ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第2話「悪の帝国Ⅱ」

 

 悪の帝国と言ってもアバンステアも内部は一枚岩ではない。

 

 ブラスタの血族にも色々いるし、他の二つの主要民族から出た政治派閥も大きい。

 

 なので、根本的には政治と軍事は皇帝である男と摂政である男の2人が動かしている……とはいえ、決して彼らだけが意思決定者であるのではない。

 

 なので付け入る隙もあれば、味方になりそうなのもいたりする。

 

 というのが基本的にこの帝都に転生した自分の本音である。

 

『―――』

 

 音が聞こえない。

 

 何も聞こえない。

 

 だが、それが死ではない。

 

 という事だけが解る。

 

 何故と訊く必要もない。

 

 経験済みな事なのだから。

 

(転生した時もこんなだったっけな)

 

 何も聞こえないままに目を開けると。

 

 そこには女性と老人が1人微笑んでいた。

 

 小さな手が見えて、ようやく音が解るようになった時。

 

 自分の前には見知らぬ青空が見える天井。

 

 柔らかな蒼のレースで飾られた揺り籠。

 

 幾度の眠りの先。

 

 女性は程無くして静養の為に傍を離れたらしく。

 

 家族として残るのは時折来る老人のみとなった。

 

 昼夜無く女中達が世話を焼き。

 

 母と思われる人が静養の為に保養地にいるとの話を理解出来るようになるまで言語を脳裏で解析して1年と少し……死んだのかどうか聞く事も無く。

 

 2歳と半年を迎える頃。

 

『お前には苦労を掛ける事になる……』

 

 老人はそう呟いて、自分に小さな瓶から薬を飲ませた。

 

 未だ喋らず。

 

 未だ立ち上がって歩くのが精一杯の身体に何を呑ませたものか。

 

 その日から三日三晩の高熱に魘うなされた。

 

 それと同時に気付けば、大きな湖のような場所の中央に沈められていた。

 

 息が出来る水中という奇妙な場所。

 

 液化された酸素の類が湧いているのだろうかと首を傾げる事も出来ず。

 

 4日目の朝。

 

 起きて見れば……体は急速に成長を遂げており、9歳程にまでなっていたのだ。

 

 細胞分裂に必要な物理的な質量は湖からか。

 

 それともファンタジー要素や未知の物質でも関わっているのか。

 

『………』

 

 起き上がった時、湖面と空の蒼に朝日を見た。

 

 倒れて次に目を覚ませば、生まれ育った家の天井。

 

 目覚めた時、傍にいたのは女中ではなく。

 

 祖父である老人。

 

 その男は言った。

 

『我が祖国はお前の為に……お前はお前の為に生きるがいい……フィティシラ』

 

 これが始まり。

 

 フィティシラ・アルローゼン。

 

 正式にはフィティシラ・ラス・エスト・アルローゼン・ブラスタの始り。

 

 アバンステア帝国宰相。

 

 ブラスタ貴族制においての最高位。

 

 大公の座に就く老人。

 

 ルードヴィヒ・アルローゼン。

 

 その孫娘に転生した男。

 

 それが【生神宗(いけがみ・しゅう)】の異世界での二度目の始りだった。

 

(異世界転生はもうさすがに流行ってないと思ってたんだがなぁ……)

 

 無音にして無明の闇の中。

 

 漂いながら祖国のラノベ事情を思う。

 

 自分の頬。

 

 自分の手。

 

 異世界に飛ばされた大学生には死ぬまでに色々と仲間もいたのだが、何かいきなり空からレーザー染みた攻撃を受けて死んだのだ。

 

 その上、化け物に斬り付けられた時の傷が痛むやら、腕が化け物染みた鎧われた代物になるやら、大変な予感しかしない。

 

 だが、どうにかするしかないのだ。

 

 また生きているのだから。

 

 まだ生きているのだから。

 

『ふぃぃいいいちゅぅわあぁあああぁあん!!?』

 

 バツリと視界が反転した。

 

 一気に浮上した意識。

 

 ぼやけた視界が焦点を結ぶと自分の胸元に長い白髭を押し付けた白髪の長髪な老人が宮殿への登殿用の青黒い議員制服姿でボロ泣きしていた。

 

「―――御爺様。殴りますよ?」

 

 悪の帝国を築き上げた男に抱き着かれて悦ぶ趣味は無い。

 

「お、起きたぞぉおお!? ワシの必死の願いが通じたんじゃなぁあぁああ!?」

 

「う、うるさい……」

 

 細い手で相手をとにかく押しやる。

 

 すると、すぐ傍に控えていた女中達が老人に『女性にそう抱き着くものではありませんよ。閣下』と頭が痛そうな顔で左右から引き剥がした。

 

「……はぁぁ、此処は……ウチ、ですか?」

 

