ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第348話「創られし世界より」

 

―――半年後、第二地球圏統合観測所。

 

 その日、明け方の勤務に交代要員がやって来たのとほぼ同時に大型の発令所内では叫びが上がっていた。

 

「緊急事態です!!」

 

 無数の観測計器とメインスクリーンに映る無限の宇宙。

 

 その星々の輝きの観測者達は次々に異常事態を告げる無数のレッドアラートを前にして地球圏全域においてオリジナル星系の異常をすぐ全圏域に伝える。

 

 地球、月面下、その内部において映し出される映像に驚いた人々はすぐに家々へと飛び込み。

 

 必要な道具を持ち出しては所定の場所へと走り始めた。

 

『こちら、地球統合圏観測部門!! オリジナル星系において極大の重力震及び未知の空白を確認!! 全統合艦隊出撃要請!! 到達まで64時間と推定!! 各国の皆さんは事前訓練通り、シェルターへの避難を開始して下さい!!』

 

 その日が来た。

 

 宙のアメリカが再編した艦隊を組んで第二地球圏。

 

 暗黒領域と呼ばれる虚無しかない宇宙空間に展開。

 

 艦首を本星の方位へと向けた。

 ごパン連邦を筆頭にする大陸の全国家。

 

 その総意として連山となって連なっていた戦艦群の最中。

 

 巨女が横に元漁醤連合の艦隊総司令を連れ立って15分でブリッジに入る。

 

「来ましたか」

「そのようですな」

 

「各艦隊に伝達。これより宙のアメリカの艦隊と連携し、月面位置が地球正面に固定された後、防護陣の一角に加わる。人類の生存を掛け、彼の蒼き瞳の英雄が1人戦った結果だ。負けたにしろ。勝ったにしろ。此処で我々が壊滅していたら、笑われる事は間違いない―――死ぬ気で働けぇッッッ!!!!」

 

 その鼓膜を破らんばかりの大喝が艦隊の全ての部署を震わせる。

 

 この日の為に準備して来た者達は一瞬、耳を抑えた後。

 

 ある者は走り出し、ある者は現場でキーボードを叩き、ある者は艦載機。

 

 格納庫内で初任務を待ち侘びる人型の群れ。

 イグゼリオン達を簡易ロックに切り替えていく。

 

「次報です!!」

「何と?」

 

 ベアトリックス・コンスターチは部下のオペレーターに訊ねる。

 

「急速に拡大した空白は光学的な観測機器で確認出来るが、光を発していない。光の照り返しで観測される現象ではないとの事です」

 

「何故、見えているのか分からないという事ですか?」

 

「また、確認された重力震は本星系外に用意された防御衛星群の働きでほぼ防げるだろうと現状の観測の数値から予測されました」

 

「……それで空白の到達時刻は?」

 

「重力震の到達から90時間後。154時間後と推測されます。ただ、光の速さ以上の速度で広がっているとしか思えない現象であるらしく。呑み込まれたら一瞬だろうと」

 

「解りました。では、彼女達に伝令を」

 

「あ、いえ、あちらからもう連絡が入っております」

 

「何と?」

 

「読み上げます。『敬愛するベアトリックス・コンスターチ閣下。あの馬鹿者を連れ戻してきます。しばらく、産休を取らせて頂きたい』と」

 

「……そうですか」

 

 巨女の傍の壮年の男が相手に瞳を向ける。

 

「良いのですか? 彼女達を行かせて」

 

「それを言うのならば、貴方の娘さんもでしょう」

 

「アレはもう巣立ちました。きっと、港で待っているのは性に合わんのでしょう。命を二つ抱えるようになっても……」

 

「ふふ、本当なら止めたいと言わんばかりですね」

 

「それは彼女達の親や親代わりなら誰でもでしょう。ですが、止められるものではない……蒼き瞳の妻となった以上、それは必然なのかもしれません」

 

「相手方に『旅の幸運と馬鹿な男を連れ戻す事を祈る』と」

 

「了解致しました」

 

