ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第337話「酒池肉林」

 

 世の中には実際、別に自分が解決しなくてもいい問題が溢れていると思うのだ。

 

 魔王軍のアレやコレやなんて、今の現状ではその最たるものである。

 

 だが、ある程度の責任は取る形なので仕方なく大号令を掛けて、大きな指針を示して、後は専門家に任せるという形にする事はまったく合理的だろう。

 

 まぁ、あれだ。

 

 1人でさっさと出掛けようとしたら、大量の人間に引き留められた。

 

 曰く、魔王の代わりに決済していた人々が悲鳴を上げたので決済して下さいお願いします魔王様(土下座)な連中が降って湧いた。

 

 文字通り、空から降りて来るやら、大使館に行列になるやら……どうやら今の今まで他の最高位意志決定者、月兎、月亀、月猫の連中がようやく帰って来た男と新妻達の逢瀬に遠慮しろと圧力をかけていたらしいのだが、それでも我慢の限界に達したらしい。

 

 電子決済機能を切実に導入する事が決まったのが1時間前。

 

 判子を押すだけで腕が疲れそうだったので、書類を全部脳裏にデータで入れて、検証してすぐに紙そのものにインクを生成して決済は終わらせた。

 

 〆て14万枚くらいの書類である。

 ちなみに決済と同時に決済出来る人員。

 

 つまり、管理職の大量任命を決めて、即時魔王軍内での部署毎に権限分散を行った。

 

 これから唯一神との会談がある為、その為の魔王軍の再編であるという建前だ。

 

 グダ付く事が無いようにヒルコに諸々任せたので後は後顧の憂いなく自由時間。

 

 と、思ったのだが、生憎とそうもいかなかったらしい。

 

 人智を超越した魔王様と言えど、新妻とか、現地妻?とか、妻じゃないけどやってきた漁醤連合の使いとか、ハーレムの名前を知らない少女達とか、そういうののお願いには折れざるを得ない。

 

 いや、行こうとしていた場所がもう財団連中の巣になっていると分かったから、確認以外では行かなくても良くなったというのが事実ではあったが……。

 

「エニシ。これはどうです?」

 

 三国の中心地に出来た巨大な難民都市から少し離れた軍管轄地まで来ていた。

 

 周囲は明るく。

 樹木は木漏れ日を恵み。

 

 小さな数十人くらい入れそうな中規模の浅い温めの泉が湧き出している。

 

 樹木の下にはカラフルなシートが大量に広げられ、持ち込まれた荷物が置かれており、ある者はそこでお茶をするやら、ある者は談笑に興じるやら、ある者は椅子に座って日差しを浴びるやらしている。

 

 だが、泉の方は完全に『見せられないよ!!』状態だ。

 

 いや、何を言う必要も無く泉の淵にはサンダルが並べられており、中には大量の乙女がぶっ込まれて水浴び水遊びに興じている。

 

 泳ぐ者もいれば、潜る者もいるが、皆さん全員……全裸か半裸姿だ。

 

 半裸というのは腰元をセパレートな布で隠していたりするという事である。

 

 此処が女の園ならば、正しく構わないのだろう。

 が、問題が一つ。

 

『魔王様~~』

 

 元気に溌剌とした笑み。

 少し頬を染めて恥ずかし気な笑み。

 頬を染めながらも自分の体を惜しげなく晒す笑み。

 極僅かに無邪気な笑みとか。

 純粋に楽しそうな笑みとか。

 

「夜にって言ったのは聞かれて無かったのだろうかと思う次第なんだが、どうなんだ?」

 

 手を振ってから横の元塩の国の王族の血筋な少女に訊ねてみる。

 

「さぁ? 浮気者の言葉を真に受ける子が少なかっただけなのでは」

 

「……何か怒ってる?」

「別に……妻増え過ぎとか今更言いません」

「あ、はい……」

 

 女の子達がきゃっきゃうふふしているのを眺めるのは男冥利に尽きるが、あまり鼻の下を伸ばしていると色々と嫁に釘を刺されそうなのがかなりアレだ。

 

 いや、一番大っぴらというか。

 解放的なのは豆の国の聖女様なのだが。

 

「A24~~あったかくてきもちいいのよ~~」

「まだ入ってていいぞ~~」

 

 隠すも何も全力で遊んで幸せそうに手を振る聖女様は……まぁ、それなりに豊満だ。

 

 何処がとは言わないが、世の中には人類の叡智とか手にしたところで知らない事はまだまだ沢山有るらしい。

 

「旦那様。一緒に泳ぎますか?」

 

 カレーな帝國の皇女様が半裸姿で恥ずかしそうにしながら、何処か艶を帯びた微笑みで潤んだ瞳をこちらに向けていた。

 

 皇女の時の口調は今も女性らしいものに変化している。

 

「あ、後でな? それと帝国の方でお前の後見人や父親にも在って来た。後で色々教える」

 

「はい。ふふ」

 

 ドッと汗が背筋を伝う。

 

 何か嫁達のブレーキがちょっとずつ壊れているような気がしたからだ。

 

「カシゲェニシ様!? 新作のシーズニングを使った料理を~~~!?」

 

 ズドドドドとやってきたのは超エキサイティンな胸部を水着で完全に覆い尽したメイドさんであった。

 

 だが、待って欲しい。

 

 しっかり水着で保持された胸は極めてしっかりとガードされているが、何で半透明に透ける生地を使っているのだろう?

