ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第93話「旅の始まり」

 パン共和国とごはん公国。

 

 二つの国の中間にある山岳部は今や地形が毎日変わる迷宮のようなものとして日々銃弾が飛び交っていた。

 

 過去形であるのは一時休戦が両国から軍に言い渡されているからだ。

 

 通行手段に付いては陸路を行くようにとお達しがあったわけでもないのだが、大使面した幼女が「こちらを通って頂きたいのでござるよ」と飛行船に乗ろうかと公国内へのルートをフラムと考えていた当日にやってきたのでそうした。

 

 一緒に連れ立つ公国大使というのが百合音だったのに驚かなかったのはもうこの手の伏線には身構える癖が付いたので、予想はしていたからだ。

 

 付いてくると言い張った女性陣に共和国内で待つように言ったのだが……公的に妻という位を得た事を盾に付いて行くと抗弁されては弱り目に祟り目。

 

 ただ、今回の勅命とやらでは直接的な危険は無いと公国大使(美幼女)が言うものだから、しょうがなく危険な事はしないようにと言って同行を認めた。

 

 そうして支度に取り掛かり、数日後出発したのだが……今度は妻でもないし、さすがに共和国にいるだろうと考えていたベラリオーネから首都外延部で呼び止められ、「わ、わたくしはお父様の使いとして公国の方に会うのですわ!!」と何故か同行の許可を求められた。

 

 その話は既に海軍を率いていた海賊みたいな容姿の将軍から公国大使に行っていたようで。

 

 結局、全員での旅路となったのには笑うしかない。

 こういったカシゲ・エニシの愉快な日常の内実は監視でモロバレ。

 

 情報部門の輩から老人に報告されているようでクランとパシフィカは公国と共和国の橋渡し役を期待されているとの話をフラムがしていた。

 

 他の少女達は半ば、こちらを動かす駒、上手く使う為の駒扱い。

 

 だからこそ、こういった厄介事に首を突っ込むのもその手の情報機関から止められないのだろうが、それにしても大事になりそうな事態にはあまり巻き込みたくないというのがこちらの本音だ。

 

 それを知ってか知らずか。

 

 フラムと百合音は出来る限りの支度を済ませたようで、かなりの大荷物となった。

 

 馬車の列は普通よりも遅く。

 街道を抜けるのに数割り増しな時間を取られた。

 理由は装備がクソ重かったからだ。

 

 突貫工事で軍の兵站部門に用意させたらしい四頭立ての巨大な防弾馬車4両。

 

 フラムの重火器類フルセット。

 

 これに+αでクランの侍従達とリュティさんと全員の往復二か月分の食料を乗せているのだ。

 

 これで遅くならない訳が無い。

 そんな鈍行での道行き。

 

 共和国に押し込まれる形で山岳部まで移動した戦線の内側を通り過ぎる際。

 

 久方ぶりに感慨深い場所を見る事となった。

 

 NINJIN城砦。

 

 初めて遺跡と出会った場所。

 自分の発掘現場。

 化け物と戦った地点だ。

 差し掛かった時。

 

 堀を粗方埋めて作られた道の上で一度馬車から降りようとしたのをフラムから止められた。

 

 理由は特級の軍事機密扱いになっているからとの事。

 

 外交使節へ重装備の馬車が追い付くには一日も時間は無駄に出来ないという事で下車しなかったが、帰りに今一度試しに行く事だけは決めてカポカポ数日。

 

 山岳部では両国の軍が張る検問に1、2時間の足止めを喰らったものの。

 

 フラムと百合音の持ち物という事で馬車も重火器も取り上げられなかった。

 

 食料は多種多様だった為、かなり危険視されたようなのだが、此処では名前も顔も売れているクランとパシフィカが自分達の食べ物だからと言って押し通し、問題とはされず。

 

 こうして百合音に誘拐されて以来になる公国の領土に全員で踏み入れる事になったのである。

 

『パシフィカ殿はカシゲェニシ様とどのような切欠で出会ったのですか?』

 

『A24とはお庭で会ったのよ!! オイル・マッサージするところだったの!!』

 

 道中、パシフィカとクランは上流階級出身者同士だからなのか。

 

 話が弾んだ様子で遊んでいた。

 そのおかげで少しゆっくり出来たのは行幸。

 サナリはリュティさんから料理を教本や実地で習うのに忙しく。

 