 オペレーター達の仕事が終わるまで数分も掛からず。

 

 最初から準備されていたソレらが黄昏時の空に浮かび上がっていく。

 

「コレまでそのままそっくり同じ……まったく我らに何をさせようというのか」

 

「だが、やる事は一つだ」

「民を、星を、世界を護る……」

「ええ……」

 

「生きて戻って来て欲しいものですね……私よりも責任を取れて仕事が出来る人間がようやく出来たのだから……」

 

 ごパンの大地。

 

 その光景は何処からでも見て取れたという。

 

 黄昏に跳び立つ山の群れ。

 その巨艦群の先。

 

 空の果てには白い染みが見えていた。

 

 *

 

 魔王の旗艦【深き極光(ディープ・ライナー)】。

 

 そう名付けられた艦のメインブリッジで複数人の声が響いていた。

 

「艦長は私だ」

 

「ぐぬぬ!? いいでしょう。船頭が多くては困ってしまうものですもの。わたくしは補佐に回りましょう」

 

「助かる。あのまだ帰って来ない馬鹿を連れ戻しに行くぞ」

 

「カシゲェニシ……」

 

 月面地下世界。

 恒久界月猫の月兎大使館裏庭。

 一隻の漆黒の船を前に全員が集まっていた。

 

 全員は全員だ。

 最初に決められたのは船の船長は誰か?

 手を挙げたのは二人。

 いつも総統閣下大好きナッチー美少女。

 

 フラム・オールイースト。

 

 今や漁醤連合から飛び出して我儘ボディーの赴くまま。

 少年を追い掛けて宇の海を掛ける女航海士。

 

 ベラリオーネ・シーレーン。

 

「では、わたくしは副長に!!」

「では、オレも副長に就こう」

 

 いつの間にか少年と共に宇宙を渡った男。

 

 アトウ・ショウヤ。

 

 神の呪縛から逃れ、第二の月で目覚めた彼はいつも通りの憲兵ルックで頷く。

 

「では、捜索隊の隊長は某が~~」

「こっちの某は艦内でお留守番でござる」

 

 手を挙げたのは双子のような少女達。

 いや、二人にして1人のござる幼女。

 百合音がニヤリとしつつ。

 

 1人艦載機であるイグゼリオンの格納庫へと走っていく。

 

「おひいさま!! 無論、私達は厨房に!!」

 

「頼む。あいつと会うまで。そして、あいつの為の料理を」

 

「はい!!」

「夫を迎えに行くのも妻の務めですから」

「安心して任せてくだされば。フラム殿」

 

 胸部のふくよかなメイドさん。

 

 リュティッヒ・ベルガモット。

 

 元王族にして今は料理人死亡。

 

 サナリ・ナッツ。

 

 元皇族にして今は香辛料の調香師。

 

 グランメ・アウス・カレー。

 

 三人が同時に頼もしい笑みで厨房へと消えていく。

 これから数十人分の食事を三食提供するのだ。

 その意気込みは誰にも止められない。

 

「A24を迎えに行くのよ♪ ふふ、あ、オペレーターなら任せてなのよ!!」

 

「勉強していた甲斐があったな」

「うん!!」

 

 フラムに頷いて発令所のメインデッキの中央に陣取るのは天然そうに見えて実際理系もイケルらしい豆の国の聖女様。

 

 パシフィカ・ド・オリーブ。

 

「エミを迎えに行く。この機会に男の娘が如何に優秀であるか。嫁序列的なものを向上せねば!! あ、私は艦内の衛生管理を」

 

「そうよ。何か、後から出て来た月嫁組にスゴイ何かキャラを食われてる気がするもの!! 此処はアピールする時よね!!」

 

「ああ、そう言えば、ユースケに後で写真を送っておかないと」

 

「あいつアンタのお腹見て涙を滝にしてたものね。色んな意味で……マックスウェル様にも忘れずにね」

 

「そうですね。ふふ」

 

 ごパン連邦に加盟した旧き競技を護り続けて来た者達。

 

 バレル。

 

