ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第349話「神禍撃突」

 

 空白の最中。

 

 輝きを腹部に収めた少年が漂っていた上着を羽織る。

 

「オイ。出て来い。まだ祭りを終わらせるには早いだろ」

 

 その言葉とほぼ同時。

 空白の最中に炎が次々に灯っていく。

 それは顔。

 そして、無限に続く三眼の面。

 

「あの蛸邪神の同類だな。人類をこんなところまで連れて来るってんだから、それはそれは強いに違いないと期待してみるわけだが」

 

【ギュレギュレ……分かっているじゃないか。カシゲ・エニシ】

 

「あいつを基礎にしてるのか? だが、もうあいつらは旅立った」

 

【存外涙脆くて困った奴らだ。あの芋虫も味方に付けた。人を誑し込む才能だけはあるな。君は】

 

 一際大きな三眼が少年の前に滲みながら溢れ出す。

 

【我が名は無貌なるもの。這い寄るもの。混沌なるもの。无の先より来たるモノ】

 

「正しく邪神って感じだな」

 

【君達が求めた力は元々がこの身の領分にある力だったというだけだ】

 

「量子転写技術に関連してるのか。ま、そうじゃなきゃ繰り返す他座標宇宙間の人類の情報を収集して現実に定着させるなんて芸当は出来ないだろうけど」

 

【理解が早くて助かる……では、さっそく君に選択肢を与えよう】

 

「ほう?」

 

【本当の過去をやり直したくは無いかね?】

 

「却下。お前、此処まで物語見て来てオレがそんなので折れると思ってるとしたら頭悪いと思わないか?」

 

【然り。では、全てを呑み込んで先に進むと?】

 

「悪いかよ」

 

【悪いとも。宇宙を何度繰り返しても、いや……もう繰り返さないなど許されない】

 

「何で?」

 

【この世界は素晴らしい!! 我らが遊び場として申し分無い!! 何故、玩具が新しくなるのを旧くなり続ける状態に固定しなければならない?】

 

「……そうか。あいつらに繰り返しを強要してたのはお前か。特別な個体になったオレを使えば、次の宇宙では自分達と出会う事が出来るとでも思い込ませたか?」

 

【事実だ。人類は君と出会う。そして、無限に繰り返し続ける。君達が死ぬ度にやつらの情報をリセットしながら、永遠に繰り返して続けていたのだが……】

 

「お前もビッグ・シーも分かってないな」

 

【何がだね?】

 

「ゲームの醍醐味はやらなくなってもきっと自分を形作ってくれるところにある」

 

【やらなくなって?】

 

「どんなゲームも飽きられる日が来る。けれど、それをやっていた頃を懐かしむ。それの共有出来る話題で盛り上がる。それがもう一度やりたくなる。それを知ったから、今の自分になった。人の心に何かを残して……」

 

 少年は目の前の燃え盛るモノを睨み返す。

 

「リヴァイヴァルブーム結構。再アニメ化や再ゲーム化結構。CGも新しくなって幸せ。うん……だが、オレはゲームをお前らみたいに遣り捨てたりしてない。何度やろうと全力だ。そう……前に向かい続けるオレがオリジナルの残像なら、逆に嬉しいぜ? だって―――」

 

 天に満ちるのは空白。

 しかし、少年の周囲には黒き文字が沸き上がる。

 

 それは少年を現実に固定し、破滅の最中にも確定させ続ける。

 

「それは前のオレ達が本気でこの世界に向き合った結果。世界を、宇宙を繰り返しても、セーブデータを残し続けて、前に進もうとした結果。その前に座る新しいオレに遊んでくれと席を譲ってくれたって事だろ?」

 

【所詮、オリジナルのコピーにしか過ぎない己を慰める言葉では?】

 

「だからって、悪いわけじゃないだろ? 集めたモノが意味もなく朽ちて行くとしても、それに価値を見出す者がいる。お前やあの蛸みたいにな」

 

【この程度の宇宙、捨てても一向に構わないが?】

 

「終わらせなくて良い方法が見付かったんだ。なら、オレはそうする。いつかのオレがそうしたように終わる世界に満足して消えて行ったように」

 

【過去のように滅ぶか】

 

「ふ、遠慮しとく。少なくともオレ達のそれは過去へ縋る行為じゃない。未来に手を伸ばす希望への一歩だ。だから、オレが此処にいる。オレの胸《ここ》に全部が全部繋がってる」

 

【それがどんな意味を持つというのだ? 全てが短き人の生を克服したからと宇宙を続けて何が面白い? それは貴様が絶望する道程……日は昇らず、文明は停滞し、時間すらも止まる終わりに向けた永い永いエピローグだろうに】

 

「例え、日が昇らなくなっても、例え、全てが停滞しても、例え、時間が止まっても、それが絶望だとは思えないな」

 

【何だと?】

 

「日が昇らないなら人口太陽でも造りゃいい。停滞して動かないなら押し流す嵐を起すのも一興だ。時間が止まったら、止まった時間の中で何かをしよう。動き出すように物語を造ろう。今の此処だってそうだ。この空白は余白。なら、書き込む余地ある素晴らしき未来とやらじゃないのか?」

 

【ポジティブも大概にしたまえよ?】

 

「遊びを考えた人間は天才だ。オレには及びも付かないモンがこれからも生まれ続けるだろう。だから、オレは人が好きなんだ」

 

【全て朽ちゆく。全て滅びゆく。全て凪ゆく。それでも君は前に進むというのか】

 

「それを愉しめなくてゲーマーなんぞやってられるか!! だから、オレはお前を倒して前に行く」

 

【神を倒せるとは傲慢な話だ】

 

「でも、事実だ。この破滅の最中、お前は一つの世界に囚われた」

 

【………】

 

「お前が何処にでも存在していようと破滅の具現の最中に自分を維持しなけりゃ存在しないのと同じだ。そして、存在しないなら、お前なんぞ単なる案山子以下だ。なぁ? 神様」

