ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第75話「脱出」

 

 ポタポタと雨水が滴るジメジメした宮殿の地下牢内。

 

 クラン以外は十把一絡げにされたファーンの家の侍従達を対面の檻に認めながら、黒い外套の幼女が腑に落ちない顔でムスッとしていた。

 

「某が一体、何をしたというのでござろう!?」

「主にお前のせいで罪状が加算されたっぽいんだが」

「ほう? どのような?」

 

「つーか……暗器と銃器と違法食材の粉末をキロ単位、各種小型の刃物類が十六本て……その身体でよく持ち歩けるな」

 

「備え有れば憂い無しでござるよ? エニシ殿」

 

 ニコニコ言われて、ああこいつは本当に心底ペロリストなのだな、という感想を喉の奥に飲み込んでおく。

 

「その能天気さを見習いたいところだが、状況によるだろ」

「ふむ……ファーン殿」

 

 百合音が視線を褐色美女に向ける。

 

「何でしょうか?」

「こういう事しそうな政敵に心当たりは?」

 

「一つだけあります。この宮殿域に影響を及ぼせる。その上、書類やら罪状やらでっち上げ、この時期に仕掛けてくるとすれば、彼らでほぼ間違いないでしょう」

 

 壁に寄り掛かって、殴られて腫らした顔もそのままに目を閉じていたファーンが答える。

 

 通路に灯かりは灯されていたが、薄暗い事は否めず。

 その表情はよく見えない。

 しかし、声は僅かに沈んでいた。

 

「彼らって誰だ?」

 

 訊ねると答えがすぐに返ってくる。

 

「今回の襲撃でカルダモンの家を追い落とそうとしている勢力は……たぶん、隣接する地域を治める皇族フルマニ・ド・カレーとその後見の家です」

 

「ふむふむ。皇位継承権第一位の皇族か」

「……ちょっと、いいか? 百合音」

 

 何やら訳知り顔で頷いている百合音に話の腰を折ると知りながらも、思わず訊ねていた。

 

「何でござろう?」

 

 割り込んだこちらに百合音が首を傾げた。

 

「あのオルガン・ビーンズの一件の後。どういう関係になったんだ? サラッと話してるが、アレ以来ファーンと会ったりしてたのか?」

 

「二日前に接触したのでござるよ。今度は公国の大使という体で」

 

「それで?」

 

「あの大災害と東部海岸の調査を命令されておったのだが、現地でエニシ殿が消えたというので全力で探していたら、帝国の軍艦が周辺海域にいたという情報があって。これは一度会った伝手を辿って追ってみるべきだろうと考え、入国したのでござるよ。情報を集めようとしていたのだが」

 

「見てたんだな。昼の大会……」

 

「いやぁ、さっそく無事な姿を昼間に見れてホッとした。ファーン殿は返してくれそうにないどころか。今はこちらの掌中だと言いたくて、あの大会にエニシ殿を出したのでござろうが、こちらとしても交渉しなければと思いあの場所までちょっと非合法な感じに潜入を……」

 

「一つ聞いておくが、あの塔に散乱してた死体、お前の仕業じゃないよな?」

 

「某は必要ない暴力は振わない平和主義者でござるよ?」

 

「平和主義者は馬車を襲って相手を速攻で銃撃したりしないと思う……」

 

「まぁ、全ては過去の事。それはとりあえず水に流して♪」

 

「……はぁ、それで関係ないのにオレとお前はカルダモン家を陥れる為の陰謀に巻き込まれた、と」

 

「そんなところでござろうか。ファーン殿の見解はどうか?」

 

 訊ねられたファーンが呆れた視線をこちらに向けていた。

 

「……貴方達はよくこの状況で平然としていられますね。当方が裏方の家である事を忘れてしまいそうです。その胆力は正直羨ましいかもしれません」

 

「世の中、どうにもならない事はあるのでござるからして。人間、開き直りが大事であると某は思うでござるよ」

 

「開き直り過ぎな奴の話は置いておくとして。とりあえず、そのフルマニ何とかってのはどういう奴なんだ?」

 

「……フルマニ・ド・カレー殿下は言わば傀儡です」

「傀儡?」

 

「フルマニ殿下の一派。正確には殿下の後見人たる【香料選定公家(こうりょう・せんていこうけ)】の一つであるバジル家は隣接する地域フォーク・ダイナーを支配しており、彼らは家単体ではなく地域閥、軍閥としての側面を持つ非常に大きな母集団なのです」

 

