ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
身体の機能は芋不足を麻痺させます。
嗤う者は一芋に泣く一芋。
ダメ、絶対、日光は。
「………」
標語、だろうか?
頭痛のしてきそうな倒置法?的な文体が妙に印象的だった。
馬車に揺られる事1時間半。
道路開拓前線から約140km後方の一帯。
600km圏内で唯一大量の水が出る渓谷の泉。
その付近に鉄骨を未だ剥き出しにして工事中の基地はあった。
軍事用というには周囲の壁も無いし、あるのは大型の倉庫群が40棟程と事務所らしき4階建ての管制塔のような場所のみ。
其処が兵站を支える為の物資集積所であるというのは、僅かに完成し機能を果たし始めた倉庫を見れば分かるだろう。
見渡す限り、褐色の大地という環境。
その中でも泉の周囲だけは棗椰子の木らしきものが生えており、叢が周囲の砂漠化を妨げているようだった。
「止まれぇええ!!!」
忙しく立ち働く土木工事の作業員達がウロウロしているのを横目に検問を向くと。
見た目にも古臭い旧いと分かる銃剣付きのライフルを下げ、カーキ色の軍服を着たMPらしき男が二名近付いてくる。
「何処からの便だ!!」
「………」
「オイ!? 答えないか!!?」
片方の男がライフルに手を掛ける。
軽く溜息を吐いて、指で手帳を摘んで相手に見せる。
「何だコレは……ッ?!!」
途中で顔色を変えた男がこちらを見てからジットリとした汗を額に浮かべ。
「ま、まさか?」
「……前線に飛ばしてやる。官姓名を名乗れ」
「―――ッッッ!?!! し、失礼しましたぁあああああああああ!!!! どうぞお通り下さいぃいいいい!!!!」
バッと敬礼した男が全身を震わせながら、相棒に道を開けるよう指示した。
男が検問のゲートを開き。
馬車を内側へと進ませる。
百合音に即興で倣ったにしては上出来な操作。
アスファルト製の地面の先。
管制塔の前に堂々と横付けしてザッと降りる。
黒服というのはどうにも着心地が悪いのだが、仕方ない。
黒尽くめな黒い外套の男。
その横には可愛いと評して構わないだろう髪を大きな三つ編みにした眼鏡姿の百合音が軍服姿で付き従う。
管制塔を警護していたMPが走ってやってくる。
「オイ!! 其処の馬車!! 此処は―――」
「連絡は来てないのか? とっとと此処の司令を呼んで来い」
「は?! 何を貴様ッ!?」
「……司令に伝えろ。お前を前線送りにする理由が此処に来てから既に二つとなった、とな」
こちらの冷静だが横柄な態度に汗を浮かべた男達の一人がすぐに司令へと伝令に走る。
そして、三分後。
顔を真っ青にしてやってきたのは正しくジャガイモのような体系の髭面の男だった。
豚面と言うべきか。
脂汗がダラダラと流されている様子は滑稽なのだが、そのだらしなく着崩れた軍服の胸元には勲章がジャラジャラと下がっている。
「こ、こここ、これは同志!!! クロバト様であらせられますか?」
声からしてたぶんは30代。
かなり、動揺した様子の相手に向けて周囲の兵達を何処かにやるよう視線で促す。
「し、失礼しました!!! オイ!? 貴様等!!? とっとと持ち場に戻らんか!?」
「は、は!!」
困惑する男達が上官の言葉に従って解散する。
「工事の状況を聞きたい。案内しろ」
「は、はい!! ただいま!!」
カンカン照りの湿度の低い荒野。
吹く風は乾いていて熱く。
管制塔内部に入り込むと途端に温度が下がった。
道往く兵は殆ど無く。
未だ此処が建設途中である事を教えてくれる。
二階に昇った後。
通された部屋は司令の執務室らしく。
ソファーもテーブルも高級なのが一目で分かった。
飴色の光沢を放ち。
ジャガイモの文様が掘り込まれている調度品の多い事多い事。
執務室にしては華美だろう壷や絵画が壁際にズラリ。
ソファーに座ると対面に額の汗をハンカチで拭き拭き男が座った。
「名前は何だったか……」
「ひぃ?! カーツコッフ・マッシュとも、申します!! 同志クロバト」
プルプルと全身が震えている。
「……まぁ、いい。進捗状況は?」
「はッ!! 当基地より320km先を一日10kmペースで舗装しており、予ねてより策定していた計画通り!! 共和国領への最短コースを昼夜無く前線は進んでおります!!」