 その新たな名を得た国家より夫を迎えに行く二人の男の娘。

 

 心は女。

 身体は男。

 否、男の娘。

 

 アンジュ・バートン・ワン・テンノウズ。

 

 クシャナ・アマルティア。

 

 二人が何故か看護師ルックで決めポーズを取りつつ、何か間違っているような感じにお注射とアンプルを持って勝手にブリッジから外に向かう。

 

 いや、徘徊し始めたと言うべきかもしれない。

 

 あちこちできゃーきゃーわーわーと騒ぎの声が聞こえて来る。

 

「そ、そのぉ……何かお手伝い出来る事はあるでしょうか?」

 

「姫様。メカ類はダメでしたし、此処はひっそり子供用の産着のお針子でもどうでしょうか? 母が生地を送ってくれて」

 

「そうニャ!! 危険な事なんて以ての外ニャ!! そういうのは出来る人にやってもらうニャ!! お腹も大きくなって来たんだし、安静に出来る事をするのが良いと思いますニャ!!」

 

「ええ、それがいいです。クノセ様も心配していましたし。そう言えば、ヤクシャ……語尾があのいつも喧嘩してる方に似て来てないか?」

 

「ニャ?! いや、にゃ、にゃ~~?!」

 

 月兎の皇女。

 

 フラウ・ラウスボール・月兎。

 

 そのお付き。

 狗耳女騎士。

 

 シィラ・ライム。

 

 猫耳侍従少女。

 

 ヤクシャ。

 

 三人が何やら自己解決したらしく。

 

 ペコリと頭を下げてからイソイソと居住区に戻っていく。

 

「ちからいるー?」

 

 いつの間にか。

 フラムの横には猫耳猫尻尾の幼女が1人。

 月猫のマオの家系。

 

「予知が予測に置き換わっても実際有能だろう。協力感謝する」

 

 ひょいとメインデッキのフラムの横にあるサブのチェアに腰掛けた幼女は愉し気に脚をプラプラさせる。

 

「あとでケーマルにメールしなきゃ~」

 

 ユニ・コーヴァ・メロウ・ウッド。

 

 全てを見通す少女は今程に沸き立つ日も無かったと笑みの中で未来に思いを馳せ始めた。

 

「まさか、恒久界から出る事になるなんてなぁ……」

「そのまさかデス!!」

「ね、ねぇ、結局その……女の子のままでいいの?」

 

「よくねぇ!? そうだよ!? なんでオレ数か月ものんびりしてんの!? これからあの魔王にオレを元に戻せって言いに行くっての!! 剣の腕を磨かなければ!?」

 

「い、いや、その……お腹の子を産んでから、だよね?」

 

「え?! いや、ええと、その、ぅ~~~ア、アステの蜥蜴ぇえ!!?」

 

「え?! いや、ちょ、あ、行っちゃった……って、蜥蜴って怒るよ!?」

 

 リヤ・レーション。

 

 元男の子にして現在女の子なあらゆる意味で複雑な心情の彼はどうしてあの日に限って場の空気に流されたのだろうとか泣きべそを掻きつつ、その場から逃げ出し、相棒である竜の力と角や尻尾を持つ少女アステ・ランチョンを罵倒してから情緒不安定気味に逃げ出した。

 

「やっぱり、男だったのに子供出来ちゃうのはヤバイデス。いや、一番ヤバイのは魔王デスけど……」

 

 それを場のまとめ役を買って出ている長耳なオーレ・ミルクがやれやれと肩を竦めて見ている。

 

「ねぇねぇ、どうしてリヤ逃げちゃったの?」

 

「男の子。いえ、今は男の娘でしょうか? あの二人とも結構仲が良いようですし、その内に今の自分に相応しい振舞い方が身に付きますよ。いやぁ、元男が赤ちゃんを産む時代ですか……何か背徳的というか感慨深いというか」

 

「???」

 

 純粋無垢で小柄なフローネル・エリキシールは自分達のリーダーであるエオナ・ピューレの言葉に首を傾げ……まぁ、後で慰めてあげようと思いつつ、厨房からこっそり持ってきたお菓子を齧るのだった。