「地域閥……何だか話は本で見たような……帝国が肥大化するに連れて、併合された旧領を司る連中が其々帝国内で地位を競い合ってる、だったか?」

 

「ええ、それで合っています。彼らは元々が周囲の元国家の旧領に位置する香辛料の産地を一手に牛耳り、サフラン、ターメリックなどの色を出すものを扱う事で帝国内でも独自の地位に付いてきました。フルマニ殿下は元々が気の弱い方でバジル家の言いなり。クラン様と仲が悪いわけではないのですが……バジル家からの圧力で仕方なく今回の一件を進める書類に判子をしていると見るべきでしょう」

 

「……そこまでされる理由が何かあるのか?」

「主に三つ程」

「多いな」

 

「これでも骨肉の争いがある首都住まいの方々からすれば、少ない方です」

 

「で、内容は?」

 

「クラン様が皇帝陛下からカレーリーフを預かる立場を任された事。また、香辛料の調合に長け、新しい配合比率を生み出し、彼らの牛耳るスパイスの利用率が下がった事。まずはこの二つでしょうか」

 

「カレーリーフを預かるってのは此処までされる程の理由なのか?」

 

「ええ、次の皇帝を選出する際の重要な指標の一つですから。それに我が帝国はカレーを生み出した初代皇帝陛下が香辛料の総合調達を行うようになった事。また、その料理としての完成度を高めた事から始まります」

 

「つまり、調合師あるいは料理人である事は次代皇帝選出で有利に働く極めて重要な要因なのか?」

 

 ファーンが頷いた。

 

「ええ、クラン様は型に囚われない自由な香辛料の配合と調味技術の研鑽が帝国内でも広く評価されています……第一継承権を持つフルマニ殿下が落ちれば、後は消化試合みたいなものでしょう。地域閥である以上、他の首都住まいの家は彼らに味方しません。我々も敵ではありますが、実質的な勝ち目が自分達では薄いと感じれば、流れには乗ってくる」

 

 ファーンの語るドロドロな内情を整理してみる。

 

「つまり、どっちも敵だが、大きな力を持つ敵よりは倒しやすい敵に与するのがいいって考えるわけか?」

 

「そういう事です。当方が裏方の家である事を知る他の継承権を持つ皇族とその後見をする家々は一強よりも意見が聞かせやすい我々を選ぶはずです」

 

「……もしバジル家が首謀者だったら、今回の一件で他の家が首を突っ込んでくる事は?」

「ありえません。他家の内情を掻き回すなら、叩き潰す気でなければ、何処も乗り出してこない。もし復活すれば、味方になる可能性すら消える。常に可能性は残しておくのが最上。そういうものです……」

 

「分かった。で、肝心の三つ目の理由は?」

 

「………クラン様の出自が特殊だからです。選定公家の中でも当方の家がクラン様に陛下から仕えるよう下命があったのは主にソレが原因ですから」

 

「裏方が必要な出自ってなんだ?」

 

 ファーンが視線を僅かに俯かせる。

 

「クラン様の母君はもうこの世を去っていますが、ハヤシ族領最大の力を持つ族長の家系でした」

 

「ハヤシ族って……アンタと交渉したあそこに住む人達だよな? 確かあそこは……」

 

「色々な経緯が系譜には付いて回りますが、それは別に問題ではありません。問題なのは……ハヤシ族領が力を持ってしまうという一点です」

 

「……そういう事か」

 

 ファーンの言わんとしている事が分かった。

 

 元々が不憫になる程に戦乱で土地も人も疲弊させられたハヤシ族領は数百年以上戦乱に曝されているに等しい状態だ。

 

 そんな場所から出た血筋の者が皇帝になれば、どうなるか。

 

 少なくとも新しい派閥が出来る。

 

 それが地域間のパワーバランスを崩せば、後は言うまでも無いだろう。

 

「大規模な内紛になる可能性もあると?」

 

「それだけに留まりません。ハヤシ族の勃興をクラン様が望まれれば、今までハヤシ族領で好き勝手やってきた連中は一転して窮地。皇帝の権力があれば、首都の遷都やその他の恩恵があの帝国最貧にして最悪の地に流れ込む。怨み骨髄であるハヤシ族領が周囲に逆襲を仕掛ける可能性すら出てくる……」

「そのバジル家ってのもそういう窮地に陥りそうな連中の一つか?」

 

