ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第63話「ギフト」

 

 海軍局への道程には松明があちこちに設置されていた事で然して苦労しなかった。

 

 瓦礫には手間取ったものの。

 早めに着けたと言っていいだろう。

 このところ、共和国の首都を巡っていたからか。

 

 土地勘が無くても都市の全体構造というのが何となく想像出来た事もある。

 

 ただ、自分にしては火事場の馬鹿力的に息が切れていない事がありがたかった。

 

 さすがに生死の掛かった状況ではアドレナリンの効用は偉大。

 

 何かしら身が縮む思いをして、この状態が落ち着く前にベラリオーネを確保出来ればと思っていたが、道なりでおほほ女を確保する事は出来ず。

 

 結局、海軍局の建造物が見えてくるところまでまったく出くわさなかった。

 

(まずいな。既に着いてるか? 人数が多いと手を出せなくなるかもしれない)

 

 随伴の二人と共に海軍局付近にある大きな瓦礫。

 

 壁を破壊して半ばまでメリ込んでいる建築資材の後ろから海軍局の本舎を覗き込む。

 

 すると、そこには幸運と言っていいのかどうか。

 ベラリオーネの姿があった。

 海水の混じる泥水に塗れた姿。

 

 しかし、その姿は無残にも衣服が敗れていて、何やら海軍局とは違った制服。

 

 たぶんは西部の男達が銃口片手に取り囲んでいる。

 言葉は分からない。

 だが、嘲笑というのは何処も変わらないだろう。

 

 彼女の周囲には事切れたと思われる同じような女性の死体が転がっている。

 

 頭からダクダクと血が流れていたが、ピクリとも動かない。

 たぶんは男達に逆らって殺されたのだろう。

 ベラリオーネが最後の一人だからか。

 男達はまだ襲う事もなく。

 

 髪を掴んで乱暴に引っ張ったり、服を破いてゲラゲラと笑う事に夢中となっていた。

 

(―――)

 

 その背後では海軍局の制服を着た男女が数十人。

 

 小銃を持ったらしき六人の男達に取り囲まれて、男も女も悔し涙に歯を軋ませていた。

 

 だが、その西部の男達の最中に海軍局の制服姿の男が一人混じって、楽しげにベラリオーネの様子を余興代わりに酒らしきものを瓶から直接飲んでいる。

 

 どうやらまったく悲しい事だが、何処の世の中にも人間の屑というのはいるらしい。

 

 随伴の二人を見れば、拳を握り締めていた。

 彼らもまた確かに怒る者に違いなく。

 

 状況が決定的に悪化するのは見えているのだから、何か撹乱のやりようくらいはあるだろうと考える。

 

 だが、その状況に釘付けに為り過ぎていたからか。

 周囲への注意が疎かになっていたらしい。

 

 ガチャリと後ろから銃口を向けられる音がして、反射的に振り返ろうとする随伴の二人に其々二発。

 

 致命傷となるだろう頭部へ向けて発砲された。

 今まで生きていた男達の身体が横に崩れ落ちる。

 落ち着けと自分に言い聞かせる事も出来ない。

 それ程に事態は切迫している。

 

 一瞬でベラリオーネを痛め付けて弄んでいた男達があちこちに視線を向わせるが、すぐに背後の男が銃口を上に上げて、自分のいる位置を示した。

 

 最初の緊張が嘘のように再び男達が口元を緩ませ、そろそろ本番に掛かろうかとベラリオーネに一人が覆い被さる。

 

 そうして………助けてと小さく確かに呟きは零された。

 

―――夢を見ている。

 

 それはきっと誰かの記憶だ。

 蒼き天を飛ぶ複葉機の上。

 果てまでも荒地ばかりの陸を見下ろす岩山の頂。

 砕け散ったビルの最中。

 黒い陰りに覆われた月面。

 何処までも立ち上る蒸気と振り落ちる熱量。

 女の顔は微笑み。

 豊かな香りが鼻を擽る。

 草原を駆ける子供達。

 産声を上げる命を抱いた聖母のような君。

 これが誰かの夢なのか。

 それとも自分の夢なのか。

 あるいは見知らぬ者の過去なのか。

 それは分からない。

 死の間際。

 束の間、垣間見る。

 