「……装備はどうだ?」
「ハッ!? ぶ、部下達の話では走破性、速度、耐久力、共に問題無いとの事です!! 走行時間が燃料事情的に短い事を覗けば、各地の前線配備は時間の問題でありましょう!! あちらの最新鋭火砲に付いては技研の連中が頑なに情報開示を拒むので、こちらとしては苦々しいばかりなのですが……」
「分かった。で? あの連絡の行っていなかったMP共は何だ?」
「ヒギッ?!! あ、あああ、あれは参謀本部から今回の視察は内密にという命でしたので」
「何処でもいい。後方でも前線でも好きな所に飛ばしておけ。目障りだ」
「は、はぃい!! そ、そのように同志!!」
顔を引き攣らせた司令がイソイソと自分でお茶を入れて、こちらに出してくる。
「あ、あのぉ……」
オズオズと上目遣いに男がカーツコッフと名乗った豚面が訊ねてくる。
「何だ?」
「い、いえ!? じ、事前連絡とは違いお早いお付……それにその……」
「何だ? 言ってみろ」
「お顔が少し違うように思いましたもので。同志」
「チッ、またソレか」
「ソレ?」
百合音が此処で初めて動き出し、まぁまぁと宥めるような仕草をした後。
耳元に何かを囁くようなフリをする。
「分かった。周囲を見せてもらうぞ」
「は、はい!! りょ、了解しました!! ただちに電信で各所に!!」
執務机の横に置かれていた設備にがなり立て始めた。
「先に言っている。後は調整しておけ」
「了解です。同志クロバト」
扉を開けて通路に出て閉める。
周囲には人の気配は無い。
MPすらもいないところを見ると。
本当に人材不足なのだろう。
だが、それは仕方ない。
本国よりも遠方に伸ばす道路の中継基地だ。
物資を貯蔵する倉庫もまだ数棟しか機能していないとすれば、工事前線へ送る物資の量を含めても、まだ人を大勢養えるだけの現物が流れて来ているとは思えない。
【ああ、スイマセン。同志クロバトは現在、機嫌を損ねていまして】
【は、はぁ……それで貴女は? まだ随分とお若いように見受けられますが】
【鳴かぬ鳩会より現在、参謀本部に転属となっているミーニャ・カグノ特務少尉であります】
【と、特務の方でしたか!!】
【いえいえ、そう畏まらず。
【そ、それで今回はどうしてこのように早く?】
【ああ、それに付いては色々とお話出来ない事もあるのですが……同志クロバトの事はどれほどお知りになっていますか?】
【あ、いえ、その……】
【同志カーツコッフ。これは査問ではありません。気を抜いて、楽にしてお答えを】
【……最凶の殺し屋、と】
【まぁ、当たらずとも遠からずというところでしょうか】
【それはどういう?】
【実は此処に来る前に襲撃がありまして】
【しゅ、襲撃?!!】
【ええ、それで同志クロバトは酷くプライドを傷付けられたのです】
【そうなのですか……まさか、ポ連最凶の兵士が……】
【……旧世界者《プリカッサー》という単語に覚えはありますか?】
【ッ?! そ、それは……口にしてはならぬと言われる……】
【実は顔が違うのは身体が違うからなのですよ】
【ッッ?!】
【詳しくは同志の為に省きますが、同志クロバトの肉体は現在、予備のものです】
【よ、予備?! ま、まさか、あの噂は本当の―――】
【どの噂かは敢えて聞きませんが、ソレかどうかは答えを控えさせて頂きます】
【……そ、それで襲撃で身体を失った、というのですか?】
【ええ、たぶんは……同志クロバトと互角の相手。しかも、性質が悪い事に……嘗ての身体を奪われました】
【奪われた?! か、身体を!?】
【それが本当なのかどうか。中身は全て本人だと査問で分かりましたが……それで納得出来ない方もいまして……参謀本部の上層部では意見が割れているのです】
【ど、どういう事でしょうか!? な、何故ソレをこ、このようなしがない基地司令である私にッ?!】
【……敵は同志クロバトの身体を使い。各地の要所に潜入工作を仕掛けていると報告がありました。現在、かなりの被害が出ています。表向きは参謀本部の意向で視察という事にして誤魔化し、隠蔽していますが……此処に被害が出る前に到着出来て良かった……】
【ま、まさか!? あの命令書は!?】
【……参謀本部からの極秘命令です。同志カーツコッフ。貴方はこの命令を受け取ってもいないし、此処に我々が来たという事も知らない。そして、今後起るであろう戦闘に付いても事故という事になる】
