ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第77話「理由」

 

「ああ、某はエニシ殿に随分と毒されている気がするでござるよ」

 

 ゲッソリした百合音が辟易した様子でヘニャッと荷馬車の淵でダレていた。

 

「ペロリストが仕事しただけだろ」

「某、実際この扱いは酷いと思うのだが……」

「お前が一番信頼出来る腕だっただけだ」

「でも、信用はしてないんでござろう?」

「勿論だ。分かってるじゃないか」

 

「うぅ、エニシ殿が苛める?! 某、本日だけで確実にトラウマになりそうな精神状態でござるよ。シクシク」

 

「お前がそんな玉じゃないのは分かってる。後、嘘泣きは止めよう。乙女の武器安売りすると後で価値下がるぞ」

 

「う、本当に何だか容赦ない感じでござるなぁ。今回のエニシ殿は……」

 

「もう会話は切り上げるぞ。後からでいいから、絶対来いよ」

 

「分かっておるとも。まぁ、某一人であれば、こんな検問くらい突破するのはわけもない」

 

「それと間違っても敵とか連れて来るなよ?」

 

「……某とて、報告書が分厚くなる出来事は正直勘弁してもらいたのだがなぁ」

 

 愚痴りつつ、肩を竦めた美幼女が軽く手を振って、街道沿いに出る前の分かれ道。

 

 今や封鎖されたに等しい数十メートル先の検問所から遠ざかる道へと歩き出していった。

 

 その背中は商人達の列から離れ、朝霧の中で消えていく。

 

「さて、そろそろだな」

 

 ブラックペッパーからフォークダイナー方面への主要な道。

 

 それも最短ルートの先、カラカラと進む荷馬車には数人の男女が乗っている。

 

 その中には先日、奴隷剣闘で最後に戦った男の姿もあった。

 

「世の中には奇跡というのがあるものだな……貴公は特別な生を受けたと見える」

 

 二枚目の四十代の男。

 今は髭を剃った元兵隊。

 

 白髪の混じり始めた髪を後ろに椰子油で撫で付けた廃兵院のリーダー。

 

 ブラウン・ジンジャーが真面目な瞳をこちらに向けていた。

 

「別に……兵隊辞めた連中にまた兵隊やれって半ば強要する外道なだけだと思うが」

 

 それに苦笑が返った。

 

「自分で言う者が外道だとは思えないな。確かに我々は半ば強要されているに等しい。だが、だからと言って、こんな仕事を普通は早々引き受けようなんて思わないだろう。貴公が我々に再び志と戦う理由を与えてくれた。それが我々には嬉しかったんだ」

 

「……死ぬかもしれないとしても?」

 

「死ぬよりも辛い日々を送ってきた我々に今更説教でもしてみるかな?」

 

 お茶目な様子で男がウィンクする。

 

「止めておこう。引き受けて貰えたんだけ、こちらも奇跡みたいなもんだからな」

 

「君の言っていた馬車は?」

 

「もうすぐ来る。十五分前にもうブラックペッパーで事件が起きた」

 

「事件?」

 

「ああ、あんたらが通行出来るようにペロリストの爆破行為を偽装させてもらった。今頃、誰もいない廃兵院近くにある無人の空き地が派手に吹き飛んで、周囲で流言飛語が飛び交ってるだろう」

 

「グランメ様の救出。請け負ったはいいが、とんでもない事になってるようだな」

 

 ジンジャーが会話の内容に肩を竦める。

 

「来たな……馬車の音だ。準備してくれ」

「ああ、精々ご期待に沿えるよう演技させて貰おう」

 

 背後から騒々しい馬車を走らせる音が聞こえてくる。

 

 それも数台だ。

 

 草原の中を通る道を爆走するのは救急救命を要する患者を運ぶ緊急用の馬車。

 

 要は救急車のようなものだ。

 改造された荷台の幌にはブラックペッパー。

 つまりは胡椒の実が描かれている。

 

『止まれぇええええ!!! 其処の馬車!! 此処は検問だぞ!!?』

 

 兵隊達がさっそく簡易の検問所の傍からワラワラと出てくる。

 

『何だ何だ!! 騒々しい!! オイ!! どういう事だ!! 何故、搬送用の馬車がこちらに来ている!!?』

 

 ライフルが構えられ、慌てて降りた御者台の男が兵隊達に話し始める。

 

『何? さっき連絡が来ていた爆発事件の被害者か?!』

 

『へ、へい!!』

『何故、市街地の病院に向かわんのだ!?』

 

『そ、それが何処も廃兵院の連中は取りたくないと受付を拒否されちまってッ!? 他の患者だって乗ってるんですよ!? でも、金も無い病人なんか診れるかって!? このままじゃ?!! 偶々通り掛かっただけの若い娘さん達だっているのに……ッ!!』

 

『何? 検めるぞ。もし良ければ通行してもいい』

 

『か、顔や指をやられちまってるんです!! 近くの商人様に冷蔵庫を借りて、どうにか繋げられないかって()()()()()()()も集めたんですが、冷えていないと繋がらないかもしれないんで、出来れば、手早くお願いしやす!!』

 

『ああ、分かった分かった。これより検める。介添え人は誰だ!!』

 

「今だ」

 

 呟くとジンジャーが頷いて、外に出て行く。

 

『兵隊さん!! 今の話は本当ですか!? 私は廃兵院のジンジャーというものです!!?』

 