 フラムは馬車と重火器の点検に掛かり切りで公国領に入ってからは御者台から降りてこなくなった。

 

 百合音は数時間おきにやってくる部下達の報告を聞く以外は何やら急ぎ仕上げねばならない報告書があるとかで、分厚いそちらに掛かり切り。

 

 暇なのは勅命を受けたカシゲ・エニシ当人と海の人であるベラリオーネくらい。

 

 ワイワイガヤガヤと姦しい馬車の中での数日。

 

 それとなく祖国の現状と海賊団の話を聞こうとしたのだが、その話題を出すとあからさまに話を逸らされるので、詳しいところは結局聞けなかった。

 

 そうして終に全員で首都に入ったのである。

 

(とりあえず、監視されてる気配は感じられないが……どうせ盗聴されたり、望遠鏡とかで覗き見されてるんだろうな……)

 

 旅籠の室内。

 

 二階建ての窓辺で頬杖を付きながら、風光明媚な世界を眺める。

 

 ちょっと、悪戯でもしてみようとヒラヒラ一番何もなさそうな景色に向けて手を振ってみる。

 

 無論、こちらに何一つ干渉するわけないので普通に頭のおかしい奴みたいに見えるかもしれないが、それならそれでいい。

 

 敵になるかもしれない相手だ。

 同時に味方にもなり得るかもしれない。

 

 なればこそ、過大評価されたり、過小評価されたりする程度の人物像の定まらなさを装ってみるというのもいいだろう。

 

 人格的な堅物は基本的に利用一辺倒で使い潰される可能性が高い。

 

 柔軟さをアピールしてみるのだ。

 

 勿論、誰も見ていないという事も考えられるが、それだったら誰も見ていないので、奇行が知られる事も無い。

 

「何、してるのでござるか?」

「ッ」

 

 背後からの声に思わず手を止めて振り返る。

 

 其処には百合音が浴衣姿でしっとりした長い髪を共和国製のタオルで拭きながら立っていた。

 

 その姿は妙に艶かしい。

 桜色の頬に上気した顔。

 

 滑らかな項や鎖骨から僅かに水気が滴る様子は正しく愛らしい幼女といったところか。

 

「いや、何処かに監視役でもいないかなぁと」

 

「……エニシ殿もお人が悪い。手を振ったりしたら、驚くであろう。あれでも任務に忠実なれば、指定の方法で移動するにも一々別班に連絡したり、引継ぎしたりと面倒なんでござるよ?」

 

 やれやれと肩を竦めた百合音が室内の座椅子にヒョイと座って呆れ半分、迷惑そうな顔をする。

 

「やっぱり、監視されてるのか」

「当たり前でござろう?」

「そうだが、それって女か?」

 

「エニシ殿。これでも某とて女。さすがに同行者一同へ気を使っておる。皆、某と同じ性でござるよ」

 

「そうか。なら、いいんだ。まぁ、ちょっとした悪戯心だ」

「ふぅ……また、エニシ殿伝説が出来てしまうな」

「何だソレ?」

 

 思わず訊ねたのも無理は無い。

 そんな伝説は初耳だった。

 

「いや、エニシ殿が妙に聡いというか。勘が良いせいで監視役は皆が皆、かなり精神的に参っておるというだけの事でござる」

 

「???」

 

 百合音がこちらのよく分からないという顔にポリポリと頬を掻いた。

 

「エニシ殿。エニシ殿は自分で思っているよりも重要人物なのであるからして、それなりの保護と監視が付いておる。共和国だけではない。公国からのも含めて、複数の国の諜報機関が日夜、オールイースト邸を張っておる」

 

「ふむ。そういうのは感じた事無いが……フラムが知ったら、怒り狂いそうではあるな」

 

「共和国の諜報部とて知っているが、敢えて見せているのでござる。だが、エニシ殿の評価はかなり芳しくない」

 

「どうしてだ?」

「女を侍らせているのは良しとしよう」

「何かサクッとダメ男みたいに言われた気がする」

 

「諸々のエニシ殿の日常。要は甘酸っぱいやら蕩けるやら淫靡で淫猥で手だけ出さない日々は男性工作員には刺激が強過ぎるであろうものの、まぁ……良いとしよう」

 

「何だかダメ男どころか。人間としてかなり人格を疑われているのは分かった」

 

 肩を竦めるものの、話は続く。

 

