ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第68話「夢よりも深く」

 その海面の上空に到達した時点で何も起らないとすれば、確かに遺跡は沈んでいるのだろうと考えるのは妥当だった。

 

 しかし、それでただ黙っているというのも出来ない話だろう。

 入り江には女性が必要との話を信じるならば、せめて海水の下に潜る事くらいはするべき。

 

 そう考えて、予め飛行船に詰まれてあった潜水用のスーツと大きな酸素ボンベを使うというのは普通に有りのはずだ。

 

「じゃあ、行ってみるか」

 

 その言葉と共に頷いた女達に男達。

 

 ショウヤ、ゼンヤ、ベラリオーネ、ベルグ、エービット、フラム。

 

 自分も含めれば七人の調査隊は四苦八苦しながらも何とか着込んだダイバー用のスーツ姿で水面真直の飛行船から海中へと飛び込んだ。

 

 泳げないベラリオーネは本当のところ残しておきたかったのだが、本人が言ってきかなかったので泳げる弟のベルグが紐で姉を自分に固定して連れて行く事となった。

 

 酸素の残量は30分。

 それまでに何かしら確認しなければならない。

 

 もし遺跡が数十m以上底に沈んでいれば、潜れる者だけが其処まで行くという事前の話はしていたが、海面下の情景をゴーグル越しに見た刹那。

 

 全てが必要無かった事を悟る。

 たぶんは十数m下に砂浜があった。

 いや、正確には砂浜だった場所、だろうか。

 

 栄養が豊富な海ならば、もっと透明度は低いかと思っていたのだが、クリアーな水中に驚く。

 

 それよりも更に異様だったのは生物の類が一匹も……海星《ヒトデ》や岩肌に付着するような類の珊瑚すら見えないという事だろう。

 

 そういうのに鈍そうなフラムは平然と砂浜まで潜り。

 

 他の者達も酸素ボンベを背負いながら、その重さを使って下まで降りていく。

 

 ふと―――砂浜に降り立った瞬間。

 ゴーグル越しの世界の色が変質した。

 まるで映像の色を反転したかのような異質な外界の中。

 何故か砂浜の一部と降り立ったエービットのみが普通の色を宿している。

 

 ザリザリとノイズのようなものが脳裏を掻き回して、瞬き一つ分の間に情景は元に戻っていた。

 

 自分の身体に起っている異変。

 それがどういう意味を持つのか。

 

 まるで分からなかったが、砂浜の一部にとりあえず女性を置いてみようとベルグに指示してベラリオーネを色の変わらなかった部分に立たせる。

 

 刹那、ゴォンと水中に何か大きな音が響いた。

 

 同時に今までいた砂浜の周囲に真下から網目状の壁のようなものが迫り出して、グラグラと水中が揺れ始める。

 

 砂浜に思わず腰を打ち付けた全員がきっと海上の光が近くなった事に気付いただろう。

 

 それでようやく自分達のいる場所が上昇しているのだと理解したはずだ。

 

 砂浜の外へ海水が流れ出したが、誰もが金網にも思える壁に張り付けとされて海中へと放り出される事は無かった。

 

 たぶんはそんな状態が三十秒程。

 

 そして、海水が掃けて白い砂浜が海上に顔を出し、牢獄のように壁に囲まれた場所の中央で大きな直径で2m程の円柱が迫り出したのを全員が目撃した。

 

 ベラリオーネはどうやら一連の衝撃で目を回したらしく。

 ベルグに抱えられて壁の傍で介抱されている。

 

 酸素ボンベに繋がっているマスクを外し、浮上した入り江の中。

 

 エービットがひょこひょこと歩いて円柱の傍まで近付いていく。

 

 何とか体勢を立て直してフラムと共にその背後まで行くと。

 迫り出した円柱がよく見えた。

 

 真白いソレは石のように見えて薄く日の光を照り返す鋼のような光沢を持っている。

 

「フラム。ちょっと武器貸してくれるか? さすがに何があるか分からないからな」

 

「水中銃でいいか?」

 

 銛状の突起の付いた杭を打ち出す仕組みのソレを左右に下げていたフラムが片方を渡してくれる。

 

「ああ、これでいい」

 

「おお、これが……これが聖なる入り江の本当の姿か……まさか、この入り江自体が装置の一部だったとは……中々、面白い仕掛けだ……」

 

 喜色を湛えたエービットが円柱に触れようとする前にその背中に水中銃を突き付ける。

 

「どうしたんだ? カシゲェニシ君。これは何の真―――」

 

