ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第338話「結ばれし謀」

 

 結婚式当日。

 

 近親者と高位の意志決定者のみで行われた月猫式の会場は白い肉球な印が乱舞するファンシー感溢れる様式な建築物や印刷物や飾りに溢れていた。

 

 由緒正しいマオの一族用の儀礼の為の教会。

 

 通常の神殿とは関係ない場所はケーマルの話を信じるならば、魔王と初代のマオの家系が関わっているとの事。

 

 古びれてはいるが、手入れの行き届いた庭には花が咲くも漆黒の塔の影響で薄暗いせいか。

 

 微妙に煤けて見えた。

 まぁ、何事も気の持ち様である。

 集まったのは十数人。

 

 マオの血族の分家筋の当主や関係者の一番上の連中らしい。

 

 誰も彼もシックな装いだが、よく見れば一流の仕立てだろう染み目な礼服に身を包んでいる。

 

 新婦であるユニは控室で衣装合わせに化粧中。

 

 嫁連中は結婚式会場である教会横のこじんまりとしたホールの立食式パーティーの準備に色々と動いているので魔術や通信機器でこちらの様子を見やる程度だろう。

 

 式が終わったら、そちらで魔王軍の関係者も共に懇談会。

 

 それが終わったら解散して、新郎新婦は新居……という名の魔王のハーレムの本拠地と目されている月兎の大使館に帰還する事になっている。

 

「………」

 

 一応、月猫式の儀礼服。

 

 民族衣装らしい控えめな山岳部族らしい礼服を着込んでいる。

 

 黄色い色の紐でゆったりとした布地を結わえ、銀や銅の装飾品が腰や胸の紐に下げられている。

 

 革製の靴や手袋。

 神を後ろに撫で付ける香油の匂い。

 

 こうして見れば、自分も一応はそれらしいかもしれない。

 

 どうせ式の時間までは暇なので教会裏の庭に出ると1人の女性が庭の花壇の草花を前にしゃがんでいた。

 

 四十代くらいだろうか。

 

 こちらに気付いて振り返った彼女は……今日初めて紹介されたばかりのユニの母親であった。

 

「あら、新郎がこんなところで油を売ってていいのかしら?」

 

 気安い朗らかな相手だ。

 ユニと似ているのは目元だろうか。

 

「式の開始までやる事が無くて」

「ウチの娘を愛でるのはやる事じゃないのかしら?」

「それを言われるとぐうの音も出ません」

 

「うふふ。嘘よ……あの子が幸せそうなのは見れば分かるわ。いつの間にか大人になってたのね。あの子も……」

 

 少し目を細めて女性が我が子の様子を思い出したのか微笑を浮かべる。

 

「新郎である前に魔王である閣下に対して気安いと思われるでしょうけど、ご寛恕願えれば幸いよ。実は市井の出なものだから」

 

「聞きました。ユニから。お母さんは街の事なら何でも知ってると」

 

「あの子ったら、おかしな事を言われなかったかしら?」

 

 苦笑する笑顔も僅かに皺の刻まれた目元もチャーミングと言える。

 

 老いて尚輝くものを持っている彼女は世の女性から羨まれるに違いない。

 

「いえ、自慢のお母さんだとしか」

「まぁ、御世辞もお上手ね」

「いえ、そんなつもりは……」

 

「それはそれで問題よ? 新婦の母親を口説いたと新聞に載ったら、また魔王伝説が増えてしまうわ。ふふ……勿論、女としてお世辞もそれとなく言って欲しいけれど」

 

「……よく似てますよ。貴女とユニは……」

 

「そうかしら? お喋りとはよく家族から言われるの。でも、似てるとは言われた事無いかもしれないわね。あの子、天然なところがあるから……」

 

「そうですか……でも、やっぱり、似てますよ」

「そう?」

 

「内側に押し殺したものと上手く付き合えるところとか。人に言えない事を言えないままにしておけるところも……」

 

「まぁ、女には一つ二つの秘密はあるものだから……」

 

「ユニの姉の事ですが、月猫は今後公表します。が、干渉しないとの立場を取る事が本日の朝一番の閣議で決定されました」

 

「………そう」

 

 始めて女の唇が止まった。

 

「それと安心して下さい。ユニの姉は少なくともこの世界が滅んでも一番最後に近い順番で死ぬ事になります。それくらいには安心していい相手といますから」

 

「……ズバリと言うのね。魔王閣下」

「ええ、本当の我が子の事は気になるでしょうし」

 

「―――あの子が消えてから家は火が消えたようだった。ええ……本当に……」

 

「そんなに憎かったんですか? 嫌いな男の子供が」

 

 こちらを見つめる瞳は深く青かった。

 