【ど、同志カグノ?!】
【参謀本部からの命令を伝えます。同志クロバトが“偽者であると確信があった場合”、即座に新型兵器によってコレを殲滅。また、同志クロバトを名乗る輩が同志クロバトを名乗る男と戦い勝敗が決し生きていた場合は“負けた方を偽者として”確保に協力せよ】
【―――】
【中央は期待しています。貴方がどうするべきか。分かりますね?】
【で、ですが、確保と言っても相手はあの同志クロバトなのですぞ!?】
【実力は偽者も同じようなものです……何処の者かは分かりませんが、遠距離で一方的な攻撃を加えてくる可能性があるとの報告もある。あの最新兵器を上手く使って事を運んで下さい。こちらの同志クロバトはやる気です。確保時には車両の供与で対応を。輸送ルートは既に確保してありますので】
【わ、分かりました……】
【今後、電信で来る命令は一般業務連絡以外は此処で止めて下さい。こうして私が派遣されてきたのは敵が我らポ連軍の電信情報を何処まで欺瞞出来るのかを確認する為です。中には偽者が命令を偽造するという事もあるでしょう。ですが、それが本物かどうかはこちらのリストに書かれています。このリスト以外の命令は全てYESと答えて書き止め、実行しないよう。後で参謀本部からの査察が入る時に提出して下さい。確認の電信は不要です。あちらから傍受された場合、また偽装工作の精度を上げられても困ります。符牒が割れているらしく危険ですから】
【りょ、了解しました!!】
【此処に偽者が立ち寄った場合、あまり関わらないように。表向き物資を分けたら、前線へ向かうよう指示して下さい。火砲の発射が必要と判断された場合はそちらにタイミングをお任せしますが、偽者と判明した方に直撃出来ないようであれば、着弾地点をズラして退路を断つよう撃つのをお勧めします。逃げようとするのが偽者なのは間違いないでしょうから。また、特務権限で現在、1個大隊を本国から別ルートで輸送中であり、もしもの時はこちらに司令の救出部隊を向かわせる事もあるでしょう。“そういった事態”に陥った場合はご心配なく】
【か、感謝しますぞ!! 同志カグノ!!?】
【では、私はこれで。此処の警備状況を見たら、前線に向かいます。くれぐれも私を吹き飛ばさぬよう言っておきます。これでも彼らの扱いに関しては優秀との評価を受けていますので】
その冗談に笑い声が上がる。
そして、通路に出てきた百合音が敬礼し、バタンと扉を閉じた。
「(名演技だったな。同志カグノ)」
「(う、そ、そうやって茶化すのは反則でござるよ。エニシ殿)」
「(だが、馬車の偽装、身分証明書の偽装、諸々の小道具やこの服を作る手際といい……実は裁縫やDIYとか得意なんだよな)」
「(でーあいわい?)」
「(何でもない。家庭的なのはいい事だって話だ。そろそろ此処を出よう)」
「(了解でござる……それにしてもエニシ殿は悪知恵が働くでござるなぁ……嘘を信じ込ませるには内部対立や秘密、内部事情に関する言及、意識を逸らすというのは常套手段でござるが、見事に信じておったぞ。あの司令)」
「(こういう時、相手が偽者だと糾弾する輩は胡散臭い。だが、偽者が偽者を糾弾し、それを監視している奴が嘘を言っている、なんてややこしい状況になれば、相手も混乱する。こういう場合、敵よりも味方や秘密を共有出来る人間が欲しいのは人情って奴だ。それらしい状況とそれらしい設定とそれらしい事実が積み上がれば、疑いは疑われて妥当な人間にしか向かない)」
「(一応、電信情報の傍受はやっておるし、危ないと判断されたら、某から連絡が来る。まぁ、後は結果が出るのを待つばかりでござろう)」
先に百合音が人気のある通路から出て、次にこちらがトイレに入って数分後に何食わぬ顔で外に向かう。
二人でポ連軍の偽装馬車に乗り込み。
倉庫を軽く見て回ってから、基地を後にした。
後は邪魔の入らない内に相手を倒し、拉致するだけ。
だが、それこそが一番難しいと話す事も無かった。
戦うのは自分。
負けるのも勝つのも自分次第。
ならば、もう勝つ以外に選択肢など無いのだから。
「やるぞ。百合音」
沖天《ちゅうてん》の月が薄っすらと見える空の下。
馬車は工事前線へと進んでいく。
「うむ」
戦いと拉致に向けた準備は着々と進みつつあった。