ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第350話「無限の旅人」

 

「エニシが勝った……」

「ま、当然だな」

「うん……」

 

 1人の少年。

 

 今、きっと宇宙の中心たる蒼き瞳の英雄。

 

 それと同じ顔を持つ者が1人。

 

 揺らめく宇宙とはまた違う無数の因果の連なりが流星のように駆け抜けていく世界の中心で呟く。

 

 その身体は半分近くが欠けていた。

 そう表現するのが正しいだろう。

 

 血肉が砕けた躰から抜け出ているわけではない。

 

 だが、両腕と両脚は無く。

 左半身が崩れていた。

 

「これからどうするの?」

「さて、どうしたもんか」

 

 少年に寄り添うように座る少女が1人。

 

 少女は無傷でこそあったが、今にも消えそうなくらいに姿が薄い。

 

 泣きそうなのを堪えているのは一目で誰にでも分かるだろう。

 

 消えるのは勿論怖い。

 

 だが、それよりも目の前の少年の事が辛いと。

 

「主神からの現実改変は全て防いだ。邪神の介入も弾いた。本当なら、こっちから連中の精神面に仕掛けるはずが、準備しててもこの有様か……」

 

 少年はチラリと歩いて来る二人の男を見やる。

 

『やぁ、おめでとう(´▽`*)』

『やぁ、名誉の負傷だね(*´ω`*)』

 

 双子の軍人が笑顔で少年のすぐ目の前にしゃがみ込む。

 

「で、お前らは何しに来た?」

 

『酷いなぁ。僕らはこれでも君の事を買ってるんだけどな』

 

『そうそう。万馬券を掴んだ気分と言えば、分かり易い』

 

「酷い例えだ。オレの記憶でも消しに来たか?」

 

「え?!」

 

 思わず。

 少女が少年を抱き締めるようにして胸に抱き寄せる。

 

『信用無いなぁ。そんな事しないよ?』

 

『随分と昔のプランだから、安心してよ』

 

「……そのプランとやらの理由は想像が着く。時間と空間を渡る種族、だったか? お前らはあの邪神からこの宇宙を救った。いや、間接的には自分達の種族を護った、って言うのが正しいのか?」

 

『『バレテーラ(´・ω・)(・ω・´)』』

 

「お前らの辻褄合わせは恐らくこうだ。この宇宙には最初から同じ時代に3人もカシゲ・エニシなんていなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……違うか?」

 

『『(´・ω・)(・ω・´)』』

 

「その顔、ムカつくから止めろ」

 

『分かり易く教えてあげたのに』

『ああ、君には分かり易過ぎたかな?』

 

「お前らも自身で入れ子構造を造ったな? ()()()()()()()?」

 

『『覚えてない。ねー(*´▽`)(´▽`*)』』

 

「殴る腕が無いのが口惜しいな」

 

『無粋な事は無しだよ。エニシ』

『そうそう。無粋は無しでいい』

 

 双子の軍人が立ち上がる。

 

「何処に行く?」

 

『いいや、僕らの役目は此処で終わりだ』

『そうだね。これでようやく終われる』

 

「何?」

 

『生物には無限回の記憶なんて不可能なんだよ』

『でも、記憶を制限しながらじゃルートの検索は不可能だ』

 

「まさか……お前ら……」

 

 少年の前で双子の軍人達がいつもの胡散臭い笑顔でサラサラと光になって躰を空間に溶け込ませていく。

 

『あちらの彼がオブジェクトを全部地球上に放り出してくれて助かったよ』

 

『アレがあったから、まだ持っていたってのが正しい。いや、別れを言えるなんて最高のシチュエーションだ』

 

「何処までだ……何処までがお前らの……」

 

『最初から君達は僕らの予測も予知も既存の未来さえも超えていた』

 

『最初から上手く誘導出来た事なんて一つも無かったさ』

 

「ッ―――帰るんじゃないのかよ」

 

『ふふ、優しいエニシ。君は過去の自分なんて覚えてる未熟者さ』

 

『はは、可愛いエニシ。此処に来た時、もう代償は払ってたのさ』

 

 軍人達はポケットから一粒何かを取り出して、少年と少女の口に無理やり押し込んだ。

 

 ソレがすぐに口内で消えると同時に2人の姿がゆっくりと時間が逆戻るように元に復元されていく。

 

『あのオブジェクト。後2粒だけ残しておいたんだよね。こういう日の為にさ』

 

『いやぁ、蛸の邪神に回したり、地表であの腕輪作ったり、色々したねぇ』

 

「あいつが使ってた……どうしてオレ達に使う?」

 

『いやだなぁwww 僕らにだって情けと人情はあるんだよ?』

 

『僕ら血も涙も無い奴らだと思われてるwww』

 

「オレは邪魔者なんだろ? 本来の歴史の修正を弾くにはこの宇宙に有ってはならない存在。その点で月のオレはあっちに連れてかれたから手を下すまでもない。だが、オレは此処で死んだ事そのものが問題になる。邪神に汚染され過ぎたオレはあちらにはいけない……違うか?」

 

『そう、君はあちらにイケナイ。この世界の君とは違って』

 