 

 逆にSMでもしているかのようなふくよか過ぎる部分を拘束している姿は全裸よりもアレかもしれないというかアレである。

 

「どうぞおおおおおおおおお!!!」

 

 元気が溢れ過ぎた様子で走って来たメイドさんがようやく止まった。

 

 その手には牛肉の焼き物らしきものが骨付きで皿に盛られていた。

 

「お前らも食うか?」

 

 左右を見るも、水着中に指が油で汚れるのはちょっと……という仕草をする者ばかり。

 

 仕方なく1人で頂く事にして、紙で包まれた骨を掴んで香ばしく焼けた肉を齧る。

 

「―――本当に腕上げましたね。前より美味しいです」

 

「そ、そうでございますか!? ああ!! 良かったです!! おひいさまもようやく新婚らしく夜のお勤めに励まれるようなので……カシゲェニシ様には精を付けて頂こうと思って前から考えていた特性調合のスパイスなのです。これからは一品必ずお出ししますので!! 夜も皆様と励んで下さいませ!! 愉しめるよう全力でお支えします!!」

 

「ぅえ?! は、はい……(そ、そういう料理だったのか)」

 

 心底幸せそうな微笑みであった。

 

 いつも主を心配していたメイドさんにとって、これからこそが自分の出番。

 

 人生の本番なのかもしれず。

 

「皆様の後、()()()()()期待しております。うふふ」

 

 そういう意味でも最後まで頑張れる料理が運ばれてきたらしかった。

 

「(じ~~~)」

 

 横では何故かスクール水着のベラリオーネが紺一色なのに豊満過ぎる胸部を更に強調してしまうのも構わず、抱くようにして陰影を刻みながら、こちらを睨んでいる。

 

 メイドさんと張り合う的な事を考えているかどうかはともかく。

 

 嫁達のブレーキが壊れている様子に目の前の男がどういう状況なのか。

 

 ようやく理解して半眼になったらしい。

 

「な、何か言いたそうだな」

 

「何も言う事なんてありませんわ。お嫁様方と幸せそうで何よりです。結婚したなら、男女のむ、睦事をとやかく言う必要ありませんもの。早く子宝を授かると良いですわね。フン」

 

 その顔は物凄くジト目で不満そうだ。

 

「あ、ベラリオーネ様。前々から用意していたものがあるのですが、お使いになられますか?」

 

「?」

 

 あまり接点の無いメイドさん。

 

 それも自分よりも豊満なウルトラ・バストの持ち主に言われて、彼女が首を傾げた。

 

「実は前々からそうしたそうだったので色々とお父様とも詰めていたのですが……」

 

「え、父と? 何ですの?」

 

 自分との共通点だから、胸関係だろうか。

 

 いやいや、そんなわけはない的な困惑するベラリオーネにヒラッと白い紙が一枚出される。

 

「これは……ゲホッ?! ゴホゴホ!?」

 

 思わず咽た美女が紙とメイドさんを交互に凝視する。

 

「こ、ここ、これ……」

 

「お使いになられます? あ、ちなみに法改正したので我々の内の誰か1人認めれば、可能になりました。お亡くなりになったそうですが、総統閣下よりオールイースト家に電信がありまして。受けたのが丁度わたくしだったのです。このような時が来るのを見越しておられたのかもしれませんね……」

 

 敬意を表してか。

 

 片腕を胸に当てたメイドさんが少し感慨に耽るような顔となる。

 

「……こ、こういうのは両者の合意があって始めて必要になるものじゃありませんの!?」

 

「いえいえ、そもそも特殊な例ですし、知らない内に増えてるのに根拠が無いのもどうだろうという事で月のお嫁様達もお使いになられました。ええ、こういうのはアレです。やったもん勝ちです」

 

「~~~~ッ」

 

 ベラリオーネがボフリと湯気を上げつつ赤くなり、目を渦巻き状にしながらもメイドさんが何処からか取り出したペンで何やら震えつつ名前を書き込んでいく。

 

「あ、あの~~その紙は一体……」

 

 手を上げたこちらを周囲の嫁ーズが各々の表情で見た。

 