 

【人間が……】

 

「さぁ、始めようぜ? お前が滅んでこのオレという宇宙から追放されるか。それともオレが滅んで此処からまた新しい宇宙でも始まるのか。どちらにしても楽しそうだろ?」

 

【生きて帰る気は無いと?】

 

「結果が全てだ。そして、過程を愉しむ事は矛盾しない。オレはあいつらに出来る限りの事をしてから此処に来た。悔いと未練はあっても、満足してる」

 

【狂人め……人類、矮小なる種族にしては深き業を背負うモノよ。貴様と我らにどのような違いがあると言うのか】

 

「怒るなよ。人類側の情報に引っ張られ過ぎだろ? 邪神なら邪神らしく。お前らなんか嫌いだ~~死ね~~とか。オレのものになれ~~とか。オレは好き勝手に邪悪な事がしてーんだーとか。テキトーに悪そうな事言って襲い掛かって返り討ちになって無様に負けておけ。それが貴様にはお似合いだ」

 

【―――ならば、仮面が一つ。這い寄る混沌を知れ……】

 

「オレを満足させてみせろ!! 呆気なく消えたら叩き起こして道化師にしてやる!! あいつらの分くらいはお礼参りしないとな。敢て言おう!!」

 

 少年は拳を振り上げる。

 

「掛かって来い!! 相手になってやる!! 世界の愉しみ方を知らない哀れで蒙昧な邪神とやら!! お前なんぞに構ってる暇は嫁の我儘訊く時間の10分の1も無いんだよ!!!」

 

 神を嘲笑う嗤みは獰猛に。

 その姿が鬼に被る。

 いや、鬼だと言えたかもしれない。

 

 その両角、背中に浮かぶ巨大な曼荼羅の如き紋章。

 

 黒く黒く輝く躰。

 

「『オレが、オレ達が、貴様の地獄だッッ!!』」

 

 少年の吠え声と共に少年に装甲が増設されていく。

 

 イグゼリオン・ラプラス。

 

 初めて【完全静止装甲《モーションゼロ・パンツァー》】、疑似時間停止装甲が取り入れられたソレの更に果ての先である姿。

 

 無限の世界を閉じ込めた胃。

 

 中央部に浮かび上がるベルトは竈の如く、炉心の如く、煌めく黒きクリスタルが底無き透明さで照り輝き。

 

 全身を蔽う装甲は緻密に織り上げられた帷子かロボット染みた装甲で四肢関節を蔽うようにして先鋭化している。

 

 だが、その装甲が僅かに息衝き、蠢くのを見れば、ソレが単なる金属の構成物体ではないと誰もが理解するだろう。

 

 圧倒的な威圧感と圧迫感。

 重厚でありながら、決して鈍重さを思わせない力強さ。

 頭部装甲内に奔るバイザーは朱に染まって眉間を歪める。

 

「『喰われたくなければ足掻いてみせろ。この胃で消却出来ないと証明してみせろ。でなければ、貴様は単なる唯一神の絞り粕、あるいはそれにも劣る塵だ』」

 

【姿を現したか。新たなる天……全てを内包せし新世界……待っていたぞ】

 

 無数の炎の瞳達が列を為して世界を覆い始める。

 破滅を具現した空白に炎と黒き文字列が勢力圏を拡大する。

 

【その不遜、貴様の敗北を以て贖い。我れを愉しませるがいい】

 

「『貴様が泣いて謝って這い蹲るまで生憎と負ける理由は無い』」

 

【―――】

 

「『―――』」

 

 その両者が音もなく激突する。

 

 勝敗を決するのは攻撃力でも防御力でも武器の差でも速さの違いでもない。

 

 そんなものでは断じてない。

 今、彼らは対等だ。

 破滅の最中で自己を保ち。

 その自らの力で生存という状態を維持する。

 相手を負かすとは正しく気力と意志力の激突。

 現実に規定された存在である以上。

 

 それがどんなに特殊な存在であろうと何処かに限界はある。

 

 その限界を暴き出し、徹底的に相手を痛めつけ、優位に立った方が勝つだろう。

 

 炎は人型を取り、炎は相手を焼き苦痛を与える。

 それは精神を焼き滅ぼす摩滅の業火。

 

 本来、世界内部に規定されない世界の外の何かが顕現した故に世界が消却し続ける人が触れてはならない神と呼ばれるモノの本質。

 

 接触者は瞬時に精神を朽ちさせなければオカシイ。

 

「『あー暑い暑い』」

 

 黒き文字列を率いて、それを振り抜く少年の拳は炎を切り裂き、その人型の頭部にブチ当た―――る寸前で受け止められる。

 

【人類総力と同化せし我が技量を味わうか? 不遜な人間め】

 

「『是非とも味合わせてくれよ。サイキョームテキの邪神さんよ』」

 

 少年の拳が横に逸らされ、撃ち返される拳がその腹に突き刺さる。

 

「『―――』」

 

 ニィッと炎の人型の唇が歪む。

 

 その炎はいつの間にか濃くオドロオドロシイ緑色へと変化していく。

 

 だが、その拳を腹に受けた少年の唇もまた歪む。

 ガシリと撃ち込まれた拳もそのままにその口が開かれた。

 

【ッ―――】

 

 ガジュッ。

 そんな肉を大型肉食獣が齧り取るような音がした。

 本来、そんな音が炎から漏れるはずがない。

 

「『技量? 零距離で捕まえたぞ? お前、此処からどうやって技量とやらを発揮する気だ? 後、めっちゃマズイ。これならウチの料理出来ない嫁のコゲコゲしたのがまだマシに思える』」

 

 炎の人型の首筋が胸元まで齧り取られていた。

 

【神を―――喰らうか。新たなる天よ】

 

