ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第7話「林檎の理」

「………」

 

 無言でパタリと倒れ伏し、一人切りとなった事を確認して。

 その白いシーツの敷かれたベッドへ横になる。

 

 もう、お婿に行けない。

 

 洗われてしまった。

 

 夢の中だと言うのに容赦ない攻撃を受けた。

 日本男児の底力を見せ付ける暇も無い撃沈だった。

 列島は不沈空母なんて嘘っぱちだ。

 

 少しずつ諸島部からジワジワと侵略され、その度に遺憾の意を伝えても相手は一切の仮借なく攻め立ててきた。

 

 世界とは理不尽なものであり、自分は理不尽を味わった。

 

 今はそれでいい。

 情けないとか。

 メソメソしないとか。

 微笑みが逆に痛いとか。

 

『大丈夫ですよ……』というのが何を意味するのか知らない方が人生は豊かに過ごせるかもしれない。

 

 とりあえず、とりあえず、言いたい事は一つだけだ。

 起きたら、汚れてないといいなぁ……。

 

「ハッ!?」

 

 意識がそのまま沈み込んで消える寸前だったのを立て直す。

 とにかく。

 なにやら。

 夢なのに夢じゃない。

 夢だけど夢には思えない。

 でも、やっぱり夢だとしか感じられない。

 そんな今をどう生き抜くべきか。

 

「人間とは考える人である、と」

 

 今までの情報を脳裏で総合的に思考してみる。

 ラノベ風にあらすじを流すとすれば、こんなところだろう。

 

 ド田舎で寝ていたらラノベ風な夢世界で第三帝国風美少女に野蛮人扱いされつつ嫁に出来る事になったのだが、とか。

 

 このオレが二次元嫁に付いてきたメイドに一生ものの秘密を握られてしまうわけがない、とか。

 

「やめよう……」

 

 真摯にゲシュタルト崩壊しそうな気がしたので無駄な思考を止めて大人しく枕に頭を埋める。

 

「おい。エニシはいるか」

 

 バンッと勢いよく扉が開いた。

 

 純洋風な一室はビロード?のようなものが敷かれており、寝台はキングサイズで天蓋付きの代物だ。

 

 庭に面した一番良い客室からは月に照らされた庭の少し幻想的な様子が映し出されている。

 

 そんな中に何やら髪が少し濡れた外人美少女がやって来たのだから、僅かに喉が鳴ってしまうのも仕方ない事だろう。

 

「えっと、ドウカシマシタカ。フラム・オールイーストさん」

「一々、もうさん付けする必要は無い。貴様に私を呼び捨てる権利を与えよう」

「じゃあ、フラム。何か用か」

 

「く、今更に撤回して、愛用のオートマチックを弾倉ごと叩き込みたい気分なのだが、受けてくれないか?」

 

「遠慮しておく」

「………明日、お前を前線に連れて行く」

「戦争してるんだったな。ごはん公国と」

 

「ああ、そうだ。我々レギオン・ガーブスは現在、連中の柔らかい腹に食い付いている状態だ。前線では将兵達が自らの命を燃やして戦っている。城砦を一つ抜ければ、奴らの第四都市を占領するまですぐだろう」

 

「何しに行くんだ?」

「前線を見せるとベアトリックス様が言っていただろう」

「無理して見たいものじゃないから、止めないか?」

「処分するぞ」

「……行きます」

「それでいい。地図をくれてやる」

 

 横に座った未だに白い外套姿のフラムが懐から取り出した地図を寝台に広げた。

 胡坐を掻いて、覗き込む。

 

「これがごはん公国とパン共和国……か」

「そうだ」

 

 その地図には海岸線と大きな二つの国。

 そして、小国らしき領域が複数在った。

 

 南部にはパン共和国の文字。

 北部にはごはん公国の文字。

 

 小国の二十倍以上の広さから見て、大国なのは疑いようもない。

 

「我が国の首都は此処。そして、連中の首都は此処だ」

 

 首都から首都までの距離は小国が40個分程。

 だが、一番気になったのはパン共和国の首都が海岸線からかなり離れていた事だろう。

 

 あの日本のシンボルタワーに酷似したNAT(ナット)HES(ヘス)ツリーがあるのは海岸線とは真逆、反対側の内陸部国境も近い一角。

 

 縮尺が分からないと何とも言えなかったが、それにしても海までかなり遠い。

 

「この首都からどれくらい行くと海岸線沿いに出るんだ?」

 

「やはり、そんな事も知らないのか。正確な距離は首都の端から3993kmくらいだったと思うが」

 

「さ……そうか」

 

 やっぱり夢は夢。

 

 一瞬、現実とごっちゃのローファンタジーを思い起こしたのだが、猿が席巻する惑星を舞台にした映画なんて古典を先日見たせいだろうと忘れる事にした。

 

「我々は現在、ごはん共和国の此処。第四都市、おにぎりを制圧する事を目標にしている」

 

「おにぎり……」

 