 大半は呆れたような視線やら、ちょっと怒りとも不満とも付かないが仕方ないという顔やら、ニコニコ微笑むやら……。

 

「あ、ようやく渡すんでござるね」

 

 ござる幼女が水浴びから帰って来たらしく。

 

 犬のようにプルプルしてから全裸を黒髪で隠すようにしてテテテッと走って来た。

 

「いや~~月のお嫁殿も沢山でござったが、やっぱり増やしておいて正解であった。こちらからも働き掛けた甲斐があるというもの。個人の為に諸々の例外条項作らされたごパン連邦の法務は大変であったろうなぁ。その()()()()()

 

「ゲホッ?!」

 

 思わず吹き出すところだった肉を呑み込んでからベラリオーネの背後に素早く回って内容を確認する。

 

 だが、止める間も無く。

 最後のンが書き込まれた。

 

「ちょっと待て!? 当人の了承が無く結婚とか出来るわけが無いだろ。常識的に考えて!?」

 

「え―――当人の了承もなく嫁を増やす人がソレを言うんでござるか?」

 

 そっちの方がドン引きとばかりにごはん公国の元間諜が言うと。

 その通りと言わんばかりにウンウンと周辺女性陣が頷く。

 見れば、いつの間に聞き耳を立てていたものか。

 月のお嫁様達までウンウンしていた。

 

 中には恥ずかしそうに顔を伏せる者やらはにかんだ様子で微笑む者やら。

 

 思わず顔を片手で蔽って天を仰ぐ。

 どうやら因果応報とはこういう時に使う言葉らしい。

 

「……せめて、其処は婚姻届けじゃないのか?」

 

 辛うじて反論出来そうなところを突っ込む。

 

「届けても即座了承以外に無い案件である故、これを法務省の大臣に直接届けて終了でござるよ? ちなみに特性の代物で実に200名まで追加可能という親切設計でござる」

 

「誰がそんなに増やすんだよ!?」

 

「魔王ハーレムの主がそれを言うんでござるか? ()()()()()()()()()()()云々との話しか聞かないところをグッと我慢していたのでござるが?」

 

 その言葉にまた女性陣がウンウンと頷く。

 

「は? オレはそんなこっちの奴らにそんなこ―――(そう、だったな?! クソッ!? あのギュレ野郎!?)」

 

 そう、そうなのだ。

 

 ギュレ主神による世界の上書きで()()()()()()()()()()()の記憶を持っているのが現在の月の魔王ハーレムの面々なのだ。

 

 それも未だに記憶は何ら元に戻されてはいない。

 

 そして、その記憶が少なくとも()()()()()()()事は自分が一番良く理解している。

 

 何故なら、そういう別宇宙の自分との記憶であり、殆ど齟齬が無い記憶を別の世界の自分達のものだから否定しろと安易にも言えない。

 

 というか、月竜の事からしてほったらしだったのだ。

 今のところ上手く回っているから実は滅んでたとか。

 そういう話も一切していない。

 

 事情を知るヒルコが嫁ーズに難しい説明を根気よく行うとも思えないし、その事実を伝えるにしても、だから付き合えませんと言えるなら、自分はそもそも魔王ハーレムとやらを即座に解体している。

 

 全て丸く収める気でいた自分が追い詰められているとすれば、それは正しく自分の行いの結果。

 

 という事で、大きく深呼吸する。

 

「ふぅ~~~~」

「?」

 

 ござる幼女の横では猫耳の国の未来予知幼女がいつの間にか首を傾げていた。

 

「どうしたの? まおー」

「お前は……全部、知ってても別にいいか派か?」

「いいよ~~♪ しあわせ~~きもちいい~~ふふ♪」

 

 周囲の女性陣の目が本当に痛い。

 

 幼女に何をしているんだお前は……このロリコンの犯罪者め!!

 

 でも、魔王だからしょうがないね(諦めの境地)。

 

 認めざるを得ないなら、後で嫁会議で関係を詰めよう(真面目)。

 

 とか、思っている瞳であった絶対。

 

「相変わらず絵面が犯罪的ですね。まぁ、同情の余地はありますが……」

 

 いつの間にか。

 また、人が増えていた。

 

 今度は探訪者(ヴィジター)のリーダー少女エオナが泉から上がってジト目になっていた。

 

「ま、魔王は変態!! これは私達みんなが思ってる事!!」

 

「だ、ダメだよ。本当の事だとしてもこんな人前で言っちゃ!?」

 

 ソミュアの唇の前でリリエが思わず人差し指を唇の前で立ててシーのポーズを取る。

 

「ウチらにあんな事させといて今更やな。しかも小さい子もイケるどころか。大きいのも小さいのもイケるとか。いや~~ウチらを獣みたいに泣かせた時も甘い時間だったわ~~気持ちええとこ繰り返し繰り返し……えげつないにも程があったで……夜は魔王じゃなくて淫魔王やな……確実に」

 

 ルアルの生々しい発言に思わず気が遠くなりそうだった。

 

 月兎の三人娘がしっかりとした普通の水着を付けつつも、ちょっと恥ずかしそうな顔でそう言われてはさすがに反論の余地も無い。

 

(別宇宙のオレッ!? 恨むぞ!?)

