ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第39話「聖女様ハード・ボイル」

 

 ハヤシ族領は元々が煮込み料理系の部族達の中でも一際古くから周辺に永住する者達として有名だったらしい。

 

 そのせいなのかどうか。

 

 彼らのハヤシと呼ばれる料理はカレーを生み出した料理人のアイディアの大本になったとの話が残されている。

 

 本の知識に拠るならば、分派した者達が周辺にある大国の祖先であり、耐性に沿って各地で先鋭化されていった云々。

 

 だから、帝国国境域のド田舎にありながらも、本来はそれなりに帝国内で大切に扱われていて良いはずなのだが、部族の歴史は奇妙なくらいに災難と戦渦に覆われている。

 

 元々の生地であるハヤシ族領を手に入れようとした大国からの侵攻に注ぐ侵攻。

 各地から流入した煮込み料理系の食材耐性を目当てにした拉致、誘拐。

 

 更に分派した一族から派生した国家は必ずと言っていい程に侵攻の理由を我々の故郷を取り返すのだ、というあからさまにイチャモンでスタンダードなものにした為、今では数百年の間に占領合戦にあった地域は何処も彼処も百年以上の占領期間を経た正当性主張の一丁目一番地。

 

 カレー帝国内にあってすら、併合された諸民族や大国のごった煮占領政策のツケで各地域には未だ編入に関する不満や問題が燻っているのだと言う。

 

 悲しいのは紛争や戦争や誘拐のせいでハヤシ族の数が極端な減少に合った事だろう。

 

 耐性のせいで狙われていた為、今では部族内での近親婚で他民族からの血は入らずに肉体は虚弱となりつつあり、分派に際して地政学的に大国間の中間地点となった事から今現在も隣接する地域から自分達の派閥に入るよう重圧を受けている。

 

 まるで現実の世界さながらに少数民族の悲哀を一身に受けたような一族なのはそれだけの話を聞けば、分かろうというものだ。

 

 が、近年は更に貿易中継地点として大きな隣接地域の経済的な主戦場と化した。

 

 シーレスにアーモンド号で聞いた話によれば、大昔からジビエ三国と呼ばれる肉食材の国々と乾肉《ジャーキー》の貿易で生計を立てていたらしいが、数年前から勃発した帝国内の地域派閥、要は軍閥間で争いの激化に伴い、関税の掛け合い合戦が始まったらしい。

 

 中継地点のど真ん中なのに左と右に分かれての関税合戦に巻き込まれ、あちこちに両軍閥の息が掛かったペロリストが繚乱跋扈。

 

 帝国内の派閥は複数在るが、殆どは大きな二つの派閥の争いを座視しているという。

 

 ハヤシ族領は今や民間人を巻き込むペロリスト達が互いの派閥の組織構成員や建物に爆破工作を行う危険地帯。

 

 だから、夜に外を出歩いたら命の保証は無いし、昼間でもペロリスト達の餌食になる確率が極めて高いとの事。

 

(これ程とは……瓦礫と椰子の木の街、か)

 

 ようやく夜になって辿り着いた街の様子は一言で廃墟に近かった。

 

 近くに大きな泉があり、周辺は大きな椰子の畑が幾つも存在しているようだったが、月明かりの下で道端にちらほらとある建材の成れの果てを砕きながら進む馬車が一台のみという時点で此処がどんな場所なのか分かろうというものだろう。

 

 先に入っていた共和国の車列は街の外れにあった。

 盛大に灯が焚かれており、そちらはかなり物々しい様子だ。

 だが、それ以外の灯はまるで見えない。

 住民は息を殺して、明かりを灯さずに夜を過ごしているのだろう。

 

 弾痕だらけの建物は数多いのに一般住宅らしい椰子の木で作られた家々からは一切音が漏れて来ない。

 

 月明かりの下。

 

 遠目に美しい湖が見えるというのに見物している輩は一人も見掛けないのはせっかくの観光資源を無駄にしている。

 

 大通りだろう場所にはただ夜の少し粘着いた熱を帯びた風が吹いているだけだった。

 

