学校が夏を迎えた際に行うイベント……っていうには大袈裟かな?まぁ、生徒にとってはそれなりに重要なものがある。特に男子にはね。
そう———衣替えだ。
男子はスラックスの素材が薄くなり、シャツが半袖になる。まぁ、普通だね。性別が男であり、制服がある学校であり、なおかつ男子の制服を着てる人なら当たり前のように知ってることだ。
対して女子。今まで憎き長袖によって覆われていた白く眩しい腕や、暑いからという理由である程度は短くしても黙認されるスカートから覗く太もも。そしてこちらも靴下を短くしたことで拝むことの許される、しなやかなふくらはぎ。なによりそれがまだ瑞々しい十代のモノとなれば、もはや見ないほうが失礼———というのが俺のクラスの男子達(正座中)が語る意見らしい。
「いや、気持ちはわかるけどさ……見られる側のことも考えようよ」
俺、朝比奈信一は性別が男なのだが、どうにも第二次性徴期というものがストライキを起こしたらしく見た目が男らしくない。というか、その辺の女の子より可愛い。冗談抜きで。
なので男から不躾な視線を浴びせられるという、極めて珍しい経験を何度もしている男なのだ。だからまぁ……
「死刑でいいんじゃない?」
「「「「「「「 異議なし! 」」」」」」」
女子達(仁王立ち中)による凄絶な圧力と抑え付けられた手の上にあるコンパス、その他諸々に負けて弁護する側の俺は判決を下したのだった。これにて閉廷。
事の発端は単純に、男子があまりにも女子の体をジロジロ見過ぎということだった。そういう年頃なのだから仕方ないなんてレベルでは無い。
ある1人の男子は『もっとよく見たいからここに腕を置いて』っと顕微鏡を持ってくる始末。真っ先にボコられてる彼がそうだ。何故か女子に蹴られるたび恍惚な表情を浮かべているが、趣味嗜好は人それぞれなので無視する。
「……今日も平和だな」
「せやね」
「2人とも眼科行って来なさい」
蓮と俺に呆れた目でそんなことを言う童部さん。
「いや、平和だよ。だって俺に被害が無いんだもん」
「こういうのに限っては朝比奈くんって頼られるわね」
「見た目がこんなだからね」
両手を開き、全身を見せつけるような態勢を作る。
細い肩と腰、鍛えたせいで服の上からならくびれてるように見えるウエスト。スラックス越しでも分かる美脚。うん、笑えない……。
まぁ、これのおかげで週1回排斥運動をされてる俺に被害が無いんだけどね。むしろ陪審員兼裁判長に任命された。男子側からは弁護士。
「そういえば、この間スクールアイドルのサイトでAqoursがピックアップされてたわよ。ほら」
目前で死刑執行が成される中、童部さんが見せてくれるスマホには『人気急上昇中の注目スクールアイドル』にAqoursの文字と写真が貼られているサイトが映されてる。その下には動画サイトへのURL———たぶんこの間のPVかな?
「……人気、凄いらしいな」
「今何位かわかる?」
「なんで朝比奈くんが知らないのよ」
「俺は記録係だから、そのあたりはあまり興味ないんだよ」
「……嘘だな」
「嘘ね」
いやいや分かってますよ、と言いたげな2人の生暖かい目が腹立つ。何を根拠に嘘と言うのか。
「……そもそも興味がないならお前は聞かない」
「なのに聞いてきたってことは、興味があるってことじゃない?」
幼馴染特有のコンビネーションなのか、2人はセリフを分けてドヤ顔で言ってくるし……。
美男美女だから本来ならウザさ100%の顔も絵になる。ムカつくわ〜。
「いいから教えてよ。何位なの?」
負け惜しみっぽく強引に話を戻す俺の質問には童部さんが答えてくれた。
「なんとね———」
「99位だよ!全国のスクールアイドルの中で99位!!これって凄くない!?ねぇ、凄いよねシンちゃん!!」
「暑い。離れて」
浦女の制服———夏服に着替えた俺が部室の扉を開けると、すぐさま千歌が飛びついてくる。
着てみて初めて気付いたけど、女子も夏服になるとスカートの素材が薄くなるんだね。知らなかった。いや、知ってたら知ってたでアレだけど。
「しかもこの前撮ったPVは5万再生だよ!」
「離れろ」
制服の素材が薄くなったところで、36.5℃の人間にくっつかれれば大して変わらない。ていうか暑い。
いくら言っても離れないので、首相撲の要領でポイしてやろうかと後頭部に手を回したら……チッ、勘付いて逃げやがったよ。
部室に入り、来る途中メールで頼まれた飲み物を各々に配りながらノーパソを開いてるルビィちゃんの後ろに回る。
「それだけじゃないんですよ!」
「なんとぉ〜じゃじゃん!ずら!」
「ん?」
花丸の掛け声でルビィちゃんが画面の下にあるメールのアイコンをクリック。
差出人は『東京スクールアイドルワールド運営委員会』とある。その内容は……
「おっ」