 何処までも水底を覗くような心地になるようなそこには一抹の寂寥がある。

 

「……どうやら、隠しておくことも出来ないようね……全部お見通しって感じ……ケーマルかしら?」

 

「いえ、親しい誰かとは聞きましたが、それ以外は何も……」

「では、どうして?」

 

「一目で分かりましたよ。貴女はユニを本当に愛している。でも、それ以外の家族は愛してない」

 

「感情や仕草に出ていたかしら?」

「いいえ、完璧な母親でしたよ。でも、一つだけ」

「何か?」

 

「単純な事です。貴女は一度も他の家族と視線を合わせて話す事が無かった。ユニ以外とは誰であろうとも……」

 

「そうね。色々と隠しているつもりだけれど、分かる人には分かるのでしょう。でも、それでどうして私だと思ったの?」

 

「この状況下でわざわざ魔王のご機嫌を損ねるような事をしなきゃならない理由。色々考えたんですが、悪意じゃなくて善意でしか動く理由が無い」

 

「どうして?」

 

「純然たる悪意の持ち主がいたとしても、合理性は考慮されるでしょう。それこそ陰謀が渦巻く月猫らしいですし。ですが、今回の一件は合理性が無視されてケーマルに内実まで掴まれてる」

 

「つまり、動きがお粗末だったと言いたいのね?」

 

「ええ、ぶっちゃけて言うと不自然なんですよ。動く必要が無い時に動かざるを得ないのは悪党じゃなくて善人の方が圧倒的に多い」

 

「私が善人だと?」

 

「そういう事を加味した上で事情を知っている相手が善意でユニ以外の魔王の血脈を利用しようとしているとすれば、それはどうしてか?」

 

「……閣下の見事な推理をお聞かせ願おうかしら」

「ユニを月猫から解放したかった。違いますか?」

 

「本当に噂通りの男なのね。あなた……ユニが言ってたわ。まおーはかんがえてることがおんなのひとのこといがいはだいたいせいかいって」

 

「あいつ……はぁ……続けます。ケーマルに一通りの周辺人物の事情は集めさせてありました。それを受け取ってたので、この状況下で動く理由がありそうな血脈の人間は3、4人に絞られてました」

 

「私も候補だったと」

 

「はい。で、過去に姉を一部の勢力と共謀して行方不明にしたのは単純に貴方が彼女を愛せなかった。いえ、憎んでいたからだと推測出来た」

 

「どうして、そう確信したの?」

 

「ユニから聞いたからです。お母さんは姉の事は一度も話した事も無いし、聞いた事も無いとか。それどころか痕跡らしい痕跡が家の中に一つも無いと」

 

「それだけで?」

 

「意図的に隠す事はするのが普通かもしれません。ですが、ユニが()()と言ってるってことは家にソレが本当に一つも無いってことですよ」

 

「ッ、ああ……あの子は本当に好奇心が強いから、本当に見付けたかったら能力を使うのね」

 

「ええ、それで探せないものは無いでしょう。家の中という限定された空間内ならば、尚更です。でも、無かった。つまり、隠したんじゃなくて廃棄した。当時の話を聞きましたが、当時の品を管理していたのは貴女だった」

 

「我が子の痕跡を全て消してしまうのは逆に不自然だったのね……」

 

「はい。そして、憎んだ理由は先程の話から察して父親似だったからというのが妥当。そして、貴方にとって彼に似ていない彼の兄妹の娘であるユニは唯一穢れていないものに見えた。そんなところですか?」

 

「―――本当に見て来たように言うわね。ええ、本当に驚くばかり……」

 

「貴方にとって協力者の思惑はどうでも良かった。協力者にとってはマオのみならず月猫を掌握する為の陰謀。マオの一族の秘密を握り、各国を取り込む為の策の一貫。だが、魔王の再来と共に事態は激変した」

 

「………」

 

「内実は知りませんが、育てていた姉が同時期に陰謀屋の誰かさんの下から消えたせいであちらは焦り、ユニを使おうとした。けれど、貴方にはソレを阻止する力が無かった」

 

 女は黙って瞳を伏せていた。

 

「しかし、折しも魔王との折衝にユニが同行し、魔王との婚姻がマオの一族の総意で決定。貴女は安堵したでしょうが、諸々の結果として魔王不在でその効力が切れそうになった」

 

「………」

 

「でも、また陰謀屋が動き出そうとした寸前に魔王が帰還。姉の居場所が割れていた事もあり、あちらはやる気になった」

 

 そこまで言うに辺り、相手の顔には苦笑が浮いていた。

 正しく全部お見通しらしいと呆れているのかもしれない。

 