 

 一回だって、月の面々にそんなプレ―――いけない事はしていないのだが、もはや内容から察して此処でして欲しい話でないのは間違いなかった。

 

「あ、あの、魔王様はへ、変態かもしれませんが、お、お慕い、してます」

 

「はう?! ソンナ?! アステ!? 思い直すデス!?」

「魔王の魔力。いや、魅力……侮れないニャ!!」

 

「ぅ~~ん? 魔王さんは……優しかったり、激しかったり……でも、みんなにもボクにも大切そうに触れてくれるから、凄く好きだぞ♪」

 

「お前ら、こ、こういう時はビシッと自分だけを見ろって言えばいいんだよ」

 

「そ、そうかな?」

 

「いや、アステ!? 待て!! お前に言ったわけじゃない!?」

 

 リヤが思わず横の相棒の肩を持ってしっかりしろと言いたげにちょっと揺さぶる。

 どうやら姉を助けた件で好意的に見てくれているようなのだが、それまでの凛々しかった時のギャップから逆に初々しい乙女なアステ・ランチョンであった。

 

 オーレ・ミルクは衝撃を受けたような顔でリヤと共に考え直せと説得中だ。

 

 フローネルは小さい為、ある意味で犯罪を告白されているような罪悪感が襲ってくるのはどうしたものか。

 

 クルネはどうやら魔王の魅力に戦慄しているらしく。

 アステの様子に尻尾が逆立っていた。

 探訪者組。

 

 リーダーを追い掛けて来た四人が各々、自分が常に使う色合いのビキニやセパレート・タイプの水着姿で現れ、ボール片手に次々あーでもないこーでもないとグダグダし始める様子は常のものだ。

 

 それを少し懐かしいと思うのだが、やはりどうしても気になるのは―――。

 

「でもさぁ。ま、魔王だからって一気に5人はオレどうかと思うんだ」

 

 リヤ……お前本当は男なんだ。

 という言葉は呑み込まれる。

 

 上書きされた性別もどうやって元に戻したものかと頬を掻くしかない。

 

 魔王の剣を公称してもいいアウルとか。

 猫耳幼女の保護者である数字の哲人とか。

 

「セニカ様」

 

 泉の魔王ハーレムの面々の中から静々と進んで来たのはフラウとお付きの二人だった。

 

「お嫁様方との時間は愉しんでおられますか?」

 

「ん。あ、ああ、色々あるだろうに一緒に参加してくれてありがとな。フラウ」

 

「そうにゃ!! 殿下は忙しいのにこのシュチニクリンに参加してるにゃ!! 魔王はちゃんと殿下を夜になったら労って愛してあげるべきにゃ!! 交尾は大事にゃ!!」

 

「ヤ、ヤクシャ?!」

 

 思わず頬を染めたフラウが従者の口を塞ぐ。

 

「わ、我々にはい、幾ら激しくしてもいいが、殿下にはや、優しくしてやって欲しい。魔王ならば、それくらいの度量はあって然るべきだ!! いや、私達にだって優しくしてもいいんだぞ!?」

 

 女騎士シィラ。

 くっころ属性はどこへやら。

 

「(十分優しくされてたと思うけどにゃ。ご主人様ぁって言って甘々した声で甘えてたし……)」

 

「何か言ったか? ヤクシャ」

「にゃ、にゃにも?」

 

 三人が三人とも目が潤んでいるのに思わず月兎って実はそういうのに寛容なのだろうかと首を傾げたくなった。

 

 いや、何とか目を逸らさずにいるが、三人は揃って透ける布地を編み上げたような水着というよりは衣装のようなものを着込んでいる。

 

 網目状に太ももや腕、腰から上などを蔽うソレはしかし肝心なところを何一つ隠していないどころか。

 

 余計な部分を肌を見せつつ隠しているので全裸よりも確実に恥ずかしいだろう。

 

 目を思わず逸らしたくなるような艶やかさ。

 

 いや、完全に()の衣装なのは何も説明してくれなくても分かってしまう。

 

 桜色に染まった山が幾つも震えて朝霧に濡れたような艶美な光景が何処を向いても並んでいれば、魔王冥利には尽きても素直には喜べない。

 

 少なくともフラウは記憶が戻っているはずだが、それでもそういう恰好をしてくれるというので気持ちは伝わって来ていた。

 