「かなり危険な気がするんだが、これ何処に泊まるんだ?」

 

「一応、此処にも共和国の拠点はあるのだが、先日敵対派閥のアジトの一つと誤解されて爆破の憂き目にあってなぁ。いやぁ、本当に此処は危ないようでござるよ。あ、ちなみに爆破した連中はしっかり処分されたと報告があった」

 

「……外交問題だろ。ソレ」

 

 荷馬車の上で参った参ったと笑う百合音にジト目となるも仕方ない。

 しかし、本人はケロッとしたもので。

 

「ここら辺のペロリストには人権なんてないでござるよ。食い詰めた裏社会の人材を湯水のように注ぎ込んでの代理戦争。ま、縁殿を襲ったペロリストが帝国内の派閥に雇われていたのに帝国内の正規軍が掃除しても文句が出ない時点でお察しというところか」

 

「ソレ、逆に絶望感増し増しなんですけど」

 

「でも、実際の笑い話として、あまりに危険過ぎて何処のペロリストも仕事以外じゃ夜間外出しなくなったとか。逆に安全だったりすると報告が―――」

 

 チューンと何やら弾丸の弾ける音が近くの地面で響いた。

 

「安全だったり何だって?」

 

 もう銃弾の音くらいでは少しも驚けなくなった自分の一般人的な良識を返して欲しいと切に思う。

 

「あはは、ご愛嬌ご愛嬌」

 

 パチンと百合音が指を弾くと。

 再び銃声が夜空に一発響いた。

 

「おい?! 今―――」

 

 シィーと人差し指を目の前に持ってきてジェスチャーした百合音が外に聞き耳を立てて、肩を竦める。

 

「どうやら狙撃手は撤退した様子。これでしばらくは大丈夫であろう」

 

 殺してるかどうかなんて確認しようが無いし、口からは溜息しか零れなかった。

 

「……宿は?」

 

「うむ。まったく取ってないし、今から取っても怪しまれた挙句に爆破される可能性もある。今日は野宿しようと思うが、如何に?」

 

「手伝ってもらってる手前、従わないって選択肢無いだろ」

「縁殿は素直でよろしい」

 

 百合音が微笑ましいものでも見るようにウンウン頷いた後、御者に泉の方へ往くように指示した。

 

 それから数分で泉の縁まで辿り着く。

 

 椰子の木の横に馬車が止められ、百合音が先に出てから安全を確認した様子で頷いた。

 

 ようやく出られると荷台から降りれば、其処には幻想的な風景があった。

 美しい泉はキラキラと耀いており、その透明度の高い湖面を月明かりで満たしている。

 そうして此処だけは先程の街中と違って気温が低く過ごし易そうに思えた。

 

「周囲に敵は無し。狙撃手も無し。仕掛けも無し。部下達が夜通し見張っている限り、大丈夫でござろう」

 

「そうか。じゃあ、荷台で寝るのか?」

 

 もう夜更けだ。

 

 実際、本日はペロリストから誘拐され、死人からガン付けられ、硬い荷馬車の貨物となったせいで酷く疲れていた。

 

 身体の節々が痛いし、出来れば休みたいのは人情だろう。

 

「そうでござるが、まずは少し身体を洗おうか。もうベタベタでござる」

「そうだな。っていいのか? 飲み水の水源なんじゃないのか?」

 

「縁殿は良識的でござるなぁ~。大丈夫大丈夫。此処の泉は川に流れていく代物。今日洗っても明日には汚れなんて残ってないでござるよ」

 

「なら、いいんだが……」

「先に入っておくといい。某は部下達からの報告を受けねばならぬ故」

「じゃあ、お先に」

「うむ。また、後で」

 

 百合音が少し先の椰子の木が密集する方へと歩いていく。

 

 それを少しだけ見送って、気恥ずかしいとは思いながらも、衣服を荷馬車の傍の椰子の木の横へ畳んで、水に入る。

 

 指先から伝わるひんやりとした感触に一瞬身震いするものの。

 すぐに慣れた。

 そう水深は深くないようだが、深みには嵌らないよう気を付けるべきだろう。

 岩でゴツゴツとした浅瀬にしゃがんで水を手で掛ける。

 