「どうせ潰されるのならば……そうしようと動き出した。そして、貴方はこの機会にもうマオの血族のゴタゴタから娘を解放してやりたくなった」

 

 拍手がパチパチと穏やかに打たれる。

 

「それでどうするのかしら?」

「……取り敢えず、全部面倒なので解決します」

「私を軟禁でもする?」

 

 思わず苦笑が零れた。

 首を横に振る。

 

「ユニはまだ子供です。貴女には母親として後見人としてマオの家から出て魔王のハーレムの管理に加わって貰いたい」

 

「………魔王お得意の取り込みかしら?」

「一番丸く収まる方法というだけですが」

 

「私の罪を告発しない。罰する事もない。そう言いたいの?」

 

「貴女が償わなければならない人間は聞く話によると不憫な幼少期を過ごしたらしいですが、今は自分を連れ出した相手と仲良く愉しくやってるそうなので、わざわざ謝りに行かせて困惑させたり不快にさせる必要も無いでしょう。親は無くても子は育つ。貴女がいなくても彼女は逞しく生きてる。そういう事です」

 

「赤の他人というけね。そして、もう私はあの子に必要無い、と」

 

「貴女もマオの血族から解放される。少なくとも貴女の身柄をマオに返す理由も無いですし、これからの時代にもうマオの一族の力は無意味ですから、自然と消えていくでしょう」

 

「どういう事かしら?」

「もう未来を予知出来ません」

「え……?」

「この間、そういう風に世界を変化させてきたので」

 

 さすがにあちらは唖然としていた。

 

「……あはは。マオから力が失われるというのならば、まだ分かるのだけれど……もう予知が出来ないようにしたなんて……本当に? あの子は普通に色々と未来の事を教えてくれたのだけれど。ここ最近も……」

 

「それは予知じゃありません。ユニの今までの経験則から来る予測です。的中確率が極めて高いだけの先読みですよ。姉が引き継いだ力に付いても今後、対策するので使えなくなります。つまり」

 

「もうマオの家系はお終いって事ね」

 

「単なる商人や名誉職として生きていくだけで特別ではなくなる。それだけの事です」

 

「それだけの事……その為に沢山の犠牲者が出て来たのにね。貴方を前にしては数分で終わるような出来事なのね。我々の秘密や力なんて……」

 

「それに貴女はもう十分に罪に対する罰を受けてますよ。いや、これから受けると言うべきですが」

 

「それはどういう事か訊ねても?」

 

「ユニは貴女を自慢の母親だと言った。全部知った上で……それでも貴女を護りたかった。貴女が父親に似ているというだけで我が子を地獄に落とすような女だとしても、あいつにとっては掛けがえのない母親だった」

 

「ッ―――そんな、あの子が?」

 

「貴女はこれから我が子を苦しめたという事実を二重に背負って生きていく事になる。片方は貴女にとってどうでも良い事でしょうが、もう片方はそうですか?」

 

「………知っていた。そんな……どうやって……例え、未来を予知出来ても過去の事までは……手紙や声にすら出していない事なのよ……」

 

 女はその言葉に呆然として対策はしてあったと呟く。

 

「未来の事なら分かるんですよ。それが遠い未来ではなく。近い未来の事しか分からないとしても、随分前から貴女がしてきた事は理解していたでしょう。そもそも近親者の未来なら貴女だけを見ていると考えるのは不自然でしょう」

 

「協力者の未来を見ていたと?」

 

「いいえ、そんな事する必要もない。貴女に一番近い子の未来を見てないと思うんですか? 自分の未来だと思ったら、別の子の未来だった、なんて笑い話なんですが」

 

「?!」

 

「そうですよ。貴女が捨てた姉の未来を見てたはずです。それがいつなのかは知りませんが、姉の辛い幼少期の未来を見ていたはずです。頭の回るユニが自分の一族の事や自分の見る未来の事を推測して結論を導き出すのに時間が掛かったとも思えない」

 

 もう女は項垂れていた。

 

「………そう、なのね。私は愛した子ですら苦しめる悪い母親か……あはは……これでも良いお母さんに成りたかったのよ……あの子にだけはそう思って貰えるような母親に……」

 

 ポロポロと涙が零される。

 身勝手な話だ。

 一応、同情の余地もある。

 

 政略結婚やら恋人が本当は別にいたやら諸々の生々しいメロドラマな話も確認出来ていた。

 

 だが、我が子を売った事実は変わらない。

 そして、愛した子を苦悩させた事も全て知られていた事も。

 

「取り敢えず、結婚式が終わったらウチの面々に合わせます。パーティー会場で顔合わせしたら歓談しておいて下さい」

 