 

「ニャ~~此処のお風呂ってキモチイイ……ハッ?!」

 

「ど、どうですか? キモチイイですか?」

 

「お、お前は風呂場に出る最強の魔物ニャ?!」

 

「マモノ?」

 

「まさか?! この探索系技能を極めたはずの身が感知できニャイとか!? く、これがサイキョーの邪神の力ニャァ……だ、ダメニャ。身体から力が抜け―――」

 

 エコーズ切手の探索技能スキル持ちであるクルネ・エールは風呂場の守護神?化している元邪神にして性転換吃驚人格改変少女ネロトちゃんの如何なる種族と年齢の相手だろうと大満足以上で昇天させる超絶テクを前にして陥落。

 

「ニャ~~~~~~~?!!」

 

「お背中流します♪」

 

 逃げ出す事も叶わず。

 

 プクプクと泡風呂の中の極楽に沈んでいった。

 

「何や騒がしいなぁ。こちとらイグゼリオンちゃんの最終点検で忙しいっちゅーのに」

 

「ルア。そこのケーブル三番に繋ぐのだよ」

「ファ?!」

 

「みんなで整備なんて何だか愉しいね。でも、今まで生身で戦ってたのにバイクの次はキドーヘーキ? に載るなんて、スゴイ不思議な感じ……」

 

「そうかもしれない。でも、この力でいつかあの人を負かして私達を認めさせてみせる!!」

 

「ふふ、うん。そうだね。その為にも見付けに行かなきゃ」

 

「あ~~~え~~その前にやなぁ。お腹の子産まないと話がまるで進まないんやないの?」

 

「くッ、卑劣な魔王のテクニックに篭絡されなければ!?」

 

「いや、一番甘々な声でねだってたのは―――」

 

「あ、あ~~ルアルちゃん!? 後でお風呂行こう!! 埃被っちゃったし」

 

「せ、せやなぁ……(あそこは時々邪神ネロトちゃんが出て昇天してしまうから、あんま行きとうないんやけどなぁ)」

 

 関西弁なルアル・ラデッシュを筆頭にソミュア・オレンジとリリエ・グレープの魔王云々の掛け合いはもはや妻達の間では名物だ。

 

 月兎三人娘と呼ばれた少女達は遊撃捜索部隊として数分後いきなり隊長に就任したござる幼女の部下になる事が決定しているのだった。

 

「これから死ぬ確率の方が高い遠征に出向くとは思えない姦しさねぇ」

 

 月猫の女傑。

 

 オリヴィエラ・チェシャ。

 

 彼女は遠征に必要な物資の最終積み込みを横目にしながら、隣の女を見やる。

 

「信じているだけで送り出しはしませんよ。ほら、あそこを」

 

「あら? 黄金の邪神像なんて積み込むの? 誰か信徒でもいたかしら?」

 

 見れば、金ピカの巨大な椅子に座った3mくらいの蛸系人型邪神にしか見えない金色の像が後部ハッチに運び込まれていた」

 

「いえ、頼まれまして」

「頼まれたって誰に?」

 

「実はそろそろ月から出掛けたいと仰っていたので信徒の方達には百億年くらい瞑想に入るとか適当な事を言っておいて、黄金邪神像を鋳造。同じように黄金でコーティングして入れ替えておきました」

 

「………あ、目玉だけ動いたわね。まぁ、あれ以上信徒が増えても後々政治で困るし、いいんじゃないかしら」

 

「契約は信徒達を穏便に見守る事。後、その間は彼女達を護ってくれるそうです」

 

「過保護ねぇ」

 

「灰の月。いえ、今は蒼の月と呼ぶべきですか。あの星の方々も諸々彼女達の為に色々用意したようで今のはそちらからの最終積み込みです」

 

「過保護ねぇ……」

 

 ケーマル・ウィスキーは自分の護るべき少女の姿を思い浮かべながら、月亀から来る王と王子を出迎えるく。

 