 細く白い指が首都から少し離れた場所。

 

 たぶん、数百km程離れているだろうごはん公国の国境から少し入った場所にある確かに三角形の形をした地域を指差した。

 

「我が軍はその途中にあるNINJIN城砦、此処を攻略し、山岳部の迂回ルートを制圧する事で兵員を安全に相手国の穀倉地帯に送れるようになる。おにぎりは主要目標ではあるが、穀倉地帯からKOMEを集める為の重要な主要運搬ルートであり、此処を攻め落とさなくても、孤立させるだけで相手の物流は麻痺。建て直しに数ヶ月は掛かるだろう。此処以外からだと全てのルートが我々の脅威を避ける為に北寄りにならざるを得ず。相手の継戦能力は確実に半減する」

 

「つまり、その一番重要な前線に向かうと」

「そうだ」

「行かなかったら?」

「処分する」

「行ったら?」

「守ってやる」

「ちなみに銃とかで撃たれたりする可能性は?」

「あるな」

「前線の何処まで行くんだ?」

 

「城砦は山岳部の山側を背にして建造されている。また、周囲には深い森があって、行軍には不向きだ。土木工事なんぞしていたら、赤子が老人になるな」

 

「つまり?」

 

「安全に見たいなら、森のルートを行ってやる。だが、早く終わらせたいなら、危険な正面のルートへ行く事になる」

 

 城砦地点の付近を指差しながらフラムがぶっきらぼうに答えた。

 

「安全なルートでお願いします」

「貴様は死体に慣れているか?」

「慣れてない……」

「では、森の中では震えて後ろに付いていろ」

「そうしよう」

「これで粗方は話したな……ふむ。此処からは尋問だと思え」

「分からない事は何をしようと答えられないんだが」

「……もし、お前だったなら、どうやってこの城砦を攻略する?」

「どんな城砦なのか詳細も分からないのに簡単に言えるはずないと思わないか?」

 

「城砦は城砦だ。分厚い石とアスファルトで埋められた壁。巨大な迷宮の如き罠だらけの塹壕。周囲の森には無数の狙撃手。ついでに塹壕付近には川があって、一時的に浸水させ、堀のように扱う事も出来る。何か劇物を流されただけで部隊は全滅する」

 

「……城砦を砲とかで潰せないのか?」

「砲だと? あんなものでは城砦を打ち崩せないだろう」

 

 その答えに微妙な漣を心に感じた。

 銃や狙撃という単語はあっても、砲が進化していない。

 

 何となく第二次世界大戦くらいの設定を考えていたのだが、どうやら第一次くらいらしい。

 

 拳銃や狙撃銃の類はあるようだが、妙にチグハグな印象を受ける。

 

「森を燃やすとか」

「一年中湿った土と木々が生い茂る場所だぞ」

「迂回ルートで山岳部に向かうとか」

 

「兵站を細長くしたら、即効で狙撃部隊の餌食だな。そもそもそんなルートは無いし、大部隊を送り込めるのは城砦周辺の森林地帯と正面の街道沿いだけだ」

 

「塹壕を埋める」

「敵の真正面でスコップを片手に何をするつもりだ?」

「………相手の兵站を絶つ」

 

「それはもう既にやった。というか、やっている最中だ。少人数編成の部隊を山岳部に送り込んで城砦への補給を絶っているが、山岳部のルートは複数在る。また、山肌の岩自体がかなりの硬度だと判明している。持ち込める量の爆薬ではルートを完全に潰す事も出来ない。精々が嫌がらせだな」

 

「復旧までの時間は?」

 

「どんなに爆薬を持ち込んでも精々が3日以内に復旧される程度しかルートを破壊出来ない」

 

「続けると?」

「敵の大部隊に“掃除”されて終わりだ」

「ちなみにこんな事、聞いてどうするんだ?」

「お前が間諜なら、反応から推測出来る」

「で? 間諜なのか? オレ」

「いいや、間諜ではないな。ただ意外にも理性的な回答で驚いている」

「もう止めていいか?」

「後一つ聞きたい事がある」

 

 これが本命なのか。

 真剣な様子で睨まれた。

 

「?」

「お前は一体、何処の生まれだ?」

「日本だ」

「ニホン。二本? それは何処だ?」

「少なくともここら辺には無いような気がする」

「………いいだろう。これで今日はお終いだ」

 

 切り上げ時だと判断したのか。

 フラムが最後の答えに何も言わず。

 地図を仕舞って立ち上がる。

 

「明日も馬車に乗るのか?」

「そうだ。中継ぎは既に用意させた。二日で付く」

「数百kmはある気がするんだが、その馬車一体どれだけ速いんだ?」

「そんな事も分からないのか?」

「生憎と精神病を疑われてる」

「……明日になれば、分かる」

「そうか」

 

 やり取りにようやく終わりが来るのかとホッとした途端だった。

 ガッと胸倉が掴み上げられる。

 

