ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第345話「宵、参り」

 

 朝起きると自分が死んでいた。

 

 よくよく見て見れば、生きているのかもしれないが、降った死の灰は家の中までも高濃度の放射能で汚染。

 

 結局、死ぬ事には変わりない。

 その集落に助けが北のは昼頃。

 

 防護服姿の数人が家に押し入り、確保した死にかけの身体を持って灰の降った地域を脱出し、警察や自衛隊の検問を擦り抜けて山間から都市部へ。

 

 そして、とある企業が所有する研究所の一つに運び込んだ。

 

 彼らは言う。

 

『もう助かる見込みが無いのによくもあんな大金を掛けて救おうとする』

 

 彼らの役目はそこで終わり。

 そして、走って来た男と女が一組。

 

 何を言う暇も無く大量に被爆した身体を洗浄し、崩れ始める細胞の再生の為に出来る限りの薬剤を投入。

 

 すぐ命に関わる内蔵の移植手術までも行って一息吐く間も無く。

 

 再び急ぎ足で己の研究設備のある大学まで直行。

 

 自らの全てとも言える研究成果を纏めて舞い戻った。

 

『お気の毒に』

 

 そう言う周囲の者達に反応する事すら無く。

 

 研究成果を用いて、出来る限り、人体の保存と人格、記憶、精神のデータをバックアップする為、彼らの長い永い戦いは始まった。

 

 人類最初の一区画。

 電子データ上。

 

 最古の場の内部を初めて完全に記録する区域は小さな病室。

 

 大量の点滴とシステム計測用の電極に繋がれた肉体。

 

 雑菌を体内で駆逐する為、免疫系の過剰反応を引き起こす薬剤と同時に免疫反応で正常な細胞が攻撃されないように免疫反応を制御する薬剤が投入された。

 

 また、様々な臓器を自在に生体へ生やす為の薬剤。

 

 キメラ化薬と研究者達に呼ばれたホメオティック遺伝子の研究成果が惜し気もなく使われ、使えなくなった臓器やまだ動いている移植臓器の横に本来の個人の臓器を模して新しいサブの臓器を幾つも生成。

 

 生命維持に尽力した。

 だが、どうしようもない臓器が一つだけある。

 そう、脳だ。

 脳細胞の増殖用薬剤は有った。

 

 だが、治験もしていなければ、どんな副作用があるかも分からない。

 

 マウス単体では使われていたが、脳の容積が爆発的に増えて頭蓋内の圧が上昇して急死するパターンが多く。

 

 単純に投与してもダメな事は最初から分かっていた。

 

 人格のある人間への少量の投与は……極秘裏に行われていたらしいが、新しい脳細胞のせいで精神が崩壊しただとか。

 

 あるいは脳自体がグリオーマ。

 つまり、腫瘍になって死亡したとか。

 そういった事も起こっていた。

 誰もが諦めるように言った。

 

 だが、あの手この手を使っては延命策が打ち出されていく。

 

 その合間にも世界は滅びに向けて動き出していた。

 世界各国の原子炉に対するテロ行為。

 また、世界各地で怒る様々な不可思議な現象。

 オブジェクトによる狂乱にも似た滅び。

 

 滅んでも滅んでも人々は隠蔽された世界で未だにあの場所は存在すると思い続ける単なる人形と化した。

 

 第三次世界大戦。

 

 機械と人間の戦争。

 次々に敗北する軍隊。

 

 混沌に呑まれ、少しずつ日常は変質していく。

 

 今や殆ど意識もない体に喋り掛ける一組の男女。

 

 そして、最後の呟きが零された時、世界は急激に閉じて行った。

 

「………」

 

 シャワーの中で目を開ける。

 その時が近いせいだろう。

 誰もが加速する時の犠牲者だ。

 太陽への落下はもうすぐ。

 

 周辺宙域にある星系が歪んで像を崩し始めた。

 

 猶予は左程無い。

 地球環境の維持にも限界はある。

 深雲の予測では最短で180日後

 約半年。

 

 それ程に事態が長引く事は恐らくないだろう。

 だが、そろそろ待避させておく必要がある。

 

「A24、どうしたの?」

 

 豆の国の聖女様が首を傾げる。

 背後でバスタオルを一枚。

 