『何故なら、君は最初からこの日の為だけに連れて来たからね』

 

「オレはどの時点のオレなんだ?」

 

『始まりさ。最初から嘘なんて付いてない』

 

『最初から言ってたじゃないか。やだなぁ』

 

「―――オレが?」

 

『君は始まりの少年。あちらの彼と繋がって、もう分かってるんだろ?』

 

『月の彼は滅びた世界の少年。それは救えなかった者達の1人』

 

「オレはあの日、あの寝台の上で両親に看取られて死んだはずだ」

 

『だから、連れて来たんじゃないか。君を此処に』

 

『よく思い出してご覧よ。君の両親と仕事してた奴らの顔を』

 

「ッ」

 

 少年はフラッシュバックする記憶に見付ける。

 

 目の前の男達が確かにチラホラと……いた。

 

「この時間の為だけにオレを最初から連れて来た? だとしたら、お前らどれだけ―――」

 

 少年が考えていたよりもずっとずっと永く永く。

 

 目の前の二人の男は……もしかしたら、カシゲ・エニシという存在が今まで過ごしてきた全ての時間よりも永く。

 

『さて、もう時間だ』

『ああ、もう時間だ』

 

「オイ!? お前ら!? オレはまだお前らにッ!?」

 

『君のそんな顔を見られただけでもう報われた気がするよ』

 

『まったく、最初から最後まで君は期待を裏切らない』

 

「何だってんだ!? どうして、そこまでしてオレを生かす!!?」

 

『君が生まれた日に実は大ポカしたんだよね』

『君のお母さんに正体見破られちゃってね』

 

「母さんが?」

 

『彼女言ってたよ。この子には全ての人を繋ぐ者になって欲しいって』

 

『君の手は温かったよ。だから、名前は人の絆の別名なのさ』

 

 軍人達が二人に背を向けて歩いて行く。

 何処へ?

 そんな事は知れている。

 何処にも辿り着かない旅路の先は无だ。

 

『始まりの日。彼女の僕らへの対価は一つ』

『始まりの日。僕らの彼女への対価は一つ』

 

「―――ッ」

 

『僕らはその子が宇宙の滅びを齎すとしても生かす契約をした』

 

『彼女はその子の為ならばと、大きな大きな選択をした』

 

「選択って何だ!?」

 

『簡単な事さ』

『そう。とても単純な事さ』

 

 軍人達は消えていく。

 最後、彼らは振り向く

 

『僕らは愛という言葉を初めて知ったんだ』

 

『この子が宇宙を滅ぼすならば、私が救って見せるとね』

 

 顔の瞳だけが最後に残り。

 薄っすらと融けて。

 

『『運命の輪……それはなったのさ』』

 

 彼らが消えた後。

 呟きだけが世界に響いた。

 

『『どうか……あかごよ』』

 

「ぁぁ……」

 

 風も無いのに。

 

『『しあわせをくちにするまでしぬたもうことなかれ』』

 

 それはヒラリと一枚落ちて虚空に散っていく。

 

 そこには2人の男と1人の女と赤子が映っていた。

 

 写真なんて撮り慣れていないのか。

 男達は戸惑っているようだった。

 

 しかし、まるで旧友に接するような笑顔で母は笑って彼らの腕を引っ張り、その赤子の紅葉のような小さな両手を左右から少しだけ触れさせて―――。

 

 恐々としながらも触れた彼らはその手に驚いているようであった。

 

『なんてねwww』

『柄じゃないwww』

 

 最後のいつものようにヘラヘラした一葉と共に吹き抜けた風で彼らが僅か目を瞑った刹那、目の前には妖精さんとウクレレを持った白衣の男が1人。

 

「いったか。奴らは……」

 

 妖精が呟き。

 

 埋もれるようにして土砂が降り注いでくる洞窟の最中に息を吐いた。

 

「崩れるぞ。今はトロッコで脱出が先だ。ちょっとは手伝え」

 

「いいじゃないか。旧き友。いや、敵の旅立ちに乾杯を」

 

 妖精はトロッコを手押しでガションガションとレバーで漕ぐ台車の男の上で何処から出したのかワインなどを引っ掛けていた。

 

「……まったく。迷惑な宇宙人もいたもんだ」

 

「エニシ……」

 

 少女は少しだけ恐々としながらも、きっと男達がそうだったように……少年を抱き締める。

 

「こういう時は……泣いていいんだよ?」

 

「―――男がそんな事出来るか……クソ……最後まで過保護なんだよ……っ……」

 

 崩れていく洞窟を背後に彼らが外に出た時。

 月の地下世界は完全に崩れていた。

 

 だが、その彼らを待っていたかのように1人の執行機と呼ばれるユニットがいる。

 

 彼女の周囲にはズタボロになった同じような存在なのだろう者達が数人。

 

 そして、神と呼ばれし者達。

 

 女と青年と壮年と老人が揃って何処かしらの四肢を欠けさせながらも待っていた。

 

「あの二人からの伝言です」

 

 筆頭として進み出たのはタミエルだった。

 

「これからの財団とその未来をよろしく、だとか」

 