 未だ乙女の身なれど、そのまま気にせず窓辺から立ち去るのだった。

 

「で、だ。結局は君に全てを負かせる事になるわけだが……」

 

「構いません。あの男に剣を捧げた身です。今はあの方達を護る事がこの身の最優先事項。神が去った後、人の時代と言ったあの男の声はきっとこの世界を変えていくでしょう。私がいなくても……」

 

 ウィンズ・オニオン。

 

 月兎の現在の政治を担う事になった代表者たる老体は若き神官。

 

 そう魔王神官と呼ばれるようになった男。

 否、女。

 

 アウル・フォウンタイン・フィッシュを前にして餞別を差し出す。

 

「これは?」

 

「月兎の幸運の御守りだ。遠征前の息子に渡しそびれた代物だが、もしも良ければ受け取って欲しい」

 

「……はい」

 

 彼らの兎の耳を象った御守り。

 

 それを胸に彼は最後になるかもしれない相手と握手を交わす。

 

「魔王軍の事はこちらに任せておけ」

「サカマツ大将」

「止せ。大将なんて柄じゃない」

 

 ジン・サカマツ。

 

 兎殺しのサカマツと呼ばれた男も今では魔王軍を束ねる筆頭将校であり、事実上は月兎と月亀の調整役として大いに忙しいはずだったが、最後の別れとばかりに駆け付けて来ていた。

 

 大使館の裏庭に抜ける扉の前で背中を預けていた男が僅かにアウルを見て、手だけを差し出した。

 

 それを握り返した彼は敬礼してから颯爽と最後の荷物の積み込みを行う艦後方ハッチに歩いて行く。

 

「行ったな。若者が」

「ああ、行った。見送るのは我らの役目だ」

 

 二人の男達が誓う。

 あの背中に恥じぬ政をせねばと。

 

「バルトホルン侍従長!!」

「い、今まで本当にお世話になりました」

 

「いやいや、何を言うものか。お世話になったのはこの老体の方だとも。これからお産だ何だと忙しい奥方達のサポートは任せておけ。君達はこの世界で生きろ。もしも、生きて次に合う事があれば、その時は土産話を共にしよう」

 

「はい!!」

「お達者で!!」

 

 大勢の数千人の男女がボロ泣きしていた。

 

 奴隷身分から這い上がり、今や魔王軍や魔王本邸で秘書業も同時にこなす雑用メイドに執事達は何処に出しても恥ずかしくない館の護り手ばかりだ。

 

 これから引く手数多の人々に年齢は関係無い。

 

 だが、彼らを最後まで率いて勇退と称して魔王の奥方達に付いて行くのは彼1人であった。

 

 理由は単純明快。

 

 彼が一番この数か月でスキルを磨いて優秀だったからだ。

 

 バトラーとして正しく場末の路地裏で息絶えるはずだった老人は輝かしい業績を手にして今、更なる高みへと飛び立つのだ。

 

 それを喜ばない者は誰もいない。

 

 時に励まし、時に慰め、時に叱咤し、魔王とその妻達を支え続けた彼の年波を感じさせない姿は全ての仕える者達の心に残った。

 

 彼の秘伝のレシピは彼らに渡され、やがて多くの主人達がその男が研究し、手塚ら磨いた手順で入れられる珈琲や紅茶に人生の一時を安らがせるに違いない。

 

「これより君達が人々の陰に日向に支える大黒柱だ!! 健闘と幸運を祈る!!」

 

 その敬礼に全ての者が敬礼する。

 そして、男はカバンにコート一つ。

 

 悠々と裏手の大使館の先へと飛び上がり、魔術でその場から颯爽と去った。

 

「魔王応援隊ラストコンサートに来てくれて、みんなありがとー!!」

 

「今日はファンのみんなに大切なお知らせがあります」

 

「私達―――」

 

『今日から普通の女の子になります』

 

 月猫のみならず。

 各都市圏の会場では少女達が旅立ちの日を迎えていた。

 