 背中を流すと言って聞かなかった少女は片手にスポンジ、片手にシャワーヘッドという装備であった。

 

「いや、何でもない」

「これでA24のお肌スベスベなのよ♪」

「……男はそんな肌に気は使わない生き物なんだけども」

「ふふ、でも、今日は色々な人の前に出たりしない?」

「お見通しか。まぁ、そうだけど」

 

 スポンジとシャワーが浴室の下の位置に戻されて背中にそっと両手が触れる。

 その手は微かに震えていた。

 

 けれども、それよりも強く何かを伝えるように温かく。

 

「A24……いなくなっちゃ……や……」

「ああ」

「ずっと傍にいる?」

 

「それは……悪い。仕事はやらないとならない」

 

「お仕事終わったら?」

 

「戻ってくる。そうしたら遊びに行こう」

 

「……A24じゃないみたい」

「ん?」

 

「だって、いっつもA24は何だかんだ言いながら遠くに行っちゃうから」

 

「時間の彼方からだって戻って来ただろ?」

 

「一緒に行ってみたかったのよ……だって、そうしないとまた何処かに行っちゃう……」

 

 涙は無い。

 涙は無い。

 

 けれども、バスタオルが墜ちる音。

 

 背中には融け合うように抱き締める相手の鼓動。

 

「何処にも行かない、なんて気障な台詞が吐ければ良かったんだがな」

 

「知ってる……A24、そういうの向かないもの……」

 

「言うようになった。前とは別人みたいだ……成長、したな」

 

「ん……一杯一杯、頑張ったのよ?」

 

「偉い偉い。本当に……オレがいない間、頑張ってくれた……」

 

「うん……死んじゃダメだからね……」

「死んでも戻ってくるさ。絶対」

「体、大事にして?」

 

「お前にゾンビを抱き締めさせるわけにもいかないだろ。見られる度に気絶されてたらこっちが困る」

 

「………A24。他の子達にしてるみたいに……して?」

 

「オレだって男だ。そういう事を言われると止まれないんだが……」

 

「A24はスゴイって皆言うのよ……」

 

「嫁の自分への評価を聞くのは男として遠慮しておきたいんだが……」

 

「全部、最初から知られちゃってるって言ってた」

 

「秘密の必殺技がある」

「ヒッサツワザ?」

「秘密だからな。教えない」

 

 そう言うと少し少女がむくれた気がした。

 

「取り敢えず、部屋に戻ってからにしよう。な?」

 

「……うん」

 

 後ろから離れたのを確認して振り返る。

 其処にはいつもとは違う。

 何処か心配そうな顔の少女がいた。

 抱き締め返すのは此処で無くていい。

 そっと頭を撫ぜる。

 

「オレはいつもお前らに勇気を貰ってばかりなんだ。パシフィカ」

 

「勇気?」

 

「オレがこんな面倒な大事に巻き込まれても生きて帰ろうとか、絶対どうにかしようって思うのはお前らがいるから。じゃなかったら、とっくの昔に死んでる」

 

「……そうなの?」

 

「でなきゃ、どうしてオレみたいなのが世界を滅ぼす諸々とかに戦いを挑んでみたりする? オレはそんなに世界に興味なんか無い。もしオレが死ぬだけだったなら、此処まで抗えたりもしなかった」

 

「……A24」

 

「泣いてもいい。笑ってもいい。あいつらと一緒に楽しくやって待っててくれ。例え死んでも、時間の彼方でも、世界が滅んでも、何度やり直しても、それが……それがいつになるとしても……オレは変わらずお前が、お前らが好きだ」

 

「―――好きなのよ。パシフィカも」

 

「さ、風呂に入って温まってからだ。外で聞き耳立ててるの。お前らも一緒に入るだろ?」

 

「「?!」」

 

 少しだけ間があってから、戸が開けられて、少し罰が悪そうに男の娘達が入って来る。

 

「四人は狭いのではないでしょうか」

 

「そうよ。その風呂に4人入ったりしたら狭いじゃない」

 

 浴室の浴槽は六角形状で半身浴よりは深く入れるが、それでも普通よりは浅い造りになっている。

 

 確かに4人入ったらちょっと狭いかもしれない。

 