「はい。フィティシラお嬢様は昨日の事件に巻き込まれたのですよ……やはり、御一人で帝都を歩くのは危険だった……わたくし共が身命を賭してもお止めしていれば……」

 

 女性達が本当に心底胸を撫で下ろした様子ながらも、そう複雑な表情になる。

 

「お医者様は?」

 

「問題無いと仰られて別室に控えて頂いております。何か具合が悪ければ、更に見て頂く事に」

 

「いえ、それは遠慮しておきます。自分の体の事は自分が一番良く分かっていますから……御爺様。昨日の事を教えて頂けませんか? あれからどうなったのか」

 

 女中達の手から逃れた老人がようやく涙をハンカチでフキフキしつつ、こちらの素っ気ない態度にもまったく動じた様子もなく語り始める。

 

「大丈夫だからね!!? あの不届きな竜騎士共の竜は撃ち落としといたからね!!」

 

「……そんなの出来るんですか?」

 

「ウチの軍部に数年前の出来事もあって造らせてた大型の弩弓が役立ったんだよ!! ああ、本当にもう!! フィーちゃんが無事でお爺ちゃん嬉しい!? もうパーティー開こう?! ウチの孫娘はあの空飛ぶ蜥蜴の襲撃にも生き残りました記念て!! いや、もう記念日にする?! いっそ、国を上げての記念日の方がいい!?」

 

 ゲシッと再び真正面から縋り付きそうな老人を足蹴にして遠退ける。

 

「止めて下さい!? 恥ずかしい処の騒ぎじゃなくなります!!」

 

 これにはさすがの女中達も苦言は呈ていさない。

 

 ルードヴィヒ・アルローゼン。

 

 アバンステア帝国において皇帝を除けば、実質的な支配者である男は家の中においては孫馬鹿、孫ラブの完全無欠な好々爺であった。

 

 まぁ、政敵を粛清し、帝国の拡大政策を推し進め、帝国以外の国家からは蛇蝎のように嫌われて、悪魔の如く畏れられる【悪獄大公ルードヴィヒ】とは目の前の普通にしていれば、仙人然とした男の事だ。

 

 つまり、この明らかに孫にハァハァしてカワイイカワイイして来ようとするうざ―――“心配性”な相手は異世界で死ぬ前に自分が戦っていた兵隊の親玉だった。

 

「ええと、確か……あの場にいた他の者はどうなりましたか?」

 

「ああ、あの買ったばかりの奴隷の子達? あれなら、ウチの女中部屋にいるから、後でお礼を言うといい」

 

「閣下……帝国議会のお時間です」

 

 後ろから女中の1人が老人に耳打ちする。

 

「そんなのいい!? 待たせておきゃいいんだ!! ふぃーちゃんが無事なのを祝う会をする方が先に決まってるでしょ!?」

 

 拳を握って力説する老人にはまったく威厳が無い。

 

「さっさと議会に行って下さい。議長が無断欠席とかまた世間の悪い噂が増えますよ。私、悪い議長の孫娘とか言われたくありません」

 

「う、ぅぅう!? ほ、本当に大丈夫ならいいから!? ワシ、行ってくる!! ほ、ほ~ら、毎日やってる行ってきますの額への口付けを……」

 

「一度もした事ありませんよね? 連れていって下さい」

 

 ニッコリ拒絶しておく。

 

「解りました。お嬢様。閣下、さ……いつまでも女性の寝室に家族とはいえ、入っているべきではありませんよ。こちらに……」

 

「きょ、今日は早く帰って来るからねぇ!? ふぃーちゅわぁああん!?」

 

 ズルズルと諦めの悪い老人が引き摺られていく。

 

 女中達の手で外に待機させてあるだろう馬車に押し込められてようやく大人しくなるに違いない。

 

「ふぅぅ……( ´Д`)=3」

 

 思わず息を吐くと女中達が幾つかの薬と水差しを横に置いてくれたので後はいいと部屋から出す。

 

(あの姿を見られたのは恐らく2人……とにかくまずは状況確認だな)

 

 女中達に奴隷達の確認をするからと部屋を抜け出して、女中達がいつも使っている離れの一角に向かう。

 

 その小さな離宮のような作りの中庭にはもう騒ぎを聞き付けてやって来ていたらしいリージが噴水の淵に腰掛けていた。

 

 ヒラヒラと掌を振って来るので奴隷にされていた連中の事は大半どうにかしたのだろうと後で労う事にして目的地に向かう。

 

『これ、オイシイな。ノイテ♪』

 

『余程に良いところのお嬢様だったようですね』

 

 部屋に入るとデュガが何処か垢抜けない小顔に雀斑を付けた少女というよりは女性寄りだろう20くらいの相手とお菓子とお茶を頬張っていた。

 

 どちらも着替えさせられているらしく。

 

 今は女中姿……メイドルックだ。

 

「あ!! ふぃーだ。大丈夫だったかお前ぇ~~」

 