「―――苦しいんだが」

「リュティに手を出したら、処分ではなく。殺すぞ」

 

 その瞳は限りなく真っ黒だ。

 漆黒の瞳の奥。

 決意というよりは乾いたものがあった。

 

「さっき、トラウマを貰ったばっかりなんですが」

「……もし、何かしたくなったなら、私に言え。家人には誰一人手を出させない」

 

 色気の欠片も無い話だ。

 ゾッとはしないが本気で殺されるだろう事が容易に想像出来た。

 夢の中の美少女相手だから、非現実感からか然して怖くない。

 が、現実だったらかなり冷や汗が流れているのは間違いないだろう。

 

 ただ、このナッチー美少女にも個人として守りたいものがあると言うのが少しだけ好ましく思えた。

 

「手を出すとか。そもそもこの状況そのものをオレが望んでないのは明白なんだが……」

 

 ポイッと胸倉が放された。

 

「いいだろう。今はそれで―――」

「おひいさま~~」

「?!」

 

 ビクッと身を震わせたフラムの背後で扉がノックされた。

 

「どうぞ」

「あ、貴様?!」

 

 ガチャリとドアノブが回されて、風呂上りの髪も乾いた様子のリュティさんがやってくる。

 

 やってくるというか。

 その手には何やら白い刺繍された紐と布の塊が握られている。

 

「ようやく見つけましたよ!! おひいさま!! 風呂上りにそんな軍服なんて着て!! 殿方に夜這いする時は正装と教えたのはこのリュティッヒですが、その格好は頂けません。さ、サイズもピッタリのものを用意致しましたので隣室でお着替えしましょう」

 

「リュ、リュティ!? 今、大事な話をしてるんだ!! 悪いが今日は遠慮してくれ!!」

「まぁ、そうなのですか?」

 

 こちらにメイド長の視線が向き。

 

 ついでに殺意の込められた『同意しろ。分かったな?』という同調圧力が横から吹き付けてくる。

 

「明日の話をちょっと」

 

「そうでしたか。では、お邪魔でしょうから、リュティッヒは下がります。どうか、おひいさまの事をよろしくお願い致します。カシゲェニシ様」

 

「あ、はい」

「?!」

 

 物凄く横から睨まれていたが、すぐに頭を下げてドアを閉めたリュティさんの姿が消えると何やら溜息が吐かれた。

 

「……いつから貴様に面倒を見られる立場になったんだ。私は?」

「とりあえず、疲れたから寝ていいか?」

「そうしろ。私も……もう寝る。今日は散々だ。主に貴様のせいだと自覚しろ」

「悪かったな……」

 

「フン。永遠に目覚めないようにしてやりたいが、軍務上の付き合いだ。精々、明日の為に養生するのだな」

 

 言い捨てて出て行こうとドアノブを捻って外へ出ようとした少女の背中が固まる。

 そして、ギィッと扉をゆっくり戻して閉め。

 寝台に再び腰を下ろした。

 

「帰るんじゃなかったのか?」

「……いるんだ」

「え?」

「一晩中でもいるつもりだ……リュティは……ッ」

 

 恐ろしいものを目にしてしまった様子でフラムが寝台に両手を付く。

 

「ああ、そういう……」

 

 しっかり見張られているらしい。

 

「貴様は左で私は右だ。いいな? 異論は認めん」

「構わない。それでなんだが……その服、さすがに脱いで寝たらどうだ?」

 

「な?! た、確かに自分に言えと言ったのは私自身だが、貴様には遠慮とか羞恥とかは無いのか?!」

 

「そういう意味で言ったんじゃないんだが……」

「ッッ~~~///」

 

 初めて。

 たぶん、初めて少女の頬は赤かった。

 旅人を脱がすのは北風ではなく太陽。

 ならば、少女の頬を林檎のように染めるのは軍務ではなく惚けた話。

 さもありなんと言ったところか。

 

「もういい加減寝させてくれ」

 

 寝台の中に潜り込み。

 言われた通り、左によって体を傾ける。

 

「く……こんな恥辱初めてだ。男を私の寝台に入れるなど……」

 

 モソモソと布擦れの音がして。

 外套やら何やらがバサバサと床に落とされた。

 羽毛製らしい掛け布団の端が少し反対側に引き寄せられ。

 そうして、背後に少しだけ温かいものを感じるような気もする。

 

「逆だと思う……」

 

「黙れ。野蛮人……襲ってきたら、貴様の身の安全は保障するが、貴様の精神の平穏は保障しない」

 

「……おやすみ」

 

 そのまま、無言で瞳を閉じる。

 ようやく、夢は終わるのか。

 意識は溶けるように落ちていく。

 案外疲れていたのかもしれない。

 それがどんなに荒唐無稽な話だとしても。

 

 最後の瞬間。

 

 小さく。

 おやすみ、と。

 聞こえたような気がした。

 

 それはとても小さく羞恥を押し込めるような声だった。

 たぶんは………。


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