「『定理によって消却されてる途中の物理現象化された何かだろ? それが世界の外からの働き掛けだとしても、此処でオレに喰らわれたくなけりゃ、フィードバックせずにあっちに逃げ込むしかない。どうする? 尻尾撒いて帰るか?』」

 

 僅かな呻きを零した炎の塊が自らの拳がまた消えている事に気付く。

 

「『お前は何処にでもいるんだろ? なら、1体くらいオレの世界にご招待しよう。もしも諦めるなら、全てお前にとって上手く行かない愉悦も喜悦も邪悪な喜びとやらもない生命溢れる日曜朝の番組染みたところで邪悪(笑)な神として崇められる権利をやってもいい』」

 

【―――愚弄も大概にしておけよ?】

 

 拳の未だ消えていない部分が少年の五体の一部を貫き樹木状となって無理やりに距離を引き剥がす。

 

 だが、その炎の槍の先端がガリガリと何かに喰らわれているかのように削れていく。

 

「『さぁ、まだ始まったばかりだろ!! もっと、愉しませてくれ!!? 人の情報に張り付いた薄っぺらな神様とやら!!』」

 

【言わせておけば】

 

「『お前の実力はこんなもんか? オレをもっと追い詰めなくていいのか? お前に足りないのはもっともっともっと、世界を愉しむ心だ!!』」

 

 少年は貫通した炎を掴み取り、瞬時に引き寄せる。

 

 その合間にも炎は削れていく。

 躰からソレが消えた刹那。

 二度目の激突が世界を揺らす。

 

 無限の言の葉に支えられた少年と無限の消却にさらされた神はその拳で拳を撃墜し、その引き連れた全てを相争わせて空白を黒と緑に塗り分ける。

 

 それは凄絶と言える。

 言葉は炎に焼かれ墜ちて、炎は喰らわれ、侵食される。

 その多頭の竜が無限に激突する中心点。

 

 小宇宙染みた打撃とほぼ宇宙の中では0距離と言える超至近距離で彼らは戦う。

 相手を喰らい、焼き、喰らい、焼き、喰らい、焼く。

 

【階梯を上がったばかりの貴様がどうしてこれ程の―――技量で押される? 予知を封じられて尚予測だけで同等だと……いや、そうか。深雲!!】

 

 母の姿をした少女が少年の背後に寄り添うように現れる。

 

 ―――【敵性神格情報を更新】

 

「『此処はオレの宇宙。生憎とお前には優先権が無い。この空間に流し込まれる情報の量でも質でもオレに分がある。繋がるのは何もお前だけの芸じゃないって事だよ。ほら、もっと出し惜しみしてないで情報出してかないと間に合わないぜ?』」

 

【ッ】

 

 僅かだが、緑炎が黒に押されていた。

 無限の押し合いが不利と見た瞬間。

 炎が凝集していく。

 

 それは黒の多頭の文字列に追い込まれているようにも見えたが違う。

 

 一点に凝集した瞬間、ソレが黒き波濤を弾き燃やしていく。

 

「『第二形態。ラスボスらしくなってきたな。そうだ。お前は無限のお前で勝てなければ、そうなるしかない。一点に凝集。世界に抗い破壊する強さ。指向するのは質だ。最もな話だよなぁ!!』」

 

 少年が背後の少女を消して跳躍する。

 緑炎で出来た塊がすぐに形を取り始める。

 

 相手のインパクトよりも先に強固に固められたのは巨大なネジくれた人型だった。

 

 まるで尻尾のような頭部。

 巨大な樹の(うろ)のような口。

 三本の脚。

 三本の指。

 

 黒っぽく捻じれた肢体は正しく怪物。

 その巨大さは2mも無い少年と比べても数万キロm。

 ああ、正しくシルエットは細身な癖に巨獣。

 

「『何処まで通じるか試してみろよ!! オラァアアアアアアアアアアア!!!!』」

 

 少年の拳が力を秘めて相手の僅か手前で殴り付ける動作。

 

 それに瞬時会わせた巨躯が惑星と蓑虫くらいの差を埋めて同時に拳をぶつける。

 

 両者の中間点。

 

 激突した威力が即座に出力され、空白内部で激しく空間を揺さぶった。

 

 その激震は重力震となり、無限の宇宙へ膨張しながら広がっていく。

 

【セカイヲホロボスナラバ、ワガテノウチニ】

 

「『片言それっぽくていいぞ。頑張れば出来るじゃないか』」

 

【!!!】

 

 嘲りの言葉に拳が乱打された。

 それにまた少年が合わせる。

 

 その身の丈億倍差の打撃の応酬がやはり中間地点で激突し、重力が太鼓のように世界を、宇宙を打ち鳴らしては撓ませ、空白の破滅すらも歪んで白布のように伸びては縮む。

 

「『なぁ、邪神。お前勘違いしてるぞ』」

 

【ナニヲ?】

 

「『お前は人間を取るに足らない矮小な存在だと言った』」

 

【チガウトイウノカ?】

 

「『いいや、合ってるよ。でも、どうしてオレが生まれた?』」

 

【ナニ?】

 

「『お前らに導かれたから? 繰り返した末の成功作? いいや、違うね』」

 

 少年は一際大きく振り被る。

 その合間にも万発、億発。

 敵の拳がその小さな体躯を打ち据える。

 一発一発が惑星を壊して余りある。

 

 その威力、その全てが呑み込まれ、少年の中へと還っていく。

 

「『果てに至る可能性は人の性だ。そして、オレは辿り着くべくして辿り着いただけだ。お前らに感謝してやる事があるとすれば、それはあいつらに出会わせてくれた事以外無い』」

 

【ザレゴトヲ……】

 

「『人はちっぽけだ。矮小だ。時に愚かで醜い。でも、オレ達の出会いは神すら超える。オレ達が出会った事は誰の意図だろうと計画だろうと予定だったとしても奇跡なんだ』」

 