「しかし、エニシ殿の日常的な仕草とか、ふとした時の視線が凄く怖いと評判なのは知っておいた方がいいでござるよ」

 

「どこら辺が?」

 

「例えば、エニシ殿が朝起きると数分くらいボーッとしている時がござろう?」

 

「ああ、二度寝するかどうか考えるくらいの時間はそうするかもしれない」

 

「その時、外を見るとするであろう」

「そうだな。時々そうするな。それで?」

 

「その時、エニシ殿から見えない場所にいるはずの相手にエニシ殿の視線がシッカリ固定されていたりするのでござるよ」

 

「はぁ?」

 

「いや、毎日のように何処かの工作員がエニシ殿に見えていないはずの自分が視線を受けている、という事態に緊張し、精神的に追い詰められて、敢無く帰国とか。近頃はよくある」

 

「………見えてないんだから、偶然と考えるだろ。普通」

 

「エニシ殿は日常的に監視なんて気にも留めていないであろうが、先日の一件の後は特に工作員達の入れ替わりが激しくなったと教えておこう」

 

 百合音の言葉に少し考えて、何となく回答が思い浮かぶ。

 

「つまり、アレか。被害妄想みたいなもんか? オレは相手がいるとも知らないし、見えてもいないが、オレの目付きとか、前回の事件でヤバイ奴だって思われたから、偶然視線が合っただけで死にそうな心理的圧力を受けてる、とか?」

 

「うむ。エニシ殿が有名になり、事件を起こせば、起こす程に『あの怖ろしい人物に見られた、知られた、あいつはきっとオレを知っているに違いない』と思わせているわけでござるよ」

 

「マジかよ……悪いとは思わないが、物凄く不本意だな」

 

「と言っても、自分が普通の人間と比べても遺跡の力を手に入れた存在である事はエニシ殿も否定出来まい?」

 

「まぁ、な。それくらいは自覚がある……今となっては普通じゃないのも認めよう。でも、監視役の事も知らなかったのに相手の妄想で問題になるとか。ちょっと……」

 

「某は本当に妄想かどうか妖しいと思う方でござるよ」

「妄想じゃないって、どういう事だ?」

 

「エニシ殿の身体は変わっておる。肉体に比例して無意識にもそういうのがあるのではないか? それに精神的な面で成長というのか………人を殺しても、然して気にしてはおるまい?」

 

「―――1番デリケートなところなんですが、其処は」

「でりけーと?」

 

 首を傾げる百合音に大きく苦笑気味に息を吐く。

 

「普通だった頃のオレなら、確実に気を病む。自分のせいで死んだ奴が事件の度に増えてるとは分かってるから……悪夢くらい見るかと思ってたんだ。顔も覚えてない誰かの悪夢をさ……でも、そういうのは無かった……トラウマって分かるか?」

 

「うむ。怖ろしい出来事を体験した事で負う心の傷の事でござろう?」

 

「そうだ。そういうのが普通はある。あるはずなんだ……本当なら、そう思ってた……」

 

 思わず。

 

 フラムにもあまり話してこなかった内心の話になって、僅かに胸が動悸する。

 

「でも、そうじゃなかった。今もオレは笑えるし、昔の面白い遊びの事を普通に語れたりもする。慣れてない常識やおかしなものに出会えば、呆れたりも出来るし、結構感情は豊かな方だと思う。けど、誰かと命の遣り取りをして、殺し合うとか。そういう面だけで感情が揺れない。恐怖とかは普通にあるのにな……それも戦闘中なら忘れていられる……少なく見積もっても、戦う為の心理的な不の要素みたいなのが抜け落ちてるか。あるいは完全に制御されてるんじゃないかと……近頃は考えるようになった」

 

「エニシ殿……」

 

 僅かに訊ねるべきではなかっただろうかという複雑な表情をされて、頬を掻く。

 

「怖いか?」

 

「某は出会った時から、この男《おのこ》は心の線が細いと思っておった。それは今も変わらない……戦う事を覚えても、それで世界の見方や人格が極端に変わるわけでもない。無論、誰でも時を経れば、ゆっくりと何かが変わっていく……エニシ殿はそれを心配しているのかもしれぬが、それならその時にこそ、某やフラム殿達が頑張るべきであろう」

 

「百合音……」

 

 その表情は本当に明るかった。

 まるで真夏の向日葵のように。

 