「クックック、ついに整いました!この国の魔都に堕天使ヨハネの魅力を広める舞台が!!」
「そだね」
「反応が薄いッ!」
善子ちゃんが言う魔都……たぶんメールの内容的に東京かな? まぁ、東京の秋葉原で開かれるスクールアイドルのイベントにAqoursも参加しないかというものだ。
参加するグループは30組。99位のAqoursが選ばれたのは、スクールアイドルの急上昇ランキングで1位を獲ったかららしい。これは快挙だね。少なくとも69組自分達より上のグループを抑えての出場だ。
「開催日は……再来週の日曜か。参加するの?」
「当然!」
「シンくんも行くよね?」
「行かないよ」
「「 なんで!? 」」
「さすがに日帰りで東京は疲れる」
「日帰りじゃないよ。前日に出発して、あっちで一泊してからイベントに参加するの」
「なおさら無理じゃん」
同じ部屋に泊まるわけにはいかないし、わざわざ一部屋だけ借りるのはちょっとお金がね。一応それなりに仕事して給料貰ってるから金欠ってわけじゃないけど……うん、まぁ…ぶっちゃけ面倒くさい。
前日に行くってことはどうせ観光もするんだろうし。
年二回、秋葉原には家族で行ってるので観光する気にもならない。ちょっと足を伸ばして皇居ってのもあるけど、あそこだって千代田区の20%を締めるだけの庭園だしね。
「まぁ、内浦から応援しとくよ。それじゃダメかな?」
「ぶぅ〜」
「見送りもするから」
「お出迎えも!」
「はいはい」
どうにも千歌の中では東京に行くということが大イベントらしい。てか、春休みに行ったじゃん。曜と俺の3人で。
他のメンバーを見てみると、千歌と同様東京という響きにすごくワクワクしてるみたいだ。例外として梨子は純粋にスクールアイドルとして呼ばれたことだけに浮かれてるみたいだけど。
それからあっという間に2週間が経過。Aqoursが東京に出発する土曜日になった。イベントに参加するとあって、6人とも練習に気合入ってたね。
本日2度目———朝に配達があった———の『十千万』に到着。ミーンミーンと蝉がうるさい中、俺は……千歌、花丸、ルビィちゃんの3人を見て愕然としていた。
「なにこのファッションモンスター共……」
千歌とルビィちゃんはピンク面積がやたら多いキャピキャピした服装、花丸は何故かヘルメット着用して手にピッケルを持ってる。
「どうかな、シンちゃん!この東京ファッション!」
「東京行く前に精神科行ったら?」
「予想以上に辛辣なリアクション!?」
「だから言ったじゃない。早く着替えてきなさい」
あ、梨子いたんだ。3人が強烈過ぎて気付けなかった。
「これさえあればマルは渋谷を乗り切れるずら……」
「花丸はそのピッケルで通り魔でもする気なの?」
「だって渋谷だよ?きっとひどく険しい谷に決まってるずら。それはまさに、グラウンド・キャニオンの如く!!」
人生山あり谷あり。この発言は今後の花丸の人生で谷の部分になること間違い無しだね。
とはいえこれを言うとピッケルでザクッとされかねないので、放っておこう。ワンチャン渋谷ならハロウィンの季節を間違えたおバカさんだと思われて終わりそうだし。
「ねぇ、梨子。この仮装行列と百鬼夜行の中間あたりを行く3人を東京に向かわせたらやばいんじゃない?」
「東京をなんだと思ってるの……」
別に都会人ぶるわけじゃないけど、常識で考えてこれはいかがなものか。
「3人とも、着替えておいで」
「でも東京行くならこのくらいお洒落しないと……」
「春休み行った時そんな狂気的なファッションした人いた?」
「いた! なんか槍とか剣とか持ってたよ!」
「それたぶんイベントのコスプレ」
たまにやってるよね、ソフマップとかゲーマーズの前で売り子さんがコスプレしてるの。
なんとか説得しておバカちゃん……じゃなくて都会に夢見るお嬢さん方を着替えさせ、改めて集合。
『十千万』のロゴが入った車でお姉さんに送ってもらうんだけど、運転手も含めて5人乗りなので、さも当たり前のように俺は荷台へ詰め込まれた。
んで、俺の上に置かれた荷物と共にガタゴトと揺られること15分。沼津駅に到着———
「「 ………………………… 」」
———と同時に俺と梨子は絶句した。
「クックック……冥府より、数多のリトルデーモンを召喚しましょう」
黒いゴスロリ、アホみたいに長い紫のつけ爪、極めつけに顔面白塗り。そんな今にも『お前も蝋人形にしてやろうかー!!』と叫び出しそうな善子ちゃんが、隣でちょこんと立っている曜と一緒に写真を撮られまくっていた。
インスタ映えするのかな? ツイッターに上げたらバズりそうだけど……。
とりあえず知り合いだとか思われたくないので、荷台から這い出た俺は4人の荷物を下ろす手伝いをしよう。
「よっ……と。ん?」
桜色の鞄———たぶん梨子の荷物なんだろうけど、大きさのわりには異様に軽い。これしかなかったのかな?