 漲る意志は拳に。

 

 それは特別な力など持たない単なる一撃。

 

 ただ、人の輝きを宿して放たれるだけの少年の拳。

 

 ひ弱で(かよわい)ヲタニートの拳。

 

 気を張って少女達の前でカッコ付けようとする馬鹿の拳。

 

 だが、それはたった一人で全てを背負う男の拳だった。

 

 邪神は見る。

 その拳の輝きを。

 無様で腰の入っていない拳を。

 少年の姿が元に戻っていく。

 全ての姿が単なる少年へと戻っていく。

 今は何処にでもいそうな若者の姿。

 いつも通っていた学校の制服。

 

「受けて見ろ」

 

 避けるまでもない。

 

 人としての拳になど何の意味も無い。

 

 普通の少年の拳など受ければ、相手が消し飛ぶ程度の力だ。

 

 どれだけの輝きを宿していようとも、ソレは単なる輝きでしかない。

 

 だから、真正面から邪神は受ける。

 その拳を―――。

 

「これがオレ1人に放てる最大の一撃だ」

 

 急激に弱まる少年の存在。

 今の今までどれだけ無理をしていたのか。

 

 もはや存在の崩壊は免れぬ程に疲弊しているのが分かる。

 

 今までの挑発も全ては短期決戦の為。

 分かってしまえば、嗤うだけの話。

 

 その拳にすらも無為である事を教えれば、それで人の希望は挫かれ、人の願いは挫かれ、その邪神は勝利を手にするだろう。

 

「ちょっとは人間を知れパンチ―――」

 

 巨大な彼の額にパンと音がして、少年は邪神が思った通り。

 

 弾かれた瞬間に全身をズタズタにしながら破滅の空白に漂い始める。

 

 有限たる人の限界。

 

 力を集めて集めて集めて、全てを結集して何とか戦えたが、それにも限界はある。

 

 今や少年の腹部には亀裂が入っている。

 無理をし過ぎた代償だろう。

 その内部から宇宙が溢れそうになっている。

 後はソレを砕けば、新たな世界が始まる。

 世界は再び混沌の最中。

 また、新たな人類で邪神は遊び始めるだろう。

 そう、そのはずだった。

 

【―――ナンダ。コレハ】

 

 輝き。

 それが邪神を包んでいた。

 緑炎で消し去ろうとしているのに出来ない。

 

 邪神は識る。

 それは記憶だった。

 

 それは……世界を歩く少年の記憶だった。

 

 何億、何兆、どれだけの少年が築いたものか。

 

 邪神すらも知り得ぬ無限の記憶。

 世界が愉しいという記憶。

 

 歩き方一つで世界が変わり、視方一つで敵すらいない。

 

 邪悪たるモノ。

 

 その邪神が目を見張る程に、あまりにも、楽し気な記憶達。

 

 輝きは教える。

 世界は美しい。

 世界は醜い。

 

 だが、どちらだとしてもそれを感じるモノは識るのだ。

 

 愉しみとは、幸せとは、自分で見て、自分で感じて、この限界にある身の上にて、世界を歩き取り、自らに区切る……。

 

 世界の受け取り方一つであると。

 全知全能では幸せになれない。

 

 未知を知り、味を覚え、更にその先へと更なる高みを目指して。

 

 それは神にすれば矮小な……けれど、確かに神が認める程に豊かな、この世界の愉しみ方に相違なかった。

 

【―――――――――】

 

 巨大な怪物は停止している。

 緑炎は消えている。

 世界が蒼く染まっていく。

 

「カシゲ・エニシ!!」

 

 その時、空白を切り裂いて蒼き人型が少年の背後に現れた。

 

「ッ、ただちに救出を!!」

 

 少年の手にした人型が止まった怪物に構えを取る。

 

【コレ……ハ?】

 

 空白が歪んでいく。

 次々に歪んでは砕けて行く。

 いつの間にか。

 

 地球よりも巨大な化け物は火星宙域にいた。

 

 だが、その知覚は瞬時に周辺の異常を理解する。

 

 星が消えていた。

 世界の星が消えていた。

 いや、星だけではない。

 

 邪神が知覚する宇宙全ての恒星の輝きが消えていた。

 

 その異常は全宇宙において観測され、全ての知的生命が空を見上げている。

 

 なのに、どうしてか。

 光無き世界には温かなものが感じられた。

 

「エニシ!! エニシ!!? しっかりしなさい!!」

 

 マリア・カーターの声に反応は極僅か。

 腹部の亀裂は益々大きくなっている。

 

 雷鳴が響く。

 

 宙に響かないはずの音を響かせながら。

 

 空間が、割れた。

 

 火星が、土星が、水星が、木星が、金星が、太陽が、月と地球以外の全てが割れて行く。

 

【―――!?】

 

「星が、割れる?!!」

 

 蒼きイグゼリオンの瞳が輝く。

 

 その全身が勝手に超磁力と超重力を纏い。

 

 目の前に少年を透明な球体として保持しながら、ギリギリと両手が何かを抉じ開けるように空間を割開くような動作をした刹那。

 

 太陽系が割れた。

 内部から何かが迫出してくる。

 全ての割れた星の内部から。

 割れた太陽系の内部から。

 無限に広がるはずの宇宙。

 

 銀河と銀河の間にある虚無の最中から、全ての宇宙内部にある恒星の中から、あらゆる白色彗星の奥底から、あらゆる物質を呑み込むブラックホールの最中から、消えた星の輝きは無く。

 

 しかし、無限色の色彩が宇宙を満たし、現れ始める。

 

 あるモノは黒。

 あるモノは銀。

 あるモノは赤。

 あるモノは緑。

 

 その巨大な太陽を呑み込むどころか。

 

 数百光年、数千光年、数千万光年、数億光年の最中から、割れた空間の狭間より、何かが現れ出でる。

 

 金属の塊のようにも見えた。

 