 だが、色ボケているわけでもないのだろう。

 

 きっと、本人にしてみれば、賑やかしに艶やかな衣装を見せて、こちらに喜んで欲しいと思っているに違いない。

 

 それはこの上ない意思表示であった。

 

「(分かってくれてるフラウはともかく。記憶がアレな連中に何処まで話していいものやら……)」

 

「セニカ様」

 

 振り返ると桃色髪とウサ耳が見えた。

 

「ガルン。どうした?」

「……色々話したい事がある。真面目な話」

「分かった。ちょっと、席外す。話は後でな」

 

 周囲に言ってガルンを連れ立ってすぐ傍の樹木の後ろまで向かう。

 

 すると、ガルンは持って来ていた電子情報用のメモリらしき細いスティックを渡してくれた。

 

 それを手に取って読み込んだ瞬間。

 

 ガルンが今まで書き込んで来た莫大な情報が一気に流れ込んで来た。

 

「………そうか。あの蛸と魔法使いと革命家はそういう」

 

「役に立った?」

 

「ああ、色々と確証が持てる情報だ。それにオレが帰ってくるまでよく魔王軍を持たせてくれた」

 

 そっと頭に手を置く。

 

「お前にはしばらく頭が上がらなそうだ」

「……その……」

「?」

 

 少しだけはにかんだ様子で少女は微笑む。

 

「約束は……今も有効?」

「ああ」

 

「じゃあ、全部終わったら、灰の月に連れてって欲しい」

 

「承知した」

「それともう一つ……いい?」

 

「何だ? 言ってみろ。オレが叶えられる範囲ならだが」

 

「……して?」

 

「―――いいのか? そんな事言って。オレはお前らの記憶の内容知らないが、これでも男なんだぞ?」

 

「いい。セニカ様が……セニカがいいの……」

 

 その最後の声は小さく。

 

 しかし、瞳は艶やかに日溜まりに佇むような穏やかさで潤んでいた。

 

「分かった。躊躇する意味も時間も無い。オレの嫁が結婚証明書とやらを持ってるから、名前書いて来い。終わったら、あいつらと仲良くしてやってくれ」

 

「もう書いた」

「はは、手が早くて助かる」

 

 髪が崩れないくらいの強さで撫でて戻ろうと切り上げようとした時。

 

 不意打ちに唇が奪われた。

 

「ん?!」

「ん……」

 

 すぐに離された少女は顔を赤らめてはいたが、まっすぐにこちらを見ていて。

 

「魔王の秘書って大変……代金前払い……」

 

 ニコリとされる。

 

「いや、これは後払いだろ。だから、前払いはこうだ」

 

 額に軽く唇を寄せた。

 

 それに先程よりも赤くなったガルンがおでこを思わず両手で抑えてから、ササッとこちらから少し離れる。

 

「魔王はHENTAI。間違いない……」

「何でだよ!?」

 

 思わず突っ込む。

 

「額にその……するのは……月兎だとお前を頭から齧るって……男の人の俗物的な女の人へのサイン。夜に食べちゃうぞって……凄く柄の悪い人がする……もし、高貴な人にしたら、侮辱罪とか強姦脅迫容疑で即逮捕モノ。普通の女の子にしたら泣かれるか、絶叫されるか、超怖がられる」

 

「知リマセンデシタ。 モウシマセン」

 

 思わずお手上げのポーズを取るとクスリと笑われた。

 

「でも、お嫁さんにするなら良い。凄い亭主関白って言われるけど」

 

「夫婦の猥談か」

「そう……ふふ」

 

 少女がこちらに近付いてくると今度はサッと先程とは逆に唇を額に押し付けてすぐに離れる。

 

「ちなみに女からしたら、コレはどんな意味なんだ?」

 

「……結婚を前提に付き合ってても良い顔されない。もし知らない人にしたら、厳格な親なら滂沱の涙の後に殺されかねない。公的な場所でしたら猥褻物陳列罪」

 

「あ、はい。じゃあ、お前もオレと同じ、と」

「でも、いい。だって……ガルンの本当の気持ちだから……」

「………ありがとう」

 

 法を司る神の神官だった少女は照れた様子で何か深呼吸してからすぐに己の赤い顔を振り切るように少女達の輪の中へと戻っていった。

 

 どうやら、凄く恥ずかしかったらしい。

 

「たらしでござるな」

「百合音か?」

「某も口付けされたいでござるな~~」

「で、何があった?」

「オリヴィエラ・チェシャ殿が来てるでござるよ」

 

 そう言う幼女の背後の木陰から老女が出て来る。

 

「ごきげんよう。セニカ殿」

 

「ああ、アンタがこんな場所に直接出向いてくるって事は何かあったか?」

 