「ええ、乾肉《ジャーキー》関税騒動で最大の利益を得ているのは二つの軍閥間の合間を縫うようにして肉無しのカレーを推奨し続けてきたバジル家ですから。裏で軍閥間の危機意識を煽っていた彼らからすれば、殿下は正当なる復讐者。バジル家の没落は確定的と考えるのが一般的な見解。まったく度し難い誤解です。クラン様と話した貴方になら分かるはずでしょう」

 

「そうだな……あいつはそんな奴には見えなかった」

 

「それが全てです。だから、当方は決して彼らを許さない……」

 

 ファーンの瞳が確かに薄暗い中でも不穏な程に耀く。

 その怒り。

 どれほどのものか。

 

「クラン様に働いたこの無礼……彼らには命で支払って頂きましょう」

 

「何だ……まだ諦めたわけじゃないんだな」

「クラン様の安否も確認せずに死ねるものではありません」

 

 納得する。

 ファーン・カルダモンは常に少女と共にあった。

 都市にいる間は姉妹のように一緒というくらいにベッタリだったのだ。

 

 そんな本当の家族のようにも扱う主君を追い落とそうと宮殿域まで押し入る賊や兵を用意していたとなれば、計画は周到に準備されていたに違いなく。

 

 昨日、今日練られた一件ではないと考えるのが妥当だ。

 

 帽子も煙管も取り上げられた女は髪を解れさせていたが、その下にある顔は煤けていて尚怖気が奔る程に怜悧な相貌と見えた。

 

「で、実際どうするんでござるか? さすがに某も道具を殆ど取られては此処から抜け出すのは骨が折れるでござるよ」

 

「逆にこの状況で抜け出せる方がオレには驚きなんだが……」

 

 百合音が肩を竦める。

 

「某も羅丈であるからして。まぁ、この程度の事は……」

「―――羅丈?」

 

 思わずといった様子でファーンが目を瞬かせていた。

 

「……どうして共和国のオルガン・ビーンズと繋がりがある人物と公国の人間が一緒だったのか疑問でしたが……大陸最高の諜報機関がその子と一体、どういう関係なのです?」

 

「エニシ殿の稀少さはまだ類似した例が無い。先程の皇女殿下の傷の件でそれは分かったであろう? ファーン殿も」

 

「まさか、取り合っていた? いえ、それならば、どうして連合の海域に重要人物が……」

 

「色々あるんでござるよ。色々」

「詮索するなと?」

 

 百合音が誤魔化してファーンが瞳を細める。

 

「此処で腹を探り合っても損しか無かろう? それにファーン殿とて、エニシ殿の事でこれ以上、こちらと駆け引きをしている暇があるとは思えぬ」

 

「それは……」

 

 顔にこそ出さないが内心ファーンが苦い顔をしているのがありありと分かった。

 

 百合音のそういう他人の弱みを的確に突くスタイルはハッキリ言ってやられたらたまったものではないが、味方であるならば頼もしい事この上無いというのを初めて知る。

 

「此処は取引と行こう。もしエニシ殿を返してくれるならば、我が方は今回の襲撃者や陰謀に対し助力いたそう。そう悪い条件でもあるまい? エニシ殿を返したくなかった理由は皇女殿下の病の為のはず。だが、直接的な死傷や皇位継承脱落という話に比べれば、然して重要ではない。違うであろうか?」

 

「お見通しですか……」

 

 ファーンが今度こそ僅かに渋い顔をした。

 さすがに聞き逃せない単語が出てきたので口を挟む。

 

「クランは病気なのか?」

 

 言いたく無さそうな顔ではあったが、百合音のニコニコとした……言わないなら自分から教えようという顔にファーンが渋々頷いた。

 

「……ええ、クラン様は栄養を得られる完全耐性食品が無いお方なのです」

 

「それって……」

 

 言い掛けて、百合音が補足する。

 

「普通は完全耐性のある食品でカロリーが取れない子供は幼少期の途中で亡くなるのが殆どなのだが、皇女殿下は完全耐性に近い栄養のある食品は幾つかあるという事でまだ症状は重くないらしい。ただ、さすがにそれにも限界が来ていて、大陸各地から耐性食品を見つける為に大量の稀少食材が宮殿に運び込まれている、というのが事前の調査段階で判明していたんでござるよ」

 

 そう言えばと思い出す。

 時折、クランが咳きをしては話を中断して席を立つ事があった。

 

 身体が弱いのだろうと思っていたのだが、どうやらもっと根本的な話だったらしい。

 

 栄養状態は悪そうには見えなかったのだが、耐性が無い食品を取り続れば、この世界において人間がどうなるかは聞き及んでいるし、知っている。

 