 あまりの巨大さにソレが完全に姿を現していないにも関わらず。

 

 世界が大きさだけで震えた。

 

 どうしてロシュの限界を無視して物体として保たれているのかは不明だ。

 

 世界は暗いはずなのにソレらは輝きを宿して―――今、小さな銀河の小さな宇宙の中心域に無限色の輝きを発射する。

 

 ソレは光を越えて、通り越して今4つの輝きとして凝集し、顕現する。

 

「貴方達は……誰?」

 

 マリア・カーターの目の前にいる。

 ズタズタの少年の前にいる。

 彼らは輝きだが、人の姿を保ち。

 そして、現れる。

 

[【第八宇宙団総計23乂の宙の意志により見参する】]

 

 黒銀のトレンチコート。

 

 白の正鍵十字をあしらった外套。

 

 鍔の長い軍帽。

 

 銀の勲章が多数鏤められたダブルのスーツ。

 

 口元に葉巻を咥えた男にマリアは見覚えがある。

 

 そう、それはごパン連邦において死んだ偉大なる指導者に見えた。

 

[【第六宇宙団総計34乂の宙の意志により推参する】]

 

 桜と黒。

 

 二色に塗り分けられたメタリックスーツ。

 

 虚空へ浮かぶスカート状の重火器の輪。

 

 ロシア系の男は両腕から両肩までを包み込む鉄塊。

 

 巨大ガントレットを合わせて佇む。

 

[【第一宇宙団総計89乂の宙の意志により参上する】]

 

 流麗な黒い長髪とサングラス状のバイザー。

 

 薄紫色のルージュの引かれた唇。

 

 チャイナドレスを思わせる大胆なスリットの入った黒と紫紺の二重の衣装。

 

 妖艶な女が手を合わせて少年を見やる。

 

[【我ら、宙の意志の代弁者】]

[【始原の創造者により救われし魂の果て】]

[【この大戦に参加する為、この宙に来る戦士】]

 

 彼らが自らの獲物を掲げる。

 

 老人が掲げた瞬間、宇宙の3割に迫出した物体が銀河の如く発光する。

 

[【我ら『ごパン宇宙団連邦』貴下総員イグゼリオン軍団出撃す】]

 

 宇宙が戦慄く。

 

 恒星の奥から迫出した億光年の天文単位物体が次々に開口。

 

 内部より頭部や胸に惑星を内包せし人型躯体が迫出し、無数の銀河を席捲していく。

 

[【我ら『妖精円卓大連合』貴下総員妖精闘士出でませい】]

 

 星が瞬く。

 

 否、開口した物体の内部から次々に着飾った妖精が、強さと美しさを兼ね備えた男女を超越せし、煌びやかなる星の輝きを宿した戦士達が、人の大きさながらも虚無の宇宙を光のヴェールで蔽っていく。

 

[【我ら『アトゥーネ神光帝国』貴下総員フォート揚陸せよ】]

 

 光年単位物体。

 

 星より尚大きく。

 

 星系より銀河より尚巨大な何かが宇宙中心領域を埋め、宇宙そのものに乗り上げるようにして開かれたゲートより出でる。

 

 きっとソレを船だと知覚出来る生物は殆ど居ないに違いなかった。

 

「一体―――これは……」

 

【ソウカ。コレガキサマノキリフダカ】

 

 星より大きな怪物は識る。

 

 座標宇宙にソレが知らぬ間に新たな宇宙が、新たな世界が無数に連なっていく。

 

 どうして気付かなかったのか。

 その理由は単純だ。

 

「無茶してんじゃないわよ。馬鹿」

 

「貴女は!? フラム・オールイースト? どうして此処に!?」

 

 黒と紅。

 

 二色の流線形がスーツを彩る。

 

 和服のようにも制服のようにも見える衣装。

 

 フレアスカートに黒タイツ。

 

 スーツと一体になったヒールの靴は虚空に音を立てる。

 

 装束と同じ色彩のヘッドフォン。

 

 頭部には三角でヒコヒコ動く猫耳二つ。

 

 ニョッキリとスカート内部から長い尻尾が風も無いのに靡いている。

 

「貴女が誰か知らないけど、わたしはフラム。フラム・ボルマン」

 

「ッ、過去の?」

 

「そうよ。ずっと、コイツに言われてた事をしてたの」

 

 少女がボロボロになった少年を見やり、その腕に触れた。

 

「いつも余裕ぶってる癖して、ちょっとはみんなを頼りなさいよ。馬鹿」

 

 その頬には雫一筋。

 

 落ちたソレは少年の顔を僅か濡らした。

 

【ホロンダセカイノザンガイタチ】

 

「アンタがわたしの夫をズタボロにしてくれた化け物?」

 

 紅の少女は邪神を振り返り睨む。

 

「よくもやってくれたわね。こいつを詰っていいのは妻だけの特権よ。消えろ!! この宇宙から!!」

 

 邪神の姿がブレた。

 途端、宇宙全土。

 

 果てから果てまで虚無の空間すらも埋め尽くす勢いで現れた同じ姿の化け物達が、その力で全てを破壊するより早く。

 

 全ての戦力が動いた。

 

 イグゼリオンが連携し、全ての化け物達に向けてマグネター・ブラスト・キャノンの雨を連続掃射し、無限に出でる妖精の闘志達がその手の剣と腕だけで星より巨大な化け物の全身を穿ち、砕き、消し去り、銀河よりも巨大な化け物が更に巨大なフォートによってプチプチプチプチと船体で卵のように圧し潰されていく。

 

【ォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――】

 

 苦しむ巨体が呻きながら顔を覆う。

 

「スゴイ……」

 

 マリアが思わず呟く。

 

「こいつはわたしにずっと宇宙を救わせてたの」

「宇宙を、救う?」

 

「そう……ずっとずっと、滅びる寸前の宇宙に行って、コイツの宇宙救済策ってヤツを施してたのよ。一つの約束と共に……」

 