「そういう事だ。月猫を主軸とした商人達の取り込みは全て完了した。女性らしく振舞うのは肩が凝ってね。脱出してきた」

 

「脱出?」

 

「一応、表向きの口調でずっと話しているとどうしても疲れる()()

 

「アンタ、そういうのとは無縁そうに思えたがな」

 

「……上書きの事はヒルコ殿から聞いている。実際に裏側の話に噛んでいる私は知っても良い立場だとか」

 

「だろうな。K220-322に乗っ取られてた貴重な証言者だからな」

 

「ソレがアレの名前か……どうでもいい事だが、そちらの進展も色々と有った」

 

「何だ? 何か分かったのか?」

 

「芋虫が本体と聞いているが、ソレがどれだけの人間に寄生していたのかはご存じの通り。それで出来るだけ私と同じような経験をした者の証言を集めてみた」

 

「それは助かるな。で、何か解析して分かった事でも?」

「……それが諸々総合すると多重人格のような節が伺える」

「多重人格?」

 

「一つの事象を二つの側から逆に働き掛ける。そういう状況があった事が確認出来た。つまり、あちらは知らされた限りの情報から察するに全ての意志が一致して動いているわけじゃない、かもしれない」

 

「―――何か証拠になりそうな証言が?」

 

「アレが見える人物が何人か見つかったんだけど、どうやら形を取る時に他の芋虫を捕食するというか吸収しているようだった、という話がある」

 

「……そうか。そういう事、なのか? 随分と重要な情報だったな。今の言葉だけでアレに対して幾つか対処法が増えた。感謝する」

 

「別にいい。こういうのは裏方の仕事で、そちらは表を征く。それだけの事で……アレに乗っ取られてた最にしてしまった事への罪滅ぼし。いや、単なる自己満足に過ぎない」

 

「そうか。何にしても感謝する」

 

 詳しい情報が入れられたメモリを渡すとチェシャがすぐにまた消えていった。

 

 その背後には十人近くの女性らしい兵士達が付いている。

 だが、彼らの行く先には月竜の巨竜兵が数人いた。

 

 その頭部にはアステの姉がおり、どうやら真面目に仕事をしているようだ。

 

 こちらに頭を下げた彼女と同時に兵達も同じように頭を下げる。

 

 お辞儀が終わるとチェシャ達が全員掌に載せられて風も起さず静かに空に舞い上がって遠ざかっていった。

 

『彼らは行きましたか』

 

「お前か。何か重要な事でもあったか?」

 

 ケーマル・ウィスキー。

 

 現在、女性化している今一番月猫のトップに近い男が百合音の背後からやって来ていた。

 

 その両手にはグラスが持たれており、どちらにも酒精らしき琥珀色の液体が僅かに泡を内から弾けさせていた。

 

「どうぞ」

「貰おう。で? どうしてお前まで半裸なんだ……」

 

 思わずツッコミが入る。

 

 女性になっても年齢は変わらないはずなのだが、年齢不詳な妙齢の美女というのはまったく彼女の為にある言葉だろう。

 

 トップレスな姿な上にその女性らしい胸部はそれなりにふくよかで綺麗なお椀型で形が崩れている様子も無い。

 

 思わず視線を逸らしたくなったが、それで揶揄われるのも個人的にアレなので顔はそのままに訊ねてみる。

 

「あの若さの中に入って燥げる心持ちでは無いと言ったところだと考えて下されば……」

 

「まぁ、コメントは控えさせてもらう」

「よろしい。では、本題に」

「何なんだ? 改まって」

「……ユニ様の事です」

 

「魔王の血筋云々の事はもうヒルコに聞いた。神託だか託宣だかの事も」

 

「いえ、そちらではなく」

「?」

「お解りにならない?」

「……結婚の事か?」

「ソレです」

 

 琥珀色の液体がグビリと飲み干された。

 女の瞳が少し鋭くなったような気がする。

 

「延期に延期に延期を重ねて無期限延期になった後、戻って来たわけで……また何か始まる前にお願いしたいと月猫の上層部の総意です」

 

「もう始まってるんだけど……」

 

「それは承知しています。ですが、余人にソレを分かれというのも難題でして」

 

「どうしても?」

 

「ええ、これ以上待たせるとさすがにマオの家系も色々とややこしい事になってまして」

 

「どういう事だ?」

「魔王の系譜という話と同時に御姉妹の話は?」

「一応……」

 

 始めてケーマルが大きく息を吐いた。

 

「十数年前にユニ様の姉が魔王の系譜として死んだという事にされてマオの一族の一派閥によって拉致されました」

 

「理由は?」

 

「当時、ユニ様の懐妊が当時の御子に預言されていた。それで彼らは夢を見たのですよ」

 

「夢?」

 