 トテトテとやって来た尻尾でも見えそうな子犬的少女がニコニコする。

 

「デュ、デュガシェス様!? 離れて下さい!? 危険です!!?」

 

「え~~そうかな~~? すっげーつえ~~ヤツって事でいいじゃん」

 

「デュガシェス様?! あの手と頬を見たでしょう!? 尋常の技ではありません!!」

 

 雀斑女の言う通りではあったが、面と向かって言われると凹みそうな事実だ。

 

 いや、転生して今更化け物になろうが樹木になろうが蟲になろうが、左程の違いがあるとも思えない。

 

 そういう事もあると納得する以外無いのだ。

 

「ええと、ノイテだったか?」

 

「ッ、は、はぃ……」

 

 デュガを後ろから自分に押し付けるようにして引き戻した相手の目には警戒の気配が強い。

 

「どうやってあの場を切り抜けたのか教えてくれるか?」

 

「どうやって? 何のこともありません。それなりに付き合いの長い愛馬。いえ、竜があの光で消し炭にされたので仲間と合流出来なかっただけです」

 

「そ~なんだよなぁ~~で、結局みーんな逃げたし」

 

「そ、それは……まさか、帝国があのような強力過ぎる弩弓を持っているとは思わず。本式の小火竜ならばまだしも廃種では無理ですよ」

 

「で、仲間に繋ぎは取れたのか?」

 

「………それをお教えする理由はないはずです」

 

 ジロリと睨まれ、目一杯警戒された。

 

「もう、かったいなぁーノイテは……実は全員逃げちゃったから解らん!! だから、よろしくな!!」

 

「仲間と繋ぎが取れたなら、お帰り願うところなんだが、しょうがないな。まぁ、いい。あの時の鎧はどうした?」

 

「あ、あれは仲間が撃ち落とされた時にマズイと思い火柱の跡に投げ捨てました。衣服は民間人用のものを偽装していたので……」

 

 ノイテが一応教えてくれる。

 

「準備周到だな。で、此処からが本題だが、お前ら何処の国の連中だ?」

 

 その言葉にノイテが言い淀むが、デュガがあっけらかんとした顔になる。

 

「ウチは南部に幾つか軍団持ってるとこなんだ♪ 竜の国【ガラジオン】って言えば、かなり知られてはずだけど」

 

「ガラジオン? 確か今、南部の継承戦争やってるとこの隣国か?」

 

「デュガシェス様……」

 

 ノイテが思わず額に手を当てる。

 

 苦労が偲ばれる仕草であった。

 

「そーそーウチって国ぐるみで傭兵稼業しててさー。戦争で宿敵と戦ってたら負けちゃって奴隷にされたんだよなー」

 

「軽いなお前……で、その傭兵国家の良いとこのお嬢様を助けにわざわざ竜に乗って喧嘩吹っ掛けに来たのか? お前ら」

 

「救出作戦です……身元を証明出来る者は一人もいません」

 

 ノイテが今はこんな格好ですが、と。

 

 メイド衣装を見て、顔を微妙なものにする。

 

「何で帝都を焼く必要があったんだよ……」

 

「決まっているでしょう。次の仕事でこの国と戦う事になったからですよ。我々は南部で敗北を喫しましたが、未だ兵力は9割方無傷で残っています」

 

「つまり、帝国の拡大政策で危機に陥ってる国を助ける正義の味方をやるわけか」

 

「ええ、そういう事です。帝都を襲撃されたとなれば、帝国の軍団も幾らか兵力を本国に割かなければならないはず。ついでにお嬢様を追跡していた者達のおかげで居場所も殆ど判明していた」

 

「まぁ、それはそれでいい。が、お前ら運が悪かったな」

 

「どーゆーことだ?」

 

 首を傾げるデュガの横にあるポットから残っていたカップに紅茶を注いで、着付け薬代わりに飲み干す。

 

「お前らを此処から逃がしてやりたいところだが、たぶん不可能になってる」

 

「どーしてだ?」

 

「オレの周囲を囲んでる見えない国家部署の人員がアホみたいに周辺監視を強化してるだろうからな」

 

「え?」

 

「悪いがしばらくは買われた奴隷って事で通した方がいいぞ。まだ死にたくないだろ?」

 

 ノイテがギュッとデュガを後ろから抱き締めてこちらを睨む。

 

「どういう事だ?」

 

「此処の家の名前はアルローゼンだ」

 

「アルロ―――」

 

 思わずノイテが絶句して、今更にカップの紋章に気付いたらしい。

 

 黒い薔薇に突き立てられた剣。

 

 そんな刻印に見入って血の気を引かせ、カタカタと手を震えさせた。

 

「ん? それってすごいのかー。あ、この小麦菓子うまーい♪」

 

 この大陸の政治家なら誰でも畏れるだろう家紋入りの菓子を子犬は満足げに頬張ってご満悦な様子なのだった。

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