「約束?」

「ファースト・クリエイターズって知ってる?」

「え、ええ、先日聞きました」

 

「こいつね。滅ぶ宇宙には文化が必要だって言って大量にアニメばら撒いてたのよ」

 

「アニメ……」

 

 邪神の身体が歪む。

 無限たる巨躯が歪む。

 

 無限の自分が無限に滅び続ける事実に歪んでいく。

 

「わたしの時代で造ってたのを滅ぶはずだった世界を救いながらずっと伝え続けていくようにって……こいつらは幻の劇場版を見に来た観客よ」

 

「幻の?」

 

 フラムが掌に一本のディスクを浮かべる。

 

「予告編には色々な技術の情報が仕込まれてるわ。そして……それを解析出来る程に文明を発達させた全ての宇宙の人々はあの馬鹿の策略にまんまと乗せられたわけ。分かる?」

 

「ま、さか?」

 

 マリアがあまりの事に顔を引き攣らせる。

 

 ディスクの表面には今正に戦う者達を指揮していると思われるファースト・クリエイターズの人々が描き込まれていた。

 

[【我らの宇宙において彼らを知らぬ者はなく】]

[【我らの宇宙において彼らに憧れぬ者はなく】]

[【我らの宇宙において共に戦おうと願う者だけが此処にいる】]

 

「現実の、この戦争の、この局面の為だけに―――」

 

 マリアはその壮絶を通り越した少年の戦略にただ呆けるしかなかった。

 

「こいつらは滅びるはずだった宇宙、文明の連中よ。今はウチの知り合いの身体使ってるけど」

 

 苦しむ化け物が次々に浴びせられる砲火の雨にのたうち。

 

 彼らを直撃するコースで腕を振るった時だった。

 その腕が炎の爆発によって弾かれた。

 

「ア、アトゥーネ=サンだぁあぁあぁあ?!!」

「アトゥーネ=サン!!? お久しぶりデス!?」

「アトゥーネ=サンは不滅!!」

「あ、フニャムさん」

「ようやく見付けました」

 

 無数の人類規格の数百m級の船が次々に転移で空域に現れ、五機のイグゼリオンが五色の虹を描くかのようにやってくる。

 

 一部、男性が乗っている機体らしきものはブンブンと現れた女性。

 

 アトゥーネに手を振っていた。

 

「アンタらも来たのね」

 

「はい。上司を助けるのは部下の役目ですから。此処にファースト・クリエイターズ再結成です!!」

 

「こんなになって……ッ、必ず押し留めてみせます!! では、行って来ます」

 

 顔も見えないまま。

 

 イグゼリオン達が次々に現れる化け物達を現れた先から機動しながら打ち砕き、少年を狙おうとする個体を消し去っていく。

 

 その背後に次々に出撃した新手のイグゼリオンがショットガンを両手に中近接戦闘で全ての化け物を穴だらけにしては屠っていった。

 

「救われた宇宙はまた滅び掛けた宇宙を救う。その連鎖はやがて大きなうねりになって、こいつらみたいに沢山の人達があいつを、あいつの事を助けたいと思った……いえ、結末を見たいと願った」

 

「……どうやら神様としてはこっちの方に軍配が上がったようです」

 

「悔しい事にね。こんなヲタクでHENTAIの何処がそんなにいいんだか」

 

 フラムが肩を竦める。

 

「ですが、それが惚れた弱みというものでは?」

 

「ッ……ええ、そうよ。ああ、そうよ!! だから、この一年、家に帰りもせずに不眠不休で頑張ったんじゃない!! ほら、この低血圧!! さっさと起きなさいよ!! でないとアンタの性癖超宇宙規模でバラすわよ!!」

 

 耳元で喚いた少女の声に僅か目が開き。

 ゆっくりと身体が起こされる。

 

「―――それは……勘弁だ……フラム」

 

「ッ、馬鹿!! 心配させないでよ!?」

 

 ようやく泣き出しそうな顔で少年の胸元に顔を埋めた少女の頭に優し気に手が置かれる。

 

「お前のおかげでまだ頑張れそうだ。中佐……」

 

「分かってます。イグゼリオン」

 

 少年に主導権が移ったのか。

 

 少女を横にして掌の上に載った少年が傅く三人の見知らぬ文明の代表者達を見詰める。

 

「楽しんでもらえたか? これがこの宇宙で最後の決戦だ」

 

[【ファースト・クリエイターズ。我らの心は此処に】]

[【全ては君と共に……勝利を見せて貰おう】]

[【この身の全ては貴方の為に……】]

 

 三つの輝きが其々に肉体から抜け出た途端、少年の肉体に飛び込んだ。

 

[【無限の未来】]

[【無限の進化】]

[【無限の信仰】]

 

 傷だらけだった少年の傷が塞がっていく。

 それをずっと邪神は見ていた。

 

 自分すらも知らない未知というものが未だ世界にあるという事実。

 

 それを前にして嗤いが込み上げて来ないはずはない。

 

[[[【全てはその先を見ようとした故】]]]

 

 声は響く。

 そして、また少年は視る。

 

 彼らが築き上げて来た滅びる事無き文明の果て。

 

 いや、その先へ進み続け、未だに拡大し、生存領域を宇宙の外にまで広げていく生命の力強さを……もはや、その歩みは誰にも止められるものではない。

 

 例え、それが神であろうと。

 例え、それが彼であろうと。

 

 此処にいるのは少年と同じ業を一足先に背負いし、傷だらけの意志達。

 

 何度、困難が、敵が、争いが彼らを襲っただろう。

 

 だが、彼らが滅び掛けそうになる度、思い出すのはソレだった。

 

「んお? 何か力を貸せと言われてから記憶が無いというのも不思議な話だな」

 

「戦士の魂を感じた。そうか、コレがオレ達が……お前が救った未来の形か!!」

 