「月兎と月亀の戦後の話です。密かに増やして売り込み。国家間のパワーバランスを操る存在に成りたかった、という事のようです」

 

「……増やして売る、か」

 

 胸糞の悪い話であるが、能力を増やす手っ取り早い方法のはそういうのになるだろう。

 

「ですが、途中で派閥同士の争いになり、血族間の暗闘で姉は行方不明。誰かが知っていたのでしょうが、知っていた人間の大半が暗闘で死亡。残った誰かが知っているかどうか誰も確証が持てない状態で黒幕も不明。うやむやです……死んだ扱いにして表向きのユニ様の血脈だけ残せばいいという判断が為されました」

 

「成程? それが結婚と関係あるのか?」

「大有りです。姉が見付かりました」

「良かったじゃないか。で、どう関係ある?」

「もう1人の貴方という存在に保護されているとか」

「―――そういう事か」

「詳しい事は察して頂けますか?」

 

「つまり、アレだろ? 魔王の血族の能力を持っているマオの血統が別のヤツに流れて問題になったが、オレの関係者……そうだな。例えば、ヒルコ辺りなら、兄弟とかテキトーな事を吹聴して情報操作した、とかじゃないか?」

 

「見て来たような事を仰る」

 

「で、マオのその謎の生き残ってた一派がそっちを擁立して魔王反対派を固めようとか思ってたりうするかもしれない、とか」

 

「まったく、その通りですが……2つ付け加えるとするならば、その動きの大半は潰しました」

 

「まぁ、だろうな。ヒルコが許すはずがない」

 

「ですが、問題はその情報が潰す前にマオの血族中に流れた事です」

 

「……さっさとユニと結婚して既成事実作って、余計な事を考えるような連中の芽を潰せと?」

 

「現在、そのもう1人に接触しようという気配のある血族が数人います」

 

「ソレまったくの杞憂なんだがな。あっちはそんなの絶対面倒過ぎて何一つ利も無いから話を聞く可能性すら無いんだが……」

 

「ヒルコ様にも言われましたが、それが俗物にお解りになると?」

 

「まだ夢見てんのか? さっさと現実見て地道に働けって言えよ。いや、お前なら出来るだろ?」

 

「ええ、出来ますとも。ただ、ハッキリした事は分からないのですが……恐らく、元凶になる人間が血族の中で生き残っています。それが誰かは分かりませんが、この状況下で一発逆転を狙っている、かもしれません」

 

「不可能だろ」

 

「ええ、でも、ソレを悟れているような人間なら、あちらは愚昧窮まる計画を立てていないでしょう」

 

「オレが潰すのじゃ角が立つのか?」

「立ちますね。かなり高位の相手と思われます」

「でも、オレの権力で捻り潰せるだろ?」

「ええ、可能です。が―――」

「―――角が立つとあいつが悲しむ、と」

「そこまでお解りなら、察して頂きたい」

 

「ハッキリ言うぞ? ユニが傷付くような相手だとしても、そうするべきだ。将来的にソレが一番あいつにとっても幸せなんじゃないか? いつまでも子供扱い……いや、子供扱いしてやりたい、か」

 

 ケーマルが真摯な顔で頷いた。

 

「ユニ様は言う程に大人ではありませんよ。子供でもありませんが……ただ、無邪気に笑っていて下されば、なんて言うつもりもありません。ですが、全て知っていたとしても……穏便に済ませておきたいのです。全てを見通しているあの方が視て視ぬフリで今まで何とか保ってきた平和です」

 

 その言葉には苦渋が滲んでいた。

 どうやら、相手はユニの親しい人間らしい。

 

「悪党や身勝手を通そうとする人間を罰するのが必ずしも平和になる近道じゃないのはその通りだ。幼女にしては背負い込み過ぎなお嫁様に今まで何もしてやれてなかったのも本当のところだ……ただ、覚えておけよ。数字の哲人さん」

 

「何でしょうか?」

「オレは未来が見通せるようになってよくよく思うんだ」

「……どのような事を?」

「結局、未来が見えても選ばないって事は不自由なんだ」

「選ばない事が不自由?」

 

「幾つも選択肢があれば、未来の自由度が高いって思うだろ? でもな。実際には未来が見える事で未来が狭まる事が多い」

 

「未来が狭まる、ですか?」

 

「ああ、単純な話だ。実は未来が見える事で消される未来っつーのがあるんだよ。知らなければ、最良の未来まで辿り着けたはずの道が幾つもあったりな」

 

「そうですか……」

 

「言い換えるなら、選べないって事になるか。それは矛盾なんだ。知らなければ、選択肢には入らない。だが、知ってしまえば、その選択肢が消える。だから、未来を見るって事は何かの未来を選ばないって事なんだ。その不自由さはたぶん常人の想像の範疇じゃない」