 先端を背中に僅か突き刺す。

 

「オイ。アンタはどうして此処にいる……」

 

「はは、何を言うかと思えば、私は最初からあの飛行船に乗船していたじゃないか。何を言っ―――」

 

「エニシ。どういう事だ? この男は最初から飛行船に乗っていただろう?」

 

 こちらの様子に思わずゼンヤとショウヤ、ベラリオーネが驚いた様子になっていた。

 

「思い出せ!! エービットは今現在、陸で民間人の避難中だぞ!!!」

 

「「「「「?!!?」」」」」

 

 誰もが自分の記憶の齟齬のようなものに顔を顰めて、頭を抑える。

 

「……まさかまさか、いやぁ……これで大抵は誤魔化せてきたんだが、どうやら君は違うらしい」

 

 振り返ったエービット。

 

 いや、エービットとは似ても似つかない白髪をオールバックに撫で付けた見知らぬ老人が笑う。

 

「遺跡の力だな? お前は誰だ。詐欺野郎」

 

「ははは、何ともまぁ……人の記憶を弄るのは難儀するが、意識上の繋がりを絶つのは小型の機器でも出来るものなんだよ」

 

「ッ―――フラム!! こいつが何かしそうになったら迷わず頭を狙え!!」

 

「あ、ああ!? く、この気持ち悪さ。何故、私はお前を不審に思っていなかった……」

 

 フラムが銃を突き付けるのを確認してから相手に退くよう言って円柱に触れる。

 

 すると、そこで円柱が中央から重い音がして、上下に開いた。

 噛み合わせは歯車のようで。

 

 開いた円柱の中央には小さな赤いボタンが置かれた台座が据え付けられている

 

「これが……遺跡の力……地殻操作用核パイル群のボタンか」

 

「ほうほう? まさか、そこまで分かるとは……もしや君はあの当時の人間か?」

 

「どの当時なのか後でジックリ聞かせて貰おうか。こいつを調査してからな」

 

 老人が苦笑していた。

 

「君もどの時代にせよ。あの頃の人間なら分かるだろう? 分断された領土。高騰する塩の価格。国家があの絶望の流星群に蹂躙され、月から降る光が全てを焦土に変えていく……」

 

「こいつ? 一体何を……」

 

 フラムが怪訝な顔で銃の引き金を僅かに強く押さえる。

 

「これは委員会が持っていた最古にして最新の暴力だった。使われた時代に運悪く生きていた私のような人間にとってみれば、悪魔のような兵器。いや、テラフォーム・インフラとここは言うべきか」

 

「惑星改造?! SF過ぎるだろ?! まさか、これも塩の化身の力と同じ類の……ッ?!」

 

「おお、その話が分かるとは中々、愉快な時代に生まれているようだ。こいつはあの聖塩《せいえん》の出所を造った大本の装置だ。海洋の大汚染は委員会がこいつを手に入れたから実行されたという噂もある。我々のような【旧世界者《プリカッサー》】にとってみれば、正しく憎悪すべき装置というわけだ」

 

(こいつ?!! ペラペラと新しい情報をッ?! 惑星改造用のインフラに旧い時代の話……委員会という単語……あのゴミ山の大型端末で見た時代の事なのか?!)

 

 ニィィッと男が唇の端を吊り上げて、歯を見せるように笑う。

 

 その歯が強く食い締められているような印象を受けて、僅かにフラムの背後。

 

 空の先に黒い何かを見付け―――。

 

「フラム!? そいつから離れろ!!!」

 

 銃を捨てフラムを抱くようにして、その場から走る。

 

 それと同時に老人が円柱に駆け寄り、その根元で何か手を動かして。

 

 同時にガシャンと今まで周囲を覆っていた網目状の壁が下に落下して消え失せた。

 

「全員、この砂浜から逃げろ!! 攻撃が来る!!」

 

 そう指示して急いで砂浜から海中の方へと走る。

 

 全速で海に向かう間にも空の果てから黒い物体が近付いていた。

 

 そして、それの方角から砂浜を何かが穿ち。

 同時に銃声。

 

(やっぱり、ドローンの類か?!! クッソ?! 飛行船に戻ってる間に撃ち殺されるか!? 海中に逃げるしか!?)