「色々な道に其々進む事にしたの!!」

「魔王様を迎えに行くメンバーはもう船に乗り込んだわ」

「残るメンバーは其々の夢を叶えようって事になりました」

「女優として活動する人」

「保母さんになりたい人」

「魔王軍に入ってみんなを護りたい人」

 

『でも、この今だけは私達がみんなの魔王応援隊です!!』

 

 一瞬で艦内の置かれた特設ルームからの配信が会場内に少女達のホログラムを映し出し、次々に踊り出す者、謳う者達が壮大に懸命に只管に自らの全力を傾けて一つの音楽を織り上げていく。

 

 今、会場はシェルターとして地下へと格納されている途中。

 

 その合間にも世界に配信される空白の侵食が背景に映し出される。

 

『きっと、魔王様が助けてくれた!! だから、私達は全力で生きて、生き残って、みんなと一緒に明日を迎えたい!!』

 

『今日はこれでお別れです。でも、いつかまた平和な時代に私達の事を思い出して下さい』

 

『私達の後進となる子達がきっといる。そんな子の未来を閉ざさない!! 応援したい!! 私達は自分達1人1人の出来る事を!!』

 

『ありがとう!! 魔王様が与えてくれた。ファンのみんなが応援してくれたこの時間が私達の人生で最高の瞬間でした』

 

『ラスト・ナンバー!! 行っくよぉおおおおおおお!!!』

 

 彼女達のライブは伝説となる。

 世界は今絶望の前に滅亡の前にある。

 けれども、人々は識るのだ。

 その背景に混ざる月と星の中より出でる艦隊の姿を。

 人々を救おうとする大勢の心ある者達の姿を。

 宇宙のアメリカ艦隊総数400隻

 少年が率いて来た巨大軍艦総数10000隻。

 

 だが、その幾多の艦が月より先に展開し、9つの巨大コロニー型重砲を中核に展開する姿は壮観の一言だろう。

 

 この短期間で揃えられる限り揃えたソレはあの日、月に撃ち込まれた代物。

 

 天海の階箸ラスト・テイルに搭載されるはずだったものであった。

 

「こちら天海の階。全リンク正常」

「マグネター・ブラスト・キャノン正常加圧中」

 

「フィールドリング展開。超重元素による爆縮機構全セルフチェックOK」

 

 地表から数百km伸びる塔の中枢。

 

 三人の少女達が1人の護衛を伴って、塔の深雲のリンクの正常を確認しつつ、少年が遺した最終防衛手段の確認に入る。

 

 基本は最終兵器9つの連続照射を特殊設備で拡散、地球圏壊滅規模の超磁力をバーンアレン帯以上の防御帯として展開する第二次防衛ライン。

 

 更に太陽系外に置かれた重力波防御帯による時空間停滞領域。

 

 この二つで止め切る事が出来なかった場合には更に疑似時間停止装甲を物理的な被膜を用いて展開する、嘗て地球圏を蔽っていたフィルム層の残骸を用いた最終防衛ライン。

 

 全て最初から用意されていたと言えば、もはや笑うしかないだろう。

 

 そう惑星規模のソレは少年が前々から準備していた代物だった。

 

 第二の地球。

 第二の月。

 

 他座標宇宙から持ち込んだ深雲とそのブラックボックス。

 

 それが今まで何をしていたかと言えば、絶対安全な防御圏と言えるだろうものをずっと第二の太陽系で構築していたのだ。

 

 各種の太陽系内の惑星は衛星も含めて、3種類の防御方法を備えて地球を護る位置に配置されて静止しており、少年の力は正しく星の運航すらも左右する代物と分かれば、宇宙の掟を識る誰もが笑うしなかった。

 

「大丈夫でしょうか……」

 

 ユースケ・ベイ・カロッゾ。

 

 今は月から旅立つ男の娘の護衛役だった彼は今、三女神とすら呼ばれるようになった彼女の腹心達を見守っていた。

 

「はい。全てあの方の予定通り」

「ええ、どんなモノが来てもタダでやられはしません」

 