「今の話をした後に真顔で言うのね」

 

「ええ、その後の事はご自分でどうぞ。魔王のハーレムに招聘する旨はマオの一族の方には了承させました」

 

「お払い箱って事ね。私も……」

 

「オレから見たら、マオの血族なんてものが残っている事自体が不自然であって、きっと当時の魔王も娘達に能力が発現するなんて思って無かったでしょう。だから、これでいいんですよ。お払い箱なのは能力の為に人を食い物にしてきた家の方です」

 

「魔王にとっては家なんてどうでもいいものだと?」

 

「ええ、自分の愛したモノが関わっていても、それが人を不幸にするなら、そんなものは無くなって構わない」

 

「……そう」

 

「後の事はご自分で処して下さい。ただ、罪を告白するのは構いませんが、ハーレムの面倒は見て貰う事は確定事項なので服役は出来ませんし、陰謀が暴露されたところで貴女が辛いだけのみならずユニにも迷惑が掛かる事はお忘れなく」

 

 こちらの言葉に顔を上げた女が苦笑を通り越して諦観したような瞳になる。

 

「本当に貴方は魔王なのね。人を真の奈落に突き落とし、人を真に救うモノ……罪を償わなくてもいいのではなく。償わせて貰えない、なんて……予想外で想定外よ……」

 

「罪や罰や償いなんて誰かが言い出した事でぶっちゃけ感じない連中にとってはどうでもいい概念でしょう。それが分かっても無視出来る貴女みたいな人だっている。でも、いざソレを前にしてみると結構堪えるでしょう? 魔王として貴女に下す裁定はこうです」

 

「死ぬまで無限に後悔し、忘れるべからず。その代償に汝の愛し子は汝の傍らに在り。ただし、その子が罪に苦悩せしは汝の責也」

 

「―――自分の結婚する子に苦悩する重責を負わせるの?」

 

 僅かなりともの反撃。

 

 しかし、普通の情念に満ちた単なる女を前にして肩を竦める以外ない。

 

 これでも大分魔王としては甘い裁定だろう。

 全部、無かった事にして知らないフリをしておく。

 

 そういう相手にとってみれば、恐らく最も険しい道も取れはしたのだから。

 

「ええ、あいつはそんな事で潰れませんよ。それこそ、きっと幾つもある悩みの一つくらいの感覚でしょう」

 

「あはは。そうかもね……」

 

「母親としての貴方は半分失格ですが、あいつだって娘としては半分失格でしょう。愛する母親の道を正す事が必ずしも母親にとって幸せじゃない事を知るからこそ、自分ではなく。オレに解決を投げた」

 

「そっか……そう言えば、あの子は()()()何も言わなかったわね」

 

「そういう事です。未来を見ず、予測もせず、()()()()()()()()()()()()()()んです」

 

「何もしなかったをした、か。あの子らしい……」

 

「誰も清廉潔白で生きられるわけじゃない。オレもそうですし、貴女もそうだ」

 

「魔王閣下にはとても及ばない。謙遜じゃなく、心底に今そう思うわ」

 

「……何にしろ。この結婚式が終わったら親類ですし、またしばらくはユニに構えない事も屡々あるでしょうから、オレがいない間の事はお願いしますよ。お義母さん」

 

 手を差し出す。

 

「これほど呼ばれるのに複雑な気分となる相手も早々いないわね」

 

「言う程悪い未来じゃないですよ。貴女がこれから真面目に働いている限りは……」

 

「真面目に……ふふ、そう……そうね。あの子にこれ以上失望されないよう頑張らないと……」

 

「期待してますよ」

 

「ええ、永劫苦しみ続ける事すら罰にならないと貴方は私を幸せな側に置いた。逃げる事も忘れる事も叶わない場所で死ぬまであの子の為に踊り続けろと言うなら、私は喜んでそうしましょう。自分の悲劇に酔う事すら許さない厳しくて優しい魔王閣下……」

 

「義理の息子として一つ言わせて貰えるなら、お互い様です。あいつ、良い性格してますよ。きっと、これからも振り回されっぱなしでしょう。嫁連中の中でオレの行動を誘導したり、オレのやろうとする事を先読みして自分に都合が良いように周辺環境変えたり……月猫以外でも色々な商人や政治家、陰謀屋には会って来ましたが、人生で一番手強い相手ですよ。貴女の娘さん」

 

「ふふ、自慢の娘ですから」

 

 女は強かな笑みを浮かべた。

 本当に誇らしそうな顔で。

 悪人の顔にも涙あるいは笑顔。

 

 善悪の彼岸は両岸よりも中央で彷徨う者の方が多いのかもしれない。

 

 そんな事を思わされるのだった。


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