 これが走馬灯だと言うのなら、最後に見るのが女の涙でいいわけがない。

 

 いいはずがない。

 皮袋一つ。

 それが目の前に浮いている。

 そうだ。

 受け取ったはずのものが浮いている。

 

 全ての色彩が異常を来たした世界の中でそれだけが正当な色を保持している。

 

 手を伸ばす。

 自分もまた同じように正当な色であると初めて知りながら。

 

 走馬灯だとしても、何に縋るべきかも分からないとしても、意味が無いとしても、妄想の類なのだとしても、その袋には今の自分の思いが満たされていると分かっていた。

 

―――夢の先で今も彼女が泣いているべきではない。

 

 身体は横へ跳んでいる。

 肩に激痛。

 接射となったか。

 

 軽く音はしたが、お楽しみを始めようとしていた男達はこちらを僅かに振り返っただけですぐ視線をベラリオーネに戻した。

 

 三秒もせずに身体の中から痛みが通り過ぎる。

 次は撃たせない。

 懐から取り出した小瓶を相手の顔面に投げ付ける。

 

 見えるように投げれば、それが例え単なる砂であろうとも、相手は非耐性食材の細粉ではないかと考えて、思わず腕で払い除けるはずだ。

 

 そのモーションの一瞬の隙に銃へと飛び付く。

 

 即座に横面の安全装置を捻って、そのままスライディングするように足払いを掛け、体勢が崩れて扱ける男が腰からナイフを引き抜く前に無防備な喉に肘鉄を渾身の力で叩き込む。

 

 ゴヂュッッと鈍く喉が潰れる音がして、男は悲鳴も上げられずに首を護ろうとした。

 

 小銃は手から落ちている。

 それを素早く拾い上げて、ロックを解除。

 セミオートで一発。

 頭部に銃口を押し付け、銃弾を叩き込む。

 

 相手が死んだのを確認するより先にナイフを手に入れ、手榴弾と予備弾倉《マガジン》、腰のベルトを引き抜いて、いつでも使えるよう自分の腰の裏に結わえる。

 

 男達が自分達のベルトをカチャカチャさせている間抜けな様子を見つめながら、壁を破壊している瓦礫の一つまで走り、地面へ伏せるのと同時に銃口を隙間から僅かに上向けてフルオートで男達に連射した。

 

 完全に地面に倒れ込んでいたベラリオーネ以外の男達が巻き込まれる。

 

 悲鳴が上がった。

 

 すぐに先程仲間がいたはずの場所に向けて自分達の持つ拳銃を発砲するのが四人。

 

 だが、その誰もが混乱している。

 

 ベラリオーネの周囲にいる全員を仕留めるのに五秒掛からなかった。

 

 マガジンを素早く装填して、再び掃射。

 相手が自分の位置に気付いた時にはもう遅い。

 血飛沫を上げて、穴だらけにされた死体が倒れ込む。

 

 ベラリオーネは自分の上にも一体覆い被さるように落ちてきて思わず悲鳴を上げていたが、しばらくは弾除け代わりにそのままになっていて貰おう。

 

 六人の男達がこちらの壁へと銃撃してくる。

 しかし、もう移動は終わっているので構いはしない。

 

 壁際に銃撃を散々に叩き込んでから壁の外へ安全に向おうと開かれた門の先へと回ってきた男達に向けて音がしないようにピンを抜いて手榴弾を遠投する。

 

 投擲は緩く。

 大きく弧を描くように。

 帯空している間に時間が過ぎ。

 落ち切る寸前で爆発。

 

 門に来ていた二人はそのまま自分達の合間に落ちて来るソレに背後と目前から巻き込まれ、吹き飛んだ。

 

 混乱に拍車が掛かる。

 

 海軍局の人員に銃を未だ向け続けているのが二人、瓦礫の隙間から見えた。

 

 という事は残る追手も二人。

 門の一帯は危険だと理解すれば、そちらに警戒心が向く。

 

 後の二人は壁の外へ海軍局の建物内を通って裏側から向ってきているのだろう。

 