「アンジュ様達があの方とお子様を連れて戻るまで此処は護り切ってみせます」

 

 彼女達は思う。

 自分達に全てを託したバレルの現在の指導者。

 マックスウェルからの言葉こそが全てだと。

 

『家を護るのは昔から、このバレルでは男の娘の役割だよ』

 

「ユースケ様」

「我らの命。お預けします」

「この先の世界を視る為に!!」

 

「ああ、任せておけ!! アンジュ様を孕ませたあの野郎を殴るまで死ねないからな!!」

 

「(狙ってたのね……いや、何となく分かってはいたけれど)」

 

「(相手が悪かったとしか。まぁ、アンジュ様が第二子を儲ける際は可能性くらいありそうだけど)」

 

「(でも、いざ帰って来たら、アンジュ様の手前殴れなくて、お腹の子を見たらボロ泣きしそう)」

 

 遥か地表で彼らが最後の砦を護ろうと奮起している頃。

 巨大な艦隊の中枢では1人の少女と男が共に並び立っていた。

 

「そうか。ステイツは新たな時代を迎えたか」

 

陸軍大元帥(General of the Armies of the United States)

 

 あるいはアメリカを作った男。

 ジョージ・ワシントン。

 

 今は多数であり、1人である男は1人の少女を前にしてそう頷いていた。

 

「閣下。これはステイツのみならず。全ての人々を生き残らせる戦争であります」

 

「分かっている。私に話を持ってきたという事はそういう事だな?」

 

「はい。ご推察の通りです」

 

「許す。それがステイツの未来となるならば……全ての私の名においてソレを為したまえ」

 

 今や1人の男の外交において祖国において畏れられる彼女。

 

 マリア・カーター中佐。

 その姿が人型の駆動機体。

 

 真なるジョージ・ワシントンその全てからの承認を受けた。

 

 そして、彼女は艦内部に乗せられていた彼ら宙のUSAにとって全てと言っても良いだろうモノを見つめる。

 

 巨大な歯車の塊だった。

 

 その最中に今回の為だけで入れ込まれた巨大な匣がある。

 

「イグゼリオン!! 目覚めなさい!!」

 

 魔王より預けられた最終兵器。

 

 もしもの時の為の予備機が歯車の内部からゆっくりと深淵の奥から腕を突き出す。

 

 能力は測定していない。

 

 ただ、歯車の中に入れられたソレはあらゆる面で改造を施されて出て来る。

 

 故に既存科学の究極を以て製造されたはずのソレがどのような進化を遂げているのか。

 

 彼女は元よりUSAの技術者達すらもよく分かっていない。

 

 確かな事は……ソレが月の邪神の科学技術の精粋。

 

 超光速移動を可能にする粒子発振機関とそれを消費して推力を得る機関を内蔵している事。

 

 量子転写技術の精粋たる疑似的な時間停止による絶対装甲を宿している事。

 

 その積層化された装甲内にはあらゆる波を吸収する層があるという事。

 

 基本的なフレームが超重元素を用いた超大質量体である事。

 

 その質量が虚数物質(エキゾチック・マター)であり、場を操る量子転写時の処理能力を持つ分子組成を持つ金属細胞と言うべき何かである事。

 

 その機体を構成するあらゆる部品に空間を莫大な出力を喰らう事で瞬時に移動する転移の魔術や空間制御能力が備えられている事。

 

 既存のUSAが解析出来ない慣性制御能力のある無限機関を備えている事。

 

 そして、魔王が彼らの最終兵器を解析して産み出したマグネター・ブラスト・キャノンの原理を応用、出力をそのままに極小化した攻防一体の主武装が装甲内に存在し、その出力が星一つを砕き消し去るのに何ら問題ないと結論付けられた、という事である。

 

 その力は展開可能な各関節、背後の翅から触れるモノ全てを超磁力と超重元素の爆縮時に発生する超重力の二重の力によって消し去るだろう。

 

 これを創る事が人類に可能なのかどうか。

 

 議論はされたが意味も無かった。

 

 それを魔王はポンと保険として彼らに渡したのだ。

 