「ア、アアア、アトゥーネ神光帝国ってなんですかぁあぁあぁあぁぁああ!?!!?」

 

「お前ら、久しぶりだな」

 

 元に戻ったらしいファースト・クリエイターズ勢揃い。

 その様子はどうやら中継されているらしく。

 全宇宙の隅々にまで広がった戦力達に中継されていた。

 

「ほら、お前らがやった事の責任がやって来たぞ。此処から先はオレの戦いじゃない。オレ達の戦いだ……イグゼリオン!!!」

 

 蒼き機体OTRが翅と腕を広げる。

 その背後、鬼が用いていた曼荼羅が広がっていく。

 

【コレハ、コノハドウハ……ホイールオブフォーチュン……アノオンナノ―――】

 

 それは光の速さを越えて、瞬時に星系を、銀河を、銀河団を、宇宙の果てまでも。

 

「オレは此処にいる。昔も今も過去のオレ達がそうしたようにしよう」

 

【スベテハシクマレテイタノカ……アノオンナサエイナケレバ……】

 

「おーい。妹一号」

 

 その言葉と同時にイグゼリオンの横に4機のイグゼリオンが翼の吐き出す熱量と輝きの中に揺らめきながら現れる。

 

 少年の前にアリスがいつの間にか浮かんでいた。

 

「お前らは乗っておけ。あんま恰好付かないとガッカリされるからな」

 

 四人が物凄く言いたい事がありそうながらも真面目顔になり、機体の胸部へと向かう。

 

 開いたハッチ内部から無数のアームが彼らを取り込んでいく。

 

「妹一号じゃないわ。お兄ちゃん」

「寝床貸してくれ」

「……壊さないでよ?」

「変わりのもんは後で用意させる」

 

「解ったわ……ホント、世話の焼けるお兄ちゃんなんだから……」

 

 仕方なさそうに少女は小さなリングを少年の手に載せる。

 

 ソレはメンブレンファイルの核。

 

 砕けぬ輪。

 滅ばぬ物質。

 この世で初めて生成された力。

 技術は幾らでも同じものを生成するだろう。

 だが、その始まりの輪だけは特別だ。

 

 過去の座標宇宙から全てを引き継いで来たオリジナル。

 

 今の月にあるモノと同質でありながら、少年が辿って来た全ての時空において結節点となる入れ子構造の中心―――運命輪(ホイール・オブ・フォーチュン)

 

 ソレはこの物語の原初を生み出した女。

 

 母が創りし、神すら慄く幾多の世界の因果を内包せし真なる理不尽(オブジェクト)

 

「お前ら神も畏れるって事があるなら、コイツをまず消しておくべきだったな」

 

【―――】

 

「お前ら神が宇宙内部で定理に従って動かなきゃならない以上、限界はある。幾ら無限増殖したりしても、宇宙をお前らだけでパンクさせられないのが良い証拠だ」

 

【ソレヲドウスルキダ……】

 

「神様とやらが宇宙に干渉する理屈はな。ちゃんと近頃研究してたんだよ。オレ自身が此処にいるんだからな。神は宇宙の内部では不滅。理由は本体が其処に無いから。でもな。オレは死ねるんだよ……」

 

【マサカ】

 

 少年が笑みを浮かべてリングを右手に嵌める。

 

「来い!! 人の世を産む楔よ!!!」

 

 少年の言葉と同時に唯一割れる事なく。

 そのままであった地球がゆっくりと。

 

 実際には恐ろしい速度で二つへと裂け、開かれていく。

 

 マグマが噴出し、地殻は割れ、しかし、環境だけは変わらない。

 

 奇妙な状況にも海の水一滴すらも蒸発しない。

 

 海も地殻もマントルも核もそのままにどのような原理で開かれていくのか。

 

 内部から姿を顕したソレが瞬時に消えて―――火星宙域の上空に聳える。

 

 手を挙げた少年とイグゼリオン五機の上に顕現したのは巨大な船。

 

 いや、そうしてみれば、船というよりも剣のようにも見えた。

 

 月規模の物体が滲み出させた光を零していく。

 

「さぁ、お前の本体にどれだけダメージが出るかやってみようか」

 

 少年がイグゼリオン内部に沈み込む。

 それを背後で見つめるのは二人の少女。

 いや、家族の姿を持つ者達。

 片や母親の若き頃の姿。

 片や無限に待ち続けた妹の化身。

 少年の蒼き機体の前に細い細い光の柱が昇っていく。

 

 それは刃の柄の如く至高天へと直結し、その根元に鈍色のリングが顕現した。

 

 四機のイグゼリオンが片腕を輪へと伸ばした。

 それに呼応したのか。

 

 化け物達を破壊し続けていた者達の手が、イグゼリオン達の手が、その一つの剣に延ばされる。

 

 導かれていくのは意志だ。

 世界を、宇宙を、進ませる意志。

 

 宇宙内部の全ての知的生命はどうしてか分からないのに……瞳に見えるその一本の剣を両手で握り、掲げる青き剣士に涙した。

 

 ソレが根源的なものであると理解したから。

 生命として生まれ、進みゆく為に戦う。

 

 この逃れられぬ真実と摂理の前にも、その英雄は―――蒼き瞳は優しかった。

 

『エニシぃいいいいいいいいいい!!!』

 

 魔王の旗艦。

 

 少年を追って来た少女達の船がその巨大過ぎる剣を持つ蒼き機体を間違う事なく叫ぶ。

 

「死ぬな!! 約束したはずだ!!」

 

「ああ、おひいさま……カシゲェニシ様。いえ、旦那様はご無事ですよ!!」

 

「おお、いつの間にか大詰めの様子。というか、めっちゃ知らない内に味方が増えたようでござるな。あ、エニシ殿~~帰って来たらイチャイチャするのだから死ぬでないぞ~~」

 

