
「私達が望んだのだ。人の身の矮小を知りながら、それでもお前に付いて行きたいと望んだのだ。お前なら全部どうにかしてくれるとお前に全部背負わせた。お前ならきっと幸せな未来を掴んでくれる。そう期待して勝手に高望みした。愚かなのは我々だ……だから、これは……この選択は代償などではない。我々の傲慢で業で我儘だ」
「………フラム」
「お前が神か魔王か人間か。あるいはもっと別の何かになっても、それで愛想が尽きる程、我々の我儘は軟弱ではないぞ? だから、覚えておけ……お前の物語など当の昔に終わっている。あの日、お前が私の前に現れた時から……これはお前の物語じゃない。お前を望んだ、お前を巻き込んだ、我々の……この時代の……
「――――――」
少女がそっと顔を肩を寄せて。
「諦めろ。私もあの子達もサラサラお前を手放す気なんて無い。お前が悲鳴を上げて逃げ出したとて宇宙の果てまで追い掛けて、時間の彼方に踏み込んで、必ずお前を働かせてやる」
「お前らの幸せの為にか?」
「ああ、そうだとも。単なる妻の夫に対する当然の権利だろう?」
「ふ……まったく、我が家のお嫁様は良い新妻過ぎて困る」
「当然だ。これからお前の子を産んでやるのだからな。責任を取ってもらうぞ。エニシ……私の夫……私の……愛する男よ」
悪戯っぽい微笑み。
きっと、初めてはにかんだような。
潤む瞳は穏やかで。
ただ、愛しかったのだった。