 あのナッチーな美少女は自分の寿命を逆算して今を生きるくらいには溌剌としているので忘れがちだが……耐性が薄い食材も食べられる事を高耐性者の血統証明として今も行っている。

 

 自分の身体がそれで寿命を縮めると知りながらも、まるで臆する事なく。

 

 何でも無さそうに義務だと言ってのける姿は未だ瞼の裏に焼き付いていた。

 

 それと同じく。

 クランもまた己の寿命というものに向き合っていたのか。

 

 いつも話す時にはどんな話にも元気に食い付いてくる姿からは少し想像出来なかった。

 

 いや、逆にそれが自分の状態を知ればこそなのだとすれば、想像は容易かもしれない。

 

「いつも無理してたのか……」

「………」

 

 ファーンが僅かに視線を俯かせる。

 

「オレの傷が治る様子を見て、治療に使えると思ったんだな?」

 

 頷きだけが静かに返る。

 

「当方は……貴方を死なない程度に切り刻んで秘密を探ろうとしました。ですが、目覚める前の貴方を見て……貴方の話を聞いて……あの方と話をしてみたいと……客人を持て成そうとする主人に恥じを掻かせるのかと……暗に止められました……」

 

「じゃあ、アンタから守ってくれたお礼くらいはしないとな」

 

「いいでござるよ。それくらいは某にお任せあれ……と言えたらいいんでござるが、この人数ではなぁ」

 

 百合音が対面の牢屋にズラリと押し込められている侍従達を三十人ばかり認めて、どうしたものかと頬を掻いた。

 

「ぶっちゃけ、この地下牢に秘密の通路みたいなのは無いのか?」

 

「あるなら、当方が使わないとお思いですか?」

「そりゃそうだ」

 

「元々、この宮殿は長い帝国の歴史の中でも一際旧い代物で、初代皇帝陛下が現在の首都に遷都する際、数年間逗留する為に拵えたものなのです」

 

 僅かに指へ力を込めて、その眼鏡の美女が僅かに床石に爪を立てる。

 

「時代を超えて改修された此処は帝国領内にある宮殿の中でも歴代の皇帝陛下がバカンスや静養の為に使ってきました。基礎的な構造こそ把握していますが、実際の詳細は長年の増築や修繕記録が散逸している事もあり、分かっていません」

 

 何せ自分達の棲家だ。

 

 調査くらいしているはずだが、何でもかんでも知っているわけではないというのは確かに理解の範疇。

 

 どれだけ裏方としてカルダモン家が働いてきたのか知らないが、それでも権力だろうと資金だろうと知恵だろうと無限ではない。

 

 それは襲撃者があっさりと当主であるファーンの私室に押し入った事からも明白だろう。

 

「………っ」

 

 侍従達を置いていきたくは無いのは解り切っている。

 

 その瞳が僅かに対面の女達を前にして揺れていた。

 

 先程の百合音の言い方からすれば、少人数であれなら逃げられそうというのは分かっている。

 

 しかし、それでは部下達を見殺しだ。

 

 少なくとも国家反逆罪なんて銘打って罪状を掛けられた以上。

 

 待っているのは基本的には楽な死か苦となる死かの二択。

 

 それで手足たる者達を失えば、ファーンに出来る事は然して多くないと考えるべきだろう。

 

 大きな家というのは家人がいて初めて機能する。

 仕える者と仕えられる者。

 どちらもいなくては成り立たない。

 

『……大丈夫でございますよ。ファーン様』

 

 対面の牢内からの声に沈み込んでいた顔がハッとしていた。

 

『我々は手足。ファーン様さえ生きておられるなら、カルダモン家は再興が叶います』

 

『ええ!! ですから、此処はお逃げ下さい。我々とて、カルダモン家に仕える者。覚悟は出来ております』

 

 次々に侍従達が声を上げる。

 

 その中には夕暮れ時に浴室に入ってきた三人も含まれていた。

 

「あなた達……」

 

 部下達の言葉に僅かな逡巡するように瞳を揺らがせて、ファーンが拳を握る。

 

 決断の時は迫っていると分かっているのか。

 

 侍従達もまた微かに自らの手や同僚の肩をしっかりと掴んで、震えそうになるのを耐えているようだった。

 

(……普通、ゲームじゃこういう場所は何かしら仕掛けがあるもんなんだがな)

 

 見ていられず。

 

 とりあえず何かをしなければという思いに駆られて、牢内の壁を触ってみる。

 