 目の前のバスタオルで手前を隠した二人はちょっと顔が赤い。

 

 その様子はどう見ても女の子という風体である。

 

「親密に入るには丁度いいだろ。しばらくイチャイチャしてもいいんだぞ」

 

「イチャ―――」

「―――イチャ」

 

 何を考えているのか。

 二人の顔が赤くなった。

 

 いつも巫女服だったり、エスニックだったりする二人である。

 

 何を妄想しているやら、頬を赤らめてモジモジし始めた。

 

「そ、その……ペロペロしてもよい、でしょうか?」

 

「まぁ、嫁に今更NOと言えないだろ……」

 

「ッ、入ります」

 

「じゃ、じゃあ、腕……腕抱き締めさせなさいよ……」

 

「控えめで助かる」

 

「ひ、控えめじゃないわよ!!? 順番回って来ないと手だって握れないんだからね!? もう少し男の娘に気を使いなさいよ?! 本当は指を絡めたり、互いに触れあったり、あっちじゃ外でするのも普通なのに何もしてくれないんだもの!! こっちは凄く期待してたんだから!!」

 

「期待、してたのか?」

 

「ッッ、と、とにかく左腕は貰ったわ!!」

 

 更に赤くなった男の娘達に左右を占有された。

 

 こうして風呂場では真正面からパシフィカに抱き締められつつ、あれやこれやされる事になってしまう。

 

 人間、そんなに悩まなくても問題というのはワイワイガヤガヤ愉し気にしてれば、吹き飛んでしまうものらしい。

 

 そんな事を思う夜だった。

 

 *

 

 世界が悲劇に塗れていると恐らく考えたヤツがいる。

 

 実際には悲劇だろうが喜劇だろうが考え方は人其々だ。

 

 何処まで行っても現実を認識するのは感情論であって、合理的に客観的に事実を見る事は人間に出来ないだろう。

 

 だから、判断する機械が生まれた時、人は最後にソレへ命を懸ける事も良しとしたのだ。

 

 間違わないはずだから。

 

 人工呼吸器が無ければ、近代人類史において多くの人々が死んだに違いないし、延命も儘ならなかった事だろう。

 

 自動車が無ければ、交通事故で毎年大量の命が消えていく事は無かったに違いない。

 

 全ては表裏でしかない。

 間違わない機械の精度を求め続けた先。

 ソレは生まれたのだ。

 

 深雲。

 

 全てを予知する預言機械。

 オカルトではない。

 

 単なる事実を事実として最も人類中客観的に分析が出来た人物。

 

 つまり、母は積み上げられるものを積み上げたに過ぎない。

 

 その果てにある究極はまた人にオカルトと言わしめる程の性能を発揮した。

 

 基礎理論と実証実験の先は色々な思惑が絡んでいたにしろ。

 

 その中心部に使われた技術は間違いなく母の手製。

 

 そして、その成果は人類を保存し続ける。

 たった一人の息子の為に。

 

 その成果だけが宇宙を越えて、時空を超えて、次元を超えて、今もたった1人を此処に顕すのだ。

 

「………」

 

 全員が揃っていた。

 

 説明をしておかなければならない人々は多い。

 

 嫁や月猫にいる仲間達。

 そして、地表の男達や女達。

 

 一同に画面越しで会して知らぬ顔もあるだろう。

 

 だが、それでも必要な事は全て告げておく。

 

 今、これから起きる事を知りながら生き残って貰う為に。

 

「と、言うわけだ。随分長い事話したが、まとめるとだ。まぁ、オレの母親が迷惑を掛けてるし、オレも迷惑を掛け続けてるし、オレの傍にいた連中も色々面倒事を起してくれてるし、色々と謝らなきゃならない事は多い」

 

 その言葉に半数くらいが同じ顔をしていた。

 何を今更という表情である。

 

「だが、此処にいるのもオレや母さんや他の連中の行動の結果だ。良い悪いは抜きにしてオレはこの世界が好きだ。どんな意図でこの世界があろうとも、それは何も変わらない。ただ、これから先は傍にいると色々と面倒事が降り掛かる。オレの今の現状だと全部守ってやるって程の事も出来ない。なので」

 