「エニシ殿をエニシ殿のままに……某達を救ってくれた、優柔不断で優しくて……その癖、妙なところだけ潔癖なエニシ殿のまま……これからも某は傍で見つめていきたい……自分が自分でなくなるのが怖いのならば、いつだとて某達が胸を貸そう。女子に好かれて、嫌な事を一時忘れるのもまた男の甲斐性なのだから」

 

「はは……お見通しか……」

 

 フラムには一応、もしもの時の事を何となく頼んではいる。

 

 しかし、自分が自分のままに別の何かになってしまう恐怖は確かな実感として今も胸を占める。

 

 これが真実、自分。

 そう言えるのはいつでも他者がいるからだ。

 

 その役を、たぶんは遺跡と、それに纏わる自分の関係を、大事になりそうではあると心の中では思っているソレを……相手に押し付けてしまうような気がして、まだ自分は大丈夫だと思えた。

 

 この“恐怖”がある限り、少女達に自分を殺させてしまうかもしれないという虞《おそれ》がある限り、まだ自分は自分のままでいられるだろうと。

 

「ありがとう」

「それはこちらの台詞でござるよ」

 

 スイッと立ち上がった百合音がそっと座っているこちらに寄ってくる。

 

「エニシ殿は真《まこと》に素直で、こうしてかわゆいのだからな♪」

 

 ガバッとじゃれるように百合音が飛び付いて来る。

 その両手が脇腹を擽って、思わず笑いが零れた。

 

「ちょ、や、やめろって?!」

 

「フフ、これでも某は男を落とす48の手練手管を修得しているのであるからして!! このまま、押し倒してちょっと貞操観念高過ぎなエニシ殿にお触―――」

 

 ムンズとその悪戯+気遣い+お色気に走ろうとした百合音の頭蓋が片手で掴まれ、持ち上げられた。

 

「アイタタタ?! フラム殿!? 某の頭は繊細なんでござるよ!?」

 

「フ、フラム?!!」

 

 いつの間にか。

 

 引き戸の合間から湯上りで浴衣姿な少女達の顔が覗いている。

 

 まるで気付かなかった。

 思わず百合音の方を見る。

 

「♪」

 

 ちょっと涙目ながらも片目がウィンクした。

 

「エニシ。この野蛮人の手練手管を見るつもりだったのなら、残念だったな。それは一生見られぬものだと思っておけ!!」

 

 ポイッと百合音が背後に投げられて、置いてあった数枚の布団の上にボスッと落ちた。

 

「A24はA24なのよ!! だから、大丈夫だわ!!」

 

 思い切り抱き付いて来る聖女様が太鼓判を押して微笑み。

 

「貴方は今も貴方のままです。私が、貴方の妻が証明します。だから!!」

 

 元ペロリストなプリーストが真面目で健気で嬉しくなる事を断じ。

 

「カシゲェニシ殿の伴侶たる者として、決してそうはさせない。そなたの救ってくれたこの身に誓って」

 

 元皇女殿下が凛々しくも頼もしく誓い。

 

「カシゲェニシ!! わ、わたくしは信じていますわよ!! 貴方がただ戦うだけの人にはならないって!! だって、わたくしを助けてくれた貴方は自分の事より先にわたくしの怪我を心配してくれたじゃありませんか!!」

 

 何故か付いてきたグラマラスボディなおほほ女に信じられ。

 

「フン。まったく、そんな事を考えていたとは。人は真実、いつか死ぬ。それが精神の死だと言うのなら、その時は安心しろ。いつだとて、私には貴様を処分する覚悟がある!!」

 

 昔は覚悟なんてせずに処分していたはずの美少女が口をへの字にし。

 

「エニシ殿は愛され体質でござるな~~♪」

 

 邪悪な笑みの美幼女がニヤリとした。

 

「………」

 

 僅かに顔を俯けて、前髪で目元を覆う。

 

「あ、泣いてるわ!! A24!? 何処か痛いの!? 教えてくれたら撫でてあげるのよ!?」

 

「そういうのは……言わないのが優しさだ……」

 

 全員の手前。

 

 これ以上はとパシフィカを横に置いて、部屋に背を向ける。

 

「風呂に行ってくる」

 

 後ろから声は掛からなかった。

 

 ただ、温かい視線を感じただけで。

 

 長風呂で逆上せるなんて、随分と久方ぶりの事に違いなかった。


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