ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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間章「理由を探す理由」

 

―――20××年夏/新祈総合大学工学部。

 

「先生!! お久しぶりです」

 

「おお、楢薪(ならまき)君!! 待っていたよ」

 

 総合大学の一角。

 

 工学部に置かれた半地下の研究施設に入るガレージ前。

 

 一人の男がその場所の主を前に挨拶していた。

 

 初夏に入ったのが先日。

 

 今やセミの声に咽そうな程の熱気がジリジリとアスファルトを焦がしている。

 

 手拭を片手に汗の染みたシャツでやってきた30代の痩せぎすの男は中年太りで眼鏡を掛けた柔和な60代の男に頭を下げつつ、内部の事務所へと通された。

 

「やっぱり、祖国ながら日本は熱いですよ。中東といい勝負が出来ますね」

 

「ああ、近頃は温暖化が進んだから特にな。今やリンゴの産地が北海道。マラリアが国民病とは半世紀前は思わなかったよ」

 

 男が麦茶を入れたタンブラーを楢薪と呼ばれた男に出しながら対面の擦り切れたソファーに腰掛ける。

 

 クーラーが効いていても部屋は生温かった。

 

「お元気そうで何よりです。マガトのヤツはどうしてますか?」

 

「ああ、彼なら例のプロジェクトを終わらせてから新しい研究に取り掛かってる」

 

「そうですか。ずっとドイツだったもので……」

 

「連絡も取り合っていなかったのかね?」

 

「ええ、アイツは最低限の端末すら持ち歩くの面倒がりますから」

 

「はは、彼にも困ったものだ。さて、一息吐いたところで申し訳ないが、本題に入ってもいいかな?」

 

「解りました。例のものはこちらです」

 

 男が懐から分厚い茶封筒に入れられた板のようなものを手渡す。

 

 封筒は厳重にガムテープでぐるぐる巻きにされており、子供が遊んだ後のようにも思える程に微妙な色合いをしていた。

 

「これはまた年季が入ったな」

 

「仕方ありません。何せ中東から欧州まで陸路で運びましたから」

 

「拝見しよう」

 

 先生と呼ばれた男が苦笑しつつ、その茶封筒を剥がして中身を取り出す。

 

 内部から出て来たのは不思議な色合いの金属板だった。

 

 透明感はあるが、結晶構造が僅かに虹色を含んでおり、煌めくと薄っすらと発光しているようでもある。

 

「……確かに本物のようだ」

 

「先生。本当にソレが?」

 

「ああ、発見したと聞いた時には驚いたよ。彼らの使っていた道具の一部だ」

 

「破片にしてはかなり綺麗で整っていますね」

 

「元々は中東での戦いの時に破壊されたものの一部らしい。現地の独裁政権が倒れた後に地元の自動車修理工場の人間が破片を手に入れて、綺麗なものだったからインゴットに加工すれば売れるんじゃないかと考えたとか。以来、家の宝だったらしい」

 

「……人類規模で貴重な資料なんですが、そんな事になってたとは」

 

 楢薪が先生の言葉で苦笑いになった。

 

「それで先生はコレが何だと考えているんですか?」

 

「超重元素の塊だ」

 

「超重……重元素は大学の講義で習いましたが、【超】ですか?」

 

「ああ、英語ではスーパーヘヴィーエレメントとでも言えばいいかな」

 

「最先端の研究では重元素は色々と指すものが違うらしいですが?」

 

 カランと麦茶の中で氷が音を立てる。

 

「我が新祈ではコレを【賢者の石】と総称するがね」

 

「それはまた大きく出ましたね。錬金術でも始めますか?」

 

 楢薪が肩を竦める。

 

「まぁ、君もその類を造る一人だ。見ていくといい。そのまさかというヤツをお見せしよう」

 

「大きく出ましたね。パラケルススもビックリなものを期待しておきましょう」

 

「構わんよ。計画は前々から言っていた通り、全て順調に推移したからな」

 

 先生に連れられて男が半地下のガレージにある地下への扉を進む。

 

 通路はそれなりに長く。

 

 学内の地下の何処かに繋がっている様子だが、天井の電灯は明るい。

 

