ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第65話「包囲網」

 

「(西部の軍隊だ。後ろから逃げるか?)」

 

「(いや、待て。外もたぶん囲まれているぞ。こっちは現在三人。隠れながら逃げる機会を見た方がいい)」

 

 フラムの声にどうして此処に西部の連中が来たのかと思案する。

 

 聖なる入り江の情報がバレたとは考え難いのだが、明らかに戦車を投入している以上は塩辛海賊団に関する情報から此処に来たと考える方が自然だろう。

 

 そうして、二階の方に逃げようとした時。

 ガンッと何か鈍く殴られるような音がした。

 

『ひ?! ほ、本当だ!! あの海軍局から逃げ出した水夫みたいな奴は図書館の方に来たんだ!! な、なぁ!! 今まで散々に手伝ってきただろう!! 私は裏切り者じゃない!! せ、西部に忠誠を誓―――』

 

 パァンと乾いた銃声が響いてゴトリと肉が地面に落ちる音が響く。

 

「(フン。裏切り者の末路か。まったく、度し難い事だ)」

 

 フラムが侮蔑の表情を作った後、イソイソと二階へと昇っていく。

 

「これからどうする? ぶっちゃけるが、逃げられないぞ?」

 

 訊ねれば、フラムが肩を竦めた。

 

「屋根から狙撃しながら数を減らす。周囲を固めている兵の数は多くない。包囲網に穴を開けたら、そのままロープで屋根から下りて裏から逃亡だ」

 

「分かった」

「リュティ……いつものヤツは持ってきているな?」

 

「はい。おひいさま。純正MUGI100%の細粉25kg全部小分けにして持ってきております」

 

「投擲は任せるぞ」

「はい♪」

 

 今、サラッとえげつない状況になる事が確定したのは聞かなかった事にしておく。

 

 まぁ、相手は軍隊だ。

 

 即効で銃殺されるかもしれないのだから、先制攻撃で致死性の劇物(MUGI)をばら撒くくらいは許されるだろう。

 

 二階から更に上へ昇れる階段があり、屋上には出られる仕様となっていた。

 

 その事に感謝しつつ、上に出た瞬間。

 パパパッと信号弾らしきものがショッツ・ルーの上に幾つか上がった。

 

「ふむ? 撤退? どういう事だ?」

「あ、おひいさま。あの方達、帰っていくみたいですよ」

「やはりか。何かあったな」

 

 そう二人が頷いている間にも夜間にも関わらず喇叭が鳴り響く。

 

 符丁を伝えているらしいが、こちらにはさっぱり。

 

 ただ分かっているのは図書館の屋上から見える範囲で複数の光の列が海岸線へ向っていくという事だけだった。

 

「何とかなったな……」

「何か知っているのか? エニシ」

「少し保険を掛けておいただけだ。時間稼ぎにな」

 

「カシゲェニシ様はやはり、おひいさまにお似合いのお方のようですね」

 

「な、何をいきなり言い出すんだ!? リュティ!!?」

「もう、分かってらっしゃるでしょうに♪」

「な、何も分かってないぞ!? お前は全然分かってないぞ!?」

 

 リュティさんの肩を揺さぶる美少女は必死だった。

 

「あの、そういうのはいいから、とりあえず連絡させて欲しいんだが……」

 

 よく聞いて見れば、もう砲撃の音は聞こえない。

 そして、市街地中心部を照らしていた松明の光も消えていた。

 海賊団や海軍局の人々はどうなっているのか。

 確認するのが怖く。

 だが、それでも行かないわけにもいくまいと。

 今更に震え始めた足に拳を振り下ろす。

 

「どうかなさいましたか? カシゲェニシ様」

「いえ、ちょっと今更に身体が安堵しちゃったみたいで」

 

「そうですか。そうですよね。色々あったようですし。あ、少しだけ休憩を取りましょう。おひいさまもよろしいですね? あまり根を詰めては感覚や勘も鈍りますし」

 