 薄暗い灯かりの中で床に近い壁を触ったり、叩いたり、壁の端に例えば押し込める場所があったり、押し込んだ先に秘密のスイッチがあったり、現実ではありえなかろうとそういうファンタジーに縋ってみたくなる程度には焦っていると自覚があった。

 

 SF一杯、ファンタジー沢山の夢世界なら、それくらいあってもいいんじゃないかとの思いは当然のように現実の壁によって、否定―――。

 

 ガゴン。

 

「?」

 

 百合音がその音にこちらを向く。

 

「……マジか」

 

 角に積まれた石の一部分が押し込んだ瞬間に外れ落ちる。

 

 同時にまだ奥があるらしく。

 

 腕を伸ばして差し込むと金輪のようなものがあった。

 

 それを単純に引いてみれば、結構な重さだったが……それでも確かにその輪の先は何かに繋がっており、鈍い石が削れるような音が辺りに響いた。

 

「おお!? エニシ殿!? 何か物凄く運良く面白いものを見つけたような?」

 

「……ちょっと壁際から離れて鉄格子の方に行ってろ」

 

 ファーンがあまりの事に目を丸くしていた。

 自分でも知らない牢屋の仕掛けとやらがあったのだ。

 驚きもするだろう。

 鈍い音が連鎖して後。

 ガゴンッと牢の中央の床の石が数枚。

 一気に上へと競り上がる。

 

 地下から出てきたのは錆び付いた梯子のようなものだった。

 

「こんな事が……」

 

 未だ呆然としているファーンが本当に呆然として呟く。

 

「とりあえず、そっちの方も無いか確認してみろ。此処だけにあるってのも不自然な気がする」

 

 侍従達がこちらの声に慌てて総員で壁際を探し始める。

 すると、すぐに同じように角で同じ仕掛けが見付かった。

 

 金輪が引かれるのと同時に同じように床の石がせり上がり、下の梯子が現れる。

 

「何処に繋がってるのかは分からないが、賭けてみてもいいんじゃないか?」

 

 こちらの言葉にファーンは僅かな沈黙の後。

 決然として頷く。

 

「この借りは一件が終わったら必ずお返ししましょう」

 

「話は後だ。誰か来る前に先が何処へ続いているか確認しよう。百合音!!」

 

「心得た!! まさか、この歳で遺跡の冒険に心躍らせる事になろうとは……現実は三文小説よりも奇なりと報告書には書けそうでござるな♪」

 

 美幼女がニヤリとして、出てきた梯子をスルスル降りていく。

 

 いつの間にか。

 

 その手には小さなサイリウムのような薄ぼんやりと蒼い光を放つ小さな小瓶が握られていた。

 

『ふむふむ。そう深くは無い。精々が五m程度。穴は大きくないが、ふむ……どうやら牢屋の梯子は何処も繋がっているようでござるな』

 

 くぐもってはいたが、下から声が聞こえてくる。

 

『三十秒程待たれよ!!』

 

 ズササササッと外套が石に擦れる音を響かせて百合音が下を探索してキッカリ三十秒後。

 

 梯子の下から喜びの声が上がった。

 

『エニシ殿~これは確実に外に繋がってるでござるよ~♪ 外からの風が吹いておる。それにこの方角からして、たぶんは後宮の庭の端に出ると思われる。先行するのでファーン殿と部下の方々を先導して付いて来て下され。道行きに灯かりは落としておく故』

 

「分かった!!」

 

 侍従達が大声こそ上げないものの。

 互いに肩を抱き合って喜んでいた。

 

「さて、行くか。其処が地獄の三丁目だろうが、逃げないって選択肢は無いしな」

 

「?」

 

 言い回しに侍従達から首を傾げられている気がする。

 それでも今は構わない。

 

「……まずはクラン様の安否を。そして、次に罪状を被せた者と襲撃者に付いて。行動は全ての情報を集めてからにしましょう。貴女達」

 

『了解しました』

 

 女達が初めて。

 本当に初めて。

 こちらの前で軍人というか。

 

 そういう戦闘訓練を受けた者達のように敬礼をして、一糸乱れぬ統率で自らの主に返した。

 

 彼女達の瞳にある色に「ああ、やっぱり」と思う。

 

 百合音やフラムもそうだが……彼女達の誰もが乾いた瞳に光を湛えている。

 

 これから彼女達の犠牲者がどんな惨めで悲惨な末路を辿るにせよ。

 

 その名簿《リスト》にだけは入りたくないものだ。

 

 美しいモノには棘がある。

 

 それは例え現実だろうと夢世界だろう変わらぬ真理の一つらしかった。


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