 目の前に図を表示する。

 

「二日後。惑星と軌道上の全ての生物、動植物をちょっとお引越しさせる。用意は済ませた。今まで色々やってたんだが、ようやく終わったからな。問題無い」

 

 周囲の反応はポカンとしていた。

 

「本当は惑星毎にしたかったんだが、月には深雲もあるし、地球内部には未だ船も残ってる。どっちも移動出来ない。月内部のシステムは完全にコピーして別惑星に移し替えといた。瞬間的に深雲とのコネクトが途切れてもあっちに同じシステムが繋がる仕様だ」

 

 データを提示していく。

 

「此処に残るのはオレとあっち側のオレ達くらいだな。まぁ、完コピしたから、何も変わらん。移動したら適当に映像は送る。お茶でも啜りながら見ててくれ」

 

 疲れたとばかりに肩を回す。

 

 脳が熱ダレしそうなくらいにずっとやっていた諸々が終了したせいか。

 

 スッキリしている。

 

「あのギュレ主神の事だ。どうせ聞いてるだろ? 何も文句は無いな?」

 

【ギュレ。どうぞどうぞ】

 

 いきなり聞こえて来た声に全員が驚いた顔になる。

 

「という事で後はお前らに任せた。仲良くやれよ。オレはこれから1人でシステムの最終調整だ。そこのアイアンメイデンさんはあっち側で問題が無いか先行して行ってもらう」

 

 鋼鉄の乙女。

 

 ヒルコがこちらを見て、溜息を吐いた。

 

「最後の最後にコレかや。此処で全員蚊帳の外にするとはのう」

 

「生憎と声援を受けて立ち上がる的なシーンは無い。相手を倒すか倒されるかだ。その倒すがどんな形になるのかは差し控えるが」

 

 会議場には無論のように宇宙のアメリカの方の代表者たる軍人少女もいる。

 

『我々が物凄く悩んでいた事をあっさり解決されたんですが……』

 

「気休めだ。此処じゃ、戦闘の余波で死人が出過ぎる。ちょっと外で観戦してろって事だ。生存が担保されるんだ。鵜呑みにするしかないだろ?」

 

『う……正論過ぎて性質が悪い』

 

「後、危なっかしい玩具は全部没収だ。海賊教授」

 

『仕方ない。シンウン』

 

『分かったわよ。後で搬出しとくわ。全部、残してけってことでいいのよね?』

 

「そうだ。芋虫さんは未だ絶賛この月を侵食中だが、あっちにはいない。ただ、何れは侵食してくるだろうが、今は関係ない。此処で決着も付くしな」

 

 今も会議場のテーブルにウゾウゾ載っていたソレを掴み上げる。

 

 それに女性陣が思わずビクッとした様子になった。

 

『酷い事する気でしょ!? エロ同人みたいに!?』

 

「お前ら……近頃、コント寄りになってないか? どっから電波受信してるんだよ。まったく……此処は人間様の領分だ。ほら、お前らは野外に御帰り」

 

『芋虫権侵害だぁ?!』

 

「芋虫に人権無ぇから」

 

 煩い芋虫を会議場の開いた窓の外に剛速球にして放り出した。

 

『それにしても別星系にどうやってそんな環境を? こちらのシステムはあの主神とやらに未だ掌握された部分が多いのでは?』

 

 ごパンの地で退院して再び働き始めたという巨女が訊ねて来る。

 

「別に大した手品じゃない。オレが過去から戻ってくる時に他の他座標宇宙に一回寄って滅んだ世界から深雲の中核をぶっこ抜いて来た。じゃなくてどうしてオレがあんな大艦隊造れると思う? あっちで作って来たら、あっちの宇宙まで侵食される切っ掛けになるから、これでも気を使ってこっちで作ったんだ」

 

『なる程……最初からこちらの深雲には頼らない予定だったと』

 

「今、この宇宙には深雲が2体ある。だが、優先権はあちらにある。なので、こっちのを掌握するまで大そうな能力は使えない。ま、それでも十分に有用だけどな。ずっと、記憶処置で頭の片隅から消してたから、あのギュレ野郎の予測以外には引っ掛からなかっただろうし」

 

『我々はその引っ越し先で右往左往していろと?』

 