『アンタは……昨日の大会に出ていた奴か?』

 

『はい!! ま、まさか、ウチの連中が!? い、一緒に見せてください!? もし、ウチの奴らならすぐに分かりますので!!』

 

『分かった!! こっちに来い!!』

 

『ああ、何てこった!? ブラン!! カシュマル!! それにわ、若い娘さんまで?! どうしたって言うんですか!? 一体、何が!!?』

 

『こちらで連絡を受けているが、どうやらブラックペッパー内部でペロリストの爆弾が爆発したらしい。近くにいた朝市に向かう予定だった廃兵院と若い娘連中が巻き込まれたとか』

 

『そんな?!』

『検め―――ぅッッ?!!』

 

 思わず兵達が数台の荷馬車の内部を見て、絶句したようだった。

 

 偽装は完璧だ。

 何故なら、本物の血を使った。

 それっぽく炭と血を解いた水で濡らした汚らしい包帯。

 ボロボロに焼け崩れた乞食が着るような服。

 ついでに本物の傷付いた顔に実際に指が無い手足。

 どれもこれも真実なのだから、疑いようも無いだろう。

 

 他の廃兵院の男達にしても、何度も呻いては泣くやら唾液を垂れ流すやら、荷馬車内部は阿鼻叫喚の地獄絵図。

 

 一枚一枚剥がずともいいはずだが、そうしたらしく。

 兵達の呻きにも似た声が周囲に広がった。

 

 顔を無残に破片で切り刻まれ、朦朧とした娘達を前にして彼らが疑うという行為より、見なかった事にして自分のところから遠ざかって欲しいと思うのは人間として自然な心理のはずだ。

 

 この夢世界において然して人権という言葉は意味を持たない。

 人の権利なんて言うものは戦争の後にしか生まれず。

 それも実際のところは合理性の為に切り捨てられる事が殆どだ。

 百働く者の為に五十を。

 十働けない者の為には一を惜しむ。

 

 それが大陸の現実であり、食糧事情が逼迫しているという独特の問題も相まって、皺寄せはいつでも特定の弱者に向かう。

 

 差別は蔓延っているし、未だ倫理観とて第二次大戦よりも前の時代でストップ中。

 

 こんな世界における事故で手足を失った末端兵士のようなドロップアウト組は蓄えがあるか。

 

 又は家族や親類、恋人などが面倒見の良い者で無い限り、生きていくのも難しい。

 

 現代のような制度、道具、建築、生活のような面における補助は存在しないし、それが当たり前という時代……彼らの同業者だった者達がその姿を不憫に思うのは自明。

 

 そこに年頃の娘達が加われば、もう何を言わずとも()()よりも()()()()()()()が本音となるのは当然だ。

 

『少尉。冷蔵庫の中身は確かに、その……()()でした』

『……行っていい。さっさと周囲の地域で病院を探してやれ』

『へ、へい!! 受け入れてくれる所があるといいんですが……』

『厳しいだろうが、小さい街ならあるいは……』

 

『その!! この馬車に付いていって構いませんか!!? 今、傷の具合を見てくれる掛かり付けの医者に数人で行くところだったんです!!』

 

『ああ、構わん。馬車を通してやれ!!』

 

 慌てた様子で戻ってきた荷馬車の内部に入るとすぐに入り口の垂れ幕を下ろした。

 

 すると、ガタガタ音を立てて、車輪が動き出す。

 

「名演技だったな」

 

「……分かっていても……震えたよ。彼女達の決意は……あれほどのものなのだな」

 

 ジンジャーが精神的に疲れた様子で僅かに肩で息をした。

 

「このまま渓谷まで向かう。途中の検問にはもう連絡が行ってるはずだ。素通りさせてもらおう」

 

「……貴公に尋ねたい」

「何だ?」

 

「自分の指を詰めてまでグランメ皇女殿下を助けたい理由が君にはあるのか?」

 

 感覚の殆ど無い身体で麻酔の夢見心地に曝されながら、何とか意識を繋いでいたが……それにもやはり限界がやってくる。

 

 共和国の検査で麻酔に対する耐性を測られた事があったのだが、かなり強いらしく。

 

 象も数mlで麻痺するソレをほぼアンプル一本分、注射されていた。

 

 言われた通り、感覚は無いが……左手の人差し指は現在、本来あるべき場所に存在しない。

 

 再生しないよう詰めたところを皮布できつく締め上げているのだが……それにしても、顔と両手両足の指をランダムに数本ずつ無くした状態の侍女達に比べれば、随分とマシだろう。

 

 少なくとも、女の顔を無残に切り刻んで検問を突破するという策を考えたのは自分であり、それを麻酔後に実行した百合音が責められるようなものではない。

 

「……あるさ。出来る事をしなかったら、後悔する。それが人助けなら、尚更だ……付いたら起こしてくれ……」

 

「ああ、分かった……」

 

 男の顔には何処か複雑そうな表情が浮いていた。

 

「我々に兵隊としての誇りを、身体と人生を取り戻す機会を与えると言ったのは君だ。その奇跡がどんな力であれ、選んだのは我々だ……この契約が完了するまで我々は従おう。面白き若人よ」

 

 もう何も聞こえない。

 

 意識は朦朧と麻酔の闇の向こうへと連れ去られていく。

 

 何処からか。

 

 また声が聞こえた気もしたが、何と言っているのか何一つ理解出来る事はなかった。


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