 洗い始めたら、火照った身体を冷ますにはもう少し入りたい欲求が出てきて、身体を沈める。

 

 精々が下半身が隠れるくらい。

 これならばと。

 全身の力を抜いて湖面に浮いた。

 

 浅瀬から離れないよう気を付けながらも、快適な水温と月明かりを見上げると何とも安らいだ心地になる。

 

 椰子の木と泉と月。

 何処かのアラビアンな話を思い出させるシチュエーションだ。

 此処は何もかもが混沌とした夢世界。

 何が起ころうとも、現実とは色々と異なっている。

 いや、だからこそ、不思議と惹き付けられる人々や光景があるのかもしれない。

 そう思えば、この景色に一人というのも少し寂しい気がした。

 

(寂しい? いや、違うな。これは……ああ、そうか……オレは懐かしい、のか……)

 

 ようやく気付いた。

 自分の傍に誰もいない。

 とても知っている感覚。

 

 何処かから見張られているとしても、孤独に食事をしたり、一人でゲームをして過ごしていた自分が思い起こされた。

 

 研究職の両親が働いた金で食わせて貰っていた手前、文句が言えた身分では無かったし、愛情というものは知っていたつもりだったので自制もしていた。

 

 それに孤独というのは基本的に慣れる。

 慣れてしまえる。

 だから、とても鈍感に日常は過ごせていたのだ。

 一人で日本に帰っても別に寂しいなんて感情とは無縁だった。

 

 日本はインフラが整っていて治安が良くて水道水が飲める良い祖国だと再確認しただけだ。

 

 それに日本語で苦労するような事もなかった。

 海外では日本人学校通い。

 英語は習ってこそいたが、日常会話で使うようなものではなかった。

 

 現地語を学ぶ気になれなかったのは単純に日本から両親が飛び出した時期にはもう完全に日本語が母国語だったからだ。

 

 だから、国外で友達なんてのは日本人学校にいる相手しかいなかったし、それだって精々が一年から数ヶ月程度のもの。

 

 家族以外の人と深く関わるというのはまったく無かった。

 

 テレビは衛星放送を見ていたから、日本語オンリーだったし、ネットの使い方も日本の検索サイトが登録された両親のもので始めたので詳しくなってきてからも日本語漬けだった。

 

 これで海外住まいながらも問題ないというのだから、今の世の中、極めて便利だろう。

 

 日系スーパーで買い物。

 日本語のアニメを動画サイトで視聴。

 素晴らしき哉、我が祖国というわけだ。

 

(孤独が懐かしいだなんて、よくよく考えたら随分と恵まれた人生だよな)

 

 寂しいという感情がいつから磨耗しつつあったのか。

 今ではよく思い出せない。

 だが、今も寂しくは無いのだ。

 

 近頃はずっと傍にいる隣人達がいなくなってすら、その感情に寂しいという気持ちは根本的に希薄と言わざるを得ない。

 

 これが正常なのか、異常なのかはともかく。

 男として感情的な弱音を吐かずにやっていけるのはありがたかった。

 

「ん?」

 

 そろそろ上がろうかと再び立ち上がった時だった。

 何か水面に影が見えたように感じて、後ろに飛び退こうとした瞬間。

 

 ザヴァアアアアアアアアアアッと水面から何かが飛び出した。

 

「?!!」

「ふぁ~~気持ちいいのよ~ん? あ!? A24!!?」

「パ、パシフィカ、か?」

 

 目を凝らせば、それは間違いなくアホ毛がトレードマークな子供っぽいパシフィカ・ド・オリーブだった。

 

「A24!!」

「ちょ、こら?!」

 

 もう放さないと言いたげにパシフィカが抱き付いて来る。

 それがまったく全て○っと見えてしまった。

 少女は全裸だ。

 性格は子供っぽいとはいえ。

 それでも年齢的には中学生くらい。

 その上、胸元は薄いとはいえ。

 華奢な身体は妖精のようにも見える程に眩い。

 