逆に花丸の荷物はアホみたいに重かった。たぶん何冊か本入れてるね。確かに移動時間は結構あるので、読書にはピッタリかもしれないけど……みんなで行くのに自分の世界へ入るってどうよ。
などと集団主義の日本人らしいことを考えながら全員分の荷物を降ろし(誰も手伝ってくれなかった)、それを持って見送りに来てくれたらしいクラスメイトから何か貰ってる千歌達の元へ向かう。
「見て見て!むっちゃん達からのっぽパン貰った〜!」
どうやら貰ったのは沼津のソウルフード、のっぽパンらしい。その名の通り長くて、間にクリームとかチョコとか挟まってる。まぁ、菓子パンだよね。
ナイススティックっていうピーナッツバターが挟まったパンは各地で売られてるけど、それと一緒にしてはいけない。
それは富士山を山梨県のものと言ってるようなものだ。富士山は静岡のものです!山梨県民がどれだけピーピー
「良かったね。何本かちょうだい?」
「何味がいい?」
なんか見てたら無性に食べたくなったのでいただこう。さて、どれにしようか。
そういえば、花丸がのっぽパン好きとか言ってた気がする。
「花丸、何味が好き?」
「う〜ん……強いてあげるならクリームずら!」
「じゃあクリーム味全部……おっと危ない」
俺の要求は花丸の拳によって打ち止めを余儀なくされた。どんだけのっぽ好きやねん。
「なんですぐ意地悪するずら!」
「あはは、そんなの———」
俺はぷっくり頰を膨らませる花丸の頭へそっと手を乗せ、柔らかい微笑みと共に優しい声音で言ってあげる。
「———楽しいからに決まってるでしょ?」
「性根から腐ってるずら」
バシッと乗せていた手を叩き落とされ、腐って緑色に変色した豚バラ肉を見るような目をされた。反抗期かな?
正直何味でもいいので、袋に手を突っ込んで適当なのを3本ほど取る。……チョコ、ピーナッツ、クリームか。ラッキー、全部違う味じゃん。
「くっ……ヨハネの堕天使パワーが聖水によって……」
「ほら、早くして!電車に遅れちゃうでしょ!」
これ見よがしに花丸の前でクリーム味を頬張っていると、デーモン閣下みたいだった善子ちゃんが化粧を落とした顔で梨子に引き摺られてきたよ。カッコつけてるところをズルズルと。
「んじゃ、いってらっしゃい」
出発するだけでどうしてここまで時間がかかるのか不思議だけど、とりあえず6人とも準備完了。あとは電車に乗るだけなので、俺はのっぽパン片手にそれだけ言って立ち去ろうとしたら———ガシッ!
両肩をそれぞれ掴まれた。
「感触的に右肩が千歌で左肩が曜かな?」
「「 怖いよ!? 」」
「幼馴染みナメんな」
我儘言うたんびに肩を掴んで前後にガクガク震わされてたら覚えるわ。
「で、なに?」
「何かシンくんから激励のお言葉を!」
「今言ったじゃん」
「あれはお見送りの言葉。激励は違うよ?」
『え〜そんなことも知らないの〜』みたいな小馬鹿にする顔の千歌へデコピンを叩き込んでから、コホンと咳払い。それを見て6人も真剣な表情で俺を見る。ここはマジメに言ったほうがいいみたいだね。
「じゃあ一言」
記録係としてこの6人の努力はたくさん見てきた。それを記録して、自分にできる範囲でアドバイスもしてきた。だから……そんな俺が言えるのはこれだけ。
「———頑張れ」
結果は自分じゃどうしようもないけど、精一杯頑張ることは誰にでもできると思うから。だから頑張れ。努力しろ。
俺の言葉に頷き、6人は駅の中へと駆けて行く。その背中は……今までで一番輝いているように思えるよ。期待と希望に照らされてね。
はい、いかがでしたか?
1つ豆知識を披露すると、リュックサックに付いてる豚の鼻みたいなやつはピッケルホルダーと言うらしいです。用途は文字通りピッケルのホルダー。飾りじゃなかったことに愕然としました。