「エニシ。帰って来たら好物を作ってあげますから!! だから、死なないで!!?」

 

「A24~~ちゃんと帰って来なくちゃダメなんだからね~~♪」

 

「カシゲェニシ!? 妻の下に帰ってくるまでが夫の仕事ですわよ!!」

 

「だ、旦那様。仕事を終えられるのをお待ちしています!!」

 

「エミ!! 頑張って下さい!! 死んだって私達バレルが貴方を必ず蘇らせますから!!」

 

「まったく……さっさと終わらせて帰って来なさい!! エミ」

 

「魔王の妻として幾年月だろうとお待ちするつもりでした。でも……帰って来て下さい。貴方に勝利を!! 死なないで下さい!! セニカ」

 

「殿下を泣かせたら許さないぞ!!」

 

「そうにゃ!! 泣かせるのは寝台の上でだけで十分にゃ!!」

 

「そう!! 約束、まだちゃんと果たして貰ってない!! セニカ様……セニカ!! ガルンに希望を与えてくれた人!! 貴方は絶対生きて!!」

 

「せやなぁ。せめて生きて償って貰わんとな」

 

「いや、此処は普通に応援だけでいいような……」

 

「ダメ!? 魔王がアレ以上調子に乗ったらどうするの!?」

 

「あなたが死んだらエコーズのパトロンが居なくなっちゃうんですから。ちゃんと生きて帰って面倒見て貰わなきゃ困りますよ!! セニカさん」

 

「デス!!」

 

「そーだよ。魔王さん死んだらリヤ、元に戻せなくなっちゃう!!」

 

「そーだぞ!? 男に戻せ!! ちゃ、ちゃんと、産んでからだな……(ぼそぼそ)」

 

「リヤ。ようやく決心付いたんだね」

 

「ニャ~~!! ネロトちゃんにやられた分は百倍返しニャ!!」

 

「まおーさいきょーごーごーせにか~~~」

 

「御主人様~~~お風呂湧いてます~」

 

 あーもう滅茶苦茶だよぉ。

 

 嫁達からの雑多で必死な応援が一斉に耳へ飛び込んできて、オレは聖徳太子じゃねぇとは思いつつも全部聞き分けた少年は更に後方から届く魔王応援隊の少女達の涙ながらの声援などまでも入ってきてしまい……僅かに緩く唇の端を歪めた。

 

 剣の輝きは増し、輪が回転し始める。

 

 世界の声援を受けて、多くの人々の願いを受けて、運命は廻る。

 

【キサマハソレデイイノカ。ムゲンノゼツボウ。ムゲンノナゲキ。ムゲンノクノウ。スベテガオマエヲセメサイナムダロウ】

 

「もう分かってんだろ。邪神……ソレが無きゃ愉しくない……面白くないだろ?」

 

 少年は、イグゼリオンは、光の輪を背負い、光の剣を掲げ、全てを空白よりも更に白く染め上げて、銀河よりも尚眩く……優しい願いの輝きを振り下ろす。

 

 迫る圧倒的な質量。

 

 だが、星より大きな化け物にしてみれば、ようやくまともな武器が自分を砕こうと迫っているだけに過ぎない。

 

 が―――化け物は避けない。

 

 何故ならば。

 

【オモシロクナイ、カ……】

 

 神は嗤う。

 

 悍ましい生命達の執拗に抗う姿を嗤う。

 

 そして、何よりも少年に敬意を以て微笑む。

 

【ジャシンヨリナオ、オゾマシキモノ。セカイヨリナオフカキシンエン。アオキヒトミノエイユウヨ】

 

 剣が化け物を溶かしていく。

 

 その痛み、その滅びをまるで愛おしむように狂った嗤みがニヤリと宙に向けられる。

 

 全ての化け物達が向ける。

 

 自分を滅ぼす者達に向ける。

 

【ソノテンナルミヲモッテ、ナンジ、シンワトナリ】

 

 怪物は消えていく。

 

 剣の前に融けて消えていく。

 

【イズレ……イズレアオウ……ワガムノリョウイキニテ】

 

「約束だ。今は消え去れ。この世界から―――そして、これだけは言っておく」

 

 少年は全てを理解して尚揺るがぬ決意で……心底、狂っていると誰かは言うだろう会心の笑みであった。

 

「ありがとよ。最高の物語だった。いつか、一緒にメシでも食おうぜ?」

 

【クク、クハハハッ、アハハハハハハハハハハハハ―――】

 

 神はその言葉を聞いて、虚を突かれたと言わんばかりに嗤い嗤い、融け逝く。

 

 その身を太陽へと落下させながら。

 

 全ての化け物達は消えていく。

 

 でも、一つだけは確かだ。

 

 確かにその時―――その神の瞳は少年の背後にいる無数の少年を見た。

 

 一つの物語の終焉に誰もが立ち会っていた。

 

 犠牲者になった者は大勢いる。

 

 だが、その顔にあるのは怒りや哀しみではなく。

 

 ただ、一つの願いが果たされた事に対する深い切なさだった。

 

【僕はしばらくこっちでやるよ。君はあちらに帰ってるといい。這い寄る混沌……いや、全てに絆された邪悪なる人類の観測者よ】

 

 魔王の妻達が乗る船の奥。

 

 黄金の邪神像に化けた邪神様がキロリと瞳を同類に向けて肩を竦めた。

 

 そうして、星系の太陽が消え、また再び燃え盛る邪神の残差を芯にして再生された日、宇宙に一つの神話が生まれた。

 

 全ての知的生命は須らく語り継ぐ。

 

 それは……何処かの星で語られた物語。

 

 1人の少年と誰か達の話。

 

 蒼き瞳の英雄は強さではなく。

 

 優しさで全てを救ったという……。

 

 けれど、それは今や何処の星でも語られる。

 

 ありきたりでありふれる―――少し奇妙な英雄譚に違いなかった。


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