 オロオロと周囲に銃口を向けていた方がいいのではないかとソワソワし始めていた。

 

 遠回りでやってくる敵の足音から接敵、相手がこちらを銃口で捉えるまでの時間を予測。

 

 残り12秒。

 

 小銃をセミオートにして目を凝らし、慌てている見張り役一人の顔面に3発。

 

 相手が倒れ伏す。

 海軍局の男女が思わず身を伏せ。

 

 もう一人が絶叫しながら、自分の同僚の死に怯え、壁の所々を破壊する瓦礫の隙間へ銃を乱射した。

 

 すぐに移動を開始し、二人の追手が来る前に手榴弾を更に一発、追手がいる方向に遠投して逆方向である門の方へ走る。

 

 数秒後。

 追手が来ると予想された地点で起爆。

 

 その音と一瞬の爆発と煙が相手をあわよくば殺害し、あるいはまた自分から遠ざける。

 

 門の方とは反対側を思わず向いてしまった相手に向けて、門の影からセミオートで再び三発。

 

 咄嗟の事に反撃する間もなく。

 

 銃弾が頬や鼻を貫通して壁際に銃を乱射しながら弾切れになるまで男は引き金を引き続けた。

 

「建物内に奔れ!!!」

 

 大声で叫べば、すぐ海軍局の誰もがその声に従ってくれた。

 銃声。

 自分の横3m程の地点で銃弾が弾ける。

 どうやら声を頼りに打ち込んで来ているらしい。

 月明かりがあるとはいえ。

 

 それでもまだ距離もあるし、周囲には手榴弾によって建材が粉砕されて生まれた煙が僅かに漂っている。

 

 海軍局の人員が建物内に走っていくのを確認しながら、未だ大柄な死体を退かせずにモタモタしているベラリオーネの倒れている場所まで走り抜けた。

 

 死体を退かして、適当な大きさの死体を衣服ごと掴んで門の方へ向けて盾にする。

 

「オイ!! さっさと起きろ!! このまま海軍局の方に向う!!」

「カシゲェニシ!!?」

「すぐに銃撃が来るぞ!! オレの後ろに下がれ!!」

「な、何で貴―――」

 

 バスッと死体に銃弾が当たった。

 貫通こそしなかったが、次どうなるかは分からない。

 撃ち返しながら、何とか建造物の方向へと退避する。

 

「次は手榴弾が来る!! 撃ち返したら、全速力で海軍局の方へ走れ!!」

 

 死体の影から門の方額へとフルオートで乱射しつつ死体を捨て、ベラリオーネの背後に付いて全力で走った。

 

 応射による銃弾が三発。

 左脇腹、右腕、左肩を抉るものの。

 

 その後に盾としていた死体の周辺で爆発が起き、危なかった事が証明される。

 

 爆風で飛んできた破片を背中に浴びながら、押し出されるようにしてベラリオーネの背中へ追突し、すぐ手前にある硝子製の罅割れたドアを二人でブチ破った。

 

 鋭利な破片に塗れながら、ゴロゴロ転がると体中が激痛で言う事を聞かなくなる。

 

 あちこちを切ってしまったが、しょうがない。

 至近で手榴弾の爆発に巻き込まれるよりはよっぽどマシだ。

 

 周囲からベラリオーネと叫ぶ海軍局の同僚だろう声がして、即座にドアの先へと銃撃が加えられた。

 

 そして、周囲のバリケートらしきものの影に引っ張り込まれる。

 

「オイ!! アンタ大丈夫か?!」

「っ、あ、ああ……掠っただけだ。それよりもベラリオーネは?」

 

「彼女は無事よ。ちょっと打撲と硝子片で腕を切っちゃってるけど、包帯で止血すれば問題ない」

 

「さっき助けてくれたのは君か? 仲間はいないのか?」

 

 制服姿の男女数人がこちらに突き刺さる硝子片を引き抜いて、服を挟みで切ろうとしてくる。

 

 途中で手当てを制止してから、ベラリオーネの方へ向き直った。

 