 百合音が毒のある妖しげな食虫花だとすれば、パシフィカは温室で育てられた華の蕾と言ったところだろう。

 

 薄桃色の花開く寸前。

 艶やかなな唇が名前を呼ぶだけでまったく目を背けたくなってしまう。

 薄っすらと月明かりの下で耀く姿態は健康的に見える癖に儚げで。

 一切、恥じらい無く。

 隠す意図すら無く。

 曝け出されている。

 

「パシフィカ……その……サナリ、そう!! サナリはどうした?!」

「サナリ? 大丈夫なのよ!! だって、パシフィカが付いてたんだから!! ね?」

 

 そんな曇り無き笑顔が逆にいけないものを見てしまったような罪悪感を抱かせた。

 要は……恥ずかしくなる。

 自分も全裸だ。

 

 その上、ピッタリと吸い付いた肌はとてもではないが、形容したくない柔らかな感触に溢れている。

 

 自分と同じ人間の身体とは思えない。

 それ程に繊細で抱き締め返したら、壊れてしまいそうな瑞々しい果実。

 全部、当たっているのだ。

 

(ぅ………)

 

 静まれと思うものの。

 身体は正直だ。

 

「シー君はもう探すなって言ってたけど、やっぱりA24は生きてたわ……サナリは絶対生きてるって……あたしもきっと生きてるって……思ってたわ」

 

 ジンワリと胸元に熱い雫が僅か滴った。

 

「探してたのか?」

 

「今日は身体を洗ったら、眠って下さいってシー君は言ってたけど。サナリと一緒に捜しに行く事にしてたの……でも、もう探す必要ないわ。うん!!」

 

 もう少女は笑顔だった。

 それだけで胸が詰まりそうになる。

 

「悪かった……心配掛けたな」

「いいのよ!! だって、A24は此処にいるんですもの」

「そうか……っ」

 

 此処で良い話風に終わっていれば良かったのだろうが、生憎と未だに全裸で抱き合っている事に変わりは無い。

 

 思わず離れようと思ったものの。

 少女の抱擁は思いの他、密着していた。

 

「どうかしたの? A24……?」

 

 何やら気付いた様子でその顔が下に向けられる。

 

「あ、A24のここ熱くなってるわ……お怪我したの?! それだったら、あたしが治し―――」

 

「いや、それは確実に要らない!!? 何処も悪くないから、とりあえず服を着てくれ!?」

「服? でも、此処からだと川の方に行かなくちゃ行けないから、一緒に行きましょ!!」

「いや、泳げないから、それはちょっと待て!?」

 

 そのまま水の中に引っ張り込もうとするのを何とか止める。

 

「そうなの? じゃあ、少し此処で遊びましょ♪」

 

 ニコニコと未だに何一つ、一糸纏わぬ姿の心幼き彼女の無垢な様子に罪悪感が酷い事となった。

 

「パシフィカ。とりあえず、そうやって裸は知らない他の人に無闇に見せたりするな」

「??」

「何で『何言ってるの?』みたいな顔なんだ……」

 

 本当によく分からない様子のパシフィカがニコリとした。

 

「だって、知らない人じゃないわ。A24だもの……」

「は?」

 

 聖女様は油に入っていた時から何一つ変わらぬ笑みで、太陽のような燦爛とした何一つ隠す事無い表情で、きゅっと抱き締めてくる。

 

「A24は荒んだ国の可哀想で粗暴な下層民だわ。でも、お顔は格好良いし、瞳も綺麗だし、パシフィカに優しくしてくれた……それにお父様のお話だって笑わなかったわ。あたしがあのお話をしても笑わなかった人なんて今までいなかったのよ? それに……」

 

 自分の顔がたぶん今世紀最大くらいにどうなっているのか自覚があった。

 

「くすぐったかったけれど、お胸を触られたの……嫌じゃなかったわ……こうやって抱き締めてると、あたしのお胸も熱くなってるみたい……トクントクンって……凄く嬉しくて、温かいの……A24は違うの?」

 

「―――」

 