 

「……同じ物が見えている方にしか分からないと?」

 

「あいつにしてみれば、単純な話だろうさ。自分が未来を見て今日は魚を食べたいと言えば、魚が出てくる。でも、未来を見ずに何かを食べたいと言えば、もっと良いものが誰かの熱意や情熱や好意の結果として食べられたかもしれない。そんな感じだ」

 

「……ユニ様はこの件の未来も見通されているのでしょうか」

 

「あいつがいつも余計な事を言わないのは大抵余計な事になる可能性が排除出来ないからだ。知らないフリをするのも未来を見る連中の嗜みって事だ。誰かの選択肢を狭めないようにな」

 

 ケーマルがグイッとグラスを呷った。

 その顔には複雑に過ぎるものが浮かんでいる。

 

「己の力の無さを痛感する話です」

「結婚の話は了解した。いつだ?」

「……明日」

 

 どうやら色々とケーマル側も大変らしい。

 その僅かな沈黙に苦悩らしきものが滲んでいた。

 

「早過ぎだろ……」

 

「これから大規模な軍事行動を行う前に近親者と高位の関係者のみで執り行う事になっています。立食式のパーティーですのでそういう意味では国民に知らしめるようなものではありません」

 

「あくまで連中の企図を挫く目的だと」

「ええ、余程の事が無い限りはお願いしたい」

 

「分かった。時間が無いと踏まれたのか。まぁ、いい。お嫁様の方には何て言ってるんだ?」

 

「明日結婚です、とだけ」

「どうせ、いいよーって言われたんだろ」

「はい……」

 

「後で二人で話す機会を設けてくれ。色々こっちで調整しておく」

 

「分かりました。結婚式の段取り自体は二人で民族衣装を着て、お披露目するのみを予定しております。戦時という事で簡素なものにする事を他の方達にも納得して頂きました」

 

「分かった。適当に笑顔を振り撒けと」

 

 ケーマルが頷き、詳しい日程は夜にでもと言って下がっていった。

 

「大変でござるな~はーれむの管理も」

 

 ござる幼女がいつの間にか背後から首に腕を掛けてひょこりと左肩の後ろから顔を出す。

 

「自分で選んだ事だ。頑張るさ」

 

「おお……エニシ殿の口から頑張るとか出て来るのは凄い違和感でござるよ?」

 

「褒めてない、よな?」

 

「褒めてるでござるよ。それにしても某が抱き着いてもビクともしないとは逞しくなって。お母さん感激でござる♪」

 

「誰がお母さんだ。はぁ……いつも頼って悪い……」

 

「何を言うかと思えば……頼られる事程に嬉しい話も無いであろう。腕を斬り飛ばすより楽な仕事と思うのだが?」

 

「そうだな」

 

 それ以上労おうとしても茶化されそうだったのでゆっくりと首から腕を解いて向き直る。

 

 その幼女の姿は全裸ではなく。

 

 さすがにハイレグ気味の黒いビキニにサラシを胸元に巻いた姿だった。

 

「似合ってるぞ」

 

 頭を撫でると思わずいつもニヤニヤしている顔がサッと朱に染まった。

 

 頬を隠すように前向きになった顔を黒い長髪がベールのように覆う。

 

 それを人差し指で分けて顔を覗かせると。

 ちょっと恥ずかしそうながらも膨れた頬が出て来た。

 

「ズルイでござるよ。エニシ殿」

「ズルイか?」

「うぅ……不意打ち禁止でござる」

 

「痛い思いさせてばっかだからな。ちょっとはそうさせてくれ。そういや、いつがいい?」

 

「い、いつ、とは?」

「昨日はフラムだったからな」

「ッ―――そ、某は過激でござるよ!!」

「分かってる」

 

「ッッ、そ、それにええとエニシ殿を骨抜きにしたり、弱いところだって攻めちゃうござるよ!?」

 

「頑張って一緒に気持ち良くなろうな」

「ッッッ、うぅうぅ?! エニシ殿のHENTAI!!」

「悪いな。過去の日本人は皆変態だったんだ」

 

 過去の祖国に内心で御免なさいしておく。

 

「……優しく、して欲しいでござる」

 

「ああ、目一杯優しくしてやる。あ、ユニが混ざるかもしれないがそこはご愛敬という事で……」

 

「今、一気に某の乙女的な高鳴りが下がったでござるよ?!!」

 

 悪い悪いと膨れる相手の頭を撫でて泉の方に戻れば、片方の手をチョコンと摘ままれた。

 

 その様子は何処か迷子の幼子が大人を頼るような儚さかもしれない。

 

 結局、珍しく仲間達に揶揄われたごはんの国の元スパイは押され気味に姦しい乙女達の園で自然と馴染んでいたのだった。


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