 そして、楢薪が機械の作動音が近付くに連れて高くなるのを感じながら、通路の先の広大な空洞に出た。

 

「―――先生。コレは?」

 

「ああ、彼らが使っていたものを幾つか再現してみたんだ。運び込む本体は更に地下に格納してある。生憎とまだ空は飛べないがね。重要なパーツは此処に揃った」

 

 インゴットを入れたポケットがパンパンと上から叩かれた。

 

 薄暗い地下ドック内のハンガーには暗幕がカーテンのように掛けられ、その内部では大量の作業用ロボットのアームが動いていた。

 

 巨大な何かが複数造られているのが誰の目にも解る。

 

 全高で12m弱もある何かもあれば、船のように横長の何かもあった。

 

「よくこれだけの予算が下りましたね」

 

「なぁに。原材料で買ったし、自前のプラントさえあれば、左程の事もない」

 

「そのプラントが非常識なのは知ってます」

 

「君も大概だがね。マガツ君のおかげだよ。殆どの化合物は彼の理論と生成方法の確立の賜物だ。この技術が開示されれば、人類規模での高度化合物の安価な大量生産が可能になる。正しく、脳が減ってしまいそうな賞が撮れるな。解析が終わったら、インゴットも彼に見て貰おう」

 

 男が空中に吊られた通路を歩きながら最奥を目指し、数十m先にある扉の前に立つと自らの手を扉脇のコンソールに触れさせた。

 

【バイタル認証を通過。コード入力をどうぞ】

 

「開け」

 

【コード省略を確認。ゲート開きます。ご注意下さい】

 

 落ち着いた声音の女性の合成音声が言い終えるとほぼ同時に扉がプシュンと開き。

 

 その内部へと入った楢薪は其処がコンソールの並ぶ実験室だと理解する。

 

 並んだ棚のあちこちには大量の付箋が張られた白い紙の束が突っ込まれており、乱雑に置かれた本の大半は現代の最新科学の大半の分野を網羅している。

 

 量子力学は元より、重力波天文学や量子物理学、最新の臨床心理学や大脳生理学、遺伝子工学、材料工学、冶金学、何でもござれだ。

 

 その本棚の幾つかには丸く黒いセンサーのようなものが複数付けられていた。

 

「ようこそ。我が研究室に。さて、これであの異世界大好きっ子なゼド君も喜びそうだ」

 

「先輩はいつものように黒の塔ですか?」

 

「ああ、彼も最新研究で色々と貢献してくれていてね。コレで万事大半のものが揃った。文学の徒である君にも迷惑を掛けたが、プログラムの方は?」

 

「もう完成しました。コレを」

 

 楢薪が小さなメモリースティックを差し出す。

 

 それを受け取った男がポケットに突っ込んだインゴットを取り出して、自分のデスクの上に置いてあった機械式のゴツイ箱のようなものにソレを収める。

 

 空気が入る隙間も無さそうな程にピッチリと嵌ったソレがゆっくりと輝き出すのを確認し、男がPCに差し込んだメモリースティックからプログラムを呼び出して解凍……すぐに実行へと移した。

 

「おお、これが……これがそうか」

 

 男が指を弾くとAIが次々にPCからのデータを黒い球体状の物体からレーザーで投射し、虚空に3D映像を投影していく。

 

 ガリガリと虚空に書き出される0と1の情報の羅列が次々にアルゴリズムで変換され、意味を書き出していく。

 

 その情報の流れはやがて大河となって薄緑色の柱のようにも見えた。

 

「美しい。これが彼らの技術。そのソースコードか」

 

「先生。インゴットにコレが?」

 

「彼らの技術の産物は前々から研究していてね」

 

 カタカタとキーボードが鳴る。

 

「結果的に言うと彼らの道具は例外なく。全てが全て万能性を秘めた物質で出来ている」

 

「万能性?」

 

「基本は魔法でも何でもない単なる化合物だよ。ただ、我々が知らない製法で作られた先進科学技術の先。いや、果てにある力……構造材一つにも大量の情報が原子単位で詰め込まれ、その道具の何処が欠けても機能する。構造材であり、演算システムであり、メモリであり、電池であり、エネルギー発生源でもある」