 喉が渇いている。

 何を言えばいいのやら、思考が空転している。

 それは錯覚だと。

 死んだと思っていた相手にあったからなんじゃないかと。

 突き放してしまえばいいだろうに……それが出来ない。

 冷静に考えろという内心の声は限りなく0だ。

 

「A24……」

「なん、だ?」

「お胸はくすぐったいから、お尻に、する?」

「―――ッ」

 

 上目遣いに少しだけ、ほんの少しだけ恥らいながら……『どう?』と訊ねてくる少女は分かっているのかいないのか。

 

「その……おへそ……熱くなっちゃってるわ。A24……」

 

 どうして二人の間で其処だけが熱くなってるのか、なんて野暮な話を真剣に悩むとしたら、それはまだ自分が大人というには青春とやらの中にいるからなのだろう。

 

 健全なる青少年であるところの【佳重縁(かしげ・えにし)】は普通の高校生だ。

 

 だから、普通に年頃的な行為をするし、年頃的なものを見るし、年頃的な感情にだって支配されるのである。

 

 正直に言おう。

 目の前の少女は可憐で儚く美しい。

 

 でも、それ以上に初めて……たぶんは本当に人生で初めて、この哀れなくらいに人間と接触して来なかったゲーマーに好意を向けて、自分から積極的に触れてくれた相手だった。

 

「縁殿は本当に才能の塊でござるなぁ」

「!?!!?」

 

 咄嗟にパシフィカから離れた。

 その瞬間に今までの硬直が嘘のように身体が動くようになる。

 思わず水の中に身体を沈めて振り向くと。

 

 其処には妖しい笑みでクスクスと今までの事情を見ていたらしき幼女が全裸で立っていた。

 

 セーフなのはその下半身が水の中にある事か。

 それでもやはりパシフィカよりも幼い姿態は○見えで思わず顔を逸らす。

 

「誰なの?」

 

「おお、某は羅丈百合音。縁殿の夜伽役にして護衛役!! ついでに色々な()()()を貰い受ける予定の女子でござる」

 

「よとぎ役?」

 

 何の事かも分からないパシフィカに百合音が大きく頷く。

 

「うむ。それにしてもオリーブ教の聖女様は女子として完成度高いでござるなぁ。ああいうのはさすがの某でも出来ない。心根が優しく、初心な乙女というのは最終兵器であるからして。ああ、此処から儚い乙女が好いた男と爛れた関係で染まっていくのでござるな。そうなったらちゃんと某を混ぜるでござるよ。縁殿♪」

 

「………感謝はしないが、パシフィカに余計な事を教えるなよ。教えたら、後でカレーライス食うぞ」

 

「?!?」

 

 どうやら百合音にとってカレーライスはかなりのトラウマとなったらしい。

 思わずこちらに頷いていた。

 

「はぁ……」

 

『パシフィカ様~~』

 

 何やら泉の下流の方からボートらしきものがやってきていた。

 その上には女性らしい信者が数名乗っている。

 

 その顔は月明かりの下で確認出来る限り、あの飛行船に乗っていた相手である事が見て取れた。

 

「あ、そろそろ帰らないと。A24!! サナリが泣いてたから、早く行きましょ!!」

「わ、分かった」

「では、合流と往こう。案外早く見付かったでござるな」

「そうだな。さっさと合流しよう」

 

 一気に脱力した身体は水の中だったが、洗う前よりも火照っている気がした。

 

「あ、A24……」

「その、どうした?」

 

 こちらに水を掻き分けてやってきたパシフィカがザブンと自分も身体を水の中に入れながら、顔を近付けてくる。

 

「あのね……」

「?」

「今度、一緒にお風呂入ったら……くすぐったくないように、して?」

「―――そんな機会があったら、な」

「うん!!」

 

 笑みはやはり月明かりの下でも眩かった。

 

「ああ、某の知っている初心な縁殿もそろそろ見納めなんでござるなぁ……」

 

 後ろから茶化す幼女の声に絶対、カレーライスを後で食べようと硬く心に誓う。

 

 そうして、ようやく合流した時。

 

 サナリからは涙目で一言。

 

 馬鹿、そう言われたのだった。


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