 よく見れば、彼らの背後には無数の円盤らしき船が無数に浮いていた。

 

 その中には何やらギュウ詰めになった神様連中らしいのが自分のストレージらしい墓石染みた筐体に括り付けられてゲッソリしている。

 

 他にも何やらもう恒久界から退避したはずの貴族達らしい者達も大量に載せられている。

 

「……あいつら、本当は面倒なのを全部投げたかっただけなんじゃないのか?」

 

 呆れた様子で溜息を吐く。

 

 此処に遺されたのはきっと彼らが財団に最初から入っていた事にした貴族だの、これから神としてやっていく事なんて出来ない余りもの的な人材だのに違いない。

 

 人種に蜥蜴人間も諸々混じっていれば、それはもう間違いない事だろう。

 

「はぁぁぁあぁ(*´Д`)」

「エニシ?」

 

 ゴシゴシと袖で顔を拭ってから、ジュデッカと呼ばれているらしい相手を見やる。

 

「あっちのオレに付いて行かなくていいのか?」

 

「我らは主神によってプログラミングされた存在、という事になっています。彼らにとって今後の重しになり、差し支えるような存在は消えてしまうべきでしょう。それにいつでも会おうと思えば会える」

 

「だからって、オレについて来るのか?」

 

「我々は財団に保護を求めるオブジェクト、という事になります」

 

「……好きにしろ。もし仕事を所望するなら、あのヘタレた神様連中の管理でもしててくれ」

 

「了解しました。管理者」

 

 円盤の中へとジュデッカが満身創痍ながらもすぐに入っていく。

 

「お前らはどうするんだ? 別にもう財団から脚を洗ってもいいぞ?」

 

 タミエルがその言葉に首を横に振る。

 

「いえ、御子様の足枷となるのは我らも同じ。それに貴女も御子様には違いない。しばらくは付いて行きます。もしあちらに行きたくなれば、勝手に行きます」

 

「分かった。そっちも好きにしてくれ」

「了解」

 

 ゾロゾロと貴族達を引き連れて円盤群に去っていく彼らを見送り。

 

 少年は白衣のウクレレおじさんと妖精さんを見やる。

 

「非常時以外で役立つのか? あんたら」

 

 妖精さんが胸を張る。

 

「ふ、ハードコアポルノさえあれば、人は何処でもご機嫌だ。エロこそは人類の産み出した文化の極みだとも。はははっ!!」

 

「やる事はまだ尽きていないだろう。後始末や今後の管理体制も問題だ。投げ出すのでなければ、になるがね」

 

「了解した。じゃ、行くぞ。ほら」

「あ……」

 

 少年は自然と少女の手を引く。

 

「一応、落ち着いたら妹だっけ? あの小っちゃいのにも会いに行こう。どうせ根無し草だ。何処かの国に身を寄せたっていい。ま、その場凌ぎだけどな」

 

「……行くよ。一緒に行かせて? エニシ」

「ああ……お手をどうぞ。お姫様」

「ふふ、上手なんだか下手なんだか……」

 

 少年の手を取って少女は微笑む。

 何もかもが冷めやらぬ宇宙中心領域。

 

 太陽の消えた世界にソレでも蒼く輝く星は見えていた。

 

 真っ二つになった地球に再び収まっていく剣を横目に彼らはその場を去る。

 

 その時、その円盤群を目撃した者達は何も言わず。

 宇宙にはまた常の静寂が戻り始めていた。

 

「もし、暇になったら……あいつらの星にでも行くか。時代を超えて何処かにはあるだろ。きっと」

 

「止めておけ。生で見たいとは奇特な。アレは宇宙でも上級者向けだ」

 

 妖精さんは遠ざかる世界に別れを告げつつ。

 竦めた肩で溜息を一つ。

 

「行先になら当てがある。当分は放棄されている火星の施設でいいだろう。生憎とまだ生のオブジェクトが大量に眠ってるがな」

 

「……そいつらが話し合える存在ならいいが、ダメそうなら?」

 

「奴らのやり口を知っている貴様に一任しよう。新たな意思決定者よ」

 

「ああ、そうかい。宇宙の果てまで来て、宇宙救った宇宙人よりはきっと易い仕事のはずだ。とっとと掛かろう。でも、その前に……」

 

「?」

 

「メシにするぞ。備蓄はレトルトのカレーしかないがな」

 

「カレー好きだよ!!」

 

「色がアレな以外は文句も無い。シャバシャバこそ至高」

 

「レトルトか。終末を過ぎてまだあの銀色の袋に世話となるとは……ドロドロこそ究極だろう」

 

「仲良く程々にしとけ。お前ら……ちなみにオレはごはん派だ」

 

「「普通、パンだろう?!」」

 

 戦争が始まる前に少年がそう裁定を下しつつ、ツッコミが入る。

 

 こうして……世界を再びの闇の帳が包んでも、輝けるものは確かに宙に満ちて。

 食卓は紡がれていく。

 

 それがきっと誰かの願いの結果だと彼は知ったから。

 

 だから、もう大丈夫。

 

 そう語り掛けるように宙へ星の輝きは戻り始めていた。


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