「まぁ、いいか。一端、休憩としよう。五分で済ますぞ」

「はい♪ では、此処でお作りしますので」

 

 リュティさんがずっと片手に持っていたトランクを開いて、何やら内部に仕舞い込まれていた包み紙からパンを取り出してナイフで切り分け、ササッと大瓶を幾つか取り出して中身をスプーンで掬い取って塗り始めた。

 

 別の包みから取り出されたハムらしきものが薄く切り落とされ、パンに柔らかな色を月明かりの下加える。

 

 最後に小瓶がササッとサンドイッチの上で振られ、パラパラと香辛料らしきものがが舞い落ちた。

 

「どうぞ。お手製のサンドイッチです。あ、カシゲェニシ様にはもう一品お作りしますね」

 

 リュティさんから手渡されたサンドイッチを齧っていると。

 フラムが何やらホッとした様子で月を仰いでいる。

 

「そう言えば、どうしてそっちは夜の図書館なんかにいたんだ?」

 

「ああ、それはおひいさまが津波の惨状を見て、他の方をショッツ・ルーの地方の方へ偵察に出したからです。カシゲェニシ様をお探しするとしてもこの災害時、大勢は目立ち過ぎると。それで警備が手薄で電信設備があり、周辺の通信を傍受可能な上、高台で安全な場所という無理難題なキャンプ地点を探していたら、此処がピッタリだったらしく」

 

「リュティ。余計な事は喋るな」

 

「はい♪ あ、これ津波被害で周辺住民の方に無量配給されてたアンチョビを使ったソースです。生野菜が無いのは痛いですが、魚の燻製と良い油があったので一緒にどうぞ。塩加減は控えめにしてあるので」

 

「あ、はい」

 

 普通のもいいが、魚の燻製にアンチョビと油を使ったソースが絡んだのも口に入れると中々のものだった。

 

 そう言えば、ショッツ・ルーでもあまり魚はお目に掛かれない。

 

 基本的には生かしたまま運んで来るのが難儀なので寒風や温風で乾物にしたものが主だ。

 

 その上、腐ったものが食べらたらザックリ即死してしまう体質らしいので発酵食品なんてチーズくらいなものだった。

 

 魚介系の醗酵食品の一つである塩辛や魚醤などはまるで無縁だった事を考えれば、初めてシーフード系の料理をこの夢世界に来てシッカリと食べた気がする。

 

「魚の風味がいいですね」

 

「はい。これで何か炙った野菜か何かがあれば良かったんですが」

 

「今はこれで十分。帰ったら、完全版を作ってくれると嬉しいです」

 

「あ、はい♪」

 

 いつ見ても和やかなリュティさんの表情に少しホッとした。

 

「オイ」

「?」

 

 何やらこちらを真面目な顔でフラムが見ていた。

 

「……貴様、一度か二度死んだな?」

「死んでない。めっちゃ痛い思いはしたがな」

 

「めっちゃ? とにかく服がボロボロだぞ。その上、血が付き過ぎだ……返り血もあるな」

 

「……さっき、海軍局で西部の兵隊と戦ってきた。命が掛かってたとはいえ、殺したからな」

 

「カシゲェニシ様って、そんなにお強かったですか?」

 

 何も変わらぬ様子でリュティさんが目をパチクリさせる。

 

「普通なら死んでるところですが、どうやら御主様の贈り物ってやつが助けてくれたみたいで……」

 

 フラムが目を細める。

 

「御主……オルガン・ビーンズの一件での戯言の話か?」

 

「ああ、武器の使い方や戦い方が身に付いたらしい。自分で言っておいてなんだが、胡散臭いよな」

 

「まぁ!! 何が何やら分かりませんが、唐突に戦闘技能が身に付くなんて、まるで空飛ぶ麺類教団の言う託宣や啓示のようでございますね。おひいさま」

 

「……エニシ。貴様、本当に空飛ぶ麺類教団と何も関わりが無いのか?」

 

「随分と前から言おうと思ってたんだが、実際その教団てどんな教義してるんだ?」

 