「そういう事だ。環境と地形はそっくりそのままだ。無いのはオブジェクト関連のものだけ。バレルの住処になってるところは機能だけ同じのが立ってる。オブジェクトで危険な遺跡も無くなったから大丈夫だろ」

 

『死に掛けても何一つ思い出さずにその場その場で拾い上げたモノだけで戦っていたとは……敵に悟られず利用されない為なのでしょうが、それにしても己の身を危険に晒し過ぎでは?』

 

「今更だろ。ちゃんと上手く行った。芋虫を駆逐するにしろ対話するにしろ。あのギュレ主神を納得させるにしろ滅ぼすにしろ……此処から先はオレが自分でやらなきゃならないと思える事ばかりだ。危険なのはいつもの事だ。だから、誰にも心配させないくらいの力は手にしてきた。まぁ、後は結果を御覧じろ、だ」

 

『我々ごパン連邦は構いません』

『アメリカは問題ないわ』

『我らJAもだ。構わないな? 日本帝國連合も』

 

『ええ、ミヤタ……いえ、パーン氏のおかげで逃げ出す準備は出来てましたし』

 

『月猫、月兎、月亀の連合は支持します』

『我々邪神側も問題ない』

 

 各国や主神を撃退にした英雄な邪神様の承認が降りた。

 

「じゃあ、オレがラスダン。あの月面神殿に突入する前後に計画を発動する。各自、自分の仕事に戻れ。オレは最後の仕上げに掛かる」

 

 議場をそうして解散にした。

 

 嫁ーズがゾロゾロ心配そうに付いて来ようとするのを片手で押し留める。

 

「此処から先は1人でやりたい事があるんだ。夕方には帰る。悪いが今日は此処で待っててくれ」

 

「エニシ。何処に行く気だ?」

 

 代表としてフラムがこちらに視線を向けて訊ねて来る。

 

「ちょっと墓参りにな」

「墓参り?」

「ケジメを付けに行かなきゃならない」

「……夕食までには戻って来い」

「ああ、約束する。じゃあな」

 

 嫁達に背を向ける。

 

 何をどう言い訳しようともきっと背中は頼りないだろう。

 

 今の自分にはそれくらいの自覚がある。

 嘘を言っているつもりはない。

 実際、墓参りには違いなかった。

 

 *

 

 時間は巻き戻らないという事実を前にして死んだ両親の遺体も無い以上、出来る事は然して多くない。

 

 月の中心にあるアレを拝んだところで妹がいるだけで逆に何ソレと目を胡乱にされるに違いない。

 

 だから、墓参りと言えば、参るところが無いと思われるに違いない。

 

 だが、遺体は無くても本人が眠る場所はあるのだ。

 

 月面下でずっと探していたのは何も主神関連だけではない。

 

「……ありがとう。正しく医学の神様だ。心まで救ってくれて涙が出る」

 

 月面と内部の中間。

 大蒼海。

 その内部にある巨大な円筒形のコロニー型リング。

 中枢にソレは残っていた。

 場の中に保存されていた母の精神データ。

 

 恐らくは発見した後、厳重に主神から隠されたのだろうソレはきっと目覚めさせれば、母親並みに喋って動き出す当人に違いない。

 

 だが、それは嘗ての本人ではない。

 

 ディスプレイに映る母の横には父も共に眠っていた。

 

「優しい両親に恵まれたオレは幸せ者だ……でも、きっともう蛇足なんだよな。普通の人間にとって、この時代は……」

 

 思い悩む事など無い。

 

 人生の最後まで悔いなく生きた者達の記憶だ。

 

 それ自体が完結している。

 

「ま、それにこの間、会って来たしな。また来るよ。来年くらいに……今度はあいつらも連れて……」

 

 食料で供えるものなんて考え付かない。

 

 食事らしい食事を出来なかった人に食事を供えるというのも違うだろう。

 

 だから、写真を一枚データで添付する。

 自分の傍にいてくれる嫁達や仲間達との集合写真だ。

 

「じゃあな」

 

 メインルームから歩き出して部屋を出る。

 

 1人では通路も広く反響する足音が響く寂し気な場所だ。

 