 たった一人、それに乗れる相手を指定しただけで渡したのだ。

 

 そして……1人の少女は議会に一つの提案をした。

 

 ソレに対して最後の保険を我々の手で掛け、人類の守護神として我らが世界に君臨すると力として示すべきではないか。

 

 彼らは議論を重ねた。

 そして……それは可決された。

 彼らの母なる歯車。

 全ての始まりたる歯車。

 全てを改造し得る力。

 オブジェクト。

 

 父なるワシントンと対となって奉られた力。

 

 それをその現状ですらもギリギリでしか理解していない力に使おうというのだ。

 

 一度使えば、ソレがどうなるのか分かりはしない。

 

 だが、彼らは力の信奉者だった。

 

 そして、自分達を纏めて救って見せた魔王。

 

 いや、カシゲ・エニシという()()が宇宙中心領域で戦っている。

 

 未知の現象の最中で今もきっと。

 一度は殺し掛けた相手が自分達を救い。

 

 倒せるか分からない敵と最後の決戦に臨んでいる。

 

 この事実を前にして彼らは決断した。

 神を倒す魔王に対して。

 未知の現象を食い止める切り札として。

 この力を使おうと。

 

 今、数か月もの間、その歯車の内部に有ったソレが動き出す。

 

 音声を認識したのか。

 あるいは別の理由なのか。

 

 現在、彼らUSAが創る事の出来る最高硬度の匣は腕が内部から出た途端に拉げて折れ曲がりながら歯車の中へと消えていく。

 

「イグゼリオン。行きましょう。貴方の本当の主……あのふざけた野郎を助けに!! この世界を救い、今一度人類に生存を、勝利を齎す為に!!」

 

 漆黒。

 

 それが基本だったはずの機体が煌々とした輝きに染め上がっていく。

 

 それは蒼き空、蒼き海、尊き色の……柔らかな色彩に満ちて、禍々しかった事すらも忘れさせる程に穏やかな気配をした何かへと―――。

 

「ッ」

 

 少女は気付いた時にはその中にいた。

 どうやって、そう問う事に意味は無い。

 

『中佐。これよりハッチを解放する。行きたまえ。君が対話すべき者の傍へ』

 

 その艦隊旗艦の艦長にして艦隊総司令たる男。

 

 ポール・スミス・Jr。

 

 今や上り詰めた男は全てを見届ける役として己がその舞台に立てた事を心から喜ぶ。

 

「はい!!」

 

『この【終末の先にある大戦】をどうか終わらせてくれ』

 

「―――イグゼリオンOTR。出撃します!!」

 

OTR(オーバー・テック・リリーサー)

 

 正しく、ソレを軽く解析するだけで数百年以上先の技術を解放されたに等しい恩恵を受けた技術部が付けた名称は【無し得ない技術の解放者】。

 

 実際、相応しい代物だろう。

 

『全NVは捧げ筒!!!』

 

 彼女の背後。

 

 艦隊から既に出て展開していた部隊の機体が次々に銃剣を振り上げた。

 

 それを後ろに彼女は自分自身が宇宙空間を漂っているとしか思えないマンマシンインターフェースに繋がれたという感覚すら無いまま。

 

 敬礼し、加速しながら、手に取るように分かるソレの機能の一部を解放した。

 

 瞬間転移。

 

 それも宇宙の端から端まで確実に一瞬で時間の誤差無しに到達するソレはもはや魔の域にある何か。

 

 しかし、その最中を征く者は識るだろう。

 

「―――これはエニシの記憶?」

 

 無限の虚空に光が星の如く過ぎ行く。

 その中に混じる無限のような記憶。

 これが単なる移動ではなく。

 

 宇宙に跨る場に干渉して行う事象なのだと彼女が知った時には白き空白が前方へと見えて来る。

 

「待っていて。今、行くわ。まだ、私、大統領にして貰って無いわよ。エニシ……」

 

 その言葉にイグゼリオンが加速する。

 自らの主を求め、共に戦い抜く為に―――。


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