「蘇生、神罰、啓示、託宣、教化、合一、救済。七つの教えからなる総合宗教だ」

 

「総合宗教?」

 

「大昔から我が国一帯の国教として栄え、その信徒はオリーブ教程の数ではないにしても、世界各地に点在する。オリーブ教は東部全域何処でもいるが、教団は西部にも支部が複数在る。また、その遺跡の管理者としての立場から優秀な技術者や技術そのものを民間に下ろして、国家や地域レベルでの技術発展を促進している団体でもある。電信も元々は教団が東部一帯に広めた技術だ。社会福祉への貢献も抜群で身寄りの無い年寄り、子供は国家か教団の孤児院や養老院に入るのが普通だ。戦傷者や病人、怪我人も無償で治しているしな。原資は全て教団が拠出している」

 

「とんでもない規模だな。どうやって運営費賄ってるんだ?」

 

「言っただろう。技術者と技術そのものを広めているのは教団だ。だから、教団からの支援無しには最新鋭の技術の産物は設備も満足に揃えられない。維持管理も然りだ。電信は比較的新しい技術ではあるが、もう二十年は前に開示されて周辺国にもそこそこ国家お抱えの技師がいる。だが、それ以外の最先端分野になるとお布施無しには技術を維持出来ない」

 

「例えば?」

 

「冷蔵庫というのが家にあるだろう。アレは最先端の部類だ。アレを広めながら現在の教団は東部の多数の国で多額の利益を得ている」

 

「本部は共和国にあるんだろ? それなのにいいのか?」

 

「いいんだ。他国も教団に関しては決して非難出来ないからな。そもそも教団は教えを請われれば、何処にでも技術を広めに行く。ただし、自分達の行動を制限しようとする者には非寛容だ。これは我が国でも同じ。だから、国家も軍も教団に利益を供与して技術の発展は図るが、他国に行って技術を広めるなという類の話は絶対にしない」

 

「……で、その蘇りにオレが当て嵌まると」

「そうだ。貴様が救世の御子であろうはずもないがな」

「救世の御子?」

 

「教団の教義の一つ。()()は大まかに一人の男が空飛ぶ麺類によって光臨する事を指す。これが戦乱を治める為に戦い死んだ後、再び生き返るのを()()と言う」

 

「シュールな図だな。空飛ぶ麺類て……」

 

 溜息一つ。

 

 フラムがリュティさんから渡された瓶から水を飲み干して立ち上がる。

 

「お喋りは此処までだ。まったく、人のいない間に死に掛けるな。いいか? エニシ」

 

「じゃあ、護ってくれ」

 

「ああ、護ってやるとも!! 我が祖国と軍人の誇り、貴様との約束に掛けてな!!」

 

「あ、おひいさま。また信号弾が」

「ふむ」

 

 空を見上げるとまた確かにカラフルな信号弾が打ち上がっていた。

 

「東部式のは大体、何処も同じだが……アレは……たぶん、海岸線に集まる、のような意味だろう」

 

「海岸線!? マズイな……」

「どうした?」

 

 フラムの言葉に時間が差し迫っているのを伝える事にする。

 

「さっき言った潜水艦との合流地点は沖だ。聖なる入り江に行くなら、普通の船じゃ途中で西部の連中に補足される。だが、まだ電信でお前の上司に連絡もしてない」

 

「どうする? 海岸線を固められたら、遠回りで別の地域から行く事になるぞ」

 

「……陸に海賊団を閉じ込めるつもりなら、陸上戦力はまだ本格的に侵攻してこないって事だが……フラム……」

 

「何だ?」

「帰りもあの飛行船使うんだよな?」

「ああ、そうだが」

「ちょっと、頼まれてくれ」

「?」

 

 前に進めと過去の誰かも言っていた。

 

 もう後ろに下がるという選択肢はこの状況下では無い。

 

 ならば、後は考え付くだけ策を弄してみようとフラムに提案を持ち掛ける事にした。


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