「オイ!! 生きてるな!?」

「あ、当たり前ですわ!!?」

「じゃあ、悪いがとっとと行くぞ。状況が変わった」

「変わった?」

 

「此処の海軍局の人も聞いてくれ!! 今、街の中心で多数の民間人がこの国の心を折ろうとしてる西部の連中に見せしめの生贄にされ掛かってる!!」

 

『!?!』

 

「オレはアンタらの敵であった塩辛海賊団の使いって事になる。祖国を救う為に、無辜の民を救う為に、どうか力を貸して欲しい!! それがあんたらへの伝言だ!! 今、あちら側には敵の新兵器が待ち構えている。何もしなければ、明け方を待たずして虐殺が始まるだろう!! 今まで敵だったかもしれないが、西部の危険性を軍部に説いてきたのはこの国最高の学者である教授エービットだったはずだ!! その懸念が現実になった以上!! 法や倫理や今までの柵に囚われている場合じゃない!! 津波被害、祖国の決戦艦隊すら危機にある今、何を置いてもまずは国民の財産と命を護る事が先決だ!! 戦力が足りない!! もしも協力してくれる者がいるならば、今すぐに街の中心街に向っている海賊団へ合流して欲しい!! 他にも警務局にこの状況を伝えて、戦力を募ってくれる者、あるいは他にも拘束されているかもしれない政府関係者や民間人を救う為に戦ってくれる者を募集するとの事だ」

 

 海軍局の男女達が泥に塗れて互いに顔を見合わせながらもすぐ頷いた。

 

「今から、此処にある武器弾薬を携行出来るだけ持って現地へ向ってくれ。ベラリオーネ、ちょっと耳を貸せ」

 

「な、何ですの?!」

 

 何やら吃驚した様子の彼女に耳打ちする。

 

「(あの教授と海軍局の間を取り持って欲しい。今の話は嘘だ……だが、確実に戦力が足りないのは事実。中心街での民間人救出はもう始まってるかもしれない。とにかく、こいつらと一緒に接触して、あのおっさんを手伝って欲しい。そして、シンウンへの言伝を頼まれてくれ)」

 

「(わ、分かりましたわ!! 色々と状況が動いているのなら、わたくしも動きますわよ!! それで何と?)」

 

「(一度合流地点とは別の場所に浮上してミサイルを一発今から言う地点に撃ち込んでから、その地点と艦隊を隔てるよう攻撃を加えて、再び元いた場所へ戻って欲しいと)」

 

 ベラリオーネにその地点を伝える。

 

「(ど、どういう事ですの? 色々と問題があるのでは?!)」

 

「(詳しく説明してる時間が惜しい。これは少なくとも連中をこのショッツ・ルーから遠ざけられるかもしれない現状で考え付く唯一の手だ。お願い出来るか?)」

 

「(分かりましたわ!! その話、確かにお引き受けしました!! ですが、図書館には?)」

 

「(それはこっちでやる。まだ、随伴の二人がいるからな)」

「(そうなのですか? では、どうか……死なずに戻ってきて下さい)」

 

 とりあえず、必要な事は話した。

 立ち上がって頷く。

 

「ああ、此処まで来て死ねるか」

 

 未だ銃弾の応酬が周囲では続いている。

 

 敵がどれだけいるか知らないが、増援が来る前にどうにかしなければならないだろう。

 

「………」

「どうかしたのか?」

「ありがとう……ございました……この借りは必ず……」

「女に借りを返して欲しい程、男は廃れてないつもりなんだ。一応な」

「分かりましたわ。では、お礼をきっと……」

 

「ああ、楽しみにしてる。じゃあ、オレはこれからあっち側に向う。お前は海軍局と協力して海賊団の方へ」

 

「はい!!」

 

 他の海軍局の人員に道を尋ねて、そのまま施設の裏口から歩き出す。

 

 ドアを開ける前に背中へ声が掛かって。

 

「……今までの無礼と非礼、今度ゆっくりと会う時に謝罪もさせてくださいませ……どうか、貴方の身に海神《わだつみ》のご加護が在らん事を……」

 

 お転婆なおほほ女の祈りは確かにお嬢様のようにたおやかな響きを持っていたのだった。


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