 リング状の施設であるが、その大きさは実際に海の中にあっても異様なくらいに大きい。

 

 広いメインエントランスに出れば、海を臨む巨大な水族館のように一面が生き物達のアクアリウムであった。

 

 泳ぐ魚は多種多様だが、その光景が美しいのは外界からの光が海の中を照らし続けているからだろう。

 

 空港にも似た広い造りだ。

 その内部には誰もいない。

 

 と、思っていたが……1人光景を見る者があった。

 

 ウクレレを持っている。

 そして、見覚えもある。

 

「アンタはあのF妖精にウクレレおじさん呼ばわりされてた博士だな」

 

「ああ、その通り。現在、オブジェクトの管理機構として組織が復活したが、あの主神相手には従来の管理プロトコルはまるで無意味という事が分かった。それで君の母上にお力を借りようかと来てみたわけだよ。エニシ君」

 

 男の顔は白人の40台くらいだろうか。

 

 アロハこそ来ていないが、グレーのワイシャツにヨレヨレのスーツ姿であった。

 

「遠慮してくれ。死者には死者の領分がある。んな事しなくてもオレがどうにかするさ」

 

「確証は?」

「ある」

 

「即答だな。あの双子は元気だったか?」

 

「そういや、あの双子軍人……結局、何なんだ? 色々知り過ぎてるし、関わり過ぎてるだろ?」

 

「本当に軍人だよ。日本で陸自や海自に入っていた」

 

「どうしてこの時代まで残ってる?」

「単純だ。彼らもまた君と同じだからだ」

「どこら辺が?」

 

「そうだな。人類のシステムを使わないところがかな」

 

「人類のって……オブジェクトか?」

 

「ああ、そう名付けるのならば。だが、もっと前から彼らは人類史に関わっていたよ。何せ宇宙に存在する者達の中で時間に手を掛けた種族はそう多くないはずだからね」

 

「ッ、そういう事か。まさか、そんなのまでいるとは……」

 

「今更ではないかな。宇宙人なんて陳腐な話になってしまうがね。彼らも姿を変えて生き延びて来たとの話だ。俗称は偉大なるカブトムシ君だ」

 

「……はぁ、物好きな宇宙人もいたもんだ」

 

「仕方ない。宇宙の創造主がいる宇宙中心領域。また、そのオリジナル星系への直接アプローチに成功した唯一の存在。彼らにしてみれば、僕ら人類はいつの間にか宇宙で最も重要なカヨワイ生き物になっていたはずだ」

 

「幾らでも繰り返してきたみたいだが、ソレをどこらへんまで網羅してると思う?」

 

「さて、彼らの限界を我々は知らない。そして、繰り返してきたのは人類ではなく。君だろう。カシゲ・エニシ」

 

「その通りだが……」

 

「それに彼ら自身もオブジェクトとしてこの物語に組み込まれている。今更、舞台を降りる気は無いだろう。記憶も容量に限界がある以上、制限されているだろうしね」

 

「……この先の結末は誰も知らない、か」

 

「その通りだ。辿り着きし者。天なる者よ」

 

「意味は聞かない事にしておく」

 

「それがいい。ヤツと殴り合いに行くのだろう? こちらから一つ勝率を上げる工夫を教えておこう」

 

「ご教授願おうか」

 

「喜ばせてやれ。あの手合いの一番簡単なあしらい方だ」

 

「ふ、くく……ああ、そうだな。サーヴィス精神を忘れちゃダメだよな」

 

「では、そろそろコレで。墓参りに失礼した」

 

「そこまで分かるアンタの方がよっぽどに宇宙人ぽいけどな」

 

「さて、どうだったかな」

 

 男がウクレレを一瞬掻き鳴らし、目を顔に向けた時には消えていた。

 

「さて、帰るか」

 

 思い一路。

 嫁達の待つ月猫に脚を向ける。

 

 だが、ピロンと脳裏に送られてきた情報に思わず汗が浮いた。

 

『本日から夜は皆でお待ちしているのでござるよ。エニシ殿♪』

 

「ラスボスよりも先に嫁に殺されるんじゃなかろうか……死因:腹上死はちょっと……」

 

 あのギュレ主神よりもよっぽど嫁達の方が手強いのは間違いなかった。


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