 

「万能性……こんなものが在り得るのですね」

 

「いつかは人類も辿り着く境地だ。まぁ、何万年。何十万年。下手をしたら何百、何千万年先かもしれないが」

 

「これでアレを動かすおつもりですか?」

 

「ああ、言う程に難しくはない。君に貰ったのは基本的には解析用の代物だが、情報を載せて利用する為のプラットフォームはもう作ってある」

 

 先生が伸びをしてから席を立った。

 

「地下に建設中だった例の施設も来春には稼働可能だ。食料と遺伝子関連は我らが筋肉のお姫様が全て賄ってくれた」

 

「問題は解決されたと?」

 

 楢薪の目が大きく見開かれた。

 

「癌を利用したテロメラーゼの再生成機構。生体細胞のアポトーシスとネクローシスの完全な蛋白制御薬。ほぼ全ての細胞のダメージをリフレッシュし、初期化する生殖細胞化機構を搭載した微細遺伝子溶接座位群。どれも完璧に機能する事が確認された」

 

「人の寿命がこうもあっさりと……」

 

「限界はあるがね。不老ではあるが、不死には程遠い。最終的にはキメラ化薬による臓器と脊椎の侵食再生成構築に時間が掛る。脳細胞とグリア細胞の再生置換もな。諸々に年単位の時間が必要だ」

 

「万能には程遠いと?」

 

「人格の薄弱化を防ぐ情報の再取得を五感で行う関係上。心理学的なプロトコルが無いと精神医学的には超長期の生存本能の確保も難しい」

 

 先生は問題が山済みさと肩を竦める。

 

「それでもほぼ全ての準備は終わった。我らの歴女とあのマッドな彼のおかげで五感心理調整用のアセットもほぼ集積し終えている。実験は最終フェーズだ」

 

「……先生。今更ですが、本当にあの塔は稼働するんですか?」

 

「問題は無い。ブラックホールの蒸発式制御機能の開発に手間取ったが、1秒単位での維持と制御。それからクェーサー反応によるエネルギーの取り出し方法も開発は終了している」

 

「事実上の【ブラックホール機関】、ですか」

 

「そんな大そうなものではないよ。後、100年。いや、ちゃんとした商業炉にしようとしたら300年は掛る」

 

「発動回数の問題がまだ?」

 

「そうだ。現在地球に存在する構造材で耐えられるのはマガツ君が生成した新機軸の重金属元素の化合物とこのインゴットくらい。それとて全力運転を何回も、とは行かないだろうな」

 

「そうですか。それ程のものをアイツは……」

 

「だが、地下プラントの全力稼働さえ可能なら塔の能力は十全に発揮し得るし、君の懸念も払拭出来るだろう」

 

「解りました。それでお供しますが、行き先の選定は?」

 

「済ませてある。あれら実機の完成と搭載を待ってからになるがね」

 

「……良いところですか?」

 

「さて、どうかな。全ては我々次第だとも……この世界に未練のある者達は残る事になるだろうしな」

 

「解りました。では、今日はこれで」

 

「ああ、本当にご苦労だった。宿は取ってある」

 

「それは助かります。空港から着の身着のままだったので」

 

「三号館の学生寮に行ってくれ。しばらくはゆっくり出来るだろう。食事はウチの地元から酒と魚が届いていて妻に用意して貰った。夜になったら一杯やろう」

 

 先生がおちょこを傾けるような仕草で笑う。

 

「楽しみにしておきます」

 

 楢薪が頭を下げて顔を上げた時。

 

 目の前には手が差し出されていた。

 

「おめでとう。君は次の時代へと向かう先駆者の1人となった。共に祝おう……人類の道行きが暗くとも、我々にはまだ未来があるのだと」

 

「はい。天雨(あまめ)機関の最終プロジェクトの成功はきっと“この地に残る人類”にとっても有用なものでしょうから……」

 

「ふふ、では……これより【頒種計画(エクソダス・プロジェクト)】最終フェーズを開始する。期待しているよ。楢薪君」

 

 男達の握手は確かに固く結ばれたのだった。


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