 

 生憎と重い酸素ボンベは誰もが砂浜に置いている。

 背後から笑い声が響いた。

 

「残念だが……ここでお別れのようだ。我々は西部の連中に是非とも此処を取って貰わねば困るのでな。生憎ともうUAVが飛行船をロックオンしている。さらばだ。旧い時代の友人よ……いつかの時代にまた会おう。もし君がまだ身体を残してれば……だがね? おっと、この出会いは無かった事になるんだったな、ふふふ……全てはあのお方の御心のままに!!! 平和よ!! 永遠なれ!!!」

 

 老人のにや付いた声に相手が逃がす気は無いと悟る。

 だが、それで諦めてしまえるような今ではなかった。

 隣にはまだ出会って数ヶ月の少女がいる。

 自分を少なくとも守ると言ってくれた相手がいる。

 それを死なせる事など、死んでもごめんだった。

 拳を握って、海面に向けてジャンプした瞬間。

 

 不意に空の彼方から飛んでくる黒い何かが途中で空から降ってきた光の柱。

 

 たぶんは自分にしか見えないのだろう波長のソレに貫かれるのが見えた。

 

 同時に爆発が空中で起こり、慌しく他の仲間達が海中へと飛び込んでいく。

 

「な、何だ?! 何が起こった!!? ドローンが消失?! く?! 狙撃か?!」

 

 老人が狼狽している間にも今度は遥か空の果てに再び光が降り落ちた。

 

 かなりの規模の爆発が起こって、数秒後には爆音が響いてくる。

 

「UAVを打ち落とした?! 何だ!? 何が起こっている?! く!? その攻撃を止めろ!!?」

 

 老人がこちらへ横に転がっていた水中銃を向けて発射して、その衝撃に背後の円柱にぶつかる。

 

 運悪くと言っていいのかどうか。

 猛烈な痛みが太ももを襲う。

 どうやら貫通したらしく。

 溺れそうになるも、フラムがこちらを立ち泳ぎで支えてくれた。

 

「エニシ?!! く、潜るぞ!?」

 

 男の射線から外れるのが第一だと海中へと引っ張り込もうとしたものの。

 

 体重が重くなっているとの話は本当だったのか。

 すこしモタついた。

 

 その合間に素早く二つ目の銃を拾い上げた老人が二発目を撃とうとした瞬間。

 

 今まで見た中でも最大の光の柱が空から砂浜に落ちた。

 瞬間、蒸発した海水が蒸気となって周囲を吹き抜け。

 

 老人のいた中心地点が圧倒的な熱量に沸騰して柱が溶解していく。

 

「あがぁあぁ―――」

 

 一瞬の出来事。

 

 絶叫を上げ切る前に老人は燃え上がり、光の中で融解した。

 

「く?! 光が、落ちてくる?!!」

 

 フラムにもどうやら出力の関係で見えたらしい。

 

 一瞬にして全てを灼熱の溶鉱炉と化して光柱が消え去ると。

 

 後には熱された砂浜だったものだけが残った。

 

「エニシ!? 大丈夫か!? 何が何やら分からないが、今のはお前がしたのか?!!」

 

「違う……アレは塩の化身の力だ……っぐ」

「エニシ?!! チッ、手元に何も無い。傷を見るからな!!」

 

 ゴーグルだけを掛けて潜ったフラムがどうやら患部を触っているらしい。

 

 ズキズキと灼熱した傷口からの衝撃に気が遠くなる。

 

「今、銛を引き抜いた!! 後は治るまで待つだけだ!!」

「……気、失っていいか?」

「此処で死にたいならな!!」

「はい。頑張り……ます……」

 

 それからの数十秒。

 

 ジッとしている合間にも次々に砂浜から脱出した仲間達が集まってくる。

 

「カシゲェニシ!? 大丈夫ですの!?」

「止血は必要か!! すぐに飛行船の方へ!!」

 

 ベラリオーネが心配そうな顔で傍に来て、ゼンヤが息子に指示を出して左右から肩を貸そうとする。

 

 それを断って、拳を握り締めて瞳を閉じる。

 そうして、待っているとフッと痛みが消えた。

 

「どうやら、傷は治った。今はそれよりもまず円柱がどうなってるのかを確認―――」

 

「残念だが、あの光が落ちて全部融けたようだな。アレは一体……お前の力なのか?」

 

 ゼンヤに曖昧な笑みを浮かべて。

 

 まだ痛みから来る強張りが解けない身体で再び砂浜の端へとフラ付きながら上がる。

 

「手掛かりゼロ、か。クソッ……こうなったらもう西部の連中とガチンコに……」

 

 頭痛がした。

 先程から色々な事が起こり過ぎたせいか。

 意識が急激に現実から遠ざかっていく。

 

 だが、その全てが落ち切る前の状態で意識は明瞭に冴え渡り、周囲の風景が変容する。

 

 水底。

 

 そう、水底と言うべきだろう。

 それがどうして聖なる入り江の地下だと分かったのか。

 

 まるで知らないはずなのに知っているような感慨を覚えるのか。

 

 何一つ定かではなかったが、一つだけ確かな光景を見る。

 

 聖なる入り江。

 それは巨大な鋼の如き杭の真上だという事だ。

 

 全径25m程のソレは下に細長く細長く地殻の奥深くへと続いている。

 

 だが、そんなものを見たからと言って、干渉出来なければ何の意味も無い。

 

 そして、その唯一の手段と思われたボタンと柱は失われたのだ。

 

 これでどうしろと言うのか。

 

【プロジェクト・モホール】

 

「何?」

 

【M資金】

 

「誰だ?!」

 

【悪魔の爪】

 

「何が言いたい?!」

 

【アルザレト】

 

「何なんだ!? 一体、お前は!? 誰なんだ!?」

 

【獅子と一角獣】

 

「ぐ、何を……教えたいんだ?!」

 

【新たなる聖櫃】

 

 何かが渦巻いている。

 

【モノシリック・テンプレート】

 

 海の底のパイルが波打っている。

 

【XKクラス・シーリング】

 

 世界の果てからも聞こえる波の音を封じるように。

 

【ロスト・カノン】

 

 全てが終わるその日まで閉じ込めるように。

 

【アトラス・パイル】

 

「ぅ――――――」

 

 頭痛は頭痛ではない。

 

 そう、これは少なくとも痛みではないのだと理解するのに十秒は掛かった。

 

 これはそう……疲労だ。

 

 無理やり徹夜で辞書を丸暗記させられたような、脳髄の疲労。

 

 だが、少なくとも、それが今の自分には簡単に克服出来るものだと分かっている。

 

 分かっているから、歯を食い縛る。

 熱でダレたハードディスクを酷使するようなものだ。

 冷めれば、やがては全てが納まる。

 フッと意識が明滅した。

 これが断絶なのか。

 あるいは再起動なのか。

 それはすぐに後者だと分かる。

 薄っすらと水底に光が見えた。

 分かる。

 分かってしまう。

 

 それは……初めてソレが使用されてから一度も使われていない外部からの強制起動用端末。

 

 調べたのだ。

 誰かが、その記憶が、脳裏には存在している。

 

 水底。

 

 水深343m地点。

 

 耐圧ハッチを開けば、片手で掴みながら、そのまま回せる方式のスイッチがある。

 

 その横にあるタッチパネル式の範囲指定用端末にはもう全てが記されている。

 

 そうだ。

 誰かが書き込んでおいたのだ。

 

 それをいつか来る最後の生贄の為に……残しておいたのだ。

 

 捧げられた憎悪に抗えず。

 やがて、全ての破滅を望む者の為に。

 その範囲を確認した時。

 

 ようやく、ツルリとしたパネルの表面に映った顔を確認する。

 

 前髪で全ては見えない。

 だが、皺の刻まれた顔と蒼の隻眼。

 それはきっとあの図書館の最奥で声を響かせた誰か。

 

『……今、行く……幸せな人生だった……』

 

 それはきっと男が最後に呟いた言葉。

 酸素が切れ。

 

 水底へと沈んでいく男は小さな白い箱を抱き締めて瞳を閉じ、見えなくなった。

 

――――――シ。

 

 ハッと目を覚ました時。

 肩を揺さぶられていた。

 

「エニシ?! どうした!!? エニシ!!」

「フラム、か?」

「カシゲェニシ?!! どうしたのですか?!」

 

 近寄ってくるベラリオーネが数m先に見えた。

 

「お前……何を見ていた? 何も反応示さなくなっていたんだぞ!?」

「あ、ああ、ちょっとな」

「無反応がちょっとで済むか!!?」

「それよりも聞いて欲しい」

「何だ?」

 

「たぶん、西部の連中にこっちの居所がバレてると考えていい。あのクソジジイが西部の連中どうたらって言ってただろ。それにあの爆発を偵察機なんかが感知してたら、確実にそいつらは此処にやってくる。だから、今の内に飛行船で内陸部の方へ逃げてくれ」

 

「逃げてくれって……お前はどうするつもりだ?!」

 

「ちょっと野暮用が出来た。これからこの砂浜の下の遺跡を起動しに行く」

 

「な?! そんな事が出来るのか!?」

 

「ああ、こいつを使って生贄をさせてた奴はいつか復讐を誓う生贄が出るのを考えて、そいつの為に遺跡の活用方法を残してた。それがたぶんは今の状況で役に立つ」

 

「それは連合を逆に危険へ曝すのではないのか?!」

 

「そうだな。昔ならそうだったろうが、この状況で西部の連中に連合を諦めさせるとしたら、この方法しかないって考えていい」

 

「……信用出来るのだろうな?」

 

「ぶっちゃけるが、かなり危ない橋だ。ただ、死人の数や地政学的な話を考慮しても大分マシなはずだ。共和国にとっても今後の事を考えるなら、かなり経済的にプラスな話だぞ」

 

「経済的に?」

「西部の連中に降伏勧告を出す役目を海賊団にはして貰いたい」

 

 ゼンヤがショウヤと共に傍に来ていたが、さっぱりという顔だった。

 

 たぶん、この場で起こっている事に全然頭が追いつけていないのだろう。

 

「我々はどうしたらいい? そもそも遺跡は崩壊したんじゃないのか?」

 

 ゼンヤに砂浜は遺跡の一部だと伝えて、今後の予定を話してやる。

 それを聞いた誰もが目を丸くしていた。

 

「そ、そんな事が可能だと言うのか?!」

 

 食って掛かりそうな勢いのショウヤに頷く。

 

「ああ、生贄を始めさせた男が復讐者に残したのは生贄を続ける者達に対する罰と償いだ……だが、遺跡の力は死人が極力出ないように調整してある。これが次代の者に残せるギリギリの選択肢だったんだろう。西部の連中が海を渡ってしか、この国を攻められない以上……この遺跡の最後の起動で全てがご破算になるのは免れない」

 

「……俄かには信じられないですわね……それにもし成功したとしても、この国は……」

 

 ベラリオーネが沈んだ表情になる。

 

「此処でシンウンが西部の船を全部沈めても連中は諦めないぞ。である以上、物量差では覆しようの無い壁を作る事でしか、西部からの侵略は止められない。人的資源も無い中小の海軍国が大国を相手に十年戦争したら、どうなると思う? 占領された後に駒として使われたくないなら、ある程度の変化は許容するべきだろ」

 

「言ってくれる……」

 

 ゼンヤが苦いものを飲み込んだ顔をしていた。

 

「それに海が大切だと思うのは人間だけだ。この遺跡が奇跡のようにソレをするならば、アンタらは百年、千年掛けて、また新しい海を大切にしていけばいい」

 

 連合組みが何かを決断したように顔を上げるのを確認して、フラムに向き直る。

 

「後は頼んだぞ。フラム」

「………分かった。ちゃんと帰って来い。いいな?」

「ああ、勿論だ」

 

 砂浜から歩き出して海中へと向かう。

 その背中に声が掛かった。

 

「カシゲェニシ!! 大丈夫ですの!?」

 

 その声には不安が付き纏う。

 しかし、それに返す言葉は一つしかない。

 

「先に戻っててくれ。後、全部終わったら、捜索を頼む。何処かで動けなくなってるかもしれないからな」

 

「ッ」

 

 止めようとしてくれたのだろうか。

 足音がこちらにやってきそうになるが、それを聞き慣れた声が遮る。

 

「行かせてやれ」

 

「あ、貴方の恋人なのよ!? それを死なせていいって言うの!? わ、わたくしはこんな風に祖国を助けられたって嬉しくな―――」

 

 パシンと肉を打つ音がした。

 

「それ以上、駄々を捏ねてみろ。あいつへの侮辱を口にしてみろ。次は貴様の頭に風穴を開けるぞ。小娘」

 

 フラムの声に何だか嬉しくなって「ああ」と苦笑する。

 

「あんまり物騒な事するなよ。仲良くやってくれ。じゃあな」

 

 海に飛び込む。

 

 水泳なんて習ったことは無かったはずだが、身体は素直に水へと慣れ。

 

 潜るのに苦はなくなっていた。

 旧い世界が終わる。

 その引き金を引く。

 まったく、単なるゲーマーにはきつい話に違いなかった。

 深く深く、水底へと落ちていくのに心は軽く。

 

(帰ったら、全員にロールキャベツでも食べさせてみるか……)

 

 ふとした思い付きに笑みがこぼれた。

 死にに行くような状況だと言うのに身体は震えない。

 

 こうして、未来と言うには少しばかり低俗な日常の